終電後のカラオケに毎晩ひとりで来るスナックの女の子が俺の好きなバンドの曲ばかり歌っていた件

これは去年の冬の話です。

俺は当時22歳の大学5年生。いわゆる留年ってやつで、まあ理由は単純にサボりすぎたからなんですけど、そのせいで同期はみんな就職して、大学にはほぼ友達がいない状態でした。

バイトは高田馬場のカラオケ屋の深夜シフト。23時から翌朝7時まで。時給は深夜手当込みで1,500円。週4で入ってたから月の手取りは20万弱くらい。大学生にしては悪くないけど、生活リズムは完全に終わってました。

深夜のカラオケ屋って、まあいろんな人が来るんですよ。終電逃したサラリーマン、オール前の大学生グループ、たまにヤバい感じの人たち。でも平日の深夜2時を過ぎると、だいたいガラガラになる。

俺の仕事はフロント対応とドリンク作り、あとは空いた部屋の清掃。暇な時間はカウンターの裏でスマホいじってるだけ。正直、楽なバイトでした。

その子が初めて来たのは、11月の水曜日だったと思う。

深夜1時半くらいに、ひとりの女の子がフロントに立った。黒のロングコートにヒールの高いブーツ。髪は暗めの茶色のセミロングで、巻いてあった。化粧は濃いめだったけど、崩れかけてて、それが逆に色っぽかった。

(うわ、めちゃくちゃかわいいな…)

齋藤飛鳥に似てるなって思った。目元のクールさとか、鼻筋の通り方とか。でも齋藤飛鳥よりちょっとだけ丸顔で、笑うと目が三日月になるタイプ。身長は160cmくらいで、細いんだけど胸はちゃんとある感じだった。

「ひとりなんですけど、フリータイムで」

「はい、フリータイムですね。ドリンクバー付きで2,180円になります」

特に会話もなく、普通に受付して、8番の部屋に案内した。

で、その子がすごいのは、次の日も来たんですよ。同じくらいの時間に。その次の日も。

3日連続でひとりカラオケに来る女の子。しかも毎回深夜1時半。さすがに気になるじゃないですか。

4日目に部屋を清掃してて、履歴を見て驚いた。

ASIAN KUNG-FU GENERATION、BUMP OF CHICKEN、Number Girl、eastern youth、ZAZEN BOYS。

(え、この選曲マジか…)

いや、バンプとかアジカンなら分かるんですよ。でもNumber GirlにZAZEN BOYSって。eastern youthって。俺がサークルで組んでたバンドのコピー曲リストとほぼ一致してた。

しかもNumber Girlの「透明少女」じゃなくて「BRUTAL NUMBER GIRL」を入れてるあたり、ガチのやつだった。

(この子、何者だ…)

5日目。いつもの時間に来た彼女にドリンクを持っていく口実を作った。セルフサービスなんだけど、「新しいメニューのサンプルです」とか言って、適当に作ったカシスオレンジを持っていった。

部屋のドアを開けると、彼女はコートを脱いで、白いブラウスにタイトスカートという格好だった。近くのスナックかキャバクラの制服っぽいなと思った。

マイクを握ったまま、ちょっと驚いた顔でこっちを見た。

「え、頼んでないですけど」

「あ、新メニューのサンプルで、よかったらって思って。サービスです」

「…ありがとう」

怪訝な顔をされた。そりゃそうだ。見え見えの口実だった。

でも帰り際にちょっとだけ勇気を出した。

「あの、Number Girl好きなんですか?」

彼女の表情が一瞬変わった。

「…なんで知ってるの?」

「いや、履歴がたまたま目に入って。俺もめちゃくちゃ好きで」

「…履歴見たの?」

(やべ、気持ち悪いと思われたかも)

「すみません、清掃のときにちらっと。気持ち悪いですよね」

「……別にいいけど。で、なに、あなたもナンバガ好きなの?」

「好きっていうか、大学のサークルでコピーしてました。ギターで」

彼女がマイクをテーブルに置いた。

「どの曲?」

「BRUTAL NUMBER GIRLとか、鉄風 鋭くなってとか」

「鉄風やるバンドって珍しくない?みんな透明少女ばっかやるのに」

「ですよね! あれ簡単そうに見えて実はめちゃくちゃ難しいんですよ、向井秀徳のカッティングが」

気づいたら10分くらい立ち話してた。彼女の名前は聞けなかったけど、最後にちょっとだけ笑ってくれた。

「…じゃ、歌うから出て」

ぶっきらぼうだったけど、嫌がられてはいない気がした。多分。いや、気がしただけかもしれない。

次の日も彼女は来た。フロントで受付するとき、少しだけ目が合った。

「今日も新メニューのサンプルあるの?」

「あ、えっと…今日はカルーアミルクにしてみました」

「私カルーアミルク好き。覚えてたの?」

覚えてたわけじゃない。たまたまだ。でも「うん」と言った。

その日からなんとなく、俺が彼女の部屋にドリンクを持っていくのが恒例になった。10分くらい話して、「じゃ歌うから出て」で終わる。毎回そのパターン。

彼女が近くのスナック「月あかり」で働いてることは、3日目くらいで教えてくれた。21歳。俺より1個下。名前は最後まで教えてくれなかったけど、源氏名は「ゆら」だった。

「本名は教えない。こういう仕事してるとさ、本名出すの怖いんだよね」

「じゃあ俺はなんて呼べばいいんですか」

「ゆらでいいよ。あんたは?」

「大輝です」

「大輝ね。大輝っぽい顔してる」

「それどういう意味ですか」

「さあ?」

こういう、ちょっとだけ意地悪な返し方をする子だった。でもそれが嫌じゃなかった。むしろドキッとした。

ゆらさんがスナックで働き始めたのは半年前からで、本当は美容の専門学校に通ってるらしい。学費と生活費のためにスナックのバイトを選んだと。

「キャバとかデリよりは気楽でしょ。おじさんの話聞いてお酒作るだけだし」

「でも毎晩カラオケ来るってことは、結構ストレス溜まってるんじゃ…」

「…まあね。ここで声出すとスッキリするの。家だと壁薄いし」

2週間くらい経った頃、ゆらさんが来ない日があった。

次の日も来なかった。3日来なかった。

別に約束してるわけでもないのに、なんかそわそわしてる自分がいて、(俺なにやってんだろ…)って思った。

4日目の深夜2時。ゆらさんが来た。いつもよりかなり遅かった。

フロントに立った彼女を見て、ぎょっとした。左の頬が赤くなってた。

「ゆらさん、顔…」

「なんでもない。いつもの部屋空いてる?」

「空いてますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。早く」

いつもの8番に案内した。俺はカウンターに戻ったけど、全然落ち着かなかった。

15分くらいして、ドリンクを持って8番のドアをノックした。返事がなかったので少し開けると、ゆらさんはソファに座ったまま、マイクも持たずにぼーっとしてた。

目が赤かった。

「ゆらさん」

「…ごめん、今日歌う気分じゃないかも」

「誰かに殴られたんですか」

「……」

「店の客ですか」

ゆらさんは少し黙ってから、ぽつぽつと話し始めた。

常連のおじさんに気に入られてて、店の外でも会おうとしつこく言われてたらしい。その日、閉店後に店の前で待ち伏せされて、断ったら頬を叩かれたと。

「ママには言ったけど、あの人太客だから強く出れないって。まあそうだよね、商売だし」

「いやそれおかしいでしょ。警察に言った方がいいですよ」

「大袈裟なんだって。叩かれただけだし」

「叩かれただけって…」

「…もういいよ。慣れてるから」

その「慣れてる」が引っかかった。慣れちゃいけないことに慣れてるのが、すごく嫌だった。

「あの、バイト終わるの朝7時なんですけど、ゆらさんの帰り何時ですか」

「なに」

「いや、もし時間合えば駅まで送りますよ。ていうか送らせてください」

「…なんで」

「心配だからです。あと、その人がまた来たら、裏口から出れるようにしておくんで」

ゆらさんが不思議そうな顔で俺を見た。

「大輝ってさ、お人好し?」

「いや、普通に…気になるだけです」

「気になるって、どういう意味で?」

(いや、それは…そういう意味で…いや違う、違わないけど…)

「と、とにかく、送りますんで。LINE教えてもらっていいですか」

自分でもびっくりするくらいストレートに言ってしまった。ゆらさんは少し間を置いて、スマホを差し出した。

「…仕方ないな」

QRコードを読み取った。アイコンは猫の後ろ姿だった。名前は「ゆ」だけ。

それから、ゆらさんの帰りが遅い日は、俺がバイト上がりに駅まで一緒に歩くようになった。

高田馬場の早稲田通りを歩きながら、いろんな話をした。ゆらさんは埼玉の所沢出身で、高校のときにナンバガを知って邦楽ロックにハマったこと。ヘアメイクの専門に通ってるけど、正直向いてるか分からないこと。スナックの仕事は嫌いじゃないけど、たまに自分が何してるか分からなくなること。

「おじさんの愚痴聞いて、お酒作って、たまに手握られて。それで時給2,000円。割に合ってるのか合ってないのか、もう分かんないんだよね」

「辞めたいとは思わないんですか」

「辞めたら学費払えない。奨学金ももう限界だし。親には頼れないし」

「親御さんは…」

「いない。ていうか、いるけどいないみたいなもん。中3のときに出てった」

それ以上は聞けなかった。

12月に入って、ゆらさんから珍しくLINEが来た。

「12/14にアジカンのライブがあるんだけど、チケット2枚取れた。行く?」

心臓が跳ねた。

「行きます」って即レスした。既読1秒だったと思う。

(落ち着け。友達として誘ってるだけだ。多分。いや絶対そうだ。でも他に誘う人いなかったのかな…)

ライブは新木場STUDIO COASTだった。いや、もう名前変わってたんだっけ。とにかく新木場の箱。

待ち合わせは新木場駅の改札前。

ゆらさんが来た瞬間、息が止まった。

いつものスナック帰りの濃い化粧じゃなくて、ほぼすっぴんに近い薄化粧。黒のMA-1にスキニージーンズ、足元はコンバースのハイカット。

(え、こんな顔してたの…)

齋藤飛鳥に似てるのは化粧のせいだと思ってたけど、すっぴんのほうがもっと似てた。透明感がやばかった。

「なに見てんの」

「いや、なんか…雰囲気違うなって」

「これが素だよ。仕事のときは盛ってるだけ」

「そっちのほうがいいです」

「……ありがと」

ちょっとだけ頬が赤くなったのを、俺は見逃さなかった。(多分寒さのせいだけど)

ライブはすごかった。アジカンの「リライト」でフロアが揺れて、「ソラニン」で泣きそうになって、「転がる岩、君に朝が降る」で本当にちょっと泣いた。

隣のゆらさんも泣いてた。

暗いフロアの中で、ゆらさんの横顔がステージの光で照らされて、頬に涙の跡が光ってた。

(あ、俺この人のこと好きだわ)

気づいたっていうか、もう認めるしかなかった。

ライブが終わって外に出ると、12月の新木場は風が冷たかった。

「やばい、めっちゃ良かった…」

「うん、やばかった」

「大輝、泣いてたでしょ」

「泣いてない」

「嘘。目赤いよ」

「…ゆらさんも泣いてたじゃないですか」

「私はいいの」

理不尽だなと思ったけど、笑ってるゆらさんを見たら何でもよくなった。

「このあと、どうします?」

「ん~…帰りたくないかも」

「じゃあ飯行きません? ラーメンとか」

「ライブのあとのラーメンって最高だよね。行こ」

有楽町線で池袋まで出て、駅近の家系ラーメン屋に入った。

ゆらさんがラーメンを食べるのを初めて見たんだけど、麺の硬さ「バリカタ」、味「濃いめ」、脂「多め」って注文してて笑った。

「攻めた注文しますね」

「うるさいな。美容の仕事してるからって野菜ばっか食べてると思ったら大間違いだから」

「いや、いいなと思って。俺も同じのにしよ」

ラーメンを食べながら、ライブの感想を言い合った。好きな曲の話から、好きなバンドの話になって、高校時代の話になって、気づいたら2時間くらい経ってた。

店を出たら外はもう0時を過ぎてた。

「終電なくなっちゃったね」

「あ、ほんとだ」

(これ、どうすれば…)

「大輝の家ってこの辺?」

「え、うん。東長崎だから歩けるけど…」

「…私、所沢まで帰れないんだけど」

「あ…ネカフェとか…」

「ネカフェは嫌。前にストーカーっぽい客にネカフェまでつけられたことあるから」

「えっ…」

「…大輝の家、泊めてくれない?」

心臓が口から出るかと思った。

「う、うち、1Kだし汚いですよ」

「別にいい。ソファでもなんでも寝るから」

「ソファないです」

「じゃあ床で」

「…ベッドで寝てください。俺が床で寝るんで」

ゆらさんがちょっと笑った。

「やっぱお人好しだね、大輝って」

東長崎の俺のアパートまで歩いて15分。

1Kの6畳。散らかってはいなかったけど(奇跡的に)、まあ大学生男子の部屋だった。

「思ったよりちゃんとしてるじゃん」

「…たまたま昨日掃除したんで」

嘘だ。3日前だ。でもゆらさんが来ることなんて想定してなかったから、本気の掃除じゃない。

ゆらさんにタオルと替えのTシャツとスウェットを渡して、先にシャワーを使ってもらった。

その間に俺はベッドのシーツを替えて、床に寝袋を敷いた。(サークルの合宿で使ってたやつが残ってて助かった)

シャワーから出てきたゆらさんを見て、頭がバグった。

俺のだぼだぼのTシャツを着て、スウェットのウエストを折り返してる。化粧は全部落ちて完全なすっぴん。髪は濡れたまま。

(反則だろこれ…)

「ドライヤー借りていい?」

「あ、うん、洗面台の下に…」

ゆらさんが髪を乾かしてる間に、俺もシャワーを浴びた。冷水にしようか本気で迷ったけど、12月に冷水は死ぬのでやめた。

部屋に戻ると、ゆらさんはベッドに座って俺の本棚を見てた。

「大輝、ギターの教則本めっちゃあるね」

「あ~…もう弾いてないんですけどね」

「弾いてよ」

部屋の隅に立てかけてあったテレキャスターを手に取った。アンプは通さずに生音で「リライト」のイントロを弾いた。

「…うま」

「いや、全然。もうブランクあるし」

「ねえ、鉄風弾ける?」

「鉄風? まあ一応…」

弾き始めたら、ゆらさんが歌い始めた。

鉄風 鋭くなって、のサビ。カラオケのマイクもリバーブもないのに、声がすごく通った。ちょっとハスキーで、でも芯がある声。上手いとかそういうレベルじゃなくて、この曲を本当に好きな人の歌い方だった。

弾き終わったあと、少し沈黙があった。

「…ねえ大輝」

「はい」

「私さ、カラオケに毎晩来てた理由、分かる?」

「ストレス発散…ですよね?」

「最初はね。でも途中から変わった」

「…え?」

「大輝がドリンク持ってきてくれるの、嬉しかったんだよね。仕事で疲れて、帰りたくなくて、でもひとりも嫌で。あの10分がなんか…よかった」

(え、ちょっと待って。それって…)

「大輝は私の仕事のこと、なんとも思わないの?」

「なんとも思わないっていうか…ゆらさんはゆらさんだし」

「おじさんに手握られたりしてるんだよ? たまに肩抱かれたり。気持ち悪くない?」

「気持ち悪くはない。でも、正直…」

「正直?」

「嫌だなとは思う」

言ってから(しまった)と思った。ゆらさんの仕事を否定してるみたいで。

でもゆらさんは怒らなかった。

「…嫌って、どういう嫌?」

「その…他の男が触るのが嫌っていうか…いや、俺が言うことじゃないんですけど」

「言って」

「…好きです。ゆらさんのことが」

言ってしまった。

しばらく沈黙があった。多分10秒くらいだったけど、体感3時間くらいあった。

ゆらさんが立ち上がって、俺のほうに歩いてきた。

「大輝。名前、教える」

「え?」

「咲良。渡辺咲良。これが本名」

「咲良…さん」

「さん付けいらない」

「…咲良」

「うん。私も好き。多分、大輝より先に好きだった」

俺は固まった。脳の処理が追いつかなかった。

咲良が俺のTシャツの裾を掴んだ。

「…キスして」

この状況で「いいんですか」とか聞くのは違うと思った。だから黙ってキスした。

唇が触れた瞬間、咲良の手が震えてるのが分かった。

(え、この子緊張してる…?)

唇を離すと、咲良が目を逸らした。

「…下手でごめん」

「いや全然。俺のほうこそ」

「…もう1回」

今度はちょっとだけ舌が触れた。咲良のほうから。柔らかくて温かくて、カシスオレンジの甘い味がした。

そのままベッドに座って、キスを繰り返した。何回したか分からない。

俺の手が自然に咲良の腰に回って、咲良の手が俺の首の後ろに回った。Tシャツ越しに咲良の体温が伝わってきて、頭がぼんやりしてきた。

「…咲良」

「ん…」

「本当にいいの」

「…大輝は嫌?」

「嫌なわけない」

「じゃあいい」

咲良がTシャツの裾を自分で持ち上げた。俺のTシャツだからだぼだぼで、脱ぐのにちょっと手間取ってた。手伝おうとしたら「自分でやる」と言われた。

脱いだ下にはブラをつけてなかった。シャワーのあとだから当然なんだけど、直視できなかった。

「…見ないの?」

「いや、見てる」

「顔赤いよ」

「そりゃ赤くもなる」

細い身体に、Cカップくらいの控えめだけど形のいい胸。鎖骨がきれいだった。

「綺麗だよ」

「…お世辞はいいから」

「お世辞じゃない」

咲良を押し倒した。キスしながら胸に触れると、小さく声が漏れた。

「ん…っ」

想像してたより柔らかかった。指の腹で乳首をなぞると、咲良が体をびくっとさせた。

「感じるの?」

「…当たり前でしょ。触られてんだから」

口調は強がってるのに、耳が真っ赤だった。このギャップにやられた。

首筋にキスして、鎖骨をなぞって、胸に顔を埋めた。舌で乳首を転がすと、咲良の手が俺の髪を掴んだ。

「っ…ん、あ…」

スウェットの上から太ももの内側を触ると、ぎゅっと足を閉じられた。

「…触っていい?」

「……うん」

スウェットを下ろすと、黒のシンプルなショーツだった。その上から触れただけで、もう濡れてるのが分かった。

「…やだ、もう…恥ずかしい」

「恥ずかしがることじゃないよ」

ショーツをずらして直接触れた。指が滑るくらい濡れてた。クリを親指で撫でると、咲良の腰がびくんと跳ねた。

「あっ…そこ…」

「ここ?」

「ん…っ、うん…そこ気持ちいい…」

強がりの口調が崩れていくのがたまらなかった。

指を入れると、中は熱くて柔らかかった。ゆっくり動かすと、咲良が俺の肩にしがみついてきた。

「あ、あっ…大輝…っ」

「咲良…」

「もう…入れて…」

「え、でもゴム…」

「…あるの?」

俺は慌てて枕元の引き出しを漁った。奇跡的にコンビニで買ったまま放置してたやつが出てきた。(別に誰かと使う予定があったわけじゃない。一応持っとけって友達に言われて買っただけだ)

手が震えてうまく開けられなかった。

「…貸して」

咲良が俺の手からゴムを取って、つけてくれた。その手つきが妙に慣れてるようにも見えて、一瞬だけ余計なことが頭をよぎったけど、振り払った。今の咲良は、震える手で俺に触れてくれてる。それだけが事実だった。

正常位で、ゆっくり入れた。

「ん…っ…」

「痛い…?」

「…ちょっとだけ。大丈夫…動いて」

動き始めると、咲良が目を閉じた。

「…咲良、目開けて」

「…え?」

「顔見たい」

「…恥ずかしい」

でもゆっくり目を開けてくれた。潤んだ瞳と目が合って、そのまま額をくっつけた。

「…なんか、大輝のこんな近くにいるの不思議…」

「俺も…信じられない」

本当に信じられなかった。毎晩カラオケに来る女の子と、こうしてるなんて。Number Girlの選曲履歴がきっかけで、今こうやって肌が触れ合ってるなんて。

ゆっくり腰を動かすと、咲良の中が締まった。

「あ…っ…んん…」

「気持ちいい…咲良の中、すごい…」

「…言わないで、恥ずかしい…っ」

ペースを上げると、咲良の声が高くなった。さっきまでの強がりが嘘みたいに、甘い声で俺の名前を呼んだ。

「大輝…っ、大輝…っ…気持ちいい…」

「咲良…っ」

「あっ…やば…なんか来る…っ」

咲良の脚が俺の腰に絡みついてきた。爪が背中に食い込んで、少し痛かったけどそれすら興奮した。

「あ、ああっ…っ!」

咲良の体がびくびくって震えて、中がぎゅって締まった。

「俺も…もう…っ」

「うん…いいよ…出して…っ」

腰を押し付けて、中で果てた。ゴム越しだったけど、頭が真っ白になった。

「はぁ…はぁ…」

しばらくそのまま抱き合って、動けなかった。

咲良が俺の胸に顔を埋めて、小さく笑った。

「…ねえ」

「ん?」

「私、カラオケで最初に歌った曲、なんだと思う?」

「ナンバガ?」

「ソラニン」

「アジカン?」

「あれの歌詞にさ、『僕らの住むこの世界では旅に出る理由があり』ってあるじゃん」

「うん」

「所沢から出てきたとき、その歌詞ばっかり聴いてた。旅に出る理由はあるけど、たどり着く場所はなかった」

「…」

「でも今日、見つけたかも」

俺はなにも言えなくて、ただぎゅっと抱きしめた。

2回目は咲良が上に来た。

さっきより余裕があって、咲良はゆっくり腰を動かしながら俺の顔を見下ろした。

「…大輝の顔、下から見るとちょっとかっこいいかも」

「ちょっとって何」

「ふふ…」

2回目は長く続いた。途中で体勢を変えたりしながら、さっきより声を出すのを我慢しなくなった咲良がすごくよくて、でもそれ以上に、終わったあとに俺の腕の中で「あったかい」って呟いた咲良がよくて、胸が痛かった。

気づいたらカーテンの隙間から薄い光が入ってきてた。

「もう朝だ…」

「ん~…」

咲良は俺の腕にしがみついて離さなかった。

「起きないと。腹減らない?」

「減った…」

「近くにモーニングやってる喫茶店あるんだけど」

「行く。でもあと5分だけ」

結局15分くらいベッドでだらだらしてから、着替えて外に出た。

12月の朝の東長崎は冷えてたけど、隣を歩く咲良が昨日の俺のパーカーを借りてて、袖が余ってるのがかわいかった。

喫茶店でトーストとコーヒーを頼んで、向かい合って座った。

「ねえ大輝」

「うん」

「私、来月でスナック辞める」

「え…いいの?学費は」

「普通のバイト増やす。あと、奨学金もう一回申請してみる。時間はかかるかもしれないけど」

「無理しないでよ。俺はゆらさん…じゃなくて咲良がスナックで働いてても…」

「私が嫌なの。大輝の彼女がおじさんに手握られてるの、嫌でしょ?」

「……嫌です」

「でしょ。私も嫌になっちゃった。大輝のせいだよ」

「俺のせい…」

「そう。責任取ってよね」

「…取ります」

咲良がコーヒーカップ越しに笑った。スナックで見せる営業スマイルじゃなくて、カラオケのあの部屋で、ナンバガの話をしたときに見せたのと同じ笑顔だった。

あれから半年経った。

咲良はスナックを辞めて、今は池袋のカフェでバイトしてる。専門学校もちゃんと通ってる。俺は留年を解消して(ギリギリだったけど)、なんとか卒業の目処がついた。

カラオケ屋のバイトはまだ続けてる。でも深夜1時半に8番の部屋にドリンクを持っていく相手はもういない。

代わりに、バイトが終わった朝に、東長崎の改札の前で待ってる子がいる。

昨日のパーカーを着たまま。


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