ことばに擦り切れて移り住んだシェアハウスで、夜ごと木を削る無口な家具職人の彼に少しずつほどかれて、初夏の工房で結ばれた話

六月のはじめ、私は逃げるように、その家へ引っ越した。

私、七瀬詩織(ななせしおり)、二十七歳。都内の出版社で校閲をしている。来る日も来る日も、他人の書いた文章の誤字を探し、事実を確かめ、表記のゆれを直す。一文字でも見落とせば、刷られた何万部すべてが間違ったままになる。気づけば私は、活字を読むと無意識に粗を探すようになっていて、好きだったはずの本を、もう一行も楽しめなくなっていた。

それまで住んでいたワンルームは、壁が薄くて、隣の生活音がいつも気になった。校了前の修羅場で何日も家に帰れず、たまに帰ると、部屋は知らない人の部屋みたいに冷たかった。

詩織(……もう、ここにいたくない)

そう思った夜、衝動的に検索して見つけたのが、郊外の古い一軒家を改装したシェアハウスだった。築六十年の木造二階建て。元は建具屋だったらしく、玄関を入ってすぐに、広い土間がそのまま残っている。男女合わせて四人で暮らす、こぢんまりとした家。

内見の日、案内してくれた同居人の美和さんは、にこにこと言った。

美和「ここね、夜になると土間から変な音がするけど、気にしないでね。住んでるうちに、子守唄になるから」

詩織「変な、音?」

美和「うん。すーっ、すーっ、てね。朔くんが木を削る音」

そのときは、意味がよくわからなかった。 ただ、活字から遠い場所に身を置けるなら、それだけでよかった。私は即決で、その家の二階の一室を借りた。

引っ越して三日目の、夜中だった。

職場のことが頭から離れなくて、ベッドに入っても眠れない。校了の夢を見ては飛び起きる。私はそういう夜を、もう何ヶ月も繰り返していた。

喉が渇いて、水を飲みに一階へ降りた。 そのときだった。暗い廊下の先、土間のほうから、ほのかな灯りと——音が、聞こえてきた。

すーっ……すーっ……

美和さんが言っていた、あの音だ。 規則正しくて、どこか優しい。木を、何かで削っているような音。

私はつい、灯りのほうへ吸い寄せられた。

土間に作業台が置かれ、裸電球の下で、ひとりの男の人が、長い板に鉋(かんな)をかけていた。背が高くて、肩幅が広い。袖をまくった腕に、削るたび筋が浮かぶ。手元から、薄い薄いかんなくずが、ひらひらと舞い落ちていた。

「……眠れない?」

声をかけられて、私はびくっとした。彼はこちらを見ずに、手元に目を落としたまま言った。低くて、静かな声だった。

詩織「あ、すみません。音が聞こえて、つい」

「気にしなくていい。うるさかったなら、謝る」

詩織「いえ……むしろ、いい音だなって」

そう言ってから、自分の言葉に少し驚いた。「いい」なんて感想を、誰かに素直に伝えたのは、いつぶりだろう。

「真壁朔(まかべさく)。家具を作ってる。よろしく」

詩織「七瀬詩織です。三日前に、二階に越してきて」

「知ってる。美和さんが、新しい人が来たって、はしゃいでた」

朔さん、と名前を覚えた。三十一歳だと、あとで美和さんから聞いた。 木工作家として、家具のオーダーを受けて暮らしている。昼間は外の貸し工房にいて、夜はここで、自分の作品をつくっているのだという。

私はその夜、しばらく土間の隅に立って、彼が木を削るのを見ていた。 無駄のない手の動き。木を見る、まっすぐな目。 活字の粗ばかり探していた私の目が、その夜だけは、ただ綺麗なものを見ていた。

それから、私の夜は少し変わった。

眠れない夜、私は水を飲むふりをして、土間へ降りるようになった。 朔さんはいつも、そこにいた。鉋をかけ、鑿(のみ)で彫り、紙やすりで木肌を整えている。私が降りていっても、彼は驚かない。「来たのか」とも言わない。ただ、土間の隅に置かれた古い丸椅子を、少しだけこちらへ向けてくれる。

座っていい、ということだと気づくのに、二晩かかった。

詩織「邪魔じゃ、ないですか」

「しゃべらないなら、邪魔にならない」

詩織「……はい。黙ってます」

「黙らなくてもいい。手は止めないってだけ」

その不器用な言い方が、なぜか私には、ちょうどよかった。 職場では、一日中ことばに気を張っている。正しいか、間違っていないか、誰かを傷つけないか。でもこの土間では、何も言わなくていい。

詩織(……息が、しやすい)

私は丸椅子に座って、木屑の匂いを吸い込んだ。 甘くて、少し青くて、雨上がりの森みたいな匂い。 すーっ、すーっ、という鉋の音が、ほんとうに、子守唄のように耳に馴染んでいった。

ある夜、朔さんが、手のひらに乗るくらいの小さな木の塊を、ぽんと私に渡してきた。

「持ってみて」

詩織「これ……何ですか?」

「端材。けやき。手に馴染むように、角だけ落としてある」

握ってみると、すべすべしていて、ほんのり温かかった。木なのに、人肌みたいに。

「眠れない夜、それ握ってると、少しましだって人がいた」

詩織「……朔さんも、眠れないんですか」

「昔はね」

それ以上は、言わなかった。 でも私は、その小さなけやきを、その夜から枕元に置くようになった。

私が朔さんを、ただの同居人として見られなくなったのは、ある雨の夜だった。

その日、私は仕事で大きなミスをしかけた。校了の直前、私が見落としていたら、固有名詞が一文字、間違ったまま刷られるところだった。間に合ったから事故にはならなかった。けれど、間に合わなかった世界を想像するだけで、帰りの電車で手が震えた。

家に着いても、震えは止まらなかった。 私はかばんを置くのもそこそこに、土間へ降りた。理由なんて、考えなかった。ただ、あの音のする場所へ行きたかった。

「……顔色、悪い」

板に目を落としていた朔さんが、私を見るなり、初めて、手を止めた。 鉋を置いて、こちらへ二歩、近づいてくる。

詩織「だい、じょうぶです。ちょっと、仕事で」

「だいじょうぶな人は、そんな手をしてない」

言われて、初めて気づいた。膝の上で、私の両手が、白くなるほど固く握りしめられていた。 朔さんは、私の前にしゃがんだ。そして、何も言わずに、その大きな手で、私のこぶしを、上からそっと包んだ。

びくっと、肩が跳ねた。 でも、振りほどけなかった。彼の手は、木屑で少しざらついていて、あたたかくて、ゆっくりと、私の指を一本ずつ、開かせていく。

「力、抜いて。ここには、間違いなんてない」

詩織「……」

「木は、削りすぎたらやり直せない。でも、削る前に、何回でも見ていい。急がなくていいんだ。あんたの仕事と、たぶん同じ」

その言葉が、ずっと張り詰めていた私の、どこか深いところに触れた。 ぽろっと、涙がこぼれた。 止めようとしたのに、次々と、膝の上の彼の手に落ちていく。

「……泣いていい。誰も見てない」

詩織「……っ、すみ、ません……っ」

私は、子供みたいに泣いた。 朔さんは何も言わず、ただ私の手を包んだまま、雨の音が聞こえなくなるくらい、長いあいだ、そこにいてくれた。

詩織(この人の前でだけ、私は、ちゃんと弱くなれる)

そう気づいたとき、もう、ただの同居人には戻れないと、わかってしまった。

翌週の日曜、朔さんが珍しく、昼間に私を誘った。

「木を、見にいかないか」

詩織「木、ですか?」

「製材所。いい板が入ったって、連絡が来た。……一人で行くつもりだったけど」

語尾を濁すその言い方が、彼なりの精いっぱいの誘いなのだと、もうわかるようになっていた。 私は、行きます、と即答した。

梅雨の合間の、晴れた一日だった。 郊外の製材所には、天井まで届くほどの板が、何百枚も立てかけられていた。朔さんは、まるで本を選ぶみたいに一枚ずつ板を見て、節の位置や木目を、指でなぞっていく。

「これ、見て。この木目、波打ってるだろ。風の強い斜面で育った証拠だ」

詩織「……木にも、生きてきた跡が、残るんですね」

「全部残る。隠せない。だから、面白い」

その横顔を、私は気づけば、ずっと目で追っていた。 木を語るときの朔さんは、いつもより少しだけ、子供みたいな顔をする。寡黙な人の、夢中になっている瞬間。それを見ているだけで、胸の奥が、じんわり温かくなった。

帰り道、夕暮れの土手をふたりで歩いた。

詩織「朔さんは、どうして、家具を作る人になったんですか」

「……前は、会社で図面を引いてた。設計。でも、画面の中の線ばっかり引いてたら、自分が何を作ってるのか、わからなくなった」

詩織「……それ、わかります。すごく」

「だろうな。あんた、いつも、ことばに削られてる顔してる」

図星すぎて、私は思わず笑ってしまった。声をあげて笑ったのなんて、何ヶ月ぶりだろう。

「……笑った顔のほうが、いい」

詩織「えっ」

「……いや。なんでもない」

ぷいっと前を向いてしまった朔さんの、耳が、夕日のせいだけじゃなく、赤かった。 それに気づいた瞬間、私の心臓も、ばかみたいに跳ねた。

詩織(……期待してる、って思われたくない。でも)

詩織(——それでも、この人ともっと、近づきたい)

その夜は、また雨が降った。

製材所から帰って、夕飯を食べて、お風呂に入っても、私は昼間の朔さんの「笑った顔のほうが、いい」を、何度も反芻していた。眠れるはずがなかった。

だから、私は土間へ降りた。 今夜は、水を飲むふりすら、しなかった。

朔さんは、いた。 けれど、いつもと違って、手を動かしていなかった。作業台に両手をついて、何か考え込むように、ひとつの板を見つめている。

詩織「……今日は、削らないんですか」

「……削れない。手元が、落ち着かなくて」

詩織「どうして」

「……あんたが、来るかもしれないと思うと」

裸電球の下で、朔さんが、ゆっくりこちらを向いた。 いつも木しか見ていなかったその目が、まっすぐに、私だけを見ていた。

「七瀬さん。……いや、詩織さん」

詩織「……はい」

「俺は、口下手だ。気の利いたことも言えない。でも、毎晩あんたがここに来るのを、待つようになってた。たぶん、ずいぶん前から」

雨の音が、急に遠くなった。 私は、自分の鼓動だけを聞いていた。

詩織「……私も、です」

「……」

詩織「眠れないから来てたんじゃなくて。朔さんに、会いたくて。ここに、来てたんです」

言ってしまった。ことばを仕事にしているのに、こんなにまっすぐな一文を、誰かに向けたのは、初めてだった。

朔さんが、ゆっくり距離を詰めてくる。 木屑の匂いが、近づく。 私は、逃げなかった。逃げたくなかった。

大きな手が、私の頬に触れた。さっき板を見ていた、そのままの温度で。

「……いいか」

詩織「……はい」

目を、閉じた。 唇が、そっと重なった。

ちゅ……

雨の夜の土間で、木の匂いに包まれて。 触れるだけのキスは、すぐにほどけて、私の名前を確かめるみたいに、もう一度、深く重なった。

詩織「んっ……」

朔さんの手が、私の後頭部に回る。 舌が、おずおずと唇をなぞって、私はそっと口を開いた。

れろ……ちゅ……

詩織「ん……っ♡」

不器用なキスだった。 でも、その不器用さが、彼の本気みたいで、私は彼のシャツを、きゅっと握りしめた。

「……詩織さん。ここじゃ、寒い」

詩織「……朔さんの、部屋」

「……いいのか」

詩織「連れて行って、ください」

朔さんの部屋は、土間の隣の、元は建具を仕舞っていたという和室だった。

木の本棚に、道具と図面と、無垢の小箱がいくつも並んでいる。彼が作ったものなのだと、すぐにわかった。畳の匂いと、ほのかな木の香り。あたたかくて、彼らしい部屋だった。

襖を閉めた瞬間、私は背中から、そっと抱きしめられた。

詩織「あっ……♡」

うなじに、彼の唇が触れる。 ちゅ、ちゅ、と、確かめるように。 削るときと同じ、ゆっくりとした、丁寧な触れ方だった。

「……怖かったら、言って。すぐ止める」

詩織「……止めないで。ください」

私が振り返ると、朔さんは、少しだけ困ったように笑って、もう一度キスをくれた。 今度は、さっきより深く。彼の手が、私の部屋着の裾から、そっと忍び込んでくる。

詩織「んっ……♡」

木を扱う、節くれだった手のひら。 それが、私の素肌をなぞると、ぞくぞくと、背筋が震えた。

そっと畳の上に横たえられる。 朔さんが、私の部屋着のボタンを、ひとつずつ外していく。急がない。本当に、何度でも見ていいと言わんばかりに。

詩織「あんまり……見ないでください♡ 恥ずかしい」

「……綺麗だ。木と違って、世辞は言えない」

詩織「……っ、もう♡」

前を開かれて、淡い色の下着が露わになる。 彼の指が、ブラのホックにかかった。ぷつん、と外れて、胸がこぼれ落ちる。

詩織「やっ……♡」

「……手で触れていいか」

詩織「……うん♡」

大きな手が、そっと胸を包んだ。 ふにっ……

詩織「んっ……♡」

驚くほど、優しかった。 壊れ物を扱うみたいに、ゆっくりと揉みながら、彼の親指が、先端をかすめる。

こりっ……

詩織「ひゃっ♡♡ そこ……っ♡」

びくんと、腰が跳ねた。 朔さんは、私の反応を確かめるように、もう一度、そこを指の腹で転がす。

「……ここ、弱いんだ」

詩織「言わないで……っ♡」

片方を指で弄りながら、彼が、もう片方に顔を寄せた。 ちゅっ……れろ……ちゅぱっ……

詩織「んあっ♡♡ だめっ……声、出ちゃう♡」

私は手の甲で、口を押さえた。 他の住人に、聞こえてしまう。なのに、止められない。

「……いい声だ」

詩織「やっ、聞かないで……っ♡♡」

左右の先端を、交互に舌で転がされて、私の体は、どんどん熱くなっていく。 やがて朔さんの手が、私の下着の上から、そっと脚の付け根に触れた。

詩織「あっ……♡」

「……下も、いいか」

詩織「……はい♡」

下着越しに、彼の指が、すじをなぞる。 くちゅ、と、もう湿った音がした。

「……濡れてる」

詩織「言わないでってば……っ♡♡」

下着を、ゆっくり引き下ろされる。 内ももが、しっとりと濡れていて、私は思わず脚を閉じようとした。けれど、彼の手が、優しくそれを開かせる。

「……隠さないで。ちゃんと、見せて」

詩織「……っ、もう、知らない♡」

彼の指が、花弁にそっと触れた。 くちゅ……

詩織「ひあっ♡♡」

すじに沿って、ゆっくり上下になぞられる。 触れられるたび、奥から、新しい蜜があふれてくるのがわかった。

くちゅ……くちゅ……

詩織「あっ♡ んっ♡ そこ……っ♡♡」

やがて、彼の指先が、小さな突起を探り当てた。 くりっ……くりくりっ……

詩織「んんっ♡♡♡ それ、だめっ……♡」

腰が、勝手にびくびくと跳ねる。 クリを転がしながら、彼の中指が、ゆっくりと、私の中に沈んでいく。

ずぷっ……

詩織「んああっ♡♡♡」

詩織(指、入ってる……っ。なのに、優しくて、こわいくらい気持ちいい)

中は熱くて、彼の指を、きゅうっと締め付けた。 ぐちゅ……ぐちゅぐちゅ……

「……すごい、締まる」

詩織「言わ、ないで……っ♡♡」

指を曲げて、お腹側の壁をこすられる。 ぐりぐりっ……

詩織「ひぃっ♡♡♡ そこ、すごいっ……♡♡」

弱い場所をこすりながら、親指で、同時にクリを刺激される。

詩織「あっ♡♡ 両方は、だめっ……おかしくなるっ♡♡♡」

体が、がくがくと震え始めた。 お腹の奥が、きゅうっと収縮していく。

詩織「いくっ♡♡♡ 朔さんっ、私っ……いっちゃうっ♡♡♡♡」

びくんっ♡♡♡

きゅうぅぅっと指を締め付けて、私は、彼の手の中で、果てた。 力が抜けて、畳の上に、ぐったりと沈み込む。

詩織「はぁ……っ♡ はぁ……♡」

「……だいじょうぶか」

詩織「……うん♡ すごく、よかった……♡」

息を整えながら、私は、潤んだ目で彼を見上げた。 そして、自分から、彼のシャツのボタンに手を伸ばした。

詩織「……朔さんも。今度は、私が」

シャツを脱がせると、木を扱う人らしい、引き締まった体が現れた。 ズボンを下ろすと、すでに限界まで張り詰めたものが、飛び出してくる。

詩織「……っ、大きい♡」

「……あんたが、可愛いから」

詩織「……もう♡」

私は、そっと両手で、それを包んだ。 熱くて、硬くて、彼の鼓動が、そこに伝わってくるみたいだった。

詩織「……苦しそう」

ゆっくり、上下に手を動かす。 しゅっ……しゅっ……

「……っ」

いつも無口な朔さんが、小さく息を詰めた。 その反応が嬉しくて、私は顔を近づけ、先端に、そっと唇を落とした。

ちゅ……

「……詩織さん」

詩織「気持ちよく、なってください♡」

舌を出して、れろ、と裏筋を舐め上げる。 それから、ゆっくりと、口に含んだ。

ずぷっ……ちゅぱっ……

詩織「んっ♡ んむっ♡」

頭を、ゆっくり上下に動かす。 私の口の中で、彼のものが、さらに硬くなっていくのがわかった。

「……っ、詩織さん、待って。それ以上は」

詩織「……ん?♡」

私が口を離すと、唾液が、つうっと糸を引いた。 上目遣いに見上げると、朔さんが、たまらないという顔をしていた。

「……あんたが、欲しい」

詩織「……私も。朔さんが、欲しいです」

そっと、畳の上に組み敷かれる。 脚の間に、彼が体を進めてきた。 先端が、入り口に、ぬるりと触れる。

「……ゴム、つけるか」

詩織「……今日は、大丈夫な日だから♡ このまま、来てください」

詩織(こんなに誰かを、まるごと欲しいと思ったのは、初めて)

朔さんが、私の手を、ぎゅっと握った。 そして、ゆっくりと、腰を進めてくる。

ずぷっ……

詩織「ぁあああっ♡♡♡♡」

熱い。 彼が、私の中を、ゆっくりと押し広げていく。 急がないその進み方が、削るときと同じで、私は涙が出そうになった。

ずず……ずずずっ……

詩織「んんっ♡♡♡ 奥まで、来てる……♡♡」

「……痛くないか」

詩織「だいじょうぶ……♡ もっと、感じたい♡」

最奥まで、隙間なく、彼に満たされる。 しばらく、ふたりで、息を整えた。 繋がったまま、彼が、私の額にキスを落とす。

「……動く」

詩織「うん……♡ 来て♡」

ずちゅっ♡ ずちゅっ♡♡

詩織「あっ♡♡ あっ♡♡ んっ♡♡♡」

ゆっくりとした、けれど深い律動。 彼が腰を引くたび、奥がきゅんと切なくなって、突き込まれるたび、目の前が白くなる。

ぱんっ♡ ぱんっ♡

詩織「朔さんっ♡♡ 気持ち、いいっ……♡♡♡」

「……俺も。詩織さんの中、すごい」

だんだん、リズムが速くなっていく。 ぐちゅっ♡ ぬちゅっ♡ ぱんっ♡♡

詩織「あんっ♡♡ 奥っ♡♡ 奥に、当たってるっ……♡♡♡」

いつも張り詰めていた私が、彼の下で、どんどんほどけていく。 ことばなんて、もう何も浮かばない。ただ、気持ちいいと、好きだと、それだけだった。

詩織「やだっ……♡♡ 私、こんな……っ♡♡♡」

「いいんだ。……そのままの詩織さんが、見たい」

詩織「……っ、朔さんっ♡♡♡」

私は、彼の背中に腕を回して、しがみついた。 彼の汗ばんだ肌と、私の肌が、ぴったりと重なる。

ぱんっぱんっぱんっ♡♡♡

詩織「声っ♡♡♡ 出ちゃうっ……みんなに、聞こえちゃうっ♡♡♡♡」

「……雨が、消してくれてる」

詩織「やだっ♡♡♡ でも、止まらないっ……♡♡♡♡」

外では、雨が、屋根を激しく叩いていた。 古い建具屋の家に、雨音と、肌のぶつかる音と、私の声が、満ちていく。

ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡

詩織「もうっ♡♡♡♡ いっちゃうっ……朔さんっ♡♡♡♡」

「……俺も、もう。詩織さん、中に出していいか」

詩織「出してっ♡♡♡♡ 全部、中にっ……♡♡♡♡♡」

ずんっずんっずんっ♡♡♡

詩織「イクッ♡♡♡♡♡」

「……っ、出る」

びゅるっ♡♡ びゅるるっ♡♡♡ どくどくっ♡♡♡♡

詩織「んんんっ♡♡♡♡♡♡」

私の最奥に、熱いものが、どくどくと注ぎ込まれる。 体がびくびくと痙攣して、私は、彼をぎゅうっと締め付けた。

詩織「はぁ……♡♡ あったかい……♡♡♡」

ぐったりと力を抜いた私を、朔さんが、繋がったまま、強く抱きしめてくれた。 彼の心臓の音が、私の胸に、まっすぐ伝わってくる。

「……詩織さん」

詩織「……はい♡」

「うまく言えないけど。……これからも、毎晩、ここに来てほしい」

不器用な、けれど、まっすぐすぎる言葉だった。 私は、彼の胸に顔を埋めて、こくんと頷いた。

詩織「……はい。毎晩、来ます。朔さんのところに」

しばらく抱き合ったあと、私たちは、もう一度、ゆっくりと体を重ねた。

二度目は、繋がったまま、ずっとキスをしていた。 窓の外では、いつの間にか、雨が小降りになっていた。

詩織「……朔さん。私ね、本が、読めなくなってたんです」

「……仕事のせいで?」

詩織「うん。粗ばっかり探すようになって。好きだったはずなのに、苦しくて」

「……」

詩織「でも。この家に来て、朔さんの削る音を聞いてたら……なんか、また、いいなって思えるものが、増えた気がするんです」

彼は、しばらく黙っていた。 それから、私の髪を、大きな手で、そっと撫でた。

「……それなら、よかった」

「木も、削りすぎたら戻らない。あんたも、削られすぎる前に、ここに来た。……正解だ」

詩織「……ふふ。校閲みたいなこと言う」

「あんたに、移ったのかもな」

二人で、小さく笑い合った。 笑うと、また少し、唇が触れた。

それから、私たちの夜は、ふたりのものになった。

仕事で擦り切れて帰ってきた夜は、土間へ降りる。 朔さんは、すーっ、すーっと木を削りながら、「来たのか」とは言わず、丸椅子をこちらへ向けてくれる。私はそこに座って、木屑の匂いの中で、ようやく、息を吐く。

ある夜、私が丸椅子で、うとうとしていると、

「……できた」

朔さんが、作りかけだったものを、私の膝に乗せた。 小さな、けやきの文鎮だった。手に馴染むように、角がぜんぶ、優しく落としてある。

「校閲、原稿が動くんだろ。これ、置いとけば、ましかと思って」

詩織「……私のために、作ってくれたんですか」

「……ずっと、あんたのこと考えながら、削ってた」

ことばが、出てこなかった。 かわりに、私は、その文鎮をぎゅっと握って、彼の隣に立った。

翌朝、私は、その文鎮を会社の机に置いた。 原稿の上で、それは、どっしりと、けれど優しく、紙を押さえてくれた。 木目に指で触れるたび、夜の土間と、彼の手のぬくもりを、思い出す。

不思議なことに、その日から、私はまた、本を一行ずつ、楽しめるようになっていた。

ある休日の昼下がり、台所で、美和さんがにやにやしながら、私に言った。

美和「詩織ちゃんさあ、最近、朔くんの工房に入り浸ってない?」

詩織「えっ。べ、別に、音が、子守唄で」

美和「子守唄ねえ。朔くん、詩織ちゃんが来てから、めちゃくちゃ作品作るの速くなったんだけど」

詩織「……っ」

私が固まっていると、ちょうど工房から、朔さんが出てきた。

美和「ねえ朔くん、正直に言いなよ。詩織ちゃんと、付き合ってるんでしょ」

「……ああ。付き合ってる」

詩織「えっ」

「隠すことじゃない。……俺の、大事な人だ」

きっぱりと言われて、私は、耳まで真っ赤になった。 美和さんが「やだもう、ごちそうさま!」と笑いながら、台所を出ていく。

詩織「……朔さん。さらっと、そういうこと言うの、ずるいです」

「……ことばは、苦手だ。でも、嘘は、もっと苦手なんだ」

その不器用なまっすぐさに、私はまた、胸を撃ち抜かれてしまう。

初夏の夜。 窓を開けると、雨上がりの、青い葉の匂いがした。

私は今夜も、土間へ降りる。 すーっ、すーっ、と、彼が木を削る音がする。 それは、この家で一番好きな音で、私にとっての、いちばん安心できる場所の音になった。

「……来たのか」

詩織「はい。今夜も、来ました」

丸椅子に座って、けやきの端材を握る。 手のひらに馴染む、人肌みたいな温度。

詩織「朔さん」

「ん」

詩織「私、ずっと、ことばに削られてたけど。……朔さんに削られるのは、なんでこんなに、気持ちいいんでしょうね」

「……それは。俺が、あんたを、壊さないように削ってるからだ」

手を止めずに、彼が、ぼそりと言う。 木屑が、裸電球の光の中を、ひらひらと舞った。

ことばを仕事にしてきた私が、ことばの少ないこの人の隣で、いちばん、ことばのいらない安心を見つけた。

擦り切れて逃げ込んだはずのこの家が、いつのまにか、帰ってきたいと思える、たったひとつの場所になっていた。

私は丸椅子を、彼のほうへ、少しだけ寄せる。 すーっ、すーっ、という音の中で、私たちの夜は、今日も、静かに重なっている。

― 終 ―


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