引っ越したアパートの隣の人妻が、回覧板を届けにくるたびに上がり込んで帰らなくなった

26歳、メーカーの営業です。去年の10月に東京から静岡の営業所に転勤になって、焼津のアパートに越してきました。

築25年、2DKで家賃4万8千円。駅から徒歩18分。周りは住宅街で、コンビニまで歩いて7分。正直、東京の感覚だと「ここに住むのか…」って気持ちだったけど、まあ家賃補助もあるし、車も支給されるし、贅沢は言えない。

引っ越して3日目の夜、チャイムが鳴った。

ドアを開けたら、隣の部屋の女性が立っていた。

第一印象は「篠原涼子の若い頃に似てるな」だった。身長は163くらい。髪はダークブラウンのセミロングで、すっぴんっぽいのに目元がくっきりしてる。白いカットソーにデニムのワイドパンツ。左手の薬指に指輪。

「こんばんは、隣の者です。回覧板なんですけど…あ、お引っ越しされたばかりですよね?」

「あ、はい。先週越してきました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。えっと、このアパート、一応回覧板が回ってくるので、見たら次のお部屋に回していただければ」

回覧板。令和の時代にまだあるのか、と思ったけど口には出さなかった。

「わかりました。次って…」

「203号室です。階段上がって右の角部屋。おじいちゃんが住んでるので、ポストに入れとけば大丈夫ですよ」

それだけの会話だった。でも、彼女が去り際に見せた笑顔がやけに印象に残った。東京にいた頃、隣の部屋の住人の顔すら知らなかった俺からすると、こういうのは新鮮だった。

(でもまあ、人妻だしな…)

それから1週間後、またチャイムが鳴った。

「すみません、またー。ゴミ出しの曜日、変わったみたいで…プリント持ってきました」

「あ、ありがとうございます。助かります」

「慣れました?このへん」

「いや全然…。会社と家の往復で、休みの日は寝てるだけっすね」

「あはは、もったいない。焼津、魚美味しいですよ?駅前の『かどや』ってお店、マグロ丼が800円で最高なので」

「800円…メモっときます」

「あ、ていうか、いつもこの時間にいます?」

「平日は大体8時くらいには帰ってますけど…」

「そっかそっか。じゃあまた何かあったら持ってきますね」

何かってなんだよ、と思ったけど、まあ親切な人だなくらいの認識だった。

3回目は、その翌週の水曜日だった。今度は町内の防災訓練の案内。

「これ、出なくても全然いいんですけど一応」

「毎回届けてもらってすみません。ポストに入れといてもらっても…」

「あー…いや、ちゃんと渡したほうがいいかなって」

そう言いながら、玄関から部屋の中をちらっと見た。

「…めちゃくちゃ物少ないですね」

「必要最低限しか持ってこなかったんで」

「自炊とかしてます?」

「……コンビニと松屋です」

「えーっ!だめですよそれ」

(いや、だめって言われても…)

このあたりから、彼女が来る頻度が上がった。週1が週2になり、持ってくる理由もだんだん苦しくなっていった。「防犯パトロールの当番表」「アパートの消防点検の日程」「近所のスーパーの特売チラシ」。最後のやつはもう完全に理由になってない。

でも、俺も正直嫌じゃなかった。転勤してきて知り合いゼロ。営業所の同僚は既婚者ばっかりで、飲みに行く相手もいない。帰ってきてドアを開けても真っ暗な部屋があるだけ。そこに週2で誰かが来てくれるのは、素直にありがたかった。

(ただまあ、相手は人妻なんだよな…)

11月の終わり頃、いつものようにチャイムが鳴って、ドアを開けたら彼女が両手に紙袋を持って立っていた。

「おすそ分けです。旦那の実家から柿が届いたんですけど、二人じゃ食べきれなくて」

「え、いいんですか?ありがとうございます」

「ていうか今日寒くないですか?暖房つけてます?」

「いや、まだ11月だし…」

「静岡なめてるでしょ。海沿いは風が冷たいんですよ。ちょっと上がっていいですか?エアコンの設定見てあげる」

断る理由もなかったし、そのまま上がってもらった。

彼女はエアコンのリモコンをいじりながら「暖房22度、風向き下、これが正解」とか言っていて、なんか母親みたいだなと思った。

「ここ座っていいですか」

ダイニングテーブルの椅子に座って、なぜか帰る気配がない。

「コーヒーでも飲みます?インスタントしかないけど」

「やった。いただきます」

コーヒーを出したら、30分くらい普通に雑談した。彼女の名前がユカさんだと、このとき初めてちゃんと知った。32歳。旦那さんは長距離トラックの運転手で、週の半分は家にいないらしい。子供はいない。

「だから夜ひまなんですよね。テレビ見てても一人だと飽きるし」

「それは…まあわかります」

「でしょ?だから最近ここに来るのがちょっと楽しみになっちゃって」

さらっと言われたその言葉に、どう返していいかわからなかった。

(…楽しみ? 俺に会うのが?)

いや、深い意味はないだろう。暇だから話し相手が欲しいだけだ。そう思うことにした。

12月に入った。ユカさんの訪問は完全に定例化していて、水曜と金曜の夜8時頃、チャイムが鳴る。回覧板とか建前はもうなくて、「コーヒー飲みに来た」と言って上がってくる。

俺もマグカップを2つ出しておくようになっていた。

ある金曜の夜、ユカさんがいつもよりテンションが低かった。

「どうしたんですか、今日」

「……旦那とちょっとね」

「あー…」

「ケンカっていうか…。帰ってきても何も話さないんですよ。ご飯食べて、風呂入って、寝る。休みの日はパチンコ。私って何なんだろうなって」

「それは…きついっすね」

「きついですよ。結婚して4年なんですけど、最近はもう同居人みたいな感じで」

コーヒーを飲みながら、ユカさんは少し目を赤くしていた。

(これ、俺が聞いていい話なのか…?)

そう思ったけど、話を遮る気にもなれなかった。

「ごめん、こんな話して。帰りますね」

「いえ、全然。いつでも来てください」

ユカさんが帰ったあと、しばらくぼーっとしていた。

(あの人に会うのが、俺も楽しみになってるんだよな…)

まずい。まずいぞ、これは。相手は人妻だ。隣に住んでる人妻。旦那がいる女の人。どう考えても踏み込んじゃいけない場所だ。

でも、水曜日が来るのが待ち遠しい自分がいて、それを止められなかった。

12月の第3週、金曜日。ユカさんが来たとき、缶ビールを2本持っていた。

「今日、飲んでいいですか?」

「もちろん」

いつものダイニングテーブルで、ビールを飲んだ。俺も冷蔵庫からストロングゼロを出した。

2本目に入ったあたりで、ユカさんの顔が赤くなってきた。

「ねえ、聞いていい?」

「なんですか」

「彼女いないんでしょ?」

「…いないですね。転勤してから出会いもないし」

「もったいないなー。若いのに」

「26ってそんな若くないですよ」

「32からしたらめちゃくちゃ若いですよ」

ユカさんがこっちを見る目が、いつもと少し違った。酔ってるからかもしれない。でも、なんか熱を帯びてるように見えた。

「……私がさ、毎回ここに来る理由、わかってる?」

「……回覧板、ですよね」

「最初の2回くらいはね」

沈黙が落ちた。エアコンの送風音だけが聞こえる。

(わかってたよ。わかってたけど、認めたらまずいから気づかないフリしてたんだよ…)

「迷惑だったら言ってね。もう来ないから」

「迷惑じゃないです」

即答していた。

「…」

「迷惑じゃないから困ってるんです、俺は」

我ながら最悪な返しだと思った。でも正直な気持ちだった。

ユカさんが立ち上がって、俺の隣に来た。テーブルの角を回って、すぐ横に座った。太ももが触れるくらいの距離。

「困ってるの…?」

「困ってます。だって、ユカさん結婚してるじゃないですか」

「そうだね…」

「だから俺は何もしないですよ。できない」

「うん…」

ユカさんが俺の肩に頭を預けてきた。シャンプーの匂いがした。柑橘系の、なんか良い匂い。

「…じゃあ私からする」

唇が塞がれた。

ビールの味がした。柔らかくて、少し震えていた。

3秒くらいで離れて、ユカさんが俺の顔を見た。

「……ごめん」

「……」

「やっぱ帰る。ごめんね、忘れて」

立ち上がろうとしたユカさんの手首を、掴んでいた。

(何やってんだ俺…離せよ…)

頭ではわかってる。でも手が言うことを聞かない。

「帰んないでください」

「……え」

「忘れられないです、今の」

ユカさんの目が揺れた。それから、ゆっくり座り直した。

2回目のキスは、さっきより長かった。唇を合わせたまま、ユカさんの背中に手を回した。華奢だった。見た目よりずっと細くて、抱きしめたら壊れそうだと思った。

「ん…っ」

舌が触れた。ユカさんの方から入れてきた。アルコールで火照った体温が伝わってくる。

「ユカさん…」

「…名前で呼ばないで。余計どうにかなりそう」

(どうにかなりそうなのはこっちなんだけど…)

キスしながらソファに移動した。ユカさんが俺の上に座る形になって、正面から抱き合った。

カットソーの上から胸に触れた。想像してたよりずっと大きかった。

「…すごい柔らかい」

「やだ…触んないでよ…」

口ではそう言いながら、離れようとしない。むしろ体を押し付けてくる。

「嫌なら離れてください」

「……嫌じゃないから困ってるの。あなたと同じ」

カットソーの裾から手を入れた。素肌は温かくて、少し汗ばんでいた。背中を撫でると、ユカさんが小さく震えた。

「久しぶりに…触られた…」

その声が切なくて、胸が痛くなった。

ブラのホックを外した。ユカさんが腕を上げて、自分でカットソーを脱いだ。白いブラが外れて、Eカップはありそうな胸が現れた。形が綺麗で、32歳とは思えないくらい張りがあった。

「きれい…」

「お世辞でしょ…垂れてきてるし…」

「どこが」

胸を揉みながら乳首を舐めると、ユカさんの体がびくっと跳ねた。

「あっ…そこ弱い…っ」

「ここ?」

「ん…っ、やだ…声出ちゃう…」

(アパートの壁薄いからな…でもそれ言ったら雰囲気壊れるよな…)

ユカさんを横に寝かせて、デニムのボタンを外した。ユカさんが自分でファスナーを下ろして、腰を浮かせた。

下着は黒のレースだった。それを見た瞬間、(あ、この人、今日こうなるって思って来たのかもしれない)と思った。

「…この下着、今日のために?」

「ばか…たまたまだよ…」

目を逸らしたのが答えだった。

下着の上から触ると、もう濡れていた。

「あ…っ、ちょっと…恥ずかしい…」

「もうこんなになってる」

「だって…2ヶ月近くこうなるの我慢してたんだから…」

2ヶ月。つまり、最初に会ったときからってことだ。

下着をずらして直接触った。指を滑らせると、ぬるっとした感触が指を包んだ。クリトリスを親指で円を描くように触ると、ユカさんの腰がくねった。

「んっ…あ…そこ…いい…」

指を1本入れた。中は熱くて、きゅっと締まった。

「あっ…っ、指…もう1本…」

2本入れて、ゆっくり動かした。親指でクリを触りながら中を掻くと、ユカさんが俺のTシャツを掴んだ。

「やば…っ、久しぶりすぎて…すぐイきそう…」

「いいよ、イって」

「あっ…あっ…んんっ…!」

ユカさんの中が、きゅうっと指を締めた。太ももが震えて、腰が浮いた。俺の手を掴んだまま、しばらく目をぎゅっとつぶっていた。

「はぁ…はぁ…」

「…大丈夫ですか」

「大丈夫じゃない…。指だけでイくとか恥ずかしすぎる…」

顔を両手で覆うユカさんが、なんか可愛くて笑ってしまった。

「笑わないでよ…」

「ごめん。…でも、ここで止めたほうがいいですよね」

我に返ってそう言った。言わなきゃいけないと思った。ここから先に進んだら、もう戻れない。

ユカさんが手を顔から離して、俺を見た。

「……止めてほしい?」

「止めてほしくない。でも…」

「私は止めたくない」

ユカさんが起き上がって、俺のTシャツを掴んで引っ張った。

「脱いで」

有無を言わさない口調だった。

Tシャツを脱いだ。ユカさんが俺のズボンのベルトを外しにかかった。手が少し震えていた。

「ゴム…ある?」

「ある…けど、ほんとにいいの?」

「いいから早く持ってきて」

洗面台の下の引き出しからゴムを取ってきた。引っ越しのときにとりあえず買っておいたやつで、まさかこういう使い方をするとは思ってなかった。

ソファに戻ると、ユカさんが下着も全部脱いで待っていた。薄暗いリビングの照明に照らされた裸体が信じられないくらいきれいで、数秒固まった。

「…そんなに見ないでよ」

「見るでしょ、普通に」

ゴムをつけて、ユカさんの上に覆いかぶさった。

入り口に先端を当てると、ユカさんが俺の背中に腕を回した。

「入れるよ…」

「ん…来て…」

ゆっくり腰を進めた。ゴム越しでも中の熱さが伝わってきた。奥まで入れると、ユカさんが息を吐いた。

「あ…っ、おっきい…」

「痛くない?」

「痛くない…。むしろ…すごい…」

ゆっくり動き始めた。ソファが軋む音が部屋に響いて、(やっぱ壁薄いよな…大丈夫かな…)と思ったけど、もう止められなかった。

「ん…っ、あ…いい…っ」

ユカさんが俺の首に腕を回して、耳元で囁いた。

「もっと…奥まで…」

腰を深く打ちつけると、ユカさんの声が大きくなった。

「あっ…あっ…やば…っ」

「声、大きい…隣聞こえるかも…」

「隣は私の部屋だから…大丈夫…っ」

そうだった。このアパート、隣はユカさんの部屋だ。反対隣は空室。つまり聞こえる心配はほぼない。

そう思ったら遠慮がなくなって、腰の動きが速くなった。

「あんっ…!そこ…気持ちいい…っ!」

ユカさんの脚が俺の腰に絡みついた。爪が背中に食い込む。

「ユカさん…俺もう…」

「私も…もうすぐ…一緒にイこ…?」

最後に深く突いて、ユカさんの中がぎゅっと締まった瞬間に達した。ゴムの中に全部出しながら、ユカさんの体を強く抱きしめた。

「ん…んんっ…!」

「はぁ…っ…」

しばらく二人とも動けなかった。汗でべたべたの体を重ねたまま、天井を見ていた。

エアコンの音だけがする部屋で、ユカさんが小さく言った。

「…ねえ」

「ん」

「私、最低だよね」

「それ言ったら俺も最低ですよ」

「そうだね…二人とも最低だ」

少し笑ってから、ユカさんが俺の胸に顔を埋めた。

「でも…後悔してない」

「…俺も」

それから30分くらい、裸のままソファで抱き合っていた。ユカさんが急に起き上がって時計を見た。

「やば、11時過ぎてる…帰らなきゃ」

「旦那さんは?」

「明日の朝帰ってくる。だから…」

服を着ながら、ユカさんが少し寂しそうな顔をした。

「…また来ていい?」

「来てほしいです」

「回覧板、持ってくるね」

「もう回覧板じゃなくていいでしょ」

「ふふ…そうだね」

玄関で靴を履きながら、ユカさんが振り返った。

「ねえ。さっきの『ユカさん』って呼ぶの、やめていいよ。ユカでいい」

「…ユカ」

「うん。おやすみ」

ドアが閉まった。隣の部屋のドアが開いて、閉まる音が壁越しに聞こえた。

(俺、とんでもないことしたな…)

罪悪感と、もう一回会いたいっていう気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。

それから、ユカさんは旦那さんが出張の夜に俺の部屋に来るようになった。週2が週3になった。

2回目はベッドでした。ユカさんが上に乗って、自分で腰を動かした。髪が揺れて、上から見下ろされて、(この人ほんとに綺麗だな…)と、情けないけどそれしか考えられなかった。

3回目は風呂場で、4回目は朝、ユカさんがそのまま泊まった日の寝起きで。

回を重ねるごとに、ユカさんは遠慮がなくなっていった。最初は声を抑えていたのに、だんだん素の声が出るようになった。甘えた声で名前を呼ばれると、理性が全部飛んだ。

年が明けて1月。ユカさんが泊まった朝、俺の布団の中で言った。

「…旦那にバレてるかも」

「え」

「昨日、なんか変だった。帰ってきたとき、私の顔じっと見て…何も言わないで寝室行った」

心臓が跳ねた。

「…まずくないですか」

「まずいよ。まずいけど…」

ユカさんが布団の中で俺の手を握った。

「もう止められない」

その日からしばらく、ユカさんは来なかった。3日、4日、5日。チャイムが鳴らない夜が続いた。LINEも既読がつかない。

(バレたのかもしれない。旦那に怒られてるのかもしれない。殴られてたらどうしよう…)

6日目の夜、我慢できなくなって隣の部屋のドアをノックした。

出てきたのはユカさんだった。顔色が悪かった。

「…ごめん。ちょっと話があるの」

ユカさんの部屋に初めて入った。旦那さんは出張中だった。

リビングに座って、ユカさんが言った。

「離婚するかもしれない」

「え…」

「旦那から言われた。最近おかしいって。誰かいるのかって」

「それで…」

「正直に言った。好きな人がいるって」

(マジかよ…)

「名前は…」

「言ってない。でも隣の部屋って気づいてると思う。私が出かける方向でわかるだろうし」

しばらく、何も言えなかった。

「ねえ。私のこと、どう思ってる?」

「……好きです。ずっと好きでした」

初めてちゃんと言った。言えた。

ユカさんの目から涙がこぼれた。

「私も好き。回覧板持ってった日から、ずっと」

泣きながら笑ってるユカさんを抱きしめた。この先どうなるかわからない。旦那さんに殴られるかもしれない。慰謝料請求されるかもしれない。でも、この人を手放したくないと思った。

その夜、ユカさんの部屋で抱き合った。ユカさんのベッドで、旦那さんが寝ていたベッドで。最低だとわかっていた。でもユカさんが「ここがいい」と言った。

ゴムをつけようとしたら、ユカさんが手を止めた。

「…今日はなしでいい」

「でも…」

「いいの。全部受け止めたい」

生で入れた瞬間、ユカさんが泣いた。気持ちいいのとは違う涙だった。

ゆっくり、丁寧に動いた。ユカさんの頬を伝う涙を指で拭いながら、何回もキスした。

「好き…好きだよ…」

「俺も…ユカ…」

最後は奥で出した。ユカさんが俺の背中を抱いて、しばらく離さなかった。

終わったあと、二人で天井を見ていた。

「…これからどうなるかな」

「わかんないです。でも、逃げないから」

「…うん」

あれから半年経った。ユカさんは離婚の調停中で、俺は焼津のアパートにまだ住んでいる。

隣の部屋のチャイムが鳴ることはもうない。代わりに、壁を3回ノックする音がする。ユカさんの合図。「今から行っていい?」の意味。

回覧板はとっくに電子化された。


編集部プロフィール画像

編集部が運営。「あの夜」で読める恋の体験談を厳選して公開しています。