1. 秒に追われる僕
僕、工藤涼太、三十歳。
結婚式場で、披露宴の進行管理をしている。
タイムキーパー、と言えば、聞こえはいい。
要は、ストップウォッチ片手に、秒単位で、一日を仕切る仕事だ。
新郎入場、何分何秒。乾杯、何分。歓談、何分。手紙の朗読、ケーキ入刀、お色直しの中座。
すべてに、決められた尺がある。
少しでも押せば、料理が冷める。BGMがずれる。次の会場が、つかえる。
だから、僕はいつも、インカム越しに、秒を数えている。
工藤涼太(あと、四十秒。巻きでいこう)
人生で一番、幸せな一日を。僕は、いつも、秒で割っている。
気づけば、仕事以外の時間まで、そうなっていた。
信号が変わるまでの秒。電車のドアが閉まるまでの秒。
休みの日にカフェに入っても、つい、回転率を計算してしまう。
時間に追われているのか、時間を追っているのか、自分でも、わからなくなっていた。
そんな僕の腕で、ある朝、安物のクォーツの腕時計が、止まった。
工藤涼太(……電池、か)
午前六時十四分を指したまま、秒針が、ぴくりとも、動かない。
その止まった針を見た瞬間、なぜだか、背中が、すうっと寒くなった。
僕の時間そのものが、止まってしまった、みたいで。
2. 路地裏の時計店
春に転職して、職場が変わって、この下町の古いアパートに、引っ越してきた。
駅から、商店街を抜けて、十五分。
その商店街の、いちばん奥。
八百屋と、しもた屋の間の、細い路地に、その店はあった。
「月岡時計舗」。
色あせた紺の暖簾に、白い文字。
ショーウインドウの中で、古い掛け時計が、何台も、ばらばらの時刻を指していた。
工藤涼太(……まだ、やってるのか、こんな店)
電池交換くらい、できるだろうか。
半信半疑で、僕は、立て付けの悪い引き戸を、からから、と開けた。
途端、店じゅうの時計が、いっせいに、時を刻んでいる音に、包まれた。
ちっ……ちっ……ちっ……。
大小さまざまな振り子が、てんでばらばらのようでいて、どこか、一つの呼吸みたいに、揺れている。
その音の海の、いちばん奥。
天眼鏡のようなルーペを片目にはめた、若い女の人が、こちらを、見上げた。
月岡律「……いらっしゃい」
歳は、たぶん、僕と同じくらい。
ひっつめた黒髪に、藍色の作業エプロン。化粧っ気はないのに、妙に、目を引く人だった。
机の上には、分解された腕時計が、無数の、小さな部品になって、並んでいる。
工藤涼太「あの、これ、電池交換、お願いできますか。今朝、止まってしまって」
僕が差し出した腕時計を、彼女は、ルーペ越しに、ちらりと見た。
月岡律「……これ、止まったの、今朝じゃないよ」
工藤涼太「え?」
月岡律「電池が切れたのは、たぶん、もっと前。あなたが気づかなかっただけ」
裏蓋を、慣れた手つきで開けて、彼女は、淡々と続けた。
月岡律「液漏れしかけてる。中、ちょっと、傷んでる。……ずいぶん、ほったらかしにしてたでしょ」
ぐっ、と言葉に詰まった。
毎日、秒を数えていたくせに。自分の腕の時計が、いつ止まったのかも、知らなかったのだ。
月岡律「直せるよ。三十分、もらえる?」
そう言って、彼女は、また、ルーペの奥に、目を、伏せた。
3. 三十分の待ち時間
座って待つ、と言ったら、奥から、古い丸椅子を、出してくれた。
僕は、それに腰かけて、ただ、彼女の手元を、眺めていた。
細いピンセットが、米粒よりも小さな部品を、つまみ上げる。
息を詰めて、はめ込む。油を、針の先ほど、差す。
その指先の動きが、おそろしく、繊細だった。
待つことに慣れていない僕にとって、その三十分は、ひどく、奇妙な時間だった。
スマホを見ても、落ち着かない。
仕方なく、店の中を、見回した。
壁という壁に、時計が、かかっている。
柱時計、鳩時計、舶来物らしい置き時計。
どれも、年季が入っていて、てんでばらばらの時刻を、指している。
工藤涼太「……あの。この時計たち、時間、合ってないんですね」
つい、口に出していた。職業病だった。
彼女が、手を止めずに、ふっと、笑った気配がした。
月岡律「合ってないんじゃないよ。これ、全部、修理待ちか、修理した子たち。預かりもの」
月岡律「動くようになったら、持ち主に、返すの。だから、時刻はばらばらでいい。ちゃんと、動いてれば」
ちゃんと、動いてれば。
その言い方が、なんだか、僕の胸に、引っかかった。
ちょうど、そのとき。
奥の柱時計が、ぼーん、ぼーん、と、低い音で、時を、告げた。
腹の底に、じんわり響くような、その音。
秒を刻むデジタルの電子音とは、まるで違う、ゆったりとした、時の重さ。
僕は、思わず、その音に、聞き入っていた。
月岡律「……はい、できた」
差し出された僕の腕時計は、また、ちゃんと、秒針を、動かしていた。
工藤涼太「ありがとうございます。……あの、おいくらですか」
月岡律「電池代と、手間賃で、千五百円。……次は、止まる前に、来なよ」
月岡律、と、レジ脇の名刺に、書いてあった。
その人は、ルーペを外して、初めて、まっすぐ僕を見て、少しだけ、笑った。
4. 常連の矢野さん
それから、僕は、ときどき、その時計店に、寄るようになった。
きっかけは、口実だった。
アパートの押し入れから、亡くなった祖父の、古い懐中時計が、出てきたのだ。
竜頭を巻いても、針は、動かない。
工藤涼太「これ……直りますか」
恐る恐る差し出すと、律さんの目の色が、ぱっと、変わった。
月岡律「……うわ。いいもの、持ってるじゃん」
裏蓋を開けて、中の機械を覗き込んだ彼女は、まるで、宝物を見つけた子どもみたいに、生き生きと、していた。
月岡律「これ、機械式。手巻きの。ゼンマイで動く、昔の時計。……電池なんか、いらないの」
月岡律「ちょっと、油が固まってるだけ。分解して、洗って、組み直せば、ちゃんと、また動く。少し、預からせて」
その横顔が、店に入ってきた最初の日とは、別人みたいに、輝いていて。
僕は、つい、見とれてしまった。
そんなとき、引き戸が、からから、と開いた。
矢野さん「律ちゃん、いるかい。うちの鳩時計、また、鳩が出てこなくなっちまってよ」
入ってきたのは、腰の曲がった、おじいさんだった。
矢野さん、という、近所の常連さんらしい。
もう何十年も、この店に通っている、いちばんの古株なのだと、律さんが、笑いながら、教えてくれた。
矢野さん「この店はな、律ちゃんのじいさんの代からだ。わしの嫁入り道具の時計も、ここで直してもらった」
矢野さんは、しわくちゃの顔で、そう言って、それから、僕のほうを、じろりと見た。
矢野さん「……おや。あんた、見ない顔だね。律ちゃんの、客かい?」
工藤涼太「あ、はい。時計を、直してもらってて」
矢野さん「ふうん」
矢野さんは、にやり、と笑って、律さんを、見た。
矢野さん「律ちゃんも、若い客が来て、よかったなあ。いつも、年寄りばっかりで」
月岡律「……矢野さん。余計なこと、言わないの」
律さんが、めずらしく、ちょっと、頬を赤くして、矢野さんを、奥へ、押しやった。
その横顔を見ていたら、僕も、なんだか、耳の裏が、熱くなった。
5. 振り子の“間”
祖父の懐中時計を、受け取りに行った日。
店には、ほかに、客はいなかった。
律さんは、洗い上げた懐中時計を、僕の手のひらに、そっと、のせてくれた。
竜頭を、きりきり、と巻く。
すると、止まっていたはずの針が、ことり、と、動きはじめた。
ちっ、ちっ、ちっ、と。
何十年も眠っていた時間が、僕の手の中で、また、息を、吹き返した。
工藤涼太「……すごい。本当に、動いた」
月岡律「でしょ。機械式は、死なないの。手をかけてやれば、また、ちゃんと、動く」
月岡律「電池が切れたら終わり、ってわけじゃ、ないんだよ」
僕は、その懐中時計の音を、しばらく、耳に当てて、聞いていた。
ゆっくりとした、ゆったりとした、時の刻み。
僕が仕事で数えている秒とは、まるで、流れの速さが、違う。
工藤涼太「……不思議だな。同じ一秒のはずなのに。ここの時計の時間は、なんだか、ゆっくり、流れてる気がする」
ぽつり、と漏らすと、律さんが、手元のヤスリを置いて、こちらを見た。
月岡律「あなた、いつも、時間に、追われてるでしょ」
ぎくり、とした。
月岡律「店に来るたび、そわそわしてる。秒針ばっかり、見てる。……なんの仕事してるの?」
工藤涼太「……結婚式の、進行管理です。一日中、ストップウォッチで、秒を、数えてて」
そう答えると、律さんは、ふうん、と、頷いて。
それから、奥の柱時計の前に、僕を、連れて行った。
ゆらり、ゆらり、と、大きな振り子が、揺れている。
月岡律「これ、見て。振り子って、急かしても、ゆっくりにしても、だめなの。決まった“間”でしか、正しく時を刻まない」
月岡律「速けりゃいい、ってもんじゃない。その時計に合った“間”が、いちばん、正確なんだよ」
その“間”、という言葉が、僕の、どこか、固まっていた場所に、すっと、染み込んだ。
月岡律「……あなたも、ちょっと、振り子の音、聞いてみたら。秒を数えるの、お休みして」
並んで、その振り子の音を、聞いた。
ちっ……たっ……ちっ……たっ……。
不思議と、急いていた呼吸が、その“間”に、合っていく。
ふと、横を見ると、律さんの、まつげの長い横顔が、すぐそこに、あった。
その瞬間だけ、僕は、生まれて初めて、秒を、数えるのを、忘れていた。
6. 分解掃除の夜
その日から、僕は、口実をつけては、店に、通うようになった。
止まった目覚まし時計。安物の掛け時計。ベルトの切れた腕時計。
直すものなんて、すぐに、尽きた。
それでも、僕は、行った。
ある夜、閉店間際に駆け込むと、律さんは、ちょうど、預かりものの置き時計を、分解掃除している、ところだった。
月岡律「あ。工藤さん。……もう来ないかと思った」
工藤涼太「すみません。仕事が、長引いて」
月岡律「ちょうどよかった。手、ちょっと、貸して」
招かれるまま、僕は、作業机の、隣に、座った。
ピンセットを渡されて、彼女の指示通り、小さな部品を、トレイに、並べていく。
月岡律「それ、テンプ。時計の心臓。……落としたら、半日、探すことになるから、慎重にね」
工藤涼太「は、はい」
息を詰めて、米粒みたいな部品を、つまむ。
僕の、不器用な手元を、律さんが、すぐ横で、じっと、見ている。
肩が、触れそうなほど、近い。
油と、金属と、ほんの少し、彼女の髪の匂いが、した。
月岡律「……うん。筋、悪くないよ」
工藤涼太「秒を数えるのは、得意なので」
月岡律「ふふ。それ、関係ある?」
笑うと、ひっつめた前髪が、ふわりと、揺れた。
窓の外は、しとしとと、梅雨の雨。
時計の音だけが満ちる店の中で、僕たちは、ずっと、肩を寄せて、小さな部品を、組み立てていた。
月岡律「……あのね。この店、ほんとは、たたもうかって、話も、あったの」
ぽつり、と、律さんが、言った。
月岡律「祖父が死んで、継ぐ人、私しか、いなくて。電池の時計ばっかりの時代に、機械式の修理なんて、儲からないし」
月岡律「でも、どうしても、できなかった。この音を、止めたく、なくて」
雨の音の中で、彼女の、横顔は、少し、寂しそうだった。
工藤涼太「……止めなくて、よかったです」
僕は、思わず、言っていた。
工藤涼太「僕、ここに来ると、なんだか、息が、できるんです。秒に、追われなくて、すむ。……だから、この店が、好きです」
言ってから、好き、の主語が、店なのか、彼女なのか、自分でも、曖昧になった。
律さんは、少し、黙って。
それから、組み上がった置き時計の、竜頭を、ことり、と、巻いた。
月岡律「……ありがと。そんなこと言ってくれる人、久しぶり」
その声が、いつもより、ずっと、柔らかかった。
7. 梅雨の晴れ間
数日後の、日曜の朝。
スマホが、鳴った。
預かりのとき、念のため、と交換していた、律さんの番号、だった。
月岡律「工藤さん? 急に、ごめんね。あの……今日、店、休みなんだけど」
工藤涼太「はい」
月岡律「久しぶりに、晴れたから。……古い時計の、買い付けに行くんだけど。よかったら、一緒に、来ない?」
電話の向こうの声が、少しだけ、緊張しているように、聞こえた。
僕は、跳ねる心臓を抑えて、できるだけ、平静を装って、答えた。
工藤涼太「行きます。ぜひ」
待ち合わせた商店街の入口に、律さんは、もう、来ていた。
いつもの、藍色のエプロン姿じゃ、なかった。
白いブラウスに、淡い色のロングスカート。下ろした、長い黒髪。
店の机の前で見る「時計師」とは、まるで別人みたいで、僕は、思わず、見とれてしまった。
月岡律「……なに、じろじろ見て」
工藤涼太「あ、いや。髪、下ろしてるの、初めて見たので」
月岡律「……そりゃ、休みだもん」
ぶっきらぼうに言って、でも、律さんの頬は、少し、赤かった。
梅雨の晴れ間の空は、久しぶりに高くて、骨董市の並ぶ路地は、人で、にぎわっていた。
二人で、古い時計を、覗いて回った。
律さんは、ジャンク品の山から、文字盤の欠けた懐中時計を見つけて、まるで宝物みたいに、目を、輝かせた。
帰り道、川沿いの土手のベンチで、休憩した。
自販機で買った、冷たいラムネを、二人で、飲む。
月岡律「工藤さんって、最初に来たとき、すっごい、思いつめた顔、してた」
工藤涼太「そりゃ、しますよ。時計が止まって、自分の時間まで、止まった気がして」
月岡律「ふふ。でもね。……正直、通ってきてくれるの、ちょっと、嬉しかったんだ」
律さんが、川のほうを見たまま、ぽつりと、言った。
月岡律「祖父が死んでから、店、ずっと、一人で。来るお客さんも、矢野さんみたいな、年配の人ばっかりで」
月岡律「だから、工藤さんが、わざわざ、通ってきてくれるの。……顔見ると、なんか、私のほうが、ほっとしてた」
僕は、ラムネの瓶を、ぎゅっと、握った。
工藤涼太「律さん」
月岡律「ん?」
工藤涼太「正直に言うと。……直すもの、もう、とっくに、なくなってたんです」
律さんが、こちらを、向いた。
工藤涼太「先月くらいから。それでも、通ってたのは。律さんに、会いたかったからです」
言ってしまった。
顔が、かっと、熱くなる。
律さんは、目を丸くして、それから、ぷっと、吹き出した。
月岡律「……知ってたよ、そんなの」
工藤涼太「えっ」
月岡律「だって、工藤さんが持ってくる時計、最後のほう、どこも、壊れてなかったもん」
月岡律「時計師、なめないで」
そう言って、いたずらっぽく、笑う。
その笑顔を見ていたら、もう、止まらなかった。
工藤涼太「律さん。僕、あなたのことが、好きです」
川風が、一度、二人の間を、吹き抜けた。
律さんの、下ろした髪が、ふわりと、揺れる。
月岡律「……うん」
律さんは、晴れ間の光に頬を染めて、まっすぐ、僕を、見た。
月岡律「私も。……工藤さんが、あの引き戸を開けてくるの、毎週、待ってた」
土手の上で、僕たちは、どちらからともなく、手を、重ねた。
小さな部品を、いくつも組んできた、彼女の指は、思っていたより、ずっと、温かかった。
8. 作業場の灯り
その帰り道、商店街に着く頃には、また、夕立の雲が、出てきた。
ぽつり、ぽつり、と、降りはじめた雨を避けて、僕たちは、月岡時計舗の軒下に、駆け込んだ。
月岡律「……入って。雨、止むまで」
律さんが、引き戸の鍵を開ける。
その指先が、少しだけ、震えていた。
暗い店の奥、作業机のある、小さな板の間に、彼女が、灯りを、ともす。
裸電球の、オレンジ色の、やわらかな光。
そのまわりで、何十台もの時計が、ちっ、ちっ、と、静かに、時を、刻んでいた。
月岡律「ここ、祖父の代から、ずっと、修理してきた場所。……あんまり、人を、入れたことないんだ」
お茶を淹れてくれる、その背中を、僕は、後ろから、そっと、見ていた。
下ろした髪から、覗く、白いうなじ。
骨董市を歩いたせいか、ほんのり、汗ばんでいる。
湯呑みを二つ、お盆にのせて、律さんが、振り返った。
そして、すぐ近くに立っていた僕と、目が、合って。
月岡律「……工藤、さん」
工藤涼太「涼太で、いいです」
月岡律「……涼太、さん」
僕は、お盆を、そっと、近くの机に、置かせた。
そして、律さんの頬に、手を、添えた。
彼女の目が、ゆっくりと、閉じられる。
唇を、重ねた。
ちゅっ。
月岡律「……ん」
柔らかくて、少しだけ、ラムネの味が、した。
一度離れて、見つめ合う。
律さんの頬が、土手のときよりも、もっと、赤い。
工藤涼太「……もう一回、いい?」
月岡律「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の腰に、腕を回す。
律さんの手が、おずおずと、僕のシャツの背中を、きゅっと、握った。
時計の音だけが満ちる店の奥で、雨の音が、だんだん、強くなっていった。
9. 重なる夜
作業机の、奥。
古い長椅子に、僕は、律さんを、そっと、座らせた。
月岡律「……あんまり、見ないで。私、こういうの、ずいぶん、久しぶりで」
工藤涼太「僕も、緊張してます」
月岡律「……ふふ。時計は、あんなに落ち着いて触るのに」
ブラウスのボタンを、一つずつ、外していく。
白い肩と、淡い色のブラジャーが、現れた。
普段、藍色のエプロンに隠れている体は、思っていたより、ずっと、女らしかった。
工藤涼太「……綺麗だ」
月岡律「やだ……言わないでよ」
律さんが、両腕で、胸元を、隠す。
その手を、僕は、そっと、どけた。
背中に手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
肩から紐が滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
月岡律「……っ」
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
むにゅ、と、指が、沈んでいく。
月岡律「ん……っ」
工藤涼太「……柔らかい」
月岡律「もう……いちいち、言わないの……っ」
口では強がるのに、律さんの息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと、跳ねた。
月岡律「ひゃっ……そこ……」
工藤涼太「ここ、弱い?」
月岡律「……っ、知らない……」
僕は、片方の先端を、口に、含んだ。
ちゅっ……れろっ……
月岡律「あっ……ん……っ」
机の前の、あの凛とした「時計師」とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、律さんの口から、ぽろぽろ、こぼれる。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
月岡律「涼太さん……っ、それ……だめ……っ」
律さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、スカートの裾から、手を、忍ばせた。
工藤涼太「……脱がせて、いい?」
月岡律「……うん」
スカートを脱がせると、淡い色の、下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
布越しに、そっと指でなぞると。
月岡律「んっ……」
律さんの腰が、ぴくんと、跳ねた。
工藤涼太「……もう、濡れてる」
月岡律「……言わないでって……っ。だって、涼太さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける律さん。
僕は、最後の一枚を、ゆっくり、脱がせた。
露わになったそこは、裸電球のオレンジの光に、しっとりと濡れて、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな水音が、した。
月岡律「あっ……♡」
工藤涼太「気持ちいい?」
月岡律「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
月岡律「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくり、擦る。
月岡律「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
律さんが、長椅子の縁を、ぎゅっと、握った。
いつも、小さな機械を、冷静に組み立てている彼女が、僕の指一本に、こんなに、乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
月岡律「涼太さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
工藤涼太「いいよ。イって」
月岡律「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、律さんの体が、ぐっと、反った。
月岡律「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと、締まる。
息を切らせる律さんの額に、汗で張りついた前髪を、僕は、そっと、よけてやった。
月岡律「……はぁ……っ。涼太さんも……」
律さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
月岡律「私だけ、ずるい……。涼太さんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、律さんの脚の間に、体を、進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
工藤涼太「……いくよ」
月岡律「……うん。来て」
ゆっくり、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
月岡律「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、律さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと、受け入れていく。
ずず……っ
月岡律「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
工藤涼太「……律さんの中、すごく、熱い」
根元まで収まって、僕は、一度、深く、息を、吐いた。
繋がった場所から、あの引き戸を開けて通った日々の距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくり、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
月岡律「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
工藤涼太「律さん、気持ちいい?」
月岡律「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
工藤涼太「僕も。……ずっと、こうしてたい」
律さんが、僕の首に腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
月岡律「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
工藤涼太「ここ、好き?」
月岡律「っ♡♡ 好き……っ♡ 涼太さんの、好き……っ♡♡」
それが、時間のことなのか、僕自身のことなのか、たぶん、どっちも、だった。
古い長椅子が、小さく、軋む。
時計の音と、二人の息と、肌のぶつかる音が、店の奥に、満ちていく。
月岡律「涼太さん……っ♡ もう……っ♡」
工藤涼太「僕も……っ。一緒に」
月岡律「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、律さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
月岡律「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 涼太さん、一緒に……っ♡♡」
工藤涼太「……っ、律さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
月岡律「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、律さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
ちっ……ちっ……ちっ……。
荒い息が、少しずつ、店じゅうの時計の、ゆったりとした“間”に、戻っていく。
月岡律「……はぁ……っ。すごかった……」
工藤涼太「……律さん」
月岡律「ん……?」
工藤涼太「いま、僕、生まれて初めて、秒を、数えてなかったです」
律さんが、ぷっと吹き出して、僕の胸を、ぽかっと、叩いた。
月岡律「……変なこと、言う人」
そう言って、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
10. 朝、暖簾を出す
翌朝。
ショーウインドウの外が、白みはじめた頃、僕は、目を覚ました。
長椅子に並んで、毛布にくるまった律さんが、すうすうと、寝息を立てている。
その寝顔は、ルーペを覗いているときの、張りつめた横顔とは、まるで違って、あどけなかった。
しばらくして、律さんが、ん、と身じろぎして、目を、開けた。
月岡律「……おはよ」
工藤涼太「おはよう」
月岡律「……あ。雨、止んでる」
引き戸を、すこし開けると、雨上がりの、澄んだ朝の空気が、店の中に、流れ込んできた。
夜のあいだに、梅雨が、明けたらしい。
水たまりに、青い空が、映っていた。
工藤涼太「……梅雨、明けましたね」
月岡律「ほんとだ」
律さんが、まぶしそうに、目を細めて、それから、店の中を、見回した。
ちっ、ちっ、と、何十台もの時計が、てんでばらばらの時刻のまま、それでも、ちゃんと、時を、刻んでいる。
月岡律「……ねえ、涼太さん」
工藤涼太「ん?」
月岡律「祖父の店、継いだとき。一人で、こんな儲からない店、やっていけるのかなって、ずっと、不安だったの」
月岡律「でも……今、ちょっとだけ、心強い」
朝の光の中で、彼女が、まっすぐ、僕を、見た。
その手のひらは、止まった僕の時計を、何度も、よみがえらせてくれた、手だ。
僕は、その手を、ぎゅっと、握った。
工藤涼太「秒は、数えなくなりましたけど。……律さんに会いに来る時間だけは、ちゃんと、守りますよ」
月岡律「……うん」
律さんが、照れたように、それでも、嬉しそうに、笑った。
二人で、立て付けの悪い引き戸を開けて、色あせた紺の暖簾を、表に、出した。
ちょうど、そのとき。
商店街のほうから、ことこと、と、杖の音がして。
矢野さん「おーや、律ちゃん。朝から、ずいぶん、いい顔して、暖簾出してるねえ」
入院土産だという、和菓子の箱を片手に、矢野さんが、にやにやしながら、やってきた。
月岡律「や、矢野さん! 朝から、なんなの!」
矢野さん「やーい、やっと、くっついたか。律ちゃんのじいさんも、空の上で、安心してるよ」
けらけら笑う矢野さんに、律さんは、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
秒に追われて、自分の時間を、見失って。
止まった腕時計を、直しに飛び込んだ、路地裏の、小さな時計店で。
僕は、止まった時計を一つずつよみがえらせる、不器用で、まっすぐな人と、恋人に、なった。
工藤涼太「今日、仕事終わったら、また来ます」
月岡律「うん。……待ってる」
朝の光の中、月岡時計舗の店じゅうで、何十もの振り子が、ゆっくりと、同じ呼吸みたいに、揺れていた。
僕は、もう、止まらない祖父の懐中時計を、胸ポケットにしまって、梅雨明けの空の下を、職場へと、歩き出した。
― 終 ―