終電逃した後輩の嫁を送っていくだけのつもりが、玄関で泣き出した彼女と朝まで過ごした話

こんにちは。32歳、都内の広告代理店で働いてる営業です。

身長171cm、体重は聞かないでくれ。顔面偏差値は45がいいとこだと思う。大学のときに付き合った彼女に「お前って遠くから見ると雰囲気いいのに近づくと普通だよね」って言われたのが未だにトラウマ。まあそんな男の話です。

これは去年の11月、金曜の夜に起きたことで、ずっと誰にも言えなかった。でも最近どうしても吐き出したくなって、こうして書いてます。

うちの会社は中途が多くて、俺の下に2年前に入ってきた後輩の柴田(仮名)がいる。27歳。去年の春に結婚したばっかりで、デスクに奥さんとのツーショット写真を飾ってるタイプの、まあいい奴だ。

で、その柴田の奥さん――仮にミキちゃんとする。柴田の結婚式で一度だけ会った。正直、見た瞬間にギョッとした。今田美桜をもうちょい大人っぽくした感じ。身長は160あるかないかぐらいで、ウエディングドレスから出た鎖骨のラインがやたら記憶に残ってる。柴田にだけは「お前よくあのレベル捕まえたな」って言ったら「一生言われると思います」ってヘラヘラしてた。

まあ、それだけの話。後輩の嫁。それ以上でも以下でもない。

――はずだった。

11月の第3金曜。会社の飲み会が新宿であって、柴田も参加してた。3次会ぐらいまで行って、柴田は先に帰った。「嫁が友達と飲んでるんで、迎えに行きます」って。律儀な奴だなと思いながら、残った数人でもう一軒行こうってなった。

結局俺も酔ってきて、4次会をパスして歌舞伎町の端っこをフラフラ歩いてた。靖国通りに出ようとしたとき、ドンキの前のベンチに女の人が座ってるのが見えた。

夜の歌舞伎町でベンチに座ってる女なんて珍しくないんだけど、なんか気になった。コートの下にちゃんとした服を着てて、キャッチの男に声かけられてるのにうつむいたまま返事してない。

(大丈夫かあの人…)

近づいたら、見覚えのある顔だった。

柴田の、奥さんだ。

「…ミキさん?」

顔を上げた彼女は、目の焦点が合ってなかった。相当飲んでる。

「え…あ、えっと…柴田の…」

「会社の先輩の、高瀬です。結婚式で一度だけ」

「あ…高瀬さん。すみません、すみません…」

やたら謝る。キャッチの男はこっちを見て去って行った。

「柴田は?迎えに来たんじゃ…」

「来て、くれたんですけど…ケンカしちゃって。そのまま帰っちゃいました」

スマホの画面を見せられた。柴田からのLINEが十何件も来てて、最後のメッセージが「もう知らない。好きにしろ」だった。

(うわ、これは…)

ケンカの原因は聞かなかった。というか聞ける空気じゃなかった。ミキちゃんは明らかに泣いた跡があって、マスカラがちょっと落ちてた。

「とりあえず、タクシー乗れます?送りますよ」

「でも…家帰りたくないです」

「いやいや、歌舞伎町に一人はまずいでしょ」

「わかってます…わかってるんですけど…」

また泣きそうになってる。金曜の深夜0時過ぎ、歌舞伎町で泣いてる後輩の嫁。これ、どうすりゃいいんだ。

柴田に電話した。出ない。もう一回。出ない。LINEも既読つかない。

(お前さあ…嫁を歌舞伎町に置いて帰るなよ…)

結局、近くのコンビニでペットボトルの水を買って渡して、タクシー乗り場まで連れていった。「住所どこですか」って聞いたら「世田谷の桜新町です」って。柴田の家は知ってる。前に引っ越しの手伝いで行った。タクシーの運転手に住所を伝えて、助手席に乗った。

後ろの席でミキちゃんが水を飲んでた。しばらく無言。環七に入ったあたりで、ぽつりと。

「高瀬さんって、彼女いるんですか」

「いないです。3年ぐらい」

「そうなんだ…もったいない」

「いやいや、俺の顔見てそれ言います?」

「顔じゃないですよ。こうやってすぐ来てくれるとことか」

酔ってるからだ、と思った。酔った人間は優しくされると相手を過大評価する。知ってる。

桜新町に着いて、マンションの前でタクシーを降りた。ミキちゃんはだいぶ酔いが覚めてきたみたいで、自分でオートロックを開けた。

「ここまで本当にありがとうございます。あの…お茶だけ飲んでいきませんか」

「いや、俺はこのままタクシーで…」

「お願いします。ひとりが怖くて」

正直に言う。断るべきだった。後輩の家に上がるなんて、どう考えてもまずい。でもミキちゃんの目が本気で心細そうで、さっきまで泣いてた人を「じゃ」って置いていくのが、どうしてもできなかった。

(お茶だけだ。お茶飲んだら帰る)

リビングに通された。柴田の部屋だ。テレビの横にあのツーショット写真がある。いたたまれない。

ミキちゃんがキッチンでお湯を沸かしてる間、革靴を揃えながら(15分。15分で帰る)って自分に言い聞かせてた。

ほうじ茶を出してくれた。美味しかった。二人でソファに座って、テーブルを挟んで。

「今日のケンカ、くだらない理由なんです」

「聞かなくていいですよ、夫婦のことだし」

「柴田が友達の結婚式の二次会で元カノと話してたの見ちゃって。それで嫌味言ったら、友達と飲んでるときに電話してきたのが悪いって言われて」

「あー…」

「ほんとくだらないですよね」

「いや、まあ…気持ちはわかりますけど。柴田のことが好きだから嫉妬するんでしょ」

「…」

急に黙った。

「好き…なのかな。最近わかんなくなってきちゃって」

重い。重いぞこの空気。

「結婚してまだ半年なのに、こんなこと思うのおかしいですよね」

「おかしくはないんじゃないですか。付き合ってるときと結婚してからじゃ、距離感変わるし」

自分で言っといて、何を偉そうに語ってんだと思った。3年彼女いない男が。

ミキちゃんがほうじ茶を飲み干して、カップを置いた。で、急に聞いてきた。

「高瀬さん、私のこと可愛いと思いますか」

(…は?)

「え、いや…まあ、綺麗だなとは…」

「柴田に最近言われないんです。付き合ってるときは毎日みたいに言ってくれたのに」

目が潤んでた。あ、これはまずい方向に行く、と思った。立ち上がって「そろそろ帰りますね」って言おうとした。言おうとしたんだけど。

ミキちゃんが泣き出した。声を出さずに、ぼろぼろ涙だけ落ちてくタイプの泣き方。

「ごめんなさい…迷惑ですよね、こんなの…」

「いや…泣くなよ…」

反射的にティッシュの箱を取って渡した。ミキちゃんが受け取るときに、指が触れた。

冷たかった。外にずっといたからだろう。その冷たい指先に、なんか胸がぎゅってなった。

(だめだ。帰れ。今すぐ帰れ)

頭ではわかってる。でも体が動かない。目の前で泣いてるこの人を放っておけない自分がいて、それが正義感なのか下心なのか、もうわからなくなってた。

「…もうちょっとだけ、いますよ」

最悪の選択をした自覚はあった。

ミキちゃんが落ち着くまで待って、コップに水を入れて渡した。時計を見たら午前2時。テレビもつけずに、二人でぼんやり座ってた。

「高瀬さんって、なんでこんな優しいんですか」

「優しくないですよ。俺がいい人なら、もうとっくに帰ってる」

自分でも何言ってるかわからなかった。でもミキちゃんは少し笑った。今夜初めて。

「…正直でいい人なんだと思います」

「それ褒めてます?」

「褒めてます」

笑った顔が、結婚式のときよりずっと近い距離にあった。マスカラの落ちた目元とか、酔いで赤くなった耳とか、全部見えてしまう距離。

(帰れ帰れ帰れ帰れ)

「…ねえ」

ミキちゃんが俺の袖を掴んだ。力は弱い。振りほどこうと思えばすぐ振りほどける。

「今夜だけ…隣にいてくれませんか」

「ミキさん、酔ってるから…」

「酔ってないです。もう」

目を見た。確かに、さっきまでのとろんとした感じはなくて、ちゃんとこっちを見てた。

「俺は柴田の先輩で…」

「わかってます」

わかってて言ってるのか。わかってて袖を掴んでるのか。

嘘つきと言われてもいい。ここから先、俺にはもう止まれなかった。

ミキちゃんの手を握り返した。冷たかった指が、少しだけ温かくなってた。

「…後悔しない?」

「しない」

即答だった。覚悟を決めた人間の目をしてた。

ソファの上で、ゆっくりミキちゃんの頬に触れた。涙の跡がまだ残ってた。親指でそれを拭ったら、ミキちゃんが目を閉じた。

(あ、もうだめだ)

キスした。柔らかかった。ほうじ茶の味がした。ミキちゃんの手が俺のシャツの胸元を掴んで、くしゃっと握った。

離れたら、ミキちゃんが目を開けた。潤んだ目で、でも泣いてるんじゃなくて、もっと別の表情で。

「…もう一回」

もう一度キスした。今度は長く。舌が触れた瞬間、ミキちゃんが「んっ」って小さく声を出して、体が近づいてきた。

腰に手を回すと、ミキちゃんの体が想像以上に華奢で、折れそうだった。片手で背中を支えながらキスし続けた。

ソファの上で抱き合う形になった。俺が上。ミキちゃんの髪がクッションの上に広がって、さっきまで泣いてた目が熱っぽくこっちを見てる。

(これは夢か?俺は何をしてるんだ?)

シャツのボタンに手をかけた。一個ずつ外していく。ミキちゃんがじっとこっちを見てる。3つ目のボタンを外したとき、白いレースのブラが見えた。

「…恥ずかしい」

「見ないでって言われたら困る」

「見ていいです…」

声が小さくなっていく。でも目はそらさない。

シャツを肩から落としたら、鎖骨のラインがまた見えた。結婚式のときに記憶に焼きついたあの鎖骨。あのときは遠くから見ただけだった。今は手が届く距離にある。

鎖骨にキスした。ミキちゃんが息を吸い込んだ。

「くすぐったい…」

「ここ好き」

「なに言ってるの…」

笑いながらも体をよじらない。むしろ首を少し傾けて、もっとキスしやすいようにしてくれた。

ブラのホックを外した。Cカップぐらいだろうか。大きくはないけど形が綺麗で、手のひらにちょうど収まるサイズだった。

胸に触れたら、ミキちゃんが声を漏らした。

「あっ…ん…」

さっきまで泣いてた声とは全然違う。甘くて、でも戸惑ってるような声。

乳首を親指で撫でたら、すぐに硬くなった。

「感じやすいんだな…」

「やめて、そういうの言わないで…」

恥ずかしそうに腕で顔を隠す。でも体は逃げない。むしろ腰が少し浮いてた。

(本当にいいのか、これ)

自問しながら、止まれなかった。乳首を口に含んだら、ミキちゃんが「ひっ」って声を上げて、俺の頭を掴んだ。押し戻すのかと思ったら、逆だった。抱え込むように引き寄せられた。

スカートに手を入れた。太ももの内側が汗ばんでた。指を上に滑らせていくと、下着の上からでもわかるぐらい濡れてた。

「…っ、そこ…」

「すごい濡れてるよ」

「言わなくていいから…っ」

下着をずらして直接触れた。ぬるっとした感触。指を一本入れたら、ミキちゃんが腰を跳ねさせた。

「あっ、んんっ…」

ゆっくり動かしながら、親指でクリを刺激する。ミキちゃんの呼吸が荒くなっていく。

「待って…待って、もう…」

「もう?」

「だめ…イっちゃ…っ」

体がびくんと跳ねて、俺の手首を両手で掴んだ。きゅうって中が締まって、ミキちゃんが声を殺してイった。

しばらく荒い呼吸だけが聞こえてた。ミキちゃんの額に汗が浮いてて、髪が張り付いてた。それを指で払ってやったら、恥ずかしそうに笑った。

「…早すぎて恥ずかしい」

「いや、そういうの嬉しいんだけど」

「ばか」

ばか、って。後輩の嫁に「ばか」って言われてる。なんだこの状況。でも不思議と罪悪感より、このまま止まりたくないって気持ちのほうが強かった。

ミキちゃんが体を起こして、俺のベルトに手をかけた。慣れた手つき…じゃなかった。ちょっと手間取ってて、それがまた妙にリアルだった。

「…こういうの、久しぶりで」

「え、柴田と…」

「最近は…あんまり」

結婚半年で。それは、まあ、いろいろあるんだろう。聞かなかった。

ベルトが外れて、ジッパーを下ろされた。ミキちゃんが俺のを見て、一瞬止まった。

「…おっきい」

「お世辞でも嬉しいですそれ」

「お世辞じゃないです…」

小さい手で握られた。ゆっくり上下に動かしてくる。力加減がちょうどよくて、思わず声が出た。

「っ…上手い…」

「嘘…自信ない…」

自信ないって言いながら、先っぽを親指でくるくる撫でてくる。間違いなくわかってやってる。

(やばい、この人天然なのか計算なのかわからん…)

しばらくそうしてから、ミキちゃんが顔を上げた。

「…して、ほしい」

「本当に…いいの?」

「うん」

コンドームを持ってなかった。当たり前だ、後輩の嫁を送るだけのつもりだったんだから。

「ゴム…ない」

「…洗面台の引き出しに…」

あるのか。まあ、夫婦だし。でもそれを使うのは精神的にきつい。

「いや、さすがにそれは…」

「じゃあ…大丈夫な日だから」

その言葉を信じたんじゃなく、もう理性が限界だった。

ソファから移動して、床の上にコートを敷いた。その上にミキちゃんを寝かせた。

スカートだけ脱がせて、下着を横にずらした。濡れてるのが薄明かりでもわかる。

先端を当てた。ミキちゃんが息を止めた。

ゆっくり入れた。

「んっ…あ…」

「…きつい…」

中が熱くて、締まりが強くて、頭の中が真っ白になった。全部入ったところで止まって、ミキちゃんの顔を見た。

目を閉じてた。唇を噛んでた。

「痛い…?」

「ううん…久しぶりだから…ちょっとだけ…」

目を開けて、俺を見た。手を伸ばしてきて、頬に触れてきた。

「動いて…いいよ」

ゆっくり腰を動かし始めた。ミキちゃんが呼吸に合わせて声を漏らす。

「あっ…ん…んっ…」

小さな声。近所に聞こえないように、必死に抑えてるのがわかった。それがたまらなく色っぽかった。

ペースを上げた。ミキちゃんの手が俺の背中に回って、爪が食い込んだ。

「あ、だめ…そこ…気持ちいい…っ」

「ここ…?」

角度を変えて突いたら、ミキちゃんが声を殺しきれずに「あんっ」って言った。すぐに自分の手で口を塞いだ。

(この人、旦那とやるときもこうやって声我慢してるのかな)

そう思った瞬間、罪悪感と興奮が同時に来て、おかしくなりそうだった。

「ミキさん…やばい、気持ちよすぎる…」

「私も…っ、高瀬さん…っ」

名前呼ばれるのずるい。後輩の嫁に名前呼ばれながら中に入ってるって、頭では最悪だってわかってるのに体が止まらない。

ミキちゃんの足が俺の腰に絡んできた。深く入る。ミキちゃんが目を見開いて、すぐにぎゅって閉じた。

「あっ…深い…っ、だめ、もう…」

「イきそう…?」

「うん…うんっ…来て…一緒に…っ」

限界だった。最後に深く突いて、そのまま外に出した。ミキちゃんの太ももの内側に、全部出た。ミキちゃんも同時にイったみたいで、中がぎゅうぎゅうに締まるのを抜きながら感じた。

「はぁ…はぁ…」

「…っ…」

二人とも息が上がって、しばらく動けなかった。

ミキちゃんが先に笑った。力の抜けた、ほわっとした笑い方。

「…汚れちゃった。コート」

「いいよ、クリーニング出す」

「ふふ…」

ティッシュで拭いてあげて、二人でソファに座り直した。

時計は午前3時半。外はまだ暗い。

「…ねえ」

「ん?」

「もう一回…だめ?」

(え?)

「…マジで言ってます?」

「だめ…かな」

だめなわけがない。ていうかもう一線超えてるんだから、今さらだ。

今度はソファの上で、ミキちゃんが上になった。スカートを脱いで、シャツも全部脱いで、下着だけの姿。リビングの間接照明だけがついてて、ミキちゃんの体のラインが柔らかく光ってた。

さっきよりも大胆だった。自分から腰を下ろしてきて、全部入った瞬間に「あぁ…」って甘い声を出した。

さっきは声を殺してたのに、2回目は少しだけ遠慮がなくなってた。

「んっ…あ、気持ちいい…っ」

腰をゆっくり前後に動かしてくる。俺は下から胸を触って、乳首を転がした。

「あっ…そこ弱い…」

「知ってる」

「…知ってるって、一回しかしてないのに…」

「覚えてるよ、全部」

ミキちゃんの動きが少し止まった。こっちを見下ろして、なんとも言えない表情をした。泣きそうなのか、嬉しいのか、困ってるのか。

「…ずるい」

そう言って、また腰を動かし始めた。今度は速く。俺も下から突き上げた。

「あっ、あっ、だめっ…奥…当たってるっ…」

ミキちゃんが俺の胸に倒れ込んできた。耳元で荒い息遣いが聞こえる。髪からシャンプーの匂いがした。

抱きしめながら、横から突き上げ続けた。ミキちゃんが俺の肩に顔を埋めて、くぐもった声を漏らしてる。

「もう…だめ…イく…っ」

「俺も…っ」

今度もちゃんと外に出した。ミキちゃんのお腹の上に出して、ミキちゃんはそのまま俺の胸の上で動かなくなった。

しばらくそのまま抱き合ってた。

ミキちゃんが小さい声で言った。

「…これ、一回きりだよね」

「……そうだな」

「うん。そうだよね」

わかってた。二人ともわかってた。これは金曜の夜の、酔った勢いの、一度きりのこと。月曜になったら俺は柴田の先輩で、ミキちゃんは柴田の奥さんで、何もなかったことになる。

でもミキちゃんが俺の胸の上で呟いた。

「…ありがとう。今日来てくれて」

「…礼言うのはおかしいだろ、この状況で」

「おかしくてもいいの。ほんとに、助けてもらったから」

午前5時。空が少しだけ明るくなってきた。

シャワーを借りて、服を整えて、玄関に立った。ミキちゃんが見送ってくれた。柴田のスリッパを履いてた。

「気をつけて帰ってくださいね」

「ミキさんも、柴田と仲直りしろよ」

「…うん」

目が合った。3秒ぐらい。お互い何か言いたそうで、でも言わなかった。

ドアが閉まった。

桜新町の駅まで歩いた。始発が来るまでベンチに座って、冷たい空気を吸った。コートにミキちゃんの香水の匂いが残ってた。

月曜日、会社で柴田が「週末は嫁とケンカしちゃって」ってヘラヘラ笑ってた。「でも日曜に仲直りしました」って。

「そっか。よかったな」

自分でもよくあんな平静を装えたと思う。

あれから8ヶ月。ミキちゃんとは一度も会ってない。連絡先も交換しなかった。柴田は相変わらずデスクに奥さんの写真を飾ってて、最近「嫁が妊娠したかも」って嬉しそうに言ってた。

俺は「おめでとう」って言った。腹の底がぐっと重くなったけど、笑えたと思う。

あの夜のことは、一生誰にも言わない。言えない。でも桜新町を通るたびに、11月の冷たい空気と、ほうじ茶の匂いと、ミキちゃんの泣き顔が、全部まとめて蘇ってくる。

最低な話でごめんなさい。でも書かなきゃ、おかしくなりそうだったんで。


編集部プロフィール画像

編集部が運営。「あの夜」で読める恋の体験談を厳選して公開しています。