客先常駐のSEをやっていた時の話。
僕は当時26歳で、新宿の西口にあるビルの7階に常駐してた。自社の人間は僕ともう一人のおじさんだけで、あとは全員そこの会社の社員。まあ、よくある光景だと思う。
で、毎朝8時50分くらいにエレベーターホールで必ずすれ違う人がいた。
同じ7階なんだけど、僕がいるのはシステム部で、その人がいるのは廊下の反対側の経理部。仕事で絡むことはゼロ。ただ毎朝、エレベーターを降りて左に曲がる僕と、右に曲がるその人が、ちょうど同じタイミングで降りるというだけ。
最初の1ヶ月くらいは何とも思ってなかった。でもある朝、エレベーターの中で目が合ったとき、ふわっと笑われたんだよね。
(え、今笑った…?)
それからちょっと意識するようになった。
背は160cmくらいで、髪はダークブラウンのボブ。顔は…石原さとみをもう少しだけ薄くしたような感じ、って言えば伝わるかな。目がくりっとしてて、でも笑うと細くなる。化粧は薄めなのに肌がめちゃくちゃ綺麗で、いつもほんのり甘い匂いがした。
服はオフィスカジュアルなんだけど、時々ニットを着てくる日があって、その日は胸の存在感がやばかった。Eはあるんじゃないかと。細い体にあの膨らみは反則だろ。
(いやいや、すれ違うだけの人にそこまで見んなよ…)
と自分に言い聞かせてたけど、まあ無理だった。
ある日、給湯室でばったり会った。
僕がコーヒーを淹れてたら後ろから声がした。
「あ、システム部の方ですよね。いつもエレベーター一緒になりますよね」
「あ、はい…毎朝。気づいてたんですね」
「うん、だってだいたい同じ時間だもん。経理の水野です」
「長尾です。常駐で来てます」
「知ってる。長尾さんでしょ?入館証見えるから笑」
(見られてたのかよ…)
水野さんは近くで見るとさらに可愛かった。目の下にうっすらほくろがあって、それがまた色っぽい。あと声が少し低めで、落ち着いたトーンで話すのがたまらなかった。
「ここのコーヒー、まずくないですか?笑」
「まずいです。でも外に買いに行く時間ないんで…」
「わかる。私もそれで妥協してる」
「経理って忙しいんですか?」
「月末はね。今ちょうど地獄」
そんな2分くらいの会話だったけど、僕はその日一日ずっとニヤニヤしてたと思う。同じ常駐先のおじさんに「何かいいことあった?」って聞かれたくらい。
それからは、給湯室で会うと軽く話すようになった。週に2回くらい。話す内容はほんとにどうでもいいことで、自販機の新商品がどうとか、7階のトイレの水圧がおかしいとか。でもそれが楽しかった。
(この人と話してる時間が一番リラックスしてるかもしれない…)
常駐先って孤独なんだよ。自社の人間はおじさん一人だし、客先の人とはあくまで仕事の関係。水野さんと話してる時だけ、なんか「普通の人間関係」って感じがした。
11月の終わり、フロア全体の忘年会があった。システム部も経理部も総務部もまとめての飲み会。場所は西新宿の居酒屋。
僕は正直あんまり乗り気じゃなかった。常駐のSEなんて、こういう場では端っこで大人しくしてるしかない。
でも水野さんがいるかもしれない、とは思った。
会場に着くと、水野さんは経理部の人たちと固まって座ってた。髪を少し巻いてて、白いブラウスにグレーのスカート。仕事の時より明らかにメイクが濃い。(いや、濃いっていうか、気合い入ってる…?)
席は離れてたけど、途中で席替えがあって、気づいたら斜め向かいに水野さんがいた。
「あ、長尾さん!よかった知ってる人がいて」
「僕もです。こういう場、苦手で…」
「え、意外。もっと社交的な人かと思ってた」
「全然です。根暗ですよ」
「嘘だぁ笑」
水野さんはビールをぐいぐい飲んでた。お酒強いんだなと思った。頬がほんのりピンクになってて、その顔がまたたまらなく可愛い。
話してるうちにだんだん砕けてきて、敬語も混ざらなくなってきた。
「水野さんっていくつなんですか?」
「何歳に見える?」
「うーん…28とか?」
「ふふ、嬉しい。34だよ」
「え、嘘でしょ…」
マジで驚いた。8つも上?いやいや、どう見ても20代後半だろ。肌のハリとか体型とか、全然そうは見えなかった。
「おばさんでしょ?笑」
「いや全然…ほんとにびっくりしました」
「よく言われる。童顔なんだよね」
「彼氏いるんですか?」
酔いの勢いで聞いてしまった。ここで「いるよ」って言われたら終わりだなと思いながら。
「いないよ。…っていうか、旦那はいるけど」
「えっ」
「結婚してるの。子どもも一人いる」
空気が止まった。というか、僕の思考が止まった。
結婚してる。子どももいる。
指輪してなかったじゃん。髪巻いてメイクして、なんなら今日ちょっといい匂いするし。なんだよそれ。
「…全然見えないです」
「指輪ね、仕事中は外してるの。引っかかるから」
「あー…なるほど」
正直、めちゃくちゃショックだった。(そりゃそうだよな…34だもんな…結婚してて当たり前だよな…)
僕は急にテンションが落ちて、その後は適当に相槌を打つだけになった。水野さんも何か察したのか、しばらく黙って酒を飲んでた。
22時前に一次会が終わって、二次会に行く流れになった。僕はもう帰ろうと思って店を出た。
外は雨だった。しかもけっこう本降り。
傘を持ってなかった。天気予報なんてチェックしてなかったし。コンビニまで走ろうかと思ってたら、後ろから声がした。
「長尾さん、傘ないの?」
振り返ると水野さんが透明のビニール傘を差して立ってた。
「あ…はい、持ってなくて」
「入る?」
「いいんですか」
「駅どこ?」
「新宿です。西口」
「一緒じゃん。入りなよ」
ビニール傘に二人は明らかに狭くて、肩がくっつく距離で歩いた。水野さんの甘い匂いがいつもより近い。雨の音がザーザー鳴ってて、二人とも黙ってた。
「…ねえ、さっきからテンション低くない?」
「え、いや…」
「もしかして、私が結婚してるって聞いてから?」
図星すぎて言葉が出なかった。
「長尾さん、私のことちょっと気になってた?」
「…いや、そんなことは…」
「嘘つかなくていいよ。なんとなくわかるから」
雨の音だけが響く。信号待ちで立ち止まって、水野さんが僕の顔を覗き込んだ。
「私もね、長尾さんのこと気になってたの」
「…え?」
「毎朝エレベーターで会うの、楽しみだったんだよ。給湯室で話す時間も」
心臓がバクバクいってる。でも同時に頭の中で「人妻だぞ」「ダメだろ」「取引先じゃなくても同じフロアだろ」ってアラームが鳴り続けてた。
「でも…旦那さんいるじゃないですか」
「うん。いるよ」
「…」
「でもね、もう2年くらいレスなの。触ってもくれない」
水野さんの声が少しだけ震えてた。(いや、それは…そんなこと聞かされても困る…いや困らないけど…どうすりゃいいんだよこれ…)
「ごめんね、こんな話。酔ってるかも」
「いや…大丈夫です」
信号が青になって、また歩き出した。新宿駅が近づいてくる。このまま「じゃあまた月曜に」って別れるのが正解だってわかってた。
わかってたんだけど。
「ねえ長尾さん、もう少しだけ一緒にいてくれない?」
「…」
「カフェでもいいから。…帰りたくないの、今日」
その声は、いつもの余裕のある水野さんじゃなかった。なんか、すごく小さくて、弱くて。
「…わかりました」
僕は断れなかった。断る気もなかった、正直。
でもさすがに新宿駅周辺のカフェは忘年会シーズンで全滅だった。ドトールもタリーズもスタバも満席で、2軒回って諦めた。
「どこも空いてないね…」
「ですね…あの、僕の家この近くなんですけど」
言ってから(何言ってんだ俺は)って思った。でも水野さんは少し考えて、
「…いいの?」
「散らかってますけど」
「ふふ、それ男の人が言うやつだ」
僕の部屋は西新宿五丁目のワンルーム。駅から歩いて7分。二人で傘に入ったまま歩いた。水野さんは無言で僕の腕に手を添えてきた。
部屋に入って、タオルを渡して、コーヒーを淹れた。水野さんはソファに座って髪をタオルで拭いてた。ダークブラウンのボブが少し乱れてて、それが妙に色っぽかった。
「長尾さんの部屋、意外と綺麗だね」
「まあ物が少ないだけです」
「私ね…」
コーヒーカップを両手で包みながら、水野さんが話し始めた。
「旦那とはもう形だけなの。子どものために一緒にいるだけ。会話もないし、目も合わせない。毎日帰って、ご飯作って、お風呂入れて、寝るだけ」
「…」
「朝エレベーターで長尾さんに会うのがね、一日で一番ドキドキする瞬間だったの。…重いよね、ごめん笑」
笑ってたけど、目は笑ってなかった。
僕はその時、ほんとにどうすればいいかわからなかった。水野さんの話を聞いてると胸が痛いし、でもそれと同時にこの距離が嬉しいし。旦那がいる女の人に対してこんなこと思っちゃいけないってわかってるのに、どうしようもなかった。
「水野さん」
「ん?」
「重くないです。…僕も、水野さんに会うのが毎朝楽しみでした」
水野さんがこっちを見た。目が少し潤んでた。
「…ありがと」
沈黙が3秒くらいあって、水野さんがカップをテーブルに置いた。
「ねえ長尾さん…キスしていい?」
頭の中で最後のアラームが鳴った。でもそれを無視して、僕は小さく頷いた。
水野さんが身を乗り出してきて、唇が触れた。柔らかくて、コーヒーの味がした。ほんの2秒くらいの、軽いキス。
離れた後、水野さんの顔が真っ赤だった。34歳の人妻が、高校生みたいな顔してた。
「…久しぶりすぎて心臓止まりそう」
「僕もです」
今度は僕からキスした。さっきより深く。水野さんの首に手を添えると、小さく「ん…」って声が漏れた。
舌が触れて、水野さんが少し震えた。(2年レスって言ってたよな…この人、ずっと我慢してたんだ…)
「長尾さん…もっとして…」
キスしながらソファに押し倒す形になった。水野さんの白いブラウスの下に手を入れると、肌がすごく熱かった。
背中に手を回してブラのホックを探すと、水野さんが自分で外してくれた。ブラウスのボタンを上から外していく。
「…すごい」
思わず声が出た。白い肌に、形の綺麗な胸。予想通りEカップはあった。乳首は薄いピンクで、すでに硬くなってた。34歳で子どもいて、なんでこんなに綺麗なんだよ。
「そんなに見ないで…恥ずかしい」
「綺麗すぎて目が離せないんですよ…」
「お世辞はいいから…早く触って…」
胸を両手で包むと、柔らかくて重みがあって、指が沈み込む感触がたまらなかった。乳首を親指で転がすと水野さんの呼吸が変わった。
「んっ…あ…久しぶりに触られた…」
「気持ちいですか?」
「うん…すごく…もっと強くてもいい…」
乳首を口に含むと「あっ」と高い声が出た。背中がびくっと跳ねて、水野さんが僕の髪を掴んだ。
「あぁ…ダメ…そこ弱いの…んんっ…」
舐めながら反対の胸を揉むと、水野さんの腰がくねくね動き始めた。スカートの中に手を入れると、太ももの内側がしっとり汗ばんでて、下着はもう濡れてた。
「水野さん…ここ、すごい濡れてる…」
「やだ…言わないで…」
顔を手で覆って恥ずかしがる水野さんが可愛すぎて、もう理性なんて残ってなかった。
下着をずらして指を這わせると、ぬるっとした感触に水野さんが声を殺した。クリを指の腹でゆっくり撫でると、太ももがぎゅっと閉じられた。
「あっ…ん…待って、いきなりそこは…」
「ごめん、痛かった?」
「ううん…感じすぎて…びっくりしただけ…」
2年触られてなかったという話が頭をよぎった。ゆっくり、丁寧に触った。水野さんの反応を見ながら。指を1本入れると中はとろとろで、すぐに2本目も受け入れた。
「はぁ…あぁっ…長尾さんの指…太い…」
「奥、ここ?」
「んんっ…!そこ…いい…」
腰が浮いて、水野さんが僕の肩にしがみついてきた。耳元で荒い呼吸が聞こえる。
「やば…もうイきそう…こんな早いの初めて…」
指を動かす速度を上げると、水野さんの声がどんどん高くなった。
「あっあっ…ダメ…イク…イッちゃう…!」
びくんと体を震わせて、水野さんが僕にしがみついたまま果てた。しばらく肩で息をしてて、「はぁ…はぁ…」って荒い呼吸が部屋に響いてた。
「…すごい…指だけでイったの何年ぶりだろ…」
「大丈夫ですか?」
「うん…ていうか長尾さん…」
水野さんが僕のズボンの膨らみに目を落とした。もう限界だった、正直。
「ベッドあるんでしょ…?移動しよ…?」
手を引かれてベッドに移動した。水野さんは残ってた服を全部脱いで、僕も脱いだ。お互い裸で向き合うと、なんか急に現実感が出てきて手が震えた。
「緊張してる?笑」
「…めちゃくちゃ」
「私も。でもね…」
水野さんが僕の手を取って、自分の胸に当てた。心臓がドクドク言ってるのが伝わってきた。
「ほら、私のほうがドキドキしてるでしょ?」
コンドームを引き出しから出すと、水野さんが「私がつけていい?」と言って受け取った。慣れた手つきで装着してくれるんだけど、その時の真剣な顔がなんか可愛くて笑ってしまった。
「なに笑ってんの」
「いや…水野さんが可愛いなって」
「もう…恥ずかしいこと言わないで…」
仰向けの水野さんの上に覆いかぶさって、ゆっくり入れた。入った瞬間、水野さんが「あっ…」って声を出して目をぎゅっとつぶった。
「ん…あぁ…久しぶりで…ちょっと…」
「痛いですか…?」
「ううん…痛くない…ただ、すごく…感じて…」
水野さんの中はとろとろに濡れてて、でもぎゅっと締まってて、入っていくだけで頭が真っ白になりそうだった。
ゆっくり動き始めると、水野さんが僕の背中に手を回してきた。爪が食い込むくらい強く掴まれてる。
「あっ…ん…長尾さん…もっと奥…」
「こう…?」
「んんっ…!そこ…いいっ…」
腰を深く押し込むと、水野さんの声が変わった。いつもの落ち着いた低めの声じゃなくて、甘くて高い声。この人にこんな声出させてるのが自分だと思うと、信じられなかった。
(これは夢か…?毎朝すれ違うだけだった人と今セックスしてるのか…?)
「キスして…」
キスしながら腰を動かす。水野さんの舌が絡みついてきて、下半身も同時に締めつけてくる。
「あぁっ…すごい…全然違う…旦那とは全然っ…」
その言葉を聞いた瞬間、罪悪感と興奮が同時に来た。最低だってわかってる。でも止められなかった。
ペースを上げると、水野さんが耳元で「イク…」って囁いた。小さい声なのに鮮明に聞こえた。
「長尾さんっ…イク…イクっ…!」
ぎゅうっと抱きしめられて、中がきゅっと締まった。その感覚で僕も一気にきた。
「やばっ…僕も…っ」
そのまま一緒にイった。水野さんの中で脈打つのを感じながら、しばらく動けなかった。
「はぁ…はぁ…」
抱き合ったまま、お互いの心臓の音を聞いてた。水野さんが僕の髪を撫でながら、小さく笑った。
「ねえ…もう一回…ダメ?」
「…え、いいんですか」
「だって…こんなに気持ちいいの、本当に久しぶりで…」
2回目は水野さんが上に乗った。騎乗位で腰を動かす水野さんを下から見上げると、Eカップの胸が揺れて、快楽に蕩けた表情が照明に照らされてて、完全に見惚れた。
さっきより大胆になってて、自分から腰をぐりぐり押し付けてきた。
「ん…あぁ…自分で動くの…気持ちいい…」
「水野さん…エロすぎる…」
「やだ…そういうの言わないで…でも…嬉しい…」
下から腰を突き上げると水野さんが「あっ」と声を上げて前のめりになった。僕の胸に手をついて、髪が顔にかかる。その隙間から見える潤んだ目が最高に色っぽかった。
1回目より感覚が鈍くなってて長くできた。水野さんは2回くらいイってて、そのたびに中がぎゅうって締まるのが気持ちよすぎた。
「長尾さんっ…もう好きにして…」
体勢を入れ替えて後ろから入れた。背中にキスしながら動くと、水野さんがシーツを掴んで声を押し殺してた。
「あぁんっ…奥…当たって…すごいっ…」
最後は横向きで抱きしめながらゆっくり動いた。耳元で「好き」って囁かれた時、ほんとに泣きそうになった。
イく直前に水野さんが振り返って唇を合わせてきた。キスしたまま2回目を出した。
しばらく繋がったまま黙ってた。外の雨の音だけが聞こえてた。
「…ねえ、雨、止まないね」
「…止まないですね」
「このまま止まなければいいのに」
水野さんの声が少しだけ寂しそうだった。
時計を見ると深夜1時を過ぎてた。水野さんは「旦那には友達の家にいるって言ってある」と言って、そのまま朝まで泊まった。
朝、隣で眠ってる水野さんの寝顔を見ながら、僕は考えてた。これは何になるんだろう、って。不倫の一夜で終わるのか、それとも。
水野さんが目を開けて、僕を見て、少し照れたように笑った。
「…おはよう」
「おはようございます」
「ねえ、月曜からもエレベーターで会える?」
「…はい。毎朝8時50分に」
「じゃあ…それだけで私は大丈夫」
水野さんはシャワーを浴びて、コーヒーを飲んで、「じゃあね」と手を振って帰っていった。玄関で靴を履く後ろ姿が、なんかすごく日常的で、逆にそれが切なかった。
結局、あの夜から僕の常駐が終わるまでの3ヶ月間、水野さんとは4回くらい会った。全部、水野さんが「今日帰りたくない」って連絡してきた夜。
僕はその関係が正しいとは思えなかった。でも水野さんの「ありがとう」って言う時の顔を見ると、何も言えなくなった。
常駐が終わる最後の日、エレベーターホールで水野さんとすれ違った。いつもみたいにふわっと笑って、小さく手を振ってくれた。
それが最後だった。
連絡先は今も残ってる。でもお互い、もう使ってない。
あの雨の夜のことは、たぶん一生忘れない。