1. はじめての事務局
僕、結城涼太、二十八歳。
中堅の精密機器メーカーで、総務部に配属されて、二年目になる。
総務というのは、要するに、なんでも屋だ。備品の発注、社内行事の段取り、来客の対応。誰かがやらなければ会社が回らない、けれど、誰も褒めてはくれない仕事を、黙ってこなす。
その僕に、今年、初めての大仕事が、回ってきた。
六月の、株主総会。
うちの会社は、三月決算だから、株主総会は、毎年六月の下旬にある。全国の株主が集まって、決算を承認し、取締役を選ぶ、会社で一番、格式ばった一日。
その「事務局」を、今年は、お前がやれ、と。
戸田「結城。総会の事務局、今年からお前にやってもらうから」
そう言ったのは、総務の先輩、戸田さんだった。去年まで、ずっと一人で総会を仕切ってきた人だ。
結城涼太「……え。僕、ですか。まだ二年目で」
戸田「いつまでも俺がやってちゃ、お前が育たないだろ。大丈夫、俺もつく。台本も去年のがある」
台本、と戸田さんは言った。
株主総会には、分厚い「想定問答集」と「議事進行シナリオ」がある。社長が読む原稿、株主からの質問への回答案、一秒単位のタイムスケジュール。それを、僕が、作り直す。
結城涼太「……はい。やります」
返事はしたものの、その夜から、僕の残業は、終電ぎりぎりまで、続くことになった。
2. 年に一度だけ来る人
六月に入って、最初の打ち合わせの日。
会議室に、見慣れない人が、一人、座っていた。
紺色の、地味なスーツ。化粧気の薄い、整った顔。長い髪を、後ろできっちりと束ねている。机の上には、ノートパソコンではなく、罫線の入った、薄い専用のノートと、一本の万年筆が、置かれていた。
戸田「結城。紹介する。速記の、紺野さんだ」
紺野千景「……紺野です。紺野千景。よろしくお願いします」
声が、静かだった。大きくはないのに、不思議と、よく通る声。
結城涼太「あ、総務の、結城です。……速記、というと」
戸田「総会の発言を、全部、記録してもらうんだよ。社長の言葉も、株主の質問も、一言残らず。あとで議事録を作るのに、いちばん正確なのは、やっぱり、人の手の速記なんだ」
僕は、紺野さんのノートを、ちらりと見た。
開かれたページには、文字とも記号ともつかない、不思議な線が、波のように、いくつも走っていた。
結城涼太「……これ、字、なんですか」
紺野千景「ええ。速記符号、といいます。耳で聞いた言葉を、その場で、この符号に置き換えて、書き取るんです」
結城涼太「……読めない」
つい、本音が漏れた。紺野さんは、口元を、ほんの少しだけ、ゆるめた。
紺野千景「私にしか、読めません。あとで、これを、普通の文字に直すんです。反訳、といいます」
戸田「紺野さんは、毎年、総会の日だけ、来てもらってる。もう、五年目になるかな」
年に一度だけ、会社に来る人。
その日、僕は、彼女の名前を、覚えた。
3. 符号の手
打ち合わせは、何度も、重ねられた。
紺野さんは、フリーランスだという。総会や、講演会、裁判の記録。言葉を、正確に、残す仕事を、あちこちで請け負っている。
僕が、想定問答集の読み合わせをするとき、彼女は、いつも、隅の席で、静かに、符号を走らせていた。
万年筆の先が、ノートの上を、すべるように、動く。さらさら、さらさら、と、紙の鳴る音だけが、会議室に、続く。
僕が、早口になっても。専門用語を、まくしたてても。彼女の手は、一度も、止まらなかった。
結城涼太「……紺野さん。今の、ちゃんと、追えてますか。僕、結構、早口で」
紺野千景「大丈夫です。……むしろ、人の話す速さは、たかが知れています。一分間に、三百字くらい」
結城涼太「それ、追えるんですか」
紺野千景「ええ。それが、仕事なので」
淡々と、彼女は言った。
その横顔を見ながら、僕は、なんだか、気が遠くなった。
僕は、たった一枚のシナリオを作るのに、毎晩、終電まで、四苦八苦している。なのに、この人は、人の言葉を、片っ端から、こぼさずに、すくい取っていく。
結城涼太「……すごいですね。僕なんか、自分の作った台本ですら、当日、噛みそうなのに」
紺野千景「ふふ。……結城さん、緊張してるんですね」
見抜かれて、僕は、言葉に詰まった。
紺野千景「初めての事務局、だって、戸田さんから、聞きました」
結城涼太「……はい。正直、毎日、胃が痛くて」
紺野千景「大丈夫ですよ」
万年筆を置いて、紺野さんは、僕を、まっすぐ見た。
紺野千景「あなたが作ったその台本、すごく、丁寧です。株主さんが、どこで分からなくなるか、ちゃんと、考えてある。……五年見てきましたけど、こんなに、細かい事務局の人、初めてです」
その言葉が、不思議と、胸に、すとんと、落ちた。
誰も褒めてくれない仕事を、初めて、誰かが、見ていてくれた気がした。
4. 夜の会議室
総会まで、十日を切った。
リハーサルは、夜にも、及ぶようになった。役員のスケジュールが、昼間は埋まっているからだ。
その夜も、最後のリハーサルが終わって、役員たちが帰ったあと。
大会議室には、僕と、紺野さんだけが、残っていた。
彼女は、その日の符号を、丁寧に、見直していた。僕は、散らばった資料を、片づけながら、自販機で買った缶コーヒーを、二つ、持ってきた。
結城涼太「……これ、よかったら。遅くまで、すみません」
紺野千景「……ありがとうございます」
温かい缶を、両手で包んで、紺野さんは、ふっと、息をついた。
結城涼太「紺野さんは、いつも、こんなに遅くまで?」
紺野千景「日によりますね。……総会のシーズンは、六月に集中するので。掛け持ちで、何社も」
結城涼太「掛け持ち……。じゃあ、明日も、別の会社の総会、とか」
紺野千景「ええ。明日は、午前と午後で、二件」
すごい、と僕が言うと、彼女は、少しだけ、肩をすくめた。
紺野千景「速記者、今、すごく、少ないんです。手で書く速記なんて、もう、習う人もいなくて。……だから、私みたいなのが、走り回ることになる」
結城涼太「……なくならないんですか。その、仕事」
紺野千景「どうでしょう。録音も、文字起こしのソフトも、どんどん、良くなってますから。……いつか、私の符号は、誰にも、要らなくなるのかもしれません」
淡々と、彼女は言った。けれど、その声の奥に、ほんの少し、寂しさが、にじんでいた。
紺野千景「でも、私は、この仕事、好きです。……人の言葉を、こぼさずに、すくい取る。それが、できる人が、一人くらい、いてもいいでしょう」
そう言って、紺野さんは、ほんの少しだけ、笑った。
その横顔から、僕は、目が、離せなくなっていた。
5. 株主総会、当日
そして、六月の、その日が、来た。
朝から、会場の大会議室には、緊張が、張りつめていた。受付に、株主が、続々と、集まってくる。僕は、開会の三十分前から、心臓が、口から出そうだった。
定刻。社長が、壇上に立つ。
僕は、事務局の席で、シナリオを握りしめ、進行を、見守った。
紺野さんは、議長席の、すぐ近くの、記録席に、座っていた。万年筆を構え、まっすぐに、前を見ている。さっきまで、僕に向けてくれていた、柔らかい表情は、もう、どこにもなかった。
仕事の顔、だった。
社長が、決算の報告を始める。その一言一言を、紺野さんの手が、こぼさず、符号に変えていく。
最初の議案は、滞りなく、進んだ。
問題が、起きたのは、質疑応答に、入ってからだった。
戸田「……結城。あの株主、去年も、揉めた人だ」
戸田さんが、僕の耳元で、囁いた。
最前列の、年配の男性株主が、手を挙げた。マイクが、回される。
結城涼太(……来た。想定問答に、ない質問だ)
男性株主は、海外子会社の、会計処理について、鋭く、突っ込んできた。台本には、ない。社長が、言葉に、詰まる。
会場が、ざわついた。
僕の頭は、真っ白になりかけた。どう、フォローすればいい。資料は。回答案は。
そのとき。
ふと、記録席の、紺野さんが、目に入った。
会場が、どんなに、ざわついても。
彼女の手だけは、一定の速さで、淡々と、符号を、刻み続けていた。
その、揺るがない背中を見た瞬間、僕の頭が、すっと、冷えた。
6. 一言も、こぼさない
結城涼太(……落ち着け。彼女が、全部、記録してる)
僕は、震える手で、資料の山から、海外子会社の、補足データを、引っ張り出した。事前に、念のため、と、紺野さんとの夜の打ち合わせで、追加で作っておいた、一枚だった。
それを、戸田さん経由で、こっそり、社長に、回す。
社長が、それを、ちらりと見て、落ち着いた声で、答え始めた。
会場の、ざわめきが、少しずつ、収まっていく。
男性株主が、最後に、ひとこと言った。
戸田「……まあ、いいでしょう。今年は、ちゃんと、答えになっとる」
ほっと、会場の空気が、ゆるんだ。
その後の議案は、無事に、可決された。
閉会の、宣言。
社長が、壇上から、降りる。役員たちが、ひとり、また、ひとり、会場を、出ていく。
長い、長い、一日が、終わった。
戸田「結城。……よくやった。あの補足資料、お前が、用意してたんだろ」
結城涼太「……はい。紺野さんと、夜に、打ち合わせしてたとき、なんか、嫌な予感がして」
戸田「ナイスだ。あれがなかったら、危なかったぞ。……今日は、もう、上がれ。俺、後片づけ、やっとくから」
戸田さんが、僕の肩を、ぽんと叩いて、先に、出ていった。
気づくと。
広い大会議室に、僕と、紺野さんだけが、残されていた。
7. 終わった夜に
紺野さんは、記録席で、その日の符号を、ノートいっぱいに、見つめていた。
何十ページにも、わたる、波のような線。今日、この会場で、交わされた、すべての言葉が、彼女のノートの中に、こぼれずに、収まっている。
結城涼太「……お疲れ様でした。紺野さん」
紺野千景「……お疲れ様でした。結城さん」
顔を上げて、彼女は、今日初めて、仕事の顔を、ほどいた。
紺野千景「すごかったですね。あの、補足資料。……ぱっと、出てきて。私、見てて、すごいって、思いました」
結城涼太「……いや。僕、本当は、頭、真っ白になりかけてて」
紺野千景「え?」
結城涼太「……でも。紺野さんの背中、見たら、落ち着いたんです」
紺野さんが、きょとんとした顔で、僕を見た。
結城涼太「会場が、あんなに、ざわついてたのに。紺野さんの手だけ、ぜんぜん、揺るがなくて。……ああ、この人が、全部、記録してくれてる。なら、大丈夫だって。そう思ったら、頭が、すっと、冷えて」
紺野さんが、しばらく、黙った。
それから、目を、伏せた。束ねた髪の隙間から見える、その耳が、ほんのり、赤かった。
紺野千景「……私の、背中で。そんなふうに、思ってくれた人。初めてです」
結城涼太「紺野さん」
僕は、自分でも、止められなかった。
結城涼太「年に、一度しか、会えないの。……僕、もう、嫌だな、って」
静かな大会議室に、僕の声だけが、響いた。
紺野千景「……え」
結城涼太「来年の総会まで、会えないなんて。……一年、長すぎます。僕、紺野さんに、また、会いたい。仕事じゃ、なくて」
8. 符号にできない言葉
紺野さんは、しばらく、何も言わなかった。
ノートを、ぱたん、と閉じて、万年筆を、そっと、置いた。
紺野千景「……結城さん。私、もう、若くないですし。あちこち、飛び回って、不安定な仕事だし。……こんな、面倒な人間ですよ」
結城涼太「知ってます。……五年、来てくれてたの、ずっと、見てましたから」
紺野千景「……五年も、見てない、くせに」
結城涼太「今年から、ちゃんと、見てます。……毎日、紺野さんの手ばっかり、見てました」
紺野さんが、ふっと、笑った。困ったような、けれど、嬉しそうな、笑顔だった。
紺野千景「……ずるい、です。そういう言い方」
そして、彼女は、椅子から、立ち上がって、僕の、すぐ前まで、来た。
紺野千景「……私、いつも、人の言葉を、こぼさずに、書き取ってきました。何千、何万、という言葉を。……でも」
結城涼太「……でも?」
紺野千景「今、自分の中にある、この気持ちは。……どんな符号でも、書き取れない、気がします」
そう言って、紺野さんは、僕を、見上げた。
化粧気の薄い、整った顔。いつも、淡々としている、その瞳が、今は、潤んで、揺れていた。
僕は、彼女の頬に、そっと、手を伸ばした。
紺野さんは、逃げなかった。目を閉じて、ほんの少し、顔を、上向けた。
僕は、ゆっくりと、唇を、重ねた。
ちゅっ。
紺野千景「……ん」
柔らかくて、少しだけ、震えていた。
一度、離れて、見つめ合う。
結城涼太「……もう一回、いいですか」
紺野千景「……はい」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
紺野さんの手が、おずおずと、僕のスーツの、胸元を、きゅっと、握った。
9. 灯りを落として
大会議室の、天井の照明を、半分だけ、落とした。
窓の外には、六月の、夜の街が、ぼんやりと、滲んでいる。総会が終わって、誰もいなくなったフロアは、しんと、静まり返っていた。
僕は、紺野さんを、壁際の、長いソファへ、そっと、座らせた。
紺野千景「……こんな、会社の会議室で。……だめな、大人ですね、私たち」
結城涼太「……ここが、いいんです。今日、二人で、乗り切った場所だから」
紺野千景「……ふふ。なにそれ」
笑った彼女の唇に、もう一度、口づける。
束ねた髪の、結び目を、そっと、ほどいた。長い髪が、肩に、さらりと、落ちる。
いつも、きっちりと結んでいた人が、急に、無防備に見えて、僕は、息を、呑んだ。
結城涼太「……綺麗です」
紺野千景「……言わないで、ください。恥ずかしい」
スーツのジャケットを、肩から、そっと、滑らせる。ブラウスのボタンを、一つずつ、外していく。
白い肌が、半分落とした灯りに、ほんのり、照らされる。地味なスーツの下に、隠れていた体は、思っていたよりも、ずっと、女らしかった。
紺野千景「……あんまり、見ないで」
両腕で、胸元を、隠そうとする。
その手を、僕は、そっと、どけた。
背中に手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
紺野千景「……っ」
ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
紺野千景「ん……っ」
結城涼太「……柔らかい」
紺野千景「……いちいち、言わないで……っ」
口では、そう言うのに、彼女の息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に、触れると、体が、びくっと、跳ねた。
紺野千景「ひゃっ……そこ……っ」
結城涼太「ここ、弱いんですか」
紺野千景「……知らない、です……っ」
僕は、片方の先端を、口に、含んだ。
ちゅっ……れろっ……
紺野千景「あっ……ん……っ」
今日、あんなに、淡々と、符号を刻んでいた彼女が。
甘くて、頼りない声を、こぼしている。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
紺野千景「結城さん……っ、それ……だめ……っ」
紺野さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、スカートの中へ、手を、滑らせた。
結城涼太「……脱がせて、いいですか」
紺野千景「……っ、はい」
スカートを下ろすと、白い下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
布越しに、そっと指でなぞると。
紺野千景「んっ……」
彼女の腰が、ぴくんと、跳ねた。
結城涼太「……もう、濡れてます」
紺野千景「……言わないで、って……っ。だって、結城さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける、その横顔が、たまらなく、可愛かった。
僕は、最後の一枚を、ゆっくりと、脱がせた。
半分落とした灯りの中で、しっとりと濡れたそこが、ほのかに、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
紺野千景「あっ……♡」
結城涼太「気持ち、いいですか」
紺野千景「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
紺野千景「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
紺野千景「結城さん……っ♡ だめ……それ……っ♡」
結城涼太「いいですよ。……我慢、しないで」
紺野千景「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、彼女の体が、ぐっと、反った。
紺野千景「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと、締まる。
息を切らせる紺野さんの額に、汗で張りついた髪を、僕は、そっと、よけてやった。
10. 重なる二人
紺野千景「……はぁ……っ。結城さんも……」
紺野さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
紺野千景「……私だけ、なんて。ずるい、です」
僕は、避妊具をつけて、彼女の脚の間に、体を、進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
結城涼太「……いきます」
紺野千景「……はい。来て、ください」
ゆっくりと、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
紺野千景「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、紺野さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、ゆっくりと、受け入れていく。
ずず……っ
紺野千景「あ……っ♡ 奥……来てる……っ♡」
結城涼太「……紺野さんの中、すごく、熱い」
根元まで収まって、僕は、一度、深く、息を、吐いた。
繋がった場所から、年に一度しか会えなかった距離が、じんわりと、埋まっていく。
結城涼太「……動いて、平気ですか」
紺野千景「……うん。来て、ください……っ」
ゆっくりと、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
紺野千景「あっ♡ ん……っ♡」
誰もいない、夜のオフィス。今日、株主の声が、飛び交った、大会議室。
その静けさに、彼女の甘い声と、肌の触れ合う音が、混ざっていく。
結城涼太「紺野さん、気持ち、いいですか」
紺野千景「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
結城涼太「僕も。……ずっと、こうしてたい」
紺野さんが、僕の首に腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
紺野千景「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
結城涼太「ここ、好きですか」
紺野千景「っ♡♡ 好き……っ♡ 結城さんの……好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか。たぶん、どっちも、だった。
紺野千景「……名前で、呼んで、ください……っ♡」
結城涼太「……千景さん」
紺野千景「……っ♡♡」
名前を呼ぶと、彼女の中が、きゅうっと、締まった。
結城涼太「千景さん。……あなたに、会えて、よかった」
紺野千景「……私も……っ♡ 涼太さん……っ♡」
僕の名前を、彼女が、初めて、呼んでくれた。
それだけで、胸の奥が、いっぱいに、なった。
ソファが、小さく、軋む。
半分落とした灯りの中、二人の声が、満ちていく。
紺野千景「涼太さん……っ♡ もう……っ♡」
結城涼太「僕も……っ。一緒に」
紺野千景「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、千景さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
紺野千景「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 涼太さん、一緒に……っ♡♡」
結城涼太「……っ、千景さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
紺野千景「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、千景さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
紺野千景「……はぁ……っ。……こんなの、初めてです」
結城涼太「……千景さん」
紺野千景「ん……?」
結城涼太「来年の総会まで、なんて。……もう、待てません」
千景さんが、ふっと、笑った。
紺野千景「……当たり前です。……次は、仕事じゃ、嫌ですよ」
そう言って、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
11. 符号にした、ひとこと
数日後。
紺野さんから、議事録の、反訳が、上がってきた。
あの日、大会議室で、交わされた、すべての言葉が、彼女の符号から、きちんとした、文字に、直されて、戻ってきた。社長の報告も。あの、揉めた株主の、鋭い質問も。一言も、こぼさずに。
その、分厚い議事録の、最後のページ。
公式な記録が、終わったあとの、余白に。
小さく、手書きの、不思議な線が、一つだけ、書き添えてあった。
波のような、速記符号。僕には、読めない、彼女だけの、文字。
その夜、会って、僕は、聞いた。
結城涼太「……あの、最後の符号。あれ、なんて、書いてあったんですか」
千景さんが、ふふっと、笑った。
紺野千景「……教えません」
結城涼太「えっ。気になるんですけど」
紺野千景「あれは、議事録には、載らない、ひとことです。……私と、涼太さんだけの」
結城涼太「……ずるいですよ、それ」
紺野千景「ふふ。……いつか、私が、ちゃんと、声に出して、言ってあげます」
そう言って、彼女は、僕の手を、きゅっと、握った。
万年筆を握り続けてきた、その手は、少しだけ、ペンだこがあって、けれど、とても、あたたかかった。
紺野千景「ねえ、涼太さん」
結城涼太「はい」
紺野千景「来年の株主総会も、私を、指名してくれますか。事務局として」
結城涼太「……当たり前です。紺野さんじゃなきゃ、困ります」
紺野千景「ふふ。……じゃあ、これからは、年に一度の取引先で、それ以外の日は、恋人、ですね」
年に一度しか、会えなかった人。
誰にも読めない符号で、人の言葉を、こぼさずに、すくい取ってきた人。
その人が、今、僕の隣で、笑っている。
結城涼太「……千景さん。これからも、よろしくお願いします」
紺野千景「こちらこそ。……涼太さん」
六月の、夜の街を、二人で、歩いた。
いつか、彼女が、声に出して、教えてくれるという、あのひとことを。
僕は、たぶん、もう、知っている気がした。
― 終 ―