こんにちは。都内の中堅メーカーで営業やってる28歳です。
これは去年の秋、10月の話。人事異動で本社の営業三課から、品川の技術サポート部に飛ばされたときのことを書きます。
異動の内示が出たとき、同期の山下が「お前あそこヤバいぞ」って言ってきた。理由を聞いたら「課長がマジで怖い」と。曽根課長っていう38歳の女性で、前任の男が3ヶ月で胃潰瘍になって辞めたとか、会議で部長を論破して黙らせたとか、まあそういう噂が社内に出回ってた。
正直、俺は営業三課でもパッとしない成績だったし、上司に「お前は数字より裏方が向いてる」って言われてたから、まあ左遷なんだろうなと思ってた。身長171センチ、体重は聞かないでほしいけど、顔は友達に「松山ケンイチを地味にした感じ」って言われるレベル。要するにフツメンの下のほう。彼女は2年前に振られてからいない。
で、10月1日。品川の技術サポート部に初出勤した。
オフィスに入って挨拶回りしてたら、奥の席から立ち上がった人がいた。
「今日からの桐山さんね。曽根です。よろしく」
(え…この人が鬼課長?)
第一印象は、想像と全然違った。身長は165くらいで、髪はダークブラウンのボブ。顔は…北川景子を少しだけ柔らかくした感じ、って言ったら怒られるかもしれないけど、本当にそういう系統の顔立ちだった。細身だけどスーツの上からでもわかるくらい胸はちゃんとある。たぶんCかD。黒縁の眼鏡をかけてて、それがまた知的に見えた。
ただ、目は笑ってなかった。
「引き継ぎ資料は昨日メールで送ったけど、読んだ?」
「あ、はい。一通り目は通しました」
「一通りね。じゃあ聞くけど、Q3のクレーム対応件数は何件だった?」
「え…すみません、そこまでは…」
「247件。うち重大案件が14件。この数字、今日中に覚えて」
初日からこれ。(あ、噂は本当だったわ…)
技術サポート部は8人のチームで、俺は一番の下っ端。メンバーの大半は技術畑の人間で、営業上がりの俺は完全にアウェーだった。会議で飛び交う型番とか仕様の話についていけず、曽根さんに「桐山さん、わかってる?」って聞かれるたびに冷や汗が出た。
それでも俺は毎晩、製品のマニュアルを読み込んだ。営業時代のクセで、わからないことは恥ずかしくても聞く、っていうのだけは守った。
3週間くらい経った頃かな。少しずつ曽根さんの別の面が見えてきた。
ある日、後輩の田中くんが客先でミスをやらかして、取引先がカンカンに怒ってるっていう電話が入った。みんながオロオロしてる中で、曽根さんだけが冷静だった。
「田中くん、まず事実関係を整理して。私が先方に電話する。桐山さんは過去の類似案件を3件抽出して、対応事例をまとめて」
「はい、すぐやります」
俺は営業時代にクレーム対応のデータベースを散々触ってたから、この手の作業は得意だった。15分で3件の事例をまとめて曽根さんに渡した。
「…早いね。助かった」
その一言だけだったけど、曽根さんが俺に対して初めて肯定的なことを言った瞬間だった。(え、この人褒めることあるの…?)って本気で思った。
11月に入って、部の飲み会があった。品川駅近くの居酒屋で、金曜の夜。
普段は鉄壁の曽根さんも、ビールを3杯飲んだあたりから少しだけ表情が柔らかくなってた。といっても、酔って崩れるとかじゃなくて、相槌がちょっと丁寧になるとか、その程度。
「桐山さん、最近ちゃんとついてこれるようになったね」
「いや、まだ全然です。型番がたまに化学式に見えます」
「ふっ…化学式はさすがに言い過ぎでしょ」
(あ、今笑った…)この人、笑うとだいぶ印象変わるな、って思った。目尻に小さいシワが寄るの、かわいいな、って。
…いやいや。上司だぞ。鬼課長だぞ。何考えてんだ俺。
飲み会が終わって、みんなで店を出たとき、曽根さんがちょっとふらついた。
「曽根さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっとヒールが…」
見ると、左のヒールの底が剥がれかけてた。
「あー、これ歩くの危ないですね。コンビニで絆創膏買って応急処置しましょうか」
「…いいよ、タクシー呼ぶから」
「この時間、品川は全然つかまらないですよ。俺の家この辺なんで、そこまで歩ければ呼べます」
本当は家まで徒歩20分くらいあったんだけど、なんか放っておけなかった。曽根さんは少し迷ってたけど、結局「じゃあお願い」と言った。
俺のワンルームのアパートに着いたのは23時過ぎ。玄関で靴を脱いだ曽根さんの足を見たら、ヒールのせいで小指の横が赤くなってた。
「足、結構やられてますね。絆創膏と、あと湿布もあったかな…」
「汚い部屋じゃないのね、意外」
「意外ってなんですか…」
「営業の男の一人暮らしって、もっとひどいイメージあった」
まあ、たまたま前日に掃除してただけなんだけど。(前日の俺、グッジョブ)
ソファに座ってもらって、絆創膏を渡した。曽根さんは自分で足に貼りながら、ふとこう言った。
「…桐山さんはさ、なんで私のこと怖くないの」
「え?怖いですよ普通に」
「嘘。怖がってる人は私の部屋に上げないでしょ」
「いや、ここ俺の部屋です」
「…あ、そうだった」
その言い間違いが、なんかツボに入って、二人で笑った。曽根さんがこんなに自然に笑うの、初めて見た。眼鏡の奥の目が細くなって、口元がちょっと緩んで。(あ、やっぱかわいいな、この人)って、もう止められなかった。
「みんな私のこと怖がって辞めてくでしょ。だから、桐山さんが残ってくれてるの、正直ありがたいと思ってる」
「俺は行くとこないから残ってるだけですよ」
「…それでもいい。いてくれるだけで」
曽根さんがそう言ったとき、声がちょっと震えてた。目が潤んでるように見えたのは、酒のせいだったのかもしれない。でも、この人がそういう弱さを見せるのは、たぶんすごく珍しいことなんだろうと思った。
沈黙が3秒くらい続いた。
「…タクシー、呼んでもらっていい?」
「あ、はい」
スマホでタクシーを呼んだ。到着まで8分。その8分間、二人とも黙ってた。曽根さんはソファに座ったまま、俺はキッチンに立って水を飲んでた。なんか、変な空気だった。
タクシーが来て、曽根さんは「ありがとう」とだけ言って帰っていった。
翌週の月曜日。出社したら、曽根さんはいつも通りだった。
「桐山さん、先週のレポートの3ページ目、数字が古い。直して」
(あ、いつもの曽根さんだ)と思って、ちょっとホッとした。でも同時に、あの夜の顔がチラチラ思い出されて困った。会議で曽根さんが眼鏡を直すたびに、ソファで絆創膏を貼ってた横顔が浮かぶ。
(いやいやいや。上司だって。10歳上だって。)
でも俺、気づいてなかったんだよな。曽根さんのほうも、あの夜から何か変わってたこと。
俺にだけ、指摘のあとに「ここは良かった」って一言付け加えるようになってたこと。昼休みにたまたまエレベーターで一緒になったとき、「お昼何食べるの」って聞いてきたこと。ぜんぶ、ただの上司の気遣いだと思ってた。
11月末、年末の大型案件で部署全体がバタバタしてた。俺と曽根さんは、夜21時過ぎまで二人でオフィスに残って資料を作ってた。
「コーヒー飲む?」
「あ、いただきます」
曽根さんが給湯室に立って、二人分のコーヒーを淹れてくれた。上司にコーヒー淹れてもらうって、なんか申し訳ないんだけど。
「桐山さん、営業時代の提案書のフォーマット、あれ使えない?」
「え、あの形式ですか?技術サポートの資料とは全然違いますけど…」
「客先に出す資料でしょ。営業の見せ方のほうが刺さると思う」
この人、ちゃんと俺の強みを見てくれてたんだな、って思った。営業三課では「お前の提案書はごちゃごちゃしてる」って言われてたのに、曽根さんは「見せ方がいい」って評価してくれた。
「じゃあちょっとアレンジして作ってみます」
「うん。期待してる」
その「期待してる」がなんか刺さった。この人に認められたいって思ってる自分がいた。
23時近くになって、やっと資料が仕上がった。オフィスには俺と曽根さんだけ。
「お疲れ様。いい資料になったね」
「曽根さんのおかげです」
「何言ってるの。あなたが作ったんでしょ」
曽根さんがデスクの椅子に座ったまま、ぐーっと背伸びをした。ブラウスの胸元が少し開いて、鎖骨のラインが見えた。
(見るな見るな見るな)
「ねえ桐山さん」
「はい」
「あの夜のこと、覚えてる?」
「…飲み会の後のですか」
「うん。あのとき私、泣きそうになってたの、気づいてた?」
「…なんとなく」
「恥ずかしいな。部下の前で弱いとこ見せるなんて」
「俺は…見れてよかったと思ってます」
曽根さんが俺を見た。眼鏡の奥の目が、会議のときとは全然違う色をしてた。
「…桐山さんって、たまにずるいこと言うよね」
「え、今のずるいですか」
「ずるい」
曽根さんが立ち上がって、俺のデスクの前に来た。距離が近い。シャンプーの匂いがした。たぶんボタニストとかそういう系の、ちょっと甘い匂い。
「ねえ。もう一回、あなたの部屋に行っていい?」
心臓が止まるかと思った。
「え…いいですけど、なんで…」
「なんでって聞かれると困るんだけど」
曽根さんが眼鏡を外した。その仕草がやたらゆっくりで、なんか色っぽくて、俺はたぶんそのとき完全にバグってた。
品川から俺のアパートまで、並んで歩いた。11月末の夜は寒くて、曽根さんはコートの襟を立ててた。会話はほとんどなかった。ただ、腕と腕が時々触れた。
部屋に入って、靴を脱いで、リビングの電気をつけて。
「…前より散らかってるね」
「今日は掃除してないんで…」
「ふふ。前はたまたま掃除してたんでしょ」
(バレてた…)
コーヒーを淹れようとしたら、曽根さんに腕を掴まれた。
「コーヒーはいいから」
「じゃあ何を…」
振り向いたら、曽根さんの顔がすぐそこにあった。眼鏡をかけてない曽根さんの顔。目が大きくて、睫毛が長くて、唇が少し開いてて。
「…怒らない?」
「怒る要素がないです」
曽根さんが目を閉じて、俺の唇に自分の唇を押し当てた。
柔らかかった。想像より全然柔らかくて、温かくて。コーヒーの味がほんのりした。
3秒くらいで離れて、曽根さんが俺を見た。
「…ごめん。上司なのに」
「謝んないでください」
「でも…」
「俺もずっと、曽根さんのこと見てました」
言ってしまった。言ったあとで(うわ、俺今なに言った?)ってなったけど、もう遅い。
曽根さんの目がちょっと潤んで、でも泣くんじゃなくて、笑った。
「…ほんとにずるい」
2回目のキスは、さっきより長かった。曽根さんの手が俺の首の後ろに回って、俺は曽根さんの腰に手を置いた。スーツの上からでもわかる、細いウエスト。舌が触れたとき、曽根さんが小さく声を漏らした。
そのまま、ソファに座った。っていうか、倒れ込んだ。
「んっ…」
曽根さんのブラウスのボタンを、上から一つずつ外した。手が震えてたと思う。3つ目のボタンを外したとき、ベージュのレースのブラが見えた。
「…きれい」
「やめて…恥ずかしい」
会議で部長を論破する人が、こんな小さい声で「恥ずかしい」って言うの、ギャップがすごすぎて頭がおかしくなりそうだった。
ブラの上から胸を触ると、曽根さんが目を逸らした。手で口元を隠してる。
「曽根さん…」
「…名前で呼んで」
「え」
「今だけでいいから。…美咲って呼んで」
「…美咲さん」
呼んだ瞬間、曽根さん…美咲さんの体がびくって震えた。
「…もう一回」
「美咲さん」
「ん…っ」
ブラのホックを外した。Dカップくらいあった。形がきれいで、肌が白くて、乳首はうっすらピンク。
(38歳でこれは反則だろ…)
胸に顔を埋めたら、美咲さんが俺の頭を抱えるようにした。
「あっ…そこ、敏感…」
乳首を舌で転がすと、美咲さんの息が荒くなった。普段あんなに冷静な人が、耳元で「んっ」とか「あ…」とか言うの、信じられなかった。(これ夢じゃないよな…?)
スカートのファスナーを下ろして、脱がした。黒いストッキングの下にベージュのレースのショーツ。上下お揃いだった。
「下着、お揃いなんですね」
「…たまたまよ」
「たまたま」
「たまたまって言ってるでしょ…っ」
ストッキングをゆっくり脱がした。長い脚がきれいだった。太ももの内側を指でなぞったら、美咲さんが腰を揺らした。
ショーツの上から触ると、もう濡れてた。
「美咲さん、ここ…」
「言わないで…っ。わかってるから…」
ショーツをずらして、直接触った。指を入れると、美咲さんが声を堪えるように唇を噛んだ。
「声、出していいですよ。誰もいないし」
「無理…っ。癖で…我慢しちゃう…」
「じゃあ、我慢できないくらいにします」
自分でもどこからそんな台詞が出てきたのかわからない。でも美咲さんが俺を見上げる目が、会議室の鬼課長とは全然違ってて、それが俺を大胆にさせた。
クリを指で円を描くように触りながら、中に指を2本入れた。美咲さんの中は熱くて、きゅっと締まってきた。
「あっ…んんっ…」
声が少しずつ漏れ始めた。
「だめ…桐山くん…っ」
(今、くん付けになった)
指を早めに動かすと、美咲さんの足がぴんと伸びて、俺の手首を掴んだ。
「あ…っ、いく…っ」
体をぶるっと震わせて、美咲さんがイった。目を閉じて、唇を半開きにして、眉を寄せて。その顔がもう、反則的にきれいだった。
「…大丈夫ですか」
「…大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない」
「え、痛かったですか」
「違う…。部下に指でイかされて大丈夫なわけないでしょ…」
その言い方が曽根課長っぽすぎて、思わず笑ってしまった。
「笑わないで…っ」
「すみません。でもなんか、美咲さんっぽいなって」
美咲さんが俺のベルトに手をかけた。
「…私だけイくのは不公平」
ズボンとパンツを下ろされて、もうカチカチになってた俺のを美咲さんが握った。
「…大きいじゃない」
「普通ですよたぶん」
「私が大きいって言ったら大きいの」
会議のときと同じ口調でそれ言われると笑いそうになるんだけど、手が動き始めたら笑ってる余裕なくなった。
美咲さんの手は細くて冷たくて、でもそれが逆に気持ちよかった。先端を親指でくるくる触られたとき、声が出そうになって堪えた。
「声、出していいのよ。誰もいないし」
「…それ、俺のセリフです」
「ふふ…」
美咲さんが体を起こして、俺の上にまたがった。
「…ゴム、ある?」
「あ…えっと…」
ベッドサイドの引き出しにあったはず。2年前に買ったやつが。
「あります。ちょっと待ってください」
取ってきて、つけた。手が震えてたから時間かかった。
「緊張してる?」
「めちゃくちゃしてます」
「…私も」
美咲さんが俺のものを持って、ゆっくり腰を下ろした。
入った瞬間、二人とも声が出た。
「っ…」
「あっ…」
美咲さんの中は、指で触ったときよりもっと熱くて、ぎゅって締まってきて。
「…久しぶりすぎて…ちょっと待って…」
「はい。ゆっくりで」
美咲さんが少しずつ腰を動かし始めた。俺は美咲さんの腰に手を添えた。
「ん…あ…っ」
目を閉じて、小さく声を漏らしながら動く美咲さんを見上げてた。天井の蛍光灯の光が美咲さんの鎖骨のラインを照らしてて、汗がうっすら光ってて。
(この人がこんな顔するんだ)
会社では絶対に見せない顔。それを俺だけが見てる。その事実に、信じられないくらい興奮した。
「美咲さん…すごい気持ちいい…」
「…私も…っ。奥に当たって…」
体を起こして、美咲さんを抱きしめた。対面座位の体勢で、下から突き上げた。
「あっ…そこ…っ、だめ…っ」
「だめって言いながら腰動かしてますよ」
「うるさい…っ」
美咲さんが俺の肩に爪を立てた。ちょっと痛かったけど、それが良かった。
「桐山くん…桐山くん…っ」
「俺も…名前で…」
「…拓也…っ」
下の名前で呼ばれたの、この会社に入ってから初めてだった。それだけでもう限界近かった。
「美咲さん…もう俺…」
「いいよ…一緒に…っ」
美咲さんの中がぎゅっと締まって、俺は体の奥から込み上げるものを止められなかった。
「っ…あ…っ」
「あっ…ん…っ」
美咲さんの体が震えて、俺にしがみついてきた。背中に回した腕に力が入って、二人でそのまま動けなくなった。
しばらく、お互いの息づかいだけが部屋に響いてた。
「…体、熱い」
「…はい」
「ねえ…もう一回、していい?」
2回目は、ベッドに移動した。
今度は俺が上になって、美咲さんの脚を持ち上げた。正常位でゆっくり入れた。
「ん…深い…」
さっきより深く入って、美咲さんが声を抑えきれなくなってた。
「あ…あっ…拓也…もっと…」
1回目の余韻が残ってるのか、美咲さんの反応がさっきより大きかった。目を潤ませて、唇を噛んで、でも声が漏れて。
俺は美咲さんの手を取って、指を絡めた。美咲さんがその手をぎゅっと握り返してきた。
「美咲さん…好きです」
自分でもびっくりするくらい自然に出た。
「…私も…っ。ずっと言えなかった…」
「いつからですか」
「クレームの資料…15分で出してきたとき…あのとき、この人すごいなって…」
「あれで?」
「あれで…っ。あんっ…」
会話の途中で突き上げたら怒られるかと思ったけど、美咲さんは怒るどころか脚を俺の腰に絡めてきた。
「もう…ずるい…ずるいって…」
「美咲さんがずるいんですよ。会社であんなに怖いくせに…こんな顔するの…ずるいですよ」
「怖くてごめん…っ」
「謝んないで…俺、美咲さんの厳しいとこも好きだから…」
腰の動きを速めたら、美咲さんが「あっ、あっ」って短い声を繰り返した。繋いだ手にどんどん力が入って。
「いく…また…いっちゃう…っ」
「俺も…一緒に…」
二人同時だった。美咲さんの中がぎゅうって締まって、俺もそのまま出した。美咲さんの体がびくびく震えて、俺はその体を抱きしめたまま動けなかった。
終わったあと、ベッドで隣り合って天井を見てた。
時計を見たら深夜1時を回ってた。
「…月曜からどうしよう」
「普通にしてたらいいんじゃないですか」
「普通って、私あなたに指示出す立場よ?」
「いつも通り怖くしてくれればいいです。俺だけがこっちの顔知ってるって思ったら、むしろ得した気分です」
美咲さんが横を向いて、俺を見た。眼鏡をかけてない顔。仕事の鎧を全部脱いだ顔。
「…ほんとにずるい人」
俺の胸に額をくっつけて、目を閉じた。
「明日の朝、会社に行く前にコーヒー淹れて。あなたのコーヒー、給湯室のより美味しかった」
「はい。曽根課長」
「…今は美咲って呼んで」
「はい。美咲さん」
美咲さんが俺の胸に顔を埋めたまま、小さく笑った。
その笑い声が、たぶん俺があの部署に残ってる本当の理由になったんだと思う。
あれからもう半年以上経った。会社では相変わらず「鬼の曽根課長」と「下っ端の桐山」のままだ。誰にもバレてない。たぶん。
でも、残業で二人きりになった夜に美咲さんが眼鏡を外すとき、俺は自分がこの部署に異動してきたことを、心の底からラッキーだったと思う。
左遷で始まった話が、まさかこうなるとは。人生、何があるかわかんないもんです。