地元の盆踊りで絡まれてた剣道部の女子を庇ったら、翌日から俺の部室に通い詰めてきた話

高二の夏休みの話です。

俺は写真部に所属していた。写真部って言っても部員は俺を含めて三人しかいなくて、顧問の山田先生も美術室と兼任で基本いないから、実質カメラ持ってうろうろするだけの帰宅部みたいなもんだった。身長172、体重58キロの普通体型で、顔面偏差値は自分で言うのもなんだけど48ぐらい。つまりちょいブサ寄りのフツメンです。

同じ学年に、杉山っていう剣道部の女子がいた。

クラスは違ったけど、うちの高校は愛知県の半田市ってところにあって、全校生徒400人ぐらいの規模だから、だいたい顔は知ってる。杉山は剣道部のエースで、県大会ベスト8まで行ったことがあるらしい。身長163センチぐらい、ショートカットで、顔は橋本環奈の目をもうちょい切れ長にした感じ。胸はCカップぐらいだと思う。剣道着のときは分からないけど、体育のときのTシャツ姿で(あ、意外とあるな…)と思った記憶がある。

で、その杉山と俺は、ほぼ接点がなかった。

廊下ですれ違っても会釈すらしない程度の関係。強いて言えば、一年のとき体育祭の借り物競走で一回だけペアになったことがあるぐらいだ。そのときも「ありがとうございました」って敬語で言われて終わった。

そんな俺と杉山の関係が変わったのが、八月十三日の盆踊りの夜だった。

半田市の乙川祭りっていう地元の盆踊りがあって、毎年けっこう盛り上がる。俺はカメラを持って会場に行っていた。写真部の夏休みの課題で「祭りの風景」を撮れって言われてたからだ。キヤノンのEOS Kiss X10iに50mmの単焦点レンズをつけて、提灯の明かりとか、焼きそばの湯気とか、踊ってるおばちゃんたちとかを撮ってた。

会場の端っこのほうで、少し騒がしい声が聞こえた。

最初は酔っ払いが騒いでるのかと思ったけど、女の子の声が混じってる。(まあ俺には関係ないか…)と思ってスルーしかけたんだけど、「やめてって言ってるじゃん!」って声がはっきり聞こえて、なんとなく足が止まった。

暗がりの方に目を向けると、浴衣姿の女の子が二人、明らかに大学生ぐらいの男三人に囲まれてた。

片方の子は知らない顔だったけど、もう片方は――杉山だった。

紺色の浴衣に白い帯。髪を少しだけ伸ばしたのか、いつものベリーショートよりちょっと長くて、右側だけ金魚柄のピンで留めてた。(あれ、杉山ってこんな感じだっけ…)と、場違いにもそんなことを考えてしまった。

男の一人が杉山の手首をつかんでいた。

(行くべきか…?いや、でも俺が行ったところで…)

正直、怖かった。男たちは全員俺よりデカくて、一人はタンクトップから入れ墨がチラ見えしてた。写真部の俺が割って入ったところで、ボコられて終わりだろう。

でも、杉山が友達の腕を引いて下がろうとしてるのに、男がそれを離さないのを見て、気づいたら歩き出してた。

「あの、すみません」

男たちが振り向く。タンクトップの男が眉をひそめた。

「その子、同じ学校なんで。連れて帰ります」

我ながら声が震えてた。

「はぁ?なんだお前」

「いや関係ねーだろ、邪魔すんな」

タンクトップの男が俺の胸ぐらをつかんだ。首に持ってたカメラのストラップがギチッと食い込んで痛かった。(カメラ壊れたらマジで終わる…親のボーナスで買ってもらったやつなのに…)

その瞬間、杉山が動いた。

「その人離して!」

杉山が男の腕をバシッと払った。剣道部のエースの一撃は、想像以上に重かったらしい。男が一瞬ひるんだ隙に、杉山が俺の腕を引っ張った。

「走って!」

俺と杉山と、杉山の友達の三人で全力ダッシュした。浴衣の杉山がめちゃくちゃ速くて、俺のほうが置いていかれそうだった。(剣道部の足の運びってこんなに速いのか…)

会場のメインステージ付近まで走って、人混みに紛れた。後ろを振り返ったけど、追ってきてる気配はなかった。

三人とも肩で息をしていた。

「ごめん…助けに来てくれたのに、結局私が引っ張っちゃって」

「いや、むしろ助かった。あのまま殴られてたらカメラ壊れてた」

俺がカメラを確認してるのを見て、杉山が少し笑った。

「カメラの心配してるの?自分の顔じゃなくて?」

「顔はもともと大した価値ないんで」

「…ふっ」

杉山の友達が「私ちょっとトイレ行ってくる」と言って離れた。二人きりになって、少し気まずかった。

「ね、写真部だよね?カメラ持ってるし」

「うん、まあ一応」

「一応って。えっと…名前…」

「加藤。一年のとき借り物競走で一回だけ」

「ああ!思い出した。加藤くんか。ごめん、すぐ出てこなかった」

(まあ、そうだよな。俺のこと覚えてるわけないか。)

祭囃子が聞こえるなか、杉山は自販機で買ったポカリを俺に一本くれた。

「これ、お礼。…ほんとにありがとね。怖かったでしょ」

「まあ、正直めちゃくちゃ怖かった」

「正直だね」

「嘘ついてもしょうがないし。杉山のほうがよっぽど強かったじゃん、あの払い」

「あはは、あれは反射。面打ちの要領で」

そのあと十五分ぐらい、祭りの出店を回りながら話した。杉山は焼きとうもろこしを買って、半分に折って俺にくれた。粒が歯に詰まって、二人して笑った。

友達が戻ってきて、杉山は帰っていった。別れ際に杉山が振り返って言った。

「加藤くん、写真部の部室って第二棟の三階だっけ?」

「そうだけど、なんで?」

「べつに。じゃあね」

(なんだったんだ…?)

夏休み明けの始業式の日、部室で一人で夏休みに撮った写真の現像データを整理してたら、ドアがノックされた。

開けたら杉山が立ってた。

「おじゃまします」

「え、なんで?」

「剣道部、今日の午後練なくて。暇だから」

暇だからって理由で写真部の部室に来る剣道部員って聞いたことないんだけど。

杉山は勝手に椅子を引いて座り、俺のPCの画面を覗き込んだ。

「これ、盆踊りのとき撮ったやつ?」

「うん」

「すごいね、提灯の光がきれい。…あ、これ焼きそば屋のおじさん?めっちゃいい顔してる」

写真を褒められると素直に嬉しい。写真部の他の二人は風景写真にしか興味がなくて、人物写真について話せる相手がいなかったから。

「人を撮るのが好きなんだよね、俺」

「へぇ。私のことも撮ってよ」

「え?」

「冗談。…半分だけど」

その日から、杉山は週に二、三回、部室に来るようになった。

剣道部の練習がない日、雨で外練が中止になった日。理由はいつも「暇だから」か「冷房がきいてるから」だった。写真部の部室は第二棟の三階で、日当たりが悪いぶん夏は涼しかったのだ。

最初は写真を見るだけだった杉山が、そのうち自分のスマホで撮った写真を見せてくるようになった。

「これ、昨日の練習試合のあと撮ったんだけど」

武道場の窓から差し込む西日を逆光で撮った一枚。構図がめちゃくちゃうまかった。

「これ、杉山が撮ったの?」

「うん。ダメ?」

「いや、全然。むしろうまい。逆光の使い方とか」

「ほんと?」

杉山がちょっと照れた顔をした。剣道着のときの凛とした表情と違って、なんか新鮮だった。

九月に入って、文化祭の準備が始まった。写真部は展示をやることになっていて、俺は夏に撮った写真から二十枚を選んでA3にプリントする作業をしていた。

杉山が部室に来て、選ばれなかった写真のデータを勝手にスクロールして見ていた。

「ね、この写真」

杉山が指さしたのは、盆踊りの夜に撮った一枚だった。杉山たちから逃げたあと、メインステージ付近で撮った群衆の写真。その端っこに、横顔の杉山がぼんやり写っていた。ポカリを持って、少し笑ってる。

「これ、私だよね」

「あ、うん。たまたま入っちゃってた」

「へぇ、たまたまね」

「ほんとにたまたまだから」

「ふーん」

杉山は信じてない顔をしていた。(いや、ほんとにたまたまなんだって…。)

…ただ、その写真を消さずに残してたのは、たまたまじゃなかったかもしれない。

文化祭の前日、展示の準備で遅くなった。他の部員二人は先に帰って、部室には俺一人だった。最後のパネルを壁に貼ってたら、またノックが聞こえた。

「まだいると思った」

杉山が差し入れのコンビニおにぎりを二つ持ってきてくれた。鮭と昆布。

「なんで鮭と昆布なの」

「加藤くん、前に鮭おにぎり食べてたの見たから。昆布は私の」

(俺が鮭おにぎり食べてたの覚えてるのか…?いつの話だよ…)

二人で窓際に座って、おにぎりを食べた。窓の外には校庭と、その向こうに半田の住宅街の灯りが見えた。九月の夜風がちょうどいい温度だった。

「ね、加藤くん」

「ん?」

「あの盆踊りのとき、なんで来てくれたの」

「え?」

「だって、ほとんど話したこともなかったでしょ。あの男たち、明らかにヤバかったし。普通は関わらないよ」

「…なんでだろうな。分かんない。気づいたら歩いてた」

「それ、答えになってないよ」

「うーん…。杉山の声が聞こえたからかも。知ってる子の声だったから、無視できなかった」

「知ってる子って。借り物競走で一回だけなのに?」

「まあ…一回でも知ってたら知ってる子だろ」

杉山は少し黙って、おにぎりの最後のひとかけらを口に放り込んだ。

「加藤くんってさ、自分では気づいてないと思うけど、けっこうかっこいいこと言うよね」

「は?どこが?」

「自覚ないところが」

そう言って杉山は立ち上がり、展示パネルの前に行った。

「この展示、あの写真入れないの?」

「あの写真って?」

「盆踊りの。私が端っこに写ってるやつ」

「あれは…人が特定できる写真は許可取らないと展示できないから」

「じゃあ許可出すよ。展示して」

「え、いいの?」

「うん。加藤くんが撮った写真なら」

その言い方に、なんか変な意味が込められてる気がして、心臓が跳ねた。

文化祭当日、写真部の展示にはそこそこ人が来た。盆踊りの写真は「地元の祭りシリーズ」の一枚として飾った。杉山が端っこに写ってるのに気づく人もいたけど、ほとんどの人は祭りの空気感のほうに目が行ってた。

午後、杉山が剣道部の模範演武を終えてから見に来た。まだ面の跡がうっすら頬に残ってた。

「見に来たよ」

展示を一通り見て、例の写真の前で足を止めた。

「私、こんな顔してたんだ」

「どんな顔?」

「なんか、安心してる顔。…加藤くんが助けてくれたあとだもんね」

「助けたっていうか、結局杉山に助けられたのは俺のほうだけど」

「それでいいの。私を助けようとしてくれたのは加藤くんでしょ」

杉山が俺の目を真っすぐ見てきた。剣道の試合前みたいな、真剣な目だった。

「ね、文化祭終わったら後夜祭あるじゃん。一緒に回らない?」

「え、俺と?」

「加藤くん以外に誰に言ってるの」

「いや、だって杉山、剣道部の男子とかと行くんじゃ…」

「行かないよ。行きたい人と行くの」

(行きたい人って…俺?マジで?)

後夜祭はキャンプファイヤーとフォークダンスが恒例で、正直ちょっと恥ずかしい行事だ。でも杉山と並んで校庭に出たとき、まだ剣道着の下に着るTシャツ姿の杉山が火の光に照らされてるのを見て、(あ、やばい)と思った。

炎の橙色が杉山の横顔に映って、まつ毛の影が頬に落ちてた。カメラを持ってこなかったことを、生まれて初めて後悔した。

「なに見てんの」

「いや、写真撮りたいなって」

「スマホでいいじゃん」

「スマホじゃ無理。この光は一眼じゃないと」

「カメラオタク」

「否定しない」

フォークダンスの音楽が流れ始めて、周りのやつらがペアになっていくなか、杉山が俺の手を取った。杉山の手は、剣道の竹刀ダコがあってちょっとゴツゴツしてたけど、指先は冷たくて細かった。

「加藤くん、手汗すごいんだけど」

「緊張してるから。許して」

「許す」

後夜祭が終わって、杉山を自転車で送ることになった。杉山の家は学校から自転車で十五分ぐらいのところで、方向が俺と同じだった。

九月の夜は虫の声がすごくて、二人で自転車を並べて走ってると、なんか映画みたいだなって思った。(いや、映画だったら俺はもっとイケメンじゃないとおかしいだろ…)

杉山の家の前で止まった。住宅街の外灯が一つだけ点いてて、それ以外は暗かった。

「今日、楽しかった」

「うん。俺も」

「…ね、加藤くん」

「ん?」

「私ね、盆踊りの前から加藤くんのこと知ってたよ」

「え?」

「一年のとき、体育祭の借り物競走。加藤くん、走るの遅いのに一生懸命走ってくれたでしょ。あれ、ちょっと面白くて、それからなんとなく気になってた」

「…え、じゃあ盆踊りのとき、名前すぐ出てこなかったのは…」

「…あれは、わざと」

「は?」

「だって、知ってたって言ったら変じゃん。ほとんど話したこともないのに」

(こいつ…。いや待て、え?ってことは…?)

「加藤くんが来てくれたの、ほんとに嬉しかった。怖かったけど、加藤くんが来てくれた瞬間、安心した。それで…」

杉山が自転車のハンドルを握ったまま、少し俯いた。外灯の光が杉山の耳を照らしていて、真っ赤になってるのが見えた。

「好き。…加藤くんが、好き」

心臓がドクンと跳ねた。頭が真っ白になって、返事が出てこなかった。(え、まって。杉山が?俺を?なんで?写真部の、カメラしか取り柄のない俺を?)

「…俺も」

口が勝手に動いていた。

「俺も、好き。たぶん盆踊りのときからずっと。気づくの遅くてごめん」

杉山が顔を上げた。目が潤んでいた。

「遅いよ、ほんとに」

杉山が俺のTシャツの裾をつかんだ。引っ張られるままに近づいて、キスした。初めてのキスだった。杉山の唇は薄くて、少し乾いてて、でも柔らかかった。

十月に入って、俺と杉山は付き合い始めた。

といっても学校ではほとんど変わらなかった。杉山は相変わらず部室に来たし、俺は相変わらず写真を撮ってた。ただ、帰り道が一緒になったのと、LINEのやりとりが異常に増えたのが違い。杉山は文面だとめちゃくちゃ甘えてきて、普段のクールな感じと全然違った。

「今日の練習でメンがきれいに入って三本勝ちしたよ」

「すごいじゃん」

「褒められたから頑張れたの。今朝加藤くんが撮ってくれた写真、お守りにしてる」

(お守りって…朝の通学路で撮ったやつ、ただ杉山が自転車こいでるだけの写真なんだけど…)

十一月の三連休、杉山が「練習試合の撮影係やってよ」と言ってきた。

半田市立体育館で行われた近隣校との練習試合。俺は武道場の二階観覧席からカメラを構えた。杉山の試合を望遠レンズ越しに見るのは初めてだった。

杉山の面打ちは速かった。踏み込んでからの振り下ろしが一瞬で、ファインダー越しに追うのが大変だった。三試合やって二勝一敗。負けた試合のあと、杉山が面を外して悔しそうな顔をした瞬間を撮った。たぶん、俺が今まで撮った中で一番いい写真だった。

練習試合が終わって、体育館の外で杉山を待ってたら、ジャージ姿で出てきた。

「撮れた?」

「うん。めちゃくちゃいいの撮れた」

「見せて見せて」

カメラの液晶画面を見せたら、杉山が固まった。

「…これ、負けた試合のあとのやつじゃん」

「うん」

「なんで負けたときの顔撮るの。勝ったときの撮ってよ」

「こっちのほうが杉山っぽいから」

「どういう意味?」

「悔しいのにすぐ次を見てる顔。杉山のそういうところが好きなんだよ」

言ってから(やべ、恥ずいこと言った)と思ったけど、杉山の耳がまた真っ赤になってたので、まあいいかと思った。

「…帰る前に、ちょっと寄りたいとこあるんだけど」

「どこ?」

「うち。親、今日から法事で一泊してていないの」

(え…それって…。いや、深い意味はないかもしれない。写真のデータをPCに移すとか、そういう話かもしれない…)

杉山の家はアパートの二階で、2LDKの間取りだった。杉山の部屋は六畳で、壁に剣道の大会の賞状が何枚か貼ってあった。机の上にはうちの学校の教科書と、小さなサボテンの鉢が一つ。

「座って。お茶いれてくる」

杉山が台所に行ってる間、俺はベッドの端に座ってた。(落ち着け。落ち着け俺。ここは杉山の部屋だ。杉山の部屋のベッドに座ってる。枕から杉山の匂いがする。やばい。落ち着けない。)

杉山がマグカップを二つ持って戻ってきた。

「はい、ほうじ茶」

「ありがと」

杉山が俺の隣に座った。近い。肩が触れるぐらいの距離。

「…ね、さっきの写真、もう一回見せて」

カメラを渡すと、杉山は液晶画面をポチポチ操作して、過去の写真を遡っていった。

「加藤くん、私の写真めっちゃ多いんだけど」

「え、あ、それは…その…被写体として興味深いっていうか…」

「被写体として、ね」

杉山がカメラをテーブルに置いて、俺のほうを向いた。

「加藤くん、私のこと撮るの好き?」

「…好き」

「被写体として?」

「…それだけじゃなく」

杉山が俺の手を取った。竹刀ダコのある手のひらが、さっきの後夜祭のときより温かかった。

「私も。写真に撮ってもらえるの、嬉しかった。加藤くんのカメラの向こう側にいるの、ずっと好きだった」

杉山が目を閉じた。

俺からキスした。二回目のキスは一回目より長くて、途中から杉山の手が俺の首の後ろに回ってきた。舌が触れたとき、杉山が小さく「ん」と声を漏らした。

離れたとき、杉山の目が潤んでて、唇がちょっと赤くなってた。

「…続き、して」

「いいの?」

「いいから言ってるの」

杉山を押し倒すように――というか、杉山が自分から倒れ込んだ。ベッドのスプリングが軋んだ。

ジャージの上を脱がすと、下は練習用のTシャツ一枚だった。Tシャツ越しに胸を触ると、杉山が息を詰めた。

「脱がしていい?」

「…うん」

Tシャツを脱がすと、白いスポーツブラが出てきた。(スポブラか…いや、練習試合帰りだもんな。)背中に手を回して外すと、杉山が腕で胸を隠した。

「あんまり見ないで…そんな大きくないし」

「いや、俺は好きだよ」

剣道で鍛えた肩から腕にかけてうっすら筋肉がついてて、でもそこから胸にかけてのラインはすごく柔らかかった。形のいいCカップ。乳首は薄いピンクで、少し硬くなってた。

胸を手のひらで包むように触ると、杉山が腕を下ろして、俺の頭を抱えるようにしてきた。

「ん…」

乳首を指の腹で転がすと、杉山の呼吸が変わった。

「あっ…そこ、弱い…」

口に含むと、杉山の手が俺の髪をぎゅっと掴んだ。剣道部の握力だから、ちょっと痛い。でもそれが妙に興奮した。

「杉山、下も…」

「…自分で脱ぐ」

杉山がジャージのズボンを自分で脱いだ。ショーツは黒のスポーツタイプだった。その上から太ももの内側を撫でると、杉山が身体を震わせた。

「くすぐったい…」

ショーツの上から触ると、もう濡れてた。

「杉山…」

「言わないで…自分でも分かってるから…」

ショーツを下ろして、指で触れた。杉山が腰を浮かせた。

「んっ…あ…」

クリトリスを指の腹でゆっくり触ると、杉山の声が甘くなった。普段のクールな杉山からは想像できない声だった。

「加藤くん…っ、そこ…もうちょっと…」

中に指を入れると、きつくて温かかった。杉山の手が俺の腕を掴んで、爪が食い込んだ。

「あっ…だめ…なんか、すごい…」

「痛くない?」

「痛くない…気持ちいい…のが怖い…」

(気持ちいいのが怖いって、なんだそれ。かわいすぎるだろ…)

指を動かしながらクリトリスも同時に触ると、杉山が俺の肩に顔を埋めた。

「あっ、あっ、待って、なんか来る…っ」

杉山が俺の背中にしがみついて、身体をびくんと震わせた。

しばらく杉山は俺の肩に顔を埋めたまま動かなかった。耳まで真っ赤で、息が荒かった。

「…初めて…人にされた…」

「初めてだったの?」

「当たり前でしょ…。加藤くんは?」

「俺も初めて」

「…よかった」

杉山が身体を起こして、俺のTシャツに手をかけた。

「加藤くんも脱いで」

俺が上を脱ぐと、杉山が俺の腹を見て「ちゃんと鍛えてよ」と言った。(いや、写真部に腹筋は必要ないだろ…。)

杉山が俺のズボンのベルトに手をかけて、止まった。

「…これ、私が外していいの?」

「杉山がやりたいなら」

「やりたいとかじゃなくて…」

と言いつつ、ベルトを外してジーンズを下ろした。ボクサーパンツの上から膨らんでるのが分かって、杉山が顔を逸らした。

「…おっきい…の?」

「普通だと思う。たぶん」

「比較対象ないくせに」

パンツを下ろすと、杉山が数秒間じっと見てから、おそるおそる手を伸ばしてきた。杉山の手のひらが触れた瞬間、俺は思わず声が出た。

「っ…」

「痛い?」

「痛くない。気持ちいい」

杉山が握って、ゆっくり上下に動かした。竹刀ダコのある手のひらが、微妙にざらっとしてて、それがかえって刺激になった。

「こう…?合ってる?」

「うん…合ってる…」

杉山が真剣な顔でやってるのがなんかおかしくて、でも気持ちよくて、笑っていいのか喘いでいいのか分からなかった。

「杉山…もう入れたい」

「…うん」

「ゴム、買ってきてないんだけど…」

「…私、持ってる」

「え?」

杉山がベッドの下の引き出しから、コンビニの袋に入ったコンドームを出した。

「…昨日、買った。…笑わないで」

「笑わないよ。ありがとう」

(昨日買ったってことは…今日のこと、最初から…?いや、考えるのやめよう。)

ゴムを着けて、杉山の上に覆いかぶさった。杉山が目を閉じて、唇を噛んでた。

「入れるよ」

「…うん」

先端を当てて、ゆっくり押し入れた。杉山がきつかった。途中で杉山の眉間にしわが寄って、俺は止まった。

「痛い?」

「…ちょっとだけ。…大丈夫、続けて」

もう少し入れると、杉山が俺の背中に手を回してきた。爪が食い込んで、たぶん跡がついた。

全部入ったとき、杉山が長い息を吐いた。

「…入った?」

「うん」

「…なんか、変な感じ」

「変って…」

「加藤くんが中にいるんだなって思ったら…泣きそう」

俺はそのまま動かずに、杉山の髪を撫でた。杉山の目尻から涙が一筋こぼれて、枕に染みた。

「ゆっくりでいいから」

「…動いて。大丈夫だから」

ゆっくり腰を動かした。杉山が小さく声を漏らすたびに、俺は自分が今ほんとうに杉山の中にいるんだってことが信じられなかった。(盆踊りの夜に声を聞いて、走り出しただけの俺が、どうしてこんなところにいるんだ。)

「あっ…ん…加藤くん…」

「杉山…」

「…名前で呼んで」

「え?」

「下の名前。…美波って」

「…美波」

その名前を呼んだ瞬間、杉山の――美波の中がきゅっと締まった。

「っ…もう一回…」

「美波」

「あっ…好き…加藤くん好き…」

腰を動かすスピードを少し上げると、美波が俺の首に手を回してきた。耳元で息が聞こえて、その湿った温かさに頭がくらくらした。

「あっ、あっ、そこ…奥に当たる…」

「痛い?」

「違う…気持ちいいの…あっ…」

美波が俺の背中を爪でひっかいた。たぶん傷になってる。でもどうでもよかった。

「美波…俺、もう…」

「ん…いいよ…出して…」

腰を深く押し入れて、出した。ゴム越しでも、射精の瞬間に美波の中がぎゅっと締まったのが分かった。

「はぁ…はぁ…」

しばらく重なったまま、二人とも動けなかった。

「…重い」

「ごめん」

身体を離すと、美波が俺の顔を見て、ふっと笑った。

「加藤くん、泣いてる」

「泣いてない。汗」

「嘘つき」

たぶん、泣いてた。自分でもなんで泣いてるのか分からなかった。ただ、写真部の暗い部室で一人でシャッターを切ってた俺の日常が、こんなふうに変わることがあるんだなって、そう思ったら涙が出た。

ゴムを外して、ティッシュに包んで捨てた。美波が布団を引っ張って二人で潜り込んだ。

「ね、加藤くん」

「ん?」

「私のこと、これからも撮って」

「うん」

「でも、こういうときの顔は撮らないでね」

「分かってるよ」

「…ほんとに?カメラオタクだから心配なんだけど」

「撮らない。…こういう顔は、俺の目だけで覚えとく」

美波が俺の胸に顔を埋めた。

「…ずるい。そういうこと言うの、ずるい」

そのまま二人で眠った。アパートの外では、十一月の風が吹いてた。美波の寝息が聞こえて、俺は美波のショートカットの後頭部を見ながら、ファインダーなしでも、この瞬間を一生覚えていられるなと思った。

翌朝、美波の目覚まし時計が六時に鳴った。

「…もう朝か」

「おはよう」

「…おはよ。ね、朝ごはん作るよ。卵焼きしかできないけど」

「卵焼きでいい。てか、嬉しい」

美波がキッチンで卵を焼いてる後ろ姿を、俺はスマホで一枚だけ撮った。

「撮ったでしょ、今」

「…ばれた?」

「シャッター音消してからやりなよ」

美波が振り返って、呆れた顔で笑った。寝起きで髪がぐちゃぐちゃで、俺のTシャツを借りてて、卵焼きがちょっと焦げてた。

でも、それが今まで撮ったどんな写真よりきれいだと思った。

あれから何年も経つけど、あの写真はまだ俺のスマホに入ってる。


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