1. 人を動かす仕事
僕、速水直人、二十八歳。
中堅の電子部品メーカーで、経営企画部に配属されて、四年目になる。
経営企画というと、聞こえはいい。けれど、僕がこの三年でいちばん多く作ってきたのは、組織図だった。
部署を統合する。チームを割る。誰をどこへ動かす。役員の指示を受けて、人の名前が入った四角を、別の枠へ、ドラッグして、移す。
去年の再編では、ひとつの課が、まるごと消えた。
速水直人(……この四角の中に、一人ずつ、人生があるんだよな)
そう思いながらも、僕は、淡々と、図を引いた。引かなければ、僕の評価が落ちる。引けば、誰かの席が、なくなる。
いつからか、夜、眠りが浅くなった。
朝、パソコンを開いて、また誰かを動かす図を作るのかと思うと、胃の奥が、重くなる。人を、紙の上の記号として扱うことに、僕は、少しずつ、擦り切れていた。
そんな十一月のある日、部長から、思いがけない辞令が出た。
木島「速水。来年の本社移転、あるだろう。あのプロジェクト、経営企画から一人出すことになってな。お前、行ってこい」
速水直人「……移転、ですか。組織再編じゃなくて?」
木島「ああ。ビルの建て替えで、来年の頭に、全部、新しいフロアへ引っ越す。座席のレイアウトから、什器の選定まで。地味だが、でかい仕事だ」
地味だが、でかい仕事。
その言葉に、僕は、なぜか、少しだけ、息がしやすくなった気がした。
今度は、人を、消すんじゃない。人の、新しい居場所を、作るのだ。
2. 座席表を引く人
移転プロジェクトの拠点は、本社の一階の、使われていない会議室だった。
初日、ドアを開けると、壁いちめんに、大きな紙が、貼られていた。
新しいフロアの、図面だった。何もない、まっさらな平面に、青いインクで、柱と、窓と、通路だけが、引かれている。
その図面の前に、一人、女の人が、立っていた。
何かを考え込むように、首をかしげて、手には、色とりどりの付箋を、束で持っている。
笹倉七海「……あ。経営企画の、速水さんですね」
振り向いて、彼女は、柔らかく笑った。
歳は、僕より、少し上だろうか。化粧の薄い、穏やかな顔。肩までの髪を、耳にかけている。ベージュのカーディガンの袖を、無造作にまくっていた。
笹倉七海「総務の、笹倉です。笹倉七海。……この移転で、座席の割り振りを、担当します」
速水直人「速水です。今日から、お世話に……」
言いかけて、僕は、壁の図面に、目を奪われた。
まっさらだったはずの平面に、よく見ると、もう、何十枚もの付箋が、貼られはじめていた。一枚ずつに、小さな字で、名前が、書いてある。
速水直人「……これ、もう、割り振り、始めてるんですか」
笹倉七海「ええ。少しずつ。……全部で、二百三十人ですから。早めに始めないと、間に合わなくて」
二百三十人。
僕が、何度も、四角で動かしてきた、あの人数だった。
速水直人「……二百三十人分の席を、一人で、決めるんですか」
笹倉七海「決める、というか。……組み直す、というほうが、近いです」
笹倉さんは、付箋の束を、そっと、机に置いた。
笹倉七海「みんな、今、どこかに席があって、毎日そこで仕事をしてるでしょう。それを、まるごと、新しい場所へ、運ぶんです。一人も、こぼさないように」
その言い方が、僕には、ひどく、新鮮に聞こえた。
僕が「動かす」と言ってきたことを、この人は、「運ぶ」と、言った。
3. 一人ひとりの席
最初の数日、僕は、正直、戸惑った。
経営企画の感覚で、僕は、効率のいい配置を、提案した。部署ごとに、きれいに、ブロックで固める。通路は最短で。会議室は中央に。
速水直人「笹倉さん。これ、部署単位で並べ替えたほうが、動線も短いし、合理的だと思うんですけど」
笹倉さんは、僕の図を、しばらく見て、それから、ほんの少し、首をかしげた。
笹倉七海「……合理的、ですよね。たしかに」
速水直人「ですよね」
笹倉七海「でも。……ここ、経理の沢口さん、なんですけど」
彼女は、一枚の付箋を、指でさした。
笹倉七海「沢口さん、左利きなんです。だから、右隣に人がいると、肘がぶつかって、書きにくくて。今の席も、通路側に、してあるんです」
速水直人「……え」
笹倉七海「あと、こっちの、開発の三好さん。お子さんが小さくて、お迎えのために、必ず定時で帰るんです。だから、出口にいちばん近い席に。……黙って先に帰っても、目立たないように」
僕は、言葉を、失った。
僕が、四角の記号として、何度も動かしてきた人たちに、一人ずつ、そんな事情が、あった。
速水直人「……笹倉さん。それ、全員分、覚えてるんですか」
笹倉七海「全員は、さすがに。……でも、席を組むときに、一人ずつ、思い浮かべるんです。この人は、窓が好きそうだなとか。この人は、壁を背にしたほうが、落ち着くだろうなとか」
笹倉さんは、付箋の束を、めくった。一枚ずつに、名前と、小さなメモが、書いてある。
笹倉七海「合理的に詰めれば、たしかに、早いんです。でも、そこに、毎日、八時間、座る人がいるので。……できれば、その人が、ちょっとでも、居心地のいい場所に、座らせてあげたくて」
その言葉が、僕の、胸の、どこか深いところに、刺さった。
僕は、この三年、人を、いちばん、雑に、扱ってきた人間だったのかもしれない。
4. 隅っこの席
その会議室には、僕と、笹倉さんしか、いなかった。
電話も鳴らない。来客もない。二人で、黙々と、図面と、付箋に、向き合う。時間が、静かに、流れていた。
昼休み。笹倉さんは、いつも、小さなおにぎりを、二つだけ持ってきて、図面の前で、立ったまま、食べていた。
ある日、僕が、コンビニの弁当をつついていると、彼女が、ぽつりと言った。
笹倉七海「速水さんは、経営企画で、組織図とか、作るんですよね」
速水直人「……はい。まあ、その。人を、動かす図、ばっかり」
自嘲を込めて言うと、笹倉さんは、おにぎりを持つ手を、止めた。
笹倉七海「動かす図」
速水直人「再編とか、統合とか。誰をどこへ、って。……正直、最近、しんどくて。人の名前を、記号みたいに、動かすのが」
笹倉七海「……そうですか」
彼女は、慰めも、否定も、しなかった。ただ、少し間を置いて、自分のことを、話しはじめた。
笹倉七海「私、総務、もう、九年目なんです。その間に、会社の組織って、何回も、変わって」
速水直人「……はい」
笹倉七海「そのたびに、座席表を、引き直してきました。課がなくなったり、できたり。人が、増えたり、減ったり。……速水さんたちが、上で図を引いた、そのあとを、私が、いつも、片づけてるんですよ」
笑いながら、彼女は言った。けれど、その言葉には、ほんの少し、棘が、あった気もした。
速水直人「……すみません。なんか、僕らが、勝手なことばかり」
笹倉七海「ふふ。謝らないでください。仕事ですから」
笹倉さんは、最後のおにぎりを、口に運んで、それから、壁の図面を、見上げた。
笹倉七海「……でもね、速水さん。私、ずっと、他の人の席ばっかり、決めてきたのに」
速水直人「はい」
笹倉七海「自分の席は、いつも、いちばん最後に、余ったところに、置くんです。隅っこの、コピー機の、横とか」
そう言って、彼女は、少しだけ、寂しそうに、笑った。
人の居場所を、いちばん大切に考える人が、自分の居場所には、無頓着だった。
その横顔を見て、僕は、なぜだか、放っておけない気持ちに、なった。
5. 付箋の夜
十二月に入って、移転の日程が、正式に決まった。
年明けの、一月の最初の週末。それまでに、二百三十人分の座席を、確定させて、什器の発注を、終えなければならない。
僕たちは、毎晩のように、残業をした。
一階の会議室の、壁の図面の前で。何百枚という付箋を、貼っては、はがし、また、貼り替える。
速水直人「笹倉さん。この、開発部のかたまり、もう少し、窓際に寄せられませんか」
笹倉七海「……ええと。でも、そうすると、隣の品質管理が、はみ出して」
二人で、図面に、顔を、近づける。
笹倉さんの髪から、ふわりと、甘い、シャンプーの匂いがした。肩が、触れそうな距離に、心臓が、跳ねる。
笹倉七海「……あ。ここ、空けたら、いけそう」
速水直人「……あ、はい。そう、ですね」
慌てて、僕は、体を引いた。
笹倉さんは、気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、淡々と、次の付箋に、手を伸ばす。
夜の九時を回って、僕は、自販機で、温かい缶のおしるこを、二つ買ってきた。
速水直人「……これ。甘いの、平気ですか」
笹倉七海「……わ。おしるこ。……好きです、こういうの」
並んで、缶を、手のひらで、包む。
ふと、笹倉さんが、図面を見上げたまま、ぽつりと言った。
笹倉七海「……速水さん。最近、顔つき、変わりましたね」
速水直人「え?」
笹倉七海「来た頃、すごく、疲れた顔、してました。……今は、なんか、ちょっと、楽しそう」
速水直人「……そう、ですか」
笹倉七海「ええ。……人の席を、考えるの、楽しいでしょう」
人の席を、というより。
楽しいのは、たぶん、この部屋で、あなたと、こうして、付箋を貼っていることだ。
そう言いかけて、僕は、おしるこを、ぐっと、飲み込んだ。
まだ、言えなかった。けれど、自分の気持ちが、どこへ向かっているのかは、もう、はっきりしていた。
6. 守りたかった一席
移転の、十日前だった。
ひと悶着が、起きた。
ある役員が、自分の部署の島を、いちばん日当たりのいい、南の窓際に、まとめて寄せろ、と、言ってきたのだ。
その場所には、もともと、笹倉さんが、定年間際の、ある古参社員のために、確保していた席があった。長く立ち仕事の現場にいて、足を悪くした人。だから、いちばん移動の少ない、出入り口にも窓にも近い、静かな一席を。
木島「速水。役員のご意向だ。窓際、空けてやってくれ。総務にも、そう言っといてくれるか」
木島さんは、気まずそうに、そう言った。
僕は、その夜、笹倉さんに、伝えた。
笹倉さんは、図面の前で、しばらく、黙っていた。それから、初めて、少しだけ、強い声で、言った。
笹倉七海「……あの席は、譲れません」
速水直人「笹倉さん」
笹倉七海「あの人、来年の春で、定年なんです。最後の三か月くらい、いちばん、楽な席で、働かせてあげたくて。……ずっと、会社のために、立ちっぱなしで、頑張ってきた人なんですよ」
その目が、潤んでいた。いつも、穏やかな彼女が、初めて、引かなかった。
僕は、その夜、決めた。
翌日、僕は、役員のところへ、一人で、行った。経営企画の人間として、移転後の動線と生産性のデータを、いくつも並べて、別案を、提示した。役員の島は、別の、同じくらい日当たりのいい場所へ。古参社員の一席は、守る。
ぎりぎりの交渉の末、役員は、渋々、僕の案を、飲んだ。
会議室に戻ると、笹倉さんが、僕を、待っていた。
笹倉七海「……木島さんから、聞きました。速水さんが、掛け合ってくれたって」
速水直人「……まあ、はい。一応、データで、押し切りました」
笹倉七海「……どうして、そこまで」
僕は、壁の図面の、あの一席の付箋を、見た。
速水直人「……笹倉さんが、守りたかった席だから。それに」
速水直人「僕、これまで、人の席を、いくつも、奪う側でした。……一回くらい、守る側に、なりたかったんです」
笹倉さんが、僕を、見つめた。
その目から、ぽろりと、涙が、こぼれた。
笹倉七海「……ずるい、です。そんな言い方」
声が、震えていた。
僕たちは、誰もいない、夜の会議室で、しばらく、見つめ合っていた。
7. 空っぽの夜
そして、移転の、最後の夜が、来た。
一月最初の、金曜日。荷物の搬出は、その日のうちに、すべて、終わった。
二百三十人が、何年も、毎日座ってきた席は、すべて、片づけられ、旧オフィスは、がらんと、空っぽに、なった。
僕と笹倉さんは、最後の確認のために、二人だけ、旧フロアに、残っていた。
蛍光灯の半分は、もう、落とされている。机のなくなった広いフロアに、二人の足音だけが、響いた。
笹倉七海「……なんだか、不思議ですね。あんなに、人がいたのに」
速水直人「……ですね。がらんとしてる」
笹倉さんは、何もなくなった床を、ゆっくりと、歩いた。
笹倉七海「ここ、経理の沢口さんの席。……こっちが、開発の三好さんの」
何もない床を、指でさしながら、彼女は、一人ずつの名前を、口にした。机も、椅子も、もう、ないのに。彼女の目には、まだ、そこに座る、一人ひとりが、見えているようだった。
速水直人「……笹倉さんには、見えてるんですね。みんなが、まだ、ここに」
笹倉七海「……ふふ。そうかも、しれません」
窓の外を、ふと、見た。
街の灯りの中に、白いものが、ちらちらと、舞いはじめていた。
速水直人「……雪」
笹倉七海「……ほんとだ。初雪、ですね」
二人で、窓に、並んだ。
冷えたガラスの向こうで、雪が、音もなく、降っていた。空っぽのフロアに、街明かりの、青白い光だけが、差し込んでいる。
速水直人「笹倉さん」
笹倉七海「はい」
速水直人「移転が終わっても。……笹倉さんと、ここで、終わりにしたく、ないんです」
笹倉さんが、窓から、僕のほうへ、顔を、向けた。
速水直人「最初は、座席表が、面白かった。でも、いつのまにか、僕が、毎日、楽しみにしてたのは。……この部屋に、あなたが、いることでした」
がらんとしたフロアに、僕の声だけが、響いた。
速水直人「好きです、笹倉さん。……仕事の、相手としてじゃなくて」
笹倉さんは、しばらく、何も、言わなかった。
それから、ゆっくりと、僕のほうへ、一歩、近づいてきた。
笹倉七海「……速水さん。私、もう、三十一だし。人の席ばっかり気にして、自分のことは、ほったらかしの、面倒な人間ですよ」
速水直人「知ってます。……ぜんぶ、見てきました。この、二か月、ずっと」
笹倉七海「……ずるい、って、言ってるのに」
彼女の声が、震えていた。
笹倉七海「……私も、なんです。速水さんが、来てくれてから。……この部屋に、来るのが、毎朝、楽しみで」
僕は、彼女の頬に、そっと、手を伸ばした。
初雪の、青白い光の中で。
笹倉さんは、逃げなかった。目を閉じて、ほんの少し、顔を、上向けた。
僕は、ゆっくりと、唇を、重ねた。
ちゅっ。
笹倉七海「……ん」
柔らかくて、少しだけ、冷たい唇だった。窓辺で、冷えていたからだろうか。
一度離れて、見つめ合う。
速水直人「……もう一回、いいですか」
笹倉七海「……はい」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
笹倉さんの手が、おずおずと、僕のコートの胸元を、きゅっと、握った。
8. 灯りの下で
フロアの奥に、まだ片づけていない、移転プロジェクトの会議室が、残っていた。
二人で、そこへ、戻った。
最後まで残った、長机がひとつ。その上の、小さなデスクライトだけを、つけた。
そのやわらかい光の中で、僕は、笹倉さんを、壁にもたれさせて、もう一度、口づけた。
笹倉七海「……こんなところで、なんて。……いけない、大人ですね、私たち」
速水直人「……ここが、いいんです。二人の、始まった場所だから」
笹倉七海「……ふふ。なにそれ」
笑った彼女の唇に、また、キスを落とす。
カーディガンを、そっと、肩から、滑らせた。下のブラウスのボタンを、一つずつ、外していく。
笹倉七海「……あんまり、見ないで、ください」
速水直人「……無理です。綺麗だから」
笹倉七海「……っ、もう」
白い肌が、デスクライトに、ほんのり、照らされる。いつも、ゆったりした服に隠れている体は、思っていたよりも、ずっと、女らしかった。
背中に手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
笹倉七海「……っ」
ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
笹倉七海「ん……っ」
速水直人「……柔らかい」
笹倉七海「……いちいち、言わないで……っ」
口では、そう言うのに、彼女の息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと、跳ねた。
笹倉七海「ひゃっ……そこ……っ」
速水直人「ここ、弱いんですか」
笹倉七海「……知らない、です……っ」
僕は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
笹倉七海「あっ……ん……っ」
いつも、図面の前で、穏やかに微笑んでいる彼女が。
甘くて、頼りない声を、こぼしている。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
笹倉七海「速水さん……っ、それ……だめ……っ」
笹倉さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、スカートの中へ、手を、滑らせた。
速水直人「……脱がせて、いいですか」
笹倉七海「……っ、はい」
スカートを下ろすと、白い下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
布越しに、そっと、指でなぞると。
笹倉七海「んっ……」
彼女の腰が、ぴくんと、跳ねた。
速水直人「……もう、濡れてます」
笹倉七海「……言わないで、って……っ。だって、速水さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける、その横顔が、たまらなく、可愛かった。
9. ふたりの距離
僕は、最後の一枚を、ゆっくりと、脱がせた。
デスクライトの光に、しっとりと濡れたそこが、ほのかに、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
笹倉七海「あっ……♡」
速水直人「気持ち、いいですか」
笹倉七海「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
笹倉七海「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
笹倉七海「速水さん……っ♡ だめ……それ……っ♡」
速水直人「いいですよ。……我慢、しないで」
笹倉七海「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、彼女の体が、ぐっと、反った。
笹倉七海「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと、締まる。
息を切らせる笹倉さんの額に、汗で張りついた髪を、僕は、そっと、よけてやった。
笹倉七海「……はぁ……っ。速水さんも……」
笹倉さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
笹倉七海「……私だけ、なんて。ずるい、です」
その言葉が、さっき、僕が言われたのと、同じで。
僕は、思わず、笑ってしまった。
速水直人「……お互いさま、ですね」
笹倉七海「……ふふ。そう、ですね」
10. 重なる二人
僕は、避妊具をつけて、彼女の脚の間に、体を、進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
速水直人「……いきます」
笹倉七海「……はい。来て、ください」
ゆっくりと、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
笹倉七海「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、笹倉さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、ゆっくりと、受け入れていく。
ずず……っ
笹倉七海「あ……っ♡ 奥……来てる……っ♡」
速水直人「……笹倉さんの中、すごく、熱い」
根元まで収まって、僕は、一度、深く、息を吐いた。
繋がった場所から、二か月間、同じ部屋で過ごした距離が、じんわりと、埋まっていく。
速水直人「……動いて、平気ですか」
笹倉七海「……うん。来て、ください……っ」
ゆっくりと、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
笹倉七海「あっ♡ ん……っ♡」
誰もいない、空っぽの、夜のオフィス。窓の外には、初雪。
その静けさに、彼女の甘い声と、肌の触れ合う音が、混ざっていく。
速水直人「笹倉さん、気持ち、いいですか」
笹倉七海「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
速水直人「僕も。……ずっと、こうしてたい」
笹倉さんが、僕の首に腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
笹倉七海「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
速水直人「ここ、好きですか」
笹倉七海「っ♡♡ 好き……っ♡ 速水さんの……好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか。たぶん、どっちも、だった。
笹倉七海「……名前で、呼んで、ください……っ♡」
速水直人「……七海さん」
笹倉七海「……っ♡♡」
名前を呼ぶと、彼女の中が、きゅうっと、締まった。
速水直人「七海さん。……あなたが、いてくれて、よかった」
笹倉七海「……私も……っ♡ 直人さん……っ♡」
僕の名前を、彼女が、初めて、呼んでくれた。
それだけで、胸の奥が、いっぱいに、なった。
長机が、小さく、軋む。
デスクライトの光の中、二人の声が、満ちていく。
笹倉七海「直人さん……っ♡ もう……っ♡」
速水直人「僕も……っ。一緒に」
笹倉七海「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、七海さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
笹倉七海「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 直人さん、一緒に……っ♡♡」
速水直人「……っ、七海さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
笹倉七海「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、七海さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
笹倉七海「……はぁ……っ。……こんなの、初めてです」
速水直人「七海さん」
笹倉七海「ん……?」
速水直人「来週から、新しいオフィスですね」
笹倉七海「……ふふ。そうですね」
速水直人「……あなたの席、僕が、決めてもいいですか」
七海さんが、僕の胸の中で、きょとんと、顔を上げた。
11. 新しい席
移転の、最初の月曜日。
新しいオフィスは、まだ、誰もが、自分の席を、探して、おろおろしていた。
笹倉さんが、引いた座席表のおかげで、それでも、みんな、少しずつ、自分の場所に、落ち着いていく。
左利きの沢口さんは、通路側で、肘を、のびのびと動かしていた。お迎えのある三好さんは、出口のすぐ近くで、ほっとした顔をしていた。窓際の、いちばん静かな一席では、定年間際のあの古参社員が、まぶしそうに、外を、眺めていた。
そのフロアの、隅のほう。
笹倉さんの席は、やっぱり、いちばん最後に、余ったところに、置かれていた。コピー機の、横。
僕は、移転後の、座席変更の権限を、持っていた。経営企画として、最後に、ひとつだけ、図を、引き直した。
僕は、自分の席を、彼女の、すぐ隣に、移した。
笹倉七海「……速水さん。これ」
席に着いた笹倉さんが、隣の僕に気づいて、目を、丸くした。
速水直人「経営企画の権限で、ひとつ、組み替えました。……ここ、僕の、新しい席です」
笹倉七海「……いいんですか。隅っこの、コピー機の横ですよ」
速水直人「いいんです。……あなたが、いる場所だから」
笹倉さんの頬が、ほんのり、赤く、染まった。
笹倉七海「……ずるい、です。やっぱり」
速水直人「ずるくても、いいんです。……僕、決めたんです。もう、人の居場所ばっかり、決めるのは、やめるって」
笹倉七海「……え」
速水直人「自分の居場所くらい、自分で、決めます。……あなたの、隣で」
僕は、この三年、人を、別の場所へ、動かすことばかり、してきた。
誰かの四角を、別の枠へ、ドラッグして。そのたびに、自分が、どこにいるのかも、わからなくなっていた。
でも、もう、違う。
僕は、初めて、自分の席を、自分で、選んだ。彼女の、隣に。
笹倉七海「……ねえ、直人さん」
速水直人「はい」
笹倉七海「いつか、また、会社が、再編で、座席を、組み替えることに、なったら」
速水直人「……はい」
笹倉七海「私と、直人さんの席だけは、ずっと、隣どうしに、しておいてくれますか」
速水直人「……当たり前です。それは、絶対に、誰にも、動かさせません」
七海さんが、ふっと、笑った。
新しいオフィスの、朝の光が、二つ並んだ席に、まっすぐ、差し込んでいた。
二百三十人の、それぞれの居場所が、静かに、動きはじめる。
その片隅で。
僕と七海さんの、新しい一日目が、ようやく、始まっていた。
笹倉七海「……これからも、よろしくお願いします。直人さん」
速水直人「こちらこそ。……七海さん」
僕は、隣の席で、彼女の手を、そっと、握った。
― 終 ―