社会人3年目、25歳のときの話です。
俺は都内の中堅メーカーで営業をやっていたんだけど、ある日突然、栃木の工場への異動を言い渡された。理由は「現場を知ることで営業力を高めるため」とかなんとか言われたけど、要するに前の期の売上がボロボロだったのが原因だろう。同期で異動になったのは俺だけだったし、まあ左遷だよね。
引っ越し先は宇都宮駅から在来線で30分ぐらいの、コンビニすら歩いて15分かかるようなところ。東京で一人暮らししてた1Kのマンションを引き払って、会社が用意した築30年の社宅に入った。壁が薄くて、隣の部屋のおっさんのいびきが聞こえるレベル。(俺の人生、どこで間違えたんだろう…)
工場初日、製造部の部長に連れられて現場を案内された。油の匂いと機械音。営業時代にはスーツ着てオフィスでパソコン叩いてたのに、今は作業着で安全靴。ギャップがすごい。
(やっていけんのか、これ…)
で、紹介されたのが俺の教育係。
「佐々木、こちらが君の指導役の宮田主任だ」
目の前に立っていたのは、作業着姿の女性だった。髪はひとつに束ねて、化粧っ気はほとんどない。でも、目鼻立ちがはっきりしていて、新木優子をちょっと大人っぽくした感じ。身長は163cmぐらいで、作業着の上からでもわかるスタイルの良さ。たぶんCカップはある。年齢は29歳だと後から聞いた。
「宮田です。よろしく。ここは本社とは違うから、最初は体力的にもキツいと思うけど、3ヶ月で一通りできるようにするから覚悟して」
「は、はい。よろしくお願いします」
第一印象は、怖い人。笑顔がない。声もハキハキしてて、隙がない感じ。現場の男性社員たちが「宮田主任」って呼ぶときの緊張感を見て、ああこの人には逆らえないんだな、と思った。
最初の1週間は地獄だった。
朝7時に工場に入って、まずラインの点検。宮田さんが横について一個一個チェックの仕方を教えてくれるんだけど、ミスるとすぐ指摘が飛んでくる。
「佐々木、そこの計器の読み方が違う。もう一回」
「すみません…」
「謝るより覚えて。同じことは3回までしか言わないから」
厳しいけど、理不尽じゃない。教え方は論理的で、なぜその手順が必要なのかまで説明してくれる。仕事が終わった後、自分用のマニュアルを作ってたら、宮田さんがふらっと来て赤ペンで補足を書き足してくれたこともあった。
(怖いけど、ちゃんとした人なんだな…)
1ヶ月も経つと、少しだけ余裕が出てきた。休憩時間に宮田さんと缶コーヒーを飲みながら雑談するようになった。
「宮田さんって、ずっとこの工場なんですか?」
「うん。新卒からここ。東京本社に行く気はないよ、人間関係めんどくさいし」
「あー、わかります。俺も本社の飲み会とか正直しんどかったです」
「でしょ。ここは仕事だけやってればいいから楽だよ」
そう言いながら、缶コーヒーの最後の一口を飲み干す宮田さんの横顔がなんか綺麗で、ちょっとドキッとした。作業着の襟元から覗く首筋が白くて、意外と華奢なんだなって思った。
(いやいや、教育係だぞ。変なこと考えるな)
でもね、気づいちゃうと止まらないんですよ。
宮田さんが前屈みになって機械の下を覗き込むとき、作業着の腰回りのラインが見えるのとか。暑い日に首元にタオルを当ててる仕草とか。全部いちいち目で追ってしまう自分がいた。
3ヶ月目に入った頃、取引先の部品メーカーへ二人で出張に行くことになった。群馬県の太田市にある工場で、日帰りだと厳しいから一泊する予定。
「佐々木、来週の出張だけど、宿はもう取った?」
「あ、まだです。ビジネスホテル探します」
「太田のあのへん、ビジホ少ないから早めに取りなよ。去年は俺が取り忘れて、駅前の古い旅館に泊まるハメになったから」
結局、ビジネスホテルは満室で、俺もその古い旅館を予約することになった。1泊素泊まり4,800円。経費で落ちる範囲だからまあいいかと思ったけど、建物を見た瞬間に不安になった。昭和の匂いがすごい。
出張当日、社用車で太田まで約2時間。俺が運転して、助手席に宮田さん。道中は取引先の担当者の性格とか、前回の商談で何が問題だったかとか、仕事の話がメインだった。
でも途中から宮田さんが珍しく雑談モードに入った。
「佐々木ってさ、彼女いるの?」
「いないですよ。東京にいた頃も全然ダメで」
「へえ。顔はそんなに悪くないのに」
「そんなに、ってなんですか(笑)」
「褒めてるんだよ。まあ、ここじゃ出会いないけどね」
「宮田さんは?彼氏とか」
一瞬、間があった。
「いないよ。もう何年もいない」
それ以上は聞けなかった。バックミラー越しに見た宮田さんの表情が、ちょっとだけ固くなった気がしたから。
取引先での打ち合わせは無事に終わった。宮田さんが事前に用意してくれた資料のおかげで、先方の部長も満足そうだった。帰り道、宮田さんが珍しく褒めてくれた。
「今日の佐々木、よかったよ。受け答えもちゃんとしてたし」
「マジですか。宮田さんに褒められると、なんか嬉しいっす」
「調子に乗るなよ」
口ではそう言うけど、口角がちょっとだけ上がってた。あ、この人笑うんだ、って初めて思った。
旅館に着いたのは18時過ぎ。案の定ボロかったけど、部屋は和室で意外と広い。畳の匂いがして、嫌いじゃなかった。
宮田さんの部屋は隣。壁は薄い。
「ご飯どうする?この辺なにもないから、駅前まで行くか、コンビニで済ますか」
「駅前に焼き鳥屋があるって、旅館のおばちゃんが言ってましたけど」
「じゃあそこ行こう。たまにはいいでしょ」
駅前の焼き鳥屋は、カウンター8席だけの小さい店。大将が一人で焼いてて、常連っぽいおじさんが二人いるだけだった。
生ビールで乾杯して、ねぎまとか砂肝とかつくねとか頼んで。宮田さん、酒が入ると少し表情が柔らかくなるんだよな。
「佐々木、最初来たとき、正直すぐ辞めると思ってた」
「え、マジですか」
「本社から来る子、大体3ヶ月持たないんだよ。でも佐々木は意外と根性あった」
「意外と、って(笑)」
「だって最初、計器の読み方3回間違えたじゃん。あれは正直ヤバいと思った」
「うわ、覚えてるんだ…」
「覚えてるよ。でも、その日の夜にノート作ってたの見て、ああこいつは大丈夫だなって」
3杯目のビールを飲み干した宮田さんが、ぽつりと言った。
「私さ、前にも本社から来た人の教育係やったことあるんだけど」
「はい」
「その人と付き合ってたんだよね。2年ぐらい」
「え」
「で、その人が本社に戻るタイミングで別れた。向こうから切り出されて。東京に戻ったら遠距離は無理だからって」
「…」
「半年後にその人、本社の同期と結婚した。まあ、そういうことだよね」
宮田さんはそれを笑いながら言ったけど、目は笑ってなかった。
(だから恋愛はもういいって、そういうことか…)
俺は何も気の利いたことが言えなくて、ただ「それは辛かったですね」とだけ言った。宮田さんは「もう3年前だから平気」って返してきたけど、全然平気じゃないのは俺でもわかった。
旅館に戻ったのは21時過ぎ。宮田さんは「先に風呂入る」と言って大浴場に行った。俺は部屋でスマホをいじりながらぼーっとしていた。
コンコン、と襖を叩く音がした。
「佐々木、起きてる?」
「起きてますよ」
襖を開けると、浴衣姿の宮田さんが立っていた。髪を下ろしていて、いつもの一つ結びじゃない宮田さんは別人みたいだった。薄い化粧が落ちて、すっぴんなのに肌がやたら綺麗で。浴衣の襟元から鎖骨のラインが見えて、心臓がどくんと鳴った。
「コンビニで買った缶チューハイ、余ってるんだけど飲まない?」
「あ、飲みます」
宮田さんが俺の部屋に入ってきて、ちゃぶ台を挟んで座った。レモンサワーのロング缶を2本置いて、1本を俺に渡す。
「今日はお疲れ」
「お疲れ様です」
カチン、と缶をぶつけて飲んだ。
酔ってるせいか、宮田さんがいつもよりたくさん喋った。工場に入った頃の苦労話とか、実家が福島の郡山で年に2回しか帰らないこととか。おかんの作る芋煮が世界一うまいとか。
「佐々木ってさ、なんでもっと怒んないの?」
「怒る?何にですか?」
「だって左遷じゃん、実質。本社の同期がどんどん出世してくの見て、悔しくないの?」
「最初は悔しかったですよ。でも、ここ来て宮田さんに教えてもらって、仕事ってちゃんとモノ作ってる人たちのほうが偉いんだなって思えるようになったんで」
「…」
「宮田さんのおかげですよ、それは」
宮田さんが缶チューハイを持ったまま固まった。
「…そういうこと言うから」
「え?」
「なんでもない」
宮田さんが目をそらした。耳が赤い。(え、なに今の…)
俺が風呂に行こうとして立ち上がったとき、宮田さんが俺の作業着の裾をつかんだ。
「…もうちょっといて」
「え」
振り返ると、宮田さんが畳に座ったまま俺を見上げていた。いつもの厳しい目じゃなくて、焼き鳥屋で元カレの話をしたときと同じ、なんか頼りない目。
(これ、どうすればいいんだ…)
「宮田さん、酔ってますよね?」
「酔ってないよ。酔ってない…酔ってるかも。でもそれは関係ない」
宮田さんが立ち上がって、俺との距離が一気に縮まった。畳一枚分もない。宮田さんの髪からシャンプーの匂いがして、頭がくらっとした。
「佐々木、あんたも本社に戻ったら私のこと忘れるの?」
「忘れるわけないじゃないですか」
気づいたら言ってた。考えるより先に口が動いた。
「嘘」
「嘘じゃないです。俺、宮田さんのこと」
「やめて。それ以上言わないで」
宮田さんの声が震えた。目が潤んでる。
「また同じことになるから。私、もう耐えられないから」
(ああ、この人はずっとこれが怖かったんだ)
前の人に捨てられた痛みが、まだ全然消えてない。だから俺にも距離を保ってた。厳しくしてたのは、近づきすぎないための防御だったんだ。
(俺、ほんと鈍いな…)
「宮田さん」
俺は宮田さんの肩をそっと掴んだ。
「俺、本社に戻る気ないです」
「…は?」
「ここがいいんです。この工場で、宮田さんの隣で働きたいって、最近ずっと思ってました」
「なに言って…」
「好きなんです、宮田さんが」
宮田さんの目から涙がこぼれた。ぽろっと、一粒だけ。
「…ばか」
そう言って宮田さんが俺の胸に額を押し付けてきた。小さく、肩が震えている。
俺は宮田さんの頭をそっと撫でた。髪がさらさらで、こんなに細いんだって初めて知った。作業着の中にいる宮田さんは強くて怖い人だったけど、今目の前にいるのは、傷ついて怯えてる普通の女の人だった。
宮田さんが顔を上げた。泣いた後の顔って、こんなに色っぽいのかと思った。鼻が赤くて、目が濡れてて、唇が微かに開いてる。
「…キス、していい?」
俺が答える前に、宮田さんの唇が俺の唇に触れた。
最初はほんとに軽く、唇の先が触れただけ。でもそれだけで全身に電気が走った。宮田さんの息が俺の鼻にかかって、甘い匂いがした。缶チューハイのレモンの香りと、宮田さん自身の体温が混ざった匂い。
「…っ」
二度目は俺からいった。宮田さんの後頭部に手を回して、少し深く。宮田さんが小さく息を漏らして、俺のTシャツの胸元をきゅっと掴んだ。
「ん…っ」
舌が触れた瞬間、宮田さんの体がびくっと跳ねた。でも離れなかった。むしろ自分から舌を絡めてきて、俺の方が驚いた。
(マジか…宮田さんが…)
息が荒くなって、キスが深くなって、気づいたら宮田さんの浴衣の帯に手がかかっていた。
「…いいんですか」
「…聞かないでよ、ばか」
帯を解くと、浴衣がはだけた。下に着てたのは白いキャミソールとショーツだけ。鎖骨から胸元にかけてのラインが、蛍光灯の薄暗い光の中でやたら白く見えた。
キャミソールの上から胸に触れると、宮田さんが息を詰めた。作業着じゃわからなかったけど、思ったより柔らかくて、手のひらにしっとり収まる感じ。
「あ…っ」
キャミソールをめくり上げると、形のいい胸が出てきた。ちょうどいい大きさで、薄いピンクの乳首が恥ずかしそうにちょんと立ってる。
「綺麗っすね…」
「やめて、そんなの…っ」
宮田さんが腕で顔を隠した。いつも堂々としてる人なのに、ベッドの上だとこんなに恥ずかしがるんだ。ギャップがすごくて、余計に興奮してしまった。
乳首に舌を這わすと、宮田さんが声を殺して体をよじった。
「んっ…だめ、声出ちゃう…壁薄いんでしょ…」
「隣、空き部屋でしたよ。大丈夫」
「ほんとに…?」
「チェックインのとき確認しました」
嘘だった。確認なんてしてない。でもそう言ったら、宮田さんの体から少しだけ力が抜けた。
胸を舐めながら手を下に滑らせると、ショーツの上からでもわかるぐらい濡れていた。指で軽くなぞっただけなのに、宮田さんの腰がぴくっと動く。
「あっ…触んないで、そこ…」
「触んないでって言われても、もう触ってます」
「…ばか」
ショーツをずらして直接触ると、とろとろに濡れていた。指を滑らせるたびに宮田さんの呼吸が乱れて、太ももが小刻みに震える。
「んんっ…や、そこ…だめ…っ」
クリを指の腹で優しく転がすと、宮田さんが俺の肩にしがみついてきた。爪が食い込んで痛いけど、それすら興奮する。
「宮田さん、感じてるんですね」
「当たり前でしょ…っ、あんたが触ってるんだから…っ」
その言い方がいつもの宮田さんっぽくて、ちょっと笑ってしまった。怒られながら感じさせてるこの状況、なんかおかしい。
指を中に入れると、きゅっと締まった。宮田さんが声を押し殺すように唇を噛む。
「あ…あっ…やば…っ」
ゆっくり動かしていると、宮田さんが急に俺の手首を掴んだ。
「…待って」
「痛いですか?」
「違う。…入れてほしい」
俺の目をまっすぐ見て、宮田さんが言った。頬が紅潮して、目が潤んでて、普段の厳しさが嘘みたいに甘い顔をしてる。
(この人、こんな顔するんだ…)
俺はズボンを脱いで、宮田さんの上に覆いかぶさった。
「ゴム、持ってないんですけど…」
「…いい。そのままで」
「え、でも」
「ピル飲んでるから。大丈夫」
先端を当てると、宮田さんが小さく息を吸った。ゆっくり押し入れていくと、熱くて、きつくて、頭が真っ白になりかけた。
「んっ…あ…っ」
「大丈夫ですか」
「うん…動いて…」
ゆっくり腰を動かし始めた。畳の上に敷いた布団が軋む音と、二人の呼吸だけが部屋に響く。
宮田さんが俺の首に腕を回してきた。耳元で漏れる吐息が熱い。
「あっ…ん…っ、そこ…いい…」
角度を変えて奥を突くと、宮田さんの声が高くなった。腰を反らせて、俺の背中に爪を立ててくる。
「宮田さん…っ」
「名前…名前で呼んで…」
「…涼子さん」
「っ…ん…もう一回…」
「涼子さん…」
名前を呼ぶたびに、宮田さんの中がきゅっと締まる。(これ、マジでやばい…)自分がどれだけ持つか全然自信がなかった。
腰を速めると、宮田さんが布団のシーツを握りしめた。
「あっあっ…だめ…っ、そんな激しく…っ」
「無理…止まれない…っ」
「んあっ…イっちゃう…っ、イく…っ!」
宮田さんの体がびくんと跳ねて、中がぎゅうっと絞るように締まった。その感触で俺も限界だった。
「俺も…出る…っ」
「いいよ…中に…出して…っ」
ドクドクと中に放った。宮田さんが俺を抱きしめたまま、小さく「あ…っ」と声を漏らした。
しばらく二人とも動けなかった。俺の心臓がバクバクいってるのが宮田さんにも伝わってるだろうし、宮田さんの心臓の音も俺に聞こえてた。
「…重い」
「あ、すみません」
体をずらそうとしたら、宮田さんが離さなかった。
「どかなくていい。もうちょっとこのまま」
「…はい」
宮田さんの指が俺の髪をゆっくりなぞっている。天井のシミを二人で見ながら、しばらく何も喋らなかった。
「…ねえ」
「はい」
「私ね、佐々木のこと好きになりたくなかった」
「…」
「また同じ目に遭うの怖くて、ずっと距離取ろうとしてた。でもあんた、ノート作ったり、ミスしても腐らないで食らいついてくるから」
「…」
「気づいたら目で追ってた。自分でも嫌になるぐらい」
(俺も全く同じだった…)
「俺もです。宮田さんが前屈みになるたびに、腰のライン見てました」
「は?変態じゃん」
「否定しません」
宮田さんが吹き出した。さっきまで泣きそうだったのに、今は笑ってる。その振り幅に、ああ俺この人のこと本当に好きなんだなって実感した。
少し休んでいたら、宮田さんが俺の下半身に手を伸ばしてきた。
「…まだ元気じゃん」
「宮田さんが横にいたら、そうなりますよ」
「宮田さんじゃなくて」
「…涼子さん」
「ん。よろしい」
二回目は宮田さんが上だった。浴衣を肩からずり落としたまま、俺の上で腰を動かす宮田さんは、本当にエロかった。さっきより余裕があるのか、ゆっくり動きながら俺の顔を見下ろしてくる。
「気持ちいい…?」
「やばいです…」
「さっきより奥まで来てる…ん…っ」
さっきは必死で余裕がなかったけど、二回目は宮田さんの体をちゃんと見れた。腰のくびれから太もものラインが本当に綺麗で、揺れる胸に手を伸ばすと、宮田さんが俺の手の上から自分の手を重ねてきた。
「離さないで…」
その声が、教育係の宮田主任じゃなくて、ただの涼子さんの声で。
二回目は長く続いた。途中で体位を変えて、後ろから抱きしめるようにして。宮田さんの背中に顔を埋めたら、汗の匂いがして、生きてるなって思った。変な感想だけど、本当にそう思った。
二度目に中に出したとき、宮田さんが俺の手をぎゅっと握ったまま震えていた。
翌朝、5時半に目が覚めた。隣で宮田さんが寝ていた。寝顔を初めて見た。まつ毛が長くて、口がちょっと開いてて、年相応に見える。いつもの強い宮田主任じゃなくて、29歳の女の人だった。
宮田さんが目を覚ました。俺の顔を見て、一瞬固まってから、ふっと笑った。
「…おはよう」
「おはようございます」
「敬語、やめなよ。もう」
「じゃあ…おはよう、涼子さん」
「うん」
宮田さんが布団の中で俺の手を握ってきた。
「工場に戻ったら、今まで通りにするから。仕事中は」
「わかってます」
「でも…仕事が終わったら」
「俺の社宅、壁薄いですけどいいですか」
「…ばか」
宮田さんが俺の胸に顔を埋めた。耳まで真っ赤だった。
帰りの車の中で、宮田さんは助手席でずっと窓の外を見ていた。東北自動車道を南に走りながら、ラジオからNACK5のJ-POPが流れていた。
「ねえ」
「ん?」
「本社に戻れって言われたら、どうするの?」
「断る」
「そんな簡単に言って」
「簡単じゃないかもしれないけど、俺がここにいたい理由は、もう宮田さ…涼子さんだけなんで」
宮田さんが窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、ぽつりと言った。
「…信じるから。裏切ったら許さないよ」
「裏切りません。俺、怒った涼子さん怖いんで」
「もう、ほんとばか」
そう言って宮田さんが笑った。窓の外は田んぼが広がっていて、6月の稲が風に揺れていた。左遷されてよかった、って本気で思えたのは、たぶんあの瞬間が初めてだった。
あれから3年経った。俺は結局、本社に戻らなかった。工場で製造管理の仕事をしながら、涼子さんと宇都宮市内のアパートで一緒に住んでいる。餃子の店は20軒は回った。来栖(正嗣の隣の)の羽根つきが一番うまい、というのが二人の結論になっている。
来月、入籍届を出す予定です。