これ、去年の夏の話。まだ関係は続いてるんで、バレたら終わるかもしれないけど書く。
俺は当時25歳。埼玉の北浦和駅から徒歩8分、築30年の木造アパートの2階に住んでた。仕事は大宮にある測量会社の事務。年収380万。顔は「髪型でギリ持ってるタイプ」とよく言われる。菅田将暉の骨格を3割削って目を小さくした感じって言えば伝わるかな。身長170。彼女いない歴1年3ヶ月。まぁ、そんなスペックです。
住んでたアパートの隣が一軒家で、そこに大学3年の女の子が住んでたんだけど、この子が毎朝6時半から庭でリフティングしてた。
ボールの音で目が覚める生活が始まったのは5月の連休明けくらいから。最初は正直、うるさいなって思ってた。こっちは7時に起きたいのに、タンタンタンタンってリズミカルに叩き起こされる。でも文句言いに行くほどの度胸もなく、結局カーテンの隙間からちょっと覗いて「あ、女の子か」って認識して終わり。
ところが6月のある土曜日。
窓を開けて寝てた俺の部屋に、サッカーボールが飛び込んできた。
マジで。枕元30cmくらいのところにゴロンと転がってきて、心臓止まるかと思った。
(は???)
飛び起きて窓から顔を出したら、隣の庭にその子が立ってた。
白いTシャツにサッカーの短パン、髪はポニーテールで、両手を合わせて「ごめんなさい!」って叫んでる。朝日を浴びて汗かいてて、日焼けした腕が妙に眩しかった。
顔は——橋本環奈を少しシャープにした感じ。目がでかくて鼻筋が通ってて、でもどっちかというとボーイッシュな雰囲気。身長163くらい。胸はTシャツの上からでもわかるくらいにはあった。たぶんC〜Dの間。
「すみません、蹴り上げすぎちゃって…!ボール、返してもらえますか…?」
「あ、うん…ちょっと待って」
寝起きでボサボサの頭のまま、ボールを窓から投げ返した。
「ありがとうございます!本当にごめんなさい!」
ぺこぺこ頭を下げて、また練習に戻っていった。
(かわいいな…)
いや、ボールぶつけられかけたのに何言ってんだ俺。でもそのあと二度寝できなかったのは事実。
次の日曜日。またタンタンタンタン聞こえてきたんだけど、不思議と不快じゃなくなってた。それどころか、カーテン越しにちょっと練習を眺めてる自分がいた。ストーカーかよ。
で、その翌週の水曜。仕事から帰ってきたら、アパートの階段の下にその子が立ってた。紙袋を持って。
「あの、この前は本当にすみませんでした。これ、お詫びです」
渡されたのは北浦和駅前のケーキ屋のシュークリーム。4個入り。一人暮らしの男に4個。
「いや、全然大丈夫だったんで…でもありがとう」
「よかった…。あの、私、隣の家に住んでる大学3年の者です。サッカー部で…」
「あ、だからリフティング」
「うるさくないですか…?朝早くて…」
ここで「うるさいです」って言える男がいたら逆に尊敬する。
「全然。むしろ目覚ましがわりになってる」
嘘です。土日は寝かせてくれ。
「ほんとですか?よかった…!あ、もしシュークリーム足りなかったら言ってください」
足りなかったらっていう概念がよくわからなかったけど、とりあえず笑って別れた。
それから週に2〜3回、ゴミ出しとか帰宅のタイミングで顔を合わせるようになった。最初は「こんにちは」だけだったのが、だんだん立ち話が長くなっていった。
聞けば、高校時代になでしこリーグのユースにいたらしい。U-17の代表候補まで行ったけど、膝の靭帯をやって挫折したと。今は大学でプレーしながら、将来は指導者になりたいって言ってた。
「でも最近、ちょっとモチベーション落ちてるんですよね。チーム内の競争がきつくて」
「まぁ、そういう時期あるよな。俺も測量の資格試験の勉強してた時、3回落ちて心折れかけたし」
「3回…!でも受かったんですよね?」
「まぁ4回目でね」
「すごい。私もがんばろ…」
こういう何でもない会話が、仕事帰りのちょっとした楽しみになってた。ただ、俺としては「隣の子と仲良くなった」以上の感情は意識してなかった。たぶん。
7月に入って、ある金曜の夜。21時過ぎに帰宅したら、隣の庭で暗い中ボールを蹴ってた。街灯の薄明かりだけで。
「おつかれ。こんな時間にも練習すんの?」
「あ、おかえりなさい…。今日試合で、ベンチだったんです」
声が明らかにいつもと違った。鼻声というか、泣いたあとみたいな。
「…ちょっとコンビニ行くけど、なんかいる?」
「え…いいんですか」
「いいよ。何がいい」
「…ガリガリ君」
25歳の男が隣の女子大生にガリガリ君を買いに行く金曜の夜。人生って予測不能だなと思った。
コンビニからアパートに戻ったら、彼女がうちの階段の下に座ってた。ボール抱えて。
ガリガリ君渡して、俺も横に座って一緒に食べた。蒸し暑い夜で、虫の声がうるさかった。
「私、高校で膝やったとき、もうサッカー辞めようと思ったんです。でも辞められなくて」
「うん」
「辞められないのに、結果も出なくて。中途半端が一番きついですよね」
「わかるよ。俺も測量やりたくて入ったわけじゃないし、でも辞める理由もないし。中途半端ってしんどいよな」
「…お兄さんと話してると楽です。なんか、否定しないから」
お兄さん、か。まぁそうだよな。2個上だし。
(でも「楽」って言われてちょっと嬉しいって思った自分、キモいな…)
その夜から、彼女がたまにうちに来るようになった。
最初は「Wi-Fi借りていいですか」だった。隣の家のルーターが古くて、動画がまともに見れないと。俺のアパートのWi-Fiのパスワードを教えたら、週末にノートPC持って上がってくるようになった。
俺はリビングで測量の報告書を作って、彼女はベッドに座って試合の映像を分析してた。同じ部屋にいるのに別々のことをしてる。あの時間が、今思い返すと一番やばかった。
「ねぇ、ここ見てください。この選手のトラップ、やばくないですか」
「俺にサッカーの良さ聞かれてもわかんないんだけど…」
「えー、見たらわかりますって!ほら、ここ」
画面を覗き込むと、距離が近い。シャンプーの匂いがする。運動してる子特有の、石鹸っぽいやつ。
(やめろやめろ意識するな。隣の子だぞ)
自分に言い聞かせてたけど、たぶんもう手遅れだった。
8月の頭。クソ暑い日曜日。彼女がまたうちに来てて、エアコンの前で二人でだらだらしてた。
「お兄さん、彼女いないんですか?」
突然の質問。心臓に悪い。
「いないけど。なんで」
「だって毎週末、私がいるのに追い出さないじゃないですか」
「追い出す理由がないし」
「彼女いたら理由になりますよね」
「まぁ、そうだけど」
「…じゃあ、彼女できたら私、来ちゃダメですか」
「何その質問…」
「答えてほしいんですけど」
いつもの柔らかい声じゃなくて、ちょっと強かった。目もまっすぐこっち見てた。
「…できる予定ないから、考えなくていいんじゃない」
逃げた。完全に逃げた。わかってた。でも隣に住んでる子に手を出して、こじれたら引っ越すしかなくなる。家賃5万3千円の、駅徒歩8分の物件を失うわけにはいかない。
(いや、家賃の問題じゃないだろ…)
そう。本当は怖かったんだと思う。2個下の、なでしこユースまで行った子が、測量会社の事務員の俺を好きになるわけないって。勝手に期待して、勝手に傷つくのが嫌だった。
8月中旬。お盆で実家に帰ってた3日間、彼女からLINEが来なかった。いつもは「今日暑いですね」とか「練習で死にました」とか、どうでもいいのが毎日来てたのに。
気になって、自分から送った。「お盆休み?」って。既読ついたのに返事がなかった。
(あ、やっちまったかな…あの日の返事で距離置かれたか…)
実家から北浦和に戻った夜、隣の庭を見たけど暗かった。ボールの音もしない。
翌朝。6時半。タンタンタン。
音が聞こえた瞬間、自分でも引くくらいホッとした。あ、俺もう完全にダメだわ、と思った。
その日の夕方、仕事から帰ると玄関の前に紙袋が置いてあった。中身は北浦和駅前のケーキ屋のシュークリーム。3個。前回より1個少ない。メモが入ってた。
「お盆中すみませんでした。実家帰ってました。あと、この前の質問、忘れてください」
忘れてください、か。
忘れられるわけないだろ。
その晩、風呂上がりにLINEした。「シュークリームありがとう。食べた。うまかった」
既読。5分後に返事。「よかったです」
いつものスタンプも絵文字もない、素っ気ないやつ。
(俺が悪いんだよな…)
次の土曜日。彼女は来なかった。日曜日も。
月曜の朝、リフティングの音で起きた。カーテンを開けたら、目が合った。彼女が一瞬固まって、すぐにボールに視線を戻した。
仕事に行って、帰ってきて、階段を上がるとき、隣の家の2階の窓に明かりがついてるのが見えた。いつもならカーテンが開いてて、たまに手を振ってくれてた。その日はカーテンが閉まってた。
水曜の夜。22時過ぎ。
外でボールの音がした。こんな時間に?
窓を開けて庭を見たら、彼女がいた。暗闇でリフティングしてた。
しばらく見てて、気づいた。肩が震えてた。
気づいたら階段を降りてた。
「おい、どうした」
「…来ないでください」
「泣いてんじゃん」
「泣いてないです」
泣いてた。めちゃくちゃ泣いてた。
「何があった」
「…今日、監督に言われたんです。来年のインカレ、登録メンバーに入れるかわからないって」
「…」
「膝のこともあるし、もう限界なのかなって。ずっと中途半端で、サッカーもダメで、好きな人にも避けられて…」
最後の部分で、声が完全に裂けた。
好きな人にも、避けられて。
俺のことだ。
「避けてないよ」
「避けてます。お盆からずっと」
「それは…」
「わかってます。迷惑ですよね、隣の家の子がいきなり好きとか言い出したら」
「迷惑じゃない」
「じゃあなんで逃げたんですか」
正論すぎて何も言えなかった。
「…怖かったんだよ。お前みたいな子が俺のこと好きになるわけないって思ってたから。勘違いして恥かくのが嫌だった」
「勘違いじゃないです」
「…」
「勘違いじゃないって言ってるじゃないですか…!」
ボールが地面に落ちた。彼女がこっちを向いた。街灯の光で、涙で濡れた顔が見えた。目が赤くて、鼻も赤くて、全然かっこよくなくて、それがたまらなかった。
気づいたら抱きしめてた。汗と涙でべたべたの彼女を。
「…っ」
「ごめん。逃げてた。ごめん」
「ばか…」
細い体なのに、背中に回された腕の力が強かった。さすがアスリート、とかアホなことを考えた。
どれくらいそうしてたかわからない。蝉は鳴いてなくて、かわりに秋の虫がリーリー鳴いてた。8月も終わりかけてた。
「…上、来る?」
「…うん」
アパートの階段を上がって、部屋に入った。エアコンが効いてて、外との温度差で彼女が小さくくしゃみした。
二人でベッドの端に座った。さっきまで抱きしめてたのに、隣に座ると急に気まずい。
「…ねぇ」
「ん」
「好きって、言ってくれないんですか」
「…好き。たぶん、シュークリームもらった日くらいから」
「たぶんって何ですか」
「いや、確実に。好き」
「…私も。ずっと」
振り向いたらキスされた。目を開けたまましてしまった。柔らかい唇で、ちょっとしょっぱかった。涙の味。
一回離れて、もう一回。今度は俺からいった。手が自然に彼女の腰に回った。細いのに筋肉がついてて、触ると硬い。
「ん…っ」
キスが深くなった。舌が触れた瞬間、彼女が小さく震えた。
「大丈夫?」
「…大丈夫。でも、あんまり慣れてなくて」
「俺も別に慣れてないけど」
「嘘。上手いです」
「いや、全然…」
会話がアホすぎて、二人で少し笑った。笑ったら力が抜けた。
Tシャツ越しに背中を撫でたら、彼女が目を閉じた。腰のあたりに手をやると、自分からちょっと体を寄せてきた。
「…触っていい?」
「…うん」
Tシャツの裾から手を入れた。腹筋が薄くついてて、汗で少し湿ってた。そのまま上に滑らせると、スポーツブラに当たった。
「あ…」
「脱がすね」
Tシャツを頭から抜いて、スポブラも外した。日焼けの境目がくっきりあった。腕と首から上は小麦色で、胸のあたりは白い。Cカップ。形が綺麗で、思ったより柔らかかった。
「…じろじろ見ないでください」
「ごめん。きれいだなと思って」
「日焼けのあと、変じゃないですか」
「全然。むしろいい」
本心だった。なんていうか、この子が毎日外で走って蹴って汗かいてきた証拠が体に刻まれてる感じがして、それにすごくドキドキした。
胸に触れると、小さく声が漏れた。指で先端を転がすと、体がびくっとなった。
「んっ…そこ、弱い…」
「ここ?」
「…っ、うん…」
腰がもぞもぞ動いてるのが見えた。無意識に太ももを擦り合わせてる。
短パンの上から触ったら、もう濡れてるのがわかった。
「…すごい濡れてる」
「言わないで…。さっきから、キスしたあたりから…」
「脱いでいい?」
「…自分で脱ぐ」
短パンとショーツを自分で下ろして、ベッドの端に置いた。脚が長くて、太ももの筋肉のラインがきれいだった。
「お兄さんも…脱いでほしい」
俺もTシャツとスウェットを脱いだ。パンツの中はもう限界だった。
「…おっきい」
「普通だと思うけど」
「私、比較対象ないんで…」
(え、もしかして…)
「経験、ない感じ?」
「…サッカーしかしてこなかったんで。ずっと」
マジか。ユースで青春全部捧げてきた子なんだから、そりゃそうかもしれない。でも、この顔で、このスタイルで、経験ないって。
「無理しなくていいよ。今日はこのくらいで…」
「やだ」
「え」
「やだって言ってるんです。ここまで来て帰りたくない」
強い目だった。試合前みたいな顔してた。
「…わかった。ゴム、ある」
「あるんですね、彼女いないのに」
「うるさいな、一応常備してんだよ」
1年以上出番のなかったゴムを洗面台の引き出しから出した。使用期限ギリギリ。情けない。
ベッドに戻って、彼女を仰向けにした。膝を立てた脚が少し震えてた。
「力抜いて」
「抜いてるつもり…なんですけど…」
指で触れたら、声が上がった。外側をゆっくり撫でてると、だんだん体の力が抜けていくのがわかった。
「あ…っ、そこ…」
クリに触れると、腰が跳ねた。脚力のある子だから、跳ね方もすごい。ベッドが軋んだ。
「すごい反応するね」
「だって…初めて、人に触られるから…っ」
指を中に入れたら、きつかった。一本がやっとくらい。ゆっくり動かしてると、じわじわ柔らかくなってきた。
「ん…っ、あ…っ」
「痛くない?」
「痛くない…気持ちいい…です…」
「です」って敬語が出るのが、なんかこの子らしくて、グッときた。
もう我慢できなかった。ゴムをつけて、脚の間に入った。
「入れるよ」
「…はい」
先端を当てて、少しずつ押し入れた。きつい。彼女の眉間にしわが寄った。
「っ…」
「痛い?止める?」
「止めないで…。大丈夫…いけます」
「いけます」って、試合中かよ。でもそのストイックさが彼女なんだと思った。
半分くらい入ったところで、彼女が息を深く吐いた。全部入ったとき、目が潤んでた。
「全部入った…大丈夫?」
「…うん。動いて、いいよ」
ゆっくり動いた。最初は痛そうだったけど、だんだん声が変わっていった。痛みの声から、もっと甘いやつに。
「あ…ん…っ」
腰を掴んでリズムを作ると、彼女が自分からも合わせてきた。運動神経のいい子だから、すぐにコツを掴んだみたいで。
「…やばい、気持ちいい…」
「私も…っ、思ってたのと…全然違う…」
「何想像してたの」
「もっと…痛いだけだと…っ、あ、そこ…!」
奥に当たったらしい。声が一段上がった。そこを狙って腰を動かしたら、彼女の脚が俺の腰に絡みついてきた。
(脚の力つよ…)
アスリートに挟まれると逃げられない。物理的に。
「あっ…だめ…なんか…っ」
「いきそう?」
「わかんない…でも…お腹の中が…っ」
体を密着させて、耳元で「いっていいよ」って言ったら、全身が震えた。
「あ——っ!」
ぎゅっと抱きしめられた。中がきゅうっと締まって、俺ももう限界だった。
「俺もいく…っ」
腰を押し付けて、中で達した。ゴム越しでも、とんでもなく気持ちよかった。
「…はぁ…はぁ…」
「…はぁ…」
しばらく動けなかった。汗だくの体が重なったまま、二人とも天井を見てた。エアコンの風が汗を冷やして、ちょっと寒くなった。
「…ねぇ」
「ん」
「もう一回…していい?」
「…マジで?」
「体力には自信あるんで」
笑った。こいつほんと体育会系だな。
2回目は彼女が上になりたいって言った。腹筋と太ももの筋肉で、ものすごいリズムで動いてきた。
「んっ…あ…っ、これ…すごい…」
自分で角度を探してるのが見えた。気持ちいい場所を見つけたらしく、そこで腰を小刻みに動かし始めた。
「すごいな…体力…」
「だって…サッカー部…ですから…っ」
息が荒いのに、変なところで負けず嫌いが出る。でもそれが最高にかわいかった。
俺は下から腰を突き上げた。彼女が「あっ」と短く叫んで、バランスを崩して俺の胸に倒れ込んできた。
「ずるい…下から来るの…反則…っ」
「サッカーだってフェイントあるだろ」
「たとえが…っ、ん、変…っ」
そのまま密着して、対面座位みたいな体勢になった。彼女の汗が俺の胸に落ちてきた。
2回目は長かった。体力のある子だから、なかなかイかない。でもそれが逆によくて、じわじわ気持ちよさが積み上がっていく感じだった。
「あ…っ、また…来る…っ」
「俺も…一緒にいこう」
彼女が首に腕を回して、キスしながらイった。声がキスで塞がれて、くぐもった甘い音になった。俺もそのまま出した。
抱き合ったまま、しばらくそうしてた。
「…ねぇ、お兄さん」
「ん」
「お兄さんって呼ぶのもう変ですよね」
「…だな。名前でいいよ」
「じゃあ…まさきさん」
下の名前を呼ばれた瞬間、なんか胸の奥がぎゅっとなった。
「…うん」
「まさきさん、私のこと呼んでください」
「…ひなた」
「……もう一回」
「ひなた」
「えへへ…」
泣いてた顔が、くしゃっと笑った。
あの夜のこと、今でもたまに思い出す。8月の終わりの、虫の声がうるさい夜。涙としょっぱいキスと、日焼けのあと。
翌朝、6時半にリフティングの音で目が覚めた。いつもと同じ。でも隣を見たら、ベッドにはまだ彼女の髪の毛が残ってて、枕がほのかに石鹸の匂いがした。
窓を開けたら、庭で練習してる彼女と目が合った。
「おはようございます、まさきさん」
ボールを足の上に乗せたまま、にかっと笑った。
その笑顔がまぶしすぎて、俺は顔を洗いに洗面所に逃げた。
あれから一年。彼女はインカレのメンバーに入った。俺は相変わらず測量会社で報告書を書いてる。毎朝6時半にリフティングの音で起きる生活も変わってない。ただ、あの音が今は世界で一番好きな目覚ましになった。
たまにボールが飛んでくる。わざとなのか本気なのか、いまだにわからない。