出張帰りの終電で部屋の鍵をなくして締め出された深夜、呼んだ出張鍵屋に現れたのが手際のいい女性錠前師で、何度も商店街の小さな鍵屋に通ううちに初夏の夜に結ばれた話

社会人八年目、三十歳。設備保守のフィールドエンジニアをやっている。

名前は古賀慎(こが しん)。

仕事の半分は出張だ。空調や電源の保守で、地方の工場や商業施設を回る。週の三日は知らない町のビジネスホテルで眠っている。そんな生活が、もう何年も続いていた。

家は、住むというより、荷物を置いて充電する場所みたいになっていた。駅から離れた古い商店街の外れの、二階のアパート。隣に誰が住んでいるかも知らない。

その夜も、二泊の出張から終電で帰ってきたところだった。

六月の終わり。昼間の蒸し暑さが残った、生ぬるい夜だった。

キャリーバッグを引いて、暗い商店街を抜ける。シャッターの下りた店が並ぶ通りに、自分の足音だけが響いた。

アパートの外階段を上がって、ドアの前に立つ。

(……あれ)

ポケットにも、バッグの前ポケットにも、鍵がなかった。

(嘘だろ)

バッグを地面に下ろして、全部のポケットをひっくり返した。出張先のどこかで落としたのか、ホテルに置いてきたのか。どこをどう探しても、あの見慣れたキーホルダーは、出てこなかった。

時計を見ると、深夜一時を回っていた。

管理会社はとっくに営業時間外。スペアキーは、部屋の中の引き出しの中。つまり、いま、僕は自分の部屋から、完全に締め出されていた。

疲れ切った頭で、僕はスマホを開いて、「鍵 開ける 深夜 出張」と打ち込んだ。

真夜中の鍵屋

二十四時間対応、と書かれた一番上の店に、震える指で電話をかけた。

眠そうな男の声を想像していた。けれど、出たのは——

「はい、出張鍵屋なるせです。鍵のトラブルですか」

落ち着いた、低めの女性の声だった。

僕がしどろもどろに状況を説明すると、彼女はてきぱきと住所と鍵の種類を聞き取って、こう言った。

「二十分で行きます。動かずに待っててください」

電話は、すぐ切れた。

本当に二十分後、外階段の下に、小さな白い軽バンが停まった。

降りてきたのは、想像していた強面の職人とは、まるで違った。

肩につくくらいの黒髪を、後ろで無造作に束ねた女性だった。年は、僕と同じか少し下くらい。色のないつなぎの作業着を着て、片手に工具箱を提げている。化粧っ気はないのに、街灯の下で見上げた横顔の輪郭が、はっとするほどきれいだった。

「古賀さんですね。鳴瀬です。——これですね、締め出されたの」

「あ……はい。すみません、こんな時間に」

「気にしないでください。夜のほうが、本業なので」

そう言って、彼女はドアの前にしゃがみ込んだ。

工具箱から、細い金属の道具を二本、迷いなく抜き出す。鍵穴に差し込んで、片方を軽く押さえ、もう片方を、繊細な指先でほんの少しずつ動かしていく。

その手元を、僕は思わずじっと見てしまった。

無駄のない、静かな手つきだった。眉ひとつ動かさず、ただ鍵穴の奥の手応えだけに、全神経を集めている。細い指が、夜の中で生きているみたいに動いた。

かちり、と。

ほんの三十秒ほどで、内側で小さな音がした。

「はい、開きました」

ノブを回すと、ドアは何事もなかったように開いた。あんなに僕を拒んでいた扉が。

「……すごい。あっという間ですね」

「開かない鍵は、ないので」

事もなげに、彼女は言った。

それから、伝票を切りながら、ふと付け足した。

「鍵、なくしたなら、シリンダーごと替えたほうがいいですよ。拾った誰かが、来るかもしれない」

「あ……そうですよね。考えてもみなかった」

「うちでやれます。日中、店に来てくれれば」

差し出された名刺には、住所が書いてあった。

『合鍵・錠前 なるせ』

見覚えのある番地だった。僕の通る、あの商店街の中だ。

「……これ、僕の家のすぐ近くだ」

「ええ。だから二十分で来られたんです」

工具箱を提げて、彼女は軽バンに戻っていった。テールランプが、生ぬるい夜の奥へ遠ざかっていく。

部屋に入っても、しばらく僕は、開いたままのドアの前に立っていた。

かちり、と鳴った、あの音が。彼女の指先が。なぜか頭から離れなかった。

商店街の隅の店

翌日は、久しぶりの休みだった。

昼過ぎ、僕は名刺の住所を頼りに、商店街を歩いた。

何度も通っているはずの道なのに、その店に気づいたことは一度もなかった。八百屋と古い金物屋の間の、間口の狭い一軒。色あせた藍色の暖簾に、白く『なるせ』と染め抜いてある。

ガラス戸の奥で、彼女が作業台に向かっていた。

からから、と戸を開けると、金属を削る、しゃり、しゃり、という細かい音が止んだ。

「……あ。締め出された人だ」

「その呼び方、やめてください」

ふっと、彼女の口の端が動いた。笑った、というには微かだったけれど。

昼の鳴瀬さんは、夜よりも少しだけ表情がやわらかかった。作業台には、合鍵の素材が何十本もぶら下がっていて、奥の棚には、古い錠前がずらりと並んでいる。

「昨日の、シリンダー交換、お願いしたくて。あと、スペアキーも何本か」

「はい。部屋の鍵、預かりますね」

新しいシリンダーを選んで、彼女は手際よく作業を始めた。

僕は、邪魔にならないよう、隅の丸椅子に腰かけて、その手元を眺めていた。

機械にセットして削る合鍵もあれば、古い鍵は、万力で挟んで、ヤスリで一筋ずつ手で削る。彼女の手の中で、ただの金属の棒が、少しずつ「鍵」になっていく。

「……手で削るんですね」

「機械が読めない古い鍵は、手のほうが早いんです。溝の深さを、指で覚えてるので」

しゃり、しゃり、と音が刻まれる。

削りかすが、午後の光の中で、金色の粉みたいに舞った。

その横顔を見ていると、不思議と、ずっと座っていられた。出張先のホテルでも、自分の部屋でも、こんなに静かに落ち着いた時間は、もう長いことなかった気がした。

「……また、スペア欲しくなったら、来ていいですか」

「鍵屋に、そんなにスペアいります?」

「……予備の、予備、みたいな」

我ながら、苦しい言い訳だった。

鳴瀬さんは何も言わず、ただ少しだけ、手を止めた。それから、また、しゃり、と削り始めた。

梶さんの話

それから僕は、用もないのに、ちょくちょく『なるせ』に顔を出すようになった。

合鍵を一本作ってもらったり、自転車の鍵の相談をしたり。本当は、ただ、あの店の静かな空気と、彼女の手元を見ていたかっただけだ。

ある夕方、店に入ると、丸椅子に先客がいた。

白髪頭の、小柄な老人だった。鳴瀬さんは「梶さん」と呼んでいた。商店街の世話役で、毎日のように茶を飲みに来るらしい。

「お、兄ちゃん、最近よう来るな」

「ええ、まあ……ここ、落ち着くんで」

「この店はな、灯ちゃんの親父さんの店なんだ。腕のいい錠前屋でな。三年前に倒れて、ぽっくり逝っちまった」

作業台の前で、鳴瀬さんの手が止まった。

「……梶さん。その話は、いいです」

「いいじゃねえか。この子はな、東京で勤めてたのを辞めて、帰ってきて、一人で店を継いだんだ。深夜の出張までやってな。たいしたもんだよ」

鳴瀬さんは何も言わず、ただ、耳をほんの少し赤くしていた。

寡黙そうに見えて、こういう時だけ、子どもみたいな顔をする。その表情の落差が、たまらなく可愛く見えた。

梶さんが帰ったあと、店には僕と鳴瀬さんだけが残った。表は、もう藍色に暮れていた。

「お父さんの、店だったんですね」

「……はい。継ぐつもりなんて、なかったんですけどね」

手元の鍵を、彼女はそっと撫でた。

「でも、父がこの店の灯りを、夜中まで点けてたの、知ってたから。誰かが鍵で困ったとき、ここが開いてないと困るって。……その灯りを、消したくなかった。それだけで、ここに立ってます」

しゃり、と、また鍵を削る音がした。

その横顔を、僕はずっと見ていた。

締め出された夜に、二十分で駆けつけてくれた彼女が。一人で、夜の町の鍵を守っているのだと、その時、初めて分かった気がした。

灯りの消えない店

梅雨の晴れ間が続いて、夜風に、夏の匂いが混じり始めた頃だった。

仕事で、大きなトラブルがあった。客先の設備が止まって、深夜まで対応に追われて、終電を逃した。タクシーで帰る気力もなくて、気づけば足が、商店街に向いていた。

『なるせ』の灯りは、その夜も点いていた。

ガラス戸越しに、作業台に向かう鳴瀬さんの背中が見えた。深夜一時。出張依頼の電話を、一人で待っているのだろう。

戸を開けると、彼女がこちらを見て、少し目を細めた。

「……ひどい顔」

「分かります?」

「毎日見てれば、分かります」

毎日見てれば——その一言が、なぜか胸を打った。彼女は、ちゃんと僕を見ていてくれていた。

「座ってください。お茶、淹れます」

奥から出してくれた、ぬるいほうじ茶を、両手で包んだ。それだけで、張り詰めていた肩から、すっと力が抜けた。

「……鳴瀬さんは、夜中に一人で、怖くないんですか」

しばらく、答えはなかった。彼女は、削りかけの鍵を、指の腹でなぞっていた。

「怖いというより……寂しかった、かな」

ぽつり、と言った。

「夜の鍵屋なんて、来るのは、困った人ばっかりです。開けて、お金もらって、それで終わり。みんな、二度と来ない。……それが普通だと思ってました」

茶碗の中の湯気が、ゆれた。

「古賀さんが、用もないのに来るようになって。……変な人だなって、最初は思ってたんですけど」

「すみません」

「違います。——うれしかったんです」

顔を上げた彼女の目が、作業灯の光を映して、揺れていた。

「店の灯りを、誰かが見ててくれるって。……こんなにいいものだって、知らなかった」

夜の店に、エアコンの低い音だけがしていた。

僕は、茶碗を置いて、思い切って言った。

「スペアキー、いらないって、本当は分かってたんです」

「……知ってました」

「えっ」

「予備の予備なんて、誰も作りません。バレバレでしたよ」

くすっと、彼女が初めて、声に出して笑った。

閉店後の作業場

「……今日は、もう閉めます」

そう言って、鳴瀬さんは立ち上がった。

表の暖簾をしまい、ガラス戸に内側から鍵をかける。かちり、と、あの夜と同じ音がした。今度は、僕を締め出すためじゃなくて、二人を閉じ込めるための音だった。

作業灯の、手元を照らす小さな明かりだけを残して、店の中が薄暗くなる。

戻ってきた彼女が、すぐ隣の丸椅子に腰を下ろした。距離が、急に近くなった。汗ばんだ肌に、金属とほうじ茶の、清潔な匂いが混じった。

「鳴瀬さん」

「……灯で、いいです」

「灯さん。——最初に締め出された夜から、ずっと、あなたの手元ばっかり見てた」

灯さんが、こちらを見上げた。揺れる瞳に、作業灯の光が、ぽつんと灯っていた。

「……知ってました。それも」

「えっ」

「鍵、見てるふりして、ずっと私の指、見てましたよね。……手元の視線って、分かるんです。職業病」

くすっと笑って、灯さんが、ほんの少し肩を寄せてきた。

どちらからともなかった。

頬に手を添えると、灯さんは、そっと目を閉じた。長い睫毛が、微かに震えていた。

唇を重ねる。やわらかくて、少しだけほうじ茶の味がして、すぐにあたたかくなった。

ちゅ、と離すと、灯さんが、まだ目を閉じたまま、小さく息を吐いた。

「……もう一回」

もう一度、今度は長く。灯さんの手が、そっと僕のシャツの裾をつかんだ。

「ん……」

唇の隙間から、舌先がおずおずと触れてくる。ぶっきらぼうな人の、思いがけず甘えるようなキスに、頭の芯が痺れた。

「……奥に、休憩用の部屋があるんです」

潤んだ目で、灯さんが言った。

「父の店だった場所で、こういうの……いけないって、分かってるのに」

「無理は、しなくていい」

「違います。——古賀さんとなら、いいって、思ってます」

灯さんが立ち上がって、僕の手を引いた。鍵を握るための、細くて、少し節くれだった指が、きゅっと握ってくる。

作業場の奥の、布で仕切られた小さな畳の間。錠前と工具に囲まれた、彼女だけの場所だった。

開いていく

畳の上に、灯さんをそっと横たえた。

作業灯のあかりが、襖の隙間から細く差して、彼女の頬を照らしている。

つなぎの作業着の、首元のファスナーに指をかけた。

「僕が、開けていい?」

「……鍵屋の私を、開けるなんて。生意気」

そう言いながら、灯さんは、ふっと笑って、力を抜いた。

じ、とファスナーを下ろしていく。下に着た白いインナーと、なだらかな鎖骨が現れた。汗ばんだ肌が、薄明かりに白く光っている。

肩からつなぎを滑らせると、思いのほか華奢な体が、布の中から現れた。

インナーをまくり上げ、背中に手を回す。ホックを探り当てて、外す。ぱちん、と、小さな音がした。

ふるり、と——

正面を向かせると、想像していたよりずっと豊かな胸が、こぼれた。白くて、やわらかそうで、先端が、もう色づいて尖っている。

「……あんまり、見ないで。鍵しか作ってない手なのに」

胸を腕で隠そうとする灯さんの手を、そっとどけた。

「きれいだ。すごく」

「っ……そういうこと、言わないで……」

両手で、そっと包んだ。

むにゅ、と指が沈む。

「……あ、っ」

声を噛み殺すように、灯さんが唇を結んだ。普段は淡々としている人が、必死に声をこらえている。その姿に、たまらなくなった。

ゆっくり揉みしだくと、手のひらの中で、形が変わる。先端を指先でくにっと挟むと——

「ん、んっ……だめ、声、出ちゃう……」

「出していい。誰もいないから。——あなたが、鍵を閉めたんだ」

片方の胸に口をつけた。ちゅ、と吸い上げ、舌先で転がす。

「あ……っ、ん、ぁっ……」

こらえきれなくなった声が、夜の作業場に、ぽつりと落ちた。

溶けていく

つなぎを脚から抜き取って、下着越しに、脚の間に触れた。

布の奥は、もう、しっとりと熱を持っていた。

「……やだ、わかっちゃう……」

「我慢してたんだ」

「……あなたが店に来るたびに、こうなりそうで、困ってた」

その告白に、頭が灼けた。下着を、そっと脱がせる。指先で、濡れたそこを、つ、となぞった。

くち、と小さな音がした。

「ぁっ……!」

ゆっくりと、敏感な突起を、円を描くようにいじる。

「あっ……ん、っ……そこ、っ……」

灯さんの腰が、揺れ始めた。畳をつかむ指に、力がこもる。

脚の間に顔を伏せて、舌先で舐め上げた。

れろ、と一筋。

「ひぁっ……だめ、っ、それ、だめ……っ」

だめと言いながら、太ももが僕の頭を挟んで、離さない。舌で突起を転がしながら、指を、そっと沈めた。

ずぷ、と。

「あ、ぁっ……入って、る……っ」

中を、ゆっくりかき混ぜながら、舌を動かす。いつも鍵穴の奥を探っている人が、今は探られて、息を浅くしていた。

「古賀さ……っ、わたし、もう……っ、おかしくなる……っ」

「いいよ。おかしくなって」

「ん、んっ——っ……!」

びくん、と腰が跳ねた。中が、指を、きゅうっと締めつける。灯さんの体が、弓なりにしなって、ゆっくり崩れた。

「はぁ……っ、はぁ……っ……」

とろんとした瞳が、潤んで僕を見上げる。

「……ずるい。私ばっかり」

体を起こした灯さんが、僕のベルトに手をかけた。鍵を開けるときと同じ、迷いのない指先で。けれど、その指は、少しだけ震えていた。

作業場の灯りで

服を脱いだ僕を見て、灯さんが小さく息を呑んだ。

細い指が、おずおずと触れてくる。先端にそっと唇を寄せ、舌先で舐め上げた。

「っ……」

「……変じゃない? 慣れてなくて」

「最高だよ」

ぱくっ、と口に含む。たどたどしく、けれど一生懸命に、頭を動かす。束ねた髪が揺れて、時々、上目遣いにこちらを見る。その視線だけで、限界が近づいた。

「灯さん、もう……このままだと」

ちゅぽ、と口を離して、灯さんが、畳の上に仰向けになった。汗で湿った肌が、薄明かりに光る。潤んだ瞳で、両手を、そっと広げた。

「……来て。鍵、もう、ぜんぶ開けたから」

覆いかぶさる。先端をあてがうと、濡れたそこが、ぬるりと迎えた。

「入れるよ」

「……うん。ゆっくり」

ずぷ、と。

「あ……っ、ん……入って、くる……っ」

ゆっくりと奥へ進む。灯さんの腕が、僕の背中に回って、ぎゅっとしがみついた。

「はぁ……っ、いっぱい……っ」

根元まで収めると、灯さんが深く息を吐いた。中が、僕の形を確かめるように、きゅうきゅうと締まる。

「動くよ」

ずちゅ、ずちゅ、と、ゆっくり腰を動かし始める。

「あ……っ、ん、っ……古賀さ……っ」

淡々としている人の、こらえきれない声が、夜の作業場に響く。揺れる胸を、片手で、そっと包んだ。

「あっ……揺らさ、ないで……っ、恥ずかし……っ」

「灯さんの声、ずっと聴いていたい」

「ば、か……っ」

そう言いながら、両脚が腰に絡みついて、もっと、とねだるように引き寄せる。

ずちゅ、ずちゅ、と、少しずつ深く、速くしていく。

「あっ、あっ……奥、っ……そこ、っ……」

「ここ?」

「ん、んっ……そこ、すごいの……っ」

エアコンの音も、もう聞こえなかった。灯さんの声と、肌の熱だけが、すべてだった。

「古賀さ……っ、わたし、また……っ、イっちゃう……っ」

「一緒に、イこう」

「うん……っ、一緒、がいい……っ」

奥を、ぐっと突き上げる。

「あ、あっ——っ、イく……っ、イっちゃ……っ——!」

びくん、と灯さんの体が跳ねて、中が、きゅうっと締めつけてきた。その締めつけに、僕も限界を超えた。

「出る——っ」

「来て……っ、全部、っ……!」

どく、どく、と、奥へ放った。

「あぁ……っ、あったか……い……っ」

灯さんが、ぎゅっとしがみついて、震え続けた。汗ばんだ肌と肌が、ぴたりと重なる。

繋がったまま、二人で、息を整えた。心臓の音が、重なって聴こえた。

「……はぁ……っ、すごかった……」

初夏の朝

目を覚ますと、襖の隙間から差す光が、白くなっていた。

夜が、明けていた。錠前と工具に囲まれた小さな畳の間に、初夏の朝の光が、まっすぐ差し込んでいる。

僕のシャツを羽織った灯さんが、作業台の前にしゃがんでいた。裾から覗く白い脚に、目が吸い寄せられる。何かを、しゃり、しゃり、と削っていた。

「……起きた?」

「うん。——おはよう」

「おはようございます」

彼女が、削り上げたばかりの鍵を、僕に差し出した。

頭のところに、小さな花の飾りがついた、合鍵だった。

「これ。……この店の、裏口の鍵」

「えっ」

「予備の予備、欲しいんでしょう。——いつでも、開けて入ってきていい」

頬を、ほんのり赤くして、灯さんは、ぶっきらぼうにそう言った。

その意味が、じわじわと胸に広がって、熱くなった。

「灯さん。僕、出張ばっかりで、家にもあんまりいなくて。……それでも、いいですか」

「いいです。——どんなに遠くにいても、二十分で駆けつけるのが、鍵屋なので」

ふっと笑って、灯さんが、僕の隣に戻ってきた。肩に、こてんと頭をあずけてくる。

「灯さん。僕と、付き合ってください」

灯さんの目が、ゆっくり見開かれて——そして、今まででいちばん、やわらかく笑った。

「……はい。よろしくお願いします、慎さん」

初めて名前で呼ばれて、胸の奥が、熱くなった。

その日の昼、店に茶を飲みに来た梶さんが、作業台の中で笑い合う僕らを見て、白髪頭をかいた。

「おう、なんだ。ずいぶん、いい鍵が開いたみたいだな」

「……梶さん。それ、どういう意味ですか」

「店の話だよ。店のな」

にやりと笑って、梶さんは丸椅子に腰を下ろした。

締め出された夜に、二十分で駆けつけてくれた人が。

いまは、僕の手の中に、店の裏口の鍵をくれた。

開かない鍵はない、と彼女は言った。

擦り切れて閉じきっていた僕の毎日を、あの細い指は、かちり、と、ひとつ開けてくれたのだ。

夜のいちばん奥で、ひとつだけ灯る——僕だけの、灯りに。

END


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