これは俺が大学2年の春から秋にかけて経験した話です。
まず俺のスペックから言うと、身長172cm、体重62kg、顔面偏差値は自己採点で47ぐらい。高校3年間で告白されたことはゼロ。彼女いない歴イコール年齢で大学に入学した、まあよくいるタイプの非モテです。
で、大学に入ったら何か変わるかなと思ってたんだけど、1年生の間は何も起きなかった。サークルの新歓で気になる子に話しかけてみたけど、会話が3往復で終わった。(あれは今思い出してもきつい)
2年になる直前の春休み、「もう見た目から変えるしかない」と思って、人生で初めて髪を染めた。アッシュブラウンってやつ。美容師さんに「似合いますよ」って言われて、ちょっとだけテンション上がった。
でも大学が始まっても、誰一人として「髪染めた?」って聞いてこなかった。
マジで誰も。
1週間経っても何も言われなくて、さすがに俺の存在感のなさに自分で引いた。(透明人間かよ)
そんな4月の中旬、高田馬場の居酒屋でバイトを始めた。それまでやってたコンビニのバイトが時給安すぎて嫌になったのと、「飲食ならコミュ力つくかも」っていう下心があった。
初日、ホールの仕事を教えてくれたのが、3つ上の大学5年生――留年してるって本人が笑いながら言ってた――の先輩だった。
最初に見たとき、(え、この人バイトなの?)って思った。今田美桜をもうちょっと大人っぽくした感じで、身長163cmぐらい、髪はダークブラウンのセミロング。胸は服の上からでもわかるぐらいあって、たぶんEかFだと思う。後から聞いたらEだった。
「はじめまして、よろしくね。あ、髪いい色だね」
これが、俺の髪色に気づいてくれた人間の第一号だった。
「あ、ありがとうございます…最近染めたんすけど誰にも気づいてもらえなくて…」
「えー、なんで?似合ってるのに。もったいないなぁ」
(この人、優しいな…)
ちなみにこの先輩――ここではユキさんと呼ぶ――は、バイトの男子全員から好かれていた。当然だと思う。顔がいい、スタイルがいい、話しやすい。三拍子揃ってる。
でも俺が他の男子と違ったのは、最初から「無理だ」と思ってたことだった。だって3つ上だし、あの容姿だし、俺なんか眼中にないだろうと。
だから逆に、変に意識せずに普通に接することができた。
バイトに入って2週間ぐらい経ったころ、閉店作業で二人きりになることがあった。
「ねぇ、なんか君さ、他の子と違うよね」
「え?何がですか」
「なんていうか…ガツガツしてないっていうか。他の男の子ってさ、みんなちょっとこう、距離詰めてくる感じがあるんだけど、君は全然ないから」
「あぁ…それは多分、自分に自信がなさすぎるだけっす」
「あはは、正直だね」
(いや、ほんとにそれだけなんだけどな…)
この会話がきっかけだったのか、ユキさんは俺にやたら話しかけてくるようになった。
まかないを食べるとき隣に座ってきたり、シフトが被ると「今日一緒だ、やった」って言ってきたり。最初は先輩としての優しさだと思ってた。本気で。
5月のある土曜、22時に上がりで、駅まで一緒に歩いてたときのこと。
「ねぇ、今から飲みに行かない?」
「え、いいすけど…俺まだ19なんで店入れないっすよ」
「うち来る?お酒あるよ」
(え?)
「いや、それは…いいんすか?」
「なんでダメなの?」
「いや、ダメっていうか…」
「深い意味はないよ。ただ飲みたい気分なだけ」
深い意味はない。そう、深い意味はないんだ。俺はそう自分に言い聞かせながら、高田馬場から歩いて7分ぐらいのユキさんのワンルームについて行った。
6畳半のワンルーム、めちゃくちゃ綺麗に片付いてた。女の子の部屋ってこんないい匂いするんだ、って思った。
「ビールとレモンサワーどっちがいい?」
「レモンサワーで…」
缶チューハイを2本ずつ開けて、床に座って飲み始めた。テレビはつけずに、ずっと喋ってた。
ユキさんが留年した理由(3年のときにメンタルやられて半年休学した)とか、俺が高校時代に一回も告白できなかった話とか。
「えー、好きな子いたのに言えなかったの?」
「いや、だって俺みたいなのが告白しても迷惑じゃないすか」
「…そういうとこだよ」
「え?」
「そういう、自分を下げるとこ。もったいないって言ってんの」
ユキさんが真顔で言うから、なんか胸がぎゅってなった。
3本目の缶を開けたあたりで、ユキさんが急に黙った。
「…ねぇ」
「はい」
「私のこと、女として見てる?」
心臓が止まるかと思った。
「…え、いや、それは」
「正直に言って」
「…見てないって言ったら嘘になります」
「だよね」
ユキさんが笑って、俺の方に体を寄せてきた。
「私さ、彼氏いるんだよね」
(は?)
「え…そうなんすか」
「うん。でも最近全然会ってなくて。向こうは社会人で忙しいって言うんだけど、たぶんもう冷めてるんだよね、お互い」
「…」
「だから、こういうこと言うの最低だってわかってるんだけど」
ユキさんが俺の手を取った。指が細くて、少し冷たかった。
「今日、帰らないでほしい」
俺は20歳まであと3ヶ月の、彼女いない歴イコール年齢の童貞だった。こんなこと言われて断れるわけがなかった。
でも同時に、頭のどこかで(これ、ただの寂しさの穴埋めじゃないのか)っていう冷静な声も聞こえてた。聞こえてたけど、無視した。
「…帰りたくないっす」
ユキさんが俺の首に腕を回してきて、顔が近づいた。
唇が触れた瞬間、頭が真っ白になった。
缶チューハイの甘い味がした。ユキさんの唇は柔らかくて、ゆっくり何度も角度を変えながらキスしてくれた。
「…緊張してる?」
「めちゃくちゃしてます」
「かわいい」
ユキさんが笑って、自分からTシャツを脱いだ。黒いブラから溢れそうな胸が目の前にあって、(これ現実?)って本気で思った。
「触っていいよ」
手が震えてた。情けないけど、マジで震えてた。ブラの上から触ると、手に収まりきらない柔らかさだった。
「ん…もっとちゃんと触って」
ユキさんが後ろに手を回してブラを外した。目の前に出てきた胸は、形が綺麗で、乳首がちょっとだけ上を向いてた。
「すげぇ…」
「何その感想」
「いや、すみません、語彙力が…」
「あはは、いいよ。素直で好き」
直接触ると、さっきよりもっと柔らかくて、肌がすべすべしてた。乳首を指で軽くなぞったら、ユキさんが小さく声を漏らした。
「ん…そこ、弱いんだよね…」
その声が耳に残って、もっと触りたいと思った。舌で舐めてみたら、ユキさんが俺の頭を抱えるように手を置いた。
「あっ…うん、そう…上手いね…」
(上手いわけないだろ。初めてなんだから)
でもユキさんが気持ちよさそうにしてくれてるのが嬉しくて、夢中で舐め続けた。
「ねぇ…下も脱がせて」
ユキさんがショートパンツを自分で脱いだ。黒いレースの下着が見えて、その上からもう湿ってるのがわかった。
「触ってみて」
下着の上から指を当てると、じわっと熱い感触がした。ユキさんの腰がぴくっと動いた。
「これ…脱がしていいすか」
「うん…」
下着を脱がすと、綺麗に処理されてた。指を滑らせると、ぬるっとした感触で、ユキさんの息が荒くなった。
「んっ…そこ、もうちょっと上…」
言われた通りに指を動かすと、ユキさんの声が変わった。
「あっ…そう、そこ…」
クリを中心に、円を描くように動かした。ユキさんが俺の肩を掴んで、顔をうずめてきた。
「やば…っ…気持ちいい…」
中に指を入れてみた。温かくて、きゅっと締まる感じがした。
「あん…っ…ねぇ、もう入れて…」
「え、でも俺ゴムとか持ってないっす」
「ある。引き出しの中」
ベッド横の引き出しを開けると、コンドームの箱があった。(彼氏がいる人の部屋だもんな、そりゃあるか)
その事実に一瞬だけ冷静になりかけたけど、ユキさんがベッドの上で待ってる姿を見たら、もうどうでもよくなった。
震える手でゴムを装着した。3回ぐらい裏表間違えたのは内緒。
「大丈夫?」
「…大丈夫っす」
ユキさんが仰向けで脚を開いて、俺を受け入れる体勢になった。先端を当てると、ユキさんの体がびくっとした。
ゆっくり入れていった。温かくて、きつくて、頭がおかしくなりそうだった。
「ん…っ…全部入った?」
「はい…」
「動いていいよ」
最初はゆっくり腰を動かした。気持ちよすぎて、2分もたない気がした。
「やばい…気持ちよすぎて…」
「ん…もっと動いて…」
ユキさんが腰を合わせてくれるから、奥まで入る感じがして、声が出そうになった。(これが、セックスか…)って、アホみたいなことを考えてた。
「あっ…ん…いいよ、もっと…」
ペースを上げると、ユキさんが俺の背中に爪を立てた。痛いのに、それが興奮を煽った。
「ユキさん…俺もう…」
「うん…いいよ、出して…」
限界だった。腰を押し付けて、中で出した。頭の奥がぐわんってなる感覚が、何秒か続いた。
「はぁ…はぁ…」
「…早かったね」
「すみません…」
「ふふ、いいよ。初めてなんでしょ?」
(え、バレてる…)
「…なんでわかるんすか」
「ゴムの付け方見てたらわかるよ」
恥ずかしすぎて死にたくなった。
「でも、嬉しかったよ。初めてが私で」
ユキさんがそう言って、俺の胸に頭を乗せてきた。汗の匂いと、シャンプーの匂いが混ざってた。
「…ねぇ、もう一回できる?」
「え、もうっすか」
「私、まだイってないんだけど」
(そりゃそうだ、2分で終わったんだから)
2回目は、ユキさんが上に乗ってきた。腰の動かし方が上手くて、こっちは何もしなくても気持ちよかった。ユキさんが自分で胸を揉みながら腰を振ってる姿を下から見てて、(この光景を俺は一生忘れないだろうな)と思った。
「あっ…ん…やば…私もイきそう…」
ユキさんの動きが速くなって、中がぎゅっと締まった。
「あっ…イく…っ」
ユキさんが動きを止めて、体をぶるぶる震わせた。その締め付けで俺も一緒にイってしまった。
しばらく繋がったまま、二人とも動けなかった。
「…すごかった」って俺が言ったら、ユキさんが「語彙力」って笑った。
その夜から、俺とユキさんの関係が始まった。
付き合ってるわけじゃなかった。ユキさんには一応まだ彼氏がいたし、俺もそれをわかってた。でも週に2回ぐらい、バイト終わりにユキさんの部屋に行って、飲んで、そういうことをして、始発で帰る生活が続いた。
6月になると、不思議なことが起きた。
大学で、女子から話しかけられることが増えた。
同じゼミの子に「最近なんか雰囲気変わったよね」って言われたり、サークルの後輩から「先輩って彼女いるんですか?」って聞かれたり。
1年のときは空気だった俺に、何が起きてるのかさっぱりわからなかった。
「ユキさん、俺なんか最近、大学でちょっとモテるようになったんすけど…」
「あはは、でしょうね」
「え、なんでわかるんすか」
「だって、前と全然違うもん。自信ついたでしょ、色々と」
「…それはまぁ、ユキさんのおかげっすけど」
「そう、私のおかげ。だから感謝してよね」
ユキさんが冗談ぽく言ったけど、目が笑ってなかった気がした。でもそのときの俺は気づかなかった。
7月、ゼミの飲み会で、隣に座った女子と連絡先を交換した。名前はここでは出さないけど、橋本環奈をちょっと薄くした感じの子で、同い年。普通に可愛かった。
その子と何回か二人で飲みに行くようになった。ユキさんとの関係がある手前、後ろめたさはあったけど、「そもそも付き合ってないし」って自分に言い訳してた。
ある日、バイト中にユキさんが妙に冷たかった。目を合わせてくれないし、いつもの軽口もない。
閉店後、二人きりになったとき。
「ゼミの子とご飯行ってるんでしょ」
「え…なんで知って」
「インスタ。ストーリーに映ってたよ、二人で」
「あ…」
「別にいいんだけどね。私たち付き合ってるわけじゃないし」
その「別にいいんだけどね」が、全然よくなさそうな声だった。
「ユキさん…」
「ごめん、私が言えることじゃないよね。彼氏いるくせに」
ユキさんが自嘲気味に笑った。その顔を見て初めて、俺は自分がユキさんのことをただの「セフレ」だと思いきれてないことに気づいた。(ていうか、最初からわかってたんだよな、たぶん)
「…俺、あの子とはもう会わないっす」
「なんで?可愛い子じゃん」
「ユキさんのほうがいいからっす」
我ながらキザなこと言ったと思った。でも本心だった。
ユキさんが黙って俺を見て、それからふっと笑った。
「…ばか」
その夜、ユキさんの部屋で抱き合ったとき、ユキさんが珍しく泣いた。
「…彼氏と別れた。先週」
「え…」
「ずっと会ってなかったし、もう好きじゃなかった。でもなかなか言えなくて」
「…」
「ねぇ、今日はゴムなしでしたい」
「え、それは…大丈夫なんすか」
「ピル飲んでる。大丈夫」
いつもと同じベッドで、いつもと同じ体勢で始まったのに、全然違った。ゴム越しじゃない感触は、温度がダイレクトに伝わってきて、頭がぼうっとした。
「あっ…ん…これ、全然違う…」
ユキさんも感じ方が変わったみたいで、いつもより声が大きかった。俺の名前を呼んでくれたのも、この夜が初めてだった。今まではずっと「君」だったのに。
「もっと奥まで来て…」
言われるまま腰を押し込むと、ユキさんが背中を反らせた。
「あっ…そこ…すごい…」
何度も奥を突くと、ユキさんの脚が俺の腰に絡みついてきた。
「ユキさん…出していい…?」
「うん…中に出して…」
生で中に出す感覚は、今まで経験したどの快感とも違った。全部持っていかれるような、脳みそが溶ける感じ。
しばらく動けなくて、繋がったまま抱き合ってた。
「…ねぇ」
「ん?」
「私たちって、なんなんだろうね」
「…付き合いましょうよ」
「…え?」
「俺、ユキさんのことが好きっす。セフレとかじゃなくて、彼女になってほしいっす」
ユキさんが目を丸くして、それからぽろぽろ泣き出した。
「…ずるい。そういうのは先に言ってよ」
「すんません、俺、鈍いんで」
「知ってるよ、ほんとに鈍い」
ユキさんが泣きながら笑って、もう一回キスしてきた。
「…いいよ。付き合おう」
その日から、俺たちはちゃんと付き合うことになった。
正直に言うと、あの半年間で俺が一番変わったのは、ユキさんのおかげで「自分に好意を向けてくれる人がいる」ってことを初めて実感できたことだと思う。モテ期が来たとか、自信がついたとかじゃなくて、ただ一人の人が俺を見てくれてたってだけの話だった。
今はもうユキさんとは別れてるけど(ユキさんの就職で遠距離になって自然消滅した)、あの春から秋の半年間のことは、たぶん俺が爺さんになっても忘れないと思う。
高田馬場の駅前を通るたびに、あのワンルームの匂いを思い出す。
読んでくれてありがとうございました。