3月の繁忙期に起きた話を書かせてほしい。
俺は都内の引っ越し業者で4tトラックを運転している28歳。名前は省略する。高卒でこの業界に入って、もう10年になる。体力には自信があるけど、見た目は普通。よく言えば「親しみやすい」、悪く言えば「記憶に残らない」タイプだと思う。身長172、体重68。顔は……まあ、千鳥のノブから華を抜いた感じと言えば伝わるだろうか。伝わらないか。
3月って引っ越し業界はとにかく人が足りない。猫の手も借りたいってやつ。だから毎年この時期は派遣スタッフが何人か来る。
今年もそうだった。朝の点呼で営業所に並んだ派遣の子たちの中に、ひとり明らかに場違いな子がいた。
身長160くらい。髪は暗めの茶色で肩につくぐらいのボブ。顔は……マジで驚いたんだけど、永野芽郁に似てた。目がくりっとしてて、でもどこか眠たそうな感じ。作業着のサイズが合ってなくて袖が余ってるのが、なんかもう反則だった。推定Cカップ。いや、Dあるかも。作業着越しでもわかるぐらいには主張してた。
(いや、引っ越しの派遣に来る顔じゃないだろ……)
名前は……ここでは派遣ちゃんとでもしておく。22歳。大学を出たばかりで、就職先が決まるまでのつなぎで派遣に登録したらしい。
問題はすぐに起きた。
初日、ベテランの木村さんのトラックに乗せたら、最初の現場に着く前に降ろしてくれと言い出した。車酔い。しかもかなりひどいやつ。木村さんは荒い運転で有名だから、まあ仕方ないかとも思った。
2日目。今度は佐藤さんのトラックに乗せた。佐藤さんは運転丁寧な方だけど、やっぱりダメだった。環七の信号待ちでドアを開けて吐きそうになったらしい。
営業所に戻ってきた佐藤さんが所長に言ってるのが聞こえた。
「あの子ちょっと厳しいっすね。現場では真面目にやるんすけど、移動がもたないっす」
所長も困ってた。人手は足りないし、でもトラックの助手席で酔われたら仕事にならない。
3日目の朝、所長に呼ばれた。
「お前のトラック、今日あの子乗せてくれ」
「え、俺っすか」
「お前が一番運転おとなしいから。ダメだったらもう契約切るしかない」
(プレッシャーかけんなよ……)
トラックに乗り込むと、助手席にはすでに派遣ちゃんが座ってた。膝の上に紙袋を抱えてる。エチケット袋がわりだろう。目が赤い。泣いてたのかもしれない。
「おはよう。今日よろしくね」
「……おはようございます。すみません、ご迷惑おかけして」
「全然。あ、これ」
ダッシュボードから酔い止めのアネロンを出して渡した。自分が釣りに行くときに使ってるやつ。
「えっ、いいんですか」
「うん。あと窓ちょっと開けとくから、風に当たっててくれていいよ」
「ありがとうございます……」
エンジンをかけて、営業所を出た。最初の現場は世田谷の一軒家から練馬のマンションへの引っ越し。環八を北上するルート。
俺はいつも通りに運転した。急加速しない。ブレーキは早めに。カーブは減速してから曲がる。別に派遣ちゃんのためってわけじゃなく、荷物が崩れないようにするのは当たり前のことなんだけど。
10分経った。横を見ると、派遣ちゃんが不思議そうな顔をしてた。
「あの……」
「ん?」
「なんか、全然酔わないです」
「まだ10分だけどね」
「いや、昨日も一昨日も、5分で来てたんです」
「マジか。まあ、薬効いてんのかもね」
「薬は昨日も飲んだんですけど……」
信号で止まった。派遣ちゃんがこっちを見てるのが視界の端でわかった。
「運転、すごく上手ですね」
「いや、普通だよ。木村さんとか佐藤さんが荒いだけ」
「ふふ」
笑った。初めて笑うの見た。永野芽郁がくしゃっと笑うあの感じ。
(やべえな……)
現場に着いた。派遣ちゃんは元気だった。しかもめちゃくちゃ真面目に働く。段ボールの持ち方を一回教えたら、すぐにコツを掴んだ。腰を落として持ち上げる。当たり前のことだけど、男の派遣でもできないやつは多い。
「うまいじゃん」
「大学でバレーやってたので、体力だけは」
「おお、バレー」
「リベロだったんですけど、レシーブの姿勢が荷物持つのと似てて」
なるほどね。低い姿勢が身についてるのか。
昼飯は松屋で食った。牛めし並。派遣ちゃんはカルビ焼肉定食を頼んで、ちゃんと完食した。
「よく食べるね」
「引っ越しの仕事って思ったよりカロリー使うんですね。朝ごはん食べてきたのにもうお腹ぺこぺこで」
「松屋のカルビ焼肉選ぶ女、初めて見た」
「え、変ですか?」
「いや、好き。あ、松屋のカルビ焼肉が好きって意味ね」
「……ふふ」
(なんで補足したんだよ俺は……)
午後の現場も問題なく終わった。営業所に戻る車内で、派遣ちゃんが言った。
「あの、明日も同じトラックに乗せてもらえますか」
「それは所長が決めることだから……」
「所長さんに言ってみます。お願いします」
次の日、本当に所長に頼みに行ったらしい。所長は苦笑いしながら俺に言った。
「あの子、お前のトラックじゃないと酔うって言い張ってんだけど」
「知りませんよ。運転は普通にしてるだけです」
「まあいいや。このまま組んでくれ。3月いっぱい」
こうして俺と派遣ちゃんのペアが固定された。
日が経つにつれて、助手席での会話が増えた。
派遣ちゃんは法政大学の文学部を出ていて、本当は出版社に入りたかったけど全落ちしたこと。実家は千葉の柏で、今はアパートを借りて一人暮らしをしていること。特技はバレーボールと、意外にも料理。苦手なものはゴキブリと、電車の満員。
「電車もダメなんですよ、実は。ぎゅうぎゅうだと気持ち悪くなっちゃって」
「じゃあ通勤どうしてんの」
「自転車です。柏から営業所まで40分ぐらい」
「体力おばけかよ」
「おばけって言わないでください」
「体力モンスター?」
「悪化してます」
こういう、くだらない会話がずっと続いた。
ある日の現場で、ちょっとしたことがあった。
引っ越し先のマンションが3階でエレベーターなし。階段が狭くて、冷蔵庫を上げるのに苦労してた。俺が前を持って、派遣ちゃんが後ろ。踊り場でバランスを崩しかけたとき、派遣ちゃんが咄嗟に壁に背中をつけて冷蔵庫を支えた。
「大丈夫!?」
「大丈夫です、いけます」
冷蔵庫を置いた後、派遣ちゃんの背中を見たら作業着が汚れてた。壁にこすったんだろう。
「背中、痛くない?」
「ちょっと擦りむいたかも……でも大したことないです」
「見せて」
「えっ」
「いや、作業着の上からでいいから」
背中を向けてもらって確認した。作業着が破れてて、中のTシャツに少し血が滲んでた。
「Tシャツの上からでいいから消毒だけさせて。トラックに救急箱あるから」
トラックに戻って、助手席に座らせた。背中のTシャツをちょっとめくって消毒液を塗る。肩甲骨のあたりに5センチぐらいの擦り傷。肌が白くて、傷が余計に痛々しく見えた。
「いたっ」
「ごめん、しみるよな」
「……ありがとうございます」
声が小さかった。後ろからだから表情は見えなかったけど、耳が赤くなってるのは見えた。
(……気のせいだよな)
絆創膏を貼りながら、ふと思った。この子の肌、すごくいい匂いがする。汗と、なんだろう、石鹸みたいな。引っ越し作業のあとなのに。
慌てて手を離した。
3月も中旬に入ると、俺たちのペアは営業所でちょっと有名になってた。
引っ越し先のお客さんから「女性スタッフがいると安心する」って好評で、所長が喜んでた。家族連れの引っ越しで奥さんの対応を派遣ちゃんがやると、めちゃくちゃスムーズに進む。
「お前、接客うまいよな」
「え、そうですか?」
「さっきの奥さん、お前が食器の梱包丁寧にやってるの見て感動してたぞ」
「だって大事なものじゃないですか。自分の食器だと思ったら雑にできないです」
「……うちの正社員より意識高いわ」
「正社員にしてくれるなら考えますけど」
「出版社じゃなかったのかよ」
「……最近ちょっと迷ってます」
その言い方が妙に引っかかった。でも深く聞かなかった。
転機は3月20日だった。
その日は千葉方面の引っ越しが3件あって、最後の現場が終わったのが21時過ぎ。繁忙期はこういう日がある。営業所に戻る途中、国道16号で渋滞にハマった。
助手席の派遣ちゃんは疲れ切ってた。目がとろんとしてる。
「寝ていいよ。着いたら起こすから」
「いえ、起きてます……」
「無理すんなって」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
5分もしないうちに寝た。寝顔がほんとに永野芽郁で、信号待ちのたびにチラチラ見てしまう自分が情けなかった。
(やめろよ……相棒だろ。仕事のパートナー。それ以上のことを考えるな)
でも、寝てる派遣ちゃんが無意識に俺の方に体を傾けてきて、肩に頭が当たった瞬間、心臓がバクバクした。28年生きてきて、こんなにドキドキしたの初めてだった。
営業所の近くで起こした。
「おい、着くぞ」
「……んん……あ、すみません寝ちゃって」
「いいよ。お疲れ」
「あの……肩、借りちゃいましたか」
「全然。気づかなかった」
嘘です。ずっと動けなかった。
営業所で事務処理を済ませて外に出ると、派遣ちゃんが自転車の前で立ってた。
「こんな時間に自転車で帰んの?」
「いつものことなので」
「……送るよ。車で」
「えっ、いいですよそんな」
「21時過ぎに女の子を40分チャリで帰らせる方がおかしいだろ。自転車は明日でいい」
「……ありがとうございます」
俺の私有車——12年落ちのスイフト——で柏まで送った。車内は作業着の汗くさい匂いがしたと思う。申し訳ない。
アパートの前で降ろすとき、派遣ちゃんが言った。
「あの」
「ん?」
「私、車酔いが治ったわけじゃないんです」
「え?」
「……この車でも全然酔わないから。やっぱり運転のせいじゃなくて、人のせいなんだと思います」
「……どういう意味?」
「おやすみなさい」
ドアを閉めて、小走りでアパートに入っていった。
(え、今の何???)
家に帰っても全然寝れなかった。「人のせい」ってなんだよ。俺のせいで酔わないってこと? それってつまり、いやいや、考えすぎだろ。
次の日から、俺は意識してしまった。
助手席に座る派遣ちゃんの膝。ハンドルを切るときに揺れるポニーテール(いつの間にか結ぶようになってた)。段ボールを持ち上げるときに見える、腕の筋。
全部が気になる。全部が目に入る。
(やばい。これ完全に好きになってる)
自覚したのが3月25日。3月は31日で終わる。派遣ちゃんの契約も3月まで。あと6日。
焦った。でも何もできなかった。言ったらどうなる。「28歳の引っ越し屋のおっさんが22歳の派遣の子に告白」って、書き起こすだけで痛い。しかも相手は出版社志望の法政卒。俺は高卒。住む世界が違う。
3月30日。最終日の前日。
その日の現場は新宿区のワンルームから杉並区への単身引っ越し。軽い案件で、15時には営業所に戻れた。
派遣ちゃんが更衣室で着替えて出てきた。私服姿を見るのは初めてだった。白いニットにデニム。作業着とは全然違う。ちゃんとした女の子だった(当たり前だけど)。
「明日で最後ですね」
「……そうだな」
「あの、今日このあと時間ありますか」
「え」
「お礼がしたくて。1ヶ月お世話になったし」
「お礼なんていいよ別に」
「ダメですか?」
上目遣い。永野芽郁の上目遣い。断れるわけがない。
「……いいよ」
柏駅の近くの居酒屋に入った。個室の座敷。派遣ちゃんはビールを頼んで、一口飲んで「うまっ」と言った。
「酒飲めるんだ」
「飲めますよ。けっこう強いです」
「体力おばけで酒強いって、もう引っ越し屋向きじゃん」
「だからちょっと迷ってるんですって」
「え、マジで言ってんの?」
「半分ぐらいは」
「残り半分は?」
「……秘密です」
2杯目のハイボールを飲みながら、派遣ちゃんが急に言った。
「彼女いるんですか」
「いない。3年いない」
「なんでですか」
「なんでって……出会いないし、この仕事忙しいし。つーか、引っ越し屋の男って女にモテるジャンルじゃないだろ」
「そんなことないと思いますけど」
「お世辞はいいよ」
「お世辞じゃないです」
真顔で言われて、酒のせいじゃなく顔が熱くなった。
「私、好きな人がいるんです」
心臓が止まるかと思った。
「……へえ」
「その人の隣にいると、すごく安心するんです。車に乗ってても酔わないぐらい」
「……」
「運転が上手いからじゃなくて、その人の隣だから平気なんだって、途中から気づいちゃって」
「……それ、前にも聞いたな」
「ちゃんと聞いてほしくて、もう一回言ってます」
俺はジョッキを置いた。手が震えてた。
「俺、高卒だぞ」
「知ってます」
「6歳も年上だぞ」
「それも知ってます」
「引っ越し屋だぞ」
「何回聞いても答えは変わらないですよ?」
笑ってた。泣きそうな顔で笑ってた。
「……俺も、好きだよ。最初に助手席に乗ってきた日から」
「知ってました」
「は?」
「背中の傷に消毒してくれたとき、手が震えてたので」
(バレてたのかよ……)
会計を済ませて外に出た。3月末の夜は意外と冷える。柏駅の東口を出て、派遣ちゃんのアパートまで歩いた。
アパートの前で立ち止まった。酔ってるのか、頬が赤い。俺も酔ってるから同じだと思う。
「……上がっていきますか」
「いいの?」
「明日最終日だし、このまま帰したら二度と会えないかもしれないし」
「そんなことないだろ。連絡先交換すれば」
「そういう問題じゃないんです」
目が潤んでた。
ワンルームのアパート。6畳。きれいに片付いてた。派遣の仕事で稼いだ金で暮らしてるんだなと思ったら、急に切なくなった。
「散らかっててすみません」
「全然散らかってないだろ」
「お茶、出しますね」
「いいよ座ってて」
ベッドの端に並んで座った。テーブルがないからこうなる。肩が触れる距離。
「……緊張してます」
「俺もだよ」
「引っ越しの時は全然緊張しないのに」
「あれは仕事だからな。これは……仕事じゃないから」
「ふふ、そうですね」
横を向いたら、目が合った。近い。永野芽郁の顔が15センチ先にある。
(いいのか。本当に。俺みたいなやつが)
派遣ちゃんが目を閉じた。
それが合図だった。
キスした。ビールの味がした。唇が柔らかくて、震えてた。
「ん……」
離れようとしたら、ニットの裾を掴まれた。
「……まだ」
もう一回。今度は長く。舌が触れた瞬間、派遣ちゃんの体がびくっとなった。
「……大丈夫?」
「大丈夫です……でもすごいドキドキしてます」
俺の手を取って、自分の胸に当てた。ニット越しに心臓がドクドク鳴ってるのがわかった。柔らかかった。いや、心臓の話だけど。いや、胸も。
(落ち着け俺。落ち着け)
「こっちも聞いてみ」
派遣ちゃんの手を俺の胸に。同じぐらい、いやそれ以上にバクバクしてた。
「……同じですね」
「同じだよ」
そこからは、なんというか、自然だった。
白いニットを脱がした。下は薄いグレーのブラ。シンプルなやつ。飾り気がないのが逆にドキドキした。
「……Dカップだろ」
「え、なんでわかるんですか」
「1ヶ月毎日見てれば大体わかる」
「見てたんですか」
「……いや、その、作業着越しに」
「見てたんじゃないですか」
返す言葉がなかった。
ブラを外した。形がきれいだった。大きすぎず小さすぎず、ちょうどよく手に収まるサイズ。乳首は薄いピンクで、もう少し立ってた。
「きれいだな……」
「恥ずかしいです……」
腕で隠そうとするのをそっと押さえて、胸に顔を埋めた。汗と石鹸の匂い。あの日の背中と同じ匂い。
乳首を舌先で転がすと、派遣ちゃんの体がぴくっと跳ねた。
「んっ……」
「感じる?」
「……はい」
もう片方の手で反対側の胸を揉みながら、乳首を吸った。
「あ……んん……」
声を出すのが恥ずかしいのか、手の甲で口を押さえてる。その手をどけて、キスした。胸を触りながら。
「んっ……ん……」
デニムのボタンを外した。派遣ちゃんが腰を浮かせてくれたから、ゆっくり脱がした。下は白のコットンのショーツ。飾り気のないやつ。でもそれがいい。この子らしくて。
太ももに手を這わせると、すごく張りがあった。バレーやってたからだろう。筋肉が適度についてて、でも柔らかい。
ショーツの上から触れた。
「あっ……」
少し濡れてた。指を押し当てると、布越しに熱が伝わってくる。
「脱がしていい?」
「……はい」
ショーツを下ろした。きれいに整えてあった。
指で割れ目をなぞると、もう十分に濡れてた。
「んっ……あ……」
クリに触れた瞬間、腰がぴくんと持ち上がった。
「ここ?」
「そこ……ダメ……敏感で……」
ゆっくり円を描くように触る。派遣ちゃんの息が荒くなる。太ももが閉じようとするのを膝で押さえた。
「あっ……あっ……やばい……」
指を中に入れた。
「んんっ!」
中はすごく熱くて、きゅっと締まった。
「痛くない?」
「痛くない……気持ちいい……」
ゆっくり動かしながら、親指でクリを触り続けた。
「あっ……あっ……ダメ……何か来る……」
腰が小刻みに震え始めた。
「あっ……イク……イっちゃう……」
体がびくっと弓なりになって、中の指がぎゅっと締められた。
「はぁ……はぁ……」
額に汗が浮いてた。永野芽郁の顔が紅潮して、目がとろんとしてる。
(信じられない。この子が俺の腕の中にいるのが信じられない)
「……私もしたい」
起き上がって、俺のベルトに手をかけた。ズボンとパンツを下ろされて、もうカチカチになってた。
「……大きい」
「普通だよ」
「そういうの私にはわからないです。2人目だから」
「……2人目?」
「大学の時に1回だけ付き合った人がいて。でもすぐ別れちゃったから、ほぼ経験ないです」
そう言いながら、両手で握って、ゆっくり動かし始めた。手が小さいから両手でちょうどいい。
「……上手いじゃん」
「動画で勉強しました」
「は?」
「こうなるかもって……思ったから」
(勉強してきたのかよ……)
先っちょに唇をつけた。
「おっ……」
舌で先端をちろちろと舐めてくる。ぎこちないけど、一生懸命なのが伝わってきて、それがたまらなく興奮した。
「ん……んっ……」
口に含んで、頭をゆっくり上下させる。歯が当たらないように気をつけてるのがわかった。
「やばい、もうそこらへんにしとかないと」
「あ、ごめんなさい」
「謝んなよ。気持ちよすぎて終わるとこだった」
コンビニの袋から出した避妊具をつけた。一応持ってきてた。一応。
「……来てください」
仰向けになった派遣ちゃんの上にかぶさった。膝を少し開いてくれた。
先端を当てた。熱い。
ゆっくり入れた。
「んっ……あっ……」
「痛い?」
「大丈夫……ゆっくり……」
奥まで入った瞬間、派遣ちゃんが俺の背中に腕を回した。爪が食い込む。中はすごく熱くて、きつくて、頭がぼうっとした。
「動くよ……」
「うん……」
ゆっくり腰を引いて、また押し込む。
「あっ……あっ……」
声がちっちゃくて、でもすごく色っぽかった。バレーやってた体だからか、しがみつく力が強くて、離れられない。離れたくもなかったけど。
(夢なのか。これは夢なのか。俺は今、この子と……)
「気持ちいい……」
「俺も……」
ペースを少し上げた。ベッドが軋む。6畳のワンルームに、ふたりの息遣いが充満する。
「あっ……ん……もっと……」
手を握った。恋人つなぎ。派遣ちゃんがぎゅっと握り返してくる。
「好きだよ……」
「私も……好き……」
「あっ……また……来る……」
「俺ももう……」
「一緒に……」
最後に深く押し込んで、そのまま達した。派遣ちゃんも同時に体を震わせて、俺の手をぎゅっと握りしめた。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……」
しばらくそのまま動けなかった。額をくっつけて、息を整える。
「……重いです」
「あ、ごめん」
横に転がった。天井を見る。安アパートの白い天井。
派遣ちゃんが横にくっついてきた。腕に頭を乗せて。
「ねえ」
「ん」
「さっき迷ってるって言ったじゃないですか。出版社か引っ越し屋か」
「ああ」
「残り半分の理由、言いますね」
「おう」
「引っ越し屋にしたら、毎日あなたの助手席に座れるでしょ」
「……バカだろお前」
「バカですよ。バカだからこんなことになってるんです」
泣いてた。笑いながら泣いてた。
俺も泣きそうだった。28年間、自分のことを「記憶に残らないタイプ」だと思って生きてきた。引っ越し屋の高卒。特技もない。顔も普通以下。誰かに必要とされることなんてないと思ってた。
それが。
この子は、俺の隣にいるために人生の進路を変えようとしてる。
「……お前は出版社行け」
「え」
「お前の夢だろ。引っ越し屋の助手席なんか、いつでも座れる。毎日じゃなくても、週末とか」
「……毎日がいいです」
「わがまま言うな」
「だって……」
「助手席じゃなくて、助手席に乗せた後に帰る家を一緒にすればいいだろ」
「……それって」
「……あ、いや今のは、その」
「プロポーズですか」
「違う!付き合ってもないのに!順番おかしいだろ!」
「じゃあ付き合ってください。順番合わせるので」
「……はい」
「はい」って。俺が「はい」って。なんだこの力関係。
派遣ちゃんがぎゅっと抱きついてきた。裸のまま。柔らかくて、あったかくて。
「……もう一回、したいです」
「……マジで?」
「彼氏になったんだから、いいですよね」
2回目は、さっきよりゆっくりだった。お互いの体がわかってきて、どこを触れば声が出るか、どう動けばぴったり合うか。派遣ちゃんが上に乗って、俺の顔を見ながらゆっくり腰を動かした。
「あっ……ん……」
胸が目の前で揺れる。手を伸ばして、優しく包んだ。
「そこ……好き……」
さっきは恥ずかしがってた声が、ちょっとだけ大胆になってた。慣れか。信頼か。たぶん両方。
「かわいいよ……ほんとに」
「そういうの……言われると……もっと……」
腰の動きが速くなった。
「やば……」
「私も……もうダメ……」
体を起こして、抱きしめた。対面座位。密着して、派遣ちゃんの耳元で名前を呼んだ。下の名前。初めて。
体がびくんと跳ねて、中がぎゅっと締まった。同時に俺も限界だった。
「はぁ……はぁ……」
「……すげえな」
「何がですか」
「幸せすぎて意味がわからない」
「……私もです」
翌日、3月31日。契約最終日。
いつも通り俺のトラックの助手席に乗ってきた派遣ちゃんは、いつも通りの作業着で、いつも通り「おはようございます」と言った。でも耳が赤かった。
「昨日のこと思い出してるだろ」
「思い出してないです」
「耳赤いけど」
「花粉です」
最後の現場を終えて、営業所に戻った。更衣室で着替えた派遣ちゃんが、所長に挨拶をして、他のスタッフにも頭を下げて回ってた。
木村さんが俺の肩を叩いた。
「あの子、お前のトラックで正解だったな」
「……ですね」
「ま、素人目にもわかるわ。お前ら付き合ってんだろ」
「えっ」
「隠すの下手すぎ。車内カメラの映像見てみろよ、お前ずっとニヤけてんぞ」
(マジかよ……)
営業所の外で待ってた。派遣ちゃんが出てきた。
「改めて、1ヶ月間ありがとうございました」
「おう。お疲れ」
「……送ってくれますか。最後だから」
12年落ちのスイフトで、柏まで。助手席にはもう紙袋を抱えた派遣ちゃんはいない。窓を開けて、春の風を受けながら鼻歌を歌ってる派遣ちゃんがいる。
赤信号で止まったとき、手を伸ばして握った。
「青になりますよ」
「わかってる」
「片手運転、危ないです」
「10年やってんだ、片手ぐらい余裕」
「……じゃあ、いいです」
握り返してきた。
あれから3ヶ月。派遣ちゃんは出版社の中途採用に受かった。今は神保町の小さい版元で編集アシスタントをやってる。引っ越し屋にはならなかった。俺がちゃんと止めたからだ。
でも週末は必ずうちに来る。12年落ちのスイフトの助手席に乗って、どこか行こうよって言う。
先週、助手席でまた寝てた。肩に頭をもたせかけて。起こすのが惜しくて、目的地に着いてもしばらくエンジンだけかけて待ってた。
薄目を開けた派遣ちゃんが言った。
「……ここの助手席、世界で一番酔わない」
「酔い止めの効果だよ」
「違いますよ」
わかってる。俺にもわかってる。でも恥ずかしくて言えない。
だから代わりに、こうやって書いてる。