水泳部で誰も近づけなかった氷の先輩と、社会人になって市民プールで再会した夜の話

社会人3年目、25歳の夏の話です。

俺は都内の中堅メーカーで営業をやっている、まあ普通のサラリーマンです。身長172、体重はここ1年で5キロ増えて68。大学までやってた水泳のおかげで肩幅だけは広いんだけど、最近は完全に運動不足で腹が出てきた。顔は…友達には「雰囲気イケメン」って言われるけど、要するにフツメンってことだと思う。

で、その日は金曜日だったんだけど、珍しく18時に仕事が終わった。7月の頭で、外はまだ明るくて蒸し暑い。最寄りの三鷹駅に着いて、いつもならそのまま家に帰るところなんだけど、ふと思い立って市民プールに寄ることにした。

三鷹市の市民プールって、夏季だけ屋外の50mプールが開くんですよ。利用料500円。21時まで営業してるから、仕事帰りに泳ぐにはちょうどいい。

…なんて言ってるけど、実は来るの3回目。最初に来たのは6月の末で、久しぶりに泳いだら25mでゼーハーして情けなくなった。2回目は翌週。多少マシになったけど、50m泳いだら足攣りそうになった。高校時代は100mバタフライの選手だったのに、人間ってここまで衰えるのかと。

着替えてプールサイドに出ると、平日の夜だからガラガラだった。50mプールに人が3人くらいしかいない。

準備運動して、端のコースに入った。今日は500mくらい泳ごうと思って、ゆっくりクロールを始める。

3往復目くらいで、隣のコースに誰かが入ってきた。

チラッと見えた。長い脚。すらっとした体型。黒のワンピース水着。

(速っ…)

その人、俺の倍くらいのスピードで泳いでいく。フォームが綺麗すぎて、水しぶきがほとんど立たない。ターンも壁を蹴る音が小さいのに、ぐんぐん加速していく。

明らかに素人じゃない。

俺は自分のペースで泳ぎ続けたんだけど、正直ちょっと気になってた。あのフォーム、どこかで見たことがある気がする。

500m泳ぎ切って、壁につかまってゼーハーしてたら、隣のコースの人もちょうどターンしてこっちに戻ってきた。

壁に手をついて、ゴーグルを外す。

水から上がった顔を見て、心臓が止まりそうになった。

「…柊木先輩?」

切れ長の目。通った鼻筋。水に濡れた黒髪が肩に張りついている。高校のとき、北川景子に似てるって男子の間で言われてた顔。ただし北川景子が絶対に笑わないバージョン。

柊木凛。俺が高校の水泳部にいた頃の、2つ上の先輩。女子の部長。個人メドレーで県大会2位。そして、「氷の女王」というあだ名で呼ばれていた人。

先輩は俺を見て、一瞬だけ目を細めた。

「……誰?」

「あ、えっと…水泳部の後輩の、宮田です。宮田隼平」

「宮田……ああ、バタフライの」

覚えてくれてた。それだけでちょっと嬉しかった。

「はい、そうです。うわ、すごい偶然ですね。先輩こっちに住んでるんですか?」

「…吉祥寺」

相変わらず言葉が少ない。高校のときもそうだった。必要最低限のことしか喋らない。後輩には指示と注意だけ。雑談ゼロ。笑顔ゼロ。だから「氷の女王」。

でも水泳に対しては誰よりも真剣で、練習量もえげつなかった。俺が入部したとき、朝練で先輩が一人で黙々と泳いでるのを見て、正直怖かった。

「先輩、まだ泳いでるんですね。フォーム全然変わってなくて、すぐわかりました」

「……あなたは、だいぶ鈍ったね」

(グサッ)

まあ、そうですよね。500mでゼーハーしてる元選手とか、見てられないですよね。

「いやほんと、3年ぶりに泳いだら25mで死にかけて…」

「肩の入りが浅い。ローリングも足りてない」

「え、見てたんですか?」

「隣で泳いでれば嫌でも見える」

そう言って、先輩はプールから上がった。

168cmくらいだろうか。高校のときより少し丸みが出た気がするけど、脚は相変わらず長くて細い。肩のラインも綺麗で、スイマーの体だった。

(…いや、見すぎだろ俺)

慌てて目をそらしたけど、先輩はこっちを見てすらいなかった。タオルで髪を拭きながら、更衣室に向かっていく。

あ、行っちゃう。

なんか、このまま終わるのがもったいなくて、俺も慌ててプールから上がった。

着替えてロビーに出ると、先輩はもう出口に向かってた。紺のワンピースにトートバッグ。私服姿を見るのは初めてで、なんか新鮮だった。

「先輩!あの、よかったら…飲み物でもどうですか。久しぶりだし」

我ながら唐突だったと思う。先輩は振り返って、俺を3秒くらい無表情で見た。

断られる、と思った。

「……いいよ」

(え?)

「いいよ」って言った?今?この先輩が?

高校のとき、後輩が「先輩、一緒にご飯行きませんか」って誘って「用事がある」の一言で切られてたの何回も見てきたんだけど。

「ま、マジですか。えっと、この辺だと…」

「駅前にドトールがある」

先輩が先に歩き始めた。俺は半歩後ろをついていく。高校のときと同じだ。先輩の後ろを泳ぐみたいに。

ドトールに入って、俺はアイスコーヒー、先輩はアイスティーを頼んだ。窓際の席に向かい合って座る。

「先輩、卒業してから何されてるんですか?」

「IT系。プログラマー」

「へぇ、なんかイメージ通りです」

「…どういう意味?」

「あ、いや、黙々と作業するの得意そうだなって…すみません」

先輩はストローでアイスティーをかき混ぜながら、少し間を置いた。

「……合ってる」

あ、怒ってない。よかった。

「水泳は続けてるんですね」

「週3で泳いでる。大学では水泳部には入らなかった。人間関係が…面倒で」

(あ、自分でわかってたんだ…)

先輩が自分のことをこんなに話すの、初めて聞いた気がする。高校のときは部活の話しかしなかったし、個人的なことは一切言わなかった。

「俺は大学でも水泳部だったんですけど、就職してからパタッと泳がなくなって。で、最近やばいなと思って市民プールに来始めたんです」

「…体型、変わった?」

「5キロ太りました」

「わかる」

(そこ共感するとこじゃなくて否定してほしかった…)

でも先輩の口元が、ほんの少しだけ上がった気がした。笑った…のか?高校3年間で一度も見たことなかった先輩の笑顔を、ドトールで見ることになるとは。

いや、気のせいかもしれない。光の加減とか、俺の願望とか。

「先輩って、高校のとき怖かったですよね」

「…知ってる。氷の女王でしょ」

「え、知ってたんですか」

「後輩が更衣室で言ってるの聞こえた」

「うわ…それ、嫌じゃなかったですか?」

先輩はアイスティーを一口飲んで、窓の外を見た。

「別に。事実だから」

「……」

「私は昔から、人と話すのが得意じゃない。笑顔を作るのも下手。水泳だけが取り柄で、水の中にいるときだけ楽だった」

先輩がこんなに長く喋るのを聞いたの、本当に初めてだった。

「だから部長なんて向いてなかった。でも実力で選ばれたから、断れなくて。結局、怖がられるだけで終わった」

「…俺、先輩のこと怖かったけど、尊敬もしてましたよ。朝練で誰よりも早く来て、一人で泳いでたの覚えてます」

先輩の指が、グラスの縁でピタッと止まった。

「……覚えてるの?」

「はい。俺、1年のとき練習キツくて辞めようかと思ったことがあって。でも朝練で先輩がひとりで黙々と泳いでるの見て、なんかサボれないなって」

「…………」

先輩が俺から目をそらした。横顔を見ると、耳がほんのり赤い。

(…え、照れてる?この人が?)

「……ありがとう」

小さい声だった。ドトールのBGMにかき消されそうなくらい。でも確かに聞こえた。

そこからは意外と会話が続いた。先輩はプログラマーとして金融系のシステム開発をしてること、吉祥寺に一人暮らしで猫を飼ってること、休日は泳ぐか映画を観るかしかしてないこと。話してみると、言葉は少ないけど、ちゃんとこっちの話も聞いてくれる人だった。

時計を見たら21時を過ぎてた。

「あ、もうこんな時間。先輩、来週も市民プール来ますか?」

「水曜と金曜は大体来る」

「じゃあ俺も金曜来ます。先輩に泳ぎ見てもらいたいし」

「……コーチ料取るよ」

「え、マジですか?」

「冗談」

先輩の目元がまた少し緩んだ。高校のときの俺が見たら腰抜かすと思う。

翌週の金曜、約束通り市民プールに行った。先輩はもう泳いでた。

俺が隣のコースに入ると、先輩は自分の練習を中断して、俺の泳ぎを見てくれた。

「右手のエントリーが外に開いてる。もっと前に伸ばして」

「キックが大きすぎ。膝から下だけ使って」

「息継ぎで頭上げすぎ。顎を引いて」

的確すぎる。先輩の指導を受けると、明らかに水の抵抗が減って楽に泳げるようになった。

「うわ、全然違う…先輩すごいですね」

「基本ができてるから、癖を直せばすぐ戻る」

それが嬉しくて、翌週もその次の週も金曜に通った。3週目からは水曜も行くようになった。

先輩と並んで泳いで、泳ぎ終わったらドトールかサイゼリヤで軽く話す。そういう金曜日が、いつの間にか一週間で一番楽しみな日になってた。

(いやいや、落ち着け。俺は先輩にフォームを直してもらってるだけだ。それ以上の何でもない)

…と自分に言い聞かせてたんだけど、4週目の金曜に事件が起きた。

その日は午後から急に天気が崩れて、雷雨になった。市民プールは屋外だから雷が来たら即閉鎖。案の定、18時半の時点で「本日は荒天のため閉館」の張り紙。

俺は仕事帰りにプールの前まで来てしまってた。折りたたみ傘はあるけど、風が強くて役に立たない。

プールの入口で途方に暮れてたら、後ろから声がした。

「宮田」

振り返ると、先輩がいた。紺のワンピースにスポーツバッグ。髪が雨で濡れてる。傘を持ってない。

「先輩、傘ないんですか?」

「予報では曇りだった」

「俺のやつ、この風じゃ意味ないですけど…一緒に入ります?」

先輩はほんの少し迷ってから、俺の傘の下に入ってきた。近い。肩が触れる距離。シャンプーの匂いがする。

「……どこかで雨宿りする?」

「そうですね、駅前まで走りましょうか」

二人で走った。傘はもはや飾りで、駅前のアーケードに着いた頃には二人ともびしょ濡れだった。

「やばい、全身ずぶ濡れだ…」

先輩を見ると、紺のワンピースが体に張り付いて、体のラインが出てしまってる。胸のあたりが思ったよりしっかりしてて(たぶんCカップかDカップ…)、慌てて視線をそらした。

「……見た?」

「見てないです」

「嘘。目が泳いでた」

(泳いでたって表現やめてくれ、水泳部的にダメージがデカい)

「すみません…えっと、とりあえず着替えないと風邪ひきますよね。先輩の家ってこの近くですか?」

「吉祥寺だから、歩いて15分くらい。でもこの雨じゃ…」

「俺の家、三鷹の駅から5分なんですよ。よかったらうちで雨やむまで待ちません? タオルと着替え出しますから」

言ってから、(やべ、これ下心あると思われるやつだ)と焦った。

先輩は濡れた前髪を指で払って、俺を見た。あの切れ長の目で。

「……いいの?」

「はい、全然。汚い部屋ですけど」

「汚いのは困る」

「嘘です、一応片付いてます」

(嘘じゃない。金曜は先輩に会えるかもと思って朝掃除してきた。いや、別にそういう意味じゃなくて…)

三鷹駅から走って5分。築30年の1Kマンションの3階。6畳のワンルームに先輩を招き入れた。

「タオルと、えっと…Tシャツとスウェット出しますね。サイズ合わないと思いますけど」

先輩にバスタオルとLサイズのTシャツ、短パンを渡した。

「……ユニットバスで着替えてもいい?」

「どうぞどうぞ。シャワーも使ってください」

先輩がバスルームに入って、しばらくしてシャワーの音が聞こえた。

俺はその間に自分もクローゼットから服を出して着替えた。濡れた服はハンガーに掛けて、エアコンの風が当たるところに吊るす。

先輩のワンピースも…乾かさないとまずいな。

バスルームのドアがガチャっと開いて、先輩が出てきた。

俺のTシャツはやっぱりブカブカで、先輩の手首あたりまで袖がある。短パンも膝下まで来てて。なんていうか…かわいい。

(いや「かわいい」って。先輩にそんなこと思うなよ。高校のとき殺気で人を寄せつけなかった人だぞ)

「……大きい」

「すみません、女性用の服なくて」

「当然でしょ。あったら怖い」

先輩は濡れた服を手に持ってた。

「あ、それ干しますよ。エアコンの前に掛けとけば…」

「……下着も」

「え?」

「下着も濡れてるから干したいんだけど…見ないでくれる?」

「は、はい!あっち向いてます!」

壁を向いて待ってる間、先輩がハンガーに何かを掛ける音がした。

(今この部屋に先輩の下着が干されてる…いやそれは考えるな。考えるな宮田)

「……もういいよ」

振り返ると、先輩がローテーブルの前に正座してた。俺のTシャツ一枚で、下は短パンだけ。ノーブラだということに気づいてしまって、心臓がうるさくなった。Tシャツの下の胸の輪郭が、うっすら見える。

(落ち着け。先輩は困ってて雨宿りに来ただけだ。変なことを考えるな)

冷蔵庫からビールと麦茶を出した。

「ビール飲みます?麦茶もありますけど」

「……ビール」

二人でプルタブを開けて、乾杯した。窓の外では雷が鳴ってる。

「こういうの……初めて」

「雨宿りですか?」

「男の人の家に来るの」

(…え?)

「先輩、彼氏いないんですか?」

「いたことない」

「嘘でしょ。あんなに…えっと、その…綺麗なのに」

先輩がビール缶を両手で持ったまま、少し俯いた。

「綺麗でも、話しかけづらい女には誰も来ない」

「……」

「大学のときも、会社でも。飲み会で隣の席になった人が『柊木さんって怒ってます?』って聞いてきて。怒ってないのに。普通にしてるだけなのに」

ビールを一口飲んで、先輩は続けた。

「たぶん私、表情の筋肉が少ないんだと思う」

「いや、筋肉の問題じゃないと思いますけど…」

「宮田は、怖くないの?私のこと」

「今は全然。高校のときは怖かったですけど…こうやって話してみたら、普通に喋れるじゃないですか」

「……そうかな」

「そうですよ。先輩、猫飼ってるって言ってたじゃないですか。猫に懐かれてる時点で悪い人じゃないです」

先輩がまた口元を少し上げた。今度はちゃんと見えた。笑ってる。

「猫は……人を見た目で判断しないから」

「俺もしないですよ」

言ってから、(いやカッコつけすぎだろ)と内心で突っ込んだ。

でも先輩は、少し驚いたような顔をして、それから視線を落とした。

「…宮田は、変わったね」

「え?」

「高校のとき、あなたは私に話しかけてこなかった。他の後輩と同じで、距離を取ってた」

「…そうですね。すみません」

「謝らなくていい。でも、今のあなたの方が……好き」

最後の二文字が、やけに小さかった。

「……先輩」

「……なに」

「それは、人として好きってことですか?それとも…」

先輩がビール缶をテーブルに置いた。指先が少し震えてるのが見えた。

「……私が、人にこんなこと言うと思う?誰にでも」

「思わないです」

「じゃあ、わかるでしょ」

雷が近くに落ちて、一瞬部屋が真っ白になった。先輩がビクッとして、反射的に俺の方に手を伸ばした。俺はその手を掴んだ。

細い指。冷たい。でも震えてる。

「先輩、雷ダメなんですか?」

「……ちょっとだけ」

水の中では誰よりも強いのに、雷は怖いのか。なんだかそのギャップに胸がぎゅっとなった。

手を握ったまま、離せなくなった。先輩も離そうとしない。

「先輩」

「…ん」

「俺も、先輩のこと…好きです。たぶん高校の頃から、ずっと気になってた。怖かったけど、目が離せなかった」

先輩は俺の手をぎゅっと握り返した。

「……遅い」

「すみません」

「7年も……待った」

(え、7年?俺が入部した高1のときから?)

「え、先輩、俺のこと…高校のときから?」

「朝練で、あなただけ私に『おはようございます』って毎朝言ってた。最初の1ヶ月だけだったけど」

「あ…それは覚えてます。途中から先輩に無視されてる気がして、やめちゃったんですけど…」

「無視してない。返事の仕方がわからなかっただけ。あなたが挨拶をやめた日、すごく……落ち込んだ」

(マジかよ…俺のせいじゃん…)

先輩の目が、潤んでるように見えた。氷の女王が、泣きそうな顔をしてる。

気づいたら、先輩の頬に手を添えてた。先輩の瞳が揺れる。

「先輩、キスしていいですか」

「………聞かないで。恥ずかしいから」

それは、いいよってことだと解釈した。

先輩の顔にゆっくり近づいて、唇を重ねた。

冷たいかと思ったけど、柔らかくて温かかった。ビールの味が少しした。

先輩の手が、俺のTシャツの裾を掴んでた。小さく「ん…」って声が漏れた。

離れると、先輩は目を閉じたままだった。

「…………もう一回」

今度は俺から深くキスした。舌を入れると、先輩が一瞬びくってなったけど、すぐに受け入れてくれた。ぎこちなく、先輩の舌が俺のに触れてくる。

「先輩…キス、初めてですか?」

「……うるさい」

(かわいい)

俺のTシャツを着た先輩を抱き寄せた。ブラをしてない胸が俺の胸板に押し付けられて、柔らかい感触が伝わってくる。先輩の体が少し強張った。

「嫌だったら、言ってください。すぐやめるんで」

「……嫌じゃない」

先輩の首筋に顔を埋めた。さっき俺のシャンプーを使ったはずなのに、先輩の匂いがする。なんか甘い。

「先輩、いい匂いする…」

「あなたのシャンプーなのに…変なこと言わないで…」

首にキスをすると、先輩が小さく息を吸った。耳の下あたりに唇を当てると、肩がびくっと跳ねる。

「ここ、弱い?」

「…わかんない。誰かに触られたことないから…」

そう言いながら、先輩は俺のTシャツの前を両手で掴んで、離さない。

ゆっくりTシャツの裾に手を入れた。先輩のお腹に触れる。スイマーらしく引き締まってるけど、皮膚は薄くて柔らかい。

先輩が目をぎゅっと閉じた。

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫。緊張してるだけ」

手を上に滑らせると、胸に触れた。Tシャツの上からでもわかったけど、直に触ると想像以上に柔らかい。Cカップくらいだろうか、手にちょうど収まるサイズ。

「っ……ん……」

先輩が声を殺してる。唇を噛んで、眉をきゅっと寄せて。

「声、我慢しなくていいですよ」

「……無理。恥ずかしい」

Tシャツを脱がせた。先輩は反射的に胸を腕で隠そうとしたけど、途中でやめた。覚悟を決めたみたいに、まっすぐ俺を見てくる。

白い肌に、形の綺麗な胸。水泳で鍛えた肩から腕にかけてのラインが色っぽかった。プールで泳いでるときとは全然違う、無防備な先輩。

「……綺麗です、先輩」

「…っ……早くして。見られてるの……つらい」

胸に顔を近づけて、乳首に舌を当てた。先輩の体がびくんと跳ねた。

「あっ……んっ…」

声が漏れた。さっきまで我慢してたのが嘘みたいに、先輩の口から甘い声が出てくる。

もう片方の胸を手で揉みながら、舌先で乳首を転がすと、先輩が俺の頭を掴んだ。押し返すのかと思ったら、逆だった。押し付けてきた。

「そこ……だめ……っ」

だめって言いながら押し付けてくるのは、だめじゃないってことだと思う。

先輩をベッドに寝かせた。短パンに手をかけると、先輩が俺の手首を掴んだ。

「……待って」

「嫌ですか?」

「そうじゃなくて……宮田も、脱いで」

「え?」

「私だけ裸なの……不公平」

先輩らしい言い方だった。俺はTシャツを脱いだ。腹が出てるのが恥ずかしかったけど。

「……肩、まだ広いね」

先輩の指が、俺の肩から鎖骨をなぞった。水泳選手の目で見られてる気がして変な感じだったけど、ゾクッとした。

短パンをゆっくり下ろすと、先輩は目をそらさなかった。じっと見てる。怖いくらいまっすぐに。

太ももの内側を撫でると、ぴくっと足が閉じかけた。でもすぐに力を抜いてくれる。

指を当てると、もう濡れてた。

「先輩……」

「…言わないで。わかってるから……」

指をゆっくり動かすと、先輩が腕で顔を隠した。でも口元は見えてて、唇を半開きにして息を漏らしてる。

「んっ……あ……そこ…っ」

クリトリスに触れたとき、先輩の腰がぐっと浮いた。

「ここ?」

「っ……うん……そこ……」

指で円を描くように触りながら、もう片方の手で胸を揉む。先輩の呼吸がどんどん乱れていく。

「やっ……待っ……なんか……っ」

先輩の太ももが震え始めた。お腹の筋肉がきゅっと収縮するのが見える。

「あっ……だめ……イッ……ちゃ…っ」

先輩の体がびくびくっと痙攣して、シーツを掴んだ手が白くなるくらい力が入ってた。

しばらく荒い呼吸が続いて、先輩は腕の隙間からこっちを見た。目が潤んでて、頬が赤い。

「……人に……されると……全然違う…」

(ってことは、一人ではしてたのか。氷の女王も人間だった)

先輩が体を起こして、俺のズボンの前を見た。もうとっくにパンパンになってて隠しようがない。

「……私も、触っていい?」

先輩の冷たい指が、俺のモノに触れた。おっかなびっくりって感じで、握り方がぎこちない。でも、それがたまらなかった。

「先輩…っ」

「……大きい。これ……入るの?」

真顔で言うから笑いそうになったけど、先輩は本気で心配してる顔だった。

「大丈夫ですよ。ゆっくりやるから。あと、ゴム…」

枕元の引き出しを開けた。買ったまま使ってなかったコンドームの箱。未開封。

「……未開封」

「あ、いや、これは…」

「……安心した」

先輩がそう言って、少しだけ笑った。

ゴムをつけて、先輩の上に覆いかぶさった。先輩は両手を俺の肩に置いて、まっすぐ俺を見上げてる。

「先輩、痛かったら言ってくださいね」

「……うん」

先端を当てて、ゆっくり入れていく。先輩の眉がきゅっと寄った。

「っ……痛……」

「止めますか?」

「……止めないで。いいから……ゆっくり……」

少しずつ、少しずつ。先輩の顔を見ながら進めた。先輩は目を閉じて、下唇を噛んでる。額に汗が浮いてる。

半分くらい入ったところで、先輩が俺の背中に手を回してきた。爪が食い込む。

「…っ……ぁ……」

奥まで入った。先輩が長く息を吐いた。

「大丈夫ですか…?」

「……うん。動かないで。もうちょっとだけ…」

1分くらいそのままでいた。先輩の体の力がゆっくり抜けていくのがわかった。

「……いいよ。動いて」

ゆっくり腰を動かし始めた。先輩の中は熱くて、きつくて、頭がぼうっとした。

「んっ……あっ……」

先輩の声が変わった。さっきまで痛そうだったのが、少しずつ甘い声に変わっていく。

「先輩…気持ちいい…」

「……私も……なんか……変な感じ……っ」

先輩の足が俺の腰に絡みついてきた。水泳で鍛えた脚が、思った以上に力強い。

「先輩、脚の力……すごい…」

「ごめ……無意識……っ」

少しペースを上げると、先輩が目を見開いた。

「あっ……そこっ……んんっ…!」

腰の角度を変えたら、先輩の反応が激しくなった。背中をそらして、俺の肩にしがみつく。

「宮田……っ……宮田……」

先輩に名前を呼ばれるたびに、頭の芯が痺れるような感覚が走った。

「先輩……俺、もう…」

「……いいよ……出して……」

先輩が俺を強く抱きしめた。脚にも力が入って、逃げられない。ゴムの中に全部出した。頭が真っ白になって、先輩の肩口に顔を埋めた。

しばらく二人とも動けなかった。先輩の心臓の音が、ドクドクと速く鳴ってるのが伝わってくる。

「……宮田」

「はい…」

「名前で呼んでいい?」

「え?…はい」

「隼平」

先輩にそう呼ばれた瞬間、なんか泣きそうになった。

「…凛さん」

「…………っ」

先輩が顔をそむけた。耳が真っ赤だった。

「……もう一回」

「え、名前ですか?」

「……そっちも。あと…こっちも」

先輩が俺の手を自分の胸に押し当てた。心臓がまだ速く鳴ってる。

2回目は、先輩から俺の上に乗ってきた。

「……見せて。この角度の方が……わかるから」

「何がわかるんですか…」

「フォーム」

(セックスにフォームとか言う人初めて見た)

先輩が腰を動かし始めた。最初はぎこちなかったけど、すぐにリズムを掴む。さすが運動神経がいい。

俺の上で髪を揺らしながら、先輩が目を細めた。プールで泳いでるときとは違う、蕩けたような表情。

「凛さん……やばい……」

「隼平っ……ん……気持ち……いい……っ」

先輩の白い肌が、汗でうっすら光ってる。胸が揺れるのを見ながら腰を突き上げると、先輩が声を上げた。

「あっ……だめっ……奥……当たっ……」

「凛さん…っ…もう……」

「一緒に……っ」

先輩の中がきゅっと締まって、俺も限界だった。先輩が俺の胸に倒れ込んできて、そのまま二人でイった。

先輩が俺の胸の上で、肩で息をしてた。汗で張り付いた髪を指で払ってあげると、先輩がうっすら目を開けた。

「……雨、止んだ」

窓の外を見ると、本当に雨が上がってた。夜空が少し明るくなってる。

「あ、ほんとだ」

「……帰らなきゃ」

「泊まっていきません?」

先輩は俺の胸に顔を押し付けたまま、少し黙った。

「……猫にご飯あげないと」

「あー、確かに。じゃあ送りますよ」

「……いい。ひとりで帰れる」

「こんな時間に女性ひとりで歩かせられないです」

「……氷の女王だから、痴漢も近寄らない」

「それでも送ります」

先輩はしばらく黙って、それから小さく「……ありがとう」と言った。

服が乾いてなかったから、先輩は俺のTシャツと短パンのまま帰ることになった。

吉祥寺まで歩いて送った。夏の夜風が気持ちよかった。先輩は俺の半歩前を歩いてる。高校のときと逆だ。

マンションの前で立ち止まった。

「……来週の金曜も、プール行く?」

「行きます」

「……服、そのとき返す」

「いつでもいいですよ」

先輩は自動ドアの前で振り返った。

「宮田……じゃなくて、隼平」

「はい」

「私、笑うの下手だけど……今、たぶん笑ってる」

見ると、先輩の口元がちゃんと上がってた。ぎこちないけど、確かに笑顔だった。

「……はい。笑ってます」

「じゃあ……おやすみ」

「おやすみなさい、凛さん」

先輩がマンションに消えていった。

帰り道、一人で歩きながら、ずっとにやけてた。多分すれ違う人に見られたら気持ち悪い顔してたと思う。

氷の女王は、実は誰よりも不器用なだけだった。笑い方を知らないんじゃなくて、笑っていい相手がいなかっただけだった。

7年。先輩はずっと、俺のことを覚えてた。毎朝の「おはようございます」を。

あの頃の俺に言いたい。挨拶やめんなよ、バカ。

翌週の金曜、プールで先輩に会ったとき、先輩は俺を見て小さく手を振った。たったそれだけのことが、やたらと嬉しかった。

俺たちは今、付き合ってる。先輩はまだ、人前では笑わない。でも俺の前では、少しずつ表情が増えてきた。怒った顔も、拗ねた顔も、照れた顔も、全部かわいい。

先輩本人には絶対言わないけど。言ったら「うるさい」って言われるから。


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