六月の夕方、特急を降りて二両編成のローカル線に乗り換えると、車窓の景色が一気に緑になった。
俺、結城透(ゆうき とおる)、二十九歳。先月まで、東京のWeb制作会社でディレクターをしていた。していた、というか――半分、潰れかけていた。
(……ほんとに、帰ってきたんだな)
きっかけは、三月の終わりの朝だった。いつものように満員電車に乗ろうとして、ホームで足が動かなくなった。息ができない。心臓だけが、勝手に走る。心療内科で「適応障害ですね、少し休みましょう」と言われて、俺は十一年勤めた東京を、いったん降りることにした。
幸い、会社はフルリモートを認めてくれた。だったら、家賃十二万のワンルームにいる意味もない。俺は荷物をまとめて、山あいの故郷――十八で出ていったきり、盆と正月くらいしか帰っていなかった町へ、戻ってきた。
(空気が、うまい)
無人駅のホームに降りた瞬間、それだけは確かに思った。湿った土と、青い草の匂い。梅雨の晴れ間の夕暮れ。山の稜線が、夕焼けでオレンジに縁取られている。東京では一度も見上げなかった空が、ここにはばかみたいに広く広がっていた。
実家は、駅から歩いて十五分。両親はもう数年前に隣の市のマンションへ引っ越していて、古い一軒家は空き家のまま残っていた。俺はそこを、当面の住処にすることに決めていた。
引っ越しの片づけが一段落した、三日後の夕方。
買い出しに行こうと自転車を引っ張り出して、家の前の細い農道を走らせた。子どもの頃、毎日のように通った道だ。両側に田んぼが広がって、水を張った水面に夕空が映り込んでいる。
集落のはずれ、用水路にかかった小さな橋のたもとに、人だかりができていた。十人ほどの大人が、長靴で水路に入って、何かの作業をしている。傍らに、手書きの立て看板。
『蛍の里づくり 用水路清掃 毎週木曜 夕方六時集合』
(蛍……そういえば、昔この辺、すごかったな)
子どもの頃の記憶が、ふっとよみがえる。六月になると、この用水路の上を、信じられない数の蛍が舞った。手を伸ばせば届きそうな光が、ふわり、ふわりと、夜の田んぼを流れていく。あれは、たぶん俺が見た中でいちばん綺麗な景色だった。
自転車を停めて、なんとなく作業を眺めていると、水路の中から一人の女性が顔を上げた。長靴にジャージ、首にタオル。泥のついた頬。後ろで一つに束ねた髪。日に焼けた、健康そうな横顔。
その人が、俺を見て――目を、丸くした。
「……え。透? 結城透?」
聞き覚えのある声に、心臓が小さく跳ねた。よく見る。その顔を、俺は知っている。十一年、会っていなくても、間違えるはずがなかった。
「……茜?」
朝比奈茜(あさひな あかね)、二十八歳。家がすぐ近所で、保育園から中学までずっと一緒だった、俺の幼馴染。泥だらけの手のまま、彼女は水路から上がってきた。
「うそ、ほんとに透じゃん。なんで? 東京いるんじゃなかったの?」
「……ちょっと色々あって。こっち、戻ってきたんだ。実家に」
「色々って何よ。ていうか、何年ぶり? 成人式以来じゃない?」
茜は昔から、こうやってぽんぽん喋る奴だった。久しぶりに聞く地元の訛りが、なぜか、こわばっていた俺の肩から、少し力を抜いた。
清掃が終わるのを待って、俺たちは用水路沿いの土手に並んで座った。茜が缶のお茶を一本、放るように寄越してくる。
「で? 色々って?」
「……まあ、働きすぎて、ちょっと心が風邪ひいた感じ。しばらく休んで、こっちでリモートで働く」
「ふうん」
茜は、それ以上は突っ込んでこなかった。ただ、お茶を一口飲んで、「無理してたんだね」と、ぽつりと言った。その軽すぎず重すぎない距離感が、今の俺には、やけにありがたかった。
「茜は? ずっとこっちにいたのか」
「うん。短大出て、町役場に入って。今、地域振興課。……この蛍の保全も、半分仕事、半分趣味みたいな感じでやってる」
「役場……すごいな。ちゃんとしてる」
「何それ。透の中の私、どんだけだったの」
けらけら笑う茜の横顔を、夕陽が赤く染めていた。子どもの頃、いつも俺の後ろをついて回っていた、泣き虫の茜。それが今、町のために泥だらけになって働いている。なんだか、まぶしかった。
「蛍、まだいるんだな。この辺」
「……それがね。一回、ほとんど消えたんだよ」
「え?」
「十年くらい前、上流の工事と農薬で、水路が汚れてさ。蛍、ぱったりいなくなったの。私が子どもの頃あんなにいたのに、ゼロ。それが、悔しくて」
茜は、水路の流れを見つめながら、静かに続けた。
「だから、有志集めて、保全はじめたの。水路の掃除して、農家さんに頼んで農薬減らしてもらって、餌になるカワニナっていう巻き貝を、こつこつ増やして。……五年かかって、やっと、ちょっとずつ戻ってきた」
「……一人で、はじめたのか。それ」
「最初はね。今は仲間も増えたけど」
なんでもないことのように言うけれど、それがどれだけ大変なことか、俺にも想像はついた。東京で、自分の心ひとつ守れなかった俺と、この町の蛍を五年かけて取り戻した茜。同い年なのに、立っている場所が、ずいぶん違う気がした。
「ねえ、透。暇なんでしょ。手伝いなよ」
「は?」
「木曜の夕方。人手、いつも足りないの。リハビリにちょうどいいって。ね?」
にっと笑う顔に、昔の面影がそのまま残っていて。俺は、気づいたら頷いていた。
それから俺は、毎週木曜の夕方、用水路に通うようになった。
やることは地味だ。水路に溜まったゴミや落ち葉をすくい、岸の草を刈り、ヘドロが溜まった場所を掘り起こす。カワニナを傷つけないように、そっと。長靴の中に水が入って、泥で全身が汚れる。でも、不思議と、嫌じゃなかった。
「おう、東京帰りの兄ちゃん、筋がいいな」
保全グループの最年長、田所のじいさんが、俺の肩を叩く。元はこの辺の米農家で、誰よりも水路に詳しい、「蛍守」みたいな人だった。
「茜ちゃんもな、よう頑張っとる。あの子がおらんかったら、この水路、とっくに死んどったわ」
「……そうなんですね」
「あの子、ほんまは町出て、もっと大きいとこで働きたかったんと違うかな。けど、おっ母さんの体が弱うてな。ずっとこっちにおる道を選んだんよ」
知らなかった。茜が、そんな事情を抱えていたなんて。東京で自分のことばかり考えていた俺は、地元に残った幼馴染が何を背負っていたのか、何も知らなかった。
少し離れた水路で、茜が子どもたちにカワニナの説明をしている。泥だらけの顔で、楽しそうに笑っている。その横顔を、俺はつい、目で追っていた。
「……兄ちゃん。そんな顔して見とったら、バレるで」
「え」
「はは。まあ、ええわ。蛍、もうじきや。今年は当たり年やで」
じいさんは、いたずらっぽく笑って、向こうへ行ってしまった。残された俺は、なんだか妙に、顔が熱かった。
六月も半ばに差しかかった、ある木曜の夜。
作業のあと、茜が「ちょっと付き合って」と俺の袖を引いた。自転車を押して、二人で水路の上流へ向かう。あたりは、すっかり暗くなっていた。
「この辺がね、いちばん最初に蛍が出る場所なの。毎年、ここから始まるんだ」
「ずいぶん詳しいんだな」
「五年も見てればね。……あ」
茜が、足を止めた。その視線の先――暗い草むらの中に、ぽつん、と、淡い黄緑色の光が灯った。ふわり、と一つ、空中に浮かび上がる。
「……蛍」
「うん。今年の、初蛍」
声を潜めて、茜が言う。光は、ゆっくりと点滅しながら、夜の中を漂っていた。やがて、もう一つ。また一つ。草むらのあちこちで、光が灯りはじめる。
子どもの頃に見た、あの景色。それが、目の前で、もう一度蘇っていく。胸の奥が、じんと熱くなった。
「……すごい。ほんとに、戻ってきたんだな」
「うん。……五年、かかった」
横を見ると、茜が、光をじっと見つめていた。その頬を、蛍の光がほのかに照らしている。泥だらけだったさっきとは別人みたいに、その横顔は、きれいだった。
「……茜は、すごいよ。一人で、こんなことやり遂げて」
「すごくないよ。……ほんとはね」
茜が、少しだけ寂しそうに笑った。
「私、ずっと、ここに縛られてるみたいで、嫌だった時期もあったんだ。みんなどんどん町を出ていくのに、私だけ残されて。透も、いなくなっちゃったしさ」
「……」
「でも、蛍が戻ってきたら、なんか、許せた気がしたんだよね。私がここにいた意味、あったのかなって」
蛍の光が、ふわりと、俺たちの間を横切っていく。俺は、何か言わなきゃと思うのに、うまく言葉が出てこなかった。ただ、この十一年、俺がいない間に、茜がどれだけのものを一人で抱えてきたのか――それが、痛いくらいに伝わってきた。
「……ごめんな」
「なんで透が謝るの」
「俺、勝手に町出て、勝手に東京で潰れて、勝手に帰ってきて。茜が何背負ってたかも、知らなかった」
「……ばか。そんなの、謝ることじゃないでしょ」
茜が、俺の方を向いた。蛍の光の中で、その目が、少し潤んでいるように見えた。
その週末は、梅雨の晴れ間が続いた。風のない、蒸し暑い夜。蛍にとっては、最高の条件なのだという。
『今夜、たぶんピーク。見に来ない?』
土曜の夕方、茜からそんなメッセージが届いた。俺は二つ返事で、いつもの用水路へ自転車を走らせた。
待ち合わせた橋のたもとに、茜が立っていた。今日は、長靴でもジャージでもない。淡い水色のワンピースに、薄いカーディガン。下ろした髪が、夜風に揺れている。作業着姿しか見ていなかったから、俺は一瞬、言葉を失った。
「……なんか、いつもと違うな」
「悪い? たまには、ね。……ほら、行こ」
少し照れたように先を歩く茜の後ろを、ついて行く。水路沿いの道を、上流へ。やがて、二人とも、足を止めた。
――息を、呑んだ。
水路の上、両岸の草むら、田んぼの上。あたり一面に、無数の蛍が舞っていた。何百、何千という淡い光が、ゆっくりと点滅しながら、夜の闇をたゆたっている。まるで、星空がそのまま地上に降りてきたみたいだった。
「……うわ」
「すごいでしょ。今夜が、いちばん」
光の中を、一匹の蛍が、ふわりと飛んできて、茜の差し出した指先に、そっと止まった。淡い光が、彼女の指先で、ゆっくり明滅する。
「ね、透。私、この景色を、もう一回見たくて、五年がんばったの」
茜が、蛍を見つめたまま、静かに言った。
「でね、今年は……透と一緒に見れて、よかった」
その横顔を見ていたら、もう、自分の気持ちを誤魔化せなかった。たぶん、再会したあの日から――いや、もしかしたら、町を出るずっと前から、俺は。
「茜」
「ん?」
「……俺、東京で、何もかも嫌になって帰ってきた。自分のこと、ほんと情けないと思ってた。でも」
指先の蛍が、ふっと飛び立つ。茜が、俺の方を向いた。
「こっち帰ってきて、茜にまた会えて。……今、俺、生きてるって、久しぶりに思えてるんだ。茜のおかげで」
「……透」
「好きだ。幼馴染とか、そういうの抜きで。一人の女として、茜のことが好きだ」
蛍の光だけが、二人の周りを舞っていた。茜の目が、大きく見開かれて――それから、くしゃっと歪んだ。
「……ずるいよ、透」
「え」
「私、ずっと好きだったんだから。透が町出てった時、本当は追いかけたいくらい、好きだったんだから。……それを、今さら」
ぽろ、と、茜の頬を涙が伝った。蛍の光が、その涙を、きらりと光らせる。
「……遅くなって、ごめん」
「ほんとだよ。十一年だよ? 十一年……」
俺は、もう我慢できなくて、茜を抱き寄せた。腕の中で、茜の肩が、小さく震えている。カーディガン越しの体温と、髪から香る、甘い匂い。
「……おかえり、透」
「ただいま、茜」
無数の蛍が舞う川辺で、俺たちは、ずっと抱き合っていた。
「……うち、来る?」
蛍が少しまばらになってきた頃、茜が、俺の胸に顔をうずめたまま、小さな声で言った。
「お母さん、今日は伯母さんちに泊まりで……誰も、いないから」
「……いいのか」
「いいから言ってるの。……ばか」
茜の家は、子どもの頃、何百回も上がり込んだ家だ。でも、今夜は、まったく違う意味で、心臓がうるさかった。手を繋いで、暗い農道を二人で歩く。茜の指が、きゅっと、俺の指を握り返してきた。
通された茜の部屋は、昔とは様変わりしていた。きれいに片づいた、大人の女性の部屋。窓の外から、かすかに、蛙の声が聞こえている。
「茜」
名前を呼ぶと、振り返った茜の頬が、赤く染まっていた。潤んだ目が、まっすぐ俺を見ている。手を伸ばして、その頬にそっと触れた。
「キス、していい?」
「……聞かないでよ、そういうの」
それが、答えだった。ゆっくりと顔を近づけて、唇を重ねる。柔らかくて、温かい。長い時間をかけて、二人の距離が、やっとゼロになった。
ちゅ、と。
「ん……っ」
一度離れて、目を合わせて、どちらからともなく、もう一度、深く重ねる。おずおずと触れてきた舌先に、応える。十一年分の距離が、唇から溶けていくみたいだった。
「は……ん……っ」
キスをしながら、茜の体を、そっと抱き寄せる。薄いカーディガンが、肩からするりと滑り落ちた。
「……電気、消すか?」
「……ううん。透の顔、見えなくなるの、やだ」
そう言われて、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。ベッドの端に、二人で並んで座る。もう一度キスをしながら、ワンピースの背中のファスナーに、そっと手をかけた。じりじりと下ろすと、白い背中が現れる。
「……あんまり、見ないで。恥ずかしい……っ」
「無理だよ。……きれいだ、茜」
「もう……っ」
ワンピースを肩から滑らせると、白い肩と、淡い色の下着が露わになった。日に焼けた腕や顔とは違う、隠れていた肌の白さに、思わず息を呑む。茜が、恥ずかしそうに、胸を両手で隠した。
その手を、そっと外させて、首筋に唇を落とす。
ちゅ……ちゅっ……
「ん……っ」
鎖骨に、肩に、唇を這わせるたびに、茜の体が、ぴくんと震える。背中に手を回して、ブラのホックを外すと、胸が、ふるりとこぼれ出た。手のひらで、そっと包み込む。
「あ……っ」
「柔らかい……」
「言わないでってば……っ」
やわやわと、形を確かめるように揉むと、茜が枕に顔をうずめようとする。指先が、つんと立ちはじめた先端をかすめた瞬間、体がびくっと跳ねた。
「ひゃ……っ♡ そこ……っ」
「ここ、弱いんだ」
「……知らないっ……あっ♡」
先端を口に含んで、舌で転がす。同時に、もう片方を指で優しく弄ると、茜の口から、甘い声が漏れはじめた。
れろ……ちゅ……ちゅうっ……
「あっ♡ ん……っ♡ やぁ……っ♡」
胸を愛撫しながら、もう片方の手で、太ももの内側を、ゆっくり撫で上げていく。茜の脚が、もじもじと、すり合わされた。
「茜……力、抜いて」
「……うん……っ」
下着の上から、いちばん敏感なところに、そっと指で触れる。
「あっ……♡」
布越しでも、もうそこが熱を持って、しっとり湿っているのが、わかった。指でそっと撫でるたびに、茜の腰が、小さく揺れる。やがて下着をずらして、直接、そこに触れた。
くちゅ、と。
「ひゃ……っ♡」
「……もう、こんなに」
「言わないで……っ♡ 蛍見てる時から、変だったんだもん……っ♡」
恥ずかしそうに目を逸らす茜が、たまらなく愛おしかった。敏感な突起を、指の腹でくるくると撫でると、茜が俺の腕に、ぎゅっとしがみついてくる。
くちゅ……くちゅ……
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ だめ……っ♡」
「だめ?」
「だめじゃない……っ♡ 気持ちいいの……っ♡」
指を、ゆっくり中へ滑り込ませる。
ずぷ……っ
「あぁ……っ♡」
熱くて、とろとろに濡れた中が、きゅうっと指を締めつけた。ゆっくり出し入れしながら、奥の感じる場所を探ると、茜の腰が、自分の意思とは関係なく、跳ねはじめる。
くちゅくちゅくちゅっ……
「あっ♡ あっ♡ 透……っ♡ それ、続けたら……っ♡」
「いいよ。イって、茜」
「やっ♡ 恥ずかしい……っ♡♡」
指の動きを速める。茜の体が、みるみる高みへ追い詰められていく。
「あっ♡ あっ♡ あっ♡――っ♡♡♡」
びくびくっ、と腰が跳ねて、茜が俺の腕の中で、体を弓なりに反らした。荒い息をつきながら、とろんとした目で、俺を見上げてくる。
「……イったね」
「……言わないでって、ば……っ♡」
汗で頬に張りついた髪を、指でそっとよけてやる。その仕草に、茜が、また泣きそうな顔で笑った。
「……透も。脱いで」
体を起こした茜が、俺のシャツのボタンに、おずおずと手をかけた。ぎこちない手つきで、一つずつ外していく。脱がせ終えると、少し恥ずかしそうに、俺の胸に、ぺたりと頬をくっつけた。
「……心臓、すごい音」
「茜のせいだ」
「……ふふ」
茜をシーツの上に、そっと横たえる。覆いかぶさると、脚の間に、熱く張りつめたものが当たった。茜が、こくり、と喉を鳴らす。
「茜。……いい?」
「うん……っ。来て、透」
「……ちゃんと、つけるから」
「うん……」
避妊具をつけて、もう一度、茜の頬に手を添える。潤んだ目が、まっすぐ俺を見上げていた。
「……痛かったら、言って」
「うん……優しく、して……っ」
入り口に、そっとあてがう。ゆっくりと、腰を進めた。
ずぷ……っ♡
「ん……あぁ……っ♡♡」
先端が沈み込んだ瞬間、茜が俺の背中に、ぎゅっと腕を回してしがみついた。とろとろに濡れているから、痛みより、満たされていく感覚のほうが、ずっと大きいようだった。
ずず……っ
「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
「……っ、茜の中、すごく熱い」
根元まで収まって、二人とも、しばらく動けなかった。繋がった場所から、十一年分の距離が、じんわりと埋まっていく。茜が、震える声で囁いた。
「……透と、繋がってる。やっと……っ♡」
「ああ。……もう、どこにも行かない」
「っ♡♡ ずるいよ、そういうの……っ♡」
ゆっくりと、動きはじめる。
ずちゅ……ぱちゅ……
「あっ♡ あっ♡ ん……っ♡」
最初は、茜の体を気遣う、優しい律動。引くたびに切なくて、奥に届くたびに、甘い声が漏れる。茜の脚が、俺の腰に、きゅっと絡みついてきた。
「茜、気持ちいい?」
「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
「俺も。……ずっと、こうしたかった」
その言葉に、茜が、自分から唇を求めてきた。キスをしながら繋がっていると、胸の奥が、たまらなく満たされていく。だんだんと律動が深くなって、奥の感じる場所を突くたびに、茜の体が跳ねた。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
「ここ、好きだろ」
「っ♡♡ 好き……っ♡ 透の、好きっ……♡♡」
それが体のことなのか、俺自身のことなのか、たぶん、どっちもだった。茜の脚を抱え直すと、結合がさらに深くなる。
ぱちゅんっ♡♡
「ひあっ♡♡ 深いっ……♡♡」
「茜、中、すごい締まってる」
「だって……っ♡ 気持ちよくて……っ♡♡」
窓の外の蛙の声と、二人の息と、肌のぶつかる音が、部屋に満ちる。俺は、もう何も考えられなかった。ただ、目の前の幼馴染が愛しくて、十一年分の想いが、体の奥から溢れてくる。
「茜……そろそろ……っ」
「うん……っ♡ 私も……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
茜を、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速める。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ イクっ……♡ 透、一緒に……っ♡♡」
「ああ……っ、茜……っ!」
ぱちゅんっ――♡♡♡
「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥でびくびくと跳ねる俺を、茜の体が、ぎゅうっと締めつけながら受け止めた。二人で、同じ波にさらわれる。荒い呼吸のまま、汗ばんだ体を、ぴったりと重ね合った。
「……はぁ……っ♡ すごかった……」
「……茜」
「ん……?」
「好きだ。……もう一回、ちゃんと言わせて。好きだ、茜」
茜が、ぽろぽろと涙をこぼしながら、笑った。
「……私も。大好き。透が帰ってきてくれて、ほんとに、よかった」
俺は、涙で濡れた茜の頬に、何度もキスを落とした。
翌朝、目が覚めると、隣で茜が、すやすやと眠っていた。
カーテンの隙間から、梅雨の晴れ間の朝日が差し込んで、茜の寝顔を、優しく照らしている。窓の外では、もう蛙の声は止んで、代わりに小鳥のさえずりが聞こえていた。
(……夢じゃ、ないよな)
そっと髪を撫でると、茜の目が、うっすらと開いた。寝ぼけた目が、俺を見つけて、ふにゃっと笑う。
「……おはよ、透」
「おはよ、茜」
「……えへへ。ほんとに、隣にいる」
ぎゅっとしがみついてくる茜を、抱きしめ返した。十一年も遠回りして、やっと手が届いた幼馴染。この温もりが、今、たまらなく愛おしかった。
「ねえ、透。これからどうするの? また、東京戻っちゃう?」
「……戻らない。こっちで、リモートで働く。落ち着いたら、こっちの会社に移ってもいいと思ってる」
「ほんと?」
「ああ。……それに、来年も、茜と蛍見たいしな」
茜が、ぱっと顔を上げて、嬉しそうに笑った。
「来年は、もっとすごいよ。今、上流にもカワニナ増やしてるから。……透も、手伝ってくれるんでしょ?」
「もちろん。蛍守の見習いとして、こき使ってくれ」
「ふふ。じゃあ、まず長靴買わなきゃね。透専用の」
二人で笑い合って、もう一度、キスをした。
東京で、何もかも失くした気がしていた。でも、本当は、失くしてなんかいなかった。この町に、この景色に、そして――ずっと俺を待っていてくれた、この幼馴染に、俺は、もう一度出会い直したんだ。
「……ねえ、透」
「ん?」
「私たち、付き合ってる、ってことで、いいんだよね?」
「告白して、両想いで、こんなことまでして。……付き合ってないわけ、ないだろ」
「えへへ。……確認、しただけ♡」
窓の外、田んぼの上を、朝の光がきらきらと渡っていく。今夜も、あの川辺では、無数の蛍が舞うのだろう。
十一年越しの幼馴染は、世界で一番大切な、俺の彼女になった。
― 終 ―