これ、書くかどうかめちゃくちゃ迷ったんだけど、もう3年前のことだし、時効ってことで。
俺は当時25歳。都内の小さいSIerで働いてた。スペックは身長172、体重63、顔面偏差値は自分で言うのもアレだけど48ぐらい。要するにフツメン。いや、フツメン名乗るのすらおこがましいかもしれない。大学時代に付き合った彼女は1人だけで、それも3ヶ月で振られてる。
住んでたのは吉祥寺の北口から歩いて14分、駅から微妙に遠い築32年の木造アパート。家賃5万8千円。壁が薄いとかそういうレベルじゃなくて、隣の部屋のアラームが普通に聞こえるやつ。
で、その隣の部屋にある日、引っ越してきたのが問題の人物だった。
引っ越しの日、俺は休みで部屋でダラダラしてたんだけど、廊下がバタバタうるさくて様子を見に出た。段ボールを抱えた小柄な女の子が、階段の踊り場で座り込んでた。
「あの……すみません、隣の方ですか?」
「あ、はい。引っ越しですか」
「はい。今日からお隣になります。よろしくお願いします」
顔を上げた瞬間、(うわ)と思った。
齋藤飛鳥に似てた。いや、齋藤飛鳥ほど完成されてはいないんだけど、パーツの配置がすごく近い。小顔で、切れ長の目で、鼻筋がすっと通ってて。身長は155くらいかな。白いTシャツにデニムっていうシンプルな格好なのに、なんかオーラがあった。
段ボールを持つのを手伝って、2往復くらいしたところで彼女が言った。
「あの、もしかして……橋本さん、ですか?」
「え?」
「兄から聞いてます。吉祥寺のアパートに大学の後輩がいるって」
マジかよ、と思った。
彼女の兄は、俺が大学のサークルでめちゃくちゃ世話になった2つ上の先輩、中島さんだった。中島さんは卒業後に大阪の商社に就職してて、年に1回くらい飲む程度だったけど、まさかその妹がこのボロアパートに越してくるとは。
「中島さんの妹さん?」
「はい、中島です。今年から武蔵野の大学に通ってて」
大学1年。ってことは18歳。7つ下。
(いやいやいや、先輩の妹だぞ)
別にこの時点では何も意識してなかった。本当に。ただ隣に知り合いの妹が越してきて、ちょっと気まずいな、くらいの感覚。
問題はここからで。
引っ越し初日の夜22時、ドアがノックされた。
「すみません……鍵、中に置いたまま閉めちゃって……」
彼女は――名前は結衣って言うんだけど――コンビニにゴミ袋を買いに行った帰りにオートロックでもないのに鍵を閉め忘れたんじゃなくて、鍵を中に入れたまま外に出て、風でドアが閉まったらしい。築32年なのにドアだけ妙にしっかり閉まるんだよな、あのアパート。
管理会社に電話しても営業時間外。大家さんの番号は契約書に書いてあるけど、その契約書は部屋の中。
結局その夜、結衣はうちで寝ることになった。俺がソファで寝て、ベッドを貸した。
翌朝、管理会社が来て解決したんだけど、結衣はスペアキーを作るまでの数日間、妙にそわそわしてた。
そのスペアキー、結局作ったの2週間後だった。
鍵の件の3日後、今度は夜11時にノック。
「橋本さん……虫が……でっかいGが……」
泣きそうな顔で立ってた。
(いや、俺もGは無理なんだけど)
と思いつつ、結衣の部屋に行った。洗面所の隅に確かにいた。でかかった。スリッパで仕留めた。正直俺もめちゃくちゃ怖かったけど、年上の男として見栄を張った。
「ありがとうございます……!すごい、橋本さんかっこいい……」
「いや、俺も内心めちゃくちゃ叫んでたけどね」
「え、そうなんですか」
「そりゃそうでしょ。あのサイズは誰だって怖いって」
結衣が少し笑った。(あ、笑うとさらに齋藤飛鳥だな)と思ったけど口には出さなかった。
その次の週はエアコンが壊れた。7月の頭で、もう普通に暑い時期。
「橋本さん、うちのエアコン動かなくて……修理来るの明後日って言われたんですけど……」
「まじか。暑いもんな」
「あの……図々しいのわかってるんですけど、涼みに行ってもいいですか……」
断る理由がなかった。てか先輩の妹を熱中症にさせるわけにいかないし。
結衣はうちに来て、リビングの床に座って「生き返る……」と言いながらアイスを食べてた。俺はパソコンで仕事の残りをやってた。
「橋本さんって、お仕事何してるんですか?」
「IT系。地味なやつ」
「プログラマーですか?かっこいい」
「いや、全然かっこよくない。客先常駐でExcel叩いてる日の方が多い」
「でも私、パソコン全然ダメだから尊敬します」
「……ありがとう」
こういう会話が増えていった。
気づいたら、結衣は週に3回くらいうちに来るようになってた。理由は毎回違う。「Wi-Fiの設定がわからない」「洗濯機の使い方がわからない」「ひとりでご飯食べるの寂しい」。
途中から理由すらなくなった。ドアをノックして、「邪魔していいですか?」だけ。
俺も断らなかった。ひとり暮らし5年目で、正直、人の気配があるのが心地よかった。
ある金曜の夜、仕事でかなり疲れて帰ったら、結衣がうちの前に座ってた。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
なんで「ただいま」って言ったんだろう、俺は。この子は同居人でも彼女でもないのに。
結衣はその日、カレーを作ってきてくれてた。隣の自分の部屋で作って、鍋ごと持ってきたらしい。
「橋本さん、最近コンビニ弁当ばっかでしょ。壁薄いから、レンジの音でわかるんですよ」
「……バレてたか」
「ちゃんと食べなきゃダメですよ」
カレーは甘口だった。正直もうちょっと辛い方が好みだったけど、美味しかった。(これ、完全にやばいやつだな)と、さすがに気づいてた。
気づいてたけど、止め方がわからなかった。
転機は8月の終わり。中島さんが東京に出張で来て、「妹と飯食おう」って俺を誘ってきた。3人で三鷹の居酒屋に行った。
中島さんは相変わらず豪快な人で、ビールをガンガン飲みながら、
「結衣ちゃん、ちゃんとやってますか」
って俺に聞いた。
「お兄ちゃん、橋本さんにいつもお世話になってるの」
「いや、大したことしてないですよ」
中島さんが俺の肩をバンバン叩いて、「頼むわ、あいつ1人だと何もできないからさ」って笑ってた。
トイレに立ったとき、中島さんがついてきた。
「おい橋本。お前、結衣に手出してないだろうな」
急にトーンが変わった。酔った目の奥が全然笑ってなかった。
「出してないですよ」
「ならいいけど。あいつ、高校の時にちょっと色々あってな。男関係で。だから東京に出したのも正直心配なんだよ」
「色々って……」
「深くは言わん。とにかく、変なことすんなよ」
(……変なことって何だよ)
席に戻ったら、結衣が枝豆をつまみながら俺の顔を見てきた。
「なんか怒られました?」
「いや、別に」
「嘘。顔に出てますよ」
「……お兄さんに、変なことするなって言われた」
「……」
結衣の表情が一瞬だけ曇った。すぐに「もう、お兄ちゃんは心配しすぎなんですよ」って笑ったけど、あの一瞬の顔が引っかかった。
その日から、俺は少し距離を取ろうとした。結衣が来ても、「ちょっと仕事あるから」って早めに帰した。LINEの返信も遅くした。
3日くらい経って、結衣がノックしてきた。
「橋本さん、私なんかしましたか」
「え?何も」
「嘘。最近よそよそしいです」
「いや……」
「お兄ちゃんに何か言われたでしょ」
図星だった。
「……高校の時の話、されました?」
「詳しくは聞いてない。ただ、色々あったって」
結衣は黙って俺の部屋に入ってきて、いつもの定位置のクッションに座った。
「高2の時、付き合ってた人がいたんです。大学生で。でもその人、私のこと……友達に自慢するためのアクセサリーみたいにしか見てなくて」
「……」
「写真とか勝手に撮られてて、LINEで回されてて。それ知った時に別れたんですけど、お兄ちゃんがその人の家に怒鳴り込みに行って」
「中島さんらしいな……」
「それで兄は、私に年上の男を近づけたくないんです」
結衣は膝を抱えて、小さくなってた。
「でも、橋本さんは違います」
「何が」
「橋本さんは、私がドアをノックするたびに、ちょっと困った顔して、でも必ず開けてくれる。自慢するとか、見せびらかすとか、そういうの一切ない。ただ……いてくれる」
(いやそれは、お前が先輩の妹だからで)
って言おうとした。言おうとしたんだけど、言えなかった。
正直に言う。先輩の妹だからじゃなかった。とっくにそんな理由じゃなくなってた。結衣のノックが聞こえると嬉しかったし、来ない日はそわそわしてたし、隣の部屋の明かりが消えるまで自分の部屋の明かりをつけてた。
(好きなんだよな、俺は。この子のことが)
認めたくなかったけど、認めるしかなかった。
でも、中島さんの顔がちらついた。世話になった先輩。信頼されてる。「変なことすんなよ」。
「結衣ちゃん、俺は……」
「橋本さん」
結衣が顔を上げた。目が赤かった。
「お兄ちゃんのこと気にしてるのはわかってます。でも、私もう子供じゃないです。自分で選びたい」
「……」
「橋本さんのこと、好きです」
9月の最初の日曜だった。窓の外で救急車のサイレンが鳴ってて、それだけがやけにはっきり聞こえてた。
「お兄さんに殺される」
「殺されません」
「いや、絶対殺される」
「……それ、断ってるんですか?」
「断ってない」
「じゃあ……」
「好きだよ、俺も。たぶんエアコン壊れた日くらいから」
「……え、そんな前から?」
「床に座ってアイスかじってる横顔見て、(あ、やべえな)って思った」
結衣が泣き笑いみたいな顔をした。
「私は……鍵忘れた日からです」
「初日じゃん」
「だって、ソファで寝てくれたじゃないですか。ベッド貸してくれて。朝起きたら味噌汁作ってくれてて」
「あれインスタントだけどな」
「わかってます。でもそういうとこが……」
結衣がぐすっと鼻をすすった。
気づいたらキスしてた。どっちからとかじゃなくて、自然に距離がなくなった。
クッションの上で結衣の肩を引き寄せて、唇に触れた。柔らかかった。リップクリームの、ほんのり甘い匂いがした。
「ん……」
一回離れて、目を見た。結衣の目が潤んでた。
「……いいの?」
「いい、です……」
もう一回キスした。今度は長かった。結衣が目を閉じて、俺のTシャツの裾をぎゅっと握ってきた。舌が触れて、結衣が小さく声を出した。
「ん……っ……」
キスしながら、結衣を抱き寄せた。華奢な体だった。背中に手を回すと、肩甲骨が浮いてるのがわかった。
(本当にいいのか。先輩の妹だぞ)
頭の片隅でずっとそう言ってる自分がいた。でも、結衣が俺のTシャツの中に手を入れてきた時に、もう無理だった。
「橋本さん……ベッド……」
「……うん」
ベッドに移動した。結衣はTシャツ一枚と短パンていう格好で、俺がTシャツの裾に手をかけたら、自分で脱いだ。白いブラだった。シンプルな、飾りのないやつ。
「……細いな」
「あんまり見ないでください……恥ずかしい……」
「ごめん、でも……きれいだなって」
「そういうの……言わなくていいから……」
顔を真っ赤にして横を向いた結衣の耳が赤くなってるのが見えて、(この子を傷つけることだけは絶対にしたくない)って思った。
ブラの上から胸に触れた。Bカップくらいかな。小さめだったけど、柔らかくて、結衣が息を詰めるのがわかった。
「あ……」
背中のホックを外すと、結衣が腕で隠そうとした。その手をそっとどけて、キスした。唇から顎、首筋、鎖骨。
「ん……くすぐった……」
「感じる?」
「……わかんない……でも、どきどきする……」
胸に口をつけた。小さい先端を舌で転がすと、結衣の手が俺の髪を掴んだ。
「あ……っ……橋本さん……」
短パンを脱がした。結衣は目を固く閉じてた。下着もシンプルな白で、正直それがすごくエロかった。
(こういうのに興奮するって、俺もだいぶアレだな……)
下着の上から触れると、結衣が腰を跳ねさせた。
「あっ……」
「……濡れてる」
「言わないで……っ」
下着をずらして直接触った。指先がぬるっと滑って、結衣が声を漏らした。
「んっ……あ……っ……」
クリを親指で撫でながら、中に指を入れた。きつかった。1本がやっとで、結衣の体がこわばった。
「痛い?」
「大丈夫……ちょっと……慣れてないだけ……」
ゆっくり動かした。結衣が俺の腕にしがみついて、顔をシーツに押しつけてた。声を殺そうとしてるのが、逆にたまらなかった。
「はぁ……っ……なんか……変な感じ……」
「気持ちいい?」
「……わかんない……でも、止めないで……」
しばらく指で触り続けてたら、結衣の息が荒くなってきた。体が小刻みに震え出して、急に俺の手首を掴んだ。
「あ、待っ……なんか……っ……!」
びくっ、と体が跳ねた。そのまま俺の腕にしがみついて、しばらく動かなかった。
「……いった?」
「……たぶん……」
「たぶんって」
「だって……自分でもよくわかんない……こんなの初めてだから……」
結衣が潤んだ目で俺を見上げた。
「橋本さんも……して……」
「……いいの?」
「私が……したいんです」
ベッドサイドの引き出しからコンドームを出した。買い置きのやつ。まさかこれを使う日が来ると思ってなかったから、ちょっと手が震えた。
結衣が、俺がゴムを着ける手元をじっと見てた。
「……おっきい……」
「いや、普通だと思うけど」
「私、あんまり知らないから……」
脚の間に体を入れた。先端を当てると、結衣が息を飲んだ。
「痛かったら言ってね」
「うん……」
ゆっくり入れた。きつくて、結衣の眉が寄った。
「っ……ぅ……」
「痛い?止める?」
「止めないで……大丈夫……ゆっくり……お願い……」
奥まで入れた。結衣の中がきゅっと締まって、俺も思わず声が出た。
「……っ……」
「……入った?」
「うん」
「……なんか不思議……橋本さんが、中にいる……」
その言い方が妙に生々しくて、頭がくらっとした。
ゆっくり動き始めた。結衣の体が揺れるたびに、小さい声が漏れた。
「あ……ん……っ……」
「大丈夫?」
「うん……気持ちいい……かも……」
「かも」が「かも」じゃなくなるまで、そんなにかからなかった。結衣が自分から腰を動かし始めて、声が変わった。
「あっ……そこ……っ……」
「ここ?」
「ん……っ……うん……そこがいい……」
俺も余裕がなかった。結衣の中が熱くて、締めつけてきて、正直すぐにでもいきそうだった。
「やば……もう……」
「え……もうですか……?」
「ごめん……結衣ちゃんが気持ちよすぎて……」
「……いいですよ。出して……」
腰を押しつけて、中で果てた。ゴム越しでも、脈打つのが自分でわかった。
「……っ……」
「……あったかい……ゴムの上からでもわかる……」
しばらく動けなかった。結衣の上に覆いかぶさったまま、息を整えた。
「……ねえ、橋本さん」
「ん?」
「重い……」
「あ、ごめん」
慌てて横に転がった。結衣がくすくす笑ってた。
「……これからも、ドアノックしていいですか」
「……鍵、渡そうか」
「え」
「スペアキー。作ったのに使ってないやつがあるから。ノックしなくても入れるように」
結衣が目を見開いて、それから顔をくしゃっとさせて泣いた。
「ずるい……そんなの……」
「え、なんで泣くの」
「嬉しいからに決まってるじゃないですか、ばか……」
抱きしめた。結衣は泣きながら笑ってた。築32年のボロアパートの、薄い壁の向こうでたぶん誰かがテレビを観てて、エアコンの室外機がガタガタ鳴ってて、全然ロマンチックじゃない夜だったけど、俺はたぶんあの夜が人生で一番幸せだった。
翌日、俺は中島さんにLINEした。「結衣ちゃんと付き合うことになりました。すみません」。
既読がついて、しばらく経って返事が来た。
「お前だから許す。泣かせたら大阪から殴りに行く」
その下にスタンプが1個。ビールで乾杯してるやつだった。
結衣はその後も毎晩、ドアをノックした。合鍵を渡したのに。
「だって、ノックして、橋本さんがちょっと困った顔して開けてくれるのが好きなんです」
「……じゃあ、ずっとノックしてくれ」
あのアパートは去年の春に取り壊されて、今はもうない。でも俺たちは今も一緒にいる。引っ越した先のマンションで、結衣は相変わらず、リビングのドアをノックしてから入ってくる。
だから俺は今も、ちょっと困った顔をして、ドアを開ける。