俺、桐山悠真、26歳。
文具メーカーの内勤営業をしている。
会社は私鉄の駅からさらにバスで十五分の、ちょっと不便なところにある。
だから毎朝、家の最寄りのバス停から、同じ路線バスに乗る。
朝7時12分発。いつも同じ便。
通勤なんてものは、たいてい灰色の時間だ。
満員でもないけど座れもしない、半端な混み具合のバスに揺られて、ぼんやりスマホを見ているだけ。
——その灰色の時間に、ひとつだけ、色のついた場所があった。
毎朝、左側の窓際の席。
そこに、いつも同じ人が座っている。
歳は、たぶん俺より少し下。あとで聞いたら二十四だった。
白いシャツに、紺のパンツ。動きやすそうな、シンプルな服。
肩より少し長い髪を、後ろで無造作に結んでいる。
化粧は薄くて、その分、健康そうに日に焼けた肌と、まっすぐな眉が目につく。
そして、その人はいつも——膝の上で、小さなスケッチブックに、何かを描いている。
(……今日も、描いてるな)
鉛筆を握って、窓の外をちらっと見て、また手元に視線を落とす。
何を描いているのかは、見えない。
俺の立つ位置からは、彼女の横顔と、上下に動く鉛筆の先しか見えなかった。
でも、その横顔が、毎朝、少しずつ気になっていった。
声をかける勇気なんて、もちろんない。
俺はいつも通り、後ろの方の手すりに掴まって、十五分、ただ揺られているだけ。
毎朝、それの繰り返しだった。
六月に入って、梅雨が始まった。
その週は、ずっと雨だった。
朝から、しとしとと、終わりの見えない雨。
その日も、俺は濡れた傘を畳んで、いつものバスに乗り込んだ。
車内は、雨の日特有の、湿った匂いと曇った窓。
彼女は、いつもの窓際にいた。
雨で景色がぼやけているせいか、今日はスケッチブックに集中しているみたいだった。
バスが、大きな交差点で急ブレーキをかけたのは、その時だった。
きゅっ、と車体が前のめりになる。
立っていた何人かが、つんのめる。
そして——彼女の膝から、スケッチブックが、ぱさっと床に滑り落ちた。
ちょうど、俺の足元まで。
「あっ……」
小さな声がした。
俺は、反射的にそれを拾い上げた。
拾いながら、開いたページが、目に入ってしまった。
そこには——ペンギンが、びっしりと描かれていた。
水の中を飛ぶように泳ぐペンギン。
羽づくろいをするペンギン。
おなかの上に卵を乗せているらしいペンギン。
一羽一羽、ぜんぶ表情が違う。
鉛筆だけで描かれた、生き生きとした、たくさんのペンギン。
(……すごい)
思わず、見入ってしまった。
「あの……それ、私のです」
慌てたような声で、我に返った。
彼女が、こちらに手を伸ばしている。
頬が、ほんのり赤い。
「あ、すみません。これ、どうぞ」
「ありがとうございます……見られちゃいましたね、恥ずかしい」
「いや、その……すごい上手で。ペンギン」
その瞬間。
彼女の表情が、ぱっと変わった。
「ほんとですか? あ、これフンボルトペンギンなんですけど、この子たち巣穴を掘るタイプで、性格もけっこう個体差があって、この子は気が強くてこっちはのんびりで——」
さっきまで恥ずかしそうだった声が、急に、すらすらと流れ出した。
「あ……ごめんなさい。私、この子たちの話になると、止まらなくなっちゃって」
はっとして、口を押さえる。
そのギャップに、俺は完全にやられた。
「いや、もっと聞きたいです。これ、どこかで見て描いてるんですか」
「あ、というか……描いてるというか、仕事なので」
「仕事?」
「はい。市民水族館で、飼育員してて。ペンギン担当なんです」
市民水族館。
駅の反対側の、海沿いにある、あの古い水族館だ。
子供の頃に、一度だけ行ったことがある。
「えっ、飼育員さん!?」
「はい。毎朝、出勤前にこのバスで、頭の中を整理がてら、その日見たい子をスケッチしてて」
道理で、生き物の話になると別人みたいに喋るわけだ。
そこで、バスが俺の降りる停留所に近づいた。
「あ、俺、次で降りるんで……あの、ペンギンの絵、ほんと、よかったです」
「ありがとうございます。拾ってくれて、助かりました」
ぺこっと頭を下げる彼女に会釈して、俺はバスを降りた。
雨の中、傘を差して歩きながら、ずっと、あのペンギンの絵を思い出していた。
それから、毎朝のバスが、変わった。
俺が乗り込むと、窓際の彼女が、こちらに気づいて、小さく会釈してくれる。
「……おはようございます」
「おはようございます」
最初は、それだけ。
でも、混んでいない日は、俺が彼女の近くの手すりに掴まって、少しだけ話すようになった。
スケッチブックを見せてもらうこともあった。
ペンギンだけじゃなくて、アザラシや、クラゲや、チンアナゴ。
「チンアナゴって、臆病ですぐ砂に隠れるんですけど、よく見ると一匹ずつ顔が違って、可愛いんですよ」
生き物の話になると、彼女はいつも饒舌だった。
それ以外の話だと、少し照れたように、ぽつぽつ喋る。
その落差が、毎朝、俺を惹きつけていった。
名前を聞いたのは、四日目の朝だった。
「私、水無瀬渚っていいます。あの、いつも拾ってもらったお礼も、ちゃんと言えてなくて」
「桐山悠真です。お礼なんて、全然」
「渚で、いいですよ。海の、渚」
「水族館で働いてるのに、渚さん」
「ふふ。よく言われます。運命だって、自分では思ってます」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
その笑顔が、雨で曇った車内で、やけに明るく見えた。
金曜の朝。
その週も、まだ雨が続いていた。
バスを降りる間際に、渚さんが、思いきったように言った。
「あの、桐山さん。もしよかったら、なんですけど」
「はい」
「今度のお休み、うちの水族館、来ませんか。その……案内、します」
「ペンギンの、ごはんの時間とか。普段、見られない角度から、見せられるので」
声は少し早口で、でも、まっすぐだった。
「……いいんですか。仕事の邪魔になったり」
「休憩時間に、ちょっとだけなら。あと、勤務後とか」
「……あ。なんか、押しつけがましいですよね。ごめんなさい」
慌てて俯く渚さんに、俺は急いで首を振った。
「行きます。ぜひ。実は、めちゃくちゃ行きたかったんで」
「……ほんとですか。よかった」
ぱっと顔を上げた渚さんの目が、きらきらしていた。
連絡先を交換して、日曜に行く約束をした。
その日、俺は一日中、妙にふわふわした気持ちで仕事をしていた。
日曜日。
その日も、空はどんよりと曇っていた。
午後から、また雨らしい。
それでも、俺の気分は晴れていた。
海沿いの市民水族館は、思っていたより、こぢんまりとしていた。
古い建物だけど、手入れは行き届いている。
入口で待っていると、渚さんが、奥から早足でやってきた。
紺色のポロシャツに、スタッフ用のエプロン。
髪をきっちり結んで、首から職員証を下げている。
バスで見る私服の渚さんとは、まるで別人だった。
背筋がぴんと伸びて、表情がきりっとしている。
仕事モードの、プロの飼育員。
「桐山さん、いらっしゃいませ。来てくれて、ありがとうございます」
「お邪魔します。なんか、制服姿、新鮮ですね」
「ふふ。こっちが、本業の私なので」
渚さんは、まず館内をぐるっと案内してくれた。
薄暗い順路に、大小の水槽が並んでいる。
青い光の中を、魚の群れが、きらきらと泳いでいく。
「この子たち、マイワシなんですけど、群れで動くことで大きな生き物に見せてるんです。一匹だと、こんなに弱いのに」
水槽の前で、渚さんが、すらすらと解説する。
接客モードでも、生き物の話になると饒舌なのは同じだった。
ただ、声が照れない。きりっとしている。
その姿が、バスの渚さんとは違って、すごく頼もしかった。
そして、いよいよ、ペンギンのプールに着いた。
「ここが、私の担当です」
屋外の、大きな岩場のプール。
そこに、何羽ものフンボルトペンギンがいた。
ぺたぺたと歩く子、岩の上で羽を広げる子、水に飛び込む子。
「あ、ちょうど、ごはんの時間です。ちょっと、待っててください」
渚さんが、バケツを抱えて、スタッフ用の扉からプールサイドに入っていく。
その瞬間、ペンギンたちが、いっせいに渚さんの足元に集まった。
「はーい、順番ね。あなたはさっき食べたでしょ。こら、押さない」
ペンギンに話しかけながら、一羽ずつ、魚をあげていく。
その横顔が、本当に楽しそうで。
俺は、柵の外から、ただ、その姿に見とれていた。
(……いい顔するな、この人)
ごはんが終わると、渚さんが戻ってきた。
ポロシャツが、少し水で濡れている。
「お待たせしました。どうでした、うちの子たち」
「可愛かったです。けど、それより」
「渚さんが、すごく楽しそうで。見てて、こっちまで楽しくなりました」
その言葉に、渚さんが、一瞬きょとんとして。
それから、じわっと、頬を赤くした。
「……そういうの、不意打ちで言わないでください」
「あ、すみません」
「いえ。……嬉しい、ですけど」
俯いて、首から下げた職員証を、意味もなくいじっている。
その仕草に、不覚にもどきっとした。
ちょうど、ぽつ、ぽつ、と、雨が降り始めた。
午後の雨。予報どおりだった。
「あ、降ってきちゃった。中、戻りましょう」
館内に戻ると、ちょうど渚さんの休憩時間になった。
二人で、館内のカフェスペースで、温かい飲み物を買った。
大きな窓の外は、雨。
ガラス越しに、灰色の海が見える。
「すみません。せっかくのお休みに、雨で」
「いや、水族館は、雨でも関係ないですし。むしろ、ぴったりかも」
「ふふ。それ、よく言われます。雨の日に来てくれるお客さん、私、好きなんです」
「なんでですか」
「だって、わざわざ、雨の中、生き物に会いに来てくれたってことだから」
そう言って、窓の外の雨を見つめる渚さんの横顔を、俺はそっと見ていた。
それから、二人でいろんな話をした。
渚さんが、子供の頃から生き物が好きで、飼育員になったこと。
俺が、文具が好きで今の会社に入ったこと。
「文具、いいですね。私、スケッチブックと鉛筆だけは、こだわるので」
「あ、それ、わかります。今度、いいの、紹介しますよ」
「ほんとですか。約束、ですよ」
気づけば、休憩時間は、あっという間に過ぎていた。
帰り際、渚さんが、入口まで送ってくれた。
雨は、まだ降っている。
「桐山さん、傘、持ってます?」
「あ、はい。一応」
「よかった。……あの、今日、ほんとに、楽しかったです」
「俺もです。また、来ていいですか」
「……はい。ぜひ。あの、お客さんとしてじゃなくても」
最後の一言を、渚さんは、消え入りそうな声で言った。
そして、自分で言っておいて、真っ赤になっていた。
「……じゃあ、客じゃなくて、また会いに来ます」
「……はい。待ってます」
その日から、俺たちは、毎日のように連絡を取り合うようになった。
朝のバスでも、前より自然に話せるようになった。
渚さんが描いたその日のスケッチを、見せてもらう。
俺が、会社で見つけたいい文具の話をする。
夜は、メッセージで、ペンギンの今日の様子とか、たわいないことを送り合う。
梅雨の灰色の毎日が、渚さんのおかげで、少しずつ色づいていった。
次の日曜、俺たちは、初めて水族館の外で会った。
雨の予報だったから、駅前で待ち合わせて、近くの古い喫茶店に入った。
私服の渚さんは、やっぱりバスで見るときと同じで、シンプルだけど、よく似合っていた。
「桐山さんと、水族館以外で会うの、なんか緊張します」
「俺もです。っていうか、悠真でいいですよ。渚さんが渚なら」
「……じゃあ、悠真さん」
名前で呼ばれて、胸の奥がきゅっとなった。
約束していた、文具を渡した。
ドイツ製の、画用紙みたいに分厚いスケッチブックと、芯のやわらかい鉛筆。
「えっ……これ、すごくいいやつじゃないですか。いいんですか」
「渚さんのペンギン、もっといい紙で見たくて」
「……もう。そういうの、ずるいです」
嬉しそうに、でも、ちょっと泣きそうな顔で、スケッチブックをぎゅっと抱えた。
その日は、喫茶店で何時間も話して、雨が止むまで、ずっと一緒にいた。
別れ際、駅の改札で。
「悠真さん。今度の週末、私、休みなんです」
「あ、じゃあ」
「……うち、来ませんか」
「私の部屋、生き物の本とか、スケッチとか、いっぱいあって。見てほしくて」
頬を赤くして、でも、まっすぐ俺を見て、渚さんは言った。
「……行きます。ぜひ」
「……はい。待ってます」
そして、迎えた週末。
その日も、朝から、しとしとと雨が降っていた。
渚さんのアパートは、水族館から歩いて十分の、海の近くにあった。
古い二階建ての、一階の角部屋。
「どうぞ。狭いですけど」
「お邪魔します」
部屋に入って、まず目に入ったのは、壁一面の本棚だった。
図鑑、生き物の写真集、海洋学の専門書。
そして、机の上にも、壁にも、たくさんのスケッチが貼ってある。
ペンギン、クラゲ、魚、海。
「すごい。渚さんの、好きなものだらけだ」
「えへへ。生き物しか、ないんですけどね」
渚さんが、温かいお茶を淹れてくれた。
二人で、小さなテーブルを挟んで座る。
「この前もらったスケッチブック、もう使ってるんですよ」
そう言って、渚さんが、新しいスケッチブックを開いて見せてくれた。
そこには、今までより、ずっと丁寧に描かれたペンギンがいた。
「……うまくなってる」
「紙が、いいから。悠真さんが、くれたから」
ページをめくっていくと、最後の方に、ペンギンじゃない絵があった。
手すりに掴まって、こちらを見ている、男の人の後ろ姿。
「……これ」
「……あ」
渚さんが、慌ててスケッチブックを閉じようとした。
俺は、その手を、そっと押さえた。
「これ、俺ですか」
「……」
渚さんが、顔を真っ赤にして、こくんと頷いた。
「バスで……いつも、気になってて。気づいたら、描いてました」
「スケッチブック、落としたとき。ほんとは、見られたくなかったの、ペンギンじゃなくて……この、後ろのページで」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……俺も。渚さんのこと、ずっと気になってました」
「毎朝、窓際の渚さんを見るのが、通勤の唯一の楽しみで」
渚さんが、目を見開いた。
そして、じわっと、潤んでいく。
「……ほんとですか」
「ほんとです」
部屋が、しんと静かになった。
雨の音だけが、窓の外から、微かに聞こえる。
俺は、テーブルを回って、渚さんの隣に座った。
距離が、ぐっと近くなる。
渚さんの肩が、小さく震えていた。
「……渚さん」
「……はい」
俺は、渚さんの頬に、そっと手を添えた。
日に焼けた、健康そうな頬。けれど、肌はやわらかかった。
渚さんが、ゆっくり、目を閉じた。
俺は、その唇に、自分のものを重ねた。
ちゅっ。
「……んっ」
やわらかくて、温かい唇だった。
ほんのり、お茶の味がする。
一度離れて、お互いの顔を見る。
渚さんの頬は真っ赤で、目が潤んでいて、唇が微かに震えていた。
「……もう一回、いい?」
「……はい」
今度は、もっと深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、舌先で渚さんの唇をなぞる。
渚さんの口が、おずおずと開いた。
舌先を差し入れると、応えるように、渚さんの舌が、ちろっと触れてくる。
ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ
静かな部屋に、湿ったキスの音が響く。
「ん……っ……悠真さん……」
「悠真で、いいよ」
「……悠真」
「うん」
名前を呼ばれて、胸の奥がきゅっと締まった。
キスをしながら、俺は渚さんの背中に手を回した。
シャツ越しの、しなやかな背中。
ぎゅっと引き寄せると、渚さんの体が、俺の胸に寄りかかってきた。
「……悠真の手、あったかい」
「渚さんの方が、あったかいよ」
「……もう」
ふわっと笑う渚さん。
その笑顔に見とれていると、渚さんが、自分からそっと唇を寄せてきた。
ちゅっ……ちゅるっ……
積極的になった渚さんに、心臓が跳ねる。
俺は、シャツの裾に手をかけた。
「……脱がせて、いい?」
「……うん。でも、電気、暗くしてほしい、です」
「あ、ごめん」
カーテンを引いて、間接照明だけにすると、部屋がやわらかいオレンジの光に包まれた。
壁のスケッチが、影になって、ゆらゆら揺れている。
シャツをゆっくり脱がせると、白いキャミソール一枚になった。
日に焼けた腕や首と違って、その下の肌は、はっとするほど白かった。
「……肌、白いんだ」
「……外、半袖だから。そこだけ、焼けてなくて」
恥ずかしそうに、胸元を隠す渚さん。
そのギャップに、たまらなくなった。
俺は、その手をそっとどけて、キャミソールの肩紐を、ゆっくり下ろした。
下から現れたのは、控えめな水色のブラジャー。
その縁から、やわらかな膨らみが、思っていたよりずっと豊かにこぼれていた。
「……外すよ」
「……はい」
背中に手を回して、ホックを外す。
かちり。
肩から紐が滑り落ちて——
ふるんっ。
解放された胸が、ぷるんと揺れた。
「……」
思わず、声を失った。
白くて、やわらかそうで、形が綺麗だった。
頂点には、薄いピンクの乳首が、控えめに色づいている。
「……そんなに、見ないで」
「無理。綺麗すぎて」
俺は、両手でその胸を包み込んだ。
むにゅっ。
「……んっ」
指が、やわらかく沈み込んでいく。
もちもちした弾力が、手のひらに吸い付く。
指の間から、白い肉が、ふにゅっとこぼれた。
むにゅ……むにゅ……ふにゅっ……
「ん……っ……悠真……」
揉むたびに、渚さんの口から、小さな声が漏れる。
普段の、きりっとした声とは違う、甘い吐息。
「ここは?」
親指で、乳首をそっと撫でた。
「ひゃっ……」
渚さんの体が、びくっと跳ねた。
「……そこ、敏感、だから」
ツンと色づいた乳首を、指先でくりくりと転がす。
「あっ……んっ……やっ……そこ……」
声が、だんだん高くなる。
普段しっかりしている渚さんが、こんな声を出している。
そのギャップに、たまらなくなった。
我慢できずに、片方の乳首に、唇をかぶせた。
ちゅうっ。
「ひあっ……」
渚さんの手が、俺の頭を、そっと抱え込んだ。
やわらかい胸に、頬が埋もれる。
ほのかに潮の匂いと、渚さん自身の甘い香りがした。
ちゅるっ……れろっ……ちゅっ……
舌先で乳首を転がしながら、もう片方の胸を手で揉み続ける。
「ん……っ……あっ……悠真、上手……」
交互に吸って、舐めて、揉んで。
「はぁっ……んっ……こんなの、久しぶり、で……」
渚さんの体が、だんだん熱くなっていく。
ちゅう……ちゅるっ……むにゅっ……
「んっ……だめ……力、抜けちゃう……」
渚さんの太ももが、もじもじとすり合わさっている。
俺は、渚さんの部屋着のショートパンツに、そっと手を伸ばした。
「……触っていい?」
「……うん」
ショートパンツの上から、中心を、そっとなぞる。
すっ……
「ひゃっ……」
布越しに、はっきりとわかる、湿り気。
「……もう、濡れてる」
「……だって。悠真に、あんなことされたら……」
恥ずかしそうに俯く渚さん。
俺は、ショートパンツと、その下のショーツを、ゆっくり引き下ろした。
水色の布地が、しなやかな太ももを伝って落ちる。
露わになったそこは、もう、しっとりと濡れていた。
オレンジの光に、蜜が、つうっと糸を引くのが見える。
「……すごい」
「……言わないで。恥ずかしい」
俺は、渚さんを、そっとベッドの上に横たえた。
健康的な太ももを、優しく開く。
その間に、顔を近づけた。
「えっ……そんなとこ……」
「気持ちよくしたいから」
舌で、濡れた割れ目を、ゆっくりとなぞり上げた。
れろっ……
「んあっ……やっ……そこ……」
甘い味が、舌に広がる。
敏感な突起を、舌先でちろちろと弾いた。
ちろちろ……れろっ……
「ひゃあっ……そこ、だめ……っ」
だめと言いつつ、渚さんの手が、俺の髪をきゅっと掴んだ。
逃がさないように。
突起を舐めながら、指を一本、ゆっくり中に入れた。
ずぷっ……
「んあぁっ……」
熱くて、きつくて、ぬるぬるの中が、指をきゅっと締め付ける。
指をゆっくり動かしながら、中の感じる場所を探る。
くちゅ……くちゅ……
「あっ……そこ……っ……変な感じ……する……」
ざらっとした場所を擦りながら、突起を舌で吸い上げる。
ちゅるっ……くちゅくちゅ……
「やっ……あっ……両方、だめ……っ……おかしくなっちゃう……」
渚さんの腰が、ぴくぴくと跳ねる。
声が、どんどん甘く、高くなっていく。
「あっ……あっ……悠真……私……なんか……来ちゃう……っ」
指を曲げて、感じる場所を集中的に擦る。
突起を、舌でちゅるちゅると吸い続ける。
くちゅくちゅくちゅ……ちゅるるっ……
「あっ……あっ……だめっ……いっちゃう……いっちゃうっ……」
びくんっ。
渚さんの体が、弓なりに反った。
太ももが、ぎゅっと俺の頭を挟んで、震える。
中が、きゅうっと指を締め付けた。
「はぁっ……はぁっ……すごい……こんなの、初めて……」
渚さんが、潤んだ目で、俺を見上げた。
頬が上気して、髪が乱れて、汗で額に張りついている。
その姿が、たまらなく色っぽかった。
「……悠真も」
渚さんが、体を起こした。
まだ、脚が震えている。
「私だけ、ずるい。悠真も……気持ちよく、なってほしい」
渚さんの指が、俺のズボンに伸びた。
ぎこちない手つきで、ベルトを外し、ズボンを下ろす。
下着の上から、もう硬くなっているそこに、そっと触れた。
「……わ。すごく、硬い……」
「渚さんが、可愛すぎるから」
「……もう」
下着を下ろすと、限界まで張り詰めたものが現れた。
渚さんが、おそるおそる、細い指で、そっと握る。
「……あつい」
ゆっくりと、上下に動かしてくれる。
しゅっ……しゅっ……
不器用だけど、一生懸命な手つき。
それだけで、たまらなかった。
「……お口でも、していいですか」
「えっ……いいの?」
「……悠真のこと、気持ちよくしたいので」
渚さんが、俺の前に、かがみこんだ。
潤んだ瞳が、俺を見上げる。
先端に、ちゅっとキスを落とした。
ちゅっ……
「ん……悠真の、匂い……」
ちろっと、舌先が出て、先端を舐める。
れろっ……ちろっ……
「……っ」
「……気持ち、いいですか」
「やばい……」
渚さんが、嬉しそうに目を細めて——ぱくっと口に含んだ。
「んっ……」
温かくて、湿った口の中に、包まれる。
じゅるっ……ちゅぷっ……
小さな舌が、絡みつきながら、ゆっくり動く。
「んっ……じゅるっ……ちゅぷっ……」
潤んだ目が、俺を見上げている。
「渚さん……上手だよ……」
「ん……ふふ……じゅるっ……」
嬉しそうに、頭を上下に動かす。
頬がへこんで、吸い付く圧が、強くなる。
じゅぽっ……じゅるっ……ちゅぷちゅぷ……
「ぷはっ……悠真の、おっきい……こんなの、入るかな……」
一度口を離して、裏筋を、下から上に、れろれろと舐め上げる。
「……渚さん、そろそろ、やばい」
「……っ。じゃあ」
渚さんが、ぱっと口を離した。
唾液が、つうっと糸を引く。
「……続き、して、ください」
渚さんが、ベッドに、ゆっくり仰向けになった。
オレンジの光の下、潤んだ瞳が、俺を見上げている。
「……あの、私」
渚さんが、消え入りそうな声で言った。
「久しぶり、なので。優しく、してほしい、です」
「うん。ゆっくりするから」
「ゴム、持ってきてるんだけど、いい?」
「……はい。お願い、します」
俺は、用意していたものを、手早く着けた。
そして、渚さんの太ももを、そっと開いた。
その間に体を入れて、先端を、濡れた入り口にあてがう。
ぬるっとした感触。
「……入れるよ」
「……はい。来て、ください」
ゆっくりと、腰を進めた。
ずぷっ……
「んあっ……」
中に入った瞬間、渚さんの体が、びくんと震えた。
「あつい……悠真の……あつい……」
少しずつ、奥へと進めていく。
ずぶ……ずぶ……ずぶっ……
「んんっ……おっきい……奥まで、来てる……っ」
渚さんの中は、信じられないほど熱くて、きつくて、とろとろだった。
壁が、俺のものに絡みついて、吸い付くように締め付けてくる。
「……渚さん、すごい締まってる」
「だって……悠真の、大きいから……っ」
奥まで入って、根元まで密着した。
渚さんの顔が、目の前にある。
上気した頬。乱れた髪。半開きの唇。
その全部が、可愛くて、色っぽくて、たまらない。
俺は、渚さんの唇にキスをしながら、ゆっくり腰を動かし始めた。
ちゅっ……ずちゅっ……
「んむっ……」
ずちゅっ……ぬぷっ……ずちゅっ……
「ん……っ……あっ……」
奥まで突くたびに、渚さんが、甘い声を漏らす。
最初はゆっくり。少しずつ、ペースを上げていく。
ぱんっ……ぱんっ……
「あっ……んっ……悠真……気持ちいい……っ」
渚さんの白い胸が、突くたびに、たゆんたゆんと揺れる。
その揺れを見ながら、腰を動かす。
「渚さんの中、最高だ……」
「んっ……そんなこと言われたら……もっと、感じちゃう……っ」
渚さんの腕が、俺の首に回された。
ぎゅっと、抱きついてくる。
「……もっと、近くに、来てほしい……」
俺は、体を密着させて、奥を突いた。
ずぱんっ……
「ひゃあっ……そこっ……当たってる……っ」
奥の、感じる場所に当たったみたいだ。
渚さんの中が、きゅうっと締まった。
「ここ?」
ずぱんっ……
「そこっ……やっ……すごい……っ」
同じ場所を、何度も突く。
ぱんっ……ぱんっ……ぱんっ……
「あっあっあっ……悠真……もっと……っ」
普段しっかりしている渚さんが、甘い声で「もっと」とねだる。
そのギャップに、理性が飛びそうになる。
言われるままに、腰の動きを速めた。
ぱんぱんぱんっ……
「んあぁっ……やばい……気持ちよすぎる……っ」
渚さんの中が、どんどんきつくなっていく。
ベッドが、ぎしぎし軋む。
雨の音に混じって、肉がぶつかる音と、水音が響く。
「渚さん……そろそろ……っ」
「悠真……私も……もう……っ」
ぱんっ……ぐちゅっ……ぱんっ……ぬちゅっ……
「あっ……いっちゃう……また、いっちゃう……っ」
「俺も……っ」
「来てっ……一緒に……っ」
ぱんぱんぱんぱんっ……
「……出る、渚さんっ」
「来てっ……いっ……いくっ……」
びくんっ。
渚さんの体が、大きく跳ねた。
中が、きゅうきゅうと、俺のものを搾り取るように締め付ける。
その締め付けに、俺も限界を迎えた。
どくっ……どくっ……どくっ……
薄い膜越しに、熱が放たれていく。
「んあああっ……」
渚さんの体が、びくんびくんと震える。
最後まで出しきって——
「はぁっ……はぁっ……」
「はぁ……はぁ……すごかった……」
繋がったまま、お互いの額をくっつける。
渚さんの、蕩けた瞳が、うるうると揺れていた。
「……渚さん」
「……悠真」
しばらく、そのまま、呼吸を整える。
オレンジの光の下、二人の荒い息だけが、雨の音に混じっていた。
ゆっくりと体を離して、後始末をしてから、俺は渚さんの隣に、横になった。
渚さんが、当たり前みたいに、俺の胸に頬を寄せてきた。
「……ねえ、悠真」
「ん?」
「私、ずっと……バスで悠真を見てるとき、思ってたことがあって」
「なに?」
渚さんが、少し顔を上げて、いたずらっぽく笑った。
「この人、ペンギンに似てるなって」
「えっ」
「ふふ。手すりに掴まって、まっすぐ立ってる感じが。なんか、誠実そうで」
「うちの、いちばん優しい子に、似てるんです」
「それ、褒めてる?」
「最大級の、褒め言葉です」
二人で、くすくす笑った。
雨の音が、優しく部屋を包んでいる。
俺は、渚さんの髪を撫でながら、ずっと言いたかったことを、口にした。
「……渚さん」
「はい」
「俺と、付き合ってください」
渚さんの目が、まんまるになった。
そして、じわっと、潤んでいく。
「……いいんですか。私で」
「渚さんが、いいんです」
渚さんが、ぎゅっと、俺の胸に顔を埋めた。
肩が、小さく震えている。
「……はい。私も……悠真と、付き合いたい、です」
「ずっと……朝のバスで会えるのが、楽しみだったので」
その言葉に、胸の奥が、じんわり温かくなった。
俺は、渚さんを、ぎゅっと抱きしめた。
ほのかな潮の匂いと、渚さん自身の甘い香り。
毎朝、バスの中で気になっていた、あの横顔が、今は、腕の中にある。
しばらくして、渚さんが、ぱっと顔を上げた。
「あっ。そうだ、悠真」
「ん?」
「今度のお休み、また水族館、来てください」
「今度は、お客さんとしてじゃなくて……彼氏として」
「いいね。行く」
「ペンギンたちに、紹介しないと。私の、大事な人だって」
口元をほころばせて、嬉しそうに笑う渚さん。
その笑顔が、雨の灰色の部屋の中で、いちばん明るかった。
——その翌週。
月曜の朝、いつものバスに乗ると、渚さんが、窓際でこちらを見ていた。
スケッチブックを、膝に立てて。
「おはよう、悠真」
「おはよう」
俺は、もう手すりじゃなくて、渚さんの隣の、空いた席に座った。
「見て。今日のスケッチ」
差し出されたページには、二羽のペンギンが、並んで立っている絵があった。
ぴったりと、寄り添って。
「……これ」
「ふふ。内緒です」
口元を押さえて、肩を揺らして笑う。
窓の外は、まだ雨。
梅雨は、もうしばらく続きそうだった。
でも、もう、灰色じゃなかった。
雨に煙る街を、バスがゆっくり走っていく。
その窓際で、俺たちは、肩を寄せ合って、同じスケッチブックを覗き込んでいた。
毎朝7時12分の、なんでもないバス。
その十五分が——俺の、一番好きな時間になった。
会社で、同期の田所に、にやにやしながら聞かれたのは、その日の昼だった。
「桐山、最近なんか機嫌よくね? なんかあった?」
「……まあ、ちょっとな」
「えー、なんだよそれ。彼女でもできた?」
俺は、答える代わりに、ただ笑っておいた。
水族館の、ペンギンの飼育員。
毎朝のバスで、スケッチブックに俺を描いていた人。
雨の季節に出会った、俺の、大切な人。
その全部を、まだ、誰にも言いたくなかった。
もう少しだけ、二人だけの秘密にしておきたかったのだ。
「なんだよ、言えよー」
「今度、水族館でも誘うよ。そのうち、な」
窓の外は、相変わらずの雨。
でも、俺はもう、雨の日が、嫌いじゃなくなっていた。
― 終 ―