もう五年も前の話なんだけど、ちょっと聞いてほしい。
当時、俺は三十二歳。横浜の小さい設備会社で現場監督みたいなことをしてた。身長172、体重はまぁ言いたくないけど当時で68くらい。顔面偏差値は自分で言うのもアレだけど、よく言って「普通」。悪く言えば「印象に残らない」タイプ。合コンで隣に座っても、二次会までに名前を忘れられる系の男です。
で、その頃の俺には真帆っていう彼女がいた。三つ上の姉さん女房タイプで、新橋のメーカーで営業事務をしてた子。付き合って二年半、なんとなく結婚の話も出てて、俺としてはもうこの人しかいないと思ってた。
ところがある日、突然LINEがブロックされた。
電話も繋がらない。会社に連絡したら「退職しました」って言われて、共通の友達に聞いても「知らない」の一点張り。マンションに行ったら、もう別の表札がかかってた。
マジで意味がわからなかった。
喧嘩もしてない。前の週末にはいつも通り横浜の赤レンガで買い物して、みなとみらいでパスタ食べて、普通に楽しかったのに。
半年くらいは引きずったな。っていうか、引きずるっていうより「理由がわからない」のが一番キツかった。振られたならまだいい。嫌いになったなら、それはしょうがない。でも理由もなく消えられると、こっちの脳みそが処理できないんだよな。
で、五年。さすがにもう吹っ切れた…と思いたかったんだけど、全然そんなことなくて。新しい彼女もできず、出会い系もマッチングアプリもやったけどどれもピンと来ず、気づいたら三十七歳になってた。
(俺、このまま一生独りかもな)
そんなことを考えてた、九月の終わりの金曜日の夜。仕事が早く終わって、なんとなく車を走らせてた。横浜新道から国道1号に出て、そのまま藤沢バイパス。特に目的地もなく、ただ海の方に向かってた。
真帆と最後にドライブしたのが湘南だった。茅ヶ崎のサザンビーチの駐車場で、車の中でくだらない話をして笑ってたのが最後の思い出。だからかもしれない、無意識に海に向かってたのは。
(何やってんだろ俺…)
時計を見たら22時過ぎ。134号線を江ノ島方面に走ってて、鵠沼海岸のあたりで信号待ちしてた時だった。
歩道を、自転車を押して歩いてる女の子が見えた。
ママチャリみたいなやつの後輪がぺちゃんこで、明らかにパンクしてる。しかもヒールのサンダル履いてて、めちゃくちゃ歩きにくそうにしてる。
(大変そうだな…)
普段なら素通りする。三十七歳の独身男が夜に若い女に声かけたら、それだけで通報案件だろ。でもその日はなんか、自分でもよくわからないけど、車を路肩に寄せてた。
窓を開けて声をかけた。
「あの、パンクですか?大丈夫ですか?」
彼女がこっちを見た。
街灯の下で見えた顔に、ちょっとびっくりした。今田美桜を少しギャルっぽくした感じっていうのかな。目がでかくて、まつ毛がバサバサで、でも鼻筋がスッと通ってて全体のバランスがいい。身長は160あるかないかくらい。白いキャミソールにデニムのショートパンツっていう、九月末にしてはだいぶ攻めた格好だった。
「あ、はい…パンクしちゃって…」
不安そうな顔してたけど、俺の車を見て少し警戒してるのもわかった。そりゃそうだ。
「近くにコンビニとかあるから、そこまで押してけば?この辺、夜は人通り少ないし」
「それが…もう三十分くらい歩いてるんですけど、全然なくて…」
三十分。ヒールのサンダルで、パンクした自転車押しながら三十分。そりゃしんどいわ。
「どこまで帰るの?」
「藤沢駅の方なんですけど…」
藤沢駅。ここからだと4キロくらいあるぞ。この時間に、この格好で、パンクした自転車押して4キロ。
「…自転車、後ろに積めるから送ろうか?」
言ってから(やっぱやめときゃよかった)と思った。だって客観的に見たら完全に不審者だもん。夜の海沿いで車から声かけてくるおっさん。事案発生ですよ事案。
でも彼女は少し考えてから、意外にもこう言った。
「…いいんですか?すみません、お願いしてもいいですか?」
後で聞いたら、サンダルの鼻緒が切れかけてて限界だったらしい。あと俺の車がボロいワゴンRだったのが逆に安心感あったらしい。高級車だったら絶対乗らなかったって。
(ボロ車で助かったのは人生で初めてだわ)
自転車を後部座席に無理やり押し込んで、助手席に乗ってもらった。
車内が急に甘い匂いがした。なんだろ、バニラっぽいやつ。香水なのかボディクリームなのかわからないけど、三十七歳独身男の車内にはない匂いだった。
「ありがとうございます、ほんとに。あ、私、瀬川って言います」
「あ、俺は島田です。この辺に住んでるの?」
「藤沢の南口の方です。今日バイト先の飲み会で江ノ島の方まで来てて、帰りにパンクしちゃって」
「飲み会?お酒飲んでないよね?自転車だし」
「飲んでないです!私まだ二十歳なったばっかで、お酒あんまり好きじゃなくて」
二十歳。十七歳差。
(いや、別に何もしないから。送るだけだから)
信号待ちの間に横目で見てしまう。キャミソールから覗く鎖骨のラインとか、ショートパンツから伸びる太ももとか。いかんいかん。
「島田さんって、おいくつですか?」
「三十七」
「えー!見えない!三十二、三くらいかと思いました」
(絶対お世辞だけど、こういうの弱いんだよなおっさんは…)
「いやいや、立派なおっさんですよ」
「おっさんって言い方やめてくださいよ。全然おっさんじゃないですって」
なんかやたら距離が近い子だなと思った。初対面の男の車に乗ってるのに、緊張感がない。というか、この子は根本的に人を疑わないタイプなんだろうな。
藤沢駅の南口まで来て、彼女のアパートの近くに車を停めた。自転車を下ろして、ここでお別れ。のはずだった。
「あの、島田さん。お礼がしたいんですけど…」
「いや全然。こんなの誰でもやるでしょ」
「やらないですよ普通。あの、明日って空いてますか?」
「え?」
「お昼おごらせてください。お礼に」
正直、驚いた。こんな若い子が三十七のおっさんにランチを奢りたいとか、何かの間違いかと思った。
「いや、それは逆でしょ。年上がおごるもんでしょ」
「じゃあ割り勘で。連絡先交換してくれたらそれでいいです」
こうして、瀬川ひなた(当時二十歳、専門学校生、居酒屋バイト)のLINEが俺のスマホに入った。
翌日、ほんとにランチに行くことになった。
場所は藤沢駅近くのイタリアンで、彼女がバイト仲間から聞いたという店。テラス席があって、九月末の風が気持ちいい昼下がりだった。
ひなたは昨夜と打って変わって、白いブラウスにベージュのワイドパンツっていう清楚系の格好で現れた。
「昨日はあんな格好ですみません。飲み会のノリで気合い入れちゃって」
「いや全然。今日もかわいいよ」
言ってから(何言ってんだ俺)と思ったけど、ひなたは嬉しそうに笑っただけだった。
パスタを食べながら色々話した。ひなたは地元が静岡の清水で、美容の専門学校に通うために藤沢に出てきたこと。実家は港の近くの魚屋で、三人姉妹の末っ子だということ。
「島田さんは彼女いるんですか?」
「いない。もうかなり長いこといない」
「えー、なんで?全然モテそうなのに」
「モテないモテない。前の彼女に突然消えられてから、なんか臆病になっちゃってさ」
つい言ってしまった。初対面に近い相手に自分の恋愛事情を話すなんて普段はしないのに。
「突然消えた…?」
「うん。ある日いきなりLINEブロックされて、電話も繋がらなくなって、引っ越してた。理由も聞けてない」
ひなたはフォークを置いて、真剣な顔になった。
「それ…めっちゃキツくないですか?」
「まぁね。もう五年前だけど」
「五年経っても引きずってるんですか?」
「引きずってるっていうか…理由がわからないのがずっと引っかかってる感じ」
「…私だったら、ちゃんと言います。好きじゃなくなったなら好きじゃなくなったって」
その言葉がなんか、妙にストンと落ちた。二十歳の子にそう言われて、三十七歳の男が少し救われるって、情けない話なんだけど。
そのランチから、なぜか定期的に会うようになった。
次の週末にまた藤沢で映画を観て、その次は江ノ島まで歩いて、その次はひなたのリクエストで中華街に行った。
俺の中では完全に「年下の女友達」だった。いや、そう思い込もうとしてた。十七歳差。父親と言ってもおかしくない歳の差。恋愛対象として見るのは、どう考えてもおかしい。
でもひなたは会うたびに距離を詰めてきた。腕を組んでくるし、写真撮るとき密着してくるし、LINEも毎日来る。
(この子、こういうタイプなだけだろ。誰にでもこうなんだろ)
そう思ってた。本気で。
転機は十一月の頭だった。
ひなたから深夜にLINEが来た。「今から会えませんか」って。
時計を見たら23時半。明日は土曜で休みだったから、車を出して藤沢に向かった。
ひなたはアパートの前にいた。目が赤くて、泣いた後だってすぐわかった。
「どうした?何かあった?」
「…バイト先の店長に告白されて。断ったら、シフト減らすって言われて」
「は?なにそれ。パワハラじゃん」
「でも私、あのバイトないと家賃払えないし…」
「バイトなんて他にいくらでもあるだろ。そんなクソみたいな店長のとこにいる必要ない」
「…島田さんって、いつもそうやってすぐ助けてくれますよね」
「別に大したことしてないだろ」
「大したことしてるんですよ。パンクの時も、今日も」
ひなたが助手席で俺の方を向いた。街灯の光が横顔に当たって、まつ毛の影が頬に落ちてた。
「…私、島田さんのこと好きです」
時間が止まった。いや比喩じゃなくて、マジで脳がフリーズした。
「…え?」
「好きです。最初に車に乗せてもらった時から、ずっと」
「いや、ちょっと待って。俺、十七も上だよ?」
「知ってます」
「金もないし、顔もよくないし、将来性もないぞ」
「そういうの関係ないです」
「…いや、関係あるだろ普通」
「普通じゃなくていいです」
参った。完全に参った。
俺だって気づいてたんだ、本当は。ひなたと会うのが楽しみで、LINEが来ると嬉しくて、彼女の笑顔を見ると胸がざわざわするの。でもそれを認めたら、おっさんが若い子に入れ込んでるっていう、一番みっともないパターンになると思って、ずっと蓋をしてた。
「…俺でいいの?」
「島田さんがいいんです」
(あぁ、もう無理だ)
気がついたら、ひなたの頭を引き寄せてた。
唇が触れた。柔らかくて、少し塩っぽかった。さっきまで泣いてたからか。
ひなたが目を閉じて、俺のシャツの胸元を掴んできた。その小さい手の力が、こっちの理性を全部持ってった。
「ん…」
長いキスだった。どれくらいかわからないけど、唇を離した時に二人とも息が上がってた。
「…島田さんの部屋、行きたい」
「…いいの?」
「いいです」
横浜の俺のアパートまで、四十分くらいのドライブ。その間、ひなたは助手席で俺の左手をずっと握ってた。信号で止まるたびに、繋いだ手をぎゅっと握り直してくる。
(これ夢じゃないよな…?)
何回も自分に確認した。
部屋に着いて、玄関のドアを閉めた瞬間、ひなたが抱きついてきた。
「…ずっとこうしたかった」
「…俺も」
嘘じゃなかった。認めたくなかっただけで、俺もずっとこうしたかった。
リビングの電気もつけないまま、玄関で何度もキスした。最初は優しいキスだったのが、だんだん深くなっていく。舌が触れた時、ひなたが小さく声を漏らした。
「んっ…」
キャミソールの時とは違う、ブラウスのボタンを一つずつ外していく感覚。指先が少し震えてたのは、まぁ認める。五年ぶりだし、相手が相手だし。
ブラウスを脱がすと、薄いピンクのブラが見えた。
「…すげぇ綺麗」
「やだ、暗いからわかんないでしょ」
「わかるよ」
ベッドまで移動して、ひなたを下ろした。見下ろすと、街灯の光が窓から差し込んで、ひなたの身体の輪郭がぼんやり浮かんでた。
ブラを外すと、思ってたより大きかった。
「何カップ?」
「…E」
「嘘だろ。あの体型でE?」
「ほんとですって。細いから目立たないだけで…あっ」
触れた途端に声が出た。柔らかくて、手のひらに収まりきらない。指を沈ませると、ひなたが体をびくっとさせた。
「んん…そこ感じる…」
乳首を親指で転がすと、ひなたの呼吸が変わった。
「感じやすいんだな」
「島田さんだから…かも…」
こういうこと言われると、もうダメだった。三十七年間で培ったわずかな理性が全部溶けていく。
ショートパンツを脱がせて、下着に手をかけた。ひなたが少しだけ腰を浮かせてくれた。
(いいのか、本当に。俺みたいなおっさんが、こんな子と)
頭の片隅でそう思いながらも、手は止まらなかった。
太ももの内側に手を滑らせると、すでに濡れてた。
「…恥ずかしい。車の中でキスしてから、ずっと…」
「…マジで?」
「マジです…//」
指でゆっくり触れると、ひなたがシーツを掴んだ。
「あっ…ん…」
「ここ?」
「そこ…いい…っ」
クリトリスを指の腹で撫でると、腰がぴくっと跳ねた。反応がいちいち素直で、見てるだけで興奮する。
中に指を入れると、きゅっと締まってきた。
「あっ…あっ…島田さん…っ」
「力抜いて」
「無理…気持ちよすぎて…っ」
ゆっくり動かしていると、ひなたの声がだんだん大きくなっていった。太ももが震え始めて、腹筋に力が入ってるのがわかる。
「やっ…いく…いっちゃう…っ」
体をぎゅっと丸めるようにして、ひなたがイった。びくびくと痙攣する体を抱きしめながら、髪を撫でた。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫?」
「…大丈夫じゃないです。もっとしたい」
ひなたが起き上がって、俺のベルトに手をかけた。
「私にもさせて」
ズボンを下ろされて、もう完全に硬くなってたものを握られた。
「…おっきい」
「お世辞はいいから」
「お世辞じゃないですって」
そう言いながら、ゆっくり口に含んできた。
「っ…」
温かくて、柔らかい。舌の使い方が妙にうまくて、先端をちろちろと舐められるたびに腰が浮きそうになる。
「ん…んぅ…」
「待って、もう無理…このまま出ちゃう」
「…出さないで。中がいい」
ひなたが口を離して、仰向けに寝転がった。脚を開いて、俺を見上げてくる。
「来て…」
コンドームをサイドテーブルから引っ張り出した。何年も使ってない引き出しの奥から出てきたやつで、期限は…ギリギリセーフだった。
(五年ぶりに使うのがまさかこんな状況とは)
先端を入れた瞬間、ひなたが息を呑んだ。
「あっ…」
「痛い?」
「ううん…ゆっくり来て…」
少しずつ入れていく。中が熱くて、絡みつくような感覚がした。
「んんっ…あぁ…」
奥まで入った時、ひなたが俺の背中に腕を回した。爪が少し食い込む。
「動くよ…」
「うん…」
ゆっくり腰を引いて、また押し込む。ひなたが声を上げるたびに、五年間ずっと空っぽだった胸の中が何かで満たされていく感覚があった。
(あぁ、俺、こういうの欲しかったんだな)
セックスがしたかったわけじゃない。誰かとこうやって繋がって、体温を感じて、名前を呼ばれたかったんだ。
「島田さん…っ、気持ちいい…っ」
「俺も…やばい…」
五年のブランクは容赦なくて、正直あんまり長く持たなかった。
「ごめん、もう…」
「いいよ…いって…っ」
ひなたが脚を俺の腰に絡めてきて、密着度が増した。ゴムの中で全部出した。体中の力が抜けて、ひなたの上に崩れ落ちた。
「…重い」
「ごめん」
横にずれて、天井を見ながら並んで寝転がった。ひなたが寝返りを打って、俺の胸に頭を乗せてきた。
「…ねぇ島田さん」
「ん?」
「もう一回、したい」
「…おっさん、そんなすぐ回復しないんだけど」
「じゃあ回復するまで待ちます」
そう言って、ひなたが体を起こした。俺の上に跨って、まだ半分しか元気のないそれを握ってきた。
「これで起こしてあげる」
「いや、ちょっと…」
柔らかい手で上下に動かされながら、たまに先端を舌でぺろっとやられる。三十七歳の性欲を二十歳が呼び覚ましにかかってる構図は、冷静に考えるとだいぶ滑稽なんだけど、体は正直なもんで。
「…起きた」
「ふふ。おっさんって言ったわりに、元気じゃないですか」
新しいゴムを着けて、今度はひなたが上に乗った。
「んっ…あ…」
自分のペースでゆっくり腰を下ろしていくひなたの姿が、窓からの光で見えた。目を閉じて、唇を噛んで、眉を寄せてる。
「あぁ…奥に当たる…っ」
「無理すんな」
「無理じゃない…気持ちいいの…」
ひなたが体を前に倒して、俺の胸に手を置いた。揺れる胸が目の前にあって、思わず手を伸ばして掴んだ。
「あっ…胸、好きでしょ…」
「好きだよ。すげぇ好き」
「えへへ…もっと触って…」
二回目は少し余裕があった。さっきより長く動けて、ひなたの気持ちいいところを探る時間もあった。腰の角度を変えるたびに、ひなたの反応が変わる。
「そこっ…そこいい…っ」
「ここか?」
「うんっ…やばっ…また…いく…っ」
ひなたが体を震わせて、中がぎゅっと締まった。その締め付けに耐えられなくて、俺もすぐに限界が来た。
二人とも汗だくで、しばらく動けなかった。
ひなたが俺の隣に転がって、天井を見ながらぽつりと言った。
「…島田さんの前の彼女さ」
「ん?」
「たぶん、島田さんのことが嫌いになったんじゃないと思うよ」
「…なんでそう思うの」
「だって、島田さんといると安心するもん。こんなにいい人を嫌いになる理由がない」
「…」
「きっと、その人にはその人の事情があったんだよ。島田さんのせいじゃない」
五年間、誰に言われても響かなかった言葉が、この子に言われたら泣きそうになった。
(やべ、マジで泣きそう)
天井を向いたまま、必死に目をしばたたいた。
「…泣いてます?」
「泣いてない。目にゴミ入っただけ」
「嘘ばっかり」
ひなたが俺の頬に手を当てて、こっちを向かせた。
「泣いていいですよ。私しか見てないから」
…ちょっとだけ、泣いた。三十七歳のおっさんが、二十歳の女の子の前で。情けないにも程がある。でもひなたは何も言わずに、俺の頭を撫でてくれた。
朝、目が覚めたら隣にひなたがいた。
まだ寝てて、寝顔がびっくりするくらい幼かった。まつ毛が長くて、口が少し開いてて、寝息が聞こえる。
(この子と、俺…付き合うのか?)
年齢差のこと、周りの目のこと、将来のこと。色々考えたけど、寝顔を見てたら全部どうでもよくなった。
ひなたが目を開けた。
「…おはようございます」
「おはよう」
「…私のこと、彼女にしてくれますか?」
「…してください、って俺が言うべきだな」
「じゃあ言って」
「付き合ってください」
「はい」
ひなたがにへっと笑った。その笑顔で、五年間のモヤモヤが全部、晴れた気がした。
あれから何年か経って、俺たちはまだ一緒にいる。ひなたは美容師になって、藤沢の駅前の美容室で働いてる。俺は相変わらずボロいワゴンRに乗ってる。
たまにあの夜のことを思い出す。パンクした自転車を押してたあの子に声をかけなかったら、俺は今でも真帆の影を追いかけてたんだろうな。
人生を変える出会いって、こういう何気ない偶然の中にあるのかもしれない。
…なんて、ちょっとキザなこと言ってみたけど、正直に言うとあの夜一番の決め手は、ショートパンツから伸びてた生脚です。
すみません。三十七歳でもそういう生き物なんです。