転職が決まった最終出社日、送別会の二次会で経理の地味な先輩に「ずっと言えなかったことがある」と居酒屋の裏口に連れ出された話

どうも、はじめまして。都内のIT企業でSEをやっていた27歳です。

いきなりですけど、俺、先月転職しました。3年いた会社を辞めて、大阪のベンチャーに移ることになったんです。理由はまぁ、いろいろあるんですけど、一番でかいのは「このままここにいたら一生同じことやってる」っていう焦りですかね。

で、今から書くのは、最終出社日に起きたことです。正直、まだ頭の中が整理できてないんですけど、誰かに話したくてしょうがないので書きます。

俺のスペックを先に言っておくと、身長172センチ、体重65キロ、顔面偏差値はたぶん48くらい。要するにフツーです。大学時代にサッカーやってたんで体型はまぁマシなほうだと思うんですけど、モテるかって聞かれたら全然モテないです。彼女いない歴は入社してからずっとなんで、丸3年。大学の時に1人だけいたんですけど、半年で振られました。(理由は「一緒にいてもドキドキしない」だそうです。泣きたい。)

で、話の中心にいるのが経理部の小峰さんっていう先輩です。俺より2つ上の29歳。

小峰さんの第一印象は、ぶっちゃけ「地味」の一言でした。いつも黒縁の大きめのメガネをかけていて、髪はひとつ結び、服は紺か黒のカーディガンに白いブラウス。化粧もほぼしてないに等しくて、なんというか、存在感を消すことに全力を注いでるような人でした。

ただ、声だけはすごく印象に残ってて。低めなんだけど透き通ってるっていうか、電話応対のときの声がめちゃくちゃ綺麗だったんですよ。経理フロアの前を通るたびに、あの声が聞こえてきて。(いや、別にそれで好きになったとかじゃないですけどね。当時は。)

俺と小峰さんの接点は、月に2〜3回、経費精算とか見積もりの承認とかで経理フロアに行くときだけ。毎回ほぼ同じやりとりでした。

「小峰さん、これお願いしてもいいですか」

「はい、確認しますね。……ここ、日付が抜けてます」

「あ、すみません」

「直したら印鑑もらってきてください」

マジでこれだけ。3年間、ほぼこれの繰り返し。世間話すらしたことない。小峰さんは誰に対してもこんな感じで、愛想がないっていうか、必要最小限の会話しかしない人だったんです。

だから、退職が決まって最終出社日が近づいてきたとき、小峰さんのことなんて1ミリも頭になかった。それは断言できます。

転職先が決まったのは6月の頭で、7月末が最終出社日。引き継ぎやら挨拶回りやらでバタバタしてる中、同期の永野ってやつが「送別会やるから」って勝手に幹事を買って出てくれた。新橋の居酒屋で、参加者は15人くらい。部署をまたいでいろんな人が来てくれるらしい。

最終出社日の金曜日。デスクの私物を段ボールに詰めて、各部署に挨拶回りをして。経理にも当然行きました。

「小峰さん、3年間お世話になりました。経費精算、いつもミスばっかですみませんでした」

「……いえ。お疲れさまでした」

これだけ。目も合わせてくれなかった。まぁいつも通りだな、と思いました。(ちょっとだけ寂しかったのは内緒です。)

で、夜7時から送別会。新橋駅から歩いて5分くらいの「魚金」ってお店の個室。集まったメンバーは、同期5人に先輩3人、後輩2人、あとは他部署からちらほら。にぎやかでいい感じの飲み会でした。

2時間飲み放題のコースが終わって、まぁ当然のように二次会の流れになるんですけど、ここで永野が「人数多いから二手に分かれよう」って言い出して。カラオケ組と、もう一軒飲む組。俺はカラオケそんなに好きじゃないんで、飲む組のほうに行きました。

二次会の店は、一次会の店から3分くらい歩いた路地裏の小さい居酒屋。8人くらいでカウンターと小上がりに分かれて座ったんですけど、ここでびっくりしたのが、小峰さんがいたことです。

一次会にはいなかったのに。

「あれ、小峰さん?一次会来てなかったですよね?」

「……残業が終わらなくて。永野さんに二次会の場所を聞いて、直接来ました」

(え、わざわざ?)って思ったんですけど、まぁ社交辞令的なやつかなと。

で、小上がりの端っこに俺と小峰さんが並ぶ形になったんですけど、これがまた気まずい。普段から会話のない2人が隣に座っても、話すことないんですよ。

周りはけっこう盛り上がってて、俺の向かいに座った営業の橋本さん(35歳、既婚、よく飲みに誘ってくれる兄貴分)が場を回してくれてたんですけど。

「小峰さん、何飲みます?」

「……ハイボールで」

「お、意外。なんかカルーアミルクとかのイメージでした」

「……甘いの、苦手なんで」

「あ、そうなんですね」

沈黙。きっつい。

でも、2杯目、3杯目とハイボールを重ねるうちに、小峰さんの頬がだんだん赤くなってきて。メガネの奥の目が少しとろんとしてきて。(この人、酒弱いのか…?)

4杯目を頼んだあたりで、小峰さんが急にメガネを外したんです。ポケットから出したメガネケースにしまって。

その瞬間、俺、固まりました。

いや、マジで。

メガネを外した小峰さん、橋本環奈に似てたんです。いや、さすがに橋本環奈は盛りすぎか。でも系統は完全にあっち系。丸くて大きい目に、すっと通った鼻筋、肌は色白でめちゃくちゃ綺麗で。メガネとひとつ結びで完全に隠れてたけど、普通にかわいい。っていうか、かわいいを通り越して、え、なんでこんな顔がうちの経理にいたの、っていうレベル。

(待って待って待って。3年間、俺、この顔に気づかなかったの?マジで?)

動揺してる俺に気づいたのか、小峰さんがこっちを見ました。

「……なに?」

「いや、あの、メガネ外すんだなって」

「酔うとメガネ重くて」

「あ、なるほど……」

いやいやいや、そういう問題じゃなくて。

向かいの橋本さんも気づいたらしくて、「え、小峰さんってメガネ外したらめちゃくちゃかわいいじゃん!」って大声で言ったんですよ。小峰さんは無表情のまま「やめてください」って返してたんですけど、耳が真っ赤でした。

それからなんとなく、小峰さんとぽつぽつ話すようになりました。酔いが回ってきたのか、いつもの鉄壁が少し緩んでて。

「小峰さんって入社何年目でしたっけ」

「5年目。新卒からずっと」

「え、じゃあ俺が入った時にはもういたんですね」

「……うん。宮崎くんの入社式、見てた」

宮崎くん、って呼ばれたのが初めてで、ちょっとドキッとしました。いつも「宮崎さん」だったから。

「入社式なんて覚えてるんですか」

「……覚えてる。自己紹介で『サッカーしかやってこなかったんで、社会人の基礎から教えてください』って言ってた」

「え、マジで覚えてんの?それ3年前ですよ?」

「…………」

小峰さんは答えずに、ハイボールを一口飲みました。

そのあたりで、周りがだんだん帰り始めて。終電の時間が迫ってたんですよね。気づいたら残ってるのは俺と小峰さんと、あと橋本さんと後輩の2人の計5人。

橋本さんが「じゃ、俺は田町だからそろそろ出るわ」と席を立って、後輩2人もそれについていく形で帰って。

2人きりになりました。

(え、これ、どうすればいいんだ……)

「小峰さんも帰ります?終電大丈夫ですか?」

「……ちょっと、外出ない?」

「え?」

「話したいことがあるの。……ずっと言えなかったこと」

心臓がバクバクしました。

会計を済ませて外に出ると、7月末の湿った夜風が肌にまとわりついてきて。居酒屋の裏口を出たところに、自販機の明かりだけがぼんやり光ってる小さなスペースがあって、小峰さんはそこで立ち止まりました。

髪をほどいたんです。いつものひとつ結びのゴムを外して。肩よりちょっと下くらいの長さの髪が、ふわっと広がりました。メガネなし、髪おろした小峰さん。自販機の白い光に照らされた横顔が、マジで別人でした。

「……あのね」

小峰さんの声が震えてて。

「私、宮崎くんのこと……ずっと好きだった」

「……え?」

「入社式の自己紹介で笑っちゃって。こんなバカ正直な人いるんだって。それから経費精算で来てくれるたびに、嬉しくて。でも私、男の人と話すの苦手で……いつも事務的なことしか言えなくて……」

(3年間……?)

「それ……3年前から?」

「……うん。ごめんね、最後の日にこんなこと言って。迷惑だって分かってる。でも、言わないまま宮崎くんがいなくなったら、一生後悔する気がして……」

泣いてた。小峰さん、泣いてたんですよ。声は抑えてるのに、自販機の光で頬を伝う涙がはっきり見えて。

俺はどうしていいかわからなくて。だって、3年間ほぼ他人だと思ってた人から、3年間好きだったって言われて。しかも明日からもう会えないっていうタイミングで。

(なんで今なんだよ。なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。)

って思ったんですけど、同時に自分のことも恨みました。3年も同じ会社にいて、この人のことを何も知ろうとしなかった。声が綺麗だなってぼんやり思ってただけで、それ以上踏み込まなかった。

「……迷惑じゃないです」

「え……?」

「正直、全然気づかなかった。俺、鈍いんで。でも……迷惑だなんて思わないです。むしろ……」

言葉が出てこなくて。でも体が勝手に動いて、小峰さんの肩を引き寄せてました。

「……っ」

小峰さんの体が硬くなったのがわかりました。でも、拒否はしなかった。

「もっと早く知りたかったです、小峰さんのこと」

「……うそ」

「嘘じゃないです。メガネ外した顔見て、マジでびっくりして。でもそれだけじゃなくて、さっき入社式のこと覚えてるって聞いて……なんか、すごい嬉しかったんです」

「……やめてよ、そういうこと言うの。明日からいなくなるくせに……」

その言葉にグサッときて。そうだよな、俺、明日から大阪行くんだよな。

でも。

「小峰さん、今日、このまま帰りたくないです」

自分でもびっくりするくらいストレートに言ってました。酔ってたのもあるけど、それだけじゃない。目の前で泣いてるこの人を、このまま1人で終電に乗せて帰すのが、どうしてもできなかった。

「……私も」

小峰さんが小さく言いました。

新橋から歩いて5分くらいのビジネスホテルに入りました。フロントで部屋を取るとき、小峰さんは俺の少し後ろに立ってて、カーディガンの袖をぎゅっと掴んでて。(この人、本当に大丈夫なのか……俺は変なことしようとしてないか……)って自問自答しながら、鍵を受け取りました。

部屋に入って。狭いツインの部屋。ドアを閉めた瞬間、沈黙が落ちてきて。

「あの……」

「はい」

「私……経験、少なくて……というか、ほとんどなくて……」

「俺もそんなにないです。大学で1人だけ」

「……そっか。なんか安心した」

ふっと笑った小峰さんが、今日一番かわいかった。

ベッドに並んで座って。しばらく黙ってて。

俺から手を伸ばしました。小峰さんの左手に、そっと重ねるように。指が冷たくて。

「……手、冷たくてごめん」

「冷え性?」

「うん……昔から」

「温めますよ」

両手で小峰さんの手を包み込みました。小峰さんが俺の顔をじっと見つめてて。メガネのない大きな目が、ホテルの薄暗い照明の中でやたら綺麗で。

「……キス、してもいい?」

小峰さんから言ってきたのが意外で、でもその「意外」が嬉しくて。

「……はい」

唇が触れた瞬間、小峰さんの手がぶるっと震えました。柔らかくて、ハイボールの味がかすかにして。

最初は軽く触れるだけだったのが、だんだん深くなっていって。俺の手が自然と小峰さんの腰に回って、小峰さんの手が俺のシャツの胸元を掴んで。

唇を離したとき、小峰さんの目がうるんでた。

「……3年間、ずっとこうしたかった」

その一言で、俺の中で何かが決壊しました。

カーディガンを脱がせて、ブラウスのボタンをひとつずつ外していく。指が震えてたのは俺のほうです。

「……すみません、手が震えて」

「……私も」

ブラウスの下から現れた体は、服の上からは全然わからなかった。色白で、思ったより胸がある。

「小峰さん、あの、失礼かもしれないですけど……スタイルいいですね」

「……やめて。恥ずかしい」

顔を横に向けて赤くなる小峰さんの耳に、つい口づけしてしまって。

「ひっ……耳、だめ……っ」

予想外の反応に、ちょっとだけ意地悪な気持ちになった自分がいました。普段あんなに無表情な人がこんな声出すのかと思ったら、もっと聞きたくなって。

下着を外すとき、小峰さんが自分で顔を両手で覆いました。

「見ないで……」

「見ます」

「……ばか」

Eカップくらいありそうなのを、あのカーディガンで隠してたのかと思うと、ちょっと怒りすら覚えました。もったいなさすぎるだろ。

胸に触れたとき、小峰さんが息を呑む音が聞こえて。柔らかくて、手に吸いつくような感触で。

「綺麗ですよ、小峰さん」

「……っ、そういうの……慣れてないから……」

舌で先端を転がしたら、小峰さんの体がびくっと跳ねました。

「んっ……待って、いきなりそこは……っ」

待てなかった。3年分の空白を埋めるみたいに、夢中になっていました。

小峰さんの首筋、鎖骨、胸、お腹。唇を這わせるたびに、押し殺したような声が漏れて。普段の無表情からは想像できないくらい、表情が崩れていく。

太ももの内側に手を滑らせたとき。

「……あ、待って。ちょっと待って」

「ごめん、嫌だった?」

「ち、違くて……その……すごく、濡れてるから……恥ずかしくて……」

(この人、そういうとこ正直に言うのか……)

指で触れたら、本当に。驚くくらいで。

「……全然恥ずかしいことじゃないですよ」

「恥ずかしいよ……だって、キスと胸触られただけなのに、こんなに……」

3年分の想いが溜まってたんだろうな、と思ったら、なんだか切なくなりました。

ゆっくり指を入れると、小峰さんが俺の肩にしがみついてきて。

「んんっ……」

経理の仕事で数字を読み上げるときのクリアな声と同じ人の声とは思えない、甘くて切ない声。

「気持ちいい?」

「……うん……自分でするのと、全然違う……」

(え、自分でしてんの?)って思ったけど口には出しませんでした。いや出したかったけど。

指を動かしながら、もう片方の手で胸を揉んで、耳元に唇を近づけて。

「あっ……そこ……だめっ……」

「だめなの?」

「だめじゃ、ないけど……っ、イっちゃう……っ」

小峰さんの中が、きゅっと指を締めつけてきて。体が震えて、俺の肩に顔をうずめたまま、小さく声を漏らしました。

「っ……ん、ぅ……っ」

しばらくそのまま、荒い呼吸を繰り返す小峰さんの背中をさすっていました。

「……ずるい」

「え?」

「宮崎くんにされると、こんなに気持ちいいって知らなかった。知ったら……もう、忘れられなくなるじゃん……」

その言葉が、胸に刺さりました。明日から俺は大阪に行く。この人とはもう毎月の経費精算で顔を合わせることもない。なのに、こんな夜を作ってしまっていいのか。

(……でも、もう戻れない。)

「小峰さん……入れたい」

「……うん」

コンビニに走ろうかと思ったんですけど、小峰さんが俺の腕を掴んで離さなくて。

「行かないで……大丈夫、今日安全な日だから……」

本当かどうかはわからなかったけど、この手を振りほどく選択肢は俺にはなかったです。

ゆっくり入れていきました。小峰さんが痛そうに眉をしかめて。

「痛い?」

「ちょっと……久しぶりだから……」

「無理しないで。ゆっくりでいいんで」

「……ゆっくり、お願い」

少しずつ、少しずつ。小峰さんの中は熱くて、きつくて。完全に入ったとき、2人とも動かずにしばらくそのままでいました。

「……つながってる」

「……うん」

「夢みたい。ずっと、こうしたかった……」

その声に、泣きそうになっている自分がいました。なんで3年も気づかなかったんだろう。この人がこんなに俺のことを想ってくれていたのに。

動き始めると、小峰さんが俺の首に腕を回してきて。顔を近づけて、唇が触れて。キスしながら腰を動かすと、小峰さんの声がだんだん大きくなっていって。

「あっ……ん、気持ちいい……」

「俺も……やばいです」

「ね……名前で呼んで……」

「え?」

「私の名前……一度も呼んでくれたことない」

そういえば。ずっと「小峰さん」だった。名前、なんだっけ。

(……あ。名刺交換したとき見た気がする。)

「……千紗さん」

「っ……!」

びくん、って。名前を呼んだだけなのに、中がぎゅうって締まって。

「もう一回……言って……っ」

「千紗さん……千紗さん」

「あぁっ……うれしい……っ」

泣きながら笑ってるみたいな顔で。こんな表情、経理フロアじゃ絶対見られなかった。

ペースが上がっていく。ベッドが軋む音と、2人の荒い息遣いと、肌が合わさる音。

「千紗さん……もう出そう……」

「いいよ……出して……中に……」

「でも……っ」

「いいから……お願い……宮崎くんの、全部ちょうだい……」

最後は小峰さん……いや、千紗さんの手をぎゅっと握ったまま。

限界が来て。体の奥から搾り出されるような感覚で。千紗さんの中に、全部出しました。

「あ……熱い……」

「はぁ……はぁ……ごめん、中に……」

「謝らないで。……私がお願いしたんだから」

繋がったまま、千紗さんが俺の胸に顔をうずめてきて。

「……ねぇ。もう一回、していい?」

正直、一回でかなり出したので体力的にきつかったんですけど。千紗さんの「もう一回」が、快楽の意味じゃなくて「この時間を少しでも延ばしたい」っていう意味なのがわかったから。

2回目は千紗さんが上に乗って。さっきよりずっと大胆で、自分から腰を動かして。

「んっ……あ、すごい……奥に当たる……」

上から見下ろす千紗さんの姿。髪が揺れて、胸が揺れて。こんな姿を見せてくれる人が、3年間すぐそこにいたのに。

「千紗さん……きれいだよ」

「……っ、そんなこと言われたの、初めて……」

千紗さんの目からまた涙がこぼれて。俺の腹の上にぽたぽた落ちてきて。

「好き……好きだよ、宮崎くん……っ」

「俺も……好きです。もっと早く気づくべきだった」

千紗さんが前に倒れ込んできて、キスしながら最後は一緒に。2回目は1回目よりも深くて、長くて、息ができないくらいでした。

終わったあと、2人でベッドに横たわって。千紗さんが俺の胸に頭を乗せて、俺は千紗さんの髪をぼんやり撫でていて。

時計を見たら午前3時を過ぎてました。

「……ねぇ」

「うん」

「大阪、遠いね」

「新幹線で2時間半だよ」

「……それ、遠いよ」

「会いに来てよ。経費精算しなくても」

千紗さんがぷっと笑って。

「なにそれ」

「日付が抜けてなくても、会いに来てほしい」

「……ばか」

ばか、って言いながら、ぎゅっと腕に力を込めてきて。

「ちゃんと付き合ってください。遠距離になるけど」

「……本当に?同情とか、一晩だけとか、じゃなくて?」

「同情で2回もしないですよ」

「……もう。デリカシーない」

でも、くしゃって笑ってました。3年間見たことなかった、千紗さんの笑顔。

「……よろしくお願いします」

経費精算のときと同じ言い方で言うから、思わず笑ってしまって。千紗さんも笑って。そのまま2人で眠りに落ちました。

朝、カーテンの隙間から入る光で目が覚めたとき、千紗さんはまだ俺の腕の中で眠ってて。寝顔を見ながら、あの経理フロアの蛍光灯の下でメガネをかけて黙々と仕事をしてた人と同一人物だということが、まだ信じられなくて。

(3年間、よく我慢したな、この人。俺なんかのために。)

千紗さんが目を開けて、一瞬びっくりしたような顔をして。それから、ゆっくり笑いました。

「……夢じゃなかった」

「夢じゃないです」

「……おはよう」

「おはようございます」

チェックアウトして、新橋駅まで並んで歩いて。東海道新幹線の改札の前で立ち止まりました。俺はこのまま品川に出て、新幹線で大阪に向かう。荷物は先に送ってある。

「……行ってらっしゃい」

「行ってきます。すぐ連絡します」

「……ん」

最後にもう一度、千紗さんの手を握りました。昨日の夜は冷たかった指先が、今朝はちょっとだけ温かかった。

今、大阪の新しいオフィスでこれを書いてます。

千紗さんとはLINE交換して、毎日やりとりしてます。来月、千紗さんが大阪に遊びに来ることになってて。道頓堀でたこ焼き食べよう、って約束してます。

3年間、俺のことを好きでいてくれてありがとう。

その気持ちに気づけなかった3年分、これから返していきます。


編集部プロフィール画像

編集部が運営。「あの夜」で読める恋の体験談を厳選して公開しています。