社会人2年目、24歳の話です。
俺は都内のIT企業でシステムエンジニアをやっている、まあどこにでもいるタイプの男です。身長172、体重は聞かないでほしい。顔面偏差値は「雰囲気イケメンって言われたら嬉しくなっちゃうレベル」と言えば伝わるでしょうか。要するにフツメンです。
大学の同期に、岸谷っていう親友がいて。こいつとは入学のオリエンテーションで隣の席になってからずっとつるんでる。就活も一緒に乗り越えたし、社会人になってからも月2くらいで飲む仲だった。
で、その岸谷に彼女ができたのが去年の秋。
「やっと彼女できたわ。マジで可愛い。今度紹介するから」
岸谷は俺と違って正統派のイケメンで、竹内涼真をちょっと庶民的にした感じっていうか。身長180あるし、営業職だから喋りもうまい。なんでこいつに今まで彼女いなかったんだっていうレベル。
で、紹介されたのが、彩乃さんだった。
新宿三丁目のイタリアンで初めて会ったとき、正直ちょっと息が止まった。橋本環奈を大人っぽくしたような顔立ちで、身長は160くらい。ゆるく巻いた髪が肩にかかっていて、笑うと目がくしゃってなるタイプ。たぶんEカップはある胸を、ニットがきれいに拾っていた。
(いや、親友の彼女の胸を見るなよ俺)
「岸谷くんからいつも話聞いてます。大学のとき一緒にゼミ旅行で道に迷った話、めっちゃ笑いました」
「あー、あれ完全に岸谷のせいなんですけどね。Googleマップ逆に持ってたんで」
「え、逆に持つってどういうこと?」
「やめろって、その話は!」
3人で大笑いして、ああ、いいカップルだなって素直に思った。彩乃さんは同い年で、表参道の美容室でアシスタントをやっているらしい。明るくてよく笑うけど、ときどき目が泳ぐ瞬間があって、それがなんか気になった。
でもまあ、そのときはそれだけだった。本当に。
問題は、今年の3月だった。
金曜の夜、中目黒のダーツバーでひとり飲んでたら、LINEが来た。彩乃さんからだった。岸谷経由で一度グループLINEを作ったことがあって、そこから個別で連絡先は持っていた。
「今近くにいたりしますか?ちょっと話聞いてほしくて」
(え、なに、これ)
正直、嫌な予感しかしなかった。でも既読つけちゃったし、無視するのも変だし。
「中目黒にいるけど、どした?」
15分後、彩乃さんがダーツバーに現れた。目が少し赤くて、泣いてたのがわかった。
「ごめんね、急に。岸谷くんとちょっと喧嘩しちゃって」
「あー…まあ、飲みなよとりあえず」
聞けば、岸谷が最近仕事で忙しくて、約束をドタキャンされることが増えたらしい。その日も、2週間前から予約してたレストランをキャンセルされたとのこと。
「仕事が大事なのはわかるの。でもさ、2週間前から楽しみにしてたのに、当日の昼に『ごめん無理』って一言だけで…」
「まあ、岸谷はそういうとこあるよ。悪気はないんだけど、不器用っていうか」
「…わかってるんだけどね」
ハイボールを2杯飲んだあたりで、彩乃さんは少し笑えるようになっていた。
「ねえ、ダーツやったことある?」
「一応。下手だけど」
「私も全然できないから、教えて?」
ダーツの投げ方を教えるとき、後ろから腕を支える形になる。当たり前だけど近い。シャンプーの匂いがした。たぶんサロン用のやつだと思う。甘いけど嫌味がない。
(やめろ、これは親友の彼女だ)
自分に言い聞かせながら、その日は23時くらいに解散した。
「ありがとう、だいぶ楽になった。また聞いてもらっていい?」
「おう、いつでも」
いつでも、なんて言うべきじゃなかった。
それから2週間に1回くらいのペースで、彩乃さんから連絡が来るようになった。最初は岸谷の愚痴が多かったけど、だんだん話題が変わっていった。仕事のこと、美容師の先輩が厳しいこと、実家の福岡に帰りたいけど帰れないこと。
俺は俺で、岸谷には「彩乃さん怒ってるから連絡しろよ」って何回か言った。
「わかってるって。今週末にはちゃんと会うから」
でも岸谷、週末になると「やっぱ仕事入った」って。
(おい、お前の彼女が泣いてんだぞ)
とは言えなかった。言ったら、なんで俺がそれを知ってるのかって話になる。彩乃さんと2人で会ってることを岸谷には言ってなかった。言えなかった、が正確かもしれない。別にやましいことは何もないのに、言えなかった時点で、俺はもうおかしかったんだと思う。
4月の半ば、代官山のカフェで会ったときだった。
彩乃さんがスマホを見せてきた。岸谷のインスタのストーリー。会社の女の先輩と2人で飲んでる写真が上がっていた。
「…仕事って言ってたのに」
「いや、これは本当に仕事の延長かもしれないし」
「2人でカウンターでワイン飲んでて?」
正直、フォローのしようがなかった。
「ねえ、私ってそんなに魅力ないのかな」
「は?何言ってんの。岸谷が馬鹿なだけだろ」
言ってから、しまったと思った。親友を馬鹿って言ってしまった。でも、目の前で泣きそうになってる女を前に、取り繕う余裕がなかった。
「…ありがとう」
彩乃さんが俺の手の甲に自分の手を重ねた。
心臓が跳ねた。
(だめだ。これはだめだ)
その日はそのまま別れた。帰りの東横線で、自分の手の甲をずっと見ていた。彩乃さんの指の温度がまだ残ってる気がした。
5月の連休、岸谷が出張で大阪に行っている間に、彩乃さんから連絡が来た。
「GW暇すぎて死にそう。どっか行かない?」
2人で下北沢を歩いた。古着屋を回って、カレー食って、ヴィレヴァンで変な本を見て笑った。
「これ見て、『世界一意味のない自己啓発本』だって」
「いや、それ俺に必要かもしれない」
「あはは、何それ」
楽しかった。楽しかったのがまずかった。
帰り道、下北沢の駅に向かう坂道で、彩乃さんが言った。
「ねえ、こういうの岸谷くんとしたかったな」
「…だよな」
「でも、あなたとだから楽しいのかも」
俺は何も返せなかった。返しちゃいけない言葉しか浮かばなかったから。
決定的だったのは、5月の最後の土曜日だった。
恵比寿で飲んだあと、彩乃さんがかなり酔っていた。歩くのもふらふらで、タクシーに乗せようとしたけど、財布を店に忘れたことに気づいて取りに戻って、またダーツバーの前に戻ってきたら、彩乃さんが電柱にもたれて泣いていた。
「岸谷くんともう別れたほうがいいのかな」
「それは…酔ってるときに決めることじゃないだろ」
「酔ってないと言えないの。…ねえ、家遠いから泊めて」
俺の一人暮らしのマンションは恵比寿から歩いて12分。広尾のはずれの、築30年の1Kだ。
断るべきだった。タクシーに押し込んで、彼氏に電話させるべきだった。でも泣いてる彩乃さんを夜の恵比寿にひとりで放り出すこともできなくて。
「…ソファ使っていいから」
(嘘つけ、ソファなんてないだろ。ベッドしかない1Kだぞ)
部屋に着いて、彩乃さんに水を渡した。少し落ち着いたみたいで、ベッドの端に座ってぼうっとしていた。
「ねえ、なんで優しくしてくれるの」
「友達だからだよ」
「…友達ね」
彩乃さんが立ち上がって、俺のほうに歩いてきた。
距離が近い。目が潤んでいる。アルコールのせいか頬が赤い。ニットの襟元から鎖骨が見えていて、そこに視線が吸い込まれそうになった。
「私のこと、女として見てないの?」
「…見てないわけないだろ」
言ってしまった。
彩乃さんが俺のTシャツの裾を掴んだ。
「キス、していい?」
だめだ。だめに決まってる。こいつは親友の彼女で、酔ってて、寂しくて、判断力が鈍ってるだけで。
でも、俺の体は動かなかった。
彩乃さんの唇が触れた。柔らかくて、少しだけ塩辛い味がした。さっき泣いてたからだと思う。
最初は触れるだけだった。でも彩乃さんが目を閉じて、もう一度押し付けてきたとき、俺のほうが先に口を開いてしまった。
「ん…」
舌が触れ合った瞬間、頭の中で「やめろ」って叫んでる自分と、「もういいだろ」って囁いてる自分がいて、後者が勝った。
抱き寄せると、彩乃さんの体は思ったより華奢だった。でも胸の存在感だけが異様にあって、Tシャツ越しに押し付けられると頭がくらくらした。
「…ベッド、いい?」
返事の代わりに彩乃さんを抱き上げた。
ベッドに降ろして、覆いかぶさる形になった。キスしながらニットの裾に手を入れると、腰がびくっと跳ねた。
「ひゃっ…手、冷たい…」
「ごめん」
「ううん、びっくりしただけ…続けて」
ニットを脱がすと、白いレースのブラだった。谷間に汗が滲んでいて、外すと想像通りきれいな形のおっぱいがこぼれた。Eカップ、いやそれ以上あるかもしれない。乳首は薄いピンクで、もう少し硬くなっていた。
(俺は今、親友の彼女の裸を見ている)
罪悪感が刺すように来たけど、それを上回る衝動が止められなかった。
胸に顔を埋めると、彩乃さんが俺の頭を抱えるようにした。
「あっ…そこ、感じる…」
乳首を舌先で転がすと、彩乃さんの呼吸が変わった。腰が小さく揺れ始めて、スカートの中に手を滑り込ませると、下着がもう湿っていた。
「…濡れてる」
「言わないで…恥ずかしい…」
顔を両手で覆う彩乃さん。でも脚は閉じなかった。
下着をずらして指を這わせると、ぬるっとした感触。クリに触れた瞬間、腰がぐっと浮いた。
「んっ…あ、そこ…やば…」
最初はゆっくり、それから少しずつテンポを上げていく。彩乃さんの声が段々大きくなって、シーツを掴む指に力が入っている。
「待って…指、入れて…中がいい…」
中に指を入れると、きゅっと締まった。奥のほうを探るように動かすと、彩乃さんが俺の肩に爪を立てた。
「あっ、あっ、そこ…だめ…イっちゃ…」
体を震わせて、彩乃さんがイった。俺の指を中で締め付けながら、しばらくびくびくと余韻に浸っていた。
「…大丈夫?」
「…うん。ねえ、入れて」
「本当にいいのか」
「いいの。あなたがいい」
コンドームを取りに行こうとしたら、彩乃さんに腕を掴まれた。
「…このままがいい」
「いや、それは…」
「大丈夫、ピル飲んでるから」
(岸谷のために飲んでるピルだろ、それ)
最低だと思いながら、でも止まれなかった。
先端を当てると、彩乃さんが息を止めた。ゆっくり入れていく。中は指で触ったときよりもっと熱くて、絡みついてくるような感触だった。
「あぁっ…大きい…」
「痛くない?」
「ううん…気持ちいい…動いて…」
腰を引いて、また押し込む。ゆっくりしたストロークで、彩乃さんの反応を確かめながら。
「んっ…あ、そこ…いい…」
奥に当たる角度を見つけたとき、彩乃さんの声が変わった。
自分でもわかっていた。これは間違っている。明日になったら後悔する。岸谷の顔が浮かぶたびに胸が痛む。でもそれと同じくらい、今この瞬間の彩乃さんの体温が心地よくて、離れたくなかった。
「もっと…強くして…」
ペースを上げると、ベッドが軋んだ。彩乃さんが俺の背中に腕を回して、爪を食い込ませてくる。
「あっ、あっ、やばっ…また…イきそう…」
「俺も…もう…」
「中に出して…いいから…」
正常位のまま彩乃さんの脚が俺の腰に絡みついて、逃げ場がなくなった。最後に深く突き入れたとき、彩乃さんと同時にイった。体の奥で脈打つような感覚があって、彩乃さんの中に全部出してしまった。
「はぁ…はぁ…」
「…あったかい」
抱き合ったまま、しばらく動けなかった。
繋がったままの体勢で、彩乃さんが俺の胸に顔を埋めた。
「ねえ…もう1回、していい?」
2回目は、彩乃さんが上に乗った。
さっきまでの涙はどこにいったんだってくらい、腰の動かし方がうまかった。俺の腹に手をついて、ゆっくり上下する。巻いていた髪がほどけて、揺れるたびに胸が弾む。その光景だけで頭がおかしくなりそうだった。
「気持ちいい…?」
「…やばい」
「ふふ、よかった」
2回目は1回目よりも、どこか甘えたような空気があった。彩乃さんが俺の名前を呼ぶ声が、だんだん小さく、切なくなっていく。
「ねえ…好きって言って…」
「…」
言えなかった。言ったら終わりだと思った。何が終わるのかもわからないまま。
その代わりに、彩乃さんを引き寄せてキスした。深く、長く。
2回目は彩乃さんの中で出さなかった。ぎりぎりで引き抜いて、彩乃さんのお腹の上に出した。
「…なんで抜いたの」
「…わかんない」
本当にわからなかった。ピルを飲んでるって言ってたのに、なんで抜いたのか。たぶん、中に出したら、もう取り返しがつかない気がしたんだと思う。1回目で既に取り返しがつかないのに、馬鹿な話だけど。
シャワーを浴びて、2人でベッドに戻った。
彩乃さんが俺のTシャツを借りて着ていて、それがやけに似合っていた。
「ねえ、これからどうなるの、私たち」
「…わかんない」
「わかんないばっかり」
「だって、本当にわかんないんだよ」
「…岸谷くんには言わないでね」
「言えるわけないだろ」
そのまま、背中合わせで眠った。抱き合って寝る勇気は、俺にはなかった。
朝、先に起きたのは彩乃さんだった。
コーヒーの匂いで目が覚めたら、彩乃さんがキッチンに立っていた。うちのインスタントコーヒーを2つ入れてくれていて。
「おはよ。砂糖入れる?」
「…ブラックでいい」
朝日が差し込む1Kで、親友の彼女とコーヒーを飲んでいる。この光景がどれだけ歪んでいるか、たぶん俺たちだけが知っている。
「昨日のこと、なかったことにはできないよね」
「…できないな」
「じゃあ、どうする?」
窓の外を見た。広尾の住宅街を、日曜の朝のジョギングをしてる人が走っていた。普通の日曜日だ。世界は何も変わってない。変わったのは俺たちだけだ。
「正直に言う。俺は彩乃さんのことが好きだ。たぶん、ダーツバーで泣いてるのを見たときから。でも、岸谷は親友だ。どっちも本当のことだから、答えが出ない」
「…」
「だから、彩乃さんが決めてくれ。岸谷と別れてから俺のところに来るなら、ちゃんと受け止める。でも、このまま裏でこそこそ続けるのは、俺にはできない」
彩乃さんがカップを置いて、俺のほうを見た。目がまた潤んでいた。
「ずるいね、あなた。最後まで誠実なフリして」
「フリだよ。昨日の時点で誠実も何もないだろ」
「…そうだね」
彩乃さんが荷物をまとめて、玄関で靴を履いた。
「1週間だけ待って。ちゃんと、自分で答え出すから」
ドアが閉まった後、インスタントコーヒーの残りを飲み干した。
ぬるくなっていた。
これを書いている今、あの朝から3日が経った。彩乃さんからの連絡はまだない。岸谷からは昨日、「今週末飲まない?」ってLINEが来た。既読にして、まだ返せていない。
俺がどうなるのか、3人がどうなるのか、まだわからない。
ただひとつだけ確かなのは、あの夜の彩乃さんの温度を、俺はたぶん一生忘れられないということだ。