引っ越し業者の助手席に乗ってきた派遣の女の子が、俺の運転するトラックだけ降りたがらなかった理由

3月の繁忙期に起きた話を書かせてほしい。

俺は都内の引っ越し業者で4tトラックを運転している28歳。名前は省略する。高卒でこの業界に入って、もう10年になる。体力には自信があるけど、見た目は普通。よく言えば「親しみやすい」、悪く言えば「記憶に残らない」タイプだと思う。身長172、体重68。顔は……まあ、千鳥のノブから華を抜いた感じと言えば伝わるだろうか。伝わらないか。

3月って引っ越し業界はとにかく人が足りない。猫の手も借りたいってやつ。だから毎年この時期は派遣スタッフが何人か来る。

今年もそうだった。朝の点呼で営業所に並んだ派遣の子たちの中に、ひとり明らかに場違いな子がいた。

身長160くらい。髪は暗めの茶色で肩につくぐらいのボブ。顔は……マジで驚いたんだけど、永野芽郁に似てた。目がくりっとしてて、でもどこか眠たそうな感じ。作業着のサイズが合ってなくて袖が余ってるのが、なんかもう反則だった。推定Cカップ。いや、Dあるかも。作業着越しでもわかるぐらいには主張してた。

(いや、引っ越しの派遣に来る顔じゃないだろ……)

名前は……ここでは派遣ちゃんとでもしておく。22歳。大学を出たばかりで、就職先が決まるまでのつなぎで派遣に登録したらしい。

問題はすぐに起きた。

初日、ベテランの木村さんのトラックに乗せたら、最初の現場に着く前に降ろしてくれと言い出した。車酔い。しかもかなりひどいやつ。木村さんは荒い運転で有名だから、まあ仕方ないかとも思った。

2日目。今度は佐藤さんのトラックに乗せた。佐藤さんは運転丁寧な方だけど、やっぱりダメだった。環七の信号待ちでドアを開けて吐きそうになったらしい。

営業所に戻ってきた佐藤さんが所長に言ってるのが聞こえた。

「あの子ちょっと厳しいっすね。現場では真面目にやるんすけど、移動がもたないっす」

所長も困ってた。人手は足りないし、でもトラックの助手席で酔われたら仕事にならない。

3日目の朝、所長に呼ばれた。

「お前のトラック、今日あの子乗せてくれ」

「え、俺っすか」

「お前が一番運転おとなしいから。ダメだったらもう契約切るしかない」

(プレッシャーかけんなよ……)

トラックに乗り込むと、助手席にはすでに派遣ちゃんが座ってた。膝の上に紙袋を抱えてる。エチケット袋がわりだろう。目が赤い。泣いてたのかもしれない。

「おはよう。今日よろしくね」

「……おはようございます。すみません、ご迷惑おかけして」

「全然。あ、これ」

ダッシュボードから酔い止めのアネロンを出して渡した。自分が釣りに行くときに使ってるやつ。

「えっ、いいんですか」

「うん。あと窓ちょっと開けとくから、風に当たっててくれていいよ」

「ありがとうございます……」

エンジンをかけて、営業所を出た。最初の現場は世田谷の一軒家から練馬のマンションへの引っ越し。環八を北上するルート。

俺はいつも通りに運転した。急加速しない。ブレーキは早めに。カーブは減速してから曲がる。別に派遣ちゃんのためってわけじゃなく、荷物が崩れないようにするのは当たり前のことなんだけど。

10分経った。横を見ると、派遣ちゃんが不思議そうな顔をしてた。

「あの……」

「ん?」

「なんか、全然酔わないです」

「まだ10分だけどね」

「いや、昨日も一昨日も、5分で来てたんです」

「マジか。まあ、薬効いてんのかもね」

「薬は昨日も飲んだんですけど……」

信号で止まった。派遣ちゃんがこっちを見てるのが視界の端でわかった。

「運転、すごく上手ですね」

「いや、普通だよ。木村さんとか佐藤さんが荒いだけ」

「ふふ」

笑った。初めて笑うの見た。永野芽郁がくしゃっと笑うあの感じ。

(やべえな……)

現場に着いた。派遣ちゃんは元気だった。しかもめちゃくちゃ真面目に働く。段ボールの持ち方を一回教えたら、すぐにコツを掴んだ。腰を落として持ち上げる。当たり前のことだけど、男の派遣でもできないやつは多い。

「うまいじゃん」

「大学でバレーやってたので、体力だけは」

「おお、バレー」

「リベロだったんですけど、レシーブの姿勢が荷物持つのと似てて」

なるほどね。低い姿勢が身についてるのか。

昼飯は松屋で食った。牛めし並。派遣ちゃんはカルビ焼肉定食を頼んで、ちゃんと完食した。

「よく食べるね」

「引っ越しの仕事って思ったよりカロリー使うんですね。朝ごはん食べてきたのにもうお腹ぺこぺこで」

「松屋のカルビ焼肉選ぶ女、初めて見た」

「え、変ですか?」

「いや、好き。あ、松屋のカルビ焼肉が好きって意味ね」

「……ふふ」

(なんで補足したんだよ俺は……)

午後の現場も問題なく終わった。営業所に戻る車内で、派遣ちゃんが言った。

「あの、明日も同じトラックに乗せてもらえますか」

「それは所長が決めることだから……」

「所長さんに言ってみます。お願いします」

次の日、本当に所長に頼みに行ったらしい。所長は苦笑いしながら俺に言った。

「あの子、お前のトラックじゃないと酔うって言い張ってんだけど」

「知りませんよ。運転は普通にしてるだけです」

「まあいいや。このまま組んでくれ。3月いっぱい」

こうして俺と派遣ちゃんのペアが固定された。

日が経つにつれて、助手席での会話が増えた。

派遣ちゃんは法政大学の文学部を出ていて、本当は出版社に入りたかったけど全落ちしたこと。実家は千葉の柏で、今はアパートを借りて一人暮らしをしていること。特技はバレーボールと、意外にも料理。苦手なものはゴキブリと、電車の満員。

「電車もダメなんですよ、実は。ぎゅうぎゅうだと気持ち悪くなっちゃって」

「じゃあ通勤どうしてんの」

「自転車です。柏から営業所まで40分ぐらい」

「体力おばけかよ」

「おばけって言わないでください」

「体力モンスター?」

「悪化してます」

こういう、くだらない会話がずっと続いた。

ある日の現場で、ちょっとしたことがあった。

引っ越し先のマンションが3階でエレベーターなし。階段が狭くて、冷蔵庫を上げるのに苦労してた。俺が前を持って、派遣ちゃんが後ろ。踊り場でバランスを崩しかけたとき、派遣ちゃんが咄嗟に壁に背中をつけて冷蔵庫を支えた。

「大丈夫!?」

「大丈夫です、いけます」

冷蔵庫を置いた後、派遣ちゃんの背中を見たら作業着が汚れてた。壁にこすったんだろう。

「背中、痛くない?」

「ちょっと擦りむいたかも……でも大したことないです」

「見せて」

「えっ」

「いや、作業着の上からでいいから」

背中を向けてもらって確認した。作業着が破れてて、中のTシャツに少し血が滲んでた。

「Tシャツの上からでいいから消毒だけさせて。トラックに救急箱あるから」

トラックに戻って、助手席に座らせた。背中のTシャツをちょっとめくって消毒液を塗る。肩甲骨のあたりに5センチぐらいの擦り傷。肌が白くて、傷が余計に痛々しく見えた。

「いたっ」

「ごめん、しみるよな」

「……ありがとうございます」

声が小さかった。後ろからだから表情は見えなかったけど、耳が赤くなってるのは見えた。

(……気のせいだよな)

絆創膏を貼りながら、ふと思った。この子の肌、すごくいい匂いがする。汗と、なんだろう、石鹸みたいな。引っ越し作業のあとなのに。

慌てて手を離した。

3月も中旬に入ると、俺たちのペアは営業所でちょっと有名になってた。

引っ越し先のお客さんから「女性スタッフがいると安心する」って好評で、所長が喜んでた。家族連れの引っ越しで奥さんの対応を派遣ちゃんがやると、めちゃくちゃスムーズに進む。

「お前、接客うまいよな」

「え、そうですか?」

「さっきの奥さん、お前が食器の梱包丁寧にやってるの見て感動してたぞ」

「だって大事なものじゃないですか。自分の食器だと思ったら雑にできないです」

「……うちの正社員より意識高いわ」

「正社員にしてくれるなら考えますけど」

「出版社じゃなかったのかよ」

「……最近ちょっと迷ってます」

その言い方が妙に引っかかった。でも深く聞かなかった。

転機は3月20日だった。

その日は千葉方面の引っ越しが3件あって、最後の現場が終わったのが21時過ぎ。繁忙期はこういう日がある。営業所に戻る途中、国道16号で渋滞にハマった。

助手席の派遣ちゃんは疲れ切ってた。目がとろんとしてる。

「寝ていいよ。着いたら起こすから」

「いえ、起きてます……」

「無理すんなって」

「……じゃあ、ちょっとだけ」

5分もしないうちに寝た。寝顔がほんとに永野芽郁で、信号待ちのたびにチラチラ見てしまう自分が情けなかった。

(やめろよ……相棒だろ。仕事のパートナー。それ以上のことを考えるな)

でも、寝てる派遣ちゃんが無意識に俺の方に体を傾けてきて、肩に頭が当たった瞬間、心臓がバクバクした。28年生きてきて、こんなにドキドキしたの初めてだった。

営業所の近くで起こした。

「おい、着くぞ」

「……んん……あ、すみません寝ちゃって」

「いいよ。お疲れ」

「あの……肩、借りちゃいましたか」

「全然。気づかなかった」

嘘です。ずっと動けなかった。

営業所で事務処理を済ませて外に出ると、派遣ちゃんが自転車の前で立ってた。

「こんな時間に自転車で帰んの?」

「いつものことなので」

「……送るよ。車で」

「えっ、いいですよそんな」

「21時過ぎに女の子を40分チャリで帰らせる方がおかしいだろ。自転車は明日でいい」

「……ありがとうございます」

俺の私有車——12年落ちのスイフト——で柏まで送った。車内は作業着の汗くさい匂いがしたと思う。申し訳ない。

アパートの前で降ろすとき、派遣ちゃんが言った。

「あの」

「ん?」

「私、車酔いが治ったわけじゃないんです」

「え?」

「……この車でも全然酔わないから。やっぱり運転のせいじゃなくて、人のせいなんだと思います」

「……どういう意味?」

「おやすみなさい」

ドアを閉めて、小走りでアパートに入っていった。

(え、今の何???)

家に帰っても全然寝れなかった。「人のせい」ってなんだよ。俺のせいで酔わないってこと? それってつまり、いやいや、考えすぎだろ。

次の日から、俺は意識してしまった。

助手席に座る派遣ちゃんの膝。ハンドルを切るときに揺れるポニーテール(いつの間にか結ぶようになってた)。段ボールを持ち上げるときに見える、腕の筋。

全部が気になる。全部が目に入る。

(やばい。これ完全に好きになってる)

自覚したのが3月25日。3月は31日で終わる。派遣ちゃんの契約も3月まで。あと6日。

焦った。でも何もできなかった。言ったらどうなる。「28歳の引っ越し屋のおっさんが22歳の派遣の子に告白」って、書き起こすだけで痛い。しかも相手は出版社志望の法政卒。俺は高卒。住む世界が違う。

3月30日。最終日の前日。

その日の現場は新宿区のワンルームから杉並区への単身引っ越し。軽い案件で、15時には営業所に戻れた。

派遣ちゃんが更衣室で着替えて出てきた。私服姿を見るのは初めてだった。白いニットにデニム。作業着とは全然違う。ちゃんとした女の子だった(当たり前だけど)。

「明日で最後ですね」

「……そうだな」

「あの、今日このあと時間ありますか」

「え」

「お礼がしたくて。1ヶ月お世話になったし」

「お礼なんていいよ別に」

「ダメですか?」

上目遣い。永野芽郁の上目遣い。断れるわけがない。

「……いいよ」

柏駅の近くの居酒屋に入った。個室の座敷。派遣ちゃんはビールを頼んで、一口飲んで「うまっ」と言った。

「酒飲めるんだ」

「飲めますよ。けっこう強いです」

「体力おばけで酒強いって、もう引っ越し屋向きじゃん」

「だからちょっと迷ってるんですって」

「え、マジで言ってんの?」

「半分ぐらいは」

「残り半分は?」

「……秘密です」

2杯目のハイボールを飲みながら、派遣ちゃんが急に言った。

「彼女いるんですか」

「いない。3年いない」

「なんでですか」

「なんでって……出会いないし、この仕事忙しいし。つーか、引っ越し屋の男って女にモテるジャンルじゃないだろ」

「そんなことないと思いますけど」

「お世辞はいいよ」

「お世辞じゃないです」

真顔で言われて、酒のせいじゃなく顔が熱くなった。

「私、好きな人がいるんです」

心臓が止まるかと思った。

「……へえ」

「その人の隣にいると、すごく安心するんです。車に乗ってても酔わないぐらい」

「……」

「運転が上手いからじゃなくて、その人の隣だから平気なんだって、途中から気づいちゃって」

「……それ、前にも聞いたな」

「ちゃんと聞いてほしくて、もう一回言ってます」

俺はジョッキを置いた。手が震えてた。

「俺、高卒だぞ」

「知ってます」

「6歳も年上だぞ」

「それも知ってます」

「引っ越し屋だぞ」

「何回聞いても答えは変わらないですよ?」

笑ってた。泣きそうな顔で笑ってた。

「……俺も、好きだよ。最初に助手席に乗ってきた日から」

「知ってました」

「は?」

「背中の傷に消毒してくれたとき、手が震えてたので」

(バレてたのかよ……)

会計を済ませて外に出た。3月末の夜は意外と冷える。柏駅の東口を出て、派遣ちゃんのアパートまで歩いた。

アパートの前で立ち止まった。酔ってるのか、頬が赤い。俺も酔ってるから同じだと思う。

「……上がっていきますか」

「いいの?」

「明日最終日だし、このまま帰したら二度と会えないかもしれないし」

「そんなことないだろ。連絡先交換すれば」

「そういう問題じゃないんです」

目が潤んでた。

ワンルームのアパート。6畳。きれいに片付いてた。派遣の仕事で稼いだ金で暮らしてるんだなと思ったら、急に切なくなった。

「散らかっててすみません」

「全然散らかってないだろ」

「お茶、出しますね」

「いいよ座ってて」

ベッドの端に並んで座った。テーブルがないからこうなる。肩が触れる距離。

「……緊張してます」

「俺もだよ」

「引っ越しの時は全然緊張しないのに」

「あれは仕事だからな。これは……仕事じゃないから」

「ふふ、そうですね」

横を向いたら、目が合った。近い。永野芽郁の顔が15センチ先にある。

(いいのか。本当に。俺みたいなやつが)

派遣ちゃんが目を閉じた。

それが合図だった。

キスした。ビールの味がした。唇が柔らかくて、震えてた。

「ん……」

離れようとしたら、ニットの裾を掴まれた。

「……まだ」

もう一回。今度は長く。舌が触れた瞬間、派遣ちゃんの体がびくっとなった。

「……大丈夫?」

「大丈夫です……でもすごいドキドキしてます」

俺の手を取って、自分の胸に当てた。ニット越しに心臓がドクドク鳴ってるのがわかった。柔らかかった。いや、心臓の話だけど。いや、胸も。

(落ち着け俺。落ち着け)

「こっちも聞いてみ」

派遣ちゃんの手を俺の胸に。同じぐらい、いやそれ以上にバクバクしてた。

「……同じですね」

「同じだよ」

そこからは、なんというか、自然だった。

白いニットを脱がした。下は薄いグレーのブラ。シンプルなやつ。飾り気がないのが逆にドキドキした。

「……Dカップだろ」

「え、なんでわかるんですか」

「1ヶ月毎日見てれば大体わかる」

「見てたんですか」

「……いや、その、作業着越しに」

「見てたんじゃないですか」

返す言葉がなかった。

ブラを外した。形がきれいだった。大きすぎず小さすぎず、ちょうどよく手に収まるサイズ。乳首は薄いピンクで、もう少し立ってた。

「きれいだな……」

「恥ずかしいです……」

腕で隠そうとするのをそっと押さえて、胸に顔を埋めた。汗と石鹸の匂い。あの日の背中と同じ匂い。

乳首を舌先で転がすと、派遣ちゃんの体がぴくっと跳ねた。

「んっ……」

「感じる?」

「……はい」

もう片方の手で反対側の胸を揉みながら、乳首を吸った。

「あ……んん……」

声を出すのが恥ずかしいのか、手の甲で口を押さえてる。その手をどけて、キスした。胸を触りながら。

「んっ……ん……」

デニムのボタンを外した。派遣ちゃんが腰を浮かせてくれたから、ゆっくり脱がした。下は白のコットンのショーツ。飾り気のないやつ。でもそれがいい。この子らしくて。

太ももに手を這わせると、すごく張りがあった。バレーやってたからだろう。筋肉が適度についてて、でも柔らかい。

ショーツの上から触れた。

「あっ……」

少し濡れてた。指を押し当てると、布越しに熱が伝わってくる。

「脱がしていい?」

「……はい」

ショーツを下ろした。きれいに整えてあった。

指で割れ目をなぞると、もう十分に濡れてた。

「んっ……あ……」

クリに触れた瞬間、腰がぴくんと持ち上がった。

「ここ?」

「そこ……ダメ……敏感で……」

ゆっくり円を描くように触る。派遣ちゃんの息が荒くなる。太ももが閉じようとするのを膝で押さえた。

「あっ……あっ……やばい……」

指を中に入れた。

「んんっ!」

中はすごく熱くて、きゅっと締まった。

「痛くない?」

「痛くない……気持ちいい……」

ゆっくり動かしながら、親指でクリを触り続けた。

「あっ……あっ……ダメ……何か来る……」

腰が小刻みに震え始めた。

「あっ……イク……イっちゃう……」

体がびくっと弓なりになって、中の指がぎゅっと締められた。

「はぁ……はぁ……」

額に汗が浮いてた。永野芽郁の顔が紅潮して、目がとろんとしてる。

(信じられない。この子が俺の腕の中にいるのが信じられない)

「……私もしたい」

起き上がって、俺のベルトに手をかけた。ズボンとパンツを下ろされて、もうカチカチになってた。

「……大きい」

「普通だよ」

「そういうの私にはわからないです。2人目だから」

「……2人目?」

「大学の時に1回だけ付き合った人がいて。でもすぐ別れちゃったから、ほぼ経験ないです」

そう言いながら、両手で握って、ゆっくり動かし始めた。手が小さいから両手でちょうどいい。

「……上手いじゃん」

「動画で勉強しました」

「は?」

「こうなるかもって……思ったから」

(勉強してきたのかよ……)

先っちょに唇をつけた。

「おっ……」

舌で先端をちろちろと舐めてくる。ぎこちないけど、一生懸命なのが伝わってきて、それがたまらなく興奮した。

「ん……んっ……」

口に含んで、頭をゆっくり上下させる。歯が当たらないように気をつけてるのがわかった。

「やばい、もうそこらへんにしとかないと」

「あ、ごめんなさい」

「謝んなよ。気持ちよすぎて終わるとこだった」

コンビニの袋から出した避妊具をつけた。一応持ってきてた。一応。

「……来てください」

仰向けになった派遣ちゃんの上にかぶさった。膝を少し開いてくれた。

先端を当てた。熱い。

ゆっくり入れた。

「んっ……あっ……」

「痛い?」

「大丈夫……ゆっくり……」

奥まで入った瞬間、派遣ちゃんが俺の背中に腕を回した。爪が食い込む。中はすごく熱くて、きつくて、頭がぼうっとした。

「動くよ……」

「うん……」

ゆっくり腰を引いて、また押し込む。

「あっ……あっ……」

声がちっちゃくて、でもすごく色っぽかった。バレーやってた体だからか、しがみつく力が強くて、離れられない。離れたくもなかったけど。

(夢なのか。これは夢なのか。俺は今、この子と……)

「気持ちいい……」

「俺も……」

ペースを少し上げた。ベッドが軋む。6畳のワンルームに、ふたりの息遣いが充満する。

「あっ……ん……もっと……」

手を握った。恋人つなぎ。派遣ちゃんがぎゅっと握り返してくる。

「好きだよ……」

「私も……好き……」

「あっ……また……来る……」

「俺ももう……」

「一緒に……」

最後に深く押し込んで、そのまま達した。派遣ちゃんも同時に体を震わせて、俺の手をぎゅっと握りしめた。

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……」

しばらくそのまま動けなかった。額をくっつけて、息を整える。

「……重いです」

「あ、ごめん」

横に転がった。天井を見る。安アパートの白い天井。

派遣ちゃんが横にくっついてきた。腕に頭を乗せて。

「ねえ」

「ん」

「さっき迷ってるって言ったじゃないですか。出版社か引っ越し屋か」

「ああ」

「残り半分の理由、言いますね」

「おう」

「引っ越し屋にしたら、毎日あなたの助手席に座れるでしょ」

「……バカだろお前」

「バカですよ。バカだからこんなことになってるんです」

泣いてた。笑いながら泣いてた。

俺も泣きそうだった。28年間、自分のことを「記憶に残らないタイプ」だと思って生きてきた。引っ越し屋の高卒。特技もない。顔も普通以下。誰かに必要とされることなんてないと思ってた。

それが。

この子は、俺の隣にいるために人生の進路を変えようとしてる。

「……お前は出版社行け」

「え」

「お前の夢だろ。引っ越し屋の助手席なんか、いつでも座れる。毎日じゃなくても、週末とか」

「……毎日がいいです」

「わがまま言うな」

「だって……」

「助手席じゃなくて、助手席に乗せた後に帰る家を一緒にすればいいだろ」

「……それって」

「……あ、いや今のは、その」

「プロポーズですか」

「違う!付き合ってもないのに!順番おかしいだろ!」

「じゃあ付き合ってください。順番合わせるので」

「……はい」

「はい」って。俺が「はい」って。なんだこの力関係。

派遣ちゃんがぎゅっと抱きついてきた。裸のまま。柔らかくて、あったかくて。

「……もう一回、したいです」

「……マジで?」

「彼氏になったんだから、いいですよね」

2回目は、さっきよりゆっくりだった。お互いの体がわかってきて、どこを触れば声が出るか、どう動けばぴったり合うか。派遣ちゃんが上に乗って、俺の顔を見ながらゆっくり腰を動かした。

「あっ……ん……」

胸が目の前で揺れる。手を伸ばして、優しく包んだ。

「そこ……好き……」

さっきは恥ずかしがってた声が、ちょっとだけ大胆になってた。慣れか。信頼か。たぶん両方。

「かわいいよ……ほんとに」

「そういうの……言われると……もっと……」

腰の動きが速くなった。

「やば……」

「私も……もうダメ……」

体を起こして、抱きしめた。対面座位。密着して、派遣ちゃんの耳元で名前を呼んだ。下の名前。初めて。

体がびくんと跳ねて、中がぎゅっと締まった。同時に俺も限界だった。

「はぁ……はぁ……」

「……すげえな」

「何がですか」

「幸せすぎて意味がわからない」

「……私もです」

翌日、3月31日。契約最終日。

いつも通り俺のトラックの助手席に乗ってきた派遣ちゃんは、いつも通りの作業着で、いつも通り「おはようございます」と言った。でも耳が赤かった。

「昨日のこと思い出してるだろ」

「思い出してないです」

「耳赤いけど」

「花粉です」

最後の現場を終えて、営業所に戻った。更衣室で着替えた派遣ちゃんが、所長に挨拶をして、他のスタッフにも頭を下げて回ってた。

木村さんが俺の肩を叩いた。

「あの子、お前のトラックで正解だったな」

「……ですね」

「ま、素人目にもわかるわ。お前ら付き合ってんだろ」

「えっ」

「隠すの下手すぎ。車内カメラの映像見てみろよ、お前ずっとニヤけてんぞ」

(マジかよ……)

営業所の外で待ってた。派遣ちゃんが出てきた。

「改めて、1ヶ月間ありがとうございました」

「おう。お疲れ」

「……送ってくれますか。最後だから」

12年落ちのスイフトで、柏まで。助手席にはもう紙袋を抱えた派遣ちゃんはいない。窓を開けて、春の風を受けながら鼻歌を歌ってる派遣ちゃんがいる。

赤信号で止まったとき、手を伸ばして握った。

「青になりますよ」

「わかってる」

「片手運転、危ないです」

「10年やってんだ、片手ぐらい余裕」

「……じゃあ、いいです」

握り返してきた。

あれから3ヶ月。派遣ちゃんは出版社の中途採用に受かった。今は神保町の小さい版元で編集アシスタントをやってる。引っ越し屋にはならなかった。俺がちゃんと止めたからだ。

でも週末は必ずうちに来る。12年落ちのスイフトの助手席に乗って、どこか行こうよって言う。

先週、助手席でまた寝てた。肩に頭をもたせかけて。起こすのが惜しくて、目的地に着いてもしばらくエンジンだけかけて待ってた。

薄目を開けた派遣ちゃんが言った。

「……ここの助手席、世界で一番酔わない」

「酔い止めの効果だよ」

「違いますよ」

わかってる。俺にもわかってる。でも恥ずかしくて言えない。

だから代わりに、こうやって書いてる。


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