浴衣姿の幼馴染に「昔と違うでしょ」と言われた夏祭りの夜

盆前の金曜、俺は3年ぶりに岐阜の郡上に帰ってきていました。

東京で中堅の住宅設備メーカーの営業をやって6年目。成績は下から数えたほうが早いくらいで、今年の夏季休暇も上司に「休むならせめて成約1件取ってからにしろ」と嫌味を言われながらもぎ取ったやつです。28歳、彼女いない歴3年。東京に出たら垢抜けると思ってたのに、気づいたら「そこそこ普通の男」で止まったまま、こっちに帰ってきてました。

「涼太、いつまでテレビ見てんの。おどりくらい顔出しなさいよ、せっかく帰ってきたんだから」

母親にそう言われて、Tシャツとジーパンのまま半ば追い出される形で郡上おどりの会場に向かうことになりました。浴衣なんて実家のどこにあるのかも分からないし、正直そこまでする気もなかったんです。

会場に近づくと、下駄の音と三味線と、あの独特の「郡上節」が聞こえてきました。(変わってねぇな、この感じ)。東京じゃ絶対に鳴ってない音で、それだけで妙に落ち着かなくなる自分がいました。何者にもなれなかった28歳が、地元の祭り囃子だけで急に情けなくなる感じ、分かる人には分かると思います。

屋台通りを一人でふらふら歩いていたら、いきなり背中をバチンと叩かれました。

「ちょっと、そこの陰キャっぽい兄ちゃん」

振り返ると、紺地に白い朝顔柄の浴衣を着た女が立っていました。色白で、黒髪が鎖骨のあたりまで伸びていて、うなじに後れ毛。誰だっけ、と本気で固まってしまいました。

「は?あたしだよ、忘れたの」

「……え」

「ナツ。隣の家の」

その名前でようやく繋がりました。小学生の頃、川に真っ黒に日焼けした坊主頭寸前の女がよくいて、魚獲りだの虫捕りだので一緒に泥だらけになってた記憶。あの子がこれです。正直、脳がバグりました。

「……昔と違うでしょ」

ナツがニヤッと笑ってそう言ってきました。俺が絞り出した返しは、

「げ、下駄、歩きにくそうだな」

でした。自分でもドン引きするくらいひどい返しでした。ナツは「相変わらずズレてんね」と笑って、俺の袖を引っ張ってきました。

「暇でしょ、付き合いなさいよ」

そのまま屋台通りに連れて行かれる流れになりました。射的の屋台で俺が5発全部外して店主に呆れられている横で、ナツが1発でキーホルダーを撃ち落としました。

「はい、これ」

「昔から俺より上手いよな、お前」

「あんたが下手すぎるだけ」

かき氷を一つ買って半分こしながら、昔の話で盛り上がりました。近所の畑のスイカを二人で割って親に怒られた話とか、川で流された俺のサンダルを探して結局見つからなかった話とか。ナツは笑いながら、途中でふと真面目な顔になって聞いてきました。

「ねぇ、東京の女の人ってさぁ、やっぱ違う?」

「え、何が」

「いや、なんでもない」

(何だったんだ今の)と思いつつ、俺はその意味に気づくこともなく、また屋台の話に戻ってしまいました。この時の俺、たぶん今考えても一番鈍い瞬間だったと思います。

「てかさ、涼太、昔はあたしのこと女として見てなかったくせに」

いきなりそんなことを言われて、俺は氷を噛みながら固まりました。

「いや、そりゃ小学生だったし」

「今は?」

「今は……いや、何だよ急に」

「別に。ただ聞いてみただけ」

ナツはそう言ってプイと視線を外し、また屋台の列に紛れていきました。俺だけがその質問の温度に置いていかれたまま、氷を溶かしていました。

そこに同級生の田淵が酔っ払い気味で割り込んできました。

「おー涼太、久しぶり!つーかナツちゃん、式いつだっけ?」

一瞬、空気が固まりました。ナツは「あー、それもういいから」と笑って流しましたが、その後の下駄の音が明らかに速くなっていました。俺は(婚約してたのか、こいつ)と勝手に納得して、なんとなく距離を取るような会話しかできなくなりました。田淵はそれに気づかず、また別の同級生に絡みに行きました。

「……行こっか」

ナツはそう言うと、人混みを抜けて祭り会場の裏手に向かって歩き出しました。俺は黙ってついていきました。

着いたのは、昔よく二人で登った神社の石段でした。ナツは石段に座って、コンビニで買ったらしい缶チューハイのプルタブを開けました。

「破談になったんだよね、先月」

前置きなしにそう言われて、俺は何も返せませんでした。

「向こう、浮気してた。それも同じ職場の後輩と」

「……そうか」

「この浴衣さ」

ナツは自分の袖をつまんで、俺に見せるように広げました。

「式の前撮りの練習で買ったやつ。着る機会なくなったから、今日、おろした」

なんで今日なんだ、というのは聞けませんでした。聞けば何かが変わってしまう気がして、俺は缶チューハイをもらって、黙って一口飲みました。

「東京の女って、やっぱ結婚とか早いの?」

「いや、俺の周り誰も結婚してないけど」

「そう」

ナツはそれだけ言って、石段の下で踊っている人たちの明かりをぼんやり眺めていました。俺はその横顔が、昔よく喧嘩したあとに黙り込む顔と同じだったことに気づいて、少し胸のあたりが重くなりました。何か言おうとして、結局

「花火、そろそろ上がるかもな」

というどうでもいい一言しか出ませんでした。ナツは「うん」とだけ返して、それ以上は何も聞いてきませんでした。

その後、二人で徹夜おどりの喧騒から少し離れて、吉田川の川べりまで歩きました。昔よく秘密基地にしていた倉庫の裏で、遠くから花火が上がるのが見えました。

「昔は手ぇ繋いでも何とも思わなかったのにね」

ナツが先にそう言いました。手の甲が触れて、気づいたら指が絡んでいました。正直、どっちから握ったのか、あんまり覚えていません。ただ、花火の音より自分の心臓の音のほうが気になったのは覚えています。

「親、町内会の打ち上げで朝まで帰ってこないんだよね」

ナツがぽつりと言いました。

「……そう、なんだ」

「上がる?」

そのまま何も言えず頷いてしまう自分がいました。

ナツの実家の二階、彼女の部屋は昔とほとんど変わっていませんでした。ただエアコンは壊れているらしく、扇風機が一台、力なく首を振っているだけでした。麦茶をコップ二つ持ってきたナツが、畳に座ってこっちを見ました。

「で、あんたは?昔と違うの?」

祭り囃子がまだ遠くで鳴っていました。(祭りのせいだ。祭り囃子と花火が悪い。俺は悪くない)と、俺は先回りで自分に言い訳を用意していました。情けない話ですが本当です。

キスは向こうからでした。ナツが座ったまま身を寄せてきて、唇が触れました。

離れたあと、ナツが

「なんで固まってんの」

と笑いました。俺は帯を解こうとして、それが固結びになっているのに気づき、指がもたついてしまいました。

「ちょっと、待って」

「……不器用なのも昔と同じじゃん」

ナツが呆れながらも自分で半分解いてくれました。俺はそれをようやく引き抜いて、襟元を開きました。汗ばんだ首筋、鎖骨、その下に見えた胸は思っていたよりずっと柔らかそうで、Cカップくらいはありそうでした。

(あの泥だらけで川に飛び込んでたナツと、本当に同一人物なのか)

頭の中でそんなことを考えている時点で、俺はもう完全に混乱していました。手を伸ばして胸に触れると、想像より柔らかくて、ナツが小さく息を吸ったのが分かりました。指の腹で胸の先を軽くこすると、そこだけ硬くなっているのが分かって、ナツの肩がびくっと揺れました。

線香花火の火薬の匂いがまだ指に残っていて、それを気にする余裕もないまま、下着の中に手を滑り込ませました。指を動かすと、ぬるついた感触があって、ナツの息が少しずつ荒くなっていきました。

「あ……ちょっ……」

いつも軽口ばっかりのナツが、そこで初めて言葉を止めました。指を動かすたびに腰が小さく浮いて、太腿に力が入るのが分かります。(このナツが、こんな声出すのか)と、頭の中がまた混乱しました。

「涼太、財布持ってきた?」

「あ、ああ」

急いで財布から、いつからそこに入れっぱなしだったかも覚えていない古いゴムを取り出しました。手が震えて、袋を破くのに何回か失敗しました。

「大丈夫?そんな緊張しなくても」

「……うるさい」

なんとか着けて、畳の上でナツを組み敷きました。膝が畳に擦れて痛かったですが、それどころではありませんでした。

先っぽを当てて、少しずつ腰を沈めていきます。ぬるっとした感触に包まれていく途中で、ナツが眉を寄せて小さく声を上げました。

「んっ……」

根元まで入れると、中がきつく締め付けてくる感覚があって、6年ぶりに感じるその感触と、目の前にいるのが本当にナツなのかという混乱で、頭がおかしくなりそうでした。

「涼太……大丈夫、動いて」

言われるがまま腰を動かし始めました。ナツの膝が両側から俺の腰を挟んでくる感触と、揺れるたびに漏れる声に、あっという間に追い詰められていきました。情けないことに、そこから3分も持ちませんでした。

「あ、やば……ごめん、もう……」

抜く間もなく、あっけなく達してしまいました。腰の奥から一気に力が抜けていく感覚があって、そのままナツの上に崩れ落ちそうになりました。

「……早すぎ。昔から落ち着きないもんね」

ナツは怒るでもなく、そう言って笑いました。俺は畳に転がって天井を見ながら、東京でも地元でも情けなさは変わらないんだな、と妙に納得していました。

「はい、じゃあ次はあたしね」

ナツはそう言うと、まだ息が整わない俺の上に、そのまま跨ってきました。

「え、ちょっと待って、今」

「待たない」

ナツが腰を落としてくると、さっきよりも深く繋がる感覚がありました。彼女は俺の胸に手をついて、腰を前後に揺らし始めました。中の締め付けが最初とは違う場所に当たって、俺は思わず声が出そうになりました。さっきまでの軽口が、少しずつ減っていきました。名前を呼ぶ回数が増えて、「涼太」という声のトーンが変わっていくのが分かりました。

「うつ伏せになって」

途中でナツがそう言って、俺は言われるまま後ろから挿れる形に体勢を変えました。浴衣を脱ぎきらず、肩にだけ羽織ったままのナツのうなじに、後れ毛が張り付いていました。腰を掴んで挿れ直すと、さっきより奥まで届く感覚があって、ナツが畳に爪を立てるように手を伸ばしました。扇風機の風が、汗ばんだ背中を撫でていくのが分かりました。

(破談になったばかりの、弱ってるナツにつけ込んでるだけなんじゃないか)

腰を動かしながら、そんな考えが頭の隅をよぎりました。でもそれ以上に、今この瞬間だけは誰にも渡したくない、という感覚のほうが強くなっていて、自分でもその変化に戸惑っていました。

「涼太、もっと……」

1回戦の時とは違って、変な意地とか焦りは消えていて、ただ目の前のナツをちゃんと感じたい、という気持ちのほうが強くなっていました。ナツの呼吸が浅くなるのに合わせて動きを変えると、彼女は枕に顔を埋めるようにして、俺の名前をまた呼びました。

「涼太……あたし、なんかやば……」

「俺も、そろそろ……」

「いいよ、そのまま……」

遠くで花火の最後の連発が上がる音がしました。ナツの声が高くなって、俺もほとんど同時に限界がきて、二人でそのまま動きを止めました。

しばらく畳に転がったまま、二人とも扇風機の風を取り合っていました。

「暑い、こっち向けて」

「お前が動いたからだろ」

しわくちゃになった浴衣を、ナツは一人でうまく着付け直せずにいました。仕方なく俺が実家に忍び込んで、自分のTシャツを一枚持ってきて貸すことになりました。ナツはそれを着て、袖が余っているのを見て少し笑っていました。

「デカすぎ」

「うるさい、それしかなかったんだよ」

タオルケットを洗濯機に放り込んで、麦茶を飲もうとしたら、もうすっかりぬるくなっていました。それでも二人で回し飲みしながら、親が帰ってくる前に裏口からそっと退散しました。玄関先で別れる時、ナツが小さく手を振ってきたのを覚えています。

翌朝、東京に戻るバスの時間になって、郡上八幡インターのバス乗り場まで来ると、ナツが立っていました。まだ俺のTシャツを着たままで、下は昨日と同じジーンズでした。

「見送りとか、柄じゃないだろお前」

「うっさい。今日暇だったの」

バスが来るまでの間、他愛もない話をしました。保育園の子どもがどうとか、来年もおどりに帰ってくるのかとか、特に意味のない会話ばかりでした。ただ、ナツがふとした瞬間に俺の顔をじっと見てくることがあって、そのたびにこっちが先に目を逸らしてしまいました。

「ね、今のあたしどう?——昔と違うでしょ」

ナツがまた同じ台詞を持ち出してきました。今度は茶化すような笑いじゃなくて、ちゃんとした答えを待っているような顔でした。バスのアナウンスが流れて、荷物を持ったところで俺はやっと言えました。

「……昔と違うな、ほんとに」

ナツはしばらく黙って俺を見てから、いつもの調子で笑いました。

「あんたは昔っから何も変わってない。ヒョロくて、口下手で、肝心なとこで一歩遅い」

「うるさいな」

「……だから今度は、あたしが東京行く番ね」

バスが来て、俺は振り返りながら乗り込みました。ナツはTシャツの袖をまくって手を振っていて、俺はその一言の意味を、名古屋を過ぎるあたりまでずっと考えていました。


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