梅雨に入ってから、ずっと頭の芯が湿っていた。
俺、深沢涼太(ふかさわ りょうた)、二十八歳。都内のWeb制作会社で働いている。
四月から続いた大型案件がようやく終わって、五月の連休も全部出勤で潰れて、気づけば六月。窓の外はずっと灰色で、傘を差したり閉じたりするだけの毎日に、心がすり減っていた。
(……どこか、行きたい)
金曜の深夜、ベッドの中でスマホを眺めていたら、旅行サイトの広告がふと目に留まった。
『おひとりさま限定・鎌倉あじさい名所めぐり 日帰りバスツアー』
ひとり参加限定。それが、なぜか刺さった。誰かと予定を合わせる気力もない。でも一人で電車を乗り継いで計画を立てる元気もない。バスに乗っていれば連れて行ってくれる——その受け身さが、今の俺にちょうどよかった。
(明日か。……まあ、いいや。行くか)
残り一席。勢いでカードの番号を打ち込んで、予約完了のメールを見届けてから、俺は久しぶりに深く眠った。
*
翌朝。梅雨の晴れ間だった。
新宿の集合場所に着くと、すでに同年代から年配まで、二十人ほどが思い思いに立っていた。本当に、見事に全員が一人だ。それがかえって気楽だった。誰も連れがいないなら、一人でいることが浮かない。
「おはようございまーす♡ 本日添乗員を務めます、宮原と申します。あいにくの梅雨ですが、今日は奇跡的に降らない予報です! あじさい日和ですよー♡」
やたらと声の明るい添乗員の女性が、バインダー片手にテキパキと点呼を取っていく。
「お席は基本的に受付順なんですが、おひとり様同士、せっかくなので隣の方とは軽くご挨拶だけでもどうぞー♡」
バスに乗り込む。窓側の俺の席の、通路側。
そこに座ったのが——彼女だった。
(……あ)
白いブラウスに、淡い藍色のロングスカート。肩までのまっすぐな黒髪を、耳の後ろで小さく留めている。化粧は薄くて、でも、伏せた睫毛が長い。膝の上に、小ぶりな籐のかごバッグを抱えていた。
派手さはまったくない。なのに、清潔な水みたいに目を引く人だった。
「あ……隣、失礼します」
「どうぞ。あ、深沢です。よろしくお願いします」
「一ノ瀬です。……一人参加、なんだか緊張しますね」
「俺もです。昨日の夜、勢いで予約したクチで」
「ふふ、一緒です。私も昨日……梅雨の青が見たくなっちゃって」
笑うと、目尻がやわらかく下がった。声が、少し低くて落ち着いている。それがまた、心地よかった。
*
バスが首都高に乗る頃には、一ノ瀬さんとの会話は自然に続いていた。
「一ノ瀬さんは、お休みなんですか。今日」
「はい。火曜定休のお店で働いてて。今日はその振替で」
「お店、というと」
「和菓子屋さんです。私、和菓子職人で」
「えっ、職人さん。すごいな……」
「全然すごくないですよ。まだ五年目で、毎日あんこと睨めっこしてるだけです」
そう言って、かごバッグから小さな紙箱を取り出した。
「これ、昨日の試作。よかったら。崩れちゃってるかもですけど」
蓋を開けると、淡い水色と紫の、にじむようなグラデーションの練り切りが二つ並んでいた。表面に、繊細な箆(へら)の筋。
「……あじさいだ」
「あ、わかります? そう、紫陽花。梅雨の時季だけの上生菓子なんです」
「綺麗すぎて、食べるのもったいないな……」
「ふふ。和菓子は『食べてもらってこそ』なので。どうぞ、遠慮なく」
楊枝で切って、口に運ぶ。上品な甘さが、舌の上でほどけた。さっきまで湿っていた頭の芯に、すっと風が通った気がした。
「……うまい。なんか、生き返る」
「ふふっ。大げさです」
「いや、本気で。最近ずっと疲れてて。今日も、それで逃げてきたようなもんで」
「……わかります。私も、同じです」
窓の外を流れる景色を見ながら、一ノ瀬さんが少しだけ目を細めた。その横顔に、なぜか目が離せなかった。
*
最初の目的地は、北鎌倉の明月院だった。
『あじさい寺』の別名どおり、参道の両脇を埋め尽くすように、青いあじさいが咲いていた。雨上がりの葉が、陽を受けて濡れたように光っている。
「わぁ……明月院ブルー、本当に青い……」
「すごいな。空より青いかも」
人混みの中、はぐれないように自然と隣を歩いた。一ノ瀬さんが立ち止まって、スマホを構える。でも、人波に押されて、なかなか狙った角度に入れないでいた。
「撮りましょうか。あじさいと、一ノ瀬さん」
「えっ、いいですよそんな……」
「せっかく来たんだし。記念に」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
青いあじさいの前に立った彼女は、少し照れたように笑った。藍色のスカートが、花の色と溶け合っている。
(……綺麗だ)
シャッターを切りながら、不覚にも、そう思ってしまった。
「ありがとうございます。じゃあ、お返しに深沢さんも」
「いや、俺はいいですよ」
「だめです。一人参加の人ほど、自分の写真がないんですから。ほら」
半ば強引にレンズを向けられて、俺はぎこちなく立った。
「ふふ、緊張しすぎ。もっと自然に」
「こういうの、苦手で」
「じゃあ、私のこと見ててください。はい、撮りますよ」
言われるまま彼女の方を見たら、ちょうど風が吹いて、あじさいの枝が揺れた。何でもない瞬間だったのに、その一枚を、後でずっと見返すことになるなんて、このときは思いもしなかった。
*
円覚寺をまわって、昼食は北鎌倉の精進料理の店だった。
ツアーの自由席で、俺たちは当たり前のように向かい合って座った。竹籠に盛られた、季節の野菜と豆腐。
「一ノ瀬さんは、なんで和菓子職人に?」
「祖母が、家でよく作る人で。彼岸のおはぎとか、お正月の花びら餅とか。……子供の頃、それを手伝うのが好きだったんです」
「いいな、そういうの」
「祖母が亡くなった年に、専門学校に入り直しました。会社員、辞めて」
「え、一回就職してたんですか」
「はい。三年だけ、事務職を。でも、ずっと——息を止めてるみたいだったんです」
箸を止めて、一ノ瀬さんが少し笑った。
「今は、毎朝あんこを炊いてると、ちゃんと息ができてる気がして。給料は減ったし、手は荒れるし、夏は地獄みたいに暑いんですけど」
「……かっこいいな、それ」
「ぜんぜん。逃げただけかもしれないし」
「いや」
気づいたら、俺は少し前のめりになっていた。
「逃げてここに来た俺が言うのもなんですけど。……ちゃんと息ができる場所を選べたなら、それは逃げじゃないと思う」
一ノ瀬さんが、ふっと目を見開いて、それから、ゆっくりと俯いた。
「……深沢さん、ずるいですね」
「え」
「そういうこと、さらっと言うの」
その頬が、ほんのり赤かった。
*
午後は、長谷寺。
斜面に造られた境内の、あじさいの散策路を二人で登った。階段の途中で振り返ると——由比ヶ浜の海が、梅雨の晴れ間の光を浴びて、銀色に光っていた。
「……海、見えるんですね」
「ほんとだ。あじさいと海、贅沢だな」
狭い散策路で、人とすれ違うたびに、肩が触れそうになる。そのたびに、一ノ瀬さんの腕が、そっと俺の腕に寄った。
紫、青、薄紅。色とりどりのあじさいに囲まれた、見晴台のような場所で、俺たちは並んで海を見た。
「今日、来てよかったです」
「俺も。……正直、一人でぼーっとするつもりだったんですけど」
「ふふ。当てが外れちゃいましたね」
「いや。……外れて、よかった」
風が、彼女の髪を揺らした。耳にかけ直そうとした一ノ瀬さんの手と、同じ髪をよけようとした俺の手が、宙で軽く触れた。
「あ……」
「……ごめん」
慌てて引っ込めようとした俺の手の、指先を——一ノ瀬さんが、ほんの少しだけ、握り返した。
「……もう少しだけ、このまま」
海風の中で、繋いだ手だけが、温かかった。
*
ツアーの最後は、小町通りでの自由時間だった。
「皆さーん、解散は鎌倉駅です! 自由時間は一時間、各自で散策をどうぞー♡ ……あら?」
添乗員の宮原さんが、手を繋いだままの俺たちを見て、にっこり笑った。
「ふふ、おひとりさまツアーなのに、お二人さまになっちゃって♡ いいですねぇ、青春♡」
「ちっ、違います!」
「……いや、否定しなくても」
「も、もうっ」
赤くなる一ノ瀬さんがおかしくて、つい笑ってしまった。
夕暮れの小町通りを、二人で歩いた。食べ歩きの団子を半分こして、古い甘味処を冷やかして。彼女は和菓子屋の職人らしく、店先のショーケースを見るたびに「あ、この羊羹の切り口きれい」とか「この最中、皮が薄い」とか、楽しそうに解説してくれた。
「一ノ瀬さん、ほんとに和菓子好きなんですね」
「あっ……すみません、つい職業病で」
「いや。好きなこと語ってる人、いいですよ。見てて楽しい」
「……また、そういうこと言う」
解散時刻が近づくにつれて、二人とも、だんだん口数が減っていった。
(このまま、ただの楽しい一日で終わらせるのか?)
鎌倉駅。宮原さんが、ツアーの締めの挨拶をしている。
「皆さま、本日はお疲れさまでしたー♡ ここで解散となります。気をつけてお帰りくださいね♡」
解散。みんなが、それぞれの改札へ散っていく。一人で来て、一人で帰っていく人たちの後ろ姿。
俺と一ノ瀬さんは、ホームで顔を見合わせた。
「……同じ電車、ですね」
「みたいですね。横須賀線」
二人で並んで電車に乗った。夕暮れの車内は空いていて、長いシートに、肩が触れる距離で座った。
*
電車が、武蔵小杉を過ぎる。
一ノ瀬さんが住んでいるのは、品川のひとつ手前の駅だと、車内で聞いていた。俺は、もっと先。
降りる駅が、近づいてくる。
「……あの、深沢さん」
「はい」
「今日、本当に……楽しかったです」
「俺もです。すごく」
彼女が、膝の上のかごバッグを、ぎゅっと握った。
「……次の駅、私、降りるんです」
「……はい」
アナウンスが、彼女の降りる駅名を告げる。電車が、ゆっくり減速していく。
このまま、別れる。それが普通だ。連絡先を交換して、また今度、なんて言って。でも——「また今度」が来ないことを、俺はもう何度も経験していた。
ドアが、開く。
一ノ瀬さんが、立ち上がった。そして、振り返って、まっすぐ俺を見た。
「……あの。試作のあじさい、まだあるんです。家に」
「え」
「ちゃんと、形が綺麗なやつ。……食べて、いきませんか」
心臓が、跳ねた。彼女の頬は赤くて、でも、目はそらさなかった。
俺は、迷わず立ち上がった。
「……行きます」
「……っ、即答」
「断る理由が、ない」
閉まりかけたドアを、二人で滑り込むように抜けた。
*
一ノ瀬さんの部屋は、駅から歩いて数分の、こぢんまりとしたワンルームだった。
きちんと片付いていて、小さなキッチンの棚に、製菓用の道具が几帳面に並んでいる。あんこの、ほのかに甘い匂いがした。
「散らかってて……あ、麦茶でも淹れますね」
「ありがとうございます」
冷蔵庫から取り出した小箱を開けて、彼女は皿に、青と紫の練り切りを二つ並べた。バスの中で見たのより、ずっと形が整っている。
「これが、ちゃんとできたほうの、紫陽花です」
「……やっぱり、綺麗だ」
楊枝を手に取りながら、俺は隣に座った彼女を見た。麦茶のグラスを両手で包んで、少し緊張した横顔。さっき手を繋いだ感触が、まだ指に残っていた。
「一ノ瀬さん」
「……はい」
「……あじさいより、一ノ瀬さんのほうが、綺麗です」
「……っ、もう、それ……反則です」
潤んだ瞳が、俺を見上げた。そっと、頬に手を添える。冷房で、少し冷たかった。
ゆっくり顔を近づけると、彼女は静かに目を閉じた。
——唇を、重ねた。
ちゅ……。
柔らかい。麦茶の、わずかな苦みと、ほのかな甘さがした。
「ん……♡」
触れるだけのキスから、もう一度。今度は、少しだけ角度を変えて、深く。一ノ瀬さんの手が、俺の袖をきゅっと掴んだ。
ちゅ……んっ……ちゅる……♡
唇を食むようにすると、彼女の口が、わずかに開いた。舌先が、おずおずと触れ合う。
れろ……ちゅ……んっ……♡
ぷは、と離れると、二人とも息が上がっていた。
「……はぁ……♡ 深沢さん……」
「……止められなくなりそうだ」
「……止めなくて、いいです」
その一言で、理性の糸が、ほどけた。
*
ベッドに、彼女をそっと横たえる。藍色のスカートが、白いシーツの上に広がった。
ブラウスのボタンを、ひとつずつ外していく。緊張で、指が少し震えた。
「……あんまり、見ないで、ください。恥ずかしい」
「……無理です。綺麗だから」
ブラウスを開くと、淡い水色の下着に包まれた胸が現れた。職人の華奢な体に、不釣り合いなほど、やわらかそうに実っている。
ホックを外して、下着をずらす。月明かりのような間接照明に、白い胸が浮かんだ。
「……綺麗だ」
「やっ……♡」
腕で隠そうとするのを、そっと外して、右手で包むように触れた。
ふにっ。
「あっ♡」
吸い付くような、やわらかい弾力。指を沈めると、むにっとはみ出す。先端を、親指でくりっと転がした。
「ひゃっ♡♡ んっ♡」
びくん、と体が跳ねる。先端が、指先で硬くなっていくのがわかった。唇を、胸の先に落とす。ちゅう♡
「あぁっ♡♡」
舌先で転がしながら、反対の胸を揉みしだく。
ちゅるっ♡ れろ♡ ちゅう♡♡
「やっ♡♡ 声、出ちゃう……♡♡」
普段、繊細な指先であの綺麗な和菓子を作る人が、俺の手の中で乱れていく。そのギャップに、頭が痺れた。
スカートを脱がせ、最後の一枚に手をかける。下着の上から、そっと指で触れた。
すり……。
「んっ……!♡」
——じわり。薄い布越しに、熱と湿り気が、はっきり伝わってきた。
「……もう、こんなに」
「だって……電車の中から、ずっと……♡♡」
下着に指をかけて、ゆっくりずり下ろす。とろりと、蜜が糸を引いた。脚の間に体を滑り込ませ、白い太ももの内側にキスを落としながら、ゆっくり中心へ近づいていく。舌先で、そっと触れた。ちろ……。
「んあっ♡♡!」
彼女の腰が、びくんと跳ねた。
ちゅる……れろ……ちゅっ……♡
「あぁっ♡♡ そこ……だめ……♡♡」
一ノ瀬さんの手が、俺の髪をぎゅっと掴む。小さな粒を舌先で見つけて、集中して転がした。
こりこり……ちゅっ……♡
「やっ♡♡♡ あっ、あっ……♡♡」
太ももを押さえて開かせながら、舌を動かし続ける。粒を唇で挟んで、ちゅうっと吸い上げた。
「——っ♡♡♡! だめっ、イっちゃ……♡♡♡ んんんっ……♡♡♡」
彼女の背中が、弓なりに反った。華奢な全身が、びくびくと震えて、やがて、力が抜けたようにシーツに沈んだ。
「はぁ……はぁ……♡♡ ……深沢さん、上手すぎ、です……♡」
潤んだ瞳で見上げて、彼女が体を起こした。俺の服に手をかけて、頬を赤らめながら囁く。
「……今度は、私が」
*
張り詰めたものに、職人の細い指が、そっと添えられた。
「……すごい。こんなに……♡」
指が、ゆっくり上下に動く。しゅっ……しゅっ……。普段あんこを練る指は、思いのほか繊細で、力加減が絶妙だった。
「……口で、しても、いいですか」
上目遣いで訊いてくる表情が、艶っぽすぎて言葉にならなかった。ちゅ、と先端にキス。ぺろ、と舐めて——ぱくりと口に含んだ。
ずぷ……。温かく濡れた口の中に、包まれる。
「ん……じゅる……♡ んちゅ……♡」
ゆっくり頭を上下させて、頬をすぼめて吸い上げる。
ちゅぱっ……じゅるるっ……♡
「……一ノ瀬さん、やばい、気持ちよすぎる」
「ん……♡ もっと……♡」
ずぷっ……ずぷっ……。深く咥えられるたび、全身に電流が走った。
「……ストップ。このままだと、出る」
ぷは、と口を離した彼女の唇が、唾液で濡れて光っていた。
「……ふふ。我慢、できました?♡」
「……一ノ瀬さんが、煽るからでしょ」
彼女をベッドに引き上げて、カバンから取り出したものを手早く着ける。蜜で濡れた入り口に、先端をあてがった。
「……来て、ください。深沢さん」
「……いきます」
ゆっくり、押し入れていく。ずぷ……っ。
「んんっ……♡♡!」
温かい。きつい。中が、ぎゅうっと締め付けてくる。
「入って……きてる……♡♡ 奥まで……♡♡」
根元まで収まると、下腹部が密着した。少し動きを止めて、馴染ませてから、ゆっくり腰を引いて、また押し込む。
ずぷ……ずちゅ……♡
「あっ♡♡ んっ♡♡」
パン……パン……パン……。
「あっ、あっ、あっ……♡♡♡ 気持ち、いい……♡♡」
ぐちゅ……ぐちゅ……。結合部から、卑猥な水音が響く。腰を掴んで、少しずつペースを上げた。
パンパンパンパン……!
「あっあっあっ♡♡♡♡ そこっ♡♡ 奥に当たって……♡♡♡」
角度を変えて突き上げると——
「そこぉっ♡♡♡! いいとこ、です……♡♡♡」
一ノ瀬さんの脚が、俺の腰に絡みついてくる。もっと奥を求めるように。
「もっと……♡ もっと、奥……♡♡♡」
窓の外、夜の街の灯りが、カーテンの隙間から細く差していた。
パンパンパンパンパン……!!
「やばっ♡♡♡ また、来ちゃうっ♡♡♡ イっちゃう……♡♡♡♡」
「俺も……っ」
「一緒に……♡♡♡ 一緒に、イきたい……深沢さん♡♡♡♡」
彼女が、俺の背中に両腕を回してしがみつく。脚も、ぎゅっと腰に絡んだ。奥に押し付けるように——最後の一突き。
「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」
どくっ、どくっ、どくっ……!
一ノ瀬さんの全身が震えて、中が痙攣するように搾り取ってくる。
「はぁっ……♡♡♡ すごい……♡♡」
抱き合ったまま、荒い呼吸を繰り返した。ちゅ、と軽くキスをする。繋がったまま、しばらく互いの鼓動を聞いていた。
*
ゆっくり体を離すと、一ノ瀬さんが横を向いて、とろけた瞳で俺を見た。
「……深沢さん。私、こんなこと……初対面の人と、初めてで」
「……俺もです」
「ほんとに?」
「ほんとに。……一ノ瀬さんだから、だと思う」
彼女が、ふにゃっと笑って、俺の胸に頬をつけた。
「……ねえ。もう一回、しても、いいですか」
「……こっちのセリフです」
新しいものを着け終えると、今度は一ノ瀬さんが、おずおずと俺の上にまたがってきた。間接照明に、しなやかな白い体が浮かぶ。
角度を合わせて——ゆっくり、腰を落とした。
ずぷん♡♡
「あっ♡♡♡ この格好……奥まで、来る……♡♡♡」
「……っ、一ノ瀬さん、それ……」
「ふふ……♡ 気持ち、いい……?♡」
彼女が、ゆっくり腰を上下させ始めた。
ずぷ♡ ずちゅ♡ ずぷっ♡♡
「ん♡♡ 自分で動くの……恥ずかしい……っ♡♡」
目の前で揺れる胸に、手を伸ばして両方掴んだ。
むにゅっ♡♡
「ひゃんっ♡♡♡ 揉まないで……動けなくなる……♡♡♡」
「いいから、動いて」
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
「あっあっあっ♡♡♡ いい場所、当たってる……♡♡♡♡」
たまらず、下から突き上げた。
ずぷんっ♡♡♡
「ひぁっ♡♡♡♡ 下から、だめっ♡♡♡」
彼女の動きと、俺の突き上げが、一番奥でぶつかる。
パンパンパンパンパンッ♡♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡
「だめっ♡♡♡ そこばっかり……っ♡♡♡ おかしくなっちゃう……♡♡♡♡」
一ノ瀬さんが、俺の上に倒れ込んでくる。汗ばんだ胸が、俺の胸に押し付けられた。そのまま、ぎゅっと抱きしめて、下から激しく突き上げる。
パンパンパンパンッ♡♡♡♡
「あっあっあっ♡♡♡♡ また、来ちゃう……っ♡♡♡♡!」
「俺も……っ! 一緒に、イこう」
「うんっ♡♡♡ 一緒に……っ♡♡♡♡」
彼女が、俺の首にしがみつく。中が、きゅうきゅうとリズミカルに締め付けてくる。奥に押し付けるように——最後の一突き。
「イくぅっ♡♡♡♡♡!!」
どくんっ、どくっ、どくっ……!
一ノ瀬さんの全身が震えて、中が痙攣するように搾り取っていく。
「はぁっ……♡♡♡ すごかった……♡♡♡」
「……俺も。最高でした」
汗だくの体を重ねたまま、しばらく抱き合っていた。窓の外で、夜の街が静かに息づいている。
*
しばらくして、一ノ瀬さんが、ぽつりと言った。
「……今日で、終わりにしたくないな」
「……俺も、同じこと考えてました」
俺は、彼女の髪を撫でながら、はっきり言った。
「一ノ瀬さん。また、会いたいです。今日だけの相手にしたくない」
一ノ瀬さんが、顔を上げて、目を見開いた。それから、泣きそうな顔で、くしゃっと笑った。
「……うれしい。私も、ずっと、それを言ってほしかった」
「……付き合ってもらえますか」
「……はい。よろしく、お願いします」
ちゅ、と、彼女が俺の唇にキスをした。
「……あ。あじさい、まだ食べてませんでしたね」
「……すっかり忘れてた」
「ふふ。じゃあ、今、食べましょう。二人で」
ベッドの上で、皿の練り切りを楊枝で半分こした。青と紫の、にじむような梅雨の色。上品な甘さが、火照った体に染み渡る。
「……うまい」
「ふふ。それは、よかった」
*
それから、季節が一巡りした。
俺は今でも、彼女の店の定休日に合わせて休みを取る。一緒に、どこかへ出かけるために。
「涼太くん、見て♡ 今年の紫陽花、去年より上手にできたの」
休みの朝、彼女のキッチンで、一ノ瀬さん——詩織が、できたての練り切りを差し出してくる。すっかり、俺の前でも気を抜くようになった。
「……ほんとだ。去年のより、青がきれい」
「でしょ♡ 涼太くんと初めて会った日の、明月院ブルー。あれを、ずっと再現したくて」
くしゃっと笑う詩織の手を、俺はぎゅっと握った。あの日、海風の中で、ほんの少しだけ握り返してくれた手を。
今年も、梅雨が来る。
でも、もう、頭の芯は湿っていない。彼女の作る、青い紫陽花が、毎年ちゃんと教えてくれる。雨の季節にも、ちゃんと綺麗なものがあるんだと。
窓の外で、今年最初の雨が、静かに降り始めた。
― 終 ―