夜勤明けの休憩室、仮眠を取るはずだった私と先輩の話

1月最終週、朝6時40分。夜勤明けの監視センターで、私はスマホの画面を二度見した。「京王線、大雪の影響により全線で運転を見合わせています」。窓の外を見ると、都内では数年ぶりだという大雪が本当に降っていて、駐車場の車が全部真っ白い塊になっていた。

帰れない。

自己紹介は後にする。とにかくこの朝、休憩室には私と、夜勤ペアの先輩の二人だけが残されていた。

私は26歳。都内のデータセンターで監視オペレーターをやって、今年で4年目になる。夜勤続きで生活リズムはとっくに崩壊していて、休日は寝るだけ、彼氏いない歴は3年、肌の色は年中「夜勤色」。友達に「たまには焼けたね」って言われて真顔で「これ日焼けじゃなくて夜勤焼けだよ」って返すくらいには病んでる。恋愛に関しては鈍いを通り越して機能してない自覚がある。

先輩とペアを組むようになったのは半年前から。31歳、夜勤歴8年のベテランで、無口で不器用。目つきはいつも眠そうなのに、アラート対応のときだけ声が低く通る。仮眠を交代するとき、いきなり蛍光灯をつけたりしない。デスクライトからそっとつけて、「そろそろ」って低い声で起こしてくれる。私が微糖のコーヒーを飲む人間だと思われがちな顔をしてるのに、いつのまにか差し入れはカフェオレになってた。聞いたこともないのに、覚えられてる。

うちらのペアには定番のやりとりがあった。

あと15分だけ寝かせてください

15分後に容赦なく起こすからな

毎回これ。容赦なく、が毎回本当に容赦なくて、いつも数分早く起こされる。それがなんか、悔しいような、安心するような。

年末の深夜、大規模アラートが同時に何十件も鳴って、誤報だってわかるまで二人で朝まで張り付いた夜があった。全部終わって休憩室でカップ麺をすすってたとき、先輩が初めて笑った。

今日は動いたな、お互い

(え、笑うんだ)

不意打ちすぎて、私は意味もなく割り箸の袋を折り続けた。三角、四角、また三角。先輩は気づいてなかったと思う。多分。この人にも表情があるんだって、それだけでその夜は妙に眠れなかった。

別の朝、私は仮眠室で盛大に寝坊した。起こしに来てくれるはずが誰も来なくて、飛び起きたときには先輩が一人でモニターの前に座っていた。自分の仮眠時間を削って、私の分まで見ててくれてたらしい。

謝る私に、先輩はモニターから目を離さずにこう言った。

寝顔がひどかったから起こせなかった

(それ、褒めてないですよね……?)

内心盛大にツッコミを入れたけど、口では「すみません」しか出てこなかった。今思えばあれ、絶対そういう意味じゃなかった。読んでるみんなにはもうバレバレだと思うけど、その場の私は本気で気づいてなかった。うちの鈍さ、たぶん筋金入り。

同期からの又聞きで、こんな話を聞いた。

先輩、休憩中いつも電話してるじゃないですか。相手、ゆかりさんっていうらしいですよ

(彼女か……)

聞いた瞬間、勝手に落ち込んだ。付き合ってもいないのに失恋した気分になるとか、我ながらどうかしてる。でも本当にへこんだ。休憩室で先輩の背中を見るたびに、なんかもう目を合わせられなかった。

追い打ちをかけるように、来月から先輩が日勤の別チームに異動することが正式に決まったと知らされた。夜勤ペア解消。ゆかりさんの件と合わせて、二重に落ち込んだ大雪の夜勤中のことだった。

その夜、先輩のスマホが誤操作でスピーカーに切り替わって、電話の相手の声が休憩室に響いた。

「お兄ちゃん、そっちも雪すごいの?お母さんち、屋根大丈夫かな」

(……妹?)

ゆかりさんは実の妹だった。実家の雪の様子を心配して電話してただけだった。私は聞かなかったふりをするのに必死で、逆に挙動不審になった。慌てて画面を見つめるふりをしたら、先輩に「なんか監視画面、そんなに面白い?」って聞かれて、答えられなかった。

そうこうしてるうちに夜勤は明けて、朝になっても状況は変わらなかった。電車は全線ストップ、バスも動かない。日勤の人たちは出社できず、監視は代替拠点に切り替え。総務からは「動けるようになるまで待機してください」の一言だけ届いた。

ビルの暖房は日中まで休憩室と仮眠室にしか入らない設定になっていて、会社支給の毛布は仮眠室にたった1枚。

要するに、私たちは動けなかった。物理的に、二人きりで、この建物の一番暖かい場所に閉じ込められてた。

休憩室のソファで、毛布を半分こにして座った。指先が冷え切ってて、無意識にこすり合わせてたら、その上に先輩の手が重なった。

冷たいな

退かされるかと思ったら、そのまま握られた。私はもう片方の手で毛布の端をぎゅっと引き寄せて、先輩の肩にちょっとだけ寄りかかった。

…もっと寄っていいよ

寒いから、じゃないです。……もっとこっち来てほしいだけ

言ってから、自分で自分にびっくりした。何言ってんの、うち。でも取り消す気にはならなかった。

異動のこと

先輩がぽつりと切り出した。

今度、日勤の別チームに行くことになった。夜勤ペア、終わるの嫌だなって思ってた

初めて本人の口から聞いた。誤報の夜の顔とか、寝坊した朝のこととか、色々思い出して、気づいたら口が動いてた。

私もです

言った瞬間の沈黙が長くて、次に気づいたときには唇が重なってた。夜勤明けの寝不足のせいだ、と二人とも心の中で言い訳してたと思う。多分。雪のせいでもある。全部雪のせいにしていい気がした。

キスの合間に、先輩の手が事務服のブラウスの中に入ってきた。指が思った以上に冷たくて、私は変な声を出して跳ねた。

つめた……!

あ、ごめん

二人で小さく笑って、仕切り直し。

(笑ってる場合……?いや笑う場合だ、これは)

もう一度重なった唇の隙間から、先輩の手のひらが背中を這って、ブラのホックのあたりで止まった。私が小さくうなずくと、指がもたついた。器用な人だと思ってたのに、意外とここは不器用だった。ホックが外れると、先輩の手が前に回ってきて、直に胸を包まれた。柔らかく揉まれると、体の奥がじんと重くなる感覚がして、うちは膝をすり合わせた。

私も先輩のベルトに手を伸ばしたけど、緊張で全然外せなくて、金具の部分で指が空回りするだけだった。

あの、これ、どうやって……

自分でやる

結局先輩が自分で外した。情けなさを分け合った気がして、逆に肩の力が抜けた。下着の中に手を入れると、先輩のそこはもう硬くなってて、握ると小さく息を吐かれた。

……あんまり煽らないで

(煽ってるつもりないんだけど、なんかごめん)

先輩の指も私の下着の中に入ってきて、そこを撫でられた瞬間、指がぬるっと滑るのがわかって恥ずかしくなった。快感どうこうより、休憩室の出入口が気になって仕方なかった。誰か来たらどうするんだろう、この体勢。総務の人が様子見に来る可能性、ゼロじゃないのに。

場所、変える?

毛布を抱えて仮眠室に移動した。鍵は二回確認した。シングルの簡易ベッドは狭くて、先輩が体勢を変えるたびに柵に肘をぶつけていた。

痛っ

大丈夫ですか

うん……大丈夫

ゴムは先輩の防災ポーチから出てきた。会社の備品じゃなくて私物らしい。封を切るのに妙に手間取ってて、その姿がなんかリアルで、逆に緊張がほぐれた。

服を脱がせ合うのも狭いベッドの上だとぎこちなくて、私のパンツが片足だけ絡まって脱げなかったのを、先輩が無言で引っ張って手伝ってくれた。

正常位で、ゆっくり入ってきた。先端が少し押し込まれただけで、みっちり広げられる感覚があって、うちは声が漏れた。

ん……っ

狭いベッドが軋んで、その音に気づいた瞬間、二人同時に動きを止めた。何回もそれを繰り返した。ちょっとでも動くとギシッと鳴るから、まるで無音ゲームをやってるみたいだった。

(これ、夜勤明けのテンションのせいにしていいやつ……?)(来月からいない人なのに)(明日どんな顔で引き継ぎ表書けばいいの、これ)

先輩がゆっくり腰を動かすたびに、狭い中を先輩の形にこすられる感覚がして、うちは先輩の腕にしがみついた。考えてる余裕があったのは最初だけで、途中から先輩の息が上がるのがわかった。思ったより早く、先輩がびくっと止まって、果てた。

ごめん、半年分だと思って許して

謝られて、私は変な感じで笑ってしまった。快感がどうこうより、この人が私相手に緊張してるんだって事実の方が信じられなかった。夜勤の先輩がだよ。誤報の夜も寝坊の朝も顔色ひとつ変えなかった人が、こんなに余裕なくなるんだ。

少し休んでから、途中で私の足がつりそうになって、うっと声を上げたら先輩が慌てて体勢を変えてくれた。狭いベッドでは向かい合ったままは無理で、二回目は背中から抱かれる形になった。

さっきまでの硬さが嘘みたいに消えてて、ゆっくり後ろから入ってくると、さっきより奥まで届く感じがした。先輩の手が前に回って胸と、下のほうを同時に触ってきて、うちは変な声を我慢できなかった。

あ……そこ、一緒にされると……

陽菜

(あ、名前……)

半年間、ずっと「お前」か「そっち」で呼ばれてたのに。腰を動かされるたびに名前を呼ばれて、うちも気づいたら素の言葉遣いになってた。

うち、来月からいなくなるの、やっぱ寂しいです

異動しても……夜勤明けに、会ってくれる?

図々しいってわかってるのに、口が勝手に「はい」って言ってた。奥を突かれるたびに声が漏れて、シーツを掴む手に力が入る。二回目は一回目より長く続いて、先輩が「もう出る」って言ったとき、うちは「うん、いいよ」としか言えなかった。中で果てられた感覚のあと、二人ともしばらく動けなかった。

あと15分……このまま、こうしてていいですか

ダメ。もう7時半だから

言いながら、先輩は起こす気配を全然見せなかった。定番のやりとりの、初めての例外だった。

そのあと、先輩がぽつりと言った一言が、今でも一番残ってる。

起こすとき、ほんとはずっと名前で呼びたかったんだよ

汗を拭くタオルが休憩室にはなくて、先輩のロッカーにあった予備のTシャツで拭いた。毛布にはファブリーズを念入りに噴いた。シーツを二人で無言で直してたら、先に吹き出したのは先輩だった。

毛布、洗って総務に返すの、私がやります

我ながら妙に実務的な台詞だと思ったけど、先輩は「頼む」って真顔で返してきた。この温度差もなんか二人らしいなと思った。

9時過ぎ、スマホに運転再開の通知が届いた。雪かきされてない道を並んで駅まで歩いた。長靴なんて持ってないから、パンプスの中に雪が入ってきて、そのたびに「うわ」って小さく声が出た。先輩は無言で車道側を歩いてくれてた。指は繋がなかった。代わりに、私は先輩のコートの袖をちょっとだけ掴んでた。

手、繋がないんだ

……職場の目、まだあるので

駅前、誰もいないけど

言われて辺りを見回したら、確かに人っ子一人いなかった。それでも手は繋がなかった。袖を掴んだままの距離が、なんかちょうどよかった。

先輩は予定どおり来月、日勤の別チームに異動した。夜勤ペアは解消された。

でも、私が夜勤明けであくびしながら駅前を歩くと、大体週に一度くらい、ドトールに先輩が座ってる。出勤前の顔で、コーヒー片手に。

あと15分だけ

って私が言うと、今度は先輩が容赦なく起こさない。黙って待っててくれる。

仮眠室の毛布は、あれ以来なんとなく誰も使わなくなったらしい。総務に洗って返した、はずなんだけど。


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