28歳で転職した話です。
前の会社は新卒で入った食品メーカーの経理部で、まあ普通に6年やってたんですけど、ある日ふと「俺、このまま定年まで伝票切り続けるのか」って思っちゃって。それで気づいたら転職サイトに登録してた。
で、なぜか受かったのが渋谷にあるITベンチャーの営業部。経理から営業って、自分でもどうかしてると思う。面接で「未経験ですが気合いでやります」とか言ったの、今思い出しても恥ずかしい。
入社初日、オフィスに着いたら全員私服でMacBook開いてて、前職のスーツにネクタイ文化との落差にまず面食らった。しかも営業部のメンバー、俺以外全員20代前半。新卒2年目の子に「先輩、コーヒー淹れましょうか」って言われて、いやお前が先輩だろって内心ツッコんだ。
(28歳で一番下っ端って、なかなかキツいものがあるんですよ)
配属されたのは法人営業の第二チーム。チームリーダーが31歳の女性で、名前は三島さん。初日に挨拶したとき、第一印象は「新木優子に似てるな」だった。身長は164cmくらいで、髪は鎖骨くらいのセミロング。目元がキリッとしてて、でも笑うと目尻が下がってギャップがすごい。スタイルも良くて、たぶんC〜Dカップくらい。シンプルなブラウスにタイトスカートがめちゃくちゃ映える人だった。
ただ、仕事になると容赦がない。
「この提案書、クライアントの課題が書いてないよね。なんで?」
「すみません、まだヒアリングのコツが掴めてなくて…」
「コツとかじゃないよ。聞いたの? 聞いてないの?」
「…聞けてなかったです」
「正直でよろしい。じゃあ明日一緒に行くから、横で見てて」
怖えー、って思ったけど、他のチームのリーダーみたいに陰で愚痴るタイプじゃなくて、必ず面と向かって言ってくれる人だった。あと、ダメ出しのあとに必ず「次こうしよう」ってフォローが入る。正直、助かった。
入社2週間目。まだ全然使い物にならない俺は、毎日20時過ぎまでオフィスに残って提案書の練習をしてた。他のメンバーは18時半くらいにサクッと帰るのに、俺だけ残ってるのがまた惨めで。
で、ある日の20時半頃。もう誰もいないと思ってたら、給湯室から三島さんが出てきた。
「あ、まだいたの」
「あ、はい…すみません、提案書の——」
「謝んなくていいよ。てか、コーヒー飲む? 今ちょうど淹れたとこ」
「あ、いただきます」
三島さんがマグカップを2つ持って俺のデスクに来て、向かいの椅子に座った。
「ていうかさ、そんな畏まんなくていいよ。私のこと」
「え?」
「敬語。堅すぎ。3つしか変わんないんだから」
「いや、でもリーダーですし…」
「業務中はいいけど、こういう時間はタメでいいって。つーか私も前職ではずっと下っ端だったから、気持ちわかるし」
(マジか…。この人にも下っ端時代があったのか)
それからちょっとだけ雑談した。三島さんが前は銀行の窓口にいたこと、営業未経験で今の会社に転職して3年で今のポジションまで来たこと。俺と同じ「未経験転職組」だって知って、急に親近感が湧いた。
「だからさ、焦んなくていいよ。私なんて最初の3ヶ月、契約ゼロだったから」
「三島さんが? 嘘でしょ」
「嘘じゃないって。泣きながらテレアポしてた時期あるから」
なんか…ちょっと距離が縮まった気がした。
それから、三島さんとの残業後のコーヒータイムが何度かあった。週2〜3回、だいたい20時過ぎ。他のメンバーが帰ったあとの静かなオフィスで、三島さんは仕事の話だけじゃなくて、くだらない話もしてくれた。
好きな漫画が同じだったり(チェンソーマン)、休日の過ごし方が似てたり(Netflix廃人)、あと二人とも辛いもの好きだった。渋谷の蒙古タンメン中本に行きたいって話で盛り上がった日は、なんか高校の部活帰りみたいな空気だった。
ただ、俺は意識しないようにしてた。三島さんは上司だし、しかも社内で評判の人だ。他の部署の男から「三島さんって彼氏いるんすかね」って聞かれたこともある。俺みたいな使えない中途の下っ端が勘違いしたら、目も当てられない。
(好きとかじゃないんだよ。ただ、居心地がいいだけなんだよ)
…って自分に言い聞かせてた。
入社1ヶ月半で、初めて一人で案件を取った。小さい案件だったけど、提案からクロージングまで全部自分でやった。契約書にサインをもらって帰社したとき、三島さんが自分のことみたいに喜んでくれた。
「やるじゃん!」
って言って、バンって俺の背中叩いてきて。チーム全員の前だったから恥ずかしかったけど、泣きそうになった。前の会社で6年働いて、こんなふうに誰かに認めてもらったことなかったから。
その日の夜、また二人きりの残業になった。三島さんが「お祝いに」ってコンビニでプレミアムモルツ買ってきてくれて、オフィスでこっそり乾杯した。
「ほら、最初の一本。おめでとう」
「ありがとうございます…いや、ありがとう」
「お、やっとタメ口になった」
「いや普段はちゃんと敬語使うけど…今日くらいは」
「今日くらいはね」
三島さんが笑った。新木優子に似てるって思ったけど、笑うともっと柔らかくて、なんていうか、もっと生っぽい良さがあった。
(やべえ、これは意識してる。してるわ、完全に)
認めたくなかったけど、もう認めるしかなかった。三島さんのことが好きだ。上司だからとか、下っ端だからとか、そんなの全部わかってる。わかってて好きなんだから、どうしようもない。
でも言えるわけがない。言ったら今の関係が壊れる。このコーヒータイムがなくなるくらいなら、黙ってる方がマシだ。
転機は入社2ヶ月目の金曜日に来た。
大口のクライアントへのプレゼンが翌週の月曜に控えてて、三島さんと二人で資料の最終チェックをしてた。気づいたら22時を過ぎてて、二人ともかなり煮詰まってた。
「ちょっと気分転換しない? 一杯だけ飲みに行こう」
「え、いいの? 明日も——」
「明日は休みでしょ。一杯だけ」
渋谷のセンター街を抜けた先にある、三島さんの行きつけだっていう小さい居酒屋に入った。カウンター8席くらいの、店主が一人でやってる店。
一杯のはずが、話が盛り上がって結局3杯飲んだ。仕事の話から、転職の話、前の会社の愚痴。三島さんが銀行時代に理不尽なクレーム対応で泣いた話とか、俺が経理時代に上司の電卓叩く音がトラウマになった話とか。
「あはは、電卓の音って」
「いやマジで。パチパチパチって連打されると、怒られてる感じがして」
「わかるー。私は印鑑を押すあの音。ガチャンガチャンって」
「前職あるあるだ」
「ね。だから転職して良かったと思ってる」
そう言って三島さんが俺の目を見た。ちょっと酔ってるのか、いつもよりトロンとした目で。
「てかさ、あんたが来てくれて良かったって、最近思うんだよね」
「え?」
「なんか、同じ匂いがするっていうか。未経験で飛び込んで、必死にしがみついてる感じが昔の自分と被るの」
「それは…嬉しいけど、俺はまだ全然——」
「全然でいいんだよ。全然なところから始めたやつが一番強くなるから」
気づいたら0時を回ってた。
「やべ、終電…」
スマホで乗り換え調べたら、三島さんの最寄りの中目黒行きはもう終わってた。俺の最寄りの練馬方面もアウト。
「あー終わったね」
「タクシーで帰る? 割り勘で——」
「中目と練馬って方向真逆じゃん」
「あ、たしかに…」
「…漫喫でも行く?」
「あー、うん、それがいいかも」
二人で道玄坂の漫喫に向かった。が、金曜深夜の渋谷、漫喫が空いてるわけがない。2軒回って両方満席。
「ダメだね。どこもいっぱい」
「だよね…カラオケとかは?」
「カラオケで寝るの無理じゃない?」
「まあ確かに」
少し沈黙があった。三島さんが何か考えてる顔をして、それから俺の方を見た。
「…ホテル、取る?」
「え」
「いや、ビジネスホテル。ツインあればそれで。変な意味じゃなくて」
「あ、うん、そうだよね。探そう」
スマホで検索した。渋谷駅周辺のビジネスホテル、金曜深夜に空いてるとこは少なかったけど、円山町のちょっと古いビジネスホテルにダブルの空きが一部屋だけあった。ツインはなし。
「ダブルしかないんだけど…」
「…」
「やっぱカラオケにする?」
「いや。ダブルでいいよ。大人なんだから、別に」
大人なんだから。その言葉が妙に引っかかった。
ホテルの部屋は思ったより狭くて、ダブルベッドが部屋の大半を占めてた。三島さんが先にシャワーを浴びると言って、バスルームに消えた。
俺はベッドの端に座って、心臓がうるさかった。
(落ち着け。何も起きない。上司と部下で、たまたま終電逃して、たまたまここしか空いてなくて。それだけの話だ)
三島さんがバスルームから出てきた。ホテルの白いバスローブを着て、髪が少し濡れてて。
「シャワー空いたよ」
「あ、うん。ありがとう」
入れ替わりでシャワーを浴びた。冷水にしようかマジで迷ったけど、普通にお湯を使った。出たら三島さんがベッドの右側に座って、スマホをいじってた。
「じゃあ俺、床で寝るよ」
「は? なんで」
「いや、さすがに同じベッドは…」
「何、私のこと意識してんの?」
「してないよ!」
してた。めちゃくちゃしてた。でも認めたら終わりだと思った。
「してないなら普通に寝れるでしょ。床で寝て体バキバキで月曜のプレゼン台無しにする気?」
正論すぎる。三島さんは仕事の文脈に持ち込むのがうまい。
「…わかった」
ベッドの左側に横になった。背中を向けて、できるだけ端に寄って。間に枕を1個置いた。
電気を消した。
暗闇の中で、三島さんの呼吸が聞こえる。石鹸の匂いがする。たぶんホテルの備え付けのやつなのに、なんでこんなにいい匂いに感じるんだろう。
5分くらい経って、三島さんが寝返りを打つ音がした。
「…ねえ、起きてる?」
「…起きてる」
「ちょっと聞いていい?」
「何」
「さっき、意識してないって言ったやつ。あれ、嘘でしょ」
心臓が止まるかと思った。
「…なんで」
「わかるよ。コーヒー渡すとき手が触れたら目逸らすし、隣に座ると椅子ちょっと引くし」
(バレてんじゃん。全部バレてんじゃん)
「…ごめん」
「なんで謝んの」
「だって、上司に対してそういうのは…迷惑だろうし」
「迷惑かどうかは私が決めるんだけど」
寝返りを打って三島さんの方を向いた。暗くてよく見えないけど、三島さんもこっちを向いてた。
「私もさ、意識してなかったら、二人きりで残業後にコーヒー飲まないよ」
「…え」
「鈍いな、ほんとに」
暗闘の中で三島さんの手が伸びてきて、俺の手に触れた。指が絡まる。
「三島さん…」
「今は名前で呼んで。涼子」
「…涼子さん」
「"さん"もいらない」
「涼子」
言った瞬間、三島さんが——涼子が俺の方に身体を寄せてきた。間に置いた枕が押しのけられる。
唇が触れた。柔らかくて、少しだけビールの味が残ってた。
(これ、夢じゃないよな…?)
本当にそう思った。2ヶ月前まで経理部で伝票切ってた俺が、こんな人とキスしてるなんて、脳が処理を拒否してた。
キスが深くなった。涼子の舌が入ってきて、俺も応えた。手が涼子の腰に回る。バスローブ越しに体温が伝わってきて、思ったよりずっと華奢だった。会社では堂々としてるから大きく見えるけど、こうして触ると、細い。
「涼子…いいの?」
「聞かないでよ…恥ずかしいから」
涼子がバスローブの前を自分で緩めた。暗闇の中でも白い肌が見えて、息が詰まった。
下着は着けてなかった。
「っ…」
「シャワー浴びたとき、着替えないからさ…変な意味じゃなくて」
(変な意味じゃなくてって言う割に、声が震えてるんだけど)
涼子の胸に手を置いた。やっぱりDカップくらいある。形が綺麗で、手のひらに吸い付くような感触だった。
「ん…」
小さく声を漏らした涼子の耳元に、キスをした。
「あ…耳、弱いんだって…」
「知らなかった。覚えとく」
「覚えなくていいし…っ」
会社では的確な指示を出すあの人が、こんなに素の声を出すのかと思ったら、余計にたまらなくなった。
涼子の首筋、鎖骨、胸。ゆっくりキスしながら下りていく。乳首を舌先で触れると、涼子の背中がびくっと反った。
「んっ…そこ、感じる…」
「うん、わかった」
片方を口に含んで、もう片方を指で転がす。涼子の手が俺の頭を掴んで、押し付けるようにした。
「あ…んん…」
涼子の脚の間に手を滑らせた。もう濡れてた。それがわかった瞬間、涼子がぎゅっと俺の手首を掴んだ。
「…恥ずかしい」
「俺だって恥ずかしいよ。上司に触ってるって考えたら」
「今その単語出さないで…っ」
(笑えるんだけど、でも涼子がこういう反応するの、めちゃくちゃかわいい)
指でゆっくり触れると、涼子が腰を小さく動かした。クリトリスを指の腹で撫でると、声が大きくなる。
「あっ…そこ…もうちょっと優しく…」
言われた通りに力を抜いて、ゆっくり円を描くように動かした。涼子の息が荒くなって、太ももが震え始める。
「やば…っ、ちょっと…待って…」
「待てない」
「嘘…あっ…もう…」
涼子の身体がぐっと強張って、すぐに力が抜けた。小さく痙攣するのが指越しに伝わってきた。
「はあ…はあ…」
「大丈夫?」
「…大丈夫じゃない。こんな早くイくの、恥ずかしすぎる」
「いや、むしろ嬉しいんだけど」
「うるさい…」
涼子が起き上がって、俺を押し倒した。バスローブが完全にはだけて、暗闘の中でも肌の白さが際立ってた。
「私も…触りたい」
俺のバスローブの前を開けて、もうとっくに硬くなってたものに手が触れた。
「…すごい硬い」
「そりゃそうでしょ…涼子があんな声出すから」
「あんな声って…もう言わないで…」
そう言いながら涼子の手が動き出した。握り方が優しくて、指先で先端をなぞるように触ってくる。
「っ…うまい…」
「うまいとか言わないで。恥ずかしいから」
涼子が身体を下げて、口に含んだ。温かくて柔らかい感触に、腰が浮きそうになった。
「やば…涼子…」
「んっ…」
舌が裏筋をゆっくり舐め上げてきて、先端をチュッと吸われる。頭が真っ白になりそうで、涼子の髪を掴んだ。
「もう無理…入れたい」
涼子が顔を上げた。暗闇でも頬が赤いのがわかった。
「ゴム…ないよね」
「…ない」
「私もない」
沈黙があった。
「…外に出してくれるなら」
俺が涼子の上に覆いかぶさった。脚の間に身体を入れると、涼子が自分から腰を持ち上げてくれた。
先端が触れて、そのままゆっくり押し入った。
「あ…っ」
「きつい…」
「久しぶりだから…ゆっくり…」
奥まで入れた瞬間、涼子が俺の背中に爪を立てた。痛いのに気持ちいいっていう、おかしな感覚。
(信じられない。今、涼子の中にいる。あの三島さんの中に)
ゆっくり動き始めた。涼子が合わせて腰を動かしてくれるのが、なんか…泣きそうになった。仕事でもプライベートでも、こんなに息が合う人、初めてだった。
「んっ…あ…気持ちいい…」
「涼子…」
「もっと…動いて…」
ペースを上げた。涼子の声が大きくなって、ベッドが軋む音が混じる。
「あっ…あっ…そこ…!」
奥の方を突くと、涼子が身体を反らせた。脚が俺の腰に巻きついてくる。
「涼子、脚…外して。出せなくなる」
「やだ…もうちょっとだけ…このままで…」
「マジで出るって…」
「あっ…私もイきそう…!」
涼子の中がぎゅっと締まって、俺は限界だった。なんとか涼子の脚を外して、引き抜いた瞬間に出した。涼子のお腹の上に、どくどくと。
「はあ…はあ…」
「…危なかった」
「ごめん、ティッシュ…」
ナイトテーブルのティッシュで涼子のお腹を拭いた。涼子がぼんやりした目で俺を見てた。
「ねえ」
「ん?」
「月曜からどうすんの、私たち」
「…考えてなかった」
「私もだよ」
二人で天井を見て笑った。何がおかしいのかわかんないけど、笑うしかなかった。
「とりあえず、会社ではいつも通り。それでいい?」
「うん。俺は三島さんの部下で、三島さんは俺の上司」
「そう。で、二人きりのときは——」
「涼子」
「…そう」
涼子が俺の腕の中に入ってきた。バスローブも直さないまま、肌と肌が触れてる。
「もう一回…していい?」
「…ばか。聞かないで、さっき言ったでしょ」
今度は涼子が上になった。自分で腰を下ろしてきて、俺の上でゆっくり動き始める。さっきより余裕がなくなってるのが、腰の動き方でわかった。
「ん…あっ…」
上から見下ろされるのは、なんか普段の仕事中の三島さんを思い出す。でも表情が全然違う。眉が寄って、唇が半開きで、さっきまで部下を叱ってたのと同じ口から甘い声が出てる。
「涼子…すごいきれい」
「見ないで…恥ずかしい…」
「見るに決まってるでしょ」
涼子が俺の胸に顔をうずめた。腰は止まらない。むしろ速くなってる。
「あっ…あっ…もう…っ」
涼子の中が波打つように締まって、涼子が声を殺して身体を震わせた。それに引きずられるように俺も限界が来て、今度は涼子を持ち上げて外に出した。
「はあ…はあ…」
涼子が俺の隣に倒れ込んで、そのまま肩に顔を押し付けてきた。
「…もう動けない」
「俺も」
しばらく無言で、お互いの呼吸だけが聞こえてた。
「ねえ、一個だけ約束して」
「何」
「仕事中は遠慮しないで。私が間違ったことしたら、ちゃんと言って」
「…それ、俺のセリフなんだけど」
「お互い様ってことで」
涼子が俺の手を取って、指を絡めた。さっき居酒屋を出たときも思ったけど、涼子の手は冷たい。でも今は、その冷たさがちょうどいい。
「涼子」
「ん?」
「転職してよかった」
「…ばか。そういうこと言うから、好きになるんだよ」
窓の外が少しだけ明るくなり始めてた。円山町の始発の音が遠くに聞こえた。
月曜の朝、いつも通り渋谷のオフィスに出社した。涼子——三島さんは、チームのデスクで資料を広げてた。目が合った。
「おはよう。プレゼンの準備、大丈夫?」
「はい。バッチリです」
「よし。じゃあ行こう」
三島さんはいつも通りだった。俺もいつも通りを装った。でもエレベーターで二人きりになった瞬間、三島さんがポケットから何か取り出して俺の手に押し付けた。
小さい紙切れ。見たら、飴が一個と、メモに「今日もがんばれ。涼子」って書いてあった。
(この人はずるい)
プレゼンは成功した。帰りのエレベーターで、三島さんがまた俺の背中をバンって叩いた。
「やるじゃん!」
チームの前で、いつもと同じ言葉。でも俺にだけわかる目の柔らかさがあった。
あれから半年。俺はまだこの会社の営業部で、まだ三島さんの部下で、まだ下っ端。でも、毎週金曜の夜だけは「涼子」になるあの人との時間がある。
転職してよかった、ってマジで思ってる。