長崎港の出航は、夜の十一時半だった。
俺、遠野駿(とおの しゅん)、三十一歳。都内のビストロで、五年間、スーシェフをやっていた。「やっていた」と過去形で言うのは、もう、辞めるかもしれないからだ。
ボストンバッグ一つだけを抱えて、白い船体のタラップを上っていく。行き先は、五島列島。長崎の沖、東シナ海に浮かぶ島々。なぜそこを選んだのか、自分でもわからない。窓口で時刻表を見て、一番遠くまで連れて行ってくれる夜行便が、たまたまそれだっただけだ。
(……どこでもよかったんだ。ここじゃ、なければ)
二週間前の朝。仕込みのために早く店に入って、いつものように、コンソメの味を見た。スプーンを口に運んで――何も、感じなかった。
塩気も、出汁の旨みも、香りも。透明な、ただの、ぬるい液体。
風邪じゃない。鼻は通っている。けれど、その日から、俺の舌は、味を伝えるのをやめた。医者は「心因性の味覚障害でしょう」と言った。「働きすぎです。少し、休んでください」と。
料理人が、味をわからない。それは、もう、料理人じゃない。
二等の雑魚寝の船室に、荷物を置いた。寝つけるはずもなく、俺は缶コーヒーを買って、デッキへ出た。
夜の海は、真っ黒だった。船が立てる白い航跡だけが、月明かりに、ぼうっと光っている。潮の匂い――いや、それすらも、今の俺には、半分くらいしか届かない。
風が、思いのほか、冷たかった。初夏とはいえ、夜の海上は、肌寒い。手すりにもたれて、ただ、暗い水平線を見ていた。
そのとき、デッキの隅に、もう一人、人影があるのに気づいた。
毛布を肩にかけた、女性だった。手すりの一番先、舳先に近いところに立って、進行方向の闇を、じっと見ている。長い髪が、風に、横へ流れていた。
俺の視線に気づいたのか、彼女が、ふいに振り向いた。
「……すみません、驚かせました? こんな時間に、デッキに人がいると思わなくて」
「いえ。……俺も、同じです。寝られなくて」
「ふふ。夜行フェリーって、そういう人のためにあるのかも。眠れない人が、海を見にくる場所」
そう言って、彼女は、また前を向いた。日に焼けた横顔が、デッキの薄明かりに、淡く浮かんでいる。化粧っ気はなく、けれど、その輪郭は、不思議なほど、凛としていた。
「あと一時間くらいで、空が白んでくるんです。このへんの夜明け、すごいんですよ。海から、太陽が、直接生まれてくるみたいで」
「……詳しいんですね」
「島の人間なので。この船、しょっちゅう乗ってます。……今日は、長崎に仕入れに行った帰りで」
島の人間。仕入れ。その単語に、職業の匂いを感じた。けれど、それ以上は、聞かなかった。聞く気力も、正直、なかった。
二人で、並んで、手すりにもたれた。会話は、途切れがちだった。けれど、不思議と、気詰まりではなかった。波の音と、エンジンの低い唸りだけが、ずっと、足元から響いていた。
「……来た」
彼女が、小さく、つぶやいた。
水平線の、ほんの一点が、にじむように、橙色に染まり始めていた。それは、ゆっくりと、横へ、上へと広がって、やがて、黒かった海と空の境目を、燃えるような朱に変えていく。
「……すごい」
「でしょう?」
光が、まっすぐ、海の上を走って、俺たちの船まで届いた。彼女の頬が、その朝日に、橙色に照らされる。風に流れる髪の一筋一筋まで、金色に光った。
その瞬間――俺は、ほんの少しだけ、潮の匂いを、強く感じた気がした。気のせい、かもしれない。けれど、二週間ぶりに、世界が、ほんの少し、色を取り戻したような。
「……いいものを、見ました」
「ふふ。眠れなかった、ご褒美ですね」
彼女が、こちらを見て、にこっと笑った。その笑顔を見て、なぜか、胸の奥が、きゅっと、鳴った。
船が、福江島の港に着いたのは、朝の八時前だった。
タラップを降りると、彼女は、待っていた軽トラックの男に、手を振った。日焼けした、白髪交じりの、頑固そうな男だった。
「おう、汐里。遅かったな」
「ごめん、おじいちゃん。荷、多くて」
汐里、というのが、彼女の名前らしい。浜本汐里(はまもと しおり)。荷台に段ボールを積みながら、彼女は、俺の方を振り返った。
「あなたは、観光ですか? ……というか、宿、決まってます?」
「いや……それが、何も。行き当たりばったりで」
「ふふ、思った。そういう顔してました」
彼女は、軽トラの助手席を、ぽんと叩いた。
「うちの近所に、民宿あるんです。おばちゃんが一人でやってる、小さいとこですけど。空いてるはずだから、紹介しますよ。……乗ってください。ここ、バスもろくに来ないので」
おじいさんが、運転席から、じろりと俺を見た。
「……兄ちゃん。汐里に、変なことしたら、海に沈めるからな」
「もう、おじいちゃん!」
俺は、思わず、笑ってしまった。声を出して笑ったのは、二週間ぶりかもしれなかった。
軽トラは、海沿いの細い道を、がたごとと走った。窓の外は、目が覚めるような青だった。エメラルド色の入り江、白い砂浜、そして、ぽつぽつと建つ、石造りの古い教会。
「五島、初めてですか?」
「はい。……正直、地図でしか、知らなかった」
「何もないですよ。コンビニも、信号も、ほとんどない。……でも、海と、空と、風が、いちいち、おいしいです」
おいしい。彼女は、海のことを、そう言った。料理人だった俺が、もう使えなくなった言葉を、彼女は、こんなにも自然に、口にした。
民宿に荷物を置いて、少し眠った。目が覚めたのは、昼過ぎだった。
縁側で、ぼんやり海を見ていると、玄関の方から、足音がした。麦茶のグラスを二つ持って、ひょっこり顔を出したのは、エプロン姿の、汐里さんだった。
「あ、起きました? ……あの、もしよかったら、なんですけど」
「はい?」
「これから、塩、炊くんです。私の、仕事。……見ていきません? 暇、ですよね?」
塩を、炊く。
「……塩って、作るものなんですか?」
「ふふ。みんな、そう言います。海水を、ぐつぐつ煮詰めるんですよ。すごく、地味な仕事です」
なぜか、断る気にならなかった。料理人としての、最後の好奇心が、わずかに、首をもたげた気がした。塩。料理の、一番の基本。一番、ごまかしのきかないもの。
汐里さんに連れられて、浜辺の一角にある、小さな小屋へ向かった。彼女は、それを「釜屋(かまや)」と呼んだ。
釜屋の中は、もうもうと、白い湯気で満ちていた。
平たい、大きな鉄の平釜が、薪の火にかけられている。その中で、海水が、とろとろと、煮詰まっていた。むせ返るような、濃い、潮の匂い。
「目の前の海から、海水を汲んできて。三日くらいかけて、ゆっくり煮詰めるんです。海水百リットルから、塩は、二、三キロしか採れない」
「……そんなに、少ないんですか」
「うん。だから、塩は、海の、ぎゅっと詰まった結晶なんです。海の、いちばん大事なところだけ、残したもの」
汐里さんは、木のヘラで、釜の底を、ゆっくりと混ぜた。火に照らされた横顔は、汗で、うっすら光っている。その目が、真剣で――そして、どこか、幸せそうだった。
釜の中で、白い結晶が、少しずつ、浮かんで、沈んでいた。
「……できたての塩、舐めてみます?」
「……俺が、ですか」
俺は、一瞬、ためらった。舐めても、どうせ、何も感じない。この二週間、何を食べても、味のしない世界に、俺は、いた。また、あの絶望を、味わうだけかもしれない。
それでも、汐里さんの、まっすぐな目に、断れなかった。
彼女が、ヘラの先で、釜のふちに溜まった、できたての塩を、ほんの少し、すくった。湿った、温かい、白い結晶。それを、俺の手のひらに、そっと載せた。
「どうぞ。……うちの、海の味です」
指先で、つまんで、舌に載せる。
その瞬間。
舌の上で、塩の結晶が、ふわっと溶けた。鋭い塩辛さ――ではなかった。最初に、まるい甘みのようなものが来て、それから、じんわりと、深い塩気が、舌の奥に広がっていく。海の、苦みも、ほんの少し。そして――磯の、香り。
「……っ」
味が、した。
二週間、ずっと、灰色だった世界に、突然、味という名の、色が、戻ってきた。
「……味が、する」
「え?」
「いや……俺、その。実は、二週間前から、味が、わからなくなってて。料理人なのに。……何を食べても、何も感じなくて」
汐里さんが、目を、見開いた。
「でも、今、わかった。……汐里さんの塩、甘い。それから、しょっぱくて。最後に、ちょっと、苦い。……海の、匂いがする」
気づいたら、視界が、じわっと、滲んでいた。情けないことに、釜屋の中で、薪の煙のせいにもできないくらい、はっきりと、涙が、頬を伝った。
「……っ、ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」
「すみません。……ずっと、もう、料理人として、終わったと思ってて。それで、逃げてきたんです、ここに。……なのに、こんな、島の、塩一粒で」
汐里さんは、しばらく、何も言わなかった。それから、火の前にしゃがんだまま、ぽつりと、言った。
「……海って、すごいんですよ」
「……?」
「疲れた体に、塩が足りなくなると、人間って、塩気を、すごく、敏感に感じるようになるんですって。海が、教えてくれるんです。あんた、ちょっと、空っぽだよ、って」
彼女が、こっちを見て、ふわっと笑った。煙の向こうで、その笑顔が、ひどく、優しかった。
「あなたの舌、壊れてなんかないですよ。……ただ、ちょっと、海から、遠かっただけ」
その日から、俺は、毎日、釜屋に通った。
予定では、二泊のはずだった。けれど、民宿のおばちゃんに頼んで、滞在を、延ばした。理由なんて、自分でも、わかっていた。
朝、汐里さんと一緒に、海水を汲む。バケツを抱えて、岩場を歩く。彼女は、毎日、海の機嫌を、確かめていた。
「今日は、いい海。凪いでて、澄んでる。……こういう日の海水は、いい塩になるんです」
「海にも、機嫌があるんですか」
「ありますよ。荒れた日の海は、塩も、とげとげする。穏やかな日の海は、まるい塩になる。……人と、同じです」
昼は、釜の番をしながら、二人で、たくさん話した。
俺は、東京の話をした。毎日、終電で帰って、明け方まで仕込みをして、また昼前に店に戻る生活。賞を取った店で、評価されて、雑誌にも載って。けれど、いつからか、自分が、何のために、誰のために料理をしているのか、わからなくなっていたこと。
「……お客さんの顔、見えてました?」
「……いや。厨房から、ホールは、見えないので。皿だけ、見てました。ずっと。盛り付けと、火入れと、原価率と」
「ふふ。……海から、遠いはずだ」
汐里さんも、自分のことを、話してくれた。
「私、もともと、福岡で、会社員してたんです。アパレルの。……でも、おじいちゃんが、腰やっちゃって。この釜屋、誰も継ぐ人がいなくて」
「それで、島に?」
「うん。三年前。……最初は、嫌で嫌で。何にもない島だし。塩なんて、地味だし。でも」
彼女は、釜の中の、白い結晶を、見つめた。
「ある日、自分の炊いた塩を、料理人さんが、わざわざ買いに来てくれたんです。『この塩じゃなきゃ、出せない味がある』って。……そのとき、初めて、思ったんです。あ、私、海と、人を、繋いでるんだって」
火の照り返しが、彼女の頬で、揺れていた。
「だから、あなたが、私の塩で、味、思い出してくれて。……正直、すごく、嬉しかったんです。あの日」
滞在が、五日目に入った夜。
汐里さんが、「うちで、ごはん食べませんか」と、誘ってくれた。釜屋のすぐ裏にある、彼女の住む、古い小さな平屋だった。おじいさんは、その日、本島の病院で、一泊するとのことだった。
「といっても、大したもの、出せないですけど。……あ、そうだ」
彼女は、いたずらっぽく、笑った。
「遠野さん、料理人でしょう? ……作ってくれません? うちの塩で。私、自分の塩で、ちゃんとした料理、食べてみたいんです」
その言葉に、心臓が、とくん、と鳴った。
二週間、握れなかった包丁。でも、今の俺なら――そう、思った。
台所に立った。彼女が、近所の漁師にもらったという、新鮮な白身魚と、島の野菜。そして、汐里さんの炊いた、あの塩。
久しぶりに、包丁を握る手が、震えた。けれど、刃を入れた瞬間、体が、勝手に、動き出した。五年間、毎日繰り返してきた手の動き。それは、ちゃんと、俺の中に、残っていた。
魚に、彼女の塩を、振る。指で、つまんで、まんべんなく。塩の結晶が、白身に、きらきらと、溶けていく。
「……すごい。手つきが、ぜんぜん、違う」
「……五年分は、嘘つかないみたいです」
シンプルな、塩だけの、ポワレ。皮を、ぱりっと焼いて、身は、しっとりと。仕上げに、ほんの少し、できたての塩を、ぱらりと。
一口、食べた汐里さんが、目を、丸くした。
「……っ、何これ。おいしい。私の塩、こんなに、おいしくなるんですか」
「いや。汐里さんの塩が、おいしいんです。俺は、邪魔しないようにしただけで」
自分でも、一口、食べた。
塩の甘み。魚の旨み。皮の、香ばしさ。そのすべてが、はっきりと、舌の上で、立ち上がってきた。味の、世界が、戻ってきていた。完全に。
「……うまい」
ぽつり、と、つぶやいた。汐里さんが、こっちを見て、くしゃっと、笑った。
「ふふ。……おかえりなさい。料理人さん」
食事のあと、二人で、縁側に出た。
潮騒が、すぐそこで、絶え間なく、響いていた。空には、都会では、絶対に見られない数の、星が、降るように、瞬いている。汐里さんが、冷やした地酒を、二つの猪口に、注いでくれた。
「……島の夜って、星と、波しか、ないんです。テレビも、つまらないし。だから、毎晩、こうやって」
「……贅沢ですよ。これ以上ないくらい」
肩が、触れそうな距離で、並んで、座った。彼女の髪から、潮と、薪の煙と、ほのかな石鹸の混じった、いい匂いがした。今の俺には、その匂いの、一つ一つが、はっきりと、わかった。
「……汐里さん」
「はい?」
「俺、明後日には、帰らなきゃなんです。仕事の、返事をしないと。……辞めるか、続けるか」
「……決めたんですか?」
「続けます。……ここで、思い出したので。誰のために、作るのか」
汐里さんは、静かに、うなずいた。けれど、その横顔が、少しだけ、寂しそうに、見えた。
「でも……一つだけ、決められないことが、あって」
「……なんですか?」
俺は、猪口を、縁側に置いた。星明かりの下、彼女の方へ、体を、向けた。
「……ここを、離れたくない、って気持ちの、始末です」
汐里さんが、息を、のんだ。潤んだ瞳が、星を映して、揺れていた。
「……ずるい。塩のこと、料理のこと、ぜんぶ、私が、あなたに、戻してあげたみたいに言うのに」
「汐里さん?」
「……私だって、戻してもらったんです。あなたが、おいしいって、泣いてくれたとき。私、この島で、間違ってなかったんだって」
彼女の手が、縁側の上で、俺の手に、そっと重なった。少し、塩で荒れた、けれど、温かい手のひら。
「……手、料理人の手ですね。傷だらけ」
「汐里さんも。……塩の手だ」
顔を、見合わせた。波の音だけが、響いていた。どちらからともなく、距離が、縮まっていく。
「……星、きれいですね」
「……ええ」
「……でも、今は、見てなくて、いいです」
その声が、潮騒に、溶けた。
頬に、そっと、手を添えた。彼女が、ゆっくりと、目を閉じる。俺は、その唇に、自分の唇を、重ねた。
ちゅ……。
「ん……♡」
塩の味が、した。汐里さんの唇は、ほんのり、しょっぱくて――それから、すぐに、甘く、熱を帯びていった。離れると、彼女が、潤んだ目で、俺を、見上げた。
「……しょっぱい、でしょう。私」
「……甘いです。最後に、ちょっとだけ」
「……もう。料理人の、言うことだ♡」
今度は、深く。角度を変えて、唇を重ねる。舌先で、そっと唇をなぞると、汐里さんの口が、ためらいがちに、開いた。
ちゅ……れろ……んちゅ……♡
「ふ……ぁ……♡」
絡み合う舌。汐里さんの手が、俺のシャツを、きゅっと掴んだ。潮の音に紛れて、二人の吐息だけが、近くで、響いた。ぷはっ、と離れると、唾液が、星明かりに、細く糸を引いた。
「……はぁ……♡ 心臓、すごい音」
「汐里さんも、です」
「……ばれちゃった♡」
くすっと笑って、汐里さんが、俺の首に、腕を回した。日に焼けた首筋から、白いうなじが、覗いている。俺は、彼女を、抱き上げるようにして、奥の和室へと、運んだ。
六畳の、古い和室。窓を開けると、すぐ下の浜から、波の音が、部屋いっぱいに満ちた。明かりは、消したまま。障子越しの、淡い星明かりだけが、畳を、青白く照らしていた。
「……電気、つけないんですね」
「波の音と、汐里さんが、見えれば、十分だから」
「……ふふ。料理より、口、うまい♡」
向かい合って、座る。汐里さんのブラウスのボタンに、手をかけた。一つ、二つと外していくと、彼女が、恥ずかしそうに、目を伏せた。
「……脱がせて、いいですか」
「……うん♡ でも、優しく、してくださいね」
ブラウスの前を、はらりと開く。星明かりに、白い肌と、淡い色の下着が、浮かび上がる。海仕事で引き締まった、けれど、女性らしい、しなやかな体つきだった。
「……綺麗だ」
「やっ♡ そんな、じっと見ないで……♡ 日焼け、跡、すごいから……♡」
「それも、綺麗です。汐里さんが、海と生きてきた証だ」
背中に手を回して、ホックを外す。ふっと、胸を覆うものが、緩んだ。星明かりに、形のいい乳房が、こぼれ出る。先端は、ほんのり、淡い色。
「……っ♡ 恥ずかしい……♡」
腕で隠そうとする手を、そっとどけて、右手で、左の胸を、包むように、触れた。
ふにっ。
「あっ……♡」
手のひらに、吸い付くような、やわらかさ。指を沈めると、形を変える。もう片方の手で、右も包んだ。
「ん……っ♡ 両方、一緒は……♡♡」
親指で、先端を、くりっと転がす。
「ひゃっ♡♡」
びくん、と、汐里さんの肩が跳ねた。すぐに硬く尖った先端が、指先に、コリコリと伝わる。唇を、その先端に、落とした。ちゅっ。
「ひぅっ♡♡♡」
舌先で転がしながら、反対の胸を、揉みしだく。
ちゅるっ……れろ……ちゅう……♡♡
「あっあっ♡♡ 吸っちゃ、だめ……♡♡ 声、出ちゃう……♡♡」
「波の音で、聞こえませんよ」
「やっ♡ そういう、問題じゃ……♡♡」
交互に、舌を這わせる。汐里さんの肌が、うっすら汗ばんで、潮の匂いに、彼女自身の、甘い熱が、混じっていく。やがて、汐里さんの手が、俺の頭を、そっと、抱え込んだ。
「……布団、行きましょ♡」
敷かれた布団に、汐里さんを、そっと横たえる。星明かりに、白い裸体が、青く、淡く輝いていた。膝を立てて閉じようとする太ももを、優しく、開かせる。
「……もう、濡れてる」
「やっ♡ 言わないで……♡ さっきの、キスから、ずっと……♡♡」
星明かりに、透明な蜜が、とろりと光った。指先で、そっと、なぞる。
くちゅ……。
「ひゃあっ♡♡ あっ♡♡」
びくん、と、腰が跳ねた。小さな突起を見つけて、指の腹で、くるくると円を描く。
くり……くり……♡
「あぁっ♡♡♡ そこっ……だめぇっ♡♡♡」
「だめじゃ、ないでしょう。気持ちいい?」
「だってっ♡ 遠野さんの指……っ♡♡」
蜜をかき回しながら、中指を、入り口に、あてがった。
「指、入れますよ」
「……うんっ♡♡ 来て……♡♡」
ずぷ……♡
「あああっ♡♡♡」
ゆっくり、指が沈んでいく。熱い。きつい。きゅうきゅうと、締め付けてくる。中をかき回しながら、もう一本。
ずぷっ♡
「ひぃっ♡♡♡ 二本……っ♡♡」
二本の指で出し入れしながら、親指で、突起を、同時に刺激する。
ぐちゅっ……ぐちゅっ……ぐちゅっ……♡♡♡
「あっあっあっ♡♡♡ すごいっ♡ 気持ちいいっ♡♡♡」
指を曲げて、上側の壁を、ぐっと押す。
「ひぅっ♡♡♡♡ そこ、やばいっ♡♡♡」
汐里さんの体が、びくびくと、跳ね始める。
「やっ♡ 来るっ……来ちゃうっ♡♡♡」
指の動きを、速める。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ♡♡♡♡
「あああっ♡♡♡ イっ……イくぅっ♡♡♡♡」
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
汐里さんの背中が、弓なりに反った。中が、ぎゅうっと指を締め付けて、蜜が、溢れ出す。やがて、力が抜けたように、布団に、沈み込んだ。
「はぁっ……♡♡ はぁっ……♡♡ ……指だけで、こんなの……♡♡」
潤んだ瞳で、見上げてくる汐里さんが、ゆっくりと、身を起こした。まだ余韻で震えているのに、星明かりの中で、いたずらっぽく、笑う。
「……次は、私が。料理人さんを、味見する番♡」
俺のベルトに、手を伸ばす汐里さん。前を開いて、下着ごと引き下ろすと――ばちんっ、と、限界まで張り詰めたものが、跳ね上がった。汐里さんが、息を呑む。
「……おっきい♡♡ こんなの、入るのかな……♡♡」
顔を近づけて、ぺろ、と先端を舐めた。
「ん……♡ しょっぱい……♡♡ 遠野さんの、味♡♡」
「……汐里さんに、味見されると、変な感じだ」
「ふふ♡ 私、味見は、得意なんですよ♡♡」
ちゅっ、と先端にキスをして、それから、ぱくりと、口に含んだ。
ずぷ……。温かく濡れた口の中。舌が、裏筋を、なぞる。
「ん……じゅるっ♡♡ れろれろ……♡♡」
ゆっくり頭を上下させる汐里さん。解けた髪が、ぱさりと、俺の太ももを、くすぐる。上目遣いの、潤んだ瞳。
「汐里さん……やばい、気持ちよすぎる……」
「んふ♡ もっと、してあげる♡♡」
ちゅぱっ……じゅるるっ……♡♡
頬をすぼめて、吸い上げる。深く咥えるたびに、全身に、電流が走った。
ずぷっ……ずぷっ……♡♡
「待って、それ以上は……イっちゃう」
ぷはっ、と口を離す汐里さん。唇が、唾液で、てらてらと光っていた。
「だーめ♡ まだ、イっちゃ、だめですよ♡ ……一緒が、いい♡」
いたずらっぽく笑う汐里さんを、布団に引き上げた。バッグから、コンドームを取り出す。
「……用意、いいんですね?」
「いや、これは、その……一応」
「ふふ♡ いいですよ、責めてない♡ ……つけて♡」
手早く装着して、汐里さんを、仰向けにした。長い髪が、枕に広がる。星明かりに照らされた裸体が、青白く、淡く輝いていた。脚の間に、体を滑り込ませて、先端を、入り口に、あてがう。
ぬちゅ……♡
「入れますよ、汐里さん」
「うん♡ 来て……遠野さんのが、ほしい♡♡」
ゆっくり、腰を進める。
ずぷ……ずぷぷ……♡♡
「あぁっ♡♡♡ 入って、くるぅ♡♡♡」
きゅうきゅうと締め付けながら、奥へと、引き込んでくる。
「おっきい♡♡ おなかの中、広がってく♡♡♡」
ずぷん♡♡
根元まで、収まった。下腹部が、ぴたりと、密着する。
「はぁっ♡♡ 全部、入った♡♡ 奥まで、来てる……♡♡♡」
「動きますよ」
ゆっくり腰を引いて、また、押し込む。
ずるっ……ずぷんっ♡♡
パンっ♡
「ああっ♡♡♡」
パンッ……パンッ……♡♡
リズミカルに、打ちつけ始める。波の音が、その律動と、重なった。
「あっあっあっ♡♡♡ 遠野さんっ♡♡ 気持ちいいっ♡♡♡」
汐里さんが、俺の背中に、しがみついてくる。爪が、背中に、食い込んだ。少し痛い。でも、それがまた、たまらなく、興奮する。肌と肌がぶつかる音が、潮騒に混じって、響いた。
パンパンパンッ♡♡♡
「奥っ♡♡♡ 奥に、当たってるっ♡♡♡♡」
汐里さんの脚が、俺の腰に、絡みついた。もっと奥を、求めて。
「やば……汐里さん、止まんない」
「いいの♡ 止まんなくて、いいのっ♡♡」
角度を変えて、突き上げる。
「そこぉっ♡♡♡♡」
結合部から、卑猥な水音が、溢れた。
パンパンパンパンッ♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡
「やばっ♡♡ また、来るっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡♡」
「俺も、もう……っ」
「一緒に……♡♡♡ 一緒にイこっ……♡♡♡♡」
汐里さんが、背中に両腕を回して、しがみつく。脚も、がっちりと、腰に絡む。奥に押し付けるように――最後の、一突き。
「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」
「イく……っ!」
どくんっ、どくっ、どくっ……!
「イっ……イくぅっ♡♡♡♡♡♡」
汐里さんの全身が震えて、中が、痙攣するように、搾り取っていく。
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……すごかった……♡♡♡」
抱き合ったまま、荒い呼吸を、繰り返した。ちゅ、と軽く、キスをする。汐里さんの唇は、まだ、ほんのり、しょっぱかった。
「……まだ、抜かないで♡」
繋がったまま、お互いの心臓の音を、聞いていた。窓の外では、相変わらず、波の音が、絶え間なく、響いている。やがて、汐里さんが、くすっと、笑った。
「……ねえ、遠野さん」
「はい」
「……まだ、元気だよね♡♡」
繋がった場所で、また硬くなり始めているのが、汐里さんにも、わかったらしい。
「汐里さんが、気持ちよすぎて」
「もう♡ 謝らないで♡ ……今度は、私が、上で♡」
新しいゴムに替えて、汐里さんが、俺の上に、またがった。騎乗位。長い髪が、肩から胸へと、流れ落ちる。星明かりに照らされた汐里さんを、下から、見上げる。揺れる胸、引き締まったお腹、そして、繋がっている場所。角度を調整して――
ずぷん♡♡
「あっ♡♡♡ この体勢、奥まで……入るっ♡♡♡」
ゆっくり、腰を上下させ始める。
ずぷ……ずちゅ……ずぷっ♡♡
「ん♡♡ 自分で動くの、すごっ♡♡♡」
目の前で、胸が、ぷるんぷるんと揺れる。両手を伸ばして、掴んだ。
むにゅっ♡♡
「ひゃんっ♡♡♡ 揉んだら、動けなくなるっ♡♡♡」
「いいから。動いて、汐里さん」
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
「あっあっあっ♡♡♡ 奥っ……いい場所に、当たってるっ♡♡♡♡」
汐里さんが、腰を回すように、動き始めた。ぐりんぐりんと、中を、かき回される。
「これ……毎日、浜、歩いてるから♡♡ 腰、強いんですよ、私♡♡♡」
「反則だろ、それ……っ」
ぐちゅるっ♡♡ ぐちゅるっ♡♡♡
下から、突き上げる。
ずぷんっ♡♡♡
「ひぁっ♡♡♡♡ 下から、だめっ♡♡♡」
汐里さんの動きと、俺の突き上げが、一番奥で、ぶつかる。
パンパンパンパンパンッ♡♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡♡
「だめっ♡♡♡ イくイくイくっ♡♡♡♡♡」
「俺も、もう出る……っ!」
「一緒にっ♡♡♡♡ また一緒にっ♡♡♡♡♡」
ずぷんっ♡♡♡♡
最後に、下から、奥へ、叩き込む。
「イくぅぅっ♡♡♡♡♡♡」
どくんっ、どくっ、どくっ、どくっ……!
「あぁぁぁっ♡♡♡♡♡ すごっ……♡♡♡ いっぱい……♡♡♡♡」
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡♡
汐里さんが、力を失って、俺の上に、倒れ込んできた。汗だくの体を、ぎゅっと、抱きとめる。
「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……最高、だった……♡♡♡♡」
「俺も。汐里さん」
ちゅ、と汗ばんだ額に、キスをした。二人で、しばらく、荒い息を、繰り返す。窓の外では、波が、変わらず、浜を、洗い続けていた。
「……波の音、聞こえます?」
「ええ。……ずっと」
「ふふ。……この音、聞きながら寝るの、最高なんです」
汐里さんが、俺の胸に頬を寄せて、目を閉じた。髪から、汗と、潮と、ほのかな石鹸の混じった、いい匂いがした。今の俺には、その匂いの一つ一つが、はっきりと、わかった。
――朝。
障子の隙間から差し込む光で、目が覚めた。汐里さんは、まだ、俺の腕の中で、眠っている。日に焼けた頬に、ほつれた髪がかかって、寝顔が、とんでもなく、無防備で可愛い。
すぅ……すぅ……。
(夢じゃ、なかった)
そっと、窓の外を見る。よく晴れた、朝だった。入り江の海が、朝日を浴びて、エメラルド色に、きらきらと、光っている。
「ん……♡ 遠野さん……?」
汐里さんが、目を覚ました。寝起きの、少しかすれた声。
「おはようございます。よく寝てましたね」
「……朝の海、きれい」
身を起こした汐里さんが、障子を、少し開けた。差し込む朝日に、その横顔が、きらきらと、光る。俺は、思い切って、口を開いた。
「汐里さん。……俺、明日、東京に帰ります」
「……うん。知ってます」
「店に戻って、もう一回、ちゃんと、料理をやります。……でも」
汐里さんが、こっちを、見た。その目が、じわっと、潤んでいく。
「店で使う塩、汐里さんの塩に、したいんです。……取引先として、毎月、五島に、来ます」
「……取引先、ですか」
「いや」
俺は、彼女の手を、両手で、包んだ。塩で荒れた、温かい手のひら。
「……汐里さんに、会いに、来ます。毎月。塩を、口実にして」
汐里さんが、息を、のんだ。それから、ゆっくりと、はにかむように、笑った。
「……東京から、ここまで、片道、半日かかりますよ」
「塩一粒で、泣くような男ですよ、俺は。半日くらい、なんてことない」
「……ふふ。なにそれ」
ぽろっと、一粒、涙がこぼれた。汐里さんが、慌てて、それを拭う。その涙を、指先で、すくった。舐めると――しょっぱくて、最後に、ほんの少し、甘かった。彼女の塩と、同じ味だった。
「一晩だけの思い出に、したくないんです。……汐里さんと、ちゃんと、付き合いたい」
汐里さんが、息を呑んだ。それから、こくん、と、うなずいた。
「……ずるい。海の音、聞きながら、そういうこと言うの」
「もう、朝ですよ。波、おだやかです」
「ふふ♡ ……うん。私も、遠野さんのこと、好き♡ ……今日から、恋人ですね♡」
そう言って、汐里さんが、背伸びして、俺の唇に、ちゅっと、軽くキスをした。やっぱり、ほんのり、しょっぱかった。
「ねえ、遠野さん。昨日、私の塩で、魚、焼いてくれたでしょう」
「ええ」
「あのとき、思ったんです。……私の塩は、海と、人を繋ぐためにある、って。……でも、ほんとは」
汐里さんが、にっこりと、笑った。
「……あなたと、私を、繋ぐためだったのかも♡」
翌日。福江島の港から、俺は、また、あのフェリーに乗った。
汐里さんと、おじいさんが、見送りに来てくれた。おじいさんは、相変わらず、頑固そうな顔で、けれど、最後に、ぼそりと、言った。
「……兄ちゃん。汐里を、泣かせたら、ほんとに、海に沈めるからな」
「はい。……泣かせるとしたら、嬉しくて、の方にします」
「……ふん。料理人は、口がうまくて、いかん」
タラップを上って、デッキに出た。船が、ゆっくりと、港を離れていく。汐里さんが、小さくなりながら、いつまでも、手を振っていた。
ボストンバッグの中には、彼女が持たせてくれた、できたての塩が、一袋。
東京に着いたら、これで、賄いのスープを、引きなおそう。今度は、ちゃんと、味のわかる舌で。お客さんの顔を、思い浮かべながら。
行き先も決めずに、逃げるように乗った、あの夜の船。
味を失くした料理人が、海のいちばん大事なところを煮詰めた、たった一粒の塩で、世界の色を取り戻して。その塩を炊いていた人に、恋を、した。
きっと、これは、たまたまの一晩なんかじゃない。味のわからなくなった俺を、あの島が、あの海が、彼女のところまで、連れていってくれた。半日かけて、毎月、通う理由を、俺に、くれたんだ。
デッキの手すりにもたれて、遠ざかる島を、見ていた。
舌の上に、まだ、彼女の塩の味が、残っている。甘くて、しょっぱくて、最後に、ほんの少し、苦い。
それは、海の味で。たぶん、恋の味でも、あった。
初夏の海が、朝日を浴びて、どこまでも、きらきらと、光っていた。
― 終 ―