上越線の各駅停車は、トンネルを抜けるたびに、窓の外の緑が深くなっていった。
俺、笹倉航(ささくら こう)、二十九歳。都内の精密機器メーカーで、設計をやっている。出張でも、旅行でもない。ただの、有給を二日くっつけただけの、一人旅だった。
膝の上には、細長いアルミのケース。中には、父が遺したフライロッドが一本、入っている。
(……結局、一度も、一緒に振らなかったな)
父は、半年前に死んだ。心筋梗塞で、あっけなく。生前、休みのたびに渓流へ通って、フライフィッシングをしていた。何度か誘われた。けれど俺は、仕事だ、興味ない、と、そのたびに断っていた。
遺品を整理していたら、丁寧に手入れされたロッドが出てきた。グリップに、父の手の脂が、飴色に染み込んでいた。捨てられなかった。かといって、振り方もわからない。
(せめて、一回くらい。お前が見てた川を、見てみるよ)
そう思って、スマホで「初心者 フライフィッシング ガイド 宿」と検索して、ヒットしたのが、ここだった。群馬の山奥、利根川の支流沿いに建つ、たった六部屋の温泉一軒宿。源泉かけ流しで、宿が渓流釣りのガイドもやっている、と書いてあった。
終点の一つ手前で降りて、宿の送迎バンに揺られること、三十分。舗装が砂利に変わり、携帯の電波が一本になり、やがて消えた頃――谷あいに、その宿は現れた。
黒い瓦屋根の、古い木造の建物。すぐ脇を、澄んだ川が、ごうごうと流れている。空気が、ひんやりと湿って、青い匂いがした。
「いらっしゃい。笹倉さんね。遠いとこ、よく来てくれました」
出迎えてくれたのは、白髪交じりの、日焼けした主人だった。
「うちはね、何もないですよ。テレビも電波も。あるのは、温泉と、川と、飯だけ。……それで十分でしょう」
「はい。むしろ、それが目当てで」
「ふは。いいお客さんだ。明日の朝、ガイド予約してましたね。竿は……お、いいロッド持ってるじゃないですか」
ケースから覗いたグリップを見て、主人が目を細めた。
「父の、形見なんです。俺は、振ったことすらなくて」
「……そうですか。じゃあ、明日は、いいガイドつけますよ。うちの一番の腕利きにね」
その夜、囲炉裏端で出された岩魚の塩焼きと、山菜の天ぷらを食べた。窓の外は、もう真っ暗で、川の音だけが、絶え間なく響いていた。
東京で、ずっと頭の奥に詰まっていた何かが、その音に、少しずつ溶かされていく気がした。
翌朝、五時半。まだ薄暗いうちに、目が覚めた。
防寒着を着込んで、玄関へ降りていく。川霧が、谷を白く埋めていた。その霧の中に、一人、立っている人影があった。
ウェーダー姿の、女性だった。長い髪を後ろで一つに束ねて、防水のキャップを目深に被っている。手元で、慣れた動きでフライラインをチェックしていた。
「おはようございます。笹倉さんですか?」
振り向いた顔に、思わず、息を呑んだ。化粧っ気はまるでない。けれど、川霧の中で、その顔は、はっとするほど澄んでいた。日に焼けた頬。涼しげな、けれど芯の強そうな目。
「今日、ガイドを担当します。瀬尾涼夏(せお すずか)です。よろしくお願いします」
「あ……笹倉です。あの、俺、本当に、何も知らなくて」
「大丈夫ですよ。みんな最初は、空振りばっかりです。私も、そうでしたから」
ふっと笑うと、目尻に、優しい皺ができた。年は、俺と同じくらいだろうか。
「そのロッド……お父さまの、だそうですね。主人から聞きました」
「……はい」
「いいロッドです。ちゃんと、使い込まれてる。……大事にされてたんですね」
ケースから取り出したロッドを、涼夏さんは、まるで生き物を扱うみたいに、そっと手のひらで撫でた。その手つきに、なぜか、胸の奥が、きゅっとなった。
川縁まで、二人で岩を伝って降りていく。流れの音が、ぐっと大きくなった。
「まず、キャスティングからですね。フライは、ルアーと違って、毛鉤がほとんど重さがないんです。だから、ラインの重さで、飛ばす」
「ライン、の重さで」
「そう。竿を、十時と二時の間で振る、ってよく言いますけど……まあ、最初は理屈より、体で覚えた方が早いです。やってみましょう」
ロッドを構える。涼夏さんが、後ろから、俺の手に、自分の手を添えた。
「腕の力じゃなくて……こう、止める。ピタッと。ラインが、後ろで伸びるのを、待ってあげるんです」
ふわり、と背後で、彼女の体温が近づいた。ウェーダー越しでも、肩が、触れそうな距離。川の音にまぎれて、ほのかに、彼女の髪の匂いがした。
「……こう、ですか」
「そう。今のは、すごくいい。……ね、聞こえます?」
「え?」
「ラインが、空気を切る音。シュッ、て。……上手な人が振ると、川の音と、喧嘩しないんです。溶け込む」
言われて、耳を澄ます。確かに、自分の振ったラインが、川のざわめきに、すっと馴染んでいくのがわかった。
「……不思議だ。なんか、川と、会話してるみたいな」
「ふふ。いいこと言いますね。……そう、そうなんです。釣りって、魚との会話じゃなくて、川との会話なんですよ」
その横顔が、朝日の差し始めた水面の照り返しに、きらきらと光っていた。
一時間ほど、ひたすら毛鉤を流し続けた。何度も、流れに毛鉤を取られた。何度も、木の枝に引っかけた。そのたびに、涼夏さんは、笑いもせずに、淡々と直してくれた。
そして――その瞬間は、唐突に来た。
ぴくっ、と、ラインの先が、震えた。
「来た! 合わせて、今っ!」
「えっ、えっ」
「竿、立てて! そう、引きすぎないで……いい、上手!」
ロッドが、ぐぐっと、しなった。手のひらに、生命の、力強い震えが、伝わってくる。父のロッドが、俺の手の中で、生きているみたいに、暴れていた。
「うわっ、これ、すごい引く……!」
「岩魚です! いい型! ……落ち着いて、寄せて。私が、すくいますから」
水面が割れて、銀色の魚体が、跳ねた。涼夏さんが、素早くネットを差し入れる。
ばしゃっ。
ネットの中で、岩魚が、虹色に光っていた。背中の、白い斑点。橙色の、腹。
「……釣れた」
「釣れましたね。……笹倉さんの、初めての一匹」
涼夏さんが、にっこり笑った。俺は、ネットの中の魚を、ただ、見つめていた。なぜだか、視界が、じわっと滲んだ。
「……笹倉さん?」
「すみません。……なんか、急に。父が、ずっと、これを見てたんだなって、思ったら」
涼夏さんは、何も言わずに、俺の隣に、しゃがんだ。一緒に、ネットの中の魚を、見つめてくれた。
「……お父さま、きっと、笹倉さんに、これを見せたかったんだと思いますよ」
「……」
「言葉じゃなくて。この、手に伝わる感じを。川の音を。……分けたかったんです、きっと」
岩魚を、そっと流れに戻す。一瞬、ひれを震わせて、銀色の影は、川底の岩陰へと、消えていった。
「リリース、です。また、誰かを喜ばせてあげなさい、って」
「……粋ですね」
「ふふ。お父さまも、きっと、そういう釣り方、してたと思いますよ」
その言葉が、ずっと会えなかった父と、少しだけ、和解できたような気が、した。
昼前に、宿へ戻った。涼夏さんは、宿の手伝いもしているらしく、エプロンをつけて、昼食を運んできてくれた。
「涼夏さんは、ずっと、ここで?」
「いえ。三年前まで、東京にいたんです。スポーツ用品メーカーの、企画にいて」
「あ……俺も、メーカーです。設計ですけど」
「ふふ、じゃあ、同業だったんですね。……毎日、終電で。数字に追われて。気づいたら、自分が何のために働いてるのか、わからなくなってて」
椀を置いて、涼夏さんが、窓の外の川を見た。
「壊れる寸前で、たまたま、この宿に泊まりに来たんです。お客さんとして。それで、初めてフライを振らせてもらって……川の音、聞いたら。なんか、ぜんぶ、どうでもよくなって」
「……それで、こっちに?」
「主人に弟子入りして。もう三年です。給料は、十分の一になりました。でも……」
涼夏さんが、こっちを見て、ふわっと笑った。
「朝、川霧の中で竿を振ってると、生きてるなあって、思うんです。……変、ですかね」
「いえ。……羨ましい、です。すごく」
俺の言葉に、涼夏さんは、少しだけ、目を見開いた。それから、照れたように、視線を、椀に落とした。
午後は、自由時間だった。露天風呂に、一人で浸かった。岩を組んだ湯船から、すぐそこに、川が見える。乳白色の湯が、肌を、じんわりと包んだ。
(……いい湯だ)
ふと、見上げると、午前中の晴れ間が嘘のように、谷に、灰色の雲が垂れ込め始めていた。梅雨の、気まぐれな空。やがて、ぽつ、ぽつ、と、湯面に、雨が落ち始めた。
雨に打たれながら、温泉に浸かる。川の音と、雨の音が、混じり合う。東京では、一生味わえない、静けさだった。
夕食のあと。談話室で、一人、ぼんやり川の音を聞いていると、涼夏さんが、二つの湯呑みを持って、入ってきた。
「……お疲れさまでした。これ、宿の、ほうじ茶です」
「あ、ありがとうございます。……座りませんか。一人だと、暇で」
「ふふ。……じゃあ、少しだけ」
並んで、縁側に腰を下ろす。軒先から、雨だれが、規則正しく落ちていた。明かりは、頼りない裸電球が一つきり。涼夏さんの横顔が、その光に、やわらかく浮かんでいた。
「雨、強くなってきましたね。……明日の朝は、増水で、釣りは無理かも」
「……じゃあ、せっかくの、二日目なのに」
「ふふ。残念ですか?」
「……釣りも、ですけど。涼夏さんに、ガイドしてもらえないのが」
口にしてから、しまった、と思った。涼夏さんが、湯呑みを持つ手を、止めた。
「……笹倉さんって、わりと、まっすぐ言うんですね」
「す、すみません。その」
「謝らないでください。……嬉しい、です」
雨音の中、二人の間に、しばらく、沈黙が落ちた。けれど、気まずくはなかった。むしろ、その沈黙の中に、ずっといたいような、そんな静けさだった。
「……笹倉さん。今朝、岩魚、釣ったとき。泣いてたでしょう」
「……ばれてましたか」
「うん。……あのとき、私、思ったんです。あ、この人、ちゃんと、川と会話できる人だ、って」
湯呑みを、縁側に置いて、涼夏さんが、こっちを向いた。電球の光に、その瞳が、潤んで見えた。
「川の音を、うるさいって言う人もいるんです。眠れない、って。でも、笹倉さんは……ちゃんと、聞いてた。一日中」
「……父が、聞いてた音だと思ったら。聞き逃したく、なくて」
「……うん」
涼夏さんの手が、縁側の上で、俺の手に、そっと重なった。冷たい雨の夜気の中で、その手のひらだけが、温かかった。
「……手、冷たいですね。笹倉さん」
「涼夏さんは、温かい」
「ふふ。……川仕事で、鍛えてるんで」
顔を、見合わせる。雨だれの音だけが、響いていた。どちらからともなく、距離が、縮まっていく。
「……笹倉さん」
「はい」
「……ここ、私の部屋、すぐ近くなんです。……離れの、奥」
潤んだ瞳が、まっすぐ、俺を見ていた。心臓が、跳ねた。
「……いいんですか」
「……川の音、二人で、聞きませんか。……朝まで」
その声が、雨音に、溶けていった。
離れの、八畳の和室。窓を開けると、すぐ下を流れる川の音が、雨と混じって、部屋いっぱいに満ちた。明かりは、消したまま。雨雲の切れ間から差す、わずかな月明かりだけが、畳を、青白く照らしていた。
「……電気、つけないんですね」
「川の音だけで、十分だから」
「……ふふ。やっぱり、笹倉さんは、わかってる」
向かい合って、座る。涼夏さんの頬に、そっと手を添えた。彼女が、ゆっくりと、目を閉じる。俺は、その唇に、自分の唇を、重ねた。
ちゅ……。
「ん……♡」
触れるだけの、やわらかいキス。少し冷えた、けれど、すぐに熱を帯びていく唇。離れると、涼夏さんが、潤んだ目で、俺を見上げた。
「……三年ぶり、かも。こんなこと」
「俺も。……もう一回、いいですか」
「……んっ♡」
今度は、深く。角度を変えて、唇を重ねる。舌先で、そっと唇をなぞると、涼夏さんの口が、ためらいがちに開いた。
ちゅ……れろ……んちゅ……♡
「ふ……ぁ……♡」
絡み合う舌。涼夏さんの手が、俺のシャツを、きゅっと掴んだ。川の音に紛れて、二人の吐息だけが、近くで響いた。ぷはっ、と離れると、唾液が、月明かりに、細く糸を引いた。
「……はぁ……♡ 心臓、すごい音」
「涼夏さんも、です」
「……ばれちゃった♡」
くすっと笑って、涼夏さんが、俺の首に、腕を回した。浴衣の襟元から、白いうなじが、覗いている。帯に、手をかけた。
「……脱がせて、いいですか」
「……うん♡ でも、優しく、ですよ」
しゅるり、と帯を解く。浴衣の前が、はらりと開いた。月明かりに、白い肌と、淡い色の下着が、浮かび上がる。川仕事で引き締まった、けれど、女性らしい、しなやかな体つきだった。
「……綺麗だ」
「やっ♡ そんな、じっと見ないで……♡ 日焼け、跡、すごいから……♡」
「それも、綺麗ですよ。涼夏さんが、生きてきた証だ」
背中に手を回して、ホックを外す。ふっと、胸を覆うものが、緩んだ。月明かりに、形のいい乳房が、こぼれ出る。先端は、ほんのり、淡い色。
「……っ♡ 恥ずかしい……♡」
腕で隠そうとする手を、そっとどけて、右手で、左の胸を、包むように触れた。
ふにっ。
「あっ……♡」
手のひらに、吸い付くような、やわらかさ。指を沈めると、形を変える。もう片方の手で、右も包んだ。
「ん……っ♡ 両方、一緒は……♡♡」
親指で、先端を、くりっと転がす。
「ひゃっ♡♡」
びくん、と、涼夏さんの肩が跳ねた。すぐに硬く尖った先端が、指先に、コリコリと伝わる。唇を、その先端に、落とした。ちゅっ。
「ひぅっ♡♡♡」
舌先で転がしながら、反対の胸を、揉みしだく。
ちゅるっ……れろ……ちゅう……♡♡
「あっあっ♡♡ 吸っちゃ、だめ……♡♡ 声、出ちゃう……♡♡」
「川の音で、聞こえませんよ」
「やっ♡ そういう、問題じゃ……♡♡」
交互に、舌を這わせる。涼夏さんの肌が、うっすら汗ばんで、夜気の中で、熱を帯びていく。やがて、涼夏さんの手が、俺の頭を、そっと、抱え込んだ。
「……布団、行きましょ♡」
敷かれた布団に、涼夏さんを、そっと横たえる。月明かりに、白い裸体が、青く、淡く輝いていた。膝を立てて閉じようとする太ももを、優しく、開かせる。
「……もう、濡れてる」
「やっ♡ 言わないで……♡ さっきの、キスから、ずっと……♡♡」
月明かりに、透明な蜜が、とろりと光った。指先で、そっと、なぞる。
くちゅ……。
「ひゃあっ♡♡ あっ♡♡」
びくん、と、腰が跳ねた。小さな突起を見つけて、指の腹で、くるくると円を描く。
くり……くり……♡
「あぁっ♡♡♡ そこっ……だめぇっ♡♡♡」
「だめじゃ、ないでしょう。気持ちいい?」
「だってっ♡ 笹倉さんの指……っ♡♡」
蜜をかき回しながら、中指を、入り口に、あてがった。
「指、入れますよ」
「……うんっ♡♡ 来て……♡♡」
ずぷ……♡
「あああっ♡♡♡」
ゆっくり、指が沈んでいく。熱い。きつい。きゅうきゅうと、締め付けてくる。中をかき回しながら、もう一本。
ずぷっ♡
「ひぃっ♡♡♡ 二本……っ♡♡」
二本の指で出し入れしながら、親指で、突起を、同時に刺激する。
ぐちゅっ……ぐちゅっ……ぐちゅっ……♡♡♡
「あっあっあっ♡♡♡ すごいっ♡ 気持ちいいっ♡♡♡」
指を曲げて、上側の壁を、ぐっと押す。
「ひぅっ♡♡♡♡ そこ、やばいっ♡♡♡」
涼夏さんの体が、びくびくと、跳ね始める。
「やっ♡ 来るっ……来ちゃうっ♡♡♡」
指の動きを、速める。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ♡♡♡♡
「あああっ♡♡♡ イっ……イくぅっ♡♡♡♡」
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
涼夏さんの背中が、弓なりに反った。中が、ぎゅうっと指を締め付けて、蜜が、溢れ出す。やがて、力が抜けたように、布団に、沈み込んだ。
「はぁっ……♡♡ はぁっ……♡♡ ……指だけで、こんなの……♡♡」
潤んだ瞳で、見上げてくる涼夏さんが、ゆっくりと、身を起こした。まだ余韻で震えているのに、月明かりの中で、いたずらっぽく、笑う。
「……次は、私が。笹倉さんを、気持ちよくする番♡」
俺の浴衣の帯に、手を伸ばす涼夏さん。前を開いて、下着ごと引き下ろすと――ばちんっ、と、限界まで張り詰めたものが、跳ね上がった。涼夏さんが、息を呑む。
「……おっきい♡♡ こんなの、入るのかな……♡♡」
顔を近づけて、ぺろ、と先端を舐めた。
「ん……♡ 笹倉さんの、味……♡♡」
ちゅっ、と先端にキスをして、それから、ぱくりと、口に含んだ。
ずぷ……。温かく濡れた口の中。舌が、裏筋を、なぞる。
「ん……じゅるっ♡♡ れろれろ……♡♡」
ゆっくり頭を上下させる涼夏さん。解けた髪が、ぱさりと、俺の太ももを、くすぐる。上目遣いの、潤んだ瞳。
「涼夏さん……やばい、気持ちよすぎる……」
「んふ♡ もっと、してあげる♡♡」
ちゅぱっ……じゅるるっ……♡♡
頬をすぼめて、吸い上げる。深く咥えるたびに、全身に、電流が走った。
ずぷっ……ずぷっ……♡♡
「待って、それ以上は……イっちゃう」
ぷはっ、と口を離す涼夏さん。唇が、唾液で、てらてらと光っていた。
「だーめ♡ まだ、イっちゃ、だめですよ♡」
いたずらっぽく笑う涼夏さんを、布団に引き上げた。鞄から、コンドームを取り出す。
「……用意、いいんですね?」
「いや、これは、その……一応」
「ふふ♡ いいですよ、責めてない♡ ……つけて♡」
手早く装着して、涼夏さんを、仰向けにした。長い髪が、枕に広がる。月明かりに照らされた裸体が、青白く、淡く輝いていた。脚の間に、体を滑り込ませて、先端を、入り口に、あてがう。
ぬちゅ……♡
「入れますよ、涼夏さん」
「うん♡ 来て……笹倉さんのが、ほしい♡♡」
ゆっくり、腰を進める。
ずぷ……ずぷぷ……♡♡
「あぁっ♡♡♡ 入って、くるぅ♡♡♡」
きゅうきゅうと締め付けながら、奥へと、引き込んでくる。
「おっきい♡♡ おなかの中、広がってく♡♡♡」
ずぷん♡♡
根元まで、収まった。下腹部が、ぴたりと、密着する。
「はぁっ♡♡ 全部、入った♡♡ 奥まで、来てる……♡♡♡」
「動きますよ」
ゆっくり腰を引いて、また、押し込む。
ずるっ……ずぷんっ♡♡
パンっ♡
「ああっ♡♡♡」
パンッ……パンッ……♡♡
リズミカルに、打ちつけ始める。川の音が、その律動と、重なった。
「あっあっあっ♡♡♡ 笹倉さんっ♡♡ 気持ちいいっ♡♡♡」
涼夏さんが、俺の背中に、しがみついてくる。爪が、背中に、食い込んだ。少し痛い。でも、それがまた、たまらなく、興奮する。肌と肌がぶつかる音が、川音に混じって、響いた。
パンパンパンッ♡♡♡
「奥っ♡♡♡ 奥に、当たってるっ♡♡♡♡」
涼夏さんの脚が、俺の腰に、絡みついた。もっと奥を、求めて。
「やば……涼夏さん、止まんない」
「いいの♡ 止まんなくて、いいのっ♡♡」
角度を変えて、突き上げる。
「そこぉっ♡♡♡♡」
結合部から、卑猥な水音が、溢れた。
パンパンパンパンッ♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡
「やばっ♡♡ また、来るっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡♡」
「俺も、もう……っ」
「一緒に……♡♡♡ 一緒にイこっ……♡♡♡♡」
涼夏さんが、背中に両腕を回して、しがみつく。脚も、がっちりと、腰に絡む。奥に押し付けるように――最後の、一突き。
「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」
「イく……っ!」
どくんっ、どくっ、どくっ……!
「イっ……イくぅっ♡♡♡♡♡♡」
涼夏さんの全身が震えて、中が、痙攣するように、搾り取っていく。
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……すごかった……♡♡♡」
抱き合ったまま、荒い呼吸を、繰り返した。ちゅ、と軽く、キスをする。
「……まだ、抜かないで♡」
繋がったまま、お互いの心臓の音を、聞いていた。窓の外では、相変わらず、雨と川の音が、混ざり合って、響いている。やがて、涼夏さんが、くすっと、笑った。
「……ねえ、笹倉さん」
「はい」
「……まだ、元気だよね♡♡」
繋がった場所で、また硬くなり始めているのが、涼夏さんにも、わかったらしい。
「涼夏さんが、気持ちよすぎて」
「もう♡ 謝らないで♡ ……今度は、私が、動く♡」
新しいゴムに替えて、涼夏さんが、俺の上に、またがった。騎乗位。長い髪が、肩から胸へと、流れ落ちる。月明かりに照らされた涼夏さんを、下から、見上げる。揺れる胸、引き締まったお腹、そして、繋がっている場所。角度を調整して――
ずぷん♡♡
「あっ♡♡♡ この体勢、奥まで……入るっ♡♡♡」
ゆっくり、腰を上下させ始める。
ずぷ……ずちゅ……ずぷっ♡♡
「ん♡♡ 自分で動くの、すごっ♡♡♡」
目の前で、胸が、ぷるんぷるんと揺れる。両手を伸ばして、掴んだ。
むにゅっ♡♡
「ひゃんっ♡♡♡ 揉んだら、動けなくなるっ♡♡♡」
「いいから。動いて、涼夏さん」
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
「あっあっあっ♡♡♡ 奥っ……いい場所に、当たってるっ♡♡♡♡」
涼夏さんが、腰を回すように、動き始めた。ぐりんぐりんと、中を、かき回される。
「これ……毎日、岩場、歩いてるから♡♡ 脚、強いんですよ、私♡♡♡」
「反則だろ、それ……っ」
ぐちゅるっ♡♡ ぐちゅるっ♡♡♡
下から、突き上げる。
ずぷんっ♡♡♡
「ひぁっ♡♡♡♡ 下から、だめっ♡♡♡」
涼夏さんの動きと、俺の突き上げが、一番奥で、ぶつかる。
パンパンパンパンパンッ♡♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡♡
「だめっ♡♡♡ イくイくイくっ♡♡♡♡♡」
「俺も、もう出る……っ!」
「一緒にっ♡♡♡♡ また一緒にっ♡♡♡♡♡」
ずぷんっ♡♡♡♡
最後の一突きを、奥に、叩き込む。
「イくぅぅっ♡♡♡♡♡♡」
どくんっ、どくっ、どくっ、どくっ……!
「あぁぁぁっ♡♡♡♡♡ すごっ……♡♡♡ いっぱい……♡♡♡♡」
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡♡
涼夏さんが、力を失って、俺の上に、倒れ込んできた。汗だくの体を、ぎゅっと、抱きとめる。
「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……最高、だった……♡♡♡♡」
「俺も。涼夏さん」
ちゅ、と汗ばんだ額に、キスをした。二人で、しばらく、荒い息を、繰り返す。窓の外では、いつの間にか、雨が、上がり始めていた。雲の切れ間から、月が、谷を、青く照らしている。
「……雨、止んだ」
「川の音だけに、なりましたね」
「ふふ。……いい音」
涼夏さんが、俺の胸に頬を寄せて、目を閉じた。髪から、汗と、川と、ほのかな石鹸の混じった、いい匂いがした。
――朝。
障子の隙間から差し込む光で、目が覚めた。涼夏さんは、まだ、俺の腕の中で、眠っている。日に焼けた頬に、ほつれた髪がかかって、寝顔が、とんでもなく、無防備で可愛い。
すぅ……すぅ……。
(夢じゃ、なかった)
そっと、窓の外を見る。雨上がりの、よく晴れた朝だった。谷を埋めていた霧が、朝日に、白く輝いている。川は、ゆうべより、少しだけ、水かさを増していた。
「ん……♡ 笹倉さん……?」
涼夏さんが、目を覚ました。寝起きの、少しかすれた声。
「おはようございます。よく寝てましたね」
「……朝の川、増えてる。今日は、釣りは、無理ですね」
「川との会話は、お預けですか」
「ふふ。……増水の日は、川が、機嫌悪いんで。そっとしておくんです」
身を起こした涼夏さんが、障子を、少し開けた。差し込む朝日に、その横顔が、きらきらと、光る。俺は、思い切って、口を開いた。
「涼夏さん。……俺、また、来ます。ここに」
「……お客さんとして?」
「いや。……涼夏さんに、会いに」
涼夏さんが、こっちを振り向いた。その目が、じわっと、潤んでいく。
「……東京から、ここまで、三時間かかりますよ」
「岩魚一匹に、泣くような男ですよ、俺は。三時間くらい、なんてことない」
「……ふふ。なにそれ」
ぽろっと、一粒、涙がこぼれた。涼夏さんが、慌てて、それを拭う。
「一晩だけの思い出に、したくないんです。……涼夏さんと、ちゃんと、付き合いたい」
涼夏さんが、息を呑んだ。それから、ゆっくりと、はにかむように、笑った。
「……ずるい。川の音聞きながら、そういうこと言うの」
「もう、雨、止んでますよ」
「ふふ♡ ……うん。私も、笹倉さんのこと、好き♡ ……今日から、恋人ですね♡」
そう言って、涼夏さんが、背伸びして、俺の唇に、ちゅっと、軽くキスをした。
「ねえ、笹倉さん。昨日、岩魚、リリースしたの、覚えてます?」
「また、誰かを喜ばせてあげなさい、って」
「うん。……お父さまが遺したロッドが、笹倉さんを、ここまで連れてきてくれた。……それで、私が、釣られちゃった♡」
涼夏さんが、にっこりと、笑った。
「……父に、感謝しないとな」
「今度来たら、ちゃんと、川との会話、教えます。……二人で」
障子の外、雨上がりの谷に、川が、ごうごうと、流れている。父が、ずっと聞いていた音。一人で聞きに来たはずのその音を、今、隣で笑う人と、一緒に聞いている。
膝の上の、飴色のグリップ。そっと、撫でた。
(……ありがとう、親父。お前の川で、最高の人に、出会えたよ)
増水した渓流が、朝日を浴びて、きらきらと、光っていた。一匹の岩魚から始まった旅は、思いがけず、この谷へ、もう一度通う理由を、俺に遺してくれた。
きっと、これは、たまたまの一晩なんかじゃない。父が遺した竿が、引き合わせてくれた、その始まりの朝だ。
雨上がりの谷で、川の声が、どこまでも澄んで、響いていた。
― 終 ―