誰にも笑顔を見せない水泳部のエースが、俺の前でだけ泣いた放課後プールの話

高1の秋の話。ちょっと聞いてほしい。

俺はどこにでもいるタイプの、運動も勉強も中の中ぐらいの男子高校生だった。身長は170あるかないかで、顔面偏差値もまあ48ぐらい。友達に「お前って存在感ないよな」って言われても否定できないレベル。そんな俺が通ってたのは、埼玉の北浦和にある県立高校。

で、その高校には有名人がいた。

水泳部のエースで、2年の椎名先輩。

この人がもう、ほんとにすごかった。身長163cmで、橋本環奈を大人っぽくしたような顔立ち。でも橋本環奈みたいにニコニコしてるかっていうと全然違くて、基本ずっと無表情。誰に話しかけられても必要最低限しか返さないし、友達と群れてるところも見たことない。

学校中で「氷の女王」って呼ばれてた。

(いや、俺もそう思ってたんだけどさ)

俺が椎名先輩と関わるようになったのは、完全に偶然だった。うちの高校、プールが屋内にあるんだけど、プールサイドの奥に倉庫みたいなスペースがあって、そこに古いパイプ椅子とか折りたたみテーブルとかが突っ込んであるのね。で、文化祭の準備でそのテーブルが必要になって、放課後に取りに行かされたわけ。

9月の終わり、もう日が短くなってきた時期。水泳部の練習は終わってるはずの時間帯だった。

プールのドアを開けたら、水の音がした。

(え、まだ誰かいんの…?)

薄暗いプール。照明は半分しかついてなくて、水面がゆらゆら光ってた。で、端のコースを一人で泳いでる人影があった。

椎名先輩だった。

ターンして戻ってきたところで、プールの壁に手をついて止まった。で、そのままゴーグルを外して、天井を見上げた。

泣いてた。

声は出してない。でも確実に泣いてた。プールの水で濡れた顔に、涙が混じってるのが、照明の反射でわかった。

(まずい、見ちゃいけないやつだ)

そう思って引き返そうとしたら、足元のホースに引っかかって盛大にすっ転んだ。

バタンッて。

もう最悪。

椎名先輩がこっちを見た。俺は床に這いつくばったまま、目が合った。

しばらく無言。たぶん3秒ぐらいだったけど、体感30分ぐらいあった。

「……誰」

「あ、すみません、1年の……文化祭の準備で、テーブル取りに……」

「……」

「あの、すぐ出ますんで」

「見た?」

「え」

「泣いてたの、見たでしょ」

否定しようかと思ったけど、あの目で嘘つける気がしなかった。

「……はい」

「……ふうん」

怒られるかと思ったら、先輩はプールから上がって、タオルで顔を拭いた。

「誰にも言わないで」

「言いません」

「……名前は」

「1年3組の岡野です」

「岡野。覚えた」

それだけ言って、先輩は更衣室に消えていった。

俺はしばらくプールサイドに座り込んだまま動けなかった。心臓がバクバクしてたのは、すっ転んだせいじゃない。

あの「氷の女王」が泣いてた。しかも一人で、暗いプールで。

(なんで泣いてたんだろ……)

気になったけど、聞けるわけがない。俺みたいなのが先輩に話しかける口実なんてないし。

と思ってたら、次の日の昼休み、教室にいたら廊下から呼ばれた。

「岡野」

クラスの連中が一斉にこっちを見た。そりゃそうだ。氷の女王が1年の教室まで来て、しかも名指しで呼んでるんだから。

「は、はい」

廊下に出ると、先輩は壁にもたれて腕を組んでいた。競泳用の水着の上にジャージを羽織ってて、髪はまだ濡れてた。たぶん練習の合間。

「昨日のこと、本当に誰にも言ってない?」

「言ってないです」

「……そう」

先輩は少し間を置いて、

「来週の関東大会、県予選で負けたらうちの部、廃部になるかもしれない」

「え……」

「部員が足りなくて。私が結果出さないと、来年から活動できなくなる」

(そんな重い話を、なんで俺に……)

「別に相談したいわけじゃない。ただ、昨日見たことの理由は教えておこうと思って」

それだけ言って、先輩はまた行ってしまった。

でもその日から、なんか変わった。

先輩は週に2、3回、放課後の遅い時間に一人で自主練をしていた。俺は文化祭の準備が終わった後も、なんとなくプールの近くを通るようになった。別に覗いてたわけじゃない。ただ、あの倉庫の近くに自販機があったから……いや、嘘だな。気になってたんだ、普通に。

ある日、先輩が自主練を終えてプールサイドに座ってたとき、俺はスポドリを2本買って持っていった。

「あの、よかったら」

「……なんで」

「いや、自販機の前通ったら先輩の声聞こえたんで」

「声?私、泳いでるとき声出さないけど」

(バレた)

「……すみません」

でも先輩はスポドリを受け取ってくれた。

「……アクエリアスじゃなくてポカリなんだ」

「あ、すみません、どっちが好きとか……」

「ポカリのほうが好き」

(セーフ……)

そこから少しずつ、先輩と話すようになった。といっても最初は俺が一方的に話しかけて、先輩が一言二言返すだけ。でも、1週間ぐらいしたら先輩のほうから口を開くことが増えてきた。

「岡野って、部活何もやってないの」

「帰宅部です」

「暇なの?」

「暇ですね、正直」

「……じゃあタイム測ってくれない?ストップウォッチ持つだけでいいから」

こうして俺は、椎名先輩の非公式タイム計測係になった。

毎日じゃない。先輩が自主練する日だけ。週3ぐらい。でもその時間が、俺にとってはどんどん大事になっていった。

先輩は泳いでるとき、別人だった。あの無表情が消えて、真剣な、でもどこか苦しそうな顔になる。ターンのたびに壁を蹴る音がプールに響いて、水しぶきが照明に光って。

(かっこいいな……)

自分でも意味わかんないんだけど、最初に出てきた感情は「好き」じゃなくて「かっこいい」だった。

県予選の3日前。いつもより長く泳いでた先輩が、プールから上がってきてタオルを受け取った。

「タイムは」

「100mフリー、59秒82です」

「……足りない」

「えっと……目標は?」

「58秒切り。じゃないと関東は無理」

先輩はベンチに座って、膝を抱えた。さっきまで泳いでた人と同じ人とは思えないぐらい、小さく見えた。

「あの……先輩」

「何」

「俺、水泳のことは全然わかんないですけど……先輩のターン、最後の15mぐらいでちょっと減速してる気がします」

「……」

「あ、素人が偉そうにすみませ――」

「わかってた。わかってたけど、誰にも言われなかった」

先輩が俺を見た。プールの塩素で少し赤くなった目で。

「部員がいないから、客観的に見てくれる人がいなかったの。コーチも非常勤で月2回しか来ないし」

「……」

「ありがとう、岡野」

先輩が笑った。

初めて見た、椎名先輩の笑顔。

不器用で、ちょっとぎこちなくて、でもすごく綺麗だった。

(あ、だめだ。これ好きになるやつだ)

気づいたときにはもう手遅れだった。

県予選の日、俺は観客席にいた。会場はさいたま市の記念総合体育館のプール。先輩の種目は100m自由形。

スタート台に立った先輩は、いつもの無表情だった。でも俺には、その無表情の奥にある緊張が見えた気がした。

ピッという電子音。

先輩が飛び込んだ。

50mのターンまでは3位。でもラスト25mで伸びた。明らかにいつもと違う泳ぎだった。最後の15m、減速しなかった。

電光掲示板に表示されたタイム。

57秒94。

関東大会の標準記録を突破していた。

俺は思わず立ち上がってた。周りのおじさんおばさんに「座ってください」って言われたけど、そんなの知らん。

先輩がプールから上がって、こっちを見た。観客席の俺を見つけて。

笑った。

2回目の笑顔。さっきのタイムよりも、そっちのほうが俺にはでかかった。

大会の後、先輩からLINEが来た。いつの間にか交換してたやつ。

「今日、来てくれてたの見えた」

「あ、バレてましたか」

「うん。……ありがとう」

「来週の日曜、暇?」

「暇です(即答)」

「大会のお礼したいから、どこか付き合って」

(これってデートか……?いやいや、お礼って言ってるし……でもお礼ってことは二人きりってことだよな……?)

一晩中そのことを考えてて寝不足になった。アホすぎる。

日曜日。待ち合わせは大宮駅の改札前。

先輩が来た瞬間、心臓が止まるかと思った。

学校ではジャージか制服しか見たことなかったけど、白いニットにベージュのロングスカート、髪を下ろしてて。

(反則だろこれ……)

橋本環奈に似てるのは知ってたけど、私服だとさらにやばい。すれ違う男が全員振り返ってた。

「待った?」

「い、いえ全然」

(30分前から来てたけど)

大宮のルミネを歩いて、カフェに入って、映画を観た。先輩はホラー映画が好きらしくて、俺はホラーが苦手だったけど、隣で先輩が真顔で画面を見てるのがなんか面白くて、それどころじゃなかった。

映画の後、駅前のベンチでクレープを食べながら話してたとき。

「岡野って、私のこと怖くないの」

「怖い?なんでですか」

「氷の女王って言われてるの、知ってるでしょ」

「知ってます」

「それ聞いて普通、近寄りたくないでしょ」

「いや……俺、先輩が泣いてるとこ見ちゃってるんで。あの時点でもう、全然怖くないです」

「……それ、ちょっとひどくない?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて……えっと、なんていうか、あの日からずっと先輩のこと気になって――」

しまった。口が滑った。

先輩が俺を見てる。クレープを持ったまま、じっと。

「……気になって、何」

「……いえ、なんでもないです」

「途中でやめないで。言いかけたなら最後まで言って」

先輩の声が、少し震えてた。

「……先輩のことが、好きです」

言ってしまった。大宮駅前で。クレープ持ったまま。かっこ悪いにも程がある。

先輩は俺の顔を5秒ぐらい見つめたあと、急にクレープを両手で持ち直して、ぱくぱく食べ始めた。

「あの……返事……」

「待って。動揺してるから。食べないとやってられない」

(動揺してんのかよ……)

クレープを食べ終わった先輩が、ナプキンで指を拭きながら言った。

「……うちに来る?」

「え」

「返事は、ちゃんとしたいから。こんなところじゃなくて」

先輩の耳が赤かった。初めて見た。あの椎名先輩の耳が、真っ赤になってた。

電車で3駅。先輩のマンションは駅から歩いて5分ぐらいの、わりと新しめの建物だった。

「親、今日は夜まで帰ってこないから」

「は、はい」

部屋は思ったより普通だった。きれいに片付いてて、本棚にスポーツ関連の雑誌が並んでて、机の上にゴーグルが置いてある。壁に大会のプログラムが貼ってあった。

先輩がお茶を淹れてくれて、二人でベッドの端に座った。テーブルが小さくて、床に座ると膝がぶつかるからって理由で。いや、ベッドのほうが距離近くないか。

「さっきの……本気で言ってた?」

「本気です」

「なんで。私、全然かわいくないし、愛想もないし」

「いやかわいいですけど……それだけじゃなくて。先輩が一人で戦ってるの見てて、ずっとそばにいたいって思ったんです」

先輩の目が潤んだ。

「……ずるいよ、そういうの」

「え」

「誰も私のこと見てなかったのに。泣いてても、一人で練習してても、誰も。なのに岡野だけ……」

先輩が俺の制服の袖を掴んだ。小さい手で、ぎゅっと。

「私も……岡野のこと、好き」

脳みそが一瞬真っ白になった。

「タイム計ってくれてるとき、ポカリ持ってきてくれるとき、ずっとドキドキしてた。でも、こういうの慣れてないから、どうしたらいいかわかんなくて」

「先輩……」

「だから……その……」

先輩が俺の顔を見上げた。いつもの無表情じゃない、不安そうな、でもどこか期待してるような顔。

気づいたら、キスしてた。

どっちからとかじゃなくて、なんか自然に顔が近づいて、唇が触れた。先輩の唇は薄くて、少しだけ震えてて、プールの塩素じゃなくてリップクリームの匂いがした。

「ん……」

離れたあと、先輩が目を閉じたまま小さく言った。

「……もう一回」

もう一回キスした。今度はもう少し長く。先輩の手が俺の背中に回って、俺は先輩の腰に手を置いた。

「……岡野、手、冷たい」

「すみません、緊張して」

「……私も」

3回目のキスのとき、先輩の舌が触れてきた。ぎこちなくて、探るみたいな感じ。俺も慣れてないけど、先輩のほうがもっと慣れてなくて、歯がカチってぶつかった。

「あ、すみません」

「……ふふ」

先輩が笑った。3回目の笑顔。今までで一番近い距離で見た笑顔。

そのまま、いつの間にかベッドに倒れ込むような形になってた。先輩が下で、俺が上。先輩のニットの裾から、白い腹筋がちらっと見えた。水泳やってるから、腹筋が薄くうっすら割れてて。

(やばい、これどうしたらいいんだ)

「せ、先輩、俺……」

「……いいよ」

「え」

「触って。……いい」

先輩の声がかすれてた。目が合ったとき、いつもの冷たい目じゃなかった。潤んでて、少し怯えてて、でも逸らさない目。

ニットの上から、先輩の胸に触れた。水泳で鍛えられた身体なのに、そこだけ柔らかくて、Cカップぐらいの感触が手のひらに伝わった。

「ん……っ」

先輩が小さく声を漏らした。あの椎名先輩が、こんな声出すんだっていう驚きで頭がおかしくなりそうだった。

「直接……触っていいですか」

「……うん」

ニットをゆっくり上にずらした。白いブラが見えた。シンプルなやつで、なんかそれが先輩らしくて。背中に手を回して外すと、先輩が腕で胸を隠した。

「……見ないで、ちょっと」

「見たいんですけど……」

「……ばか」

少しずつ腕をどけてくれた。形のいい胸。水泳選手特有の、広い肩幅と薄い身体に、柔らかいふくらみがあるっていうギャップがすごかった。

指で先っぽに触れたとき、先輩の身体がびくっと跳ねた。

「あっ……そこ、敏感……」

「ごめん、痛かった?」

「痛くない……けど、なんか……変な感じ……」

先輩が自分の口を手で押さえた。声が漏れるのが恥ずかしいらしい。

「先輩、声我慢しなくていいですよ」

「……む、無理。こういうの慣れてない……」

胸を舌で触れたとき、先輩の手が俺の頭を掴んだ。押しのけるのかと思ったら、逆に引き寄せてた。

「んっ……あ……」

先輩の腰が少し浮いた。スカートの裾が太ももまでめくれてて、競泳で日焼けした肌との境目が見えた。

「先輩……下も触っていい?」

「…………うん」

蚊の鳴くような返事。でも確かにうなずいた。

スカートの中に手を入れると、先輩の太ももが震えてた。水泳で鍛えられた筋肉質な太もも。でも内側は柔らかくて、そこに指が触れるたびに先輩が息を飲んだ。

下着越しに触れた。もう、濡れてた。

「っ……やだ、わかんないで……」

「先輩も感じてたんですね」

「……当たり前でしょ、ばか……」

下着をずらして直接触れたとき、先輩の身体が大きく震えた。クリに指が触れると、先輩は俺の腕をぎゅっと掴んで、顔をそむけた。

「あっ……ん……そこ……っ」

ゆっくり、先輩の反応を見ながら指を動かした。どこが気持ちいいのか、先輩の声と身体の動きで探っていった。

「岡野……岡野っ……」

名前を呼ばれるのが、こんなにやばいとは思わなかった。あの冷たい声が、こんなに甘くなるんだっていう事実に、頭がぐらぐらした。

「先輩、気持ちいい?」

「……気持ちいい……よ……っ」

先輩の手が俺のズボンに触れた。おそるおそるって感じで、でもちゃんと触ってきた。

「……私も、岡野のこと、触りたい」

もう限界だった。

「先輩、俺……したい……」

「……私も」

先輩がベッドの横の引き出しを開けて、コンビニの袋を出した。中にコンドームが入ってた。

「え……用意してたんですか」

「……今日のために、買っておいた。……笑わないで」

(笑うわけないだろ……こっちが泣きそうだよ……)

先輩も、今日こうなるかもしれないって思ってたってことだ。あの椎名先輩が、コンビニでこれを買ったのかと思うと、もう何もかもが愛おしかった。

ゴムをつけて、先輩の上に覆いかぶさった。先輩は目を閉じて、でもすぐ開けた。

「……目、開けてたい。岡野の顔、見てたい」

先端を当てて、ゆっくり入れていった。

先輩の眉が寄って、唇を噛んだ。

「痛い……?」

「……ちょっと……でも、大丈夫」

「無理しなくて……」

「無理じゃない。……来て」

ゆっくり、少しずつ。先輩の中は熱くて、きつくて、入っていくたびに先輩が俺の背中に爪を立てた。

全部入ったとき、先輩が長く息を吐いた。

「……つながった……」

「先輩……」

「動いて……ゆっくり」

動き始めた。最初はぎこちなくて、お互い加減がわかんなくて。でも先輩の表情が苦しそうから、少しずつ変わっていった。

「ん……あっ……」

先輩が俺の首に腕を回して、引き寄せてきた。耳元で先輩の息が聞こえる。いつも冷静な声が、こんなに乱れてるっていうのが、信じられなかった。

「……気持ちいい……岡野……っ」

俺のほうこそ、もう気持ちよすぎてどうにかなりそうだった。先輩の中が、動くたびにきゅっと締まって、頭の中が真っ白になっていく。

「先輩……やばい、俺もう……」

「……いいよ……一緒に……」

先輩の脚が俺の腰に絡みついた。その力が強くて、さすが水泳部だなって場違いなことを思った。

「っ……先輩……!」

全身がびりびりって痺れるみたいな感覚がして、中で出した。ゴムの中に、全部。先輩の身体も同時にびくびくって震えて、俺の背中の爪がさらに食い込んだ。

「はぁ……はぁ……」

しばらく、二人とも動けなかった。額と額をくっつけたまま、荒い息を繰り返してた。

「……すごかった」

「……うん」

「……ねえ、岡野」

「なに」

「もう一回……してもいい?」

(この人、ほんとに氷の女王か……?)

2回目は先輩が上になった。「こうすれば自分のペースで動けるから」って、いつもの冷静な口調で言うんだけど、顔は真っ赤。

先輩が腰を動かすと、水泳で鍛えた腹筋が綺麗に動いた。その上に乗ってる胸が小さく揺れて、俺は下からそれを見上げてた。

「ん……っ……あ……」

さっきより大胆になってた。自分から腰を押し付けてきて、気持ちいいポイントを探してる感じ。先輩が感じてる顔を下から見上げるのが、たまらなかった。

「先輩……綺麗だよ」

「……そういうの、今言わないで……集中できない……」

でも嬉しそうだった。口元がちょっと緩んでた。

先輩の動きが速くなって、声が大きくなった。

「あっ……やば……岡野、私もう……っ」

「俺も……っ」

先輩が俺の胸に倒れ込んできて、そのまま二人でイった。先輩の身体がぶるぶる震えてて、俺の胸元に顔を埋めたまま、小さく声を上げてた。

抱きしめたまま、しばらくそうしてた。先輩の心臓の音が、俺の胸に伝わってた。速くて、どくどく言ってた。

「……ねえ」

「ん」

「学校では、今まで通りでいい?」

「え……」

「……まだ、みんなの前で普通にするの、難しいから。私、急に態度変えるの下手だし」

「……いいですよ。学校では今まで通りで」

「……ありがとう」

「ただ、プールでタイム計るのは続けますからね」

「……うん」

先輩が俺の胸に顔を押し付けたまま、小さく笑った。

帰り道、駅まで一緒に歩いた。もう外は暗くなってて、秋の風が冷たかった。先輩は俺の少し後ろを歩いてた。

改札の前で立ち止まって、先輩が言った。

「岡野」

「はい」

「……また、泳ぐとこ見にきて」

「毎日行きますよ」

「……うん」

先輩が改札を通って、ホームへの階段を降りていった。途中で一回だけ振り返って、小さく手を振った。

4回目の笑顔だった。

次の日の学校で、先輩はいつも通りの無表情だった。廊下ですれ違っても、目線すら合わせない。周りの奴らは相変わらず「氷の女王」って言ってる。

でも放課後、プールに行ったら、先輩はいつもの場所で泳いでた。俺がストップウォッチを構えると、先輩はゴーグルを直しながら一言だけ言った。

「今日は58秒切る」

俺には、その声が笑ってるのがわかった。

たぶん、俺にしかわかんない。


編集部プロフィール画像

編集部が運営。「あの夜」で読める恋の体験談を厳選して公開しています。