毎朝の各駅停車でスケッチブックを開く絵本作家の彼女と、落ちた一枚の絵がきっかけで付き合った話

俺、相沢悠真、28歳。

文具メーカーの営業をしている。

ノートとか、ボールペンとか、付箋とか。そういう、誰の机にもある小さな道具を、文房具屋さんに卸して回る仕事だ。

会社は隣の市にあって、毎朝、各駅停車で四十分かけて通っている。

特急も急行も停まらない、ことことと揺れるだけの古い路線。

朝の七時四十二分。三両目の、後ろから二番目のドア横。

俺はいつも、そこの手すりにもたれて立っている。

そして——同じ車両に、毎朝いる人がいる。

ドアを挟んだ反対側。折りたたみ式の補助席に浅く腰かけて、膝の上に小さなスケッチブックを広げている女性。

歳は、たぶん俺と同じか、少し下くらい。あとで聞いたら二十七だった。

白いシャツに、生成りのワイドパンツ。肩までの髪を、耳にかけて。

右手に、握り込んだ色鉛筆。

電車が揺れるたびに、その手が、ほんの少しだけ宙で止まる。揺れが収まると、また、すっと線を引き始める。

(……毎朝、何を描いてるんだろう)

最初は、ただそう思っただけだった。

通勤電車でスマホをいじるでもなく、寝るでもなく、ひたすら何かを描いている人。

それが、妙に目を引いた。

俺の方からは、スケッチブックの中身は見えない。

ただ、色鉛筆を持ち替えるときの指先とか、唇を軽く結んで紙を見つめる横顔とか、そういうものばかりが、毎朝、視界の端に入ってくる。

声をかける勇気なんて、もちろんない。

俺は手すりにもたれて、窓の外を流れる景色を眺めるふりをして、ときどき、その横顔を盗み見る。

それの繰り返しだった。

六月に入って、梅雨が始まった。

その朝も、細かい雨が降っていた。

ホームの屋根から滴がぽたぽた落ちて、駅員さんの「足元にお気をつけください」というアナウンスが、湿った空気に溶けていた。

俺はいつものように三両目に乗り込んで、ドア横に立った。

彼女も、いつもの補助席にいた。

今日は、傘を膝の横に立てかけて、いつもより少しだけ前のめりに、何かを夢中で描いている。

電車が、大きなカーブにさしかかった。

ぐらり、と車体が傾く。

その拍子に、彼女の膝から、スケッチブックの一枚が、はらりと滑り落ちた。

紙は、床を滑って、ちょうど俺の足元まで来て止まった。

「あ」

俺は、しゃがんでそれを拾った。

そして——拾い上げた瞬間、固まった。

その紙に描かれていたのは。

ドア横の手すりにもたれて、窓の外をぼんやり見ている、眠そうな顔の男。

短い髪。よれた営業用のスーツ。少しゆるんだネクタイ。

——俺だった。

色鉛筆で、淡く、でも確かに、俺が描かれていた。

(えっ……これ、俺……?)

頭が真っ白になった。

そのとき、補助席から、慌てた声がした。

「あっ……! ご、ごめんなさい、それ……!」

彼女が、ぱっと立ち上がって、こちらに手を伸ばしていた。

頬が、みるみる赤くなっていく。

「す、すみません……! 返してください、それ……!」

「あ……は、はい」

俺は、絵を差し出した。

彼女は、それを引ったくるように受け取って、スケッチブックの間に挟み込んだ。

「……見ました、よね」

「……えっと」

「見ましたよね……」

消え入りそうな声で、彼女がもう一度言った。

俺は、嘘をつくのが下手だ。

「……見ました。あの、これ、俺ですよね」

「……はい」

「ご、ごめんなさい。勝手に……気持ち悪いですよね。本当に、すみません」

彼女が、深々と頭を下げた。

髪が、さらりと顔の横に落ちる。

「いや、待ってください。全然、気持ち悪くなくて」

「むしろ、その……上手で、びっくりして」

顔を上げた彼女が、きょとんとした。

「……上手?」

「はい。すごく。なんか、俺、こんな顔で電車乗ってるんだって」

その言葉に、彼女の強張っていた表情が、ほんの少しだけ、ゆるんだ。

「……いつも、そこに立ってるから」

「窓の外を見てる顔が、その……描きやすくて」

電車が、次の駅に着いた。

俺の降りる駅は、まだ先だ。

でも、彼女は、慌ててスケッチブックを鞄にしまうと、傘を掴んで立ち上がった。

「私、ここなので……本当に、すみませんでした」

そう言って、逃げるようにドアから降りていった。

俺は、その背中を、呆然と見送った。

(……明日も、いるかな)

それから一週間、彼女は補助席に座らなかった。

俺がドア横に立つと、ちらっとこちらを見て、ぺこっと小さく会釈だけして、車両の反対の端に立つようになった。

スケッチブックも、開かない。

(……気まずくさせたな)

それが、自分でも驚くくらい、こたえた。

毎朝、彼女がスケッチブックを開いていた、あの何でもない時間。

それが消えてしまったことが、こんなに寂しいなんて。

俺は、考えた末に、ひとつ準備をした。

会社の在庫から、自社製のスケッチブックを一冊、持ってきたのだ。

営業先に見本で配る、新商品のやつ。紙質がいいのが売りの。

それと、色鉛筆を一セット。

雨上がりの、よく晴れた朝だった。

俺は三両目に乗って、いつものドア横に立った。

彼女は、今日も反対の端にいた。

俺は、勇気を振り絞って、車両の中を歩いていった。

「あの……おはようございます」

彼女が、びくっと顔を上げた。

「……お、おはよう、ございます」

「これ、よかったら」

俺は、スケッチブックと色鉛筆を差し出した。

彼女が、ぽかんとした顔で、それを見る。

「……え?」

「あ、俺、文具メーカーの営業で。これ、うちの新商品で、紙がいいんですよ。発色が」

「その……描くの、やめちゃったみたいだったから。俺のせいだったら、嫌だなと思って」

彼女が、スケッチブックと、俺の顔を、交互に見た。

「……私のために?」

「はい。あの、また、描いてほしくて。俺じゃなくても、何でもいいんですけど」

「あの絵、ほんとに、いいなって思ったので」

しばらく、沈黙があった。

電車のことことという音だけが、二人の間を流れていく。

やがて、彼女が、おずおずと手を伸ばして、スケッチブックを受け取った。

「……ありがとう、ございます」

そして、表紙をそっと撫でて、ふっと笑った。

「……ほんとだ。紙、すべすべ」

その笑顔を見た瞬間、胸の奥が、じんわり温かくなった。

「私、七瀬詩織っていいます。あの……勝手に描いてた人です」

「相沢悠真です。勝手に描かれてた人です」

その言い方に、詩織さんが、ぷっと吹き出した。

「……ふふ。なに、それ」

笑うと、目尻がやわらかく下がる。

その顔が、毎朝盗み見ていた横顔よりも、ずっと可愛かった。

それから、毎朝が変わった。

俺がドア横に立つと、詩織さんが補助席から顔を上げて、小さく手を振ってくれる。

「おはようございます」

「おはようございます」

俺があげたスケッチブックを膝に広げて、また、色鉛筆を走らせる。

ときどき、こちらを見て、また紙に目を落とす。

「……また、俺ですか」

「……今日は、窓の外の傘の人たち、です」

雨の日のホームに咲く、色とりどりの傘。

それを、詩織さんは、ぽつぽつと色鉛筆で写し取っていく。

「傘って、上から見ると、お花畑みたいなんですよ」

「みんな、自分の傘の色なんて、気にしてないのに。集まると、すごく綺麗で」

そう話す詩織さんの目が、きらきらしていた。

それ以外の話だと、消え入りそうな声でぽつぽつ喋るのに、絵の話になると、急に饒舌になる。

そのギャップに、俺は毎朝、少しずつやられていった。

ある朝、俺は思い切って聞いてみた。

「詩織さんって、絵の仕事してるんですか」

詩織さんの手が、ぴたりと止まった。

「……仕事、ってほどじゃ、なくて」

「昼間は、画材屋さんで働いてます。絵の具とか、筆とか、売るほうで」

「描くのは……その、絵本を」

「絵本!?」

「あ、いえ。まだ、作家とかじゃなくて。コンペに、出してるだけで」

詩織さんが、慌てて手を振った。

「ぜんぶ、落ちてるんですけど。です」

最後の「です」が、文末でしゅんと小さくなった。

その言い方が、なんだか、放っておけなかった。

「すごいじゃないですか。絵本、作ってるなんて」

「……すごくないです。誰にも、認められてないので」

「俺は、認めますよ」

詩織さんが、はっと顔を上げた。

「あの、俺の絵、見たとき。なんか、その絵の中の俺、本人より、いい奴そうだったんで」

「詩織さんの絵、人を、ちょっといい感じに見せる力があるんだと思います」

詩織さんが、目を見開いて、それから、ゆっくり俯いた。

耳が、ほんのり赤い。

「……そんなこと、言われたの、初めてです」

その朝の詩織さんは、いつもより長く、俯いたままだった。

次の土曜日。

俺たちは、初めて、電車の外で会った。

詩織さんが働いているという画材屋を、見てみたかったのだ。

それと、もうひとつ。先週から、口実を探していた。

「あの、土曜、その画材屋さん、行ってみてもいいですか。仕事の参考に」

そう言ったら、詩織さんは、しばらく固まって、それから小さく頷いた。

駅前の、古いビルの一階。

「画材 みなと」という、色あせた看板。

中に入ると、絵の具のチューブが壁一面に並んでいて、油絵具の匂いがした。

レジの奥から、詩織さんが出てきた。

エプロンを着けて、髪をきっちり後ろで結んで。

電車で見る詩織さんとは、まるで別人だった。背筋がぴんと伸びて、表情がきりっとしている。

「……い、いらっしゃいませ。相沢さん」

「ども。すごい品揃えですね、ここ」

「でしょう。色鉛筆だけで、百八十色あるんですよ」

絵の話になると、やっぱり饒舌になる。

詩織さんは、棚の前を歩きながら、これは発色がいい、これは混色しやすい、と、目を輝かせて説明してくれた。

その横顔を見ながら、俺は、店の奥にあったものに気づいた。

レジ横の小さな棚に、手作りの絵本が、何冊か立てかけてある。

「これ……」

「あ。それ、私の……。店長が、置いてくれてて」

俺は、一冊、手に取った。

『あめのひの かさのはなばたけ』

雨の日のホームで、色とりどりの傘が花畑みたいに咲く、その間を、傘をなくした小さな女の子が歩いていく話だった。

最後、見ず知らずの人が、そっと傘に入れてくれる。

ページをめくるたびに、淡い色鉛筆の絵が、優しく光っていた。

「……これ、すごくいい」

「あの、傘の話、電車でしてたやつだ」

詩織さんが、こくんと頷いた。

「……これも、コンペ、落ちたやつです」

「『地味だ』って。もっと、はっきりした事件がないと、子どもは読まないって」

詩織さんの声が、また小さくなる。

「……俺は、好きです。この、地味なやつ」

「事件なんてなくても、傘に入れてもらえたら、それで、じゅうぶん嬉しいじゃないですか」

詩織さんが、絵本を見つめたまま、こくり、と頷いた。

そして、ぽつりと言った。

「……相沢さんに、見せたかった、のかも」

「だから、今日、来てくれて。嬉しかった、です」

その日、店が閉まるまで、俺は店内をうろうろして、結局、いちばん高い色鉛筆セットを買って帰った。

詩織さんが、レジで、ふふっと笑った。

「相沢さん、絵、描くんですか」

「いや、全然。でも、描いてみようかなって」

「詩織さんの隣で、毎朝」

詩織さんの頬が、ぽっと赤くなった。

それからしばらく、俺たちは、毎朝の電車で、隣の補助席に並んで座るようになった。

俺は、もらった色鉛筆で、下手くそな絵を描く。

詩織さんが、それを覗き込んで、肩を揺らして笑う。

「……ふふ。これ、なんですか」

「傘です。傘の花畑」

「……傘、ぜんぶ、四角ですよ」

「個性です」

「ふふっ。個性、ですか」

口元を押さえて、肩を揺らして笑う詩織さん。

その笑い方が、毎朝、たまらなく好きになっていった。

会社の同僚の田所には、すっかり見抜かれていた。

「相沢、お前、最近、朝めっちゃ機嫌いいよな」

「……そうか?」

「絶対なんかあったろ。色鉛筆なんか持ち歩いてさ」

「……ほっとけ」

図星すぎて、何も言えなかった。

そして、梅雨が、いよいよ本格的になった、ある金曜の夜。

俺は、残業を終えて、各駅停車に乗った。

帰りの電車で、詩織さんと会うことは、めったにない。

でも、その夜は、いた。

がらがらの車両の、いつもの補助席に。

膝の上に、スケッチブックではなく、大きな封筒を抱えて。

俯いて、じっとしていた。

「……詩織さん?」

詩織さんが、顔を上げた。

目が、赤かった。

「……相沢さん」

「どうしたんですか、こんな時間に」

詩織さんは、膝の封筒を、ぎゅっと抱きしめた。

「……今日、コンペの、結果が来て」

「また、だめ、でした」

「傘の、あの話。最終まで、残ってたんですけど」

声が、震えていた。

「やっぱり、私の絵じゃ、だめなのかなって」

俺は、詩織さんの隣に、そっと座った。

「……悔しいですね」

「……はい。すごく」

「でも、誰にも、言えなくて。家に帰っても、一人だし」

ぽろっと、涙が一粒こぼれた。

詩織さんが、慌てて指で拭う。

「……ごめんなさい。重い、ですよね、こんなの」

「重くないです」

俺は、はっきりそう言った。

「言ってください。いくらでも、聞きます」

「俺、詩織さんの絵の、たぶん、いちばんのファンなので」

詩織さんが、息を呑んだ。

そして、こらえきれなくなったみたいに、俺の肩に、こてんと頭を預けてきた。

肩が、小さく震えている。

俺は、そっと、その背中に手を回した。

「……あったかい」

「相沢さんの、肩」

車内には、俺たちしかいなかった。

ことこと、と電車が揺れる。

その揺れに合わせて、詩織さんの体が、俺に少しずつ寄りかかってくる。

「……あの、相沢さん」

「はい」

「もう少しだけ……このまま、いさせて、ください」

「……いいですよ。いくらでも」

詩織さんの降りる駅を、二つ、通り過ぎた。

それでも、詩織さんは降りなかった。

俺の降りる駅で、二人で降りた。

ホームに出ると、雨が、しとしと降っていた。

「……あの。今日、帰りたくない、です」

詩織さんが、俯いたまま、言った。

「一人の部屋に、帰りたくなくて」

雨の音の中で、その声は、消え入りそうだった。

でも、確かに、聞こえた。

俺の心臓が、大きく跳ねた。

「……うち、すぐそこなんですけど」

「散らかってますけど、よかったら」

詩織さんが、こくり、と頷いた。

俺のアパートは、駅から歩いて七分のところにあった。

一人暮らしの、1Kの部屋。

慌てて出てきたから、そんなに散らかってはいなかったのが、せめてもの救いだった。

「……お邪魔します」

部屋に入って、まず詩織さんの目に入ったのは、机の上だった。

買った色鉛筆と、もらいもののスケッチブック。

そこに、下手くそな傘の絵が、何枚も描き散らかしてあった。

「……これ」

「あ。練習。家でも、描いてて」

詩織さんが、その絵を一枚ずつめくって、ふっと笑った。

涙の跡が、まだ頬に残っているのに。

「……傘、ぜんぶ、四角」

「だから、個性です」

「ふふっ……ふふふ」

肩を揺らして笑う詩織さん。

その笑顔を見られて、俺は、心の底からほっとした。

温かいお茶を淹れて、二人で、小さなテーブルを挟んで座った。

雨の音が、窓の外から、ずっと聞こえている。

「……相沢さん」

「はい」

「私、毎朝、相沢さんに会うのが、楽しみで」

「絵を描いてても、ほんとは、半分くらい、相沢さんのこと、見てて」

詩織さんの頬が、お茶の湯気の向こうで、赤く染まっている。

「今日、だめだったって聞いたとき。いちばん最初に、相沢さんの顔が、浮かんで」

「この人に、慰めてほしいなって、思っちゃって」

その言葉を聞いた瞬間、俺はもう、我慢できなかった。

「……詩織さん」

俺は、テーブルを回って、詩織さんの隣に座った。

距離が、ぐっと近くなる。

ふわっと、甘い、絵の具みたいな匂いがした。

「俺も、同じです」

「毎朝、詩織さんに会いたくて、電車に乗ってた」

「会社、行きたくない日でも、詩織さんがいると思うと、行けた」

詩織さんが、目を見開いた。

そして、その目が、じわっと潤んでいく。

「……ほんとですか」

「ほんとです」

俺は、詩織さんの頬に、そっと手を添えた。

涙の跡を、親指で拭う。

詩織さんが、ゆっくりと、目を閉じた。

俺は、その唇に、そっと自分の唇を重ねた。

ちゅっ。

「……ん」

柔らかくて、温かい唇だった。

ほんのり、お茶の味がする。

一度離れて、お互いの顔を見る。

詩織さんの頬は真っ赤で、潤んだ目が、まっすぐ俺を見ていた。

「……もう一回、いい?」

「……はい」

今度は、もっと深く。

ちゅっ……ちゅるっ……

唇を重ねながら、舌先で詩織さんの唇をなぞる。

詩織さんの口が、おずおずと開いた。

舌先を差し入れると、応えるように、詩織さんの舌が、ちろっと触れてくる。

ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ

静かな部屋に、湿ったキスの音が響く。

「ん……っ……相沢さん……」

「……悠真、でいいよ」

「……悠真、さん」

「さんは、いらないかな」

「……悠真」

名前を呼ばれて、胸の奥が、きゅっと締まった。

もう一度、唇を重ねる。

キスをしながら、俺は、詩織さんの背中に手を回した。

シャツ越しの、細い背中。

ぎゅっと引き寄せると、詩織さんの体が、俺の胸に、こてんと預けられた。

「……悠真の手、おっきい」

「詩織さんの背中、細いよ」

「……もう」

ふわっと笑う詩織さん。

その笑顔に見とれていると、詩織さんが、自分からそっと、唇を寄せてきた。

ちゅっ……ちゅるっ……

少しずつ積極的になる詩織さんに、心臓が跳ねる。

俺は、シャツのボタンに、そっと手をかけた。

「……脱がせて、いい?」

「……うん。でも、電気、暗くして、ください」

「あ、ごめん」

豆電球だけにすると、部屋がオレンジ色の、やわらかい光に包まれた。

窓の外の雨音が、その光の中に、しっとりと溶けていく。

シャツのボタンを、ひとつずつ外していく。

白い肌が、少しずつ現れる。

その下から、思っていたよりずっと豊かな膨らみが覗いて、はっとした。

「……すごく、綺麗だ」

「……見ないでください。恥ずかしい、です」

詩織さんが、両手で胸元を隠した。

でも、指の隙間から、こちらをちらっと見ている。

俺は、その手を、そっとどけた。

シャツを肩から滑らせると、淡いベージュのブラジャーが現れた。

控えめなデザインなのに、収まりきらない柔らかさが、縁からむにゅっとこぼれている。

「……外すよ」

「……はい」

背中に手を回して、ホックを外す。

かちり。

肩から紐が滑り落ちて——

ふるんっ。

解放された胸が、ぷるんと揺れた。

「……」

思わず、声を失った。

白くて、柔らかそうで、形が綺麗だった。

頂点には、薄いピンクの乳首が、控えめに色づいている。

「……そんなに、見ないで」

「無理。綺麗すぎて」

俺は、両手で、その胸を包み込んだ。

むにゅっ。

「……んっ」

指が、柔らかく沈み込んでいく。

もちもちした弾力が、手のひらに吸い付く。

指の間から、白い肉が、ふにゅっとこぼれた。

むにゅ……むにゅ……ふにゅっ……

「ん……っ……悠真……」

揉むたびに、詩織さんの口から、小さな声が漏れる。

普段の、消え入りそうな声とは違う、甘い吐息。

「ここは?」

親指で、乳首を、そっと撫でた。

「ひゃっ……」

詩織さんの体が、びくっと跳ねた。

「……そこ、敏感、なので」

ツンと色づいた乳首を、指先で、くりくりと転がす。

「あっ……んっ……やっ……そこ……」

か細い声が、だんだん高くなる。

普段おとなしい詩織さんが、こんな声を出している。

そのギャップに、たまらなくなった。

我慢できずに、片方の乳首に、唇をかぶせた。

ちゅうっ。

「ひあっ……」

詩織さんの手が、俺の頭を、そっと抱え込んだ。

柔らかい胸に、頬が埋もれる。

甘い匂いが、鼻をくすぐった。

ちゅるっ……れろっ……ちゅっ……

舌先で乳首を転がしながら、もう片方の胸を、手で揉み続ける。

「ん……っ……あっ……悠真、上手……」

交互に吸って、舐めて、揉んで。

「はぁっ……んっ……こんなの、初めて……です」

詩織さんの体が、だんだん熱くなっていく。

ちゅう……ちゅるっ……むにゅっ……

「んっ……だめ……力、抜けちゃう……」

詩織さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。

俺は、詩織さんのワイドパンツのボタンに、そっと手を伸ばした。

「……触っていい?」

「……うん」

ボタンを外して、ファスナーを下ろす。

下着の上から、中心を、そっとなぞった。

すっ……

「ひゃっ……」

布越しに、はっきりとわかる、湿り気。

「……もう、濡れてる」

「……だって。悠真に、あんなことされたら……」

恥ずかしそうに俯く詩織さん。

俺は、ワイドパンツと、その下のショーツを、ゆっくりと引き下ろした。

露わになったそこは、もう、しっとりと濡れていた。

豆電球のオレンジの光に、蜜が、糸を引くのが見える。

「……すごい」

「……言わないで。恥ずかしい、です」

俺は、詩織さんを、そっとベッドに横たえた。

太ももを、優しく開く。

その間に、顔を近づけた。

「えっ……そんなとこ……」

「気持ちよくしたいから」

舌で、濡れた割れ目を、ゆっくりとなぞり上げた。

れろっ……

「んあっ……やっ……そこ……」

甘い味が、舌に広がる。

敏感な突起を、舌先で、ちろちろと弾いた。

ちろちろ……れろっ……

「ひゃあっ……そこ、だめ……っ」

だめと言いつつ、詩織さんの手が、俺の髪を、きゅっと掴んだ。

逃がさないように。

突起を舐めながら、指を一本、ゆっくりと中に入れた。

ずぷっ……

「んあぁっ……」

熱くて、きつくて、ぬるぬるの中が、指を、きゅっと締め付ける。

指をゆっくり動かしながら、中の、感じる場所を探る。

くちゅ……くちゅ……

「あっ……そこ……っ……変な感じ……です……」

ざらっとした場所を擦りながら、突起を、舌で吸い上げる。

ちゅるっ……くちゅくちゅ……

「やっ……あっ……両方、だめ……っ……おかしくなっちゃう……」

詩織さんの腰が、ぴくぴくと跳ねる。

声が、どんどん甘く、高くなっていく。

「あっ……あっ……悠真……私……なんか……来ちゃう……っ」

指を曲げて、感じる場所を、集中的に擦る。

突起を、舌で、ちゅるちゅると吸い続ける。

くちゅくちゅくちゅ……ちゅるるっ……

「あっ……あっ……だめっ……いっちゃう……いっちゃうっ……」

びくんっ。

詩織さんの体が、弓なりに反った。

太ももが、ぎゅっと俺の頭を挟んで、震える。

中が、きゅうっと、指を締め付けた。

「はぁっ……はぁっ……すごい……こんなの、初めて……です……」

詩織さんが、潤んだ目で、俺を見上げた。

頬が上気して、髪が乱れて。

その姿が、たまらなく色っぽかった。

「……悠真も」

詩織さんが、体を起こした。

まだ、脚が震えている。

「私だけ、ずるい、です。悠真も……気持ちよく、なってほしい」

詩織さんの、絵筆を握る細い指が、俺のベルトに伸びた。

ぎこちない手つきで、ベルトを外し、ズボンを下ろす。

下着の上から、もう硬くなっているそこに、そっと触れた。

「……わ。すごく、硬い……です」

「詩織さんが、可愛すぎるから」

「……もう」

下着を下ろすと、限界まで張り詰めたものが現れた。

詩織さんが、おそるおそる、細い指で、そっと握る。

「……あつい」

ゆっくりと、上下に動かしてくれる。

しゅっ……しゅっ……

不器用だけど、一生懸命な手つき。

それだけで、たまらなかった。

「……お口でも、していいですか」

「えっ……いいの?」

「……悠真のこと、気持ちよくしたいので。です」

詩織さんが、俺の前に、かがみこんだ。

潤んだ瞳が、俺を見上げる。

先端に、ちゅっとキスを落とした。

ちゅっ……

「ん……悠真の匂い……」

ちろっと、舌先が出て、先端を舐める。

れろっ……ちろっ……

「……っ」

「……気持ち、いいですか」

「やばい……」

詩織さんが、嬉しそうに目を細めて——ぱくっと、口に含んだ。

「んっ……」

温かくて、湿った口の中に、包まれる。

じゅるっ……ちゅぷっ……

小さな舌が、絡みつきながら、ゆっくり動く。

「んっ……じゅるっ……ちゅぷっ……」

潤んだ目が、俺を見上げている。

「詩織さん……上手だよ……」

「ん……ふふ……じゅるっ……」

嬉しそうに、頭を上下に動かす。

頬がへこんで、吸い付く圧が強くなる。

じゅぽっ……じゅるっ……ちゅぷちゅぷ……

「ぷはっ……悠真の、おっきい……こんなの、入るかな……です」

一度口を離して、裏筋を、下から上に、れろれろと舐め上げる。

「……詩織さん、そろそろ、やばい」

「……っ。じゃあ」

詩織さんが、ぱっと口を離した。

唾液が、つうっと糸を引く。

「……来て、ください」

詩織さんが、ベッドに横たわって、両手を、俺に向けて伸ばした。

オレンジの豆電球の下、潤んだ瞳が、俺を見上げている。

「……あの、私」

詩織さんが、消え入りそうな声で言った。

「久しぶり、なので。優しく、してほしい、です」

「うん。ゆっくりするから」

「ゴム、あるから。ちょっと待ってて」

俺は、引き出しから、ひとつ取り出して、つけた。

詩織さんの太ももを、そっと開く。

その間に体を入れて、先端を、濡れた入り口に、あてがう。

ぬるっとした感触。

「……入れるよ」

「……はい。来て、ください」

ゆっくりと、腰を進めた。

ずぷっ……

「んあっ……」

中に入った瞬間、詩織さんの体が、びくんと震えた。

「あつい……悠真の……あつい、です……」

少しずつ、奥へと進めていく。

ずぶ……ずぶ……ずぶっ……

「んんっ……おっきい……奥まで、来てる……っ」

詩織さんの中は、信じられないほど熱くて、きつくて、とろとろだった。

壁が、俺のものに絡みついて、吸い付くように締め付けてくる。

「……詩織さん、すごい締まってる」

「だって……悠真の、大きいから……っ」

奥まで入って、根元まで密着した。

詩織さんの顔が、目の前にある。

上気した頬。半開きの唇。

その全部が、可愛くて、色っぽくて、たまらない。

俺は、詩織さんの唇にキスをしながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。

ちゅっ……ずちゅっ……

「んむっ……」

ずちゅっ……ぬぷっ……ずちゅっ……

「ん……っ……あっ……」

奥まで突くたびに、詩織さんが、甘い声を漏らす。

最初はゆっくり。少しずつ、ペースを上げていく。

ぱんっ……ぱんっ……

「あっ……んっ……悠真……気持ちいい……です……」

詩織さんの白い胸が、突くたびに、たゆんたゆんと揺れる。

その揺れを見ながら、腰を動かす。

「詩織さんの中、最高だ……」

「んっ……そんなこと言われたら……もっと、感じちゃう……っ」

詩織さんの腕が、俺の首に回された。

ぎゅっと、抱きついてくる。

「……もっと、近くに、来てほしい……です」

俺は、体を密着させて、奥を突いた。

ずぱんっ……

「ひゃあっ……そこっ……当たってる……っ」

奥の、感じる場所に当たったみたいだ。

詩織さんの中が、きゅうっと締まった。

「ここ?」

ずぱんっ……

「そこっ……やっ……すごい……っ」

同じ場所を、何度も突く。

ぱんっ……ぱんっ……ぱんっ……

「あっあっあっ……悠真……もっと……っ」

普段、消え入りそうな声の詩織さんが、甘い声で「もっと」とねだる。

そのギャップに、理性が飛びそうになる。

言われるままに、腰の動きを速めた。

ぱんぱんぱんっ……

「んあぁっ……やばい……気持ちよすぎる……です……っ」

詩織さんの中が、どんどんきつくなっていく。

ベッドが、ぎしぎし軋む。

静かな部屋に、肉がぶつかる音と、水音が反響する。

外の雨音と、混ざり合う。

「詩織さん……そろそろ……っ」

「悠真……私も……もう……っ」

ぱんっ……ぐちゅっ……ぱんっ……ぬちゅっ……

「あっ……いっちゃう……また、いっちゃう……っ」

「俺も……っ」

「一緒に……悠真と、一緒が、いい……っ」

ぱんぱんぱんぱんっ……

「……出る、詩織さんっ」

「来てっ……いっ……いくっ……」

びくんっ。

詩織さんの体が、弓なりに反った。

中が、きゅうきゅうと痙攣しながら、俺のものを、搾り取るように締め付ける。

その締め付けに、俺も限界を迎えた。

どくっ……どくっ……どくっ……

薄い膜越しでも、その熱が伝わるくらい、強く、放った。

「んあああっ……」

びくんびくんと、詩織さんの体が震える。

最後の一滴まで出し切って——

「はぁっ……はぁっ……」

「はぁ……はぁ……すごかった、です……」

繋がったまま、お互いの額を、くっつける。

詩織さんの潤んだ瞳が、うるうると揺れていた。

「……詩織さん」

「……悠真」

しばらく、そのまま、呼吸を整える。

オレンジの豆電球の下、二人の荒い息と、外の雨音だけが響いていた。

やがて、ゆっくりと体を離して、俺は、詩織さんの隣に寝転がった。

詩織さんが、こてんと、俺の胸に頬を寄せてくる。

「……ねえ、悠真」

「ん?」

「今日、来てよかった、です」

「コンペ、落ちて、泣いてたのに。今、すごく、幸せで」

俺は、詩織さんの髪を、そっと撫でた。

「……あのさ、詩織さん」

「はい」

「俺と、付き合ってください」

詩織さんが、ぱっと顔を上げた。

その目が、また、じわっと潤んでいく。

「……いいんですか。私で」

「詩織さんが、いいんです」

「毎朝、詩織さんに会うために、電車に乗ってたくらいなので」

詩織さんが、口元を押さえて、肩を震わせた。

今度は、笑っているのか、泣いているのか、わからなかった。

「……はい。私も……悠真と、付き合いたい、です」

「毎朝の電車が……ずっと、楽しみだったので」

俺は、詩織さんを、ぎゅっと抱きしめた。

ふわっと、絵の具みたいな甘い匂いがした。

毎朝、補助席の隣で嗅いでいた、あの匂い。

その匂いが、今は、腕の中にある。

雨は、いつの間にか、小降りになっていた。

翌朝。

俺たちは、いつもの七時四十二分の各駅停車に、一緒に乗った。

いつものドア横。いつもの補助席。

でも、今日は、二人で並んで座っている。

詩織さんが、もらったスケッチブックを、膝に広げた。

「今日は、何描くの?」

「……内緒、です」

詩織さんが、色鉛筆を走らせる。

俺は、その横顔を、隣から眺めていた。

しばらくして、詩織さんが、ふふっと笑って、スケッチブックを、こちらに向けた。

そこに描かれていたのは。

電車の補助席に、並んで座る、男女。

男の方は、相変わらず眠そうで。

女の方は、その肩に、こてんと頭を預けて、笑っている。

二人の頭の上に、小さく、相合傘ならぬ——一本の傘の花が、咲いていた。

「……次のコンペ、これで、出そうと思って」

「タイトルは、『あさの でんしゃの ふたり』」

「……俺、また勝手に描かれてる」

「ふふ。今度は、ちゃんと許可、取りました」

「彼氏に、なってくれたので。です」

口元を押さえて、肩を揺らして笑う詩織さん。

その笑顔が、朝の光の中で、すごく綺麗だった。

電車が、ことことと揺れる。

窓の外を、見慣れた景色が流れていく。

なんの変哲もない、各駅停車の、四十分。

でも、その四十分が——俺の、一番大切な時間になった。

「そのコンペ、受かるといいな」

「……受かっても、受からなくても」

詩織さんが、俺の肩に、また頭を預けた。

「私の、いちばんのファンが、隣にいるので。もう、大丈夫です」

俺は、その頭に、そっと自分の頭を寄せた。

各駅停車は、今朝も、ことことと、二人を乗せて走っていく。

詩織さんの色鉛筆が、紙の上で、また、すっと優しい線を引いた。

― 終 ―


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