六月の地元は、雨の匂いと、青い田んぼの匂いがした。
私、植田菜緒(うえだなお)、二十八歳。東京の小さな設計事務所で、住宅の図面を引いている。今日、十年ぶりにこの町へ帰ってきたのは、観光でも、お盆でもない。先月亡くなった祖母の、誰も住まなくなった古い家を、片付けるためだった。
最寄り駅から、バスに揺られて二十分。降りた停留所の名前も、目の前の小さな商店も、十年前と何ひとつ変わっていなかった。変わったのは、たぶん、私のほうだ。
(……ただいま、なんて、言う相手ももういないんだな)
祖母の家は、田んぼに囲まれた、平屋の古い日本家屋だった。鍵を開けて、雨戸を一枚ずつ繰る。閉め切られた畳の部屋に、薄暗い梅雨の光が差し込んだ。仏壇も、茶箪笥も、祖母が座っていた座布団も、そのまま。時間だけが止まっている。
私は、この家を売るために来た。母とも、そう決めた。来週、不動産屋が査定に来る。それまでに、家財を片付けて、傷んだところを直せるか見てもらう——そのために、母が地元の工務店に連絡を入れてくれていた。
午後二時、約束の時間に、庭先で軽トラックの止まる音がした。
「ごめんくださーい。工務店です」
低い、よく通る声がした。私は玄関の三和土へ下りて、引き戸を開けた。
そこに立っていたのは、作業着姿の、背の高い男の人だった。日に焼けた肌、節くれだった手、首にかけたタオル。歳は、私と同じか、少し上くらい。知らない人——のはずなのに、その目元に、なぜか覚えがあった。
「えっと、植田さんの……あれ」
相手のほうが、先に固まった。私の顔を見て、二、三度まばたきをして、それから、ふっと表情がほどけた。
「……菜緒ちゃん? 菜緒ちゃんだよな?」
名前を呼ばれて、記憶の奥が、かちりと音を立てた。その笑い方。八重歯の覗く、人懐っこい笑い方。
「……えっ、嘘。亮介……? 田辺亮介?」
「正解。うわ、ほんとに菜緒ちゃんだ。何年ぶりだよ」
田辺亮介(たなべりょうすけ)。私の、幼馴染だ。家が三軒隣で、保育園から中学までずっと一緒。鼻水を垂らして虫を捕っていた、あの亮介。それが今、私の目の前で、すっかり大人の男の人の体つきになって、工務店のロゴが入った作業着を着て立っている。
「待って、全然わからなかった。だって、最後に会ったとき、あんた私より小さかったじゃん」
「中二まではな。高校で一気に伸びたんだよ。菜緒ちゃんこそ、東京の人みたいになっちゃって」
そう言って、亮介は私の頭の先からスニーカーまで、ちょっと眩しそうに見た。その視線に、なんだか落ち着かなくなって、私は思わず前髪を直した。
「……べつに、普通だよ」
「いや、変わった。雰囲気が」
変わったのは、お互いさまだ。私は、目の前の幼馴染を、うまく「あの亮介」と「今の田辺さん」のどちらで見ればいいのか、わからなくなっていた。
「おばあちゃん、残念だったな。俺、葬式行けなくて……」
「ううん。来てくれた人から聞いた。お花、ありがとう」
亮介は、靴を脱いで上がると、慣れた手つきで家の中を見て回りはじめた。柱を叩き、床を踏み、縁側の板の傷みを指でなぞる。その横顔が、ふざけていた子供の頃とはまるで違う、職人の顔をしていて、私はまた、目で追ってしまった。
「縁側、ここ一枚、踏み抜きそうだな。あと水回りは、けっこう来てる。……菜緒ちゃん、ここ、売るんだって?」
「うん。誰も住まないし。私、東京だし、母も向こうだから」
「……そっか」
亮介は、それ以上、何も言わなかった。ただ、縁側にしゃがんだまま、雨にけぶる田んぼを、少しのあいだ見ていた。その背中が、なんだか少しさみしそうに見えて、私は妙に落ち着かなくなった。
「家の片付け、一人でやるの?」
「そのつもり。一週間で終わらせて、帰らなきゃ」
「無理だって。この量。……俺、明日から手伝うよ。ちょうど現場が一個空いたとこだし」
「えっ、いいよそんな。お仕事でしょ」
「幼馴染のよしみ。タダで使える大工、なかなかいないぜ?」
そう言って、亮介はにっと笑った。八重歯の覗く、あの笑い方で。断る言葉を、私はうまく見つけられなかった。
翌日から、亮介は本当に毎日、軽トラでやってきた。
二人で、祖母の家財を一つずつ片付けた。古い食器、何十年分のアルバム、母の小さい頃の通知表。ゴミと、残すものを、縁側に並べて仕分けていく。雨の日は、軒先を打つ雨音だけが、ずっと響いていた。
「うわ、これ見て。菜緒ちゃんの七五三の写真。おばあちゃん、ここに飾ってたんだ」
「やめて、見ないで。恥ずかしい」
「えー、可愛いじゃん。……まあ、今のほうが、可愛いけど」
さらっと言われて、私は手にしていた湯呑みを、危うく落としそうになった。
「……っ、何それ。からかってるでしょ」
「からかってないよ。本気で言ってる」
亮介は、こういうことを、昔から、まっすぐ言う子だった。子供の頃は、なんとも思わなかったのに。今は、その一言で、心臓がうるさくなる。私は、自分のその反応が、なんだか悔しかった。
作業の合間、亮介はよく、私のことを覚えていた。私が梅干しの種を最後まで舐めること。雷が苦手なこと。小三のとき、田んぼに落ちて泣いた私を、亮介がおぶって帰ったこと。
「あのとき、菜緒ちゃん、背中で『誰にも言わないで』ってずっと言っててさ。可愛かったな」
「……覚えてないでよ、そんなこと」
「覚えてるよ。菜緒ちゃんのことは、だいたい」
そういうことを、なんでもない顔で言うから、ずるい。私は、軽く流すつもりだったのに、彼がちゃんと覚えていてくれたことが、いちいち、胸の奥に積もっていった。
三日目の夕方、買い出しに出た商店で、声をかけられた。
「えっ、菜緒? 植田菜緒だよね!」
振り向くと、エプロン姿の同級生がいた。商店の娘の、真希だ。中学まで仲のよかった、おしゃべりな女の子。
「うわー久しぶり! おばあちゃんのこと、聞いたよ。大変だったね。……ていうか、あんた、亮介と毎日一緒にいるんだって?」
「えっ、なんで知ってるの」
「この町を舐めないでよ。軽トラがどこに止まってるかなんて、一日で広まるんだから」
真希は、にやにやしながら、レジ袋に私の買ったものを詰めてくれた。
「亮介ね、いい男になったでしょ。地元の若い女の子に人気なんだよ。何回も告白されてんの。でも、ぜんぶ断っててさ」
「……へえ。なんで?」
「さあ? 本人いわく『好きな子が地元にいない』んだって。ずーっと、それ。……ま、どこにいるんだろうね、その子は」
そう言って、真希は意味ありげに私を見た。心臓が、とくん、と鳴る。私は、それ以上聞けなくて、誤魔化すように笑って店を出た。
(……好きな子が、地元にいない……?)
帰り道、雨に濡れた田んぼの匂いの中で、その言葉が、ずっと頭から離れなかった。期待してるなんて、思いたくなかった。私は来週には東京へ帰るのに。なのに、足が、いつのまにか速くなっていた。
その夜、片付けが思いのほか長引いた。
気づけば、外は土砂降りになっていた。梅雨末期の、叩きつけるような雨。テレビの天気予報が、この地域に大雨警報が出たと告げている。
「うわ、これ、軽トラで山道帰るの、けっこうやばいな」
「……ねえ。無理しないで。今夜、ここ、泊まっていきなよ」
言ってから、自分の声が、思ったより真剣だったことに気づいた。亮介が、ちょっと驚いた顔で私を見る。
「あ、いや、部屋はいっぱいあるし。布団も、おばあちゃんの分、まだあるから。……危ないよ、この雨」
「……いいの?」
「幼馴染のよしみ」
亮介が言った言葉を、そっくり返してやった。彼は、ふっと笑って、頭をかいた。
二人で、有り合わせのもので簡単な夕飯を作って、縁側で食べた。雨は、いっこうにやまない。むしろ強くなって、軒を、屋根を、田んぼを、ざあざあと叩いている。停電になったらどうしよう、なんて言いながら、私たちは、子供の頃の話を、いつまでもしていた。
「なあ、菜緒ちゃん。ほんとに、この家、売るの?」
「……うん。だって、しょうがないよ」
「俺さ。直せると思うんだよね、この家。縁側も、水回りも。住める家に。……もったいないよ。こんな、いい家」
亮介の声は、静かだった。でも、その奥に、何か言いたいことを飲み込んでいる気配があって、私は、彼の横顔を見た。雨の音の向こうで、彼の目が、まっすぐ私を見返していた。
「……亮介。なんで、地元、出なかったの。あんた、頭よかったのに」
「出ようと思えば出られたよ。でも、俺、この町の家を直す仕事が、好きなんだ。……それに」
「それに?」
「……いつか、菜緒ちゃんが帰ってくるかもって、ちょっとだけ、思ってた」
雨の音が、急に、遠くなった気がした。
「……何それ。十年も、会ってなかったのに」
「うん。バカみたいだろ。でも、菜緒ちゃんが東京行くって聞いた中学の卒業式の日からずっと、俺、そう思ってた」
亮介は、いつものふざけた調子じゃなかった。膝に肘をついて、雨を見ながら、ぽつりぽつりと話す。その横顔が、あんまり真剣で、私は、何も言えなくなった。
「告白とか、何回かされたよ。いい子もいた。でも、ぜんぶ、ピンとこなくて。……理由、自分でもわかってたんだ。比べてたんだよ、ずっと。鼻水垂らして泣いてた、生意気な幼馴染と」
亮介が、こっちを向いた。雨に濡れた庭の灯りが、彼の顔を淡く照らしている。
「三日間、一緒に片付けして、確信した。……俺、まだ、菜緒ちゃんのこと好きだわ。ごめん。困らせるつもりは、なかったんだけど」
私は、膝の上で、ぎゅっと手を握った。困ってなんかいなかった。むしろ、ずっと、自分の胸の中でぐらぐらしていたものに、やっと名前がついた気がした。三日間、目で追ってしまったこと。一言一言に、心臓が鳴っていたこと。ぜんぶ、そういうことだったんだ。
「……私、来週、東京帰るよ」
「……うん。わかってる」
「仕事も、向こうにあるし。簡単に、こっちに戻るとか、言えない」
「うん」
「……でも」
私は、顔を上げた。雨の音に負けないように、震える声を、押し出した。
「……今、亮介の隣にいるの、すごく、落ち着くの。三日間、ずっと、亮介のこと、目で追ってた。……私も、たぶん、同じだよ」
言い終わったとき、亮介の手が、私の頬に触れた。大きくて、ごつごつした、家を直す人の手。その手が、震えているのが、わかった。
「……菜緒ちゃん。キス、していい?」
「……聞かないでよ、そういうの」
それが、答えだった。亮介の顔がゆっくり近づいて、雨の音の中で、彼の唇が、私の唇に重なった。
ちゅ、と。
「ん……っ」
柔らかくて、温かい。鼻水を垂らしていたあの子の唇とは、もう全然違う、大人の男の人のキス。一度離れて、目を合わせて、どちらからともなく、もう一度、深く重ねた。
ちゅ……ちゅぷ……
「は……ん……」
唇の隙間から舌が触れて、私は、おずおずとそれに応えた。十年分の距離が、舌先から、溶けていくみたいだった。
「……奥の部屋、布団、敷いてあるとこ。行こう」
唇を離して、亮介が、かすれた声で囁いた。私は、こくんと頷いた。明日のことも、来週のことも、今は、雨の音が全部、押し流してくれていた。
祖母が使っていた、奥の和室。古い畳の匂い。亮介が、私をそっと布団に座らせて、隣に腰を下ろす。その体温が、肩からじんわり伝わってきた。
「緊張してる?」
「……してる。だって、相手、亮介だもん。変な感じ」
「俺も。……菜緒ちゃんが嫌なら、やめる」
「やめないで」
自分でも驚くくらい、はっきり言えた。亮介が、少し目を見開いて、それから、優しく笑った。その笑顔のまま、もう一度、唇が重なる。今度のキスは、さっきより深くて、もっと熱かった。
ちゅぷ……れろ……ちゅ……
「ん……ふ……っ」
キスをしながら、亮介の手が、私のシャツのボタンを、一つ、また一つと外していく。その手つきが、家の柱を確かめるときと同じくらい丁寧で、急かされないことに、かえって体が疼いた。
「……きれいだ。菜緒ちゃん」
「やだ、言わないで……恥ずかしい……」
「ほんとのことだろ」
亮介の唇が、首筋に降りてくる。
ちゅ……ちゅっ……
「ん……っ」
鎖骨に、肩に、彼の唇が落ちるたびに、肌がぴくんと震えた。ブラのホックが外されて、胸が彼の前にこぼれ出る。亮介の大きな手が、それをそっと包んだ。
「あ……っ」
「……柔らかい」
「もう……いちいち、言わないで……っ」
やわやわと、形を確かめるように揉まれて、私は枕に顔を埋めたくなる。指の腹が、つんと立ちはじめた先端をかすめると、体がびくっと跳ねた。
「ひゃ……っ、そこ……っ」
「ここ?」
「っ……意地悪、しないで……っ」
口では強がるのに、亮介が先端を口に含んで、舌で転がしはじめると、もうだめだった。
れろ……ちゅ……ちゅうっ……
「あ……っ、ん……っ♡ やぁ……っ♡」
甘い声が、勝手に漏れる。気持ちいい。彼の手が、唇が、私の体を、丁寧に、大事に扱ってくれる。それが、たまらなく嬉しかった。胸を愛撫されながら、もう片方の手が、私の腿の内側を、ゆっくり撫で上げていく。
「ん……っ♡」
「力、抜いて。……痛くしないから」
その声に、自然と体の力が抜けた。亮介の指が、下着の上から、私のいちばん敏感なところに触れる。
「あっ……♡」
布越しでも、もうそこが熱を持っているのが、自分でもわかった。指がそっと撫でるたびに、腰が小さく揺れてしまう。やがて下着が脱がされて、亮介の指が、直接そこに触れた。
くちゅ、と。
「ひゃ……っ♡」
「……もう、こんなに」
「言わないで……っ♡ 亮介の、せいだからね……っ」
恥ずかしさで消えたいのに、亮介の指は優しかった。敏感な突起を、指の腹でくるくると円を描くように撫でられて、私は彼の腕にしがみついた。
くちゅ……くちゅ……
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
「菜緒ちゃん、すごい顔してる。……可愛い」
「やっ……見ないで……っ♡」
指が、ゆっくり中へ滑り込んでくる。
ずぷ……っ
「あぁ……っ♡」
熱い。彼の指が、私の中を、ゆっくり押し広げていく。雨の音が、私の声を、優しく隠してくれていた。
「痛くない?」
「っ♡ 平気……っ♡ もっと……っ」
弱い場所を指の腹で擦られて、同時に親指で突起を転がされて、私の腰は、もう自分の意思では止まらなかった。
くちゅくちゅくちゅっ……
「あっ♡ あっ♡ だめ……っ♡ それ続けたら……っ♡」
「いいよ。イって。見ててやるから」
「やっ♡ 恥ずかしいの……っ♡♡」
指の動きが速くなって、私の体は、あっという間に高みへ押し上げられた。
「あっ♡ あっ♡ あっ♡——っ♡♡♡」
びくびくっ、と腰が跳ねて、頭の中が真っ白になる。亮介の腕の中で、私はぎゅっと体を丸めて、達した。
「……イったね」
「……っ、言わないでってば……っ♡」
息を切らせる私の額に、亮介がそっとキスを落とした。汗で張りついた前髪を、指で優しくよけてくれる。その仕草の優しさに、また泣きそうになった。
「……ねえ、亮介」
「ん」
「私ばっかり、ずるい。……亮介も、ちょうだい」
自分でも、こんなこと言えるんだ、と思った。でも、亮介となら、言えた。彼が、ごくりと喉を鳴らす。私はゆっくり体を起こして、彼のTシャツに手をかけた。脱がせると、家を建てる仕事で鍛えられた、引き締まった体が現れる。鼻水を垂らしていたあの子の、ずいぶん遠くまで来た体だ、と思った。
亮介が私をそっと布団に横たえて、覆いかぶさってくる。脚の間に彼の体が割り込んで、熱く張りつめたものが、入り口にあてがわれた。
「菜緒ちゃん。……いい?」
「うん……っ。来て、亮介」
「……つけるから、待って」
「……うん」
避妊具をつける彼を、私はぼうっと見ていた。こんな雨の夜でも、ちゃんと私を大事にしてくれる、その律儀さが、いかにも亮介らしかった。準備を終えて、彼がもう一度、私の頬に手を添える。
「いくよ」
「……優しく、して。久しぶり、だから……っ」
ずぷ……っ♡
「ん……あぁ……っ♡♡」
先端が入ってきた瞬間、私は彼の背中に腕を回してしがみついた。きつい。でも、とろとろに濡れているから、痛みより、満たされていく感覚のほうが、ずっと大きかった。
ずず……っ
「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
「……っ、菜緒ちゃんの中、すごく熱い」
根元まで収まって、亮介がふっと息を吐いた。繋がった場所から、十年分の距離が、じんわり埋まっていく。私は、彼の背中にしがみついたまま、震える声で囁いた。
「……繋がってる。あの亮介と、私……っ♡ 変な感じ……っ♡」
「もう、あの亮介じゃないよ。……菜緒ちゃんを、ちゃんと幸せにできる男だ」
「っ♡♡ そういうの、ずるいってば……っ♡」
亮介が、ゆっくり動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
「あっ♡ あっ♡ ん……っ♡」
最初は、私の体を気遣う、優しい律動。引くたびに切なくて、奥に届くたびに、声が漏れる。彼の額から落ちた汗が、私の胸に、ぽつりと落ちた。
「菜緒ちゃん。気持ちいい?」
「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
「俺も。……ずっと、こうしたかった。十年、ずっと」
その言葉に、胸の奥が震えた。私は彼の首に腕を回して、自分から唇を求めた。キスをしながら繋がっているのが、こんなに幸せだなんて、東京で図面ばかり引いていた私は、知らなかった。だんだん律動が深くなって、奥のいちばん感じる場所を突かれるたびに、私の体は跳ねた。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
「ここ、いい?」
「っ♡♡ いいっ……♡ 亮介の、好きっ……♡♡」
口走ってから、それが体のことなのか、彼自身のことなのか、自分でもわからなくなった。たぶん、どっちもだった。亮介が私の脚を抱え直して、結合が深くなる。
ぱちゅんっ♡♡
「ひあっ♡♡ 深いっ……♡♡」
「菜緒ちゃん、中、すごい締まってる」
「だって……っ♡ 気持ちよくて……っ♡♡」
雨の音と、二人の息と、肌のぶつかる音が、古い和室に満ちる。私は、もう何も考えられなかった。ただ、目の前の幼馴染が愛しくて、十年分の想いが、体の奥から溢れてくる。
「菜緒ちゃん……そろそろ……っ」
「うん……っ♡ 私も……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
亮介が私をぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ イクっ……♡ 亮介、一緒に……っ♡♡」
「ああ……っ、菜緒……っ!」
ぱちゅんっ——♡♡♡
「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥でびくびくと跳ねる彼を、私の体が、ぎゅうっと締めつけながら受け止める。二人で、同じ波にさらわれた。亮介が、私の上で、はぁ、と大きく息を吐く。汗ばんだ二つの体が、ぴったり重なったまま、しばらく動けなかった。
「……はぁ……っ♡ すごかった……」
「……菜緒ちゃん」
「ん……?」
「好きだ。……鼻水垂らしてた頃から、ずっと」
「もう……っ、それ、可愛くないとこも全部見てるって意味じゃん……っ」
私が泣き笑いすると、亮介は、汗で濡れた私の頬に、何度もキスを落とした。
気づくと、窓の外の雨が、いつのまにか小降りになっていた。
雨戸の隙間から、夜明け前の、薄青い光が差し込みはじめている。私は亮介の腕に頭を預けて、古い天井の木目を、ぼんやり眺めていた。彼の心臓の音が、耳の下で、とくとくと鳴っている。田んぼのほうから、雨上がりの蛙の声が聞こえてきた。
「……ねえ、亮介」
「ん」
「私、東京の仕事は、辞めないよ」
「うん。辞めなくていい」
「でも……この家、売るの、やめようかな」
亮介が、ぱっと顔を上げて、私を見た。私は、天井を見上げたまま、続けた。
「あんたが言ったでしょ。直せば、住める家だって。……残しておきたくなった。私の、帰る場所として。週末とか、長い休みとか、ここに帰ってこられるように」
「……それ、本気で言ってる?」
「本気。だって私、住宅の図面引いてるんだよ? 自分の実家くらい、ちゃんと残せなきゃ、かっこつかないじゃん」
亮介が、くしゃっと笑った。八重歯の覗く、あの笑い方で。
「じゃあ、この家の改修、俺に任せて。……世界一、丁寧にやるから」
「ふふ。お願いします、田辺大工さん」
十年前、私は、この町に背を向けて東京へ行った。もう帰る場所なんてない、と思っていた。でも、違った。この古い家も、雨上がりの田んぼの匂いも、そして、私のことをずっと覚えていてくれた幼馴染も、ちゃんと、ここで待っていてくれた。
東京と、地元。どちらか一つを選ばなきゃいけないと思っていた。でも、亮介の隣で、私はようやく気づいた。選ばなくて、いいんだ。新幹線と在来線を乗り継いで、会いに来ればいい。帰る場所が、二つになるだけだ。
「菜緒ちゃん。次に帰ってくるとき、縁側、踏み抜かないように直しとくよ」
「うん。……それまでに、また会いに来る。仕事の合間、縫ってでも」
「待ってる。……何年でも、待つのは慣れてるし」
「もう。十年も待たせないってば」
私は、彼の胸に頬をすり寄せた。十年前の私が、どうしても見えていなかった、すぐ三軒隣にあった気持ち。今、その手は、私の指にしっかり絡んで、もう離れる気配がなかった。
雨戸の隙間から差し込む朝の光が、少しずつ強くなっていく。雨に洗われた地元の空気が、開け放った窓から流れ込んできた。私は、もう、この幼馴染の顔を見るのを、我慢しなかった。十年の遠回りの先で、私はやっと、ずっと隣にあった手を、握り返したのだった。
― 終 ―