5年くらい前の話です。
当時、俺は26歳で、川崎市の溝の口駅から徒歩8分くらいのところにある築15年のマンションに一人暮らしをしていました。IT系の会社でSEをやっていて、まあ典型的な「仕事以外に何もない」タイプの独身男です。
顔面偏差値は48くらい。身長172cm、体重は当時64kgくらいで、可もなく不可もなくというか、まあ街を歩いていて二度見されることは絶対にないタイプです。彼女は2年いなかった。
で、そのマンション、3階建ての全18戸なんですけど、1階にコインランドリーがついてるんですよ。住人専用じゃなくて外からも使えるやつ。俺は305号室に住んでいて、洗濯機が壊れた時とか、布団を洗いたい時にたまに使っていました。
その日は金曜の深夜、というか土曜の午前2時。リリースがやっと終わって帰宅して、シャワー浴びて、溜まってた洗濯物を持ってコインランドリーに降りたんです。
こんな時間に誰もいないだろうと思ってスウェットにサンダルで行ったら、奥の乾燥機の前に人がいた。
女の人が、パイプ椅子に座ってうつむいていました。
最初は「あ、先客いるな」くらいの感じだったんですけど、近づいたら、その人が肩を小さく震わせていることに気づいた。
泣いてる。
(えっ……深夜2時にコインランドリーで泣いてる女の人……どうすんのこれ)
正直、関わりたくなかった。でも洗濯機使いたいし、そのまま素通りするのも人としてどうなんだと思って、とりあえず一番遠い洗濯機に洗濯物を突っ込みました。
ガタガタと音を立てたら、その人がパッと顔を上げた。
目が合った瞬間、俺は固まりました。
203号室の奥さんだった。
名前は知らなかったけど、エントランスやゴミ捨て場で何度かすれ違ったことがある人。旦那さんと二人暮らしで、たぶん30代前半くらい。
顔は、ちょっと大人っぽくした石原さとみ、と言えば伝わるだろうか。目が大きくて、鼻筋が通っていて、唇がぷっくりしている。身長は163cmくらいで、いつもきちんとした服を着ていて、すれ違うたびに「こんにちは」と丁寧に会釈してくれる人だった。
その人が、目を真っ赤にして、鼻をすすりながら俺を見ている。
「あ、すみません……驚かせちゃいましたよね」
「いえ……こちらこそ、すみません……変なところ見られちゃって」
慌ててスマホで涙を拭いている。薄いカーディガンにワンピースという格好で、この時間にしては妙にきちんとしていた。
(いや、普通に帰ればいいんだよ。洗濯機回してるんだから30分後にまた来れば……)
そう思ったんだけど、なんかこう、放っておけなかった。あの目が。すがるような、でも誰にもすがれないような、そういう目をしていたから。
「あの、大丈夫ですか? 同じマンションの305の者なんですけど」
「……305さん。あ、はい……時々お会いしますよね」
「何かあったんですか? いや、答えなくていいんですけど。自販機でコーヒー買ってきましょうか」
「……お願いしても、いいですか」
マンションの入口横にある自販機で、微糖の缶コーヒーを2本買って戻った。1本を渡すと、両手で包むように持って、小さく「ありがとうございます」と言った。
しばらく無言で、洗濯機と乾燥機の音だけが響いていました。
「……旦那に、出て行けって言われたんです」
ぽつりと言った。
「え?」
「今夜……というか、もうずっと前から上手くいってなくて。今日、決定的な喧嘩をして。出て行けって。荷物まとめろって」
缶コーヒーを握る手が震えていた。
「それで、とりあえず……洗濯だけ先に終わらせようと思って降りてきたんですけど、なんか座ったら動けなくなっちゃって」
(いや、重い。めちゃくちゃ重い話だぞこれ。俺に何ができるんだ)
「それは……大変でしたね。ご実家とか、頼れるところは」
「実家は広島で……こっちに友達もあんまりいなくて。明日、ビジネスホテル探そうとは思ってるんですけど」
「今夜はどうするんですか」
「……ここか、車の中か」
さすがにそれはまずいだろ、と思った。7月の頭で、夜でもムシムシする時期だ。車中泊なんて熱中症になる。
(でも、俺の部屋に泊めるって言ったら、それはそれでヤバいやつだろ。深夜に泣いてる人妻を自分の部屋に連れ込むって、どう考えても……)
迷ったけど、言ってしまった。
「あの、よかったらうち来ます? ソファで寝られますし。変なことしないんで」
我ながら「変なことしないんで」って言うやつが一番怪しいのは分かっていた。
「……いいんですか?」
「汚いですけど、エアコンはありますから」
「……ありがとう、ございます……」
また泣き始めた。今度は声を出して。
洗濯物が終わるのを待って、彼女の荷物を持って305号室に上がった。彼女の名前は裕美さん、32歳だとこの時に知った。
部屋に入ると、裕美さんは「思ったより綺麗ですね」と言ってくれた。いや、彼女が来る可能性なんて1ミリもなかったから、たまたま前日に掃除したのが奇跡的にラッキーだっただけです。
ソファにブランケットと枕を出して、「ここ使ってください」と言った。裕美さんは「本当にすみません」と何度も言いながら座った。
「何か飲みます? ビールと麦茶くらいしかないですけど」
「……ビール、いただいてもいいですか」
冷蔵庫からサッポロ黒ラベルを2本出した。プルタブを開けて渡す。
「かんぱい……って言うのも変ですよね」
「いいんじゃないですか。金曜の夜ですし」
裕美さんは缶ビールをぐいっと飲んで、ふうっと長い息を吐いた。
「305さんは、彼女さんとかいるんですか?」
「いないです。2年くらい」
「そうなんだ……もったいない。優しいのに」
「いやいや、優しいっていうか、断れないだけっていうか」
「それを優しいって言うんですよ」
少し笑ってくれた。泣いた後の顔って、なんであんなに色っぽいんだろう。目の周りが赤くて、肌がしっとりしていて、いつもの「きちんとした奥さん」とは全然違う表情だった。
(いかんいかん。人妻だぞ。しかも今めちゃくちゃ弱ってる人だぞ)
ビールを2本ずつ飲んだところで、裕美さんがぽつぽつと話し始めた。旦那さんは商社勤めで出張が多いこと。結婚して4年目だけど、子供はいないこと。最近は帰ってきても会話がほとんどないこと。今夜の喧嘩の原因は、裕美さんが旦那さんのスマホに知らない女からのLINEを見つけたことだったこと。
「問い詰めたら逆ギレされて。『お前と一緒にいても楽しくない』って。『出て行け』って」
「……それはひどいですね」
「でも、楽しくないっていうの、分かるんですよ私にも。私もたぶん、夫といて楽しいと思えなくなってた。お互いに」
缶ビールの3本目を開けながら、裕美さんは少し酔っているようだった。頬がほんのり赤い。
「ねえ、305さん。私、女として終わってると思います?」
「は? いや、全然思わないですけど」
「旦那に、もう女として見れないって言われたことがあって。去年。それからずっと、レスで」
(いや、この方向の話はまずいって。絶対まずい)
「それは旦那さんの目がおかしいと思いますけど……」
「……ほんとに?」
上目遣いで見てきた。大きい目が潤んでいて、まつげに雫が残っている。
嘘偽りなく、めちゃくちゃ綺麗だった。パジャマ代わりに貸した俺のTシャツが大きくて、鎖骨のあたりがちらちら見える。スタイルは細身だけど出るところは出ていて、Tシャツの下にブラをつけていないのが分かった。
(まずい。まずいまずいまずい)
「本当です。すれ違うたびに綺麗な人だなって思ってましたよ、正直」
言ってから後悔した。酒のせいだ。絶対に言うべきじゃなかった。
裕美さんの目から、またぽろぽろと涙がこぼれた。
「……そんなこと言ってくれるの、305さんが初めて」
「いや、あの、俺は別にそういうつもりじゃ」
「分かってます。分かってるんですけど……」
裕美さんが俺の腕を掴んだ。細い指が、しっかりと。
「今だけ……隣にいてくれませんか。一人になるのが怖くて」
ソファに並んで座った。裕美さんは俺の肩に頭を預けた。シャンプーの匂いがした。たぶんボタニストの緑のやつ。俺の妹が使ってるのと同じ匂いだった。
(いや、妹の匂いとか考えてる場合じゃないだろ。隣に人妻がいるんだぞ。しかもブラしてないんだぞ)
心臓がバクバクしていた。でも何もしちゃいけない。この人は弱ってるだけだ。俺が何かしたら、それはただの最低な男だ。
そう思って、ただじっとしていた。
10分くらいそのまま動かなかったと思う。裕美さんの呼吸がゆっくりになってきて、寝たのかなと思った。
「……起きてますよ」
「あ、はい」
「305さんの心臓、すごい音してる」
(バレてる)
「いや、それは、あの……緊張してるだけです」
「……緊張、してくれるんだ」
裕美さんが顔を上げた。近い。15cmくらいの距離に顔がある。
「ねえ」
「はい」
「キス、してもいいですか」
「……え?」
「ダメですよね。ごめんなさい、私おかしくなってる」
裕美さんが離れようとした。その瞬間、俺は裕美さんの手首を掴んでいた。
理性が飛んだ、とかじゃない。飛んでたらむしろ楽だった。完全に意識がある状態で、これは絶対にやっちゃいけないことだと分かっていて、それでも掴んでいた。
「……いいですよ」
自分の声じゃないみたいだった。
裕美さんが目を見開いて、それからゆっくり目を閉じた。
唇が触れた。柔らかくて、ビールの味がした。ほんの数秒のキスだった。
離れた瞬間、裕美さんが俺の首に両腕を回してきた。
2回目のキスは、さっきより長くて、深かった。舌が入ってきた時、裕美さんの体が震えているのが分かった。
「……ごめんなさい、私……」
「謝らないでください」
「でも、私、旦那がいて……」
「分かってます」
「分かってて……いいの?」
俺はたぶん、最低な男だったと思う。でもあの時、裕美さんに「いい」と言った。
ソファから立ち上がって、裕美さんの手を引いてベッドに移動した。
裕美さんは俺が貸したTシャツ一枚にショートパンツという格好で、ベッドの端に腰掛けた。蛍光灯を消して、デスクのスタンドライトだけにした。
薄暗い部屋で、裕美さんの顔が見えた。緊張しているのか、唇を噛んでいた。
「無理しなくていいですよ。やっぱり寝るだけでも」
「……無理してない。したいの、私が」
その一言で、俺の中の何かが完全に吹っ切れた。
裕美さんの頬に手を添えて、ゆっくりキスした。唇を食むようにして、何度も角度を変えて。裕美さんが小さく吐息を漏らすたびに、こっちの頭がどんどんぼんやりしていく。
Tシャツの裾から手を入れた。腰のくびれに触れた瞬間、裕美さんがびくっとした。
「あ……手、冷たい」
「すみません」
「ううん、気持ちいい……」
お腹を撫でるように手を上げていくと、ブラをしていない胸に直接触れた。思っていたより大きくて、手のひらに収まりきらない。
「……何カップですか」
自分でもなんでこのタイミングで聞いたのか分からない。でも知りたかった。
「……Eカップ……です」
服を着ているとそこまで大きく見えなかったのに、直接触ると存在感がすごかった。形が綺麗で、張りがあって、とても32歳には思えなかった。
Tシャツを脱がすと、裕美さんは反射的に胸を腕で隠した。
「……恥ずかしい」
「見せてください」
「……」
ゆっくり腕をどけてくれた。薄暗い中でも分かるくらい、肌が白かった。乳首は小さくてピンク色で、もう少し尖っていた。
「綺麗……」
思わず声に出た。
「……そんな風に見られるの久しぶりで……っ」
また泣きそうな顔をしていた。でもさっきまでの悲しい涙とは違う気がした。
胸に顔を埋めて、乳首を舌先で転がした。裕美さんが背中を反らして、俺の後頭部を抱え込んできた。
「あっ……だめ、そこ、弱いの……っ」
「弱いの、ここですか」
「んっ……意地悪……っ」
片方を舌で攻めながら、もう片方を指で摘まむと、裕美さんの腰がくねっと動いた。声を出すまいと唇を噛んでいるのが見えた。
「声、出していいですよ。隣の部屋、空室なんで」
「そういう問題じゃ……あっ……んんっ」
ショートパンツの上から太ももの内側を撫でると、すでにじんわりと温かくなっていた。
「……ねえ、305さん」
「なんですか」
「名前、教えて。305さんじゃ、なんか……」
「拓也です。木村拓也」
「……拓也さん」
自分の名前を呼ばれただけで、心臓がぎゅっとなった。
ショートパンツを脱がすと、白いレースのショーツが見えた。真ん中あたりが透けるように濡れていた。
「……すごい、濡れてる」
「言わないで……っ。自分でも分かってるから……」
ショーツの上から指でなぞると、ぬるっとした感触が布越しに伝わってきた。裕美さんが太ももをぎゅっと閉じて、すぐにまた開いた。
ショーツをずらして直接触れた。熱くて、とろとろだった。
「ひっ……あ、あぁっ……」
クリトリスを親指で円を描くように撫でると、裕美さんの体がびくびくと跳ねた。
「だめ……そこ、いきなりそこは……あぁっ」
「ここがいいんですか」
「よ、良すぎてっ……もう少しゆっくり……」
言われたとおりにゆっくり、じらすように触った。中指を一本入れると、裕美さんの中はきゅっと指を締めつけてきた。
「あっ……久しぶりすぎて……なんか、変な感じ……っ」
「痛いですか?」
「ううん……気持ちいいのが怖い……っ」
その言い方がなんか刺さった。気持ちいいのが怖いって、どれだけ長い間この人は我慢してたんだろう。
指を動かしながら、もう一度胸に顔を埋めた。乳首を吸いながら中を掻くように動かすと、裕美さんの声がどんどん大きくなった。
「やっ……あ、あっあっ……拓也さん、待って、もう……っ」
裕美さんの体が大きく震えて、指がぎゅっと締まった。太ももが閉じて、俺の手を挟むように動けなくなった。
「はぁっ……はぁっ……」
イったのだと分かった。
「……嘘、指だけで……こんなの、初めて……」
目がとろんとしていた。汗が額に浮いていて、スタンドライトの光で光っている。
正直、この顔を見た瞬間、もう我慢の限界だった。
「裕美さん……入れたい」
直球すぎたかと思ったけど、もう繕う余裕がなかった。
「……うん」
裕美さんがこっちを見て、小さく頷いた。
「コンドーム、ある?」
「……あります」
2年彼女いないのになぜあるんだ、という話ですが、アマゾンで買った12個入りがそのまま引き出しに眠っていたんです。使用期限ギリギリだったと思う。
装着して、裕美さんの脚の間に身体を入れた。入口に先端を当てると、裕美さんがシーツを握った。
「……ゆっくりね」
「はい」
ゆっくり入れた。裕美さんの中はさっき指を入れた時より熱くて、ぬるぬるで、すっと奥まで入った。
「んっ……あぁ……っ」
「……裕美さん、すごい、中……」
全部入った時、裕美さんが両手で俺の背中を掴んだ。爪が食い込むのが分かった。
「動いて……いい、よ……っ」
ゆっくり腰を動かした。中がぬるぬるなのに、きゅっきゅっと吸い付くような感覚がすごかった。
(やばい、これは本当にやばい。気持ちよすぎる)
裕美さんが俺の耳元で息を荒げている。その熱い吐息が耳にかかるたびに、腰が勝手に速くなる。
「あっ、あっ、あっ……そこ……そこ当たってる……っ」
奥のほうの壁に先端が当たるらしく、裕美さんが急に声のトーンが変わった。腰を少し角度を変えて、そこを狙うように突くと、裕美さんの目がぎゅっと閉じた。
「だめっ、そこばっかり突かれたらっ……すぐイっちゃう……っ」
「イっていいですよ」
「やだ、もうちょっと……もうちょっとこのまま……っ」
(この人、セックスが好きなんだな)
それをずっと我慢させられてたのかと思うと、なんか変な感情が湧いた。怒りとも同情とも違う、もっと根っこのところにある、雄としての何か。
裕美さんの脚を肩に乗せて、深く突いた。
「ひっ……あぁあっ……そんなの、奥まで……っ」
パンパン、と腰がぶつかる音がした。裕美さんが枕を掴んで、顔を横に向けた。
「顔、見せて」
「やだ……すごい顔してるから……」
「見たいです」
裕美さんがゆっくりこっちを向いた。目が潤んでいて、口が半開きで、髪が額に張り付いている。
めちゃくちゃ色っぽかった。
「……すごいエロいです、裕美さん」
「そんなこと……言わないでっ……あっ」
「綺麗です。ほんとに」
「……っ」
裕美さんの目から涙がこぼれた。でも今度は悲しくて泣いてるんじゃないと思った。たぶん。
裕美さんが俺の首を引き寄せてキスしてきた。腰は止めずに、キスしながら突き続けた。
「んっ……んんっ……拓也さ……イきそ……っ」
「俺も……もう限界……」
「一緒に……っ」
裕美さんの中がきゅーっと締まって、体がびくんと大きく跳ねた。
それに引きずられるように、俺もイった。ゴムの中に出しながら、裕美さんを抱きしめた。
「はぁっ……はぁっ……」
「はぁ……」
しばらくそのまま動けなかった。
抜いた後、ゴムを処理してティッシュで拭いて、また裕美さんの隣に横になった。
「……ねえ、拓也さん」
「はい」
「もう一回……してもいい?」
正直、1回目で結構出し切った感があったんですけど、裕美さんの声がすごく小さくて、でも確かに「したい」と言っていて、なんかもう断るとかいう選択肢がなかった。
「……はい」
2回目は裕美さんが上に乗った。
座位で向かい合って、裕美さんが自分でゆっくり腰を動かした。1回目より力が抜けていて、裕美さんの顔がすぐ近くにある。
「んっ……あぁ……自分で動くの……久しぶり……」
「気持ちいいですか」
「うん……すごく……」
裕美さんが額を俺の肩に押し付けて、小さく腰を揺らしている。さっきより甘えるような動きで、声も抑え気味だけど、その分なんかリアルだった。
1回目の時は「セックスしてる」感じだったけど、2回目はもう少し違った。なんて言えばいいか分からないけど、裕美さんが気持ちよくなるためだけに動いている、みたいな。
(あ、この人、今すごく幸せそうな顔してる)
そう思ったら、なんか胸がぎゅっとした。こんな顔させてもらっていいのか俺が、みたいな。
「拓也さん……好き……」
ぼそっと言われた。酒と雰囲気と、色んなものが混ざった「好き」だと思う。でも、嘘じゃなかった気がする。少なくとも、あの瞬間は。
「……俺も」
これも、嘘じゃなかった。
2回目は裕美さんが先にイって、そのあと正常位に戻して俺もイった。裕美さんは「中に出して」とは言わなかったし、俺もちゃんとゴムはしていた。そこだけは、なぜか冷静だった。
全部終わって、シャワーを一緒に浴びた。裕美さんの背中を洗いながら、肩甲骨のあたりにホクロが3つあるのを見つけた。なんかそういう小さいことだけ、やたらと覚えている。
ベッドに戻って、裕美さんは俺の腕を枕にして横になった。
「……明日、ホテル探さなきゃ」
「急がなくていいですよ。しばらくここにいても」
「……迷惑じゃない?」
「全然。ていうか、出て行かれるほうが心配です」
「……ふふ。拓也さんって、そういうとこだよね」
「どういうとこですか」
「なんか……ずるい」
裕美さんはそう言って、俺の胸に顔を埋めて寝た。
結局、裕美さんは3日間うちにいた。
月曜に旦那さんと電話で話して、とりあえず実家に帰ることになった。荷物を取りに203号室に戻る時、俺も一応廊下で待機していた。30分くらいで段ボール2つ分の荷物を持って出てきた裕美さんは、もう泣いていなかった。
翌日、溝の口の駅で新幹線に乗り換えるために東京駅へ向かう裕美さんを見送った。
「拓也さん、本当にありがとう。あの夜のこと、一生忘れない」
「俺も忘れないです」
「……LINE、たまに送ってもいい?」
「もちろん」
改札の前で、裕美さんは少し迷うような顔をして、それから俺の頬に軽くキスをした。周りの人がちょっとこっちを見た気がしたけど、どうでもよかった。
裕美さんが改札の向こうに消えるまで見送った。
その後、LINEは2ヶ月くらい続いた。最初は毎日のように来て、だんだん頻度が減って、秋頃には月に1回くらいになった。広島で実家の近くの会社に再就職したこと、離婚の手続きを進めていること、新しい部屋を見つけたことを教えてくれた。
最後のLINEは、12月の終わり頃だった。
「拓也さん、元気ですか? こっちはもう雪が降りました。色々落ち着いてきたよ。あの夜のこと、時々思い出します。ありがとう。」
俺は「元気です。こっちは寒いけど雪はまだです。裕美さんも元気でいてください」と返した。
既読がついて、それっきり。
たぶん、これでよかったんだと思う。
あの夜、俺がしたことが正しかったのかどうか、今でも分からない。弱ってる人妻に手を出した最低な男だと言われたら、その通りだと思う。
でも、あの深夜のコインランドリーで泣いていた裕美さんを見て、声をかけなかった自分を想像すると、そっちのほうがずっと嫌だ。
溝の口のあのマンションには今もう住んでいないけど、コインランドリーの前を通るたびに、缶コーヒーを両手で包むように持っていた裕美さんの手を思い出す。
203号室には今、別の人が住んでいるらしい。