配属初日に『期待してない』と言い放った鬼の女課長が、終電を逃した忘年会の帰りに俺の肩で泣いた夜の話

社会人1年目、23歳の冬の話です。

俺は都内の中堅メーカーに新卒で入って、営業企画部に配属された。大学時代はテニサーの幽霊部員で、就活も第一志望に落ちて滑り止めで入った会社。身長172cm、顔面偏差値は友達に「雰囲気イケメンって言われたいタイプだよね」って言われるレベル。つまり普通。

配属初日、部長に連れられて課のフロアに行くと、窓際のデスクにひとりの女性が座っていた。

(あ、この人が噂の……)

研修中から同期の間で「営業企画の三島課長だけはマジでやばい」って話は聞いてた。新人を3ヶ月で2人泣かせたとか、プレゼン資料を7回やり直させたとか、そういう都市伝説みたいな話。

でも、初めて見た三島課長は、俺が想像してたのと全然違った。

背は163cmくらいで、髪は鎖骨ぐらいのミディアム。顔は……新木優子に似てる、って言ったら怒られるかもしれないけど、目元がシャープで鼻筋が通ってて、普通に街ですれ違ったら二度見するレベル。32歳って後から知ったけど、どう見ても20代後半にしか見えなかった。

で、挨拶。

「本日より配属になりました、藤原です。よろしくお願いします」

「三島です。最初に言っておくけど、新人には期待してないから。自分で考えて動けるようになるまでは、私の時間を無駄にしないでね」

……いや、怖っ。

同じ課の先輩が後ろで苦笑いしてるのが見えた。(これが噂の洗礼か)って思いながら、俺は「はい、頑張ります」としか言えなかった。

それからの3ヶ月は地獄だった。

俺が作った資料には毎回赤ペンが入った。しかも「ここ違う」じゃなくて「なんでこうしたの?」って聞いてくる。理由を説明すると「その根拠は?」って返ってくる。根拠を出すと「じゃあなんで最初からそれを書かないの」って言われる。

「藤原くん、この数字の出典は?」

「あ、えっと、先輩の過去資料から……」

「人の資料を鵜呑みにしないで。自分で一次ソースに当たって」

「はい……すみません」

正直、何回か辞めようと思った。同期の田中なんか「うちの課長めっちゃ優しいよ、飲みにも連れてってくれるし」とか言ってて、(なんで俺だけこんな……)って毎晩ベッドの中で思ってた。

でも、ひとつだけ気づいたことがあった。

三島課長、俺にだけ厳しいわけじゃなかった。自分にも同じくらい厳しかった。朝は誰よりも早く来て、夜は最後まで残ってる。昼休みもデスクでおにぎり食べながらメール打ってた。

ある日、俺が残業してたら、課長がコーヒーを置いていった。何も言わずに。缶コーヒーのBOSS。俺が自販機でいつも買ってるやつと同じだった。

(え、俺が何飲んでるか知ってんの?)

それが最初の「あれ?」だった。

10月の終わり頃、俺の担当案件で初めて課長から「いいんじゃない」って言われた。たったそれだけの言葉なのに、トイレで小さくガッツポーズした。25年生きてきて、あんなに嬉しい「いいんじゃない」はなかった。

それから少しずつ、課長の態度が変わった。いや、変わったっていうか……見え方が変わったのかもしれない。

「藤原くん、今日の会議の議事録、読みやすかったよ」

「あ、ありがとうございます」

「……なに驚いた顔してるの。褒めるときは褒めるから」

「いえ、初めてだったんで……」

「……そう」

ほんの一瞬、課長の口元が緩んだのを、俺は見逃さなかった。

11月。課長が出張から戻ってきた日、お土産の赤福を配ってた。全員に配り終えて、俺のところに来たとき。

「はい、これ」

「あ、ありがとうございます」

「……あと、これ」

もう1個、別の袋を渡された。中身は伊勢うどん。

「前に『伊勢うどん食べたことない』って言ってたでしょ。たまたま目に入ったから」

たまたまって……俺が言ったの、2ヶ月前の雑談だぞ。しかも課長に直接言ったんじゃなくて、先輩と話してたのを横で聞いてただけ。

(いや待て、それ覚えてるって相当じゃない?)

……いや、たぶん課長は部下のこと全員そうやって見てるんだろう。仕事ができる人ってそういうもんだ。

そう思うことにした。

12月、忘年会の日。

会場は神田の居酒屋で、うちの課と隣の課の合同。30人くらい。課長はいつものパンツスーツじゃなくて、黒のワンピースにグレーのカーディガンを羽織ってた。

(え、めちゃくちゃ綺麗じゃん……)

普段のオフィスで見る三島課長とは全然違う。髪も少し巻いてて、薄くリップ塗ってて。隣の課の男どもが明らかにチラチラ見てた。

忘年会は普通に盛り上がった。課長は最初のほう隣の課の課長とビジネスの話をしてたけど、途中から少し酔ったのか、珍しく俺たち新人のテーブルに来た。

「藤原くん、お酒弱いの?全然飲んでないけど」

「いえ、普通に飲めますけど、課長の前で酔っ払うのはちょっと……」

「なにそれ。今日くらい気にしないでいいのに」

そう言いながら課長は自分のグラスのハイボールを一気に飲み干した。あ、この人けっこう飲むタイプだ。

2次会はカラオケ。20人くらいが残った。課長はウーロンハイをガンガン飲みながら、なぜかずっと俺の隣に座ってた。

「藤原くん、歌わないの」

「いや、俺音痴なんで……」

「嘘。カラオケ断る男って大体うまいのよ」

「いやマジで下手ですよ。中学の合唱コンクールで口パクしろって言われたレベルです」

「……ふっ」

あ、笑った。三島課長が俺の話で笑った。仕事中は絶対に見れない顔だった。

3次会には8人残って、近くの居酒屋に入った。課長はまだ飲んでた。この人、底なしかよ。

で、気づいたら23時半。

「あ、やば……終電」

「え?」

「俺、大森なんで。23時49分の京浜東北線が最終で……」

「もう間に合わないじゃない。私も逃したかも」

「課長、どこ住みなんですか」

「……武蔵小杉」

同じ方向だった。

他のメンバーは近場の人ばかりで、ひとりふたりとタクシーで帰っていく。結局、神田の路上に取り残されたのは俺と課長の2人だけだった。

12月の夜風が冷たい。課長はカーディガンの前をぎゅっと合わせて、少し震えてた。

「タクシー呼びますね」

「……ん。ありがと」

タクシーアプリで配車したけど、金曜の深夜で混んでて15分待ち。

2人で歩道のガードレールに並んで座った。酔ってるのか、課長の頬がほんのり赤かった。

「……藤原くんさ」

「はい」

「配属初日のこと、覚えてる?」

「忘れるわけないですよ。『期待してない』って言われたの、けっこうショックでしたから」

「……ごめんね」

え。

「あれ、ほんとはちょっと後悔してて。言い方がきつかったなって」

「……え、マジですか」

「でもね、前の新人が2人とも3ヶ月で辞めたの。2人とも『思ってたのと違った』って。だから最初にハードル下げておこうと思って……結果的に逆効果だったけど」

「いや、でも俺は辞めてないですよ」

「……うん。藤原くんは残ってくれた」

課長が俺の肩にもたれかかってきた。酔ってるから、だと思った。

「実はさ……去年、婚約破棄されたの」

「え」

「5年付き合ってた人に。『君といると息が詰まる』って。仕事と同じように正論ぶつけてくるのが無理だって」

声が震えてた。

「私、仕事では間違ったこと言ってないはずなのに……プライベートでも同じことしかできなくて。性格って直せないじゃん。だからもう、恋愛は諦めてた」

気がついたら、課長の目から涙がこぼれてた。

(どうすればいいんだこれ……)

酔った上司が泣いてる。しかも普段絶対にそんな素顔を見せない人が。俺はただ黙って、自分のマフラーを外して課長の肩にかけた。気の利いたことなんか何も言えなかった。

「……課長の正論、俺は嫌いじゃなかったです」

「……え?」

「最初はめちゃくちゃしんどかったけど。でも、ちゃんと理由があることは途中で分かったんで。あれがなかったら俺、半年で使えないやつのまま腐ってたと思います」

「…………」

「だから、その元彼がおかしいだけですよ。息が詰まるとか、そんなの相手の問題でしょ」

今思うと生意気なことを言ったなと思う。23歳のガキが32歳の上司に説教みたいなことをして。でもあの時はそれしか出てこなかった。

課長が、俺のマフラーに顔をうずめて泣いた。声を殺して、肩だけ小さく震えて。

タクシーが来た。

2人で後部座席に乗り込んで、武蔵小杉方面へ。車内はしばらく無言だった。課長は窓の外を見てた。俺は何を言えばいいか分からなくて、ずっとスマホの画面を見るふりをしてた。

「……ねえ」

「はい」

「さっきのマフラー、まだ返してなかった」

「あ、いいですよ。月曜に会社で……」

「今日返したい。……うち寄ってく?」

心臓が跳ねた。

(いやいやいや。酔ってるだけだろ。マフラー返すために家に上がるだけだろ。そうだろ?)

課長のマンションは武蔵小杉の駅から5分くらいのタワマンだった。22階。都内の夜景がバカみたいに綺麗だったけど、正直それどころじゃなかった。

「散らかってるけど……上がって」

全然散らかってなかった。むしろめちゃくちゃ片付いてた。1LDKで、家具は白とグレーで統一されてて、生活感が薄い。ただ、キッチンカウンターの上に空のワインボトルが3本並んでたのが、妙にリアルだった。

「コーヒー淹れるね。……いる?」

「あ、はい。ありがとうございます」

課長がキッチンに立って、ドリップコーヒーを淹れてくれた。カーディガンを脱いで、黒いワンピースの背中が見える。鎖骨の下あたりに小さなほくろがあった。

(見るな見るな見るな)

コーヒーを受け取って、リビングのソファに並んで座った。22階の窓から、武蔵小杉の夜景が広がってた。

「……さっきは、みっともないところ見せちゃったね」

「全然みっともなくないですよ」

「嘘。部下の前で泣くとか最悪でしょ」

「俺、誰にも言わないですし」

「……知ってる。藤原くんは、そういう人でしょ」

課長がこっちを見た。目が少し赤かった。泣いた後の、少しだけ幼い顔。オフィスでは絶対に見れない顔だった。

「ねえ……変なこと聞いていい?」

「はい」

「私って、女として魅力ある?」

「……は?」

「ほら、婚約破棄されてから誰にも言い寄られないし。もう枯れたのかなって」

(いや、それは周りの男が課長を怖がってるだけだろ……)

「……めちゃくちゃありますよ」

「お世辞はいらない」

「お世辞じゃなくて。今日の忘年会、隣の課の男がずっとチラチラ見てたの、気づいてなかったんですか」

「……え、誰」

「大野さんと、あと経理の佐々木さん。あの人たちめちゃくちゃ見てましたよ」

「……嘘。全然気づかなかった」

「課長、自分のこと見えてなさすぎですよ」

これは本心だった。三島課長は、自分がどれだけ綺麗か、たぶん本気で分かってない。新木優子似の顔面に、仕事できる女の色気。好みじゃない男を探すほうが難しいだろ。

……あ、やべ。俺、今、課長を女として見てる。完全に。

「……藤原くんは?」

「え?」

「藤原くんも……私のこと、見てた?」

沈黙が3秒くらい続いた。タワマンの窓の外を救急車が通り過ぎる音がした。

「……見てました。ずっと」

言っちゃった。

課長が俺の顔を見てる。さっきまでとは違う目。探るような、確かめるような目。

「……ずっと、って、いつから」

「伊勢うどん、もらったときからです。たぶん」

「……あれ、たまたまじゃないの、本当は」

「……知ってます」

課長の手がコーヒーカップの上で震えてた。

「……ダメだよ。私、上司だよ」

「分かってます」

「9つも年上だし」

「分かってます」

「……分かってて、なんで見てたの」

「分かってても見ちゃうから、困ってるんです」

課長がカップをテーブルに置いた。両手で顔を覆った。

「……最悪。酔ってるからこんなこと聞いちゃうんだ。ごめん。忘れて」

「忘れないですよ」

気がついたら、俺は課長の手を取っていた。

(何やってんだ俺。明日から会社どうすんだよ。てかこの人上司だぞ。9個上だぞ。でも、でもさ……)

課長の手は冷たくて、細くて、仕事中にあんなに的確に赤ペンを走らせてた手とは思えないくらい小さかった。

「…………藤原くん」

「はい」

「……キス、していい?」

上司に聞かれたキスの許可。就活の面接より緊張した。

「……はい」

課長が顔を近づけてきて、唇が触れた。ウーロンハイとリップクリームの匂いがした。柔らかかった。

最初は触れるだけの、遠慮がちなキスだった。でも3秒くらいで課長のほうから深くなった。舌が入ってきて、俺も応えた。

「……ん」

(やばい。全然止まんない)

キスしながら、課長が俺のシャツの襟を掴んでた。その手が震えてて、強がりの三島課長がこんなに……って思ったら、理性なんかどこかに飛んだ。

ソファの上で、気がついたら俺が課長を押し倒してた。

「……課長」

「……今は、名前で呼んで」

「……三島、さん」

「名前」

「……怜奈、さん」

課長の……怜奈さんの目が潤んだ。仕事中の鋭い目とは全然違う、溶けそうな目。

ワンピースの肩紐をずらすと、白い肌が出てきた。鎖骨のほくろに唇を落としたら、小さく声が漏れた。

「……んっ」

(いいのかこれ。ほんとにいいのか。酔った勢いじゃないのか)

でも怜奈さんの手が俺の後頭部を掴んで引き寄せてきて、もう後戻りできる気がしなかった。

ブラを外すとき、手が震えた。情けないけど、しょうがない。23歳の経験値なんてたかが知れてる。

「……下手でいいから。誰かにこうされるの、久しぶりだから」

その一言で、変な力が抜けた。

怜奈さんの胸はCカップくらいで、形が綺麗だった。先端に舌を這わせたら、背中が反った。

「あっ……ん……」

普段あんなに冷静な人の声が、こんなに甘く震えるなんて思ってなかった。

「ここ、感じるんですか」

「……うるさい。報告しなくていい……っ」

仕事の癖が出てて、笑いそうになった。でもそのギャップが可愛すぎて、余計に興奮した。

ワンピースを全部脱がせると、黒のレースの下着だった。忘年会だから気合い入れてきたのか、それとも普段からこうなのか。どっちにしても俺には刺激が強すぎた。

下着の上から触ると、もう濡れてた。

「……っ、そんなに焦らないで」

「焦らしてるわけじゃなくて、触りたいだけです」

「……変な子」

下着をずらして直接触れた。指を滑らせると、怜奈さんが太ももを閉じようとして、でも閉じきれないで、中途半端に俺の手を挟んだ。

「あ……っ、ちょっと……」

「気持ちいいですか」

「……聞かないでよ、そういうの……」

でも腰が小さく動いてた。普段は完璧にコントロールしてる体が、全然言うこと聞いてなくて。

指を中に入れたら、きつく締まった。

「んんっ……!」

(1年ぶりとか言ってたっけ。……いや、婚約破棄が去年ってことは……もっとか)

ゆっくり動かしながら、親指でクリを擦ると、怜奈さんの声が大きくなった。

「だめ……っ、そこ……やばい……」

オフィスで「やばい」なんて言わない人が、ベッドの……いや、ソファの上では「やばい」って言うんだなって、馬鹿みたいなことを考えてた。

「……もう、入れて」

「え」

「聞こえてるでしょ」

命令口調は仕事と同じだけど、声のトーンが全然違う。掠れてて、切羽詰まってて。

「……ゴム、持ってないです」

「……洗面台の引き出しにある」

あるんかい。

とは思ったけど突っ込む余裕はなくて、言われた通り洗面台を開けたら、箱ごと入ってた。1個取り出して戻る間に、怜奈さんはソファから自分のベッドに移動してた。

白いシーツの上に、黒髪が散らばってて。窓から差し込む外の光で、肌が白く浮かんでて。

(これ、夢じゃないよな……。3ヶ月前に『期待してない』って言われた人と……)

ゴムをつけて、ゆっくり入れた。

怜奈さんが息を止めた。眉が寄って、唇を噛んで。痛いのかと思って止まったら。

「……止まらないで」

「痛くないですか」

「痛くない。……久しぶりだから、感覚を思い出してるだけ」

奥まで入ったとき、怜奈さんが長く息を吐いた。

「……ん……あったかい……」

動き始めると、怜奈さんが俺の背中に手を回してきた。爪が食い込む。あの赤ペンを持つ手が、今は俺の背中を引っ掻いてた。

「あっ……ん……もう少し、深く……」

腰の角度を変えて突くと、声の質が変わった。高くて短い声。仕事中は絶対に聞けない声。

「怜奈さん……」

「……その呼び方、ずるい……っ」

(ずるいのはそっちだろ。普段あんな鬼みたいなのに、こんな顔で……)

腰を掴んで突くたびに、怜奈さんの体が跳ねた。シーツを掴む手が白くなってて。

「あっ……だめ、そこ……っ」

「だめなんですか」

「だめじゃない……けど……もう……」

日本語が崩壊してた。会議であんなに論理的に話す人の日本語が。

体を密着させて、額と額を合わせた。至近距離で目が合った。怜奈さんの目尻に涙が溜まってた。

「……いく……っ」

「俺も……もう……」

怜奈さんの中がぎゅっと締まった瞬間、俺も限界だった。

「あ……っ、んんっ……!」

怜奈さんの体が大きく震えて、俺も果てた。ゴム越しだったけど、頭が真っ白になった。

しばらく、2人とも動けなかった。俺が怜奈さんの上に崩れ落ちて、息を整えながら、頭の中がぐるぐるしてた。

(俺、課長と……やっちゃった……)

「……重い」

「あ、すみません」

横に転がると、怜奈さんがくるっとこっちを向いた。泣いた後みたいな目で、でも口元は笑ってた。

「……ねえ」

「はい」

「月曜から、ちゃんと仕事できる?」

「……たぶん無理です」

「……ふふ。正直でよろしい」

それから少し眠って、目が覚めたら朝の4時だった。武蔵小杉の夜景が薄明るくなり始めてた。

怜奈さんは俺の腕の中で眠ってた。起こさないようにそっと見たら、寝顔がびっくりするほど無防備だった。眉間のシワもなくて、唇が少し開いてて。会社の三島課長とは別人みたいだった。

(この人、ずっとこうやって強がって、ひとりで泣いてたのか)

俺には何もできないかもしれない。23歳のぺーぺーで、仕事もまだ半人前で。9歳も年上の人を支えるなんて偉そうなことは言えない。

でも、この人がまた泣くなら、隣にいたいと思った。

……あ、俺、たぶん、好きになってるわ。完全に。

怜奈さんが目を開けた。

「……まだいたの」

「帰ったほうがよかったですか」

「……ううん」

小さく首を振って、怜奈さんが俺の胸に顔をうずめた。

「もうちょっとだけ、こうしてて」

「……はい」

月曜日、出社したら三島課長はいつも通りだった。パンツスーツに髪をひとつに結んで、デスクでPCを叩いてた。

「藤原くん、先週の報告書、午前中に出して」

「はい」

何事もなかったみたいに。俺もそうするしかなかった。

でも昼休み、自販機でBOSSを買おうとしたら、先に1本置いてあった。自販機の取り出し口に。

まだ冷たかった。

スマホに通知が来た。知らない番号から。

「これは上司からの差し入れじゃなくて、個人的なもの。履歴は消して」

……ずるいだろ、この人。

俺はBOSSを飲みながら、誰もいない休憩室で天井を見上げた。

あの夜から、俺たちがどうなったかは……まだ書けないかもしれない。ただひとつ言えるのは、あの缶コーヒーは、今まで飲んだどのBOSSよりもうまかった。


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