三十歳の誕生月に親友に連れて行かれた婚活パーティーで、向かいの席に座ったのは四年前に私が手放した元カレだった話

六月の夜の街は、まだ少しだけ昼の熱を残していた。

私、七瀬詩織(ななせしおり)、今月で三十歳になった。都内の制作会社で、企業サイトの企画やディレクションをしている。仕事は嫌いじゃない。むしろ、好きだ。ただ——恋愛のほうは、もうずいぶん長いこと、お休みしていた。

(なんで私、こんなところに座ってるんだろう)

ガラス張りのおしゃれなダイニングラウンジ。やわらかい照明、グラスの触れ合う音、男女がぎこちなく向かい合う、平日夜の婚活パーティー。胸元には『詩織』と書かれた名札。三十になったばかりの私が、なぜここにいるのかというと——全部、隣でにこにこしているこの親友のせいだった。

「いいから、いいから。三十の節目に、ね? 出会いは行動した人にしか来ないんだから」

「麻衣、あのね。私、別に焦ってないんだけど」

「焦ってないって言いながら、もう四年も誰とも付き合ってないでしょ。はい、申込み済ませました。逃げ場なし!」

幼馴染の麻衣(まい)は、こういうとき、本当に容赦がない。気づいたら二人分の参加費を払われていて、私は逃げ場を失っていた。

このパーティーは、回転式というやつらしい。女性は席に座ったまま、男性が数分ごとに席を移動して、一人ずつ向かいに座って話す。チャイムが鳴ったら、次の人へ。流れ作業みたいな出会いに、私は最初から半分あきらめていた。

(適当に相槌打って、終わったら麻衣とご飯食べて帰ろう)

そう、思っていた。三人目までは。


四人目のチャイムが鳴った。

向かいの席が一度空いて、次の男性が座る気配がする。私は名札用のプロフィールカードに目を落としたまま、半分上の空で顔を上げた。

「……えっ」

低い声が、固まった。

その声に、私の心臓が、どくん、と跳ねた。聞き間違えるはずがない。四年ぶりでも、十年経っても、たぶん私はこの声を、どこでだって拾ってしまう。

ゆっくり顔を上げる。向かいに座っていたのは、少しだけ大人びた、けれど間違いようのない——。

「……律?」

真壁律(まかべりつ)、三十二歳。大学のサークルの先輩で、社会人になってから二年付き合った、私の元カレ。その人が、私と同じ婚活パーティーの席で、目を丸くして固まっていた。

「詩織……だよな。うわ、まじか」

「な、なんで律がここに……」

「それはこっちのセリフだよ」

二人して、声をひそめて狼狽える。周りの参加者は、それぞれの会話に夢中で、こちらの異変には気づいていない。にぎやかな店内で、私たちの席だけ、急に時間の流れが変わったみたいだった。

(どうしよう。心臓、うるさい)

落ち着け、と自分に言い聞かせる。でも、四年前に自分から手放したはずの人が、目の前で困ったように笑っているのを見て、平気でいられるわけがなかった。


四年前のことを、私は、たぶんずっと忘れられないでいる。

律とは、私が二十四、彼が二十六のときに付き合い始めた。穏やかで、私の話をちゃんと最後まで聞いてくれる人だった。喧嘩らしい喧嘩もしなかった。このまま、ゆっくり当たり前に一緒にいられるんだと、私は勝手に思っていた。

転機は、二年目の冬。律に、福岡への転勤の辞令が出た。最低でも三年。

「遠距離になるけど……俺は、続けたい。詩織さえよければ」

あのとき、律はそう言ってくれた。なのに私は——その手を、取れなかった。当時の私は、ちょうど大きなプロジェクトを任され始めたところで、仕事に必死で、自分のことで精一杯だった。月に一度会えるかどうかの関係を、続けていく自信がどうしても持てなかった。

「……たぶん、私たち、うまくいかないと思う。お互い、無理して、すり減らせちゃう前に」

別れを切り出したのは、私のほうだった。律は、引き止めなかった。ただ、「……わかった。詩織がそう決めたなら」とだけ言って、静かに受け入れた。その物分かりのよさが、あのときの私には、いちばんこたえた。

それから四年。私は仕事に打ち込んで、後悔しないふりをして生きてきた。新しい恋をする気にもなれなかった。誰と会っても、心のどこかで、あの穏やかな声と比べてしまう自分がいたから。

(その人が、よりにもよって、こんな場所で)

偶然にしては、できすぎている。私は膝の上で、ぎゅっと手を握りしめた。


「えっと……詩織は、その、こういうの、よく来るの?」

「まさか。今日が初めて。友達に、無理やり連れてこられて」

「あはは、俺もだよ。会社の同期に、『お前そろそろ動け』って。半分むしり取られるみたいに、申込まされた」

ぎこちなく交わす言葉が、少しずつほどけていく。律は、四年前より少しだけ大人びて、スーツの着こなしも様になっていた。でも、困ったときに右の眉だけ下げる癖は、昔のままだった。それに気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

「福岡は、もう……」

「ああ、先月、東京本社に戻ってきたんだ。ちょうど、転勤の期間が終わって」

——戻ってきた。その一言が、なぜか、やけに大きく聞こえた。

(戻ってきて、最初に来た出会いの場で、私と再会するなんて)

聞きたいことが、山ほどあった。今、誰かと付き合っているのか。元気にしていたのか。あのとき、本当はどう思っていたのか。でも、そのどれも、こんな数分の席で聞けるわけがない。

そう思った矢先に、無情にもチャイムが鳴った。次の人へ移動する合図。律が、名残惜しそうに腰を浮かせる。

「……あー、もう時間か」

「……うん」

「詩織。あとで、ちょっとだけ、いい? このまま流れ解散は、さすがに……話したいことがある」

「……うん。私も」

気づいたら、頷いていた。律は、ほっとしたように笑って、次の席へ移っていった。その背中を、私は思わず目で追ってしまう。残りのパーティーの時間、誰が向かいに座っても、私の頭の中は、もう律のことでいっぱいだった。


パーティーがお開きになると、私は麻衣に「ごめん、ちょっと知り合いに会って」と耳打ちした。麻衣は一瞬きょとんとして、それから、私の視線の先にいる律に気づいて、にやりと笑った。

「……ふぅん? 知り合い、ねえ。詩織、あんたいま、めちゃくちゃいい顔してるよ」

「な……っ、してないよ」

「してるしてる。いいから行っといで。私のことは気にしないで。むしろ、行かなかったら一生後悔するやつでしょ、その顔は」

幼馴染は、こういうとき、本当に全部お見通しだ。麻衣は私の背中をぽんと押すと、「報告、待ってるからね!」と手を振って、さっさと帰っていった。

店の外で、律が待っていた。夜風が、昼の熱をようやく冷ましはじめていた。

「待たせてごめん。……このへん、静かなバーがあるんだ。少しだけ、どう?」

「うん。……行く」

並んで歩く。肩が触れそうで触れない、その距離が、妙にくすぐったかった。四年前は、当たり前みたいに繋いでいた手。今は、どこにも行き場がなくて、私はバッグの持ち手をぎゅっと握った。

(変なの。元カレと、こんなにドキドキするなんて)

期待してる、なんて思われたくない。そう思うのに、隣を歩く律の歩幅が、昔と同じように、私に合わせてゆっくりなことに気づいて、胸の奥がじんと温かくなった。


連れていかれたのは、カウンターだけの、小さなバーだった。間接照明の落ち着いた店内に、客はまばら。私たちは、いちばん奥の席に並んで腰かけた。

律はジントニックを、私は白ワインを頼んだ。グラスが届くまでの沈黙が、少しだけ気まずくて、でも、不思議と嫌じゃなかった。

「……四年ぶり、だな」

「うん。……律、変わってないね」

「そうかな。詩織は……きれいになった」

さらっと言われて、私はワインのグラスに逃げるように口をつけた。顔が熱い。きっと、お酒のせいだけじゃない。

少しお酒が入ると、律は、ぽつりぽつりと、本当のことを話しはじめた。

「あのさ。あのとき……福岡に行く前。俺、本当は、もっとちゃんと引き止めたかったんだ」

「……え」

「『わかった』なんて、物分かりのいいふりして。ほんとは、全然わかってなかった。詩織を困らせたくなくて、聞き分けのいい男のふりしただけ。……ずっと、後悔してた」

その言葉に、四年前の私が、胸の奥でぐらりと揺れた。私は、グラスの中の透明な水面を見つめたまま、震える声で答えた。

「……それ、こっちのセリフだよ。引き止めなかったのも、別れを言ったのも、私のほうなのに」

「詩織は、後悔、してた?」

「……っ」

ずるい聞き方だ。律は、昔から、いちばん肝心なところを、静かに突いてくる。私は、もう、ごまかせなかった。

「……してた。仕事は、好きだよ。続けてよかったって思う。……でも、ずっと考えてた。あのとき、律の手を取ってた私は、今ごろ、どこで、どんな顔して笑ってたんだろうって」

四年間、誰にも、自分にすら言えなかった本音だった。言い終えたとき、目の奥が熱くなって、私は慌てて瞬きをした。


律が、カウンターに置いた私の手に、自分の手をそっと重ねた。大きくて、少し冷たい、けれど確かに覚えている手だった。

「詩織。俺、今、付き合ってる人はいない」

「……なんで、今、それ言うの」

「詩織は?」

「……いないよ。四年間、ずっと。……誰と会っても、律と比べちゃってたから」

言ってしまってから、私は耳まで熱くなった。重ねられた手に、ぐっと力がこもる。

「四年前、言えなかったこと、今、言ってもいいか」

「……うん」

「ずっと、好きだった。福岡にいた間も、ずっと。詩織のこと、一日だって、忘れた日はなかった」

私は、顔を上げられなかった。上げたら、絶対に泣いてしまう。それでも、私は、四年前に言えなかった本音を、ちゃんと返した。

「……私も。ほんとは、あのとき、追いかけてほしかった。バカみたいだよね。自分から、終わらせたくせに」

「バカみたいだ。……二人とも」

律が、ふっと笑った。その笑い方が昔のままで、私の涙腺は、もう限界だった。律の手が、私の頬に伸びて、目尻にたまった涙を、親指でそっと拭ってくれる。

「……今日、ここで会えたの、偶然だと思う?」

「……わかんない。でも……もう、逃したくない」

それは、四年前の私には、絶対に言えなかった言葉だった。律が、静かに、私の顔を覗き込む。バーの薄暗がりの中で、彼の瞳が、まっすぐ私を映していた。

「……うち、近いんだ。来る?」

「……うん」

理性とか、明日のこととか、そういうのは、夜風がぜんぶ、どこかへ持っていってしまった。今だけは、四年前に取れなかった手を、ちゃんと握りたかった。


律のマンションは、こぢんまりとした、でも彼らしくきちんと片付いた部屋だった。窓の外に、夜の街の灯りがちらちらと瞬いている。

玄関で靴を脱いだ瞬間から、心臓がうるさかった。律が、私の手をそっと引いて、ベッドの端に座らせる。隣に腰かけた彼の体温が、肩からじんわり伝わってきた。

「緊張してる?」

「……してる。四年ぶり、だもん」

「俺も。……詩織が嫌なら、ちゃんとやめるから」

「やめないで」

自分でも驚くくらい、はっきり言えた。律が、少し目を見開いて、それから、優しく笑う。その笑顔のまま、彼の顔がゆっくり近づいてきて——四年ぶりに、唇が重なった。

ちゅ、と。

「ん……っ」

柔らかくて、温かくて、懐かしい。それなのに、四年分の時間を経た、知らない大人の男の人のキスでもあって、体の芯が、ぞくりと震えた。一度離れて、目を合わせて、どちらからともなく、もう一度、深く重ねる。

ちゅ……ちゅぷ……

「は……ん……」

唇の隙間から舌が触れて、私はおずおずとそれに応えた。四年分の距離が、舌先から、とろとろに溶けていくみたいだった。

キスをしながら、律の手が、私のブラウスのボタンを、一つ、また一つと外していく。その手つきがあんまり優しくて、急かされないことに、かえって体が疼いた。

「……きれいだ。詩織」

「やだ、見ないで……恥ずかしいよ……」

「見たい。四年ぶり、だから」

恥ずかしくて顔を背けたのに、その言葉に、胸の奥が甘く締めつけられた。律の唇が、首筋に降りてくる。

ちゅ……ちゅっ……

「ん……っ」

鎖骨に、肩に、彼の唇が落ちるたびに、肌がぴくんと震える。ブラのホックが外されて、胸が彼の前にこぼれ出た。律の手が、それをそっと包む。

「あ……っ」

「柔らかい。……変わってないな」

「もう……いちいち、言わないで……っ」

やわやわと、形を確かめるように揉まれて、私は枕に顔を埋めたくなる。指の腹が、つんと立ちはじめた先端をかすめると、体がびくっと跳ねた。

「ひゃ……っ、そこ……っ」

「ここ、弱いの、覚えてる」

「……覚えてないでよ、そういうのっ……」

口では強がるのに、律が先端を口に含んで、舌で転がしはじめると、もうだめだった。

れろ……ちゅ……ちゅうっ……

「あ……っ、ん……っ♡ やぁ……っ♡」

甘い声が、勝手に漏れる。気持ちいい。彼の手が、唇が、私の体を、ちゃんと覚えていてくれる。それが、たまらなく嬉しくて、せつなかった。胸を愛撫されながら、もう片方の手が、私の腿の内側を、ゆっくり撫で上げていく。

「ん……っ♡」

「力、抜いて。……痛くしないから」

その声に、自然と体の力が抜けた。律の指が、下着の上から、私のいちばん敏感なところに触れる。

「あっ……♡」

布越しでも、もうそこが熱を持っているのが、自分でもわかった。指がそっと撫でるたびに、腰が小さく揺れてしまう。やがて下着が脱がされて、律の指が、直接そこに触れた。

くちゅ、と。

「ひゃ……っ♡」

「……もう、こんなに」

「言わないで……っ♡ キスの、ときから……っ」

恥ずかしさで消えたいのに、律の指は優しい。敏感な突起を、指の腹でくるくると円を描くように撫でられて、私は彼の腕にしがみついた。

くちゅ……くちゅ……

「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 弱いの……っ♡」

「うん。知ってる」

指が、ゆっくり中へ滑り込んでくる。

ずぷ……っ

「あぁ……っ♡」

熱い。彼の指が、私の中をゆっくり押し広げて、四年前と同じ場所を、確かめるように撫でた。

「ここ、だろ」

「っ♡♡ そこ、やばい……っ♡ 覚えてるの、ずるいよぉ……っ♡」

弱い場所を指の腹で擦られて、同時に親指で突起を転がされて、私の腰は、もう自分の意思では止まらなかった。

くちゅくちゅくちゅっ……

「あっ♡ あっ♡ だめ……っ♡ それ続けたら……っ♡」

「いいよ。イって」

「やっ♡ 見ないで……っ♡ 恥ずかしいの……っ♡♡」

指の動きが速くなって、私の体は、あっという間に高みへ押し上げられた。

「あっ♡ あっ♡ あっ♡——っ♡♡♡」

びくびくっ、と腰が跳ねて、頭の中が真っ白になる。律の腕の中で、私はぎゅっと体を丸めて、達した。

「……イったね」

「……っ、言わないでってば……っ♡」

息を切らせる私の額に、律がそっとキスを落とした。汗で張りついた前髪を、指で優しくよけてくれる。その仕草の優しさに、また泣きそうになった。


「……ねえ、律」

「ん」

「私ばっかり、ずるい。……律のも、ちゃんと、ちょうだい」

自分でも、こんなこと言えるんだ、と思った。でも、律となら、言えた。律が、ごくりと喉を鳴らす。私はゆっくり体を起こして、彼のシャツに手をかけた。脱がせると、四年前より少し引き締まった胸板が現れる。

律が私をそっとシーツに横たえて、覆いかぶさってくる。脚の間に彼の体が割り込んで、熱く張りつめたものが、入り口にあてがわれた。

「詩織。……いい?」

「うん……っ。来て、律」

「……つけるから、待って」

「……うん」

避妊具をつける彼を、私はぼうっと見ていた。ちゃんと私を大事にしてくれる、その律儀さも、昔のままだ。準備を終えて、律がもう一度、私の頬に手を添えた。

「いくよ」

「……優しく、して。四年ぶり、だから……っ」

ずぷ……っ♡

「ん……あぁ……っ♡♡」

先端が入ってきた瞬間、私は彼の背中に腕を回してしがみついた。きつい。でも、とろとろに濡れているから、痛みより、満たされていく感覚のほうが、ずっと大きかった。

ずず……っ

「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」

「……っ、詩織の中、すごく熱い」

根元まで収まって、律がふっと息を吐いた。繋がった場所から、四年分の隙間が、じんわりと埋まっていく。私は、彼の背中にしがみついたまま、震える声で囁いた。

「……繋がってる。私たち、また、繋がってるね……っ♡」

「ああ。……もう、放さない。二度と」

「っ♡♡ そういうの、ずるいってば……っ♡」

律が、ゆっくり動きはじめた。

ずちゅ……ぱちゅ……

「あっ♡ あっ♡ ん……っ♡」

最初は、私の体を気遣う、優しい律動。引くたびに切なくて、奥に届くたびに、声が漏れる。彼の額から落ちた汗が、私の胸にぽつりと落ちた。

「詩織。気持ちいい?」

「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」

「俺も。……ずっと、こうしたかった」

その言葉に、胸の奥が震えた。私は彼の首に腕を回して、自分から唇を求めた。キスをしながら繋がっているのが、こんなに幸せだなんて、四年前の私は知らなかった。だんだん律動が深くなって、奥のいちばん感じる場所を突かれるたびに、私の体は跳ねた。

ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡

「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」

「ここ、好きだろ」

「っ♡♡ 好き……っ♡ 律の、好きっ……♡♡」

口走ってから、それが体のことなのか、彼自身のことなのか、自分でもわからなくなった。たぶん、どっちもだった。律が私の脚を抱え直して、結合が深くなる。

ぱちゅんっ♡♡

「ひあっ♡♡ 深いっ……♡♡」

「詩織、中、すごい締まってる」

「だって……っ♡ 気持ちよくて……っ♡♡」

夜の街の灯りと、二人の息と、肌のぶつかる音が、部屋に満ちる。私は、もう何も考えられなかった。ただ、目の前の人が愛しくて、四年分の想いが、体の奥から溢れてくる。

「詩織……そろそろ……っ」

「うん……っ♡ 私も……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」

律が私をぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速めた。

ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡

「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ イクっ……♡ 律、一緒に……っ♡♡」

「ああ……っ、詩織……っ!」

ぱちゅんっ——♡♡♡

「あぁぁ……っ♡♡♡」

奥でびくびくと跳ねる彼を、私の体が、ぎゅうっと締めつけながら受け止める。二人で、同じ波にさらわれた。律が、私の上で、はぁ、と大きく息を吐いた。汗ばんだ二つの体が、ぴったり重なったまま、しばらく動けなかった。

「……はぁ……っ♡ すごかった……」

「……詩織」

「ん……?」

「好きだ。……もう一回、ちゃんと言わせて。好きだ。今度は、絶対に離さない」

私は、もう我慢できなかった。ぽろぽろと涙がこぼれて、笑いながら泣いた。

「……私も。大好き。四年も、遠回りして、ごめんね」

「お互いさまだ」

律が、涙で濡れた私の頬に、何度もキスを落とした。


気づくと、窓の外の夜が、少しずつ白みはじめていた。

朝の淡い光が、カーテンの隙間から差し込んで、部屋をうっすらと照らしている。私は律の腕に頭を預けて、その光をぼんやり眺めていた。彼の心臓の音が、耳の下で、とくとくと鳴っている。

「……ねえ、律」

「ん」

「私さ、仕事、辞めないよ」

「うん。辞めなくていい。当たり前だろ」

「でも、もう、選ばなくていいんだよね。仕事か、律か、どっちか一個、じゃなくて」

四年前は、仕事を取るなら恋を諦めるしかない、と思い込んでいた。でも、今は違う。律は、もう福岡じゃない。同じ街に、同じ空の下に、ちゃんといる。

「俺、もう転勤ないから。今度こそ、ちゃんと、詩織のそばにいる」

「ふふ。……じゃあ、麻衣に、お礼言わなきゃ」

「麻衣ちゃん?」

「うん。あの子が、無理やり連れて行ってくれなかったら、私、律に会えなかった。……一生、後悔するところだった」

律が、ちょっと笑って、私の頭にキスをした。

「ねえ、律」

「ん?」

「婚活パーティー、もう、行かなくていいよね」

「当たり前だろ。……俺の相手、もう、目の前にいる」

私は、彼の胸に頬をすり寄せた。四年前の私が、どうしても取れなかった手。今、その手は、私の指にしっかり絡んで、もう離れる気配がなかった。

「……腹減ったな。朝飯、作るよ。詩織、卵焼き、まだ甘いの好き?」

「覚えてるの? ……うん。甘いの、大好き」

四年分の遠回りの先で、私はやっと、自分で手放したと思っていた手を、もう一度、握り直した。台所に立つ律の背中を、私はもう、目で追うのを我慢しなかった。

窓の外、白みはじめた六月の空に、新しい一日が、静かに昇りはじめていた。

― 終 ―


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