これは去年の夏の話です。
俺は翔、24歳。横浜の家電量販店の修理部門で働いてます。大学中退してから何となく入った会社で、気づいたら3年目。別にやりたいことがあったわけじゃなく、手先が器用だったのと、人の家に上がっても緊張しないタイプだったのがたまたまハマった感じです。
顔は…まあ普通です。よく言えば清潔感はある方。身長172で体重は62キロ。髪型だけはちゃんとしてるけど、道ですれ違って振り返られるような男では絶対ない。合コンに行っても「いい人だよね」で終わるタイプ。つまりモテない。彼女いない歴1年半。
で、その日は7月の頭で、朝から修理依頼が立て込んでました。横浜の根岸線沿いで何件か回って、最後が本郷台のマンションだった。エアコンの効きが悪いって依頼。よくある話です。
インターホン押したら、出てきたのが――すみません、ちょっと言葉に詰まるくらいの人だったんですよ。
歳は30代前半くらい。あとで聞いたら34歳。身長は163くらいで、橋本環奈を大人っぽくしたような顔立ち。目がくりっとしてるのに、どこか疲れたような影があって、そのギャップがやばかった。白いTシャツにデニムのショートパンツっていうラフな格好だったんだけど、スタイルがよくて目のやり場に困った。胸はたぶんEくらいあったと思う。Tシャツの上からでもわかるくらい。
「あ、修理のご依頼いただいた件で伺いました」
「あ、はい。すみません、こんな暑い日に…。どうぞ」
部屋に通されて、リビングのエアコンを見た。築15年くらいのマンションで、エアコンもそれなりに古い。フィルター外して中を見たら、案の定ガスが抜けてた。
「ガス補充すれば直ると思います。30分くらいかかりますけど大丈夫ですか」
「全然大丈夫です。あの、冷たいもの飲みます?」
「あ、いただきます。ありがとうございます」
麦茶を持ってきてくれて、ダイニングテーブルに置いてくれた。俺が作業してる間、彼女はキッチンで何か片付けものをしてた。
ふと気づいたのが、リビングに子供のおもちゃが少しだけ残ってたこと。でも子供の気配はない。壁に家族写真もない。棚の上に写真立てが置いてあったけど、中身は入ってなかった。
(あ、これは…そういうことか)
修理自体はすぐ終わった。ガス補充して試運転して、冷えるのを確認して完了。
「はい、これで大丈夫です。また効きが悪くなったらご連絡ください」
「ありがとうございます。あの…ちょっと聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょう」
「洗濯機もちょっと調子悪くて…。脱水の時にガタガタすごい音がするんです」
「見てみましょうか」
洗面所に案内されて洗濯機を見た。防振ゴムがへたってるだけだった。その場で調整して、部品は後日届けますと伝えた。
「すみません、ついでにお願いしちゃって」
「いえ、全然。仕事ですから」
「…一人だと、こういうの誰に聞けばいいかわからなくて」
その言い方で確信した。この人、一人で暮らしてるんだ。
帰り際、玄関で靴を履いてたら彼女が言った。
「あの、また何かあったらお願いしてもいいですか。指名とかってできるんですか」
「あー、一応エリア担当なんで、このへんだったら多分俺が来ると思います」
「そうなんですか。よかった」
ほっとしたように笑った顔が、すごく印象に残った。
それから2週間後、また依頼が入った。今度はキッチンの換気扇。行ったら前と同じ人で、名前は奈緒さんだとわかった。
換気扇はモーターの軸がずれてるだけだった。15分で直った。正直、素人でもYouTube見ればできるレベルの修理。でもそんなこと言わなかった。
「すぐ終わっちゃいましたね。申し訳ないです」
「いえ、早く直る方がいいですよ」
「…お昼まだですか?よかったらそうめん作ったんですけど」
時計を見たら13時過ぎ。次の予定まで1時間ある。
「いいんですか。じゃあお言葉に甘えて」
ダイニングテーブルで向かい合ってそうめんを食べた。みょうがと大葉がちゃんと刻んであって、つゆも手作りっぽかった。
「めちゃくちゃ美味いです、これ」
「ほんとに?よかった。最近作っても食べるの自分だけだから」
「あ…お一人なんですか」
「…うん。今年の春に別居して。子供は向こうが引き取って」
さらっと言ったけど、箸を持つ手が少し震えてた。
「すみません、変なこと聞いて」
「ううん。隠してるわけじゃないし。…なんか翔くんには話しやすいんだよね」
いつの間にか翔くん呼びになってた。俺も自然と「奈緒さん」と呼ぶようになった。
3回目は8月の頭。給湯器のリモコンの表示がおかしいって連絡。行ったら電池切れだった。
さすがに俺でも思った。(これ、修理じゃないよな…)
でも奈緒さんは申し訳なさそうにしてて、それがまた放っておけなくて。
「電池、予備置いときますね。CR2032ってやつです。100均で売ってるんで」
「ありがとう…。ほんとに何も知らなくて恥ずかしい」
「いや、知らなくて当然ですよ。俺だって仕事じゃなかったら知らないこと多いですし」
その日もお茶を出してくれて、少し話した。奈緒さんは元々パート勤めだったけど、別居してからフルタイムに切り替えたらしい。近所のドラッグストアで朝9時から18時まで。
「稼がないといけないし、でも一人だと家に帰ってきても誰もいないし。なんか、家電が壊れてくれた方が人と話せるから嬉しいって思っちゃって…。最低だよね」
「全然最低じゃないですよ」
「…ありがとう」
泣きそうな顔で笑われて、胸がぎゅってなった。
(やばいな、これ。俺、この人のこと気になってきてる)
10歳上で、しかもまだ正式には離婚してない人。冷静に考えたら手を出していい相手じゃない。でも理屈じゃないんだよな、こういうの。
4回目は修理じゃなかった。奈緒さんからLINEが来たのだ。3回目の時に「何かあったらここに」って名刺を渡してたんだけど、そこに書いてた個人のLINEに連絡が来た。
「お盆、翔くんはお休みですか?」
8月13日。確かに休みだった。
「休みですよ。何か壊れました?笑」
「壊れてないけど…。もしよかったら、ご飯食べに行きません?」
心臓がドクンってなった。
(え、誘われてる…?いや、ただの食事だよな。寂しいだけだよな)
そう自分に言い聞かせながら、速攻で「行きます」って返した。
待ち合わせは本郷台駅の改札前。18時。
奈緒さんが来た時、一瞬誰かわからなかった。いつもTシャツとショートパンツなのに、その日は紺のワンピースで髪も巻いてた。薄い化粧で唇だけちょっとだけ赤くて。
(やばい、めちゃくちゃ綺麗だ)
「変じゃない?なんか張り切りすぎた感じする…」
「いや、全然。すごい似合ってます」
「ほんと?久しぶりにちゃんとした服着たから」
大船の居酒屋に入った。個室の座敷で、生ビールで乾杯した。
最初は家電の話とか仕事の愚痴とか、当たり障りのない話をしてた。でもビール2杯目くらいから、奈緒さんの口数が増えた。
「旦那とはね、7年一緒にいたの。子供が3歳の時に別居したんだけど」
「…何があったんですか。言いたくなかったら全然いいですけど」
「翔くんには言えるかな。…浮気。相手は旦那の会社の後輩で、23歳の子だった」
「…」
(23歳って、俺と同い年じゃん…)
「だから正直ね、最初は翔くんのこと警戒してたの。同じくらいの歳でしょ?若い男の人って軽そうだなって」
「あー…まあ、そう思われても仕方ないですよね」
「でも翔くんは違った。毎回ちゃんと靴揃えて上がるし、作業終わったら床拭いてくれるし。何回来ても距離感変えないし」
「それは仕事ですから…」
「仕事だとしても、そういう人はそういう人なんだよ」
奈緒さんの目が潤んでて、俺は何も言えなくなった。
「もう一軒行こう」って奈緒さんが言い出して、大船駅の反対側にあるバーに入った。カウンターの隅で隣同士に座って、ハイボールを飲んだ。
「ねえ、翔くんは彼女いるの?」
「いないです。1年半くらい」
「うそ、もったいない」
「もったいないことないですよ。モテないんで」
「そんなことないと思うけどなぁ」
奈緒さんが少し身を寄せてきた。肩が触れた。バーの照明が暗くて、横顔がすごく色っぽかった。
「…翔くんさ、私みたいなおばさんに誘われて迷惑じゃなかった?」
「おばさんって…。全然そんなこと思ってないです」
「お世辞でも嬉しい」
「お世辞じゃないです。正直に言っていいですか」
「…うん」
「初めて修理に行った時から、めちゃくちゃ気になってました」
奈緒さんが目を見開いて、それからふっと笑った。
「…ずるいよ、そういうの」
「すみません」
「謝んないでよ…」
しばらく黙ってハイボールを飲んでた。奈緒さんの耳が赤くなってるのがわかった。
「…ねえ、今日帰りたくない」
「え」
「一人の部屋に帰りたくない。…翔くんの家、行っちゃだめ?」
(まずい。まずいけど、断れるわけがない)
「…いいですよ。散らかってますけど」
タクシーで俺のアパートに向かった。港南台の1Kで、家賃6万3千円の築20年。一人暮らしの男の部屋にしては片付いてる方だと思う。たぶん。
「あ、意外と綺麗」
「意外とって何ですか」
「ふふ、ごめん」
缶ビールを出して、床に座って飲んだ。ベッドの横の狭いスペースで、膝がくっつくくらいの距離。
奈緒さんが缶を置いて、俺の顔をじっと見た。
「翔くん」
「はい」
「…私ね、まだ離婚してないの」
心臓が止まるかと思った。
「え…」
「別居はしてるけど、書類はまだ出してない。旦那がハンコ押してくれなくて」
「…」
「だから、こういうことしたら…不倫になるんだよね、法律的には」
奈緒さんの声が震えてた。
「…わかってて、俺を誘ったんですか」
「…ごめん。帰った方がいいよね。やっぱり」
奈緒さんが立ち上がろうとした。俺は手を掴んだ。自分でも驚いた。
「帰さないです」
「…え」
「法律がどうとか、正直今はどうでもいいです。…奈緒さんが帰りたくないって言ったから、俺も帰してたくない」
日本語おかしかったと思う。でも奈緒さんは笑わなかった。目から涙がぽろっとこぼれて、そのまま俺の胸に顔を埋めた。
「…ずっと、誰かにそう言ってほしかった」
髪からシャンプーのいい匂いがした。背中に手を回したら、奈緒さんの体が小刻みに震えてた。しばらくそのまま抱きしめてた。
顔を上げた奈緒さんと目が合って、自然にキスした。唇が柔らかくて、ビールの味がした。
最初は軽いキスだったのに、だんだん深くなっていった。奈緒さんの舌が入ってきて、俺も応えた。息が荒くなって、手が勝手にワンピースの上から胸に触れた。
「ん…っ」
奈緒さんの小さい声が耳に入って、頭がぐわんってなった。
「奈緒さん…ベッド、行っていいですか」
「…うん」
狭いベッドに二人で倒れ込んだ。ワンピースのファスナーを下ろすと、白いブラが見えた。華奢な鎖骨と、ブラからはみ出そうなくらいの胸。
ブラを外したら、予想以上だった。形が綺麗で、乳首がうっすらピンクで。34歳ってこういう体してんのかって、馬鹿みたいなこと考えてた。
「…すごい綺麗」
「やめてよ、恥ずかしい…。産んでるし、垂れてるよ」
「全然垂れてない。嘘じゃないです」
胸を触ったら柔らかくて、手に吸いつくような感触だった。乳首を指で転がしたら、奈緒さんが目を閉じて小さく声を出した。
「あ…っ、そこ弱い…」
舌で乳首を舐めると、奈緒さんの体がびくってなった。片方を舐めながらもう片方を揉む。奈緒さんが俺の頭を抱え込むようにして、指が髪に絡んだ。
「翔くん…ん…っ、久しぶりすぎて…もうだめ…」
(久しぶりって、どのくらいだろう。別居してから半年か…)
パンツに手を入れたら、もう濡れてた。指でそっと触れたら腰がぴくってなって。
「ここ…触っていいですか」
「…うん。触って…」
クリを指の腹で優しく撫でた。奈緒さんが息を吸い込んで、太ももがきゅっと閉じた。でもすぐに力が抜けて、自分から足を開いてくれた。
指を中に入れたら、ぬるっとした感触とともに奈緒さんが声を漏らした。
「あっ…ん…っ、奥…」
ゆっくり動かしながら、もう片方の手で胸を触り続けた。奈緒さんの呼吸がどんどん荒くなって、シーツを掴む手に力が入ってた。
「やば…翔くん、上手…っ」
「気持ちいいですか」
「うん…っ、気持ちいい…。こんなにちゃんと触ってもらったの久しぶり…っ」
指の動きを速くしたら、奈緒さんの声が大きくなった。腰が浮いて、俺の手首を両手で掴んだ。
「あっ、あっ、だめ…っ、イっちゃう…っ」
体がびくびくって震えて、中がきゅーって締まった。
「はぁ…はぁ…っ」
イったあとの奈緒さんが、とろんとした目で俺を見た。
「…翔くんのも、触りたい」
俺のズボンを脱がして、下着の上から触ってきた。もうガチガチに勃ってて恥ずかしかった。
「…大きい。旦那より全然…」
「比べないでくださいよ…」
「ふふ、ごめん」
下着を下ろして直接握られた。奈緒さんの手が細くて、指が少し冷たくて、その温度差がたまらなかった。ゆっくり上下に動かされる。
「…っ、奈緒さん…」
「気持ちいい?」
「やばいです…」
奈緒さんが体をずらして、顔を近づけてきた。まさかと思ったら、先端を舌でちろっと舐められた。
「っ…!」
「…こういうの、あんまりしたことないんだけど…」
そう言いながら咥えてくれた。ぎこちないけど、歯が当たらないように気をつけてくれてるのがわかった。舌が裏筋をなぞって、頭が真っ白になりかけた。
「奈緒さん、やばい…一回止めて…」
口を離してくれた。唾液で光る唇がエロすぎた。
「入れたいです…」
「…うん」
「ゴムつけますね」
ベッドの横の引き出しからゴムを出した。買ってあってよかったと心底思った。
奈緒さんが仰向けになって、足を開いてくれた。先端を当てて、ゆっくり押し込んだ。
「あ…っ、あぁ…」
中が熱くて、ぎゅっと締まってた。久しぶりだからか、すごくきつい。
「痛くないですか」
「ううん…痛くない。気持ちいい…もっと奥まで来て…」
根元まで入れた瞬間、奈緒さんが息を止めて、それから深く息を吐いた。
「…あぁ、すごい…奥まで届いてる…」
ゆっくり腰を動かした。奈緒さんが俺の背中に手を回して、爪が軽く食い込んだ。
「んっ…あっ…翔くん…っ」
名前を呼ばれるたびに興奮が増した。ペースを上げると、奈緒さんの声も大きくなった。
「奈緒さん、中…めちゃくちゃ気持ちいい…」
「私も…っ、こんなに気持ちいいの久しぶり…っ」
奈緒さんが足を俺の腰に絡めてきた。密着度が上がって、胸が押し付けられる感触がたまらなかった。
「あっ、あっ、そこ…っ、そこ当たってる…っ」
奥の方を突くと反応が激しくなった。腰の角度を変えて同じところを狙った。
「だめっ…そこ突かれたら…っ、イっちゃう…」
「イっていいですよ」
「あっ、あぁっ…翔くんっ…!」
奈緒さんの中がぎゅうって締まって、全身が震えた。俺もそれに引きずられそうになったけど、なんとか耐えた。
「はぁ…はぁ…っ、すごかった…」
「俺、まだイってないんですけど…」
「…わかってる。翔くんもイかせてあげたい…」
奈緒さんが体を起こして、俺の上にまたがった。繋がったまま体勢が変わって、奈緒さんの胸が目の前に揺れた。
「こうやって…するの、初めてかも」
「マジですか」
「旦那と正常位しかしたことなくて…」
(元旦那、何やってたんだよ…)
奈緒さんがぎこちなく腰を動かした。慣れてないのが見ててわかったけど、一生懸命な姿がたまらなく可愛かった。
「奈緒さん…」
「気持ちいい…?ちゃんとできてる?」
「やばいです…最高…」
下から突き上げたら、奈緒さんが「あっ」って声を出して俺の胸に倒れ込んできた。そのまま腰を動かし続けた。耳元で奈緒さんの荒い息が聞こえる。
「翔くん…好き…」
不意打ちだった。胸の奥がぐわっと熱くなった。
「…俺も、好きです」
「ほんとに…?おばさんなのに…?」
「おばさんって言うの禁止です。…好きです。めちゃくちゃ」
奈緒さんが泣き笑いみたいな顔をして、キスしてきた。それで限界だった。
「奈緒さん…もう出る…っ」
「うん…っ、出して…」
腰が勝手に跳ねて、中で果てた。ゴム越しでも、奈緒さんの体温が伝わってきた気がした。
「…っ、出てるの…わかる…」
しばらく繋がったまま、抱き合ってた。奈緒さんの心臓の音が聞こえた。
抜いてゴムを外して、横に並んで天井を見た。狭いベッドで肩がくっついてた。
「…翔くん」
「はい」
「ありがとう」
「何がですか」
「…わかんない。全部」
奈緒さんが笑って、俺の腕に頭を乗せた。
「奈緒さん、今日泊まってください」
「…いいの?」
「明日休みだし。朝ごはん作りますよ。卵焼きくらいしかできないけど」
「…うん。泊まる」
奈緒さんがぎゅっと抱きついてきた。細い腕の力が思ったより強かった。
それから月に3、4回会うようになった。奈緒さんの部屋に行くこともあったし、俺の部屋に来ることもあった。
9月の終わり頃、奈緒さんから電話がかかってきた。夜の11時。声が震えてた。
「翔くん、ごめん…今から行ってもいい…?」
「どうしたんですか」
「旦那が来た…。マンションの前で待ってて。なんとか追い返したけど…怖くて…」
すぐに来てもらった。奈緒さんはパジャマの上にカーディガンを羽織っただけで、顔が真っ青だった。
話を聞くと、元旦那が離婚届にハンコを押す条件として「一回会って話がしたい」と言ってきたらしい。断ったら逆上して、マンションまで来た。
「警察に相談した方がいいんじゃないですか」
「うん…でも子供のこともあるし…大事にしたくなくて」
「奈緒さん」
「…なに」
「俺が一緒に行きますよ。次会う時」
「え…だめだよ、翔くんに迷惑かけられない」
「迷惑じゃないです。…もう他人じゃないですから」
奈緒さんが俺のTシャツを掴んで、声を殺して泣いた。その夜はずっと抱きしめてた。
10月の頭、弁護士を挟んで元旦那と会う場になった。俺も同席した。
元旦那は俺を見て明らかに動揺してた。40歳くらいで、スーツ姿の、普通のサラリーマン。自分が浮気したくせに、奈緒さんに男がいることにキレてるのは意味がわからなかった。
弁護士が間に入って、離婚届にハンコを押させた。
帰り道、奈緒さんが急に立ち止まった。
「翔くん」
「はい」
「はい、これ」
渡されたのは、銀色の鍵だった。
「うちの合鍵。…重い?」
「…全然」
鍵を握りしめたら、手が少し震えた。
10月の大船駅前、セブンイレブンの角を曲がったところで、俺は10歳上の元人妻に合鍵をもらった。黄金町の質屋で見た中古のクレドールの時計の秒針が19時42分を指してたのを、なぜか覚えてる。
あれからもうすぐ1年になる。まだ付き合ってます。奈緒さんは来月35歳になる。誕生日に何あげようか、いまだに決まってない。