隣の部屋から毎晩聞こえてくる泣き声の正体が、大学を辞めたばかりの年下の子だった

これは俺が28歳の時の話。

まず自己紹介なんですけど、俺は都内のIT企業で働く、まあ普通のサラリーマンです。身長172cm、体重65kg。顔面偏差値はたぶん48ぐらい。つまりフツメンですらない。大学の同期に「お前って横顔だけは悪くないよな」って言われたのが人生最大の褒め言葉です。彼女いない歴は当時で3年。マッチングアプリは全敗。もう恋愛は半分諦めてました。

で、俺が住んでたのは世田谷区の経堂駅から徒歩12分、築30年の木造アパートの2階、角部屋。家賃6万3千円。風呂トイレ別なのだけが取り柄の、まあボロい物件です。壁が薄いのは入居時からわかってた。隣の部屋のテレビの音とか普通に聞こえるし、前の住人のおっさんのいびきで何回起きたかわからない。

そのおっさんが引っ越して、しばらく空室だった隣に誰かが入ったのは、5月の連休明けだった。

引越し業者が来てた日、階段ですれ違ったのが最初だったと思う。小柄な女の子で、髪はダークブラウンのボブ。ちょっと目が大きくて、雰囲気でいうと永野芽郁に似てる感じ。ただ永野芽郁よりもう少しだけ丸顔で、どこか幼い印象だった。身長は155cmぐらいかな。白いTシャツにデニムのショートパンツで、引越しの荷物を抱えてた。

「あ、お隣さんですか。よろしくお願いします」

「あ、はい…よろしくお願いします…」

声がめちゃくちゃ小さかった。目も合わせてくれない。(人見知りかな)と思ったけど、まあ初対面だしそんなもんだよな、と特に気にしなかった。

問題が始まったのは、入居から1週間ぐらい経った頃だった。

夜中の1時ぐらいに、壁の向こうからすすり泣きが聞こえてきた。最初は空耳かと思ったんだけど、次の日も、その次の日も聞こえる。毎晩のように、小さな声で泣いてる。

正直、困った。

別に騒音で眠れないとかそういうレベルじゃないんだけど、聞こえちゃうとどうしても気になる。隣で誰かが泣いてるのに平気で寝られるほど、俺は図太くなかった。

(何かあったのかな…)

でも話したこともない隣人に「泣いてましたよね?」なんて言えるわけがない。気持ち悪いだろ、それ。だから俺は何もしなかった。1週間ぐらいは。

きっかけは、ゴミの日だった。

朝7時、可燃ゴミを出しに行ったら、ゴミ捨て場の前であの子がうずくまってた。ゴミ袋を持ったまま、しゃがみこんで動かない。

「大丈夫ですか?」

声をかけたら、びくって震えた。顔を上げたその子の目は真っ赤で、明らかに泣いた後だった。

「あ…すみません。ちょっと…立ちくらみで…」

嘘だってわかった。でも突っ込めない。

「水、持ってきましょうか?」

「大丈夫です…すみません…」

そう言ってふらっと立ち上がって、逃げるように階段を登っていった。残されたゴミ袋は分別がめちゃくちゃで、ペットボトルと可燃ゴミが混ざってた。(分別のルール、知らないのかもな)と思いながら、俺が分け直して出した。

その週末、買い物帰りに玄関の前でまた会った。手ぶらで、ぼーっと廊下に立ってた。

「あ、こんにちは」

「…こんにちは」

沈黙。俺はスーパーの袋を両手に持ってて、鍵を出すのに手間取ってた。

「…あの、もしよかったら、カレー作りすぎちゃったんで食べます?」

なんでそんなこと言ったのか、自分でもわからない。実際カレーは作ってない。これから作るつもりだっただけだ。しかも「作りすぎた」って、まだ作ってないのに。

(嘘ついてどうすんだよ俺…)

「…え?」

「いや、一人分作るのも二人分作るのも変わんないし。迷惑じゃなければ」

「…………いいんですか?」

その声が、あまりにも小さくて、あまりにも寂しそうで、断れるわけがなかった。

結果、カレーを作って隣の部屋に持っていった。上がらせてもらったその子の部屋は、引っ越してきて2週間以上経つのにダンボールがいくつも開けられないまま積んであった。テーブルもなくて、床に座って食べた。

「おいしい…です」

「市販のルーだけどね」

「私、最近ちゃんとご飯食べてなくて…」

「…そうなんだ」

「コンビニのおにぎりばっかりで…」

少しずつ、ぽつぽつと話してくれた。名前はゆいちゃん。20歳。今年の春まで横浜の大学に通ってたけど、4月に中退したらしい。理由は聞かなかった。親とは連絡を取ってないとか、バイトを探してるけど見つからないとか、そういう断片的な情報だけ。

「…こんな話、初対面の人にするもんじゃないですよね。すみません」

「別にいいよ。俺も一人暮らし長いし、話し相手いると助かる」

(なんだよ「助かる」って。俺が助けてもらってるみたいに言うなよ…)

でもゆいちゃんは少しだけ笑った。初めて笑顔を見た。その笑い方がちょっとぎこちなくて、でもかわいかった。

それから、なんとなく週に2、3回はどちらかの部屋でご飯を食べるようになった。最初は俺が作って持っていくだけだったのが、ゆいちゃんが「私も何か作りたい」と言い出して、一緒にスーパーに買い物に行くようになった。経堂駅前のオオゼキで、安い食材を見繕う。

「鶏むね肉100g58円…安い…」

「それ今日のおすすめだよ。唐揚げにする?」

「唐揚げ作れるんですか?」

「片栗粉まぶして揚げるだけだけど」

「すごい…私、目玉焼きすら怪しいのに…」

(目玉焼き怪しいって何だよ…)

こうやって書くと、なんか俺がいい人みたいに見えるかもしれないけど、正直に言うと下心がなかったとは言えない。だってさ、永野芽郁似の20歳が隣に住んでて、無防備に部屋に上げてくれるんだよ。ゆいちゃんはTシャツにショートパンツっていうラフな格好が多くて、しゃがんだ時に胸元が見えそうになったり、ソファに座ると太ももがほぼ全部見えてたりする。本人はまったく気にしてない感じで、それがまた困る。

でも俺は手を出す気はなかった。ゆいちゃんは明らかに精神的に不安定で、頼れる人がいなくて、俺に頼ってるだけだ。そこに付け込むのは人としてダメだろ。

(俺は兄貴ポジションだ。兄貴ポジション。それでいい)

自分にそう言い聞かせてた。

6月に入って、ゆいちゃんは駅前のカフェでバイトを始めた。面接に着ていく服がないって言うから、下北沢の古着屋に一緒に行って選んだ。白いブラウスと黒いスキニーを買って、試着室から出てきたゆいちゃんを見て、不覚にもドキッとした。

「…変じゃないですか?」

「全然。似合ってるよ」

「ほんとですか?ちょっと胸のあたりきついかも…」

(やめてくれ。胸の話は。Cカップぐらいあるだろお前…)

採用の連絡が来た日、ゆいちゃんは俺の部屋のドアをノックして、開けた瞬間に泣き出した。今度は嬉しくて泣いてた。

「受かりました…バイト受かりました…」

「おーよかったじゃん」

「ありがとうございます…服選んでくれたから…」

「いや、お前の実力だろ」

「お前」って言っちゃったのはこの時が初めてだったと思う。「ゆいちゃん」って呼んでたのに、つい。でもゆいちゃんは気にしてなかった。

バイトが始まってから、ゆいちゃんは少しずつ元気になった。壁越しの泣き声も減った。ただ、代わりに別の問題が出てきた。

バイト先の常連客に絡まれてるらしい。

「なんか…LINE聞かれて…断ったんですけど…」

「店長に言った?」

「言いづらくて…」

「言いなよ。そういうの放置するとエスカレートするから」

「…うん」

この頃から、ゆいちゃんは俺のことを「さん」付けで呼ぶのをやめて、「しゅんくん」って呼ぶようになってた。俺の名前は瞬って言うんだけど、最初は「田中さん」だったのが「瞬さん」になって、気づいたら「しゅんくん」になってた。

(8歳下の子に「くん」付けで呼ばれてる28歳…)

悪い気はしなかった。全然しなかった。

7月のある夜、事件が起きた。

仕事から帰ってシャワーを浴びて、ビール飲みながらYouTubeを見てたら、ドアを叩く音がした。時計を見たら23時過ぎ。

開けたら、ゆいちゃんが立ってた。顔が真っ青で、手が震えてる。

「しゅんくん…あの人が…アパートの前にいる…」

「あの人って…バイト先の?」

「たぶん…帰り道つけられて…」

マジかよ、と思った。怒りが先に来た。

「部屋入って。鍵閉めて待ってて」

「やだ…一人にしないで…」

ゆいちゃんが俺の腕を掴んで離さない。仕方なく、ゆいちゃんを部屋に入れてから一緒に窓から外を見た。アパートの前の街灯の下に、確かに誰か立ってた。スマホをいじりながら、時々こっちの建物を見上げてる。

「…警察呼ぶぞ」

「大げさじゃないですか…?」

「大げさじゃないよ。つけられてるんだぞ」

110番した。パトカーが来るまでの15分間、ゆいちゃんは俺のTシャツの裾をぎゅっと掴んだまま離さなかった。警察が来た頃にはそいつはいなくなってたけど、一応被害届の相談はしておいた。

その夜、ゆいちゃんは自分の部屋に帰れなかった。

「…今日だけ、ここにいていいですか」

「いいよ。ベッド使って。俺はソファで寝るから」

「…ありがとう」

布団を貸して、電気を消した。

30分ぐらい経って、まだ寝れずにいたら、ベッドからゆいちゃんの声がした。

「しゅんくん…起きてる?」

「うん」

「…寝れない」

「そりゃそうだよな。怖かったもんな」

「…ねえ、こっち来て」

「え?」

「…一人だと怖い」

暗闇の中で、ゆいちゃんの声が震えてた。

(いや、ダメだろ。同じベッドとか…ダメだろ…)

頭ではわかってた。でも、あの声で「怖い」って言われたら、拒否できるわけがない。

ベッドの端に横になった。シングルベッドに大人2人だから、どうしても体が近くなる。ゆいちゃんはパーカーを借りて着てたんだけど、下はショートパンツのままで、素足が俺の足に触れた。

(やばいやばいやばい。考えるな。何も考えるな)

「…あったかい」

「……」

「しゅんくんって、彼女いないの?」

「いないよ。3年ぐらい」

「うそ。優しいのに」

「優しいのとモテるのは別だからな」

「…ふふ」

暗闇で笑う声が聞こえた。少し緊張がほぐれたみたいで、よかったと思った。

「…ねえ」

「ん?」

「私のこと、どう思ってる?」

心臓が跳ねた。

「…どうって?」

「妹みたい?…迷惑な隣人?」

「迷惑なんて思ってないよ。妹…でもないかな」

「じゃあ何?」

答えられなかった。だって、正直に言ったら「好きな子」って言わなきゃいけない。いつからかわからないけど、たぶんカレーを持っていった日からずっと、俺はゆいちゃんのことが気になってた。でもそれを言うのは卑怯だと思った。こんな弱ってる子に告白するとか、最低だろ。

「…大事な人、かな」

逃げた答えだった。

ゆいちゃんは何も言わなかった。でも、暗闇の中で俺の手を握ってきた。小さくて、冷たい手だった。

そのまま眠った。はずだった。

朝方、4時ぐらいに目が覚めた。ゆいちゃんが俺の胸に顔を埋めるようにくっついてた。右腕がゆいちゃんの頭の下に敷かれてて、完全にしびれてる。でも動けない。動きたくなかった。

シャンプーの匂いがした。安いドラッグストアのやつだと思うけど、やたらいい匂いに感じた。寝息が首筋に当たるたびに、背筋がぞくっとした。

(やめろ俺。寝てる子に興奮するとか最低だぞ)

でも、もうダメだった。ゆいちゃんのパーカーが寝てる間にめくれ上がって、白いお腹が見えてた。へその下の薄い産毛まで見える距離で、俺は目をそらせなかった。ショートパンツの隙間から見える太ももの内側が、信じられないぐらい白かった。

反応してる自分が情けなかった。ゆいちゃんに気づかれたらどうしようって、それだけ考えてた。

ゆいちゃんが動いた。寝返りを打つように体をずらして、その拍子に俺の腰のあたりに足が当たった。

「……ん…」

起きた。目が合った。至近距離で。

「…おはよう」

「おはよ…」

寝ぼけたゆいちゃんの目が、何かに気づいたように少し大きくなった。

(バレた。終わった)

俺の下半身の状態に、気づいたんだと思う。ゆいちゃんの顔がみるみる赤くなった。

「ごめん、生理現象で…」

「…………」

「マジでごめん。すぐトイレ行ってくる」

起き上がろうとした。でもゆいちゃんが俺の腕を離さなかった。

「ゆい…?」

「…行かないで」

「いや、でも…」

「…私も…同じだから」

意味がわからなかった。いや、わかったけど、わかりたくなかった。こんな状況で、この子が本当にそういう意味で言ってるのか、それともただ寂しいだけなのか、判断がつかない。

「…ゆいちゃん、それは…」

「昨日、あの人に追いかけられた時…真っ先にしゅんくんのとこに来た。それって…そういうことでしょ…?」

涙が滲んでた。でも昨日の泣き方とは違う。怯えた涙じゃなかった。

「迷惑なのわかってる…しゅんくんは優しいだけで…私のこと別にそういう目で見てないのも…」

「見てるよ」

自分でも驚いた。口が勝手に動いてた。

「見てる。ずっと見てた。ショートパンツから足見えるたびに目そらすの必死だったし、一緒にスーパー行くだけでデートみたいに浮かれてたし、壁越しの泣き声が止んだ日は嬉しくて眠れなかった。でも…言っちゃダメだと思ってた。お前が弱ってる時に付け込みたくなかった」

全部言ってしまった。

ゆいちゃんは泣きながら笑った。

「付け込むとか…バカ…」

「バカは余計だろ…」

「だって…私が毎晩泣いてたの気づいてたくせに、カレーで誤魔化すんだもん…」

「しかもあの時まだ作ってなかったからね。これから作りますって嘘ついた」

「…最低笑」

「最低は余計…」

ゆいちゃんが笑いながら泣いてる顔を見て、もう我慢の限界だった。

額にかかった髪をそっと避けて、頬に触れた。ゆいちゃんが目を閉じた。

キスした。軽く、唇を合わせるだけのつもりだった。でもゆいちゃんが目を開けて、もう一回、ってかすれた声で言った。

今度は深くなった。舌が触れた瞬間、ゆいちゃんの体がびくってなって、俺の胸のTシャツを掴んできた。甘い味がした。たぶん、寝る前に飲んでたカルピスの味だと思う。

「ん…っ…」

「…ゆい」

「もっと…して…」

この子が本当にそうしたいのか、寂しさの延長なのか、頭の片隅でずっと考えてた。でもゆいちゃんの手が俺のTシャツの裾から入ってきて、背中に触れた時、考えるのをやめた。

パーカーの前のファスナーに手をかけた。ゆいちゃんが小さく頷いた。ゆっくり下ろすと、中はキャミソール一枚で、ブラはしてなかった。

(…え、寝る時ノーブラだったのか…知らなかった…いや知ってたらもっとやばかった…)

キャミソールの上から触れた。思ったより柔らかくて、ゆいちゃんが息を呑むのが聞こえた。

「…あ…」

「痛くない?」

「ううん…」

キャミソールをたくし上げた。朝の薄い光の中で、ゆいちゃんの胸が見えた。Cカップぐらいで、形がきれいだった。先っちょがうっすらピンクで、もう硬くなってた。

口をつけた。ゆいちゃんの手が俺の後頭部にまわって、髪を掴まれた。

「んっ…しゅんくん…そこ…弱い…」

「ここ?」

「あっ…うん…そこ…」

片方を舐めながらもう片方を指で触ると、ゆいちゃんの腰が浮いた。信じられないぐらい反応がいい。

(これ大丈夫か? 声、隣に聞こえてないか?…って隣は俺の部屋か。ここ俺の部屋だった)

ショートパンツの上から太ももに手を滑らせた。内側に行こうとしたら、ゆいちゃんが急に足を閉じた。

「ごめん、嫌だった?」

「…ちがう。その…あの…」

「…何?」

「…濡れてるの…バレたくなくて…」

(この子は俺を殺す気か??)

「…バレてるけど」

「うそっ…やだ…」

顔を両手で隠すゆいちゃんの手を、そっとどけた。真っ赤になった顔がかわいくて、もう限界だった。

ショートパンツのボタンを外した。ゆいちゃんが自分で腰を浮かせて脱ぐのを手伝ってくれた。薄いグレーの下着が見えた。確かに、真ん中のあたりが濡れて色が変わってた。

「脱がすよ」

「……うん」

下着を下ろした。処理してなくて、薄い毛が生えてた。(この自然な感じがむしろリアルでいい…って何言ってんだ俺)

指で触れた。ぬるっとした感触に、ゆいちゃんが声を漏らした。

「あ…っ…やだ…声出ちゃう…」

「出していいよ。ここ俺の部屋だし」

「でも壁薄いって…隣に…って、隣私だ…」

「そう。隣はお前の部屋。誰もいない」

「あ…そっか…ふふ…あっ…」

笑いかけたところに指を動かしたら、笑い声が喘ぎに変わった。

上の方の小さい粒を親指で円を描くように触ると、ゆいちゃんの太ももが震えた。

「そこ…やば…っ…」

中に指を入れた。きゅっと締まって、ゆいちゃんが俺の肩に顔を埋めた。

「あっあっ…しゅんくん…しゅんくん…」

名前を呼ばれるたびに頭がおかしくなりそうだった。指を動かすたびに、ぐちゅっていう音が薄暗い部屋に響いて、ゆいちゃんの体がびくびく跳ねる。

「ま、待って…なんか…やばい…」

「いいよ、そのまま」

「あっ…ああっ…」

ゆいちゃんの体が大きく震えて、俺の指をきつく締めつけた。太ももが閉じて、俺の手を挟み込むみたいにして、小さく痙攣した。

「はぁ…はぁ…」

「大丈夫?」

「…すごかった…こんなの初めて…」

(初めて…? いや、深く聞くな俺)

ゆいちゃんが俺のズボンのゴムに手をかけた。

「…私も、したい」

「いいの?」

「…うん。…ていうか、ずっとこれ当たってたから…気になってた」

ズボンを下ろされた。ゆいちゃんがじっと見て、それからおずおずと手を伸ばしてきた。握られた瞬間、自分の声が出た。

「っ…」

「…熱い。これ…入るの…?」

「…たぶん」

「たぶんって何…」

(いや俺も経験少ないから自信ないんだよ…前の彼女と2回しかやってないんだよ…)

ゆいちゃんの手がゆっくり動いた。慣れてない手つきで、ちょっと力加減がわからない感じだったけど、それがかえって興奮した。

「ゆい…もう無理。入れたい」

「…うん」

ベッドサイドの引き出しからゴムを出した。使う予定なんかなかったのに、なぜか引っ越した時から入れてあった。箱を開けたらちょっと手が震えた。

「…慣れてないの?」

「うるさい」

「ふふ…」

装着して、ゆいちゃんの上に覆いかぶさった。目が合った。ゆいちゃんの目には、もう怯えはなかった。

「入れるよ」

「…うん」

先を当てて、ゆっくり押し込んだ。

「っ…!」

「痛い?」

「…ちょっとだけ…大丈夫…」

少しずつ入れていった。ゆいちゃんが俺の背中に爪を立てた。狭くて、熱くて、頭が真っ白になりそうだった。

「あ…っ…全部…入った…?」

「うん…」

「…すごい…おなかの中にいる感じ…」

全部入った状態で少し止まった。ゆいちゃんの中がぎゅっと締めてきて、動いたら一瞬で終わりそうだった。

(落ち着け…落ち着け俺…野球の打順でも考えろ…1番塩見、2番丸山…ダメだ全然集中できない)

「…動いて…いいよ…」

ゆっくり動き始めた。引いて、押す。そのたびにゆいちゃんが小さく声を上げる。

「んっ…あっ…しゅんくん…」

「ゆい…きつい…」

「やだ…そういうこと言わないで…恥ずかしい…」

恥ずかしがりながらも、ゆいちゃんの腰は少しずつ動いてた。合わせようとしてくれてるのがわかった。

ペースが上がった。ゆいちゃんの喘ぎが大きくなって、ベッドがぎしぎし鳴った。

(このベッド、もう5年使ってるからな…持ってくれよ…)

「あっ…あっ…やばっ…またなんか来る…」

「いいよ…そのまま…」

「あっ…あああっ…」

ゆいちゃんが俺の首にしがみついて、中がきゅうって締まった。その締めつけに耐えられなかった。

「俺も…っ…」

ゆいちゃんの中でゴムの中に出した。頭の中が一瞬まっしろになって、腕の力が抜けて、ゆいちゃんの上に崩れ落ちた。

「…重い」

「ごめん…」

体をずらして横になった。しばらく二人とも何も言えなかった。天井を見てた。朝日が窓から差し込んで、部屋がオレンジ色に染まってた。

「…ねえ」

「ん?」

「私たち…これからどうなるの?」

「…どうなるも何も。俺はもう無理だよ。お前のこと好きだし、今さら隣人に戻れない」

「…8歳も離れてるけど」

「だから何?」

「…大学中退してて、バイトしかしてないけど」

「だから何?」

「…泣き虫で、迷惑かけてばっかりだけど」

「だから何?って何回言わせんの」

ゆいちゃんがまた泣いた。今度は声を出して。

「好き…しゅんくん大好き…」

抱きしめた。泣いてるゆいちゃんの頭を撫でながら、ああ、この壁の薄いボロアパートに引っ越してきてよかったなって、心の底から思った。

あれから半年経った今も、俺たちは隣同士で暮らしてる。ただし、ゆいちゃんの部屋はほぼ物置で、実質俺の部屋で二人暮らしみたいなもんだ。家賃を二人分払って6畳一間に住んでるのは経済的にどうなんだって話だけど、引っ越すお金もないし、まあいいかって。

壁の向こうから泣き声が聞こえることは、もうない。

代わりに、壁の向こうの部屋から時々変な声が聞こえるんだけど、それは俺たちの声がゆいちゃんの部屋に反響してるだけだと信じたい。

…たぶん。


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