これは俺が大学2年の秋から冬にかけての話です。
まず俺のスペックから。21歳、都内の私大の文学部に通ってて、身長172センチ、体重63キロ。顔は…まあ可もなく不可もなくってやつです。髪型でなんとかごまかしてるタイプ。彼女いない歴2年、その前に付き合ってた子とは3ヶ月で振られてるんで、恋愛偏差値は相当低いと思ってもらっていいです。
バイトは吉祥寺のハモニカ横丁の近くにある居酒屋で、週3で入ってました。個人経営の小さい店で、カウンター8席と小上がりが2つ。大将と奥さんと、バイトが常時2人って感じの規模です。
で、その年の4月に新しいバイトが入ってきたんですよ。
名前は、まあ仮に「Kさん」としておきます。25歳で、平日は丸の内の商社で事務をやってて、週末だけうちの店に入るっていう掛け持ちのパターン。
初めて会った日、更衣室から出てきたKさんを見て(え、なにこの人…)って固まりました。
北川景子をちょっと柔らかくした感じっていうのかな。目がくっきりしてて、でもキツくならない絶妙なバランス。身長163くらいで、居酒屋のTシャツ着ててもわかるくらいスタイルがよかった。あとで判明したけどEカップらしいです。
(いや、なんでこんな人が居酒屋のバイトなんか…)
理由は後から聞いたんですけど、「料理を覚えたくて。大将の煮物が好きで通ってたら、バイトしない?って誘われた」とのこと。なるほどね。
最初の1ヶ月くらいは普通に先輩後輩の距離感でした。Kさんは仕事がめちゃくちゃ丁寧で、客あしらいもうまいし、大将にも気に入られてた。俺はといえば、もう1年以上やってるのに未だにお通しの盛り付けを大将にダメ出しされるレベル。
距離が変わったのは、6月のある土曜日。
常連のおっさんが泥酔して絡んできたとき、Kさんがサッと間に入って「あらあら、お兄さん今日は飲みすぎですよ。お水持ってきますね」って完璧にいなしたんですよ。
閉店後、俺が「すごかったですね、あの対応」って言ったら、
「ああいうの慣れてるから。前のバイト先がスナックだったの」
「え、スナック?」
「大学の時ね。おじさんの扱いだけ上手くなった笑」
それをきっかけに、閉店後の片付けしながらいろいろ話すようになりました。
Kさんは札幌出身で、大学から東京に出てきたこと。趣味がサウナ巡りで、毎週どこかしらのサウナに行ってること。最近ハマってるドラマの話。くだらない話ばっかりだったけど、Kさんと話してる時間がどんどん楽しくなっていって。
(あ、これ好きになりかけてるやつだ)
って気づいたのは夏の終わりくらいでした。遅いですよね。半年近くかかってる。
でも気づいたところで何もできないのが俺なわけで。4つ上だし、向こうからしたらバイト先の年下の男の子でしかないだろうし。
そんな感じでモヤモヤしてた10月のある日。
兄貴から実家のグループLINEに「今度の日曜、彼女連れてくわ」ってメッセージが来ました。
うちの兄貴は4つ上の25歳で、IT系の会社でエンジニアやってます。まあ顔は俺よりちょっとマシってくらいで、特別イケメンでもないんですけど、コミュ力が異常に高い。大学時代からずっと彼女途切れないタイプ。正直ちょっと羨ましかったです。
で、日曜日。
実家のリビングで母さんが張り切って料理作ってて、俺はテレビ見ながらゴロゴロしてた。
玄関のチャイムが鳴って、母さんが「あ、来た来た!開けてあげて」って言うから、俺がドアを開けに行ったんですよ。
兄貴の後ろに立ってたのが、Kさんでした。
一瞬、脳がバグりました。
(は?)
「…え」
Kさんも固まってた。完全に想定外って顔。そりゃそうだ、俺だって意味がわからない。
「あ、兄貴…どうも」
兄貴は俺たちの異変に気づいてなくて、
「おう、紹介するわ。Kっていうんだけど、先月から付き合ってんだ」
先月。先月ってことは、9月。
俺がKさんのこと好きだって自覚したのとほぼ同時期じゃねえか。
「…よろしくお願いします」
Kさんが俺に向かって言ったその声のトーンには、明らかに動揺が混じってました。でも兄貴も母さんも気づいてない。
食事の間、俺はほとんど喋れなかった。
母さんが「この子、兄弟の中で一番おとなしいのよ」ってフォローしてくれたけど、おとなしいんじゃなくて頭の中がぐちゃぐちゃだっただけです。
Kさんは完璧だった。母さんの料理を褒めて、兄貴との馴れ初めを聞かれて「マッチングアプリで知り合ったんです」って笑顔で答えて。俺の知らないKさんの顔がそこにあった。
兄貴が「Kは料理もできるんだぜ」って自慢してるのを聞きながら、(そりゃそうだよ、大将に教わって煮物めちゃくちゃ上手くなってんだから)って心の中で毒づいてた。
食事が終わって、兄貴がトイレに立った隙に、Kさんが小声で話しかけてきた。
「ねえ…お兄さんの弟って、聞いてなくて」
「俺も兄貴の彼女がKさんだなんて聞いてない」
「…気まずいね」
「気まずいっすね」
それだけ言って、兄貴が戻ってきて会話は終わった。
翌週の土曜、バイトのシフトが被った。
開店前の仕込みの時間、二人きりになった。Kさんが先に口を開いた。
「日曜のこと…お兄さんには言ってないよね?」
「言ってないです。なんて言えばいいかわかんないし」
「だよね…。私も、バイト先に彼氏の弟がいるなんて言えないし」
沈黙。大将が仕込んだ出汁の匂いだけが漂ってる。
「…今まで通りでいいかな。ここではバイト仲間ってことで」
「はい。それがいいと思います」
そう言ったものの、今まで通りなんて無理に決まってた。
Kさんがビールジョッキ洗ってるとき、横顔見てドキッとする自分がいる。カウンター越しにすれ違うとき、Kさんのシャンプーの匂いがして心臓がうるさくなる。
(兄貴の彼女だぞ。やめろ。頭おかしいのか俺は)
でも感情って理屈で止まらないんですよね。好きになった順番でいえば俺の方が先だった、なんて言い訳を頭の中で繰り返してる自分が情けなかった。
11月に入って、決定的なことが起きた。
金曜の夜、バイト後にKさんと駅まで一緒に歩いてたとき。井の頭公園の横を通りかかったら、Kさんが急に立ち止まった。
「ねえ、ちょっとだけ寄ってかない?」
「え、公園ですか?もう23時すぎてますけど」
「いいじゃん。ちょっとだけ」
池のほとりのベンチに並んで座った。11月の夜風は冷たくて、Kさんがマフラーに顔を埋めてた。
「…あのさ」
「はい」
「私ね、お兄さんと別れるかも」
「…え?」
「なんか、違うなって。悪い人じゃないんだけど、一緒にいてもなんかしっくりこなくて」
(それって…)
「あとね、正直に言うと…」
Kさんが俺の方を向いた。街灯の薄い光で、目が潤んでるのが見えた。
「あなたの方が先だったんだよね、私の中では」
「…どういう意味ですか」
「バイト始めてすぐ、不器用なのに一生懸命な子がいるなって思って。大将にダメ出しされてもヘラヘラしないで黙々とやり直してるの見て、この子いいなって」
「…」
「でも年下だし、バイト仲間だし、勘違いだったら恥ずかしいし。そうこうしてるうちにアプリでお兄さんと知り合って…流れで付き合っちゃった」
俺は何も言えなかった。言いたいことは山ほどあったけど、兄貴の顔がチラついて口が開かない。
「…俺、帰ります」
立ち上がって、振り返らないで歩いた。後ろでKさんが「ごめん」って小さく言ったのが聞こえた。
そこから2週間くらい、俺はKさんとシフトが被らないように調整した。大将には「ゼミが忙しくて」って嘘ついて。
でも逃げ切れなかった。
12月の第1土曜、どうしても人が足りなくてシフトに入ることになった。
その日は忘年会シーズンの走りで、小さい店なのに予約が3組入ってて、大将も奥さんもバタバタ。俺とKさんはひたすらホールを回してた。
忙しいと余計なこと考えなくて済むから、むしろ助かった。
問題は閉店後だった。
大将と奥さんが先に上がって、最後の片付けが俺とKさんの二人になった。
黙々と床を掃いてたら、Kさんが冷蔵庫からビールを2本出してきた。
「飲まない?大将のおごりストック」
「…いただきます」
カウンターに並んで座って、プルタブを開ける音が静かな店内に響いた。
「あのね、言おうか迷ったんだけど…お兄さんとは先週、別れたよ」
「…そうですか」
「『そうですか』って笑。もうちょっとリアクションないの」
「いや…なんて言えばいいか」
「あなたのせいじゃないよ、一応言っとくけど。お兄さんとは単純に合わなかった。向こうも薄々気づいてたみたいで、あっさりだった」
ビールを一口飲んだ。苦い。いつも飲んでるやつなのに、今日はやけに苦い。
「…Kさん、この前公園で言ってたこと」
「うん」
「あれって…本気でした?」
Kさんがゆっくりビールをテーブルに置いた。
「本気じゃなかったら、あんなこと言わないよ」
心臓がドクドクいってるのが自分でもわかった。(落ち着け。兄貴の元カノだぞ。別れたばっかりだぞ。冷静になれ)
でも冷静になれるわけがなかった。半年以上ずっと好きだった人が、目の前で「あなたの方が先だった」って言ってるんだから。
「俺も…ずっと好きでした。Kさんのこと」
言っちまった。言っちまったよ。
Kさんが目を見開いて、それからふっと笑った。
「…知ってたよ、なんとなく」
「え、バレてたんですか」
「私のこと見てるとき、目が全然泳いでるもん。わかりやすいなって思ってた」
(マジかよ…バレバレだったのかよ…)
「でもね、気づいてて何もしなかったのは私も同じだから。お互い様」
Kさんが俺の手に自分の手を重ねてきた。冷たい指先だった。
「でも…兄貴の元カノですよ。俺がKさんと付き合ったら」
「うん、それは…そうだね」
「兄貴になんて言えばいいのか」
「今はそのこと考えなくていいよ」
Kさんが俺の顔を覗き込んできた。
近い。近すぎる。シャンプーの匂いと、かすかにビールの匂い。
「…キスしていい?」
返事をする前にKさんの唇が触れた。柔らかくて、冷たくて、ビールの味がした。
頭の中で兄貴の顔がチラついて、でもすぐに消えた。最低だなって思った。思いながらKさんの腰に手を回してた。
「ん…」
Kさんの方から舌を入れてきて、俺ももう考えるのをやめた。カウンターの上でビールの缶が倒れる音がしたけど、どうでもよかった。
キスしながらKさんがカウンターの椅子から降りて、俺の正面に立った。居酒屋のTシャツ越しに、胸の形がはっきりわかる。
「…奥の座敷、鍵かかる?」
「か、かかりますけど…ここでですか?」
「ダメ?」
ダメに決まってる。大将の店だぞ。でも「ダメです」って言葉が出てこなかった。
座敷の引き戸を閉めて鍵をかけた。座布団が何枚か重ねてあるだけの狭い空間。常連のおっさんたちが毎週宴会やってる場所で、まさかこんなことになるとは。
Kさんが自分からTシャツを脱いだ。白いブラから溢れそうなEカップが目の前にあって、頭が真っ白になった。
「…すごい」
「何が笑」
「いや…Tシャツの下、こんなだったんだって」
「バイト中にジロジロ見てたくせに」
(見てたけど!見てたけどさ!実物は想像の3倍すごいんだよ!)
Kさんが自分でブラのホックを外した。形の綺麗な胸がこぼれ出て、薄いピンクの先端がツンと上を向いてた。
触れると柔らかくて、指が沈む感触に思わず力が入った。
「あ…」
Kさんが小さく声を漏らした。その声を聞いた瞬間、下半身が一気に反応した。
「ねえ…触るだけじゃなくて」
Kさんが俺のベルトに手をかけてきた。ジーンズのボタンを外されて、ボクサーの上から握られる。
「っ…」
「かたい…こんなになってたんだ」
Kさんの手が直接触れた瞬間、声が出そうになるのを噛み殺した。大将の店で声出すわけにいかない、という妙な理性だけが残ってた。
俺もKさんのジーンズに手を伸ばした。ボタンを外して、下に手を滑らせると、下着の上からでもわかるくらい濡れてた。
「…恥ずかしいんだけど」
「俺だってこんな状態ですよ。お互い様です」
Kさんが鼻で笑って、それからジーンズを自分で脱いだ。黒いレースの下着がやけに色っぽくて、見てるだけで頭がクラクラした。
下着の端をずらして直接触れると、Kさんが俺の肩にしがみついてきた。
「ん…っ、そこ…」
指を動かすたびにKさんの吐息が耳にかかる。腰がかすかに揺れてるのが、座布団越しに伝わってくる。
「気持ちいいですか」
「…うん。でも…もう指じゃなくて」
(え…いいの?マジで?)
Kさんが俺を座布団の上に押し倒した。上からのしかかるような体勢で、Kさんが自分から位置を合わせてくる。
「ゴム…ないよね」
「すみません…持ってないです」
「…今日だけだから。大丈夫な日だから」
そう言ってKさんがゆっくり腰を落とした。
中に入った瞬間、二人同時に声が出た。
「あっ…」
「やば…」
Kさんの中はびっくりするくらい熱くて、きつかった。動かなくてもわかる、全部が密着してる感覚。
「…っ、ちょっと待って。すごい…久しぶりだから…」
「俺も…動いたらすぐ終わりそうです」
「ふふ…正直でいいね」
Kさんがゆっくり腰を動かし始めた。座布団がずれる音。時計の秒針の音。さっきまで客が焼酎飲んでた場所で、こんなことをしてる背徳感が、余計に感覚を鋭くさせた。
「ん…あ…」
Kさんの声が、バイト中に聞く声と全然違ってた。いつも落ち着いてて余裕のある声が、甘くて切ない声に変わってて、(この声を聞いてるの俺だけなんだ)って思ったら胸の奥が熱くなった。
「Kさん…っ」
「名前…下の名前で呼んでよ」
Kさんの下の名前を初めて呼んだ。実は一度も呼んだことがなかった。ずっと「Kさん」だったから。
名前を呼んだらKさんの中がきゅっと締まって、
「やっ…それやばい…」
「だって…名前呼んでくれたの嬉しくて…」
体勢を変えて、俺が上になった。座布団を背中に敷いて、Kさんの足を持ち上げる。
奥まで入った瞬間、Kさんの背中が反った。
「あっ…深い…っ」
「痛くないですか」
「ううん…気持ちいい…もっと動いて」
腰を動かすたびに、Kさんの胸が揺れる。薄暗い座敷の中で、Kさんの肌が汗で光ってた。
(こんなの夢みたいだ。半年間ずっと見てただけの人と、今こうしてるなんて)
「ねえ…好きだよ」
不意打ちだった。こんなタイミングで言われたら。
「…俺も。ずっと好きでした」
「知ってるって…さっきも言った…ん、あ…っ」
限界が近かった。Kさんの中が断続的に締まってきて、これ以上は無理だった。
「やばい…出そう…」
「…いいよ」
「でも…」
「いいから…このまま…」
Kさんが足を絡めてきて、抜けなくなった。
頭の中が真っ白になって、腰の奥から一気に込み上げるものがあって、そのまま全部出してしまった。
「…っ!」
「あ…っ…」
しばらく動けなかった。Kさんの上に覆いかぶさったまま、二人とも荒い息を繰り返してた。
「…重い」
「あ、すみません」
体を起こすと、Kさんが腕で顔を覆ってた。泣いてるのかと思ったら、笑ってた。
「居酒屋の座敷でするとか…ほんとありえない」
「…ほんとですね」
二人で笑った。大将に見つかったら即クビどころの話じゃないよなって思いながら。
それから30分くらい、座敷で横になったまま話した。Kさんの頭が俺の腕の上に乗ってて、天井を見ながら。
「お兄さんのこと…どうする?」
「…わかんないです。正直」
「怒るかな」
「怒ると思います。つーか俺が兄貴の立場だったら絶対キレる」
「だよね…」
「でも…隠し続けるのも無理だと思うんで。いつか、ちゃんと言います」
Kさんが俺の方を向いて、額にキスしてきた。
「ありがとう。…一緒に言おう」
服を着て、座敷を掃除して、何事もなかったみたいに店の鍵を閉めた。
帰り道、中央線のホームで電車を待ちながら、Kさんが俺の小指に自分の小指を絡めてきた。
「ね、来週の土曜、仕事終わりにサウナ行かない?」
「え、サウナですか」
「一人で行くのに飽きたんだよね。近くにいい銭湯があるの。サウナの後のビールが最高なんだから」
「…行きます」
電車が来て、Kさんは中央線の上り、俺は下り。反対方向のホームに分かれる直前に、Kさんが振り返って言った。
「じゃあね。…バイト仲間さん」
その笑顔を見て、(ああ、俺はとんでもないことを始めてしまったな)って思った。
兄貴にはまだ言えてない。年が明けたら、ちゃんと話そうと思ってる。
殴られるかもしれない。家族の中で俺の居場所がなくなるかもしれない。
でもKさんの小指の温度が、まだ指先に残ってた。
それだけで、いいかって思えてしまう自分が、たぶん一番どうしようもなかった。