プールサイドで絶対に笑わない水泳部のエースが、俺にだけ見せた顔がやばかった

高2の夏の話です。

俺は陸上部の短距離で、まぁ県大会の予選落ちぐらいの実力のやつです。顔面偏差値は48ぐらい。身長172で痩せ型。つまり、何の取り柄もない普通の男子高校生だと思ってもらえれば。

うちの高校、埼玉の川越にある私立なんですけど、水泳部がやたら強いんですよ。関東大会の常連で、学校の誇りみたいな扱いをされてて。

で、その水泳部のエースが、3年の篠原先輩。

身長164cm、ショートカットで、橋本環奈を少しクールにした感じの顔立ち。肩幅はしっかりあるんだけど、ウエストが異常に細くて、水着姿がもう芸術品みたいだった。推定Cカップ。競泳やってる人特有の、無駄な脂肪がない体つきなのに出るとこは出てるっていう、あの感じ。

ただこの人、マジで笑わない。

授業中も、廊下ですれ違う時も、表情がほとんど動かない。目がすっと通り過ぎていく感じで、男子からは「氷の女王」とか「プールサイドの無表情」とか呼ばれてた。告白した男が何人も撃沈してるって噂で、「あの人に告るのは関東大会で優勝するより難しい」ってネタにされてたぐらい。

俺は別に篠原先輩に特別な感情はなかったです。遠くから「すげー人だなー」って眺めてるだけの、モブ中のモブ。

それが変わったのは、7月の半ばだった。

陸上部の練習が終わって、部室棟の裏にある自販機でアクエリ買おうとしたら、先客がいた。篠原先輩だった。

ジャージ姿で髪が少し濡れてて、自販機の前でしゃがみ込んでた。

(え、なんだあの体勢…)

近づいてみると、自販機の取り出し口に手を突っ込んでた。

「あの…大丈夫ですか?」

「……取れない」

「は?」

「ペットボトルが引っかかって、取れない」

しゃがんだまま振り向いた篠原先輩の顔が、めちゃくちゃ困ってた。氷の女王が、自販機に負けてた。

「あ、えっと、ちょっと見せてもらっていいですか」

先輩の手をそっと引き抜いて、自販機の側面をバンって叩いたら、ゴトンと落ちた。

「……」

「出ましたよ」

「ありがとう」

小さい声でお礼を言って、ペットボトルを受け取った先輩が、ほんの一瞬だけ口角を上げた。

(マジか。笑った…?今の、笑顔だよな…?)

それが1秒もなくて、すぐにいつもの無表情に戻ったんだけど、俺の心臓はなぜかバクバクしてた。

いや、自販機叩いただけだぞ?冷静になれ。

でもその日から、なんか篠原先輩のことが気になるようになってしまった。廊下ですれ違う時に目で追うようになったし、プールの方から歓声が聞こえると「先輩の練習かな」とか思うようになった。

(俺、これ好きになってんのか…?いやいや、自販機叩いただけだって…)

自分でもバカだと思うけど、あの一瞬の笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

転機は、その2週間後。

陸上部の顧問が急に「今日はプール使って水中トレーニングやるぞ」と言い出した。水泳部が関東大会で不在の日で、プールが空いてたらしい。

嫌々プールに入って、水中ウォーキングとかやらされてたんだけど、途中でふと気づいた。プールサイドの隅に、ひとり座ってる人がいる。

篠原先輩だった。

(え?関東大会じゃないの?)

先輩は膝を抱えて座ってて、水面をぼーっと見てた。

練習が終わった後、気になって先輩のところに行った。

「あの、篠原先輩。今日、関東大会じゃないんですか」

「……怪我した」

「えっ」

「左肩。3日前の練習で。出場取り消し」

淡々と言ってたけど、よく見ると目が赤かった。

「それは…大変でしたね」

「別に」

「……」

「……あんた、自販機の」

「あ、覚えてくれてたんですか」

「覚えてる。陸上部でしょ」

(えっ、俺の所属まで把握してんの?)

「はい、短距離です。弱いですけど」

「……ねぇ」

「はい」

「ちょっと、ここにいてくれない?」

心臓が止まるかと思った。

「い、いますけど」

「ひとりだと考えすぎるから。誰かいてくれた方がいい」

結局、夕方5時過ぎまでプールサイドに座ってた。ほとんど会話はなかった。先輩がぽつぽつと水泳の話をして、俺が相槌を打つぐらい。でも、帰り際に先輩が言った。

「LINE教えて」

(は????)

ここからが、やばかった。

その日の夜、LINEが来た。

『今日はありがと。助かった』

『いえ、何もしてないです』

『いてくれただけで助かった』

それから毎日、LINEが来るようになった。

最初は短い報告みたいなやつ。「リハビリ始めた」「肩痛い」「練習見てるだけつらい」。俺は「頑張ってください」「無理しないでくださいね」みたいな、当たり障りのない返事しか出来なかった。

でも、1週間ぐらい経つと、先輩のLINEが変わってきた。

『最近あんたの走ってるとこ窓から見える。フォーム綺麗だね』

『え、見てたんですか?』

『暇だし。てか、名前なんだっけ』

『……俺の名前知らないで毎日LINE送ってきてたんですか?』

『ごめん(笑)』

初めて先輩が(笑)を使った瞬間を、俺は一生忘れないと思う。

そこから、LINEの内容が水泳以外にも広がっていった。好きな音楽とか、嫌いな教科とか、コンビニの新作スイーツの話とか。

(この人、全然氷の女王じゃないじゃん…)

LINEだと絵文字こそ少ないけど、ちゃんとツッコミも入れるし、俺の冗談に「それはない(笑)」とか返してくる。ギャップがすごかった。

8月に入って、先輩のリハビリが本格化した頃。

放課後、先輩から呼び出された。プールの更衣室の前。

「ちょっと、頼みがあるんだけど」

「なんですか」

「肩のストレッチ、ひとりだとうまくいかなくて。手伝ってくれない?」

「俺でいいんですか?マネージャーとかに頼んだ方が…」

「あの子たちに弱いとこ見せたくない」

(そういうプライドの高さが、氷の女王って呼ばれる理由なんだろうな…)

「わかりました」

プールサイドの隅で、先輩の左肩のストレッチを手伝った。

腕を後ろからゆっくり持ち上げて、先輩が「そこまで」って言ったら止める。それを繰り返す。

至近距離で先輩の首筋が見える。塩素の匂いに混じって、シャンプーの匂いがした。

「痛っ……」

「すみません、上げすぎました?」

「大丈夫。もうちょっといける」

強がってるのが分かった。顔をしかめてるのに「大丈夫」って言う先輩が、なんか放っておけなくて。

ストレッチは週3回のペースで続いた。

その間に、距離がどんどん近くなっていった。最初は敬語だった先輩が、いつの間にか俺のことを呼び捨てにするようになってた。俺も「篠原先輩」から「先輩」に変わってた。

ある日のストレッチ中、先輩がぽつりと言った。

「私さ、別に冷たくしたくてしてるわけじゃないの」

「え?」

「表情に出すのが苦手なだけ。笑い方がわかんない時がある」

「……」

「小学生の頃、笑顔が怖いって言われてから。なんか、人前で笑うのが怖くなった」

「……そんなの、言ったやつがバカなだけじゃないですか」

「……」

先輩が、また一瞬だけ口角を上げた。自販機の時と同じ、ほんの一瞬の笑顔。

「あんたの前だと、少し笑える気がする」

俺は、もう完全にダメだった。

8月の終わり、夏休み最後の週。

先輩の肩がだいぶ回復して、軽く泳げるようになった日。俺はいつものようにプールサイドでストレッチの準備をしてた。

先輩が更衣室から出てきた。競泳用のワンピースじゃなくて、練習用のセパレートの水着を着てた。

腹筋の縦線がくっきり見えて、腰のくびれから太ももにかけてのラインがやばかった。何度も見てるはずなのに、その日は目が離せなかった。

「何見てんの」

「いや……すみません」

「別にいい。見てて」

(えっ、今のどういう意味??)

先輩が25mを4本泳いで、上がってきた。息を切らしながらプールの縁に手をかけて、水から上がる瞬間、水しぶきの中で先輩の体が光って見えた。

いや、文学的な表現をしたいわけじゃなくて、マジで西日が当たってキラキラしてただけなんだけど、俺の心臓にはクリティカルヒットだった。

「タオル」

「あ、はい」

タオルを渡した時、指が触れた。先輩の指が冷たくて、でも俺の手は汗だくで、恥ずかしかった。

「ねぇ」

「はい」

「来週から学校始まるけど、ストレッチ…続けてくれる?」

「もちろんです」

「……ストレッチじゃなくてもいい」

「え?」

「放課後、一緒にいてくれるだけで」

先輩は、そう言って俺から目を逸らした。耳が赤かった。

(いや待てよ、これって……まさか……)

俺はこの期に及んで、まだ自分に都合よく解釈しちゃいけないと思ってた。だって相手は篠原先輩だぞ。氷の女王だぞ。俺なんかの一個上で、学校中の男が振り向く人だぞ。自販機叩いただけの後輩なんか、眼中にあるわけない。

でも友達のKに相談したら、「お前バカだろ。それ完全に脈ありじゃん」って呆れられた。

(いやでも、先輩は怪我で弱ってるだけかもしれないし……)

9月。新学期が始まった。

放課後、先輩と過ごす時間は続いた。プールサイドじゃなくて、空き教室になった。先輩が引退して部活に顔を出さなくなったから。

机を並べて、先輩は受験勉強、俺は課題。たまに質問し合ったりして。

「英語の長文、全然頭に入らない」

「先輩、英語苦手なんですか」

「泳いでる時間の方が長かったから」

「じゃあ教えましょうか」

「後輩に教わるの?」

「英語だけは得意なんですよ」

「……お願い」

先輩がふてくされた顔で頼んできたのが、信じられないぐらい可愛かった。

そんな日が続いて、9月の終わり頃。

空き教室で二人きり。外はもう暗くなるのが早くなってて、窓の外がオレンジ色だった。

先輩が急にペンを置いた。

「ねぇ」

「はい」

「私、来月から予備校始まるから、放課後ここに来れなくなる」

「あ……そうですよね、受験ありますもんね」

心臓がギュッとなった。わかってたけど、実際に言われると、きつい。

「だから」

先輩が立ち上がって、俺の目の前に来た。

「今、言わないと後悔する」

「先輩…?」

「好き。付き合って」

……え?

いや、ちょっと待って。

今、篠原先輩が、俺に告白した?

俺なんかに?

自販機叩いただけの俺に?

頭が真っ白になって、何秒か固まってた。

「……返事」

「すっ……好きです。俺も、ずっと好きでした」

「……ずっと?」

「自販機の時から」

先輩が、笑った。

今までの一瞬だけの笑顔じゃなくて、ちゃんと笑った。目が細くなって、頬が上がって、歯が見えるぐらいの、満面の笑顔。

「やっと言えた」

「先輩の方が先に好きだったんですか?」

「プールサイドで、一緒にいてって言った日から。ていうか、それより前かも」

「え、自販機の時点で?」

「あんたが躊躇なく自販機叩いたの見て、なんかいいなって思った」

「……それで好きになります?」

「なった」

先輩が俺の手を握ってきた。さっき泳いでた時みたいに冷たい指じゃなくて、温かかった。

「キス…していいですか」

「……うん」

先輩の唇は、少し震えてた。

俺も震えてた。

唇が触れた瞬間、先輩の体がびくっとなった。

「大丈夫ですか」

「……初めてだから」

氷の女王の初めてのキスが俺って、もう意味わかんなかった。

もう一度、今度はゆっくり唇を重ねた。先輩が目を閉じて、俺の制服の胸元をぎゅっと掴んできた。

離した時、先輩の顔が真っ赤だった。

「もう一回」

小さい声で言われて、また唇を合わせた。今度は少し長く。先輩の方から舌先が触れてきて、俺は正直もうパニックだった。

(え、先輩こんなにキス上手いの?初めてなのに?いや才能?水泳だけじゃなくてキスの才能も??)

教室の外で部活帰りの生徒の声が聞こえて、慌てて離れた。

「……ばれた?」

「大丈夫です、通り過ぎました」

「……ふふ」

先輩が笑ったのを見て、ああ、この笑顔を俺だけが知ってるんだって思ったら、胸がいっぱいになった。

付き合い始めて3週間。

先輩は予備校があるから平日はあんまり会えなくて、LINEでのやりとりが中心だった。でも週末は会えた。

10月の最初の土曜日。先輩の家に呼ばれた。

「両親、法事で日帰りでいないから」ってLINEが来て。

行ったら、先輩は部屋着のTシャツに短パンで、髪がまだ少し寝癖ついてた。

「先輩、寝起きですか」

「うるさい。入って」

先輩の部屋は、思ったより普通だった。勉強机と本棚とベッド。壁に水泳のメダルがいくつか飾ってあるぐらい。

ベッドの端に並んで座って、先輩が淹れてくれた紅茶を飲んだ。

「ねぇ」

「はい」

「今日、ちゃんとしたい」

「ちゃんと…って」

「……わかるでしょ」

先輩が耳まで真っ赤にして、でも目は逸らさずに言った。

「……いいんですか」

「私が言ってるんだから、いい」

紅茶のカップをテーブルに置いて、先輩がこっちを向いた。

キスした。今までで一番長く。

先輩の唇が開いて、舌が絡まってきた。紅茶の味がした。

「ん……」

俺の手が、自然と先輩の腰に回った。Tシャツ越しに触れた体は、想像してたより細くて、でも筋肉のしなやかさが指に伝わってきた。

「先輩……触っていいですか」

「……うん」

Tシャツの裾から手を入れた。腹筋の縦線を指でなぞると、先輩がびくっとした。

「くすぐったい……」

「すみません」

「謝んなくていい。続けて」

上に手を滑らせていくと、ブラの感触。先輩がTシャツを自分で脱いだ。

白いスポーツブラから覗く鎖骨と、水泳で鍛えられた肩のラインがきれいで、見とれてしまった。

「……そんなに見ないで」

「いや、きれいすぎて」

「きれいって……水泳やめたらすぐ崩れるよ、こんな体」

「今がきれいなんだから、今見させてください」

先輩が何か言いかけて、やめて、代わりに自分でブラを外した。

思ってたよりも柔らかそうだった。競泳で鍛えた体なのに、胸は柔らかくて、形がきれいで。

「触りますね」

右手で包むように触れた。先輩が息を止めた。

「……っ」

「痛いですか?」

「痛くない。ただ……初めてだから、緊張して」

そりゃそうだよな。俺だって心臓バクバクだった。篠原先輩の胸を触ってるっていう事実を脳が処理しきれてなかった。

ゆっくり揉んで、指先で先端に触れると、先輩の呼吸が変わった。

「あ……そこ、敏感……」

普段の無表情が嘘みたいに、頬を染めて眉をひそめてる先輩がいた。

(この顔、俺しか知らないんだ)

その事実だけで、頭がおかしくなりそうだった。

先輩の短パンに手をかけた。先輩が腰を浮かせて、脱がせやすくしてくれた。

黒のシンプルなショーツ。太ももの筋肉がしなやかで、水泳選手の脚だなって改めて思った。

ショーツの上から触れると、もう少し湿ってた。

「……恥ずかしい」

「嫌なら止めます」

「嫌じゃない。恥ずかしいだけ」

ショーツをずらして、直接触れた。先輩が声を殺すように唇を噛んだ。

「んっ……」

指を動かすと、先輩の体が小さく跳ねた。

「先輩、声出していいですよ」

「む、無理……聞かれたくない……」

「誰もいないですよ」

「あんたに聞かれるのが恥ずかしいの……っ」

(いや、それ逆にエロいって……)

指を少し中に入れると、先輩が俺の肩にしがみついてきた。きつかった。

「あっ……ん、んん……っ」

声を抑えてるのに漏れる吐息が、耳元で聞こえる。塩素とシャンプーの匂いが混じった先輩の匂いに包まれて、俺はもう限界だった。

「先輩、俺も……」

「うん……来て」

先輩がベッドに横になった。

ゴムをつけて――持ってきてて良かったと本気で思った――先輩の脚の間に体を入れた。

「入れますね」

「……うん」

先端を当てて、ゆっくり押し入れた。

先輩が息を吸い込んで、シーツを握りしめた。

「っ……痛……」

「止めましょうか」

「止めないで。大丈夫だから……もうちょっと、ゆっくり」

言われた通り、ミリ単位で進めた。先輩の中は熱くて、きつくて、俺は入れてる途中で出しそうになった。

(やばい、マジでやばい……ここで出たら一生立ち直れない……)

全部入った時、先輩が長い息を吐いた。

「……入った?」

「入りました」

「……思ったより、大丈夫かも」

「動いていいですか」

「……ゆっくりなら」

腰を引いて、戻す。先輩が小さく声を漏らした。

「あ……ん……」

何度か繰り返すうちに、先輩の体が段々力を抜いていくのがわかった。表情も変わってきて、眉間のしわがなくなって、代わりに目がとろんとしてきた。

「なんか……変な感じ……」

「痛い?」

「違う……気持ちいいのかもしれない……」

先輩がそう言った瞬間、俺の中で何かが弾けた。

ペースを少し上げた。先輩の声が大きくなった。

「あっ……んっ……やば、声出ちゃう……」

「出していいから……先輩」

「んんっ……あ、あっ……好き……っ」

先輩が俺の首に腕を回してきた。密着した体が熱くて、汗で滑って、でも離したくなかった。

「先輩……俺、そろそろ……」

「うん……いいよ……」

最後に深く入れて、達した。体中の力が抜けるような感覚と一緒に、先輩を強く抱きしめてた。

しばらく、二人とも動けなかった。

「……重い」

「あ、すみません」

体をずらすと、先輩が横を向いて俺の胸に顔を埋めてきた。

「……もう一回、していい?」

「……マジですか」

「水泳選手は体力あるの」

先輩が俺を押し倒した。さっきまで声を我慢してた人と同一人物とは思えなかった。

2回目は、先輩が上だった。

腰の動かし方が水泳のキックみたいにしなやかで――いや、そんなこと考えてる余裕はなかったんだけど、後から思い返すとそうだった。

「んっ……あ、これ……すごい……っ」

さっきより明らかに感じてた。目がとろんとして、口が半開きで、普段の無表情とは別人みたいだった。

「先輩、すごいきれい……」

「きれいとか……今言わないで……っ」

「でもきれいだから」

「……ばか」

ばかって言いながら、先輩の動きが速くなった。

俺の手が先輩の胸を掴んで、腰を掴んで、もう理性とか全部どっかいってた。

先輩がびくんって体を震わせた時、中がきゅっと締まって、俺も一緒にいった。

先輩が俺の上に崩れてきた。

汗だくの体が重なって、でも離したくなかった。

「……ねぇ」

「はい」

「笑い方、もう怖くない?」

「え?」

「私の笑顔。変じゃない?」

先輩が顔を上げて、笑った。汗で前髪が額に張り付いてて、目が潤んでて、頬が紅潮してて。

人生で一番きれいな笑顔だった。

「全然変じゃないです。もっと見たいです」

「……じゃあ、これからいっぱい笑うね」

先輩がまた俺の胸に顔を埋めた。

その後シャワーを浴びて、先輩の部屋で適当にテレビを見ながらだらだらして、先輩のご両親が帰ってくる前に俺は帰った。

帰りの電車で、LINEが来た。

『今日、ありがと。すごく幸せだった』

そのあとに、スタンプが一個。笑ってるうさぎのスタンプ。

先輩がスタンプを送ってきたの、初めてだった。

川越駅のホームで、俺はスマホ見ながらにやけるのを止められなくて、隣のおばちゃんに変な目で見られた。

先輩は受験に集中して、俺は部活に集中して。会える時間は減ったけど、毎日LINEして、たまに電話して。先輩が「英語のここわかんない」って言ってきた時は、全力で教えた。

先輩が志望校に受かったのは、翌年の2月だった。

合格発表の日、先輩からの電話で第一声が「受かった」で、その次が「ありがとう」だった。

先輩の声が震えてて、たぶん泣いてた。

氷の女王は、俺の前ではとっくに溶けてた。

あれから何年も経つけど、先輩はまだ俺の隣にいる。今でもたまに無表情になるけど、俺が見ると、ちょっとだけ口角が上がる。

あの自販機の前で見た一瞬の笑顔が、俺の人生を変えた。

そんな話。


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