はじめまして。こういうところに書くのは初めてなんですけど、ちょっと聞いてほしい話があって。
俺、二十八で転職したんですよ。前職は川崎の小さい物流倉庫の事務。給料は手取り十九万、ボーナスは寸志っていう名の三万円。彼女なし歴イコール年齢ではないけど、最後に付き合ったのが二十三のときだから、まあ枯れてました。
身長は百七十二、体重六十八。顔面偏差値はたぶん四十五ぐらい。強いて言えば目つきが悪いのが特徴で、証明写真を撮ると指名手配犯みたいになる。そういう男です。
で、なんで転職したかっていうと、倉庫が閉鎖になったから。会社都合の退職で、失業保険もらいながらハローワークに通って、たまたま見つけたのが新横浜にある医療機器メーカーの営業事務。未経験可、って書いてあったから応募したら、なぜか受かった。
入社初日、俺は十二人いる営業部で一番の下っ端になりました。
営業部っていっても、俺は事務方。見積書作ったり、在庫管理のシステム叩いたり、電話番したり。営業マンたちはみんな三十代後半から四十代で、俺だけ明らかに若い。しかも中途の未経験。空気が「お手並み拝見」って感じで、正直キツかった。
そんな俺の教育係になったのが、塚本さんでした。
塚本文香、三十八歳。営業事務の先輩で、この部署に十年いるベテラン。第一印象は――石原さとみを五歳ぐらい老けさせて、笑い皺を足して、でも目の力はそのまま残した感じ。身長は百六十ぐらいで、細すぎず太すぎず、スーツの上からでもわかるぐらい胸がしっかりしてた。たぶんEかF。いや、初日からそこ見んなよって話なんですけど、見えるもんは見えるんですよ。
(やばい、教育係めちゃくちゃタイプなんだけど…)
塚本さんは丁寧だけど厳しかった。
「見積書のここ、型番が一個ズレてます。これ客先に出してたらクレームですよ」
「すみません…」
「謝んなくていいから直して。あと、直したら私に見せる前に自分でもう一回チェックしてね」
ミスするたびに淡々と指摘される。でも、怒鳴ったり嫌味を言ったりはしない。間違いを指摘して、正しいやり方を教えて、あとは放っておいてくれる。
二週目に入ったとき、昼休みに給湯室で塚本さんと二人きりになった。
「慣れた?」
「全然です。毎日パンクしそうです」
「まあ、最初はみんなそう。三ヶ月もすれば体が覚えるから」
「三ヶ月…長いな…」
「弱音吐くの早いよ」
そう言って笑った顔が、マジでかわいかった。普段クールな人が笑うとズルいんですよ。ギャップっていうか、不意打ちっていうか。
一ヶ月ぐらい経つと、仕事にはだいぶ慣れてきた。見積書のミスも減ったし、電話対応も一人でできるようになった。塚本さんからの指摘も減って、たまに「ここ良くなったね」って言われるようになった。
それがなんかもう、めちゃくちゃ嬉しくて。
(俺、犬か?褒められて尻尾振ってんのか?)
ただ、一個だけ気になってたことがあって。塚本さん、左手の薬指に指輪してないんですよ。入社初日からずっと。三十八歳で、指輪なし。結婚してるのかしてないのか、気になるけど聞けない。
答えがわかったのは、偶然だった。
金曜の夜、営業部の飲み会。新横浜駅近くの居酒屋「はなの舞」。俺は下っ端だから端っこの席で、隣にいたのが営業の中村さん(四十三歳、声がでかい)。
「中村さん、塚本さんって…結婚されてるんですか?」
酒の勢いで聞いてしまった。
中村さんはビール片手に、声のボリュームを一切下げずに言った。
「塚本?バツイチだよ。三年前に離婚してる。旦那の浮気。子供はいない」
(声でっか。本人に聞こえるだろ…)
案の定、三つ向こうの席にいた塚本さんがこっちを見て、俺と目が合った。
塚本さんは何も言わず、ビールを一口飲んで、目を逸らした。
(終わった。完全に嫌われた。)
翌週の月曜、出社するのが怖かった。でも行かないわけにもいかない。
朝一で塚本さんのデスクに行って、頭を下げた。
「金曜日、すみませんでした。デリカシーなくて…」
「何が?」
「その…塚本さんのこと中村さんに聞いちゃって…」
「ああ、あれ?別にいいよ。隠してるわけじゃないし」
「でも…」
「むしろ本人に直接聞けばよかったのに」
「え…」
「聞きたいことがあるなら直接聞いて。そのほうがこっちも楽だから」
それだけ言って、塚本さんはパソコンに向き直った。
怒ってないのか、怒ってて隠してるのか、俺には読めなかった。でも、「直接聞いて」って言ったのは本気だったんだと思う。塚本さんはそういう人だった。回りくどいことが嫌いで、言いたいことはストレートに言う。
それから、なぜか距離が近くなった。
昼休みに給湯室で一緒になる頻度が増えた。前は週一ぐらいだったのが、ほぼ毎日。塚本さんのほうから話しかけてくることも増えた。
「前の仕事、物流だったんでしょ。どういうことしてたの?」
「倉庫の在庫管理とか、配送の手配とか。地味ですよ」
「地味って言うけど、在庫管理できる人はうちの部署では貴重だよ」
「そうなんですか?」
「営業の人間は売ることしか考えてないから。在庫の数字ちゃんと見れる人がいないと回らないの」
「…ありがとうございます」
「お礼言われることじゃないけど」
こういう会話が積み重なっていくのが、たまらなく心地よかった。前の職場では誰も俺の仕事を「貴重だ」なんて言ってくれなかった。
三ヶ月目。社内システムの入替があって、全員が新しい受注管理ソフトに移行しなきゃいけなくなった。ベテラン勢が軒並み苦戦してる中、ITに弱くない俺は割とスムーズに対応できた。
塚本さんが珍しく困ってた。
「ここのデータ移行、どうやるの?マニュアル読んでもわかんない」
「あ、ここは先にCSVで書き出してから、こっちのインポート画面で…」
塚本さんの隣に立って、画面を指差しながら説明する。シャンプーの匂いがした。甘すぎない、石鹸っぽい匂い。
「へえ、そういうことか。ありがとう、助かった」
「いえ、普段教えてもらってばっかりなんで」
「たまには逆もあるよ」
塚本さんが横を向いて笑った。距離、近い。三十センチぐらいしかない。
(心臓うるさい。聞こえてないよな?)
その週の金曜、定時後に塚本さんから声をかけられた。
「今日、ちょっと付き合ってくれない?」
「え、どこにですか?」
「新横浜のビックカメラ。パソコン買い替えたいんだけど、何がいいかわかんなくて」
「あ、いいですけど…俺でいいんですか?」
「あんたが一番詳しいでしょ」
二人で新横浜のビックカメラに行った。塚本さんは私服で、ベージュのニットにデニム。会社で見るスーツ姿とは全然違って、年齢より若く見えた。
(私服やばいな…普通にかわいい…)
パソコンを見ながら、スペックの説明をした。CPUがどうとか、メモリがどうとか。塚本さんは相槌を打ちながら聞いてくれて、最終的にSurface Laptopに決めた。
「ありがと。お礼にご飯おごるよ」
「いや、そこまで大したことしてないですよ」
「いいから」
新横浜駅の近くの焼き鳥屋に入った。カウンターだけの小さい店。塚本さんはレモンサワーを、俺はハイボールを頼んだ。
三杯目ぐらいで、塚本さんが突然言った。
「離婚の話、気になってたんでしょ」
「え…いや、その…」
「直接聞いてって言ったじゃん」
「…気になってました。すみません」
「三年前にね、向こうが会社の後輩と付き合ってたのがわかって。私が三十五で、その後輩が二十六だったかな。まあ、そりゃ若い方がいいよねって」
淡々と話す塚本さんの横顔を見ていた。カウンターの電球の下で、笑い皺がくっきり見えた。
「で、慰謝料もらって別れた。子供いなかったのは不幸中の幸いかな」
「…辛かったですね」
「もう平気だよ。三年も経てばね」
「…塚本さん」
「ん?」
「若い方がいいなんて、そんなことないと思います」
自分で言っておいて、何言ってんだ俺、って思った。酒のせいだ。絶対酒のせい。
塚本さんがこっちを見た。数秒間、黙って俺の顔を見て、それからフッと笑った。
「…あんた、そういうこと言うの下手くそだね」
「自覚あります」
「でも、ありがと」
その夜は、それで終わった。終電の一本前に新横浜駅で別れた。
でも、その日から俺の中で何かが変わった。塚本さんのことを「教育係の先輩」として見れなくなった。
問題は、十歳差だ。俺が二十八で、塚本さんが三十八。しかも上司みたいな立場の人。バツイチ。どう考えても、こっちから好きですなんて言えるわけがない。迷惑でしかない。
(身の程わきまえろよ、俺…)
でも、わきまえられなかった。
四ヶ月目に入ったある日。十一月の終わり、急に冷え込んだ水曜日。残業で二人だけになった。他の全員がとっくに帰って、営業部のフロアは蛍光灯が半分消えてた。
「今日中に終わる?」
「あと三十分ぐらいです」
「じゃあ待ってる」
「え、待たなくていいですよ」
「教育係だから。残業してる後輩を残して帰れないでしょ」
三十分後、俺が仕事を終えて、二人でビルを出た。外は真っ暗で、息が白かった。
「寒くなったね」
「ですね」
「…ねえ、ちょっとうちに寄ってく?」
「え?」
「パソコンのセットアップ、まだ途中なの。ちょっと見てくれない?」
「あ…はい。いいですけど」
(パソコンのセットアップ。パソコンのセットアップだよな。それ以上の意味はないよな。)
塚本さんの家は新横浜から横浜市営地下鉄で三駅の、センター南だった。駅から五分のマンションの七階。1LDKで、きれいに片付いてた。
「散らかってるけど、上がって」
全然散らかってなかった。
リビングのテーブルに、先日買ったSurface Laptopが置いてあった。初期設定は済んでたけど、Officeの設定とクラウドの同期がわからないらしい。
横に座って、設定を進めた。塚本さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、一つ一つ操作を説明する。
「これでOneDriveの同期は完了です。あとは自動でバックアップされるんで」
「わかりやすい。やっぱりあんたに頼んでよかった」
「いえ」
「…ねえ」
「はい」
「私のこと、女として見てる?」
コーヒーを吹きそうになった。
「…え、急に何…」
「焼き鳥屋で言ったでしょ。"若い方がいいなんてことない"って。あれ、どういう意味で言った?」
「…」
「直接聞いてって言ったの、私だからね。だから直接聞く」
逃げ場がなかった。塚本さんの目が、まっすぐ俺を見てた。いつもの仕事中の目じゃない。もっと柔らかくて、でも真剣な目。
「…見てます」
声が震えた。
「塚本さんのこと、ずっと…意識してます。入社した日からずっと。でも十歳も上だし、仕事の先輩だし、迷惑だと思って…」
「迷惑かどうかは私が決めることでしょ」
「…」
「迷惑じゃないよ」
塚本さんが俺の手を握った。
「私も…あんたのこと、気になってた。仕事覚えるのが早いとか、そういうのじゃなくて。焼き鳥屋で不器用にフォローしてくれたときから、ちょっとおかしくなってた」
「塚本さん…」
「だからパソコンの件も、口実。セットアップぐらい一人でもできるし」
「知ってました」
「え?」
「OneDriveの同期、マニュアル読めばできるレベルなのに、塚本さんがわからないわけないなって」
「…バレてたの?」
「でも来たかったから、来ました」
塚本さんが笑った。さっき焼き鳥屋で見たのと同じ、ふっと力が抜けた笑い方。
「あんたって…ほんと変な人」
「よく言われます」
そのまま、どっちからともなく顔が近づいた。
塚本さんの唇が、柔らかかった。少しだけコーヒーの味がした。目を閉じてるのに、心臓の音が聞こえるぐらいバクバクしてた。
離れたとき、塚本さんの目がちょっと潤んでた。
「…久しぶりだ、こういうの」
「俺も久しぶりです。五年ぶりぐらい」
「五年…?彼女いなかったの?」
「いなかったんですよ。モテないんで」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないです。目つき悪いし、面白い話できないし」
「目つきは…まあ、確かにちょっと怖い」
「ほら」
「でも、慣れると全然平気。てか、ちょっとかっこいいと思ってる」
(三十八歳にかっこいいって言われて、二十八歳がこんなに嬉しくなるとは思わなかった。)
もう一回キスした。今度はもっと深く。舌が触れた瞬間、塚本さんが小さく声を出した。
「ん…」
その声で、頭の中の理性がだいぶ溶けた。
でも、俺の手がニットの裾に触れたとき、塚本さんが俺の手首を掴んだ。
「…待って」
「すみません、調子乗りました」
「違う。その…言っとかなきゃいけないことがあって」
「…?」
「私、三十八だよ。体もさ、二十代の女の子みたいにはいかないから」
「…」
「元旦那に若い子のとこ行かれてるから…正直、自信ない。比べられるのが怖い」
真顔だった。冗談で言ってない。本気で怖がってる。
「塚本さん」
「…なに」
「俺、二十代の女の子の体なんか知らないです。五年間誰とも付き合ってないんで」
「…は?」
「比べようがないんですよ。俺にとっては塚本さんが全部なんで」
我ながらキザなことを言った。でも本心だった。
塚本さんが、ぷっと吹き出した。
「なにそれ…口説き文句にしてはレベル低すぎるんだけど」
「事実なんで」
「…バカ」
そう言って、塚本さんのほうから抱きついてきた。顔をシャツに埋めて、小さい声で言った。
「…お願い」
ニットを脱がすと、黒いレースのブラだった。背中に手を回して外すと、想像以上だった。Eカップはあった。形が綺麗で、三十八歳なのに全然崩れてない。
「…すごい綺麗ですよ」
「お世辞いいから…」
「お世辞じゃないです」
胸に触れると、柔らかくて、手のひらに収まりきらない。指先で乳首に触れたら、塚本さんが息を詰めた。
「あ…っ」
「感じます?」
「…久しぶりだから…ちょっと敏感になってて…」
ソファに座らせて、横から胸を揉みながらキスした。舌を絡めると、塚本さんの呼吸がだんだん乱れてきた。
「ん…っ、あ…そこ…」
乳首を指で転がすと、太ももがぎゅっと閉じた。
(…これ、俺のほうがもたない。)
塚本さんのデニムのボタンに手をかけた。塚本さんが俺の目を見て、小さく頷いた。
デニムを脱がすと、黒いレースのショーツ。おそろいだ。脱がしたら、すでに濡れていた。
「…見ないで」
「無理です」
指で触れると、ぬるっとした感触。クリに触れた瞬間、塚本さんの腰がびくっと跳ねた。
「あっ…だめ、そこいきなりは…っ」
「ここですか?」
「んんっ…意地悪しないで…っ」
ゆっくり指を入れた。中はすごく熱くて、きつくて、指を締め付けてきた。
「あぁ…っ…」
「痛くないですか?」
「…痛くない。もっと…奥…」
二本目の指を入れて、中をかき回すように動かした。塚本さんが俺のシャツを掴んで、顔をうずめた。
「やば…っ、こんな…っ、久しぶりだから…すぐ…」
「いっていいですよ」
「あ、あ、だめ…っ…いっちゃ…」
体がぶるっと震えて、俺の指をきゅっと締め付けた。
「…っ……はぁ…」
荒い息の塚本さんを抱きしめた。汗ばんだ肌が、俺のシャツに張り付いてた。
「…ねえ」
「はい」
「ゴム…持ってないよね」
「…持ってないです」
「洗面台の引き出しに…ある」
「…え」
「…先週買ったの。念のため」
(念のため。念のためって何だよ。計画的じゃん。)
でもそのことが嬉しかった。塚本さんも、こうなることを考えてたんだ。
洗面台の引き出しを開けたら、コンドームの箱があった。まだ開封されてない新品。
ゴムを持ってリビングに戻ると、塚本さんがソファで横になって待ってた。
「…早く来て」
服を脱いで、ゴムを着けた。塚本さんの上に覆いかぶさると、塚本さんが俺の首に腕を回してきた。
ゆっくり入れた。
「んっ…あ…」
「…大丈夫ですか」
「大丈夫…全部入れて…」
奥まで入ったとき、塚本さんが長い息を吐いた。
「…あぁ…」
中がぎゅうっと俺を包んで、頭がくらくらした。五年ぶりのセックスで、感覚が全部鮮明すぎて、正直すぐに終わりそうだった。
(やばい…気持ちよすぎる…一分も持たないかもしれない…)
ゆっくり動き始めた。
「あっ…ん…そこ…いい…」
「塚本さん…中、すごい…」
「…ねえ」
「はい…?」
「文香って呼んで」
「…文香さん」
「さん付けなんだ…ふふ」
「急には無理ですよ…」
「じゃあ…今だけでも…」
「…文香」
「…っ、もう一回…」
「文香…」
名前を呼ぶたびに、中がきゅっと締まった。
ペースを少し上げた。塚本さん――文香さんが、俺の背中に爪を立てた。
「あっ、あ、だめ…っ、また…いきそう…」
「俺も…もう…」
「一緒に…いこ…」
腰を深く押し付けて、文香さんの中でイった。ゴム越しでも、出してる感覚がわかるぐらいの量だった。
「あぁっ…」
文香さんも同時に体を震わせて、俺にしがみついた。
しばらく、二人とも動けなかった。
「…重い」
「あ、すみません」
体を起こそうとしたら、文香さんが俺の背中を抑えた。
「…もうちょっとだけ、このまま」
「…はい」
文香さんの胸の上に顔を預けた。心臓の音が聞こえた。まだ速い。
「…三年ぶりだった」
「俺は五年ぶりです」
「合わせて八年分か」
「足し算する意味あります?」
「ないね」
二人で笑った。
少し休んでから、もう一回した。今度は文香さんが上だった。
「今度は私がする」
「…お願いします」
さっきより余裕があった。文香さんの体を下から見上げながら、腰を動かされる。揺れる胸を見てたら、また一瞬で限界が近づいた。
でもさっきと違ったのは、文香さんの表情だった。さっきは不安そうだったけど、今は笑ってた。余裕のある、大人の女の笑い方。
「…どう?おばさんの体でも気持ちいい?」
「おばさんって言うの禁止です」
「あはは…っ」
笑いながら腰を動かすから、変なリズムになって、それがまた良かった。
「文香さん…もう無理…」
「いいよ…出して…」
二回目は、さっきより長く、深く、出した。
そのあと、文香さんのシャワーを借りて、文香さんのパジャマを借りて(丈が足りなかった)、文香さんのベッドで並んで横になった。
「…ねえ」
「はい」
「月曜から、会社でどうする?」
「…普通にしてればいいんじゃないですか」
「普通って、教育係と後輩?」
「会社ではそれでいいと思います。急に態度変えたらバレるし」
「じゃあ、会社の外では?」
「…付き合ってください」
「告白が雑すぎない?」
「事後に言ってる時点で順番めちゃくちゃなんで、今さら格好つけても…」
「…それもそうか」
文香さんが寝返りを打って、俺のほうを向いた。
「いいよ。付き合おう」
暗い部屋の中で、文香さんの目がちょっと光ってた。泣いてたのか笑ってたのかは、わからなかった。
「…嬉しいです」
「敬語」
「え?」
「付き合うなら、敬語やめてよ」
「…無理です。癖で」
「じゃあそれが最初の課題ね。教育係として」
「…どこまでが仕事の指導なんですか、それ」
文香さんが笑って、俺の胸に頭をくっつけた。
あれから八ヶ月経った。会社では相変わらず塚本さんと呼んでるし、敬語も全然抜けない。文香さんには「いつになったら呼び捨てしてくれるの」ってたまに拗ねられる。
でも、俺にとって文香さんはずっと「塚本さん」なんですよ。仕事を教えてくれた人で、最初に認めてくれた人で、それが全部ひっくるめて好きだから。
だから敬語が抜けないのは、たぶん一生治らないと思います。