週3で来るハウスクリーニングのお姉さんが俺の生活を根こそぎ変えていった件について

これ、書いていいのかちょっと迷ったんだけど、もう時効だと思うから書く。

俺は今年で29になるSEで、都内のSIerに勤めてる。勤務先は豊洲のオフィスビルで、まあ典型的な客先常駐型のやつだ。年収は悪くないけど、良くもない。手取り28万ぐらい。住んでるのは門前仲町の築30年のワンルーム。家賃7万2千円。

で、去年の秋ぐらいから、俺の生活がだいぶヤバいことになってた。

何がヤバいって、部屋だ。もうね、足の踏み場がない。コンビニ弁当の空き容器が積み重なって、ペットボトルが窓際に並んで、洗濯物は干したまま3週間放置みたいな。風呂のカビもすごいことになってて、換気扇は半年前に止まったまま。

別に病んでたわけじゃない。仕事が忙しすぎたんだ。10月から入った案件がデスマーチで、毎日終電、土日も出勤。家に帰ったらシャワー浴びて寝るだけ。掃除なんかする気力が残ってるわけがない。

で、11月のある日、会社の先輩の田中さん(36歳、独身、同じく部屋が汚い)に飲みの席で愚痴ったら、

「もう部屋がやばくて。虫出たらマジで引っ越すしかない」

「てか風呂のカビがもうアートの域に達してる」

って言ったら、田中さんが「俺、ハウスクリーニング頼んでるよ」と。

(え、田中さんがそんなおしゃれなサービス使ってんの…?)

聞けば、ネットで見つけた個人経営の清掃サービスで、週1〜3で来てくれるらしい。料金も大手より安くて、1回2時間で5千円。

「それ怪しくない?」

って聞いたら、田中さんは「いや、おばちゃんがめちゃくちゃ丁寧にやってくれるよ」と。

おばちゃんか。まあ、おばちゃんなら安心だな。

その日のうちにサイトを見て、翌週の月曜に予約を入れた。週3コース。月・水・金の10時から12時。俺はリモートワークの日がちょうど月・水・金だったから、在宅中に来てもらう形になる。

で、最初の月曜日。

インターホンが鳴って、玄関を開けた。

立ってたのは、おばちゃんじゃなかった。

背は163cmぐらいで、髪は黒のボブカット。化粧は薄いけど、目がくりっとしてて、鼻筋がすっと通ってる。今田美桜をもう少し大人っぽくした感じ。年齢は…30代前半ぐらいに見えた。白いポロシャツにカーキのカーゴパンツ、足元はニューバランスの996。首からは社員証みたいなカードがぶら下がってて、「清美サービス 笹本」と書いてあった。

(おばちゃんじゃないんだが…)

「清美サービスの笹本です。本日からよろしくお願いします」

めちゃくちゃ丁寧なお辞儀。声は少し低めで、落ち着いた感じ。

「あ、はい、よろしくお願いします…」

で、笹本さんが部屋に入った瞬間、一瞬だけ動きが止まった。

まあ、そりゃそうだ。玄関からしてペットボトルの山だし、キッチンのシンクには1週間分の食器が沈んでるし、リビング(って言っても6畳だけど)は服とAmazonの段ボールで地層ができてる。

でも笹本さん、何も言わなかった。

黙ってバッグからゴム手袋とエプロンを出して、さっと装着して、

「では、始めますね」

それだけ言って、ゴミの分別から始めた。

2時間後、俺のワンルームは見たことない状態になってた。

いや、マジで見たことなかった。引っ越してきた時よりきれいだった。シンクはピカピカだし、床は全部見えるし、窓まで拭いてある。風呂のカビまでは手が回らなかったみたいだけど、それ以外は完璧。

「お風呂は次回、重点的にやりますね。カビ取り剤を持ってきます」

「あ、はい…ありがとうございます…」

なんか、申し訳なさでいっぱいだった。こんな汚部屋を何も言わずに片付けてくれるなんて。しかもプロの手際で。

笹本さんが帰ったあと、きれいになった部屋で仕事してたら、なぜか集中力が段違いだった。

(部屋って大事なんだな…)

水曜日、2回目。

笹本さんは予告通りカビ取り剤を3種類持ってきて、風呂に籠もること1時間。出てきた時には、あの芸術的カビアートが跡形もなく消えてた。換気扇も「分解して洗いました」と。

「え、換気扇って分解できるんですか」

「このタイプは外せますよ。半年に一回ぐらいは洗った方がいいです」

「…すみません、存在を忘れてました」

「ふふ」

初めて笑った。笑うと目尻にちょっとだけシワが寄って、それがすごく自然で良かった。

(あ、この人けっこうかわいいな)

って思ったのが最初の間違いだったのかもしれない。

3回目、4回目と来てもらううちに、少しずつ会話が増えていった。

俺がリモートで仕事してるから、休憩のタイミングで話しかけるようになった。最初は「お茶どうぞ」から始まって、「今日寒いですね」みたいな天気の話、それから仕事の話。

笹本さんは32歳で、3年前にこの仕事を始めたらしい。前職は不動産の事務だったけど、「ずっとパソコンの前にいるのが合わなくて」辞めたと。

「体を動かしてる方が性に合ってるみたいで。掃除って終わりが見えるから好きなんです」

「終わりが見えるのいいですね。俺の仕事、終わりが見えたと思ったらまた始まるんで」

「デスマーチってやつですか?」

「え、知ってるんですか」

「前の職場にSEの方がいて。よく愚痴を聞いてました」

「愚痴聞き上手そうですもんね、笹本さん」

「そうですか?…まあ、聞くのは嫌いじゃないです」

こういう、ちょっとだけ照れたように目を逸らす仕草がたまらなかった。

(いやいや、何考えてんだ俺。お客さんと業者さんの関係だろ)

って自分にツッコんでたけど、毎週3回会うってのは思ったより距離が縮まる。

12月に入って、デスマーチがようやく終わった。

残業が減って、笹本さんが来る日に余裕を持って在宅できるようになった。で、ある水曜日、俺は初めてまともに昼飯を作ろうとした。パスタを茹でようとして。

笹本さんがキッチンを掃除してる横で、俺がパスタを茹でてたら、

「あの、それ…茹ですぎじゃないですか」

「え?」

「もう10分以上経ってます。表示は7分って書いてありますけど」

見たら、パスタがうどんみたいにふやけてた。

「…あ」

「ふふ、お仕事はできるのに」

「仕事ができるかどうかも怪しいですけどね…」

結局そのふやけたパスタにレトルトのミートソースをかけて食べた。笹本さんが帰り際に、

「パスタは沸騰したお湯に入れて、表示時間の1分前に上げるといいですよ。あと、塩は水1リットルに対して10グラムです」

って教えてくれた。

(この人、なんで俺なんかにこんな親切なんだ)

って思った。仕事だから当然っちゃ当然なんだけど、なんか、仕事の範囲を超えてる気がした。

年末、最後の金曜日。

笹本さんが帰り際に「よいお年を」って言った時、俺はつい、

「あの、笹本さん。年末年始、予定あるんですか」

って聞いてしまった。

(なんで聞いた?俺、なんで聞いた?)

「いえ、特には。実家が広島なので帰ろうか迷ってるところです」

「俺も実家が愛媛なんですけど、今年は帰らないんですよね。仕事が微妙に残ってて」

「そうなんですか。…じゃあ、東京でお正月ですね」

「ですね」

「…あの、よかったら」

笹本さんが少し言いにくそうに、

「年越しそば、一緒に食べませんか。私も帰らないことにしたので」

(…え?)

「いいんですか?」

「あ、迷惑でしたら全然…」

「いや、迷惑じゃないです。全然。むしろ嬉しいです」

(嬉しいって言っちゃった。素直か。)

大晦日、笹本さんは私服で来た。

白のタートルネックにデニム、ベージュのチェスターコート。髪はいつものボブだけど、ちょっとだけ巻いてた。ピアスもしてて、小さなゴールドの丸いやつ。

(え、めちゃくちゃきれいじゃん)

仕事の時はポロシャツとカーゴパンツで、まあ清潔感はあるけど色気とは無縁だった。でも私服の笹本さんは、普通にその辺歩いてたら振り返るレベルだった。スタイルも良くて、胸は控えめだけどウエストが細くて、全体的にすらっとしてる。

「あけましておめでとうございます…じゃなくて、まだですね」

「まだです。入ってください」

笹本さんが持ってきた蕎麦は手打ちだった。

「え、これ自分で打ったんですか」

「趣味なんです。打つのが好きで」

「掃除も蕎麦打ちも手を動かす系ですね」

「言われてみればそうですね。じっとしてるのが苦手なんです」

俺のキッチン(笹本さんのおかげでピカピカ)で蕎麦を茹でて、つゆは笹本さんが自分で出汁から取ってくれた。

これがまた、びっくりするぐらい美味かった。

「うま…なにこれ。こんな蕎麦食べたことない」

「大げさですよ」

「いや、マジで。これ店出せるレベルですって」

「…ありがとうございます」

ちょっと嬉しそうに笑った。

蕎麦を食べ終わって、テレビで紅白を見ながらビールを飲んでた。笹本さんもビール派で、エビスの缶を2人で開けた。

酒が入ると、笹本さんは少しだけ口数が増えた。

前の職場を辞めた理由が、実はパワハラだったこと。上司に毎日怒鳴られて、適応障害になりかけたこと。半年休んで、ハローワークで見つけたのが今の仕事だったこと。

「最初は繋ぎのつもりだったんです。でも、やってみたら意外と合ってて。汚い部屋がきれいになっていくのを見ると、自分の頭の中も整理されていく感じがして」

「わかる気がする。笹本さんが来てくれるようになって、俺の仕事の効率めちゃくちゃ上がったんですよ」

「それは部屋がきれいになったからですよ。私のおかげじゃないです」

「いや、笹本さんのおかげです」

酔ってたからか、ちょっと真剣に言いすぎた。笹本さんが目を逸らして、ビールを飲んだ。

カウントダウンが始まった。

テレビの中で5、4、3、2、1って叫んでて、0になった瞬間、俺と笹本さんは顔を見合わせた。

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

なんか、2人ともちょっと笑ってた。年越しを他人と過ごすのって、実はけっこう特別なことだよなって、その時初めて気づいた。

1月に入って、笹本さんの掃除は週3のまま続いた。

でも、何かが変わってた。年越しの夜を境に、笹本さんの俺に対する距離感がちょっとだけ近くなった気がした。

掃除の合間にお茶を一緒に飲むのが当たり前になって、話す内容も天気の話じゃなくて、好きな映画とか、休日の過ごし方とか、もうちょっと個人的なことになってきた。

ある金曜日、笹本さんが掃除を終えてお茶を飲んでる時、俺のデスクに置いてあった村上春樹の本に目が止まった。

「あ、『ノルウェイの森』。好きなんですか?」

「いや、これ昔の彼女に借りたままのやつで…」

しまった、と思った。

「…へえ、彼女さんいたんですか」

「2年前に別れました。仕事忙しすぎて、会えなくなって」

「…そうですか」

笹本さんの声のトーンが微妙に下がった。気まずい空気が流れた。

「あの、今はいないです。彼女」

(なんでわざわざ言い訳してんだ俺…)

「私も聞いてないですし」

ちょっと冷たい言い方だったけど、耳がうっすら赤かった。

(…え、もしかして)

いや、気のせいだ。気のせいに決まってる。俺みたいなのが、笹本さんに好かれてるわけがない。身長170cm、体重62kg、顔面偏差値は良く言って50。それも自己評価だから実際はもっと低い。

2月の頭、事件が起きた。

その日は月曜日で、俺はリモートで仕事してた。笹本さんはいつも通り10時に来て掃除を始めた。俺は自室(と言ってもワンルームの片隅)でキーボードを叩いてた。

11時ぐらいに、ガシャンって音がした。

行ってみたら、笹本さんがキッチンの床にしゃがみ込んでて、割れた皿の破片が散らばってた。

「大丈夫ですか!?」

「すみません、手が滑って…」

笹本さんの右手の人差し指から血が出てた。破片で切ったらしい。

「動かないでください、破片踏むと危ないんで」

俺は急いで救急箱を持ってきた。(笹本さんが整理してくれたおかげで場所がすぐわかった。)

笹本さんの手を取って、水で洗って、消毒して、絆創膏を貼った。

その間、笹本さんの手がちょっと震えてた。

「…すみません。お皿、弁償します」

「100均の皿ですよ。そんなの気にしないでください」

「でも…」

「それより、指大丈夫ですか?深くないですか?」

「…大丈夫です」

笹本さんの目が潤んでた。泣きそうなのを我慢してる顔。

「…ごめんなさい。ちょっと、今日調子悪くて」

「体調ですか?」

「…いえ。ちょっと、色々あって」

それ以上は聞かなかった。でも、笹本さんをこのまま掃除させるのは違うと思った。

「今日はもういいですよ。休んでください」

「でも、まだキッチンが…」

「俺がやります。パスタの茹で方は覚えました」

「…それ、関係なくないですか」

「掃除ぐらいできますよ。笹本さんに教わったし」

笹本さんが、ふっと笑った。力の抜けた、でもどこか安心したような笑い方だった。

結局、笹本さんは椅子に座って、俺が淹れたほうじ茶を飲んでた。俺は残りの掃除をした。(正直、笹本さんの半分のクオリティだったと思うけど。)

帰り際、笹本さんが玄関で靴を履きながら、

「…あの、さっきのこと」

「はい」

「実は、母が入院したんです。先週から。それで…ちょっと気が張ってたみたいで」

「…そうだったんですか」

「広島の病院なので、すぐには行けなくて。姉が見てくれてるんですけど」

「行った方がいいんじゃないですか?」

「…仕事がありますから」

「笹本さん」

俺は自分でもびっくりするぐらい、はっきりした声で言った。

「行ってください。掃除は俺がなんとかします」

「…でも、他のお客さんもいますし」

「それは会社に相談してください。俺のところは大丈夫ですから」

笹本さんが、しばらく俺の顔を見てた。

「…ありがとうございます」

小さな声だった。でも、それがすごく、ずしっと来た。

笹本さんは3日間、広島に帰った。

その間、俺は自分で掃除をした。笹本さんがいつもやってくれてた手順を思い出しながら。キッチンは上から下へ。風呂はまず天井。トイレは便器の裏を忘れない。窓は新聞紙で拭くときれいになる。

全部、笹本さんに教わったことだった。

3日後、笹本さんが戻ってきた。

「お母さん、大腸のポリープだったんですけど、良性でした」

「よかった…」

「はい。…あの、部屋」

「あ、はい。頑張ったんですけど…」

笹本さんが部屋をぐるっと見回して、

「…すごくきれいです」

「え、マジですか?」

「窓、新聞紙で拭きました?」

「はい。笹本さんに教えてもらったんで」

笹本さんが、ちょっと泣き笑いみたいな顔をした。

「…ちゃんと覚えてくれてたんですね」

その表情を見た瞬間、俺は自分の気持ちに気づいてしまった。

(あ、俺、この人のこと好きだ)

いや、たぶん前から好きだったんだ。でも「お客さんと業者さん」って線引きの向こう側に無理やり押し込めてただけで。

でも、どうすればいいかわからなかった。告白したら、笹本さんは来なくなるかもしれない。俺にとって笹本さんがいない生活は、もう考えられなくなってた。それは恋愛感情なのか、依存なのか、自分でもわからなかった。

2月の終わり、バレンタインの翌週の金曜日。

笹本さんが掃除を終えて、いつものようにお茶を飲んでた時。

「あの」

「はい」

「来月から、私、このお仕事辞めることにしました」

時間が止まった。

「…え」

「母のこともありますし、広島に戻ろうかと」

「それは…お母さんの容態が…」

「いえ、お母さんは元気です。でも、年も年ですし。近くにいた方がいいかなって」

「…」

「後任の方はちゃんと引き継ぎますので、ご心配なく」

そういう問題じゃない。そういう問題じゃないんだけど、俺にはそれを言う権利がなかった。だって、ただのお客さんだから。

「…わかりました」

それしか言えなかった。

翌週からの掃除の日は、空気が重かった。笹本さんはいつも通り丁寧に掃除してくれるけど、会話が減った。俺も何を話していいかわからなかった。

(あと何回、笹本さんに会えるんだろう)

って、カレンダーを数えてる自分が情けなかった。

3月の最終金曜日。笹本さんの最終日。

掃除が終わって、最後のお茶を飲んでる時、俺は覚悟を決めた。

(もう失うものはない。明日からもう会えないんだ。)

「笹本さん」

「はい」

「俺、笹本さんのこと好きです」

言ってしまった。

笹本さんの目が大きくなった。お茶を持つ手が止まった。

「掃除してくれてありがとうとか、そういう感謝じゃなくて。いや、感謝もめちゃくちゃしてるんですけど、それだけじゃなくて。笹本さんがいると落ち着くし、笑ってるの見ると嬉しいし、来なくなるって聞いた時、マジで動悸がすごくて。これは好きってことだと思うんです」

(めちゃくちゃ早口になってた。たぶんプレゼンの3倍速ぐらいで喋ってた。)

笹本さんは何も言わなかった。

しばらく黙って、それから、

「…ずるいです」

「え?」

「最後の日に言うの、ずるいです」

笹本さんの声が震えてた。

「私だって…ずっと、考えてたのに」

「…え」

「お客さんを好きになっちゃだめだって。でも、あなたが風呂のカビの存在忘れてたって笑ったり、パスタを茹ですぎて困ったり、皿割って泣きそうな私に怒らないでお茶淹れてくれたり…」

笹本さんの目から涙がこぼれた。

「広島に帰るのも、半分は逃げなんです。このままここにいたら、私、プロとしての線を超えてしまうと思って」

「…笹本さん」

「だから最後の日に言わないでほしかった。もう決めたんだから」

「俺は笹本さんに行ってほしくないです」

立ち上がって、笹本さんの前に立った。笹本さんが椅子に座ったまま、涙で濡れた目で俺を見上げてる。

「広島に帰る理由がお母さんのことだけなら止めない。でも、俺から逃げるためなら、行かないでほしい」

(こんなこと言えるキャラじゃないのに。たぶん人生で一番かっこつけてた。)

笹本さんが立ち上がった。目の前に、笹本さんの顔があった。

涙の跡が残ってて、鼻の先がちょっと赤くなってて、それが今まで見た中で一番きれいだった。

「…じゃあ、責任取ってくれますか」

「はい」

笹本さんが、俺の胸に額をぶつけてきた。

そのまま、抱きしめた。笹本さんの体は思ったより細くて、震えてて、シャンプーの匂いがした。柑橘系の。

どれぐらいそうしてたかわからない。1分か、5分か。

笹本さんが顔を上げて、俺を見た。

目が合った。

自分から行ったのか、笹本さんから来たのか、正直わからない。気づいたらキスしてた。

柔らかかった。唇が、やわらかくて、あったかくて。ビールの時とは違う、ほうじ茶の味がした。

唇を離して、また見つめ合った。

「…私、お客さんとキスしちゃった」

「今日で最後なんだから、もうお客さんじゃないです」

「…屁理屈」

「SEなんで」

笹本さんが泣き笑いで、また俺の胸に顔を埋めた。

2回目のキスは、さっきより深かった。

俺から舌を入れた。笹本さんが少しびくっとしたけど、すぐに受け入れてくれた。笹本さんの舌が、おずおずと俺の舌に触れてきた時、頭の中が真っ白になった。

(この人を離したくない。マジで離したくない。)

キスしながら、笹本さんの背中に手を回した。タートルネックの上から触る背中は細くて、肩甲骨の形がわかった。

「…ん」

唇を離すと、笹本さんの目がとろんとしてた。さっきまで泣いてたのに、今は全然違う表情をしてる。

「…笹本さん」

「…優子、でいいです」

「…優子さん」

「…なに」

「このまま…いいですか」

優子さんが小さく頷いた。

ベッドに移動した。俺がシーツを整えたのを見て、優子さんが「きれいにしてますね」って言った。

「優子さんが教えてくれたんじゃないですか」

「…そうでした」

ベッドに座って、また唇を重ねた。今度はゆっくり。舌を絡めながら、タートルネックの裾から手を入れた。優子さんの肌は冷たかった。緊張してるのか、お腹のあたりがぴくっと反応した。

「…冷たい?」

「ちょっとだけ。あっためます」

タートルネックを脱がせた。黒のシンプルなブラ。飾りのないやつ。胸はたぶんBカップぐらいで、小ぶりだけど形がきれいだった。鎖骨がくっきり出てて、その下の白い肌にほくろがひとつあった。左の胸の上あたりに。

「…ここ、ほくろあるんですね」

「…そんなとこ見ないでください」

「きれいだなって」

「…ばか」

ブラのホックを外した。手が震えてて、一回失敗した。(情けない。)

優子さんの胸が露わになった。小さいけど、先端がうっすらピンクで、触れたら柔らかかった。

「…あ」

指先で乳首に触れると、すぐに硬くなった。優子さんが小さく息を吸った。

「感じやすい?」

「…久しぶりだから、わかんない」

「久しぶりって、どれぐらい」

「…3年ぐらい」

(3年…。前の職場辞めてから、ずっとか。)

乳首を舌で転がすと、優子さんの体がびくんと跳ねた。

「んっ…」

その声を聞いた瞬間、頭の中のどこかのスイッチが入った。でも、急いだらダメだと思った。3年ぶりなんだ。ゆっくりやらないと。

優子さんのデニムのボタンを外して、ゆっくり脱がせた。黒のブラとお揃いの、シンプルなショーツ。太ももが白くて、内側にうっすら血管が透けてた。

ショーツの上から触れた。もう、濡れてた。

「…っ」

「…すごい濡れてる」

「言わないで…」

「ごめん」

ショーツをずらして、直接触れた。指を滑らせると、ぬるっとした感触がした。クリの周りをゆっくり撫でると、優子さんが腰を浮かせた。

「あ…っ、そこ…」

「ここ?」

「ん…そこ、いい…」

指を中に入れた。1本。きつくて、あったかくて、奥の方がきゅっと締まった。

「んんっ…」

ゆっくり出し入れしながら、親指でクリを撫で続けた。優子さんの呼吸が荒くなって、目をつむって、シーツを掴んだ。

「あっ…やば…もう…」

「いっていいよ」

「あっ…あああ…っ」

優子さんの体がびくっと震えて、中がぎゅっと締まった。太ももが閉じて、俺の手を挟んだ。

しばらく荒い息をしてから、優子さんが目を開けた。

「…3年分、一気にきた…」

「大丈夫?」

「…大丈夫。でも…もう、我慢できない」

優子さんが俺のTシャツの裾を掴んだ。

「…脱いで」

俺も服を脱いだ。もうとっくに硬くなってた。優子さんがそれを見て、ちょっとだけ目を逸らした。

「…大きい」

「普通ですよ、たぶん」

「…たぶんって」

コンドームは、実は引き出しに入ってた。半年前に買ったやつで、使う予定なんかなかったのに。

つけるとき、手が震えた。(2回目の震え。ほんと情けない。)

優子さんが仰向けになって、脚を開いた。その姿を見た瞬間、信じられない気持ちになった。

(この人が、俺を受け入れてくれるのか)

先端を入り口にあてがった。優子さんが息を止めた。

ゆっくり入れた。きつかった。優子さんが目をぎゅっとつむった。

「痛い?」

「…ちょっとだけ。でも…入れて」

奥まで入れた。優子さんが長い息を吐いた。

「…あ」

「大丈夫?」

「…うん。動いて」

ゆっくり動いた。最初はぎこちなかった。お互いのリズムが合わなくて、何度かぶつかった。でも、だんだん合ってきた。

「ん…あっ…」

優子さんの声が、だんだん甘くなっていった。さっき指でイった時より、もっと深い声。

「優子さん…」

「…呼んで。もっと呼んで」

「優子さん…好きです」

「んっ…私も…」

ペースを上げた。パン、パンって音がした。優子さんが俺の背中に手を回して、爪が食い込んだ。

「あっ…そこ…奥…当たって…」

「ここ?」

「んんっ…そこ…いい…」

(この人のこういう声、俺しか知らないんだ。)

その事実だけで頭がおかしくなりそうだった。いつも冷静で、丁寧で、プロフェッショナルな笹本さんが、今、俺の下で声を上げてる。

「あっ…あっ…もう…」

「俺も…もう…」

「一緒に…」

最後、深く突いて、そのまま出した。優子さんが同時にびくっと震えて、俺の背中をぎゅっと抱きしめた。

しばらく、そのまま動けなかった。

2人の息が荒いまま、額をくっつけてた。

「…はぁ」

「…大丈夫?」

「…大丈夫。すごく…よかった」

「…俺も」

ゆっくり抜いて、コンドームを外して、ティッシュで包んだ。

横になった優子さんの隣に寝転がった。天井を見てた。

「…ねえ」

「ん」

「私、広島帰るの、やめていい?」

「…いいに決まってるじゃないですか」

「…でも、もう掃除には来ないよ。プロとして失格だから」

「じゃあ、プロじゃなくて、彼女として来てください」

「…それ、プロポーズ?」

「いや、告白ですけど…」

「…じゃあ、OK」

優子さんが寝転がったまま、俺の手を握ってきた。

その手は、いつもゴム手袋をしてた手だ。消毒液と洗剤で少しだけ荒れてる手。その手が、今、俺の手を握ってる。

(あ、なんか、泣きそう)

泣かなかったけど。

しばらくして、優子さんが起き上がって俺の部屋を見渡した。

「…あのさ」

「ん?」

「彼女になっても、この部屋は私が掃除するから」

「え、いいの?」

「あなたに任せたら、またパスタ茹ですぎるでしょ」

「それ掃除関係ないし」

「ふふ」

笹本優子、32歳。元ハウスクリーニングのプロ。現在、俺の彼女。

あれから3ヶ月経ったけど、優子さんは結局、清掃の仕事は辞めなかった。ただし、俺の担当からは外れて、別のスタッフが来るようになった。そのスタッフは本当におばちゃんだった。腕は確かだけど、お茶を一緒に飲む気にはならない。

優子さんとは週末に会ってる。時々、平日の夜も。

この前、優子さんが俺の部屋に来た時、換気扇を見て「ちゃんと掃除してるね」って言ってくれた。

その夜は、2回した。2回目は優子さんの方から求めてきて、上に乗ってきた。腰を動かしながら、「掃除上手になったご褒美」って言われた。

(ご褒美の基準がわからん。)

でもまあ、幸せです。

優子さん、これからもよろしくお願いします。部屋も、俺の人生も、きれいにしてください。

…なんかプロポーズみたいになっちゃったな。まだ早いか。いや、でも。

まあ、それはまた別の話ってことで。


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