これ書くかどうかだいぶ迷ったんだけど、もう時効だと思うから書きます。
俺、28歳。都内の中堅メーカーで経理をやってる普通のサラリーマンです。身長172、体重は聞かないでほしい。顔面偏差値はたぶん48ぐらい。友達には「雰囲気が向井理の3割引き」って言われたことあるけど、それ褒めてんのか貶してんのかいまだにわかんない。
で、俺には一個だけ深刻な悩みがあって。実家が新潟の長岡なんだけど、母親の見合い攻撃がマジでしつこい。25超えたあたりから盆と正月に帰るたびに「いい子がいるの」って写真見せてくるし、去年なんか勝手に日程まで組んでた。父親は父親で「お前が継がんでも構わんが、孫の顔は見たい」とか言うし。
(いや継がんでもって、継ぐような家業ないだろ…)
正直もう実家に帰るのが憂鬱で、GWも「仕事」って嘘ついて東京に残ってた。
そんな感じで、6月のある金曜日。会社の近くの新橋の居酒屋で同期飲みがあったんですよ。うちの会社は同期が12人いて、そのうち7人ぐらいが集まる定例飲み会。
で、その中に宮瀬がいた。
宮瀬は営業部の同期で、入社のときから顔は知ってた。身長158ぐらい、髪はミディアムで、目がちょっと大きくて、橋本環奈を少しだけ大人っぽくした感じ。Cカップぐらいだと思う、たぶん。スーツ姿がやたら似合う子で、営業成績も同期の中じゃトップクラス。
ただ、俺と宮瀬はそんなに仲良くなかった。部署も違うし、飲み会で隣になっても当たり障りのない話をするぐらい。
その日は席がたまたま隣で、3杯目のハイボールあたりで宮瀬がため息をついた。
「はあ……お盆が憂鬱すぎる」
「え、なに急に」
「うち静岡なんだけどさ、帰るたびにお母さんが『まだ彼氏できないの』って。この前なんか近所のお寺の息子を紹介するって言い出して」
「お寺の息子……」
「しかも写真見たら普通にいい人そうで逆に断りづらいっていう」
(あ、こいつも同じ悩み抱えてんだ……)
俺はそのとき酔ってたのもあるけど、ずっと温めてたアイデアをつい口にしてしまった。
「あのさ、宮瀬。変なこと言っていい?」
「なに。怖いんだけど」
「俺と婚約者のフリ、しない?お互いの親に『相手いるから』って言えば全部解決じゃん」
宮瀬がハイボールのグラスを持ったまま固まった。5秒ぐらい。
「……は?」
「いやだからさ、偽装。フリだけ。親に見せるとき用の婚約者。写真とかLINEとかちょっと用意しとけばいけるでしょ」
「いやいやいや、なんでそれを私に言うの」
「だってお互い困ってんじゃん。利害一致してるじゃん」
宮瀬はしばらく黙って、氷をカラカラ鳴らしてた。
「……どのぐらいの期間?」
(え、マジで検討してんの……?)
「とりあえず年末まで。ダメだったらそこで解消ってことで」
「絶対に社内にはバレないようにしてよ」
「もちろん」
「……じゃあ、いいよ。乗った」
こうして、金曜日の新橋の居酒屋で、俺と宮瀬の偽装婚約がスタートした。ハイボール4杯目のことだった。
翌週から、俺たちは「婚約者っぽい証拠」を作る作業に入った。
まず写真。休日に二子玉川のショッピングモールで待ち合わせて、カップルっぽいツーショットを何枚か撮った。宮瀬は私服だと雰囲気がだいぶ変わって、白いブラウスにデニムのスカートっていうラフな格好がめちゃくちゃ似合ってた。
(あれ、こいつこんなかわいかったっけ……)
とか一瞬思ったけど、まあ仕事じゃスーツしか見てなかったし、そりゃ印象変わるよなと。
「ねえ、もうちょっと距離近づいて。婚約者がこの距離感はおかしいでしょ」
「あ、ごめん」
肩を寄せると、宮瀬からシャンプーの匂いがした。なんか柑橘系の。
「あと、呼び方。いつまでも宮瀬じゃ婚約者っぽくないから」
「じゃあなんて呼べばいいの」
「下の名前。七海」
「な、七海……」
「なんで噛んでんの」
いや、急に下の名前って言われても照れるだろ普通に。
写真は5枚ぐらい撮って、ついでにカフェでお茶した。設定を詰めないといけなかったから。
「出会いのきっかけは?」→ 同じ会社の同期で、プロジェクトで一緒になったのがきっかけ。「告白はどっちから?」→ 俺から。クリスマスに。「デートはどこ行く?」→ 映画とカフェ巡り。
「あと、指輪」
「え、さすがに買わないよ?」
「100均でいいから。帰省のとき用」
「……なるほど」
宮瀬は、こういう細かいところまで詰めてくるタイプだった。仕事できるやつは違うなと素直に感心した。
7月に入って、俺は母親に電話した。
「あのさ、実は付き合ってる人がいて。同じ会社の子」
電話の向こうで母親が「えっ」って声出して、そのあと父親に「お父さん!」って叫んでるのが聞こえた。
写真を送ったら「かわいい子ね」「お盆に連れてきなさい」って速攻で返信が来た。
(お盆に連れてく……?)
それは想定外だった。
宮瀬に相談したら、
「まあ、そうなるよね」
「すまん、断る?」
「いや、どうせ私も同じこと言われると思うし。先に練習だと思えば。でも条件がある」
「なに」
「交通費は折半ね」
「当然」
8月、新幹線で長岡に向かった。隣に宮瀬……じゃなかった、七海がいる。
上越新幹線の中で、七海はずっとスマホで「彼氏の実家 初訪問 手土産」って検索してた。
「ねえ、お母さんの好きなお菓子ある?」
「笹だんごとか好きだけど、それ地元の名物だからダメだろ」
「じゃあ東京ばな奈で」
「それはちょっとセンスが……」
「じゃあ何がいいのよ」
「資生堂パーラーのチーズケーキとか」
「予算オーバー」
結局、大宮駅で途中下車してエキュートで菓子折りを買った。
実家に着いたら、母親が玄関で正座して待ってた。いや正座すな。
「初めまして、宮瀬七海です。息子さんにはいつもお世話になっています」
完璧だった。営業トークの応用なのか、笑顔も声のトーンも隙がなかった。母親は七海の手を握って泣きそうになってたし、父親は「まあ上がって上がって」ってニコニコしてた。
(演技うますぎないか……)
夕飯は母親が気合い入れて作った和食のフルコースみたいなやつで、七海は「美味しいです」を連発してた。本当に美味しかったのかもしれないけど。
で、問題はそのあと。
「え、同じ部屋?」
母親が用意してたのは、俺の元々の部屋に布団を二組敷いたやつだった。
「だって婚約者でしょう?」って母親がニコニコしながら言うのを、俺と七海は引きつった笑顔で聞いてた。
部屋に入って、ドアを閉めた瞬間。
「聞いてないんだけど」
「俺も聞いてない」
「布団、離して敷き直していい?」
「もちろん。端と端で」
七海は荷物からジャージを出して、洗面所で着替えてきた。ノーメイクの顔は思ったより幼く見えて、目がでかいのが余計に強調されてた。
「見ないでよ」
「見てない見てない」
見てたけど。
電気を消して、それぞれの布団に入った。8月の長岡は蒸し暑くて、エアコンの音だけが聞こえてた。
「……ねえ」
「ん」
「今日のお母さんの料理、本当に美味しかった。特に筑前煮」
「あー、あれは母ちゃんの自信作。小さい頃からあれだけは好きだった」
「いい家族だね」
暗闇の中で、七海の声がいつもより柔らかかった。
「うちは、お父さんが単身赴任で全然いなかったから。家族みんなで食卓囲むの久しぶりだった」
「……そっか」
「偽物なのにね。なんか泣きそうになった」
なんて返せばいいかわからなかった。
翌日は長岡の花火大会だった。8月2日、正三尺玉が上がる日。
母親が「せっかくだから二人で見ておいで」と浴衣まで貸してくれて、七海は母親の若い頃の浴衣を着た。紺地に白い朝顔の柄で、帯は母親が結んでくれた。
(……反則だろ)
信濃川の河川敷に並んで座って、ビールを飲みながら花火を見た。長岡の花火はとにかくデカくて、フェニックスが上がったときに七海が「うわ」って声出して、俺の腕を掴んだ。
「すごい……こんなの初めて見た」
「長岡の花火、なめんなよ」
「自慢するじゃん」
笑ってる七海の横顔に花火の光が反射してて、(これ、やばいな)って思った。
何がやばいのかは、そのときはまだ自分でもよくわかんなかったけど。
帰りの新幹線で、七海は俺の肩に頭を乗せて寝てた。起こすに起こせなくて、東京駅まで身動きが取れなかった。
9月。今度は七海の実家に行くことになった。静岡の藤枝。
七海の母親は、想像してたのと全然違って、ゆるい感じのお母さんだった。でも俺を見る目はめちゃくちゃ鋭かった。
「お母さん、この人が……」
七海の母親が俺を上から下までじっと見て、
「ふうん。思ったより普通ね」
って言った。
(普通て)
夕飯の準備を七海が手伝ってる間、俺は居間で七海の母親と二人きりになった。これがキツかった。
「七海ちゃんのこと、本当に好きなの?」
ストレートに聞かれて、心臓が跳ねた。偽装なのに。
「はい。大切に思ってます」
「ならいいけど。あの子、人に頼るの下手だから。甘えさせてあげてね」
(いや俺偽の婚約者なんですけど……)
罪悪感がすごかった。
その夜も同じ部屋だった。もう驚かなかったけど。
布団に入って、電気消して。
「……ごめんね。お母さん、ストレートすぎて」
「いや、いい人だった。てか、お前のお母さんに嘘ついてるの、ちょっとキツいな」
「……うん。私も」
しばらく沈黙があった。
「ねえ。もしこれが偽装じゃなかったら、楽だったのかな」
「……どういう意味?」
「ううん。なんでもない。おやすみ」
なんでもないわけねえだろ、と思ったけど、聞けなかった。
10月に入って、俺たちの関係は明らかに変わってた。
偽装のために会ってたはずなのに、特に用事がなくても週末にLINEするようになってた。「新しくできたカフェ行かない?」とか「映画のチケット当たったんだけど」とか。
証拠作りのための外出が、いつの間にかただの……デートになってた。
10月の3連休、七海と吉祥寺でご飯を食べたあと、井の頭公園を歩いてた。
「ねえ、年末で解消するんだよね。この偽装」
「……ああ。そういう約束だったな」
「親にはなんて言う?」
「仕事の都合で、って言えばまあ……」
「そっか」
七海が池の方を見てた。鴨が2羽、並んで泳いでた。
「七海」
「なに」
「俺さ……」
そこで七海のスマホが鳴った。会社からの電話で、七海は「すみません、ちょっと」って離れていった。
(言えよ、俺……)
結局その日は何も言えなかった。
11月、社内の忘年会の幹事を俺がやることになって、営業部との合同忘年会の打ち合わせで七海と会議室で二人きりになった。
「会場は神田のあの居酒屋でいいと思う。予算は一人5000円で」
「了解。あと、二次会は……」
いつもの業務トーンで話してたんだけど、打ち合わせが終わって七海が出ていこうとしたとき、
「七海」
「……会社では宮瀬でしょ」
「あ、ごめん。宮瀬」
「……もう」
七海が少し笑って、でもすぐに真顔に戻って出ていった。
その日の夜、LINEが来た。
「今度の土曜、空いてる?」
空いてた。
土曜日、七海の家に呼ばれた。荻窪の1Kのマンション。
「鍋やろうと思って。一人じゃ食べきれないし」
「お、いいね。何鍋?」
「キムチ鍋。辛いの大丈夫でしょ?」
「余裕」
七海の部屋は思ったより生活感があって、棚には営業関連の本がぎっしり並んでた。壁にはフジファブリックのポスターが貼ってあった。
「フジファブリック好きなの?」
「好き。志村時代の」
「渋いな」
「うるさいな」
キムチ鍋を囲んで、ビールを飲んだ。七海は酔うと耳が赤くなるタイプだった。
3本目の缶ビールを開けたあたりで、七海が急に黙った。
「……あのさ」
「ん?」
「年末で解消、やめない?」
「……え」
「偽装を続けようって意味じゃなくて」
七海がこっちを見た。目が赤かった。酔いのせいだけじゃない気がした。
「偽装じゃなくて、本当に……付き合わない?」
時間が止まった、ってよく言うけど、あのときはマジでそうだった。
「俺もさ……ずっと言おうとしてた。井の頭公園のときも、会議室のときも」
「じゃあなんで言わなかったの」
「偽装が壊れるのが怖かった。断られたら、この関係ごとなくなるだろ」
「……バカ」
七海が笑った。泣きそうな顔で。
「七海」
「なに」
「好きです。偽装じゃなくて」
「……うん。私も」
キスした。
キムチ鍋の匂いがする部屋で、カーペットの上で、缶ビールが倒れるのも気にしないで。
七海の唇は柔らかくて、少しビールの味がした。
「んっ……」
七海が俺の首に手を回してきて、キスが深くなった。舌が触れたとき、七海がびくってなった。
「大丈夫?」
「うん……続けて」
ソファに移動して、七海を膝の上に座らせた。キスしながら背中に手を回すと、七海の心臓がバクバクいってるのが伝わってきた。
(俺もだけど)
七海のニットの裾に手を入れると、七海が小さく息を飲んだ。
「……部屋、暗くしていい?」
「うん」
七海がリモコンで照明を落とした。間接照明だけになった部屋で、七海の輪郭がぼんやり光ってた。
ニットを脱がすと、白いブラが見えた。七海が恥ずかしそうに腕で胸を隠した。
「隠すなよ……」
「だって恥ずかしいし……」
ブラのホックを外すと、Cカップの胸がこぼれた。形が綺麗で、思わず見とれた。
「そんな見ないで……」
「綺麗だよ」
「お世辞はいい」
「お世辞じゃない」
胸に触れると、七海が声を漏らした。乳首を指で転がすと、七海の体がぴくってなる。
「あ……ん……」
七海の反応がいちいちかわいくて、頭がおかしくなりそうだった。
(これ本当に現実か?半年前まで「同期の宮瀬」だったやつの胸を揉んでるんだぞ俺)
乳首を口に含むと、七海が俺の頭を抱えてきた。
「やっ……そこ、弱い……っ」
「知ってる」
「知ってるって何……あんっ」
下に手を伸ばすと、ジーンズ越しでも熱が伝わってきた。ジーンズのボタンを外すと、七海が俺のベルトに手を伸ばしてきた。
お互い服を脱がせ合って、七海のショーツに手を入れたとき、もう濡れてた。
「……触んないで、そんなとこ」
「嫌?」
「嫌じゃない……けど……」
クリに触れたら、七海が声を殺した。指で円を描くように動かすと、七海の腰がびくびく跳ねた。
「あっ……あ、ちょっと……」
「待って、いきなりそんな……んっ」
指を中に入れると、七海が俺の肩に爪を立てた。痛かったけど、それがたまらなかった。
「あっ……もう、やだ……気持ちいい……っ」
七海が俺のモノを握ってきた。細い指で、おそるおそる動かしてくる。
「もう少し強くていいよ」
「こ、こう?」
「うん……いい」
お互いに触れ合いながら、七海が耳元で囁いた。
「……入れて」
「ゴム……」
「棚の一番上。……友達にもらったやつ」
(友達にもらった……?まあいいか)
ベッドに移動して、七海を仰向けに寝かせた。七海が脚を開いて、顔を横に向けた。耳まで真っ赤だった。
ゆっくり入れていくと、七海が息を止めた。
「痛い?」
「ちょっと……大丈夫。動いて」
最初はゆっくり動いた。七海が徐々に声を出し始めた。
「ん……あっ……」
腰を掴んで、少しずつペースを上げた。七海が手を伸ばしてきたから、指を絡めた。
「あっ……そこ……いい……っ」
「ここ?」
「うんっ……あ、やば……っ」
七海の中が締まってきて、俺も限界が近かった。
「俺もやばい……」
「んっ……一緒に……」
七海の体がびくんって弓なりになって、「あっ」って短い声が出た。俺もそのまま中で達した。ゴム越しでも、七海の中の脈動が伝わってきて、頭が真っ白になった。
「はあ……はあ……」
しばらく二人とも動けなかった。
「……重い」
「あ、ごめん」
体を横にずらして、七海の顔を見た。汗で前髪が額に張り付いてて、目が潤んでた。
「ねえ」
「ん」
「これ、偽装じゃないよね」
「当たり前だろ」
「……よかった」
七海が笑って、俺の胸に顔を埋めた。
しばらくそうしてたんだけど、七海が顔を上げた。
「もう一回、していい?」
「……マジで?」
「だって、ずっと我慢してたんだもん。長岡の花火のときからずっと」
(花火のとき……あのときからだったのか)
今度は七海が上になった。俺の上にまたがって、自分で入れた。
「んっ……」
「七海……」
「名前、呼んで。もっと」
「七海、七海……」
さっきより余裕が出たぶん、七海の表情とか声とか、全部がちゃんと入ってきた。腰を動かすたびに甘い声が漏れて、さっきまで営業トークで隙のなかったやつがこんな顔するのかと思うと、なんか胸がぎゅっとなった。
七海が前に倒れこんできて、耳元で「好き」って言った。小さすぎて聞き逃すところだった。
「聞こえなかった。もう一回」
「……っ、好き」
「俺も好き」
二回目は、二人とも穏やかだった。がっつくんじゃなくて、確かめるみたいに。手を繋いだまま、七海がイって、そのあと俺もイった。
終わったあと、七海が俺の腕を枕にして横になった。荻窪の夜は静かで、遠くで中央線の音が聞こえた。
「ねえ。年末の解消、なしってことで」
「ああ。なしで」
「親には……偽装から始まったとか、絶対言わないからね」
「墓まで持ってく」
「ふふ。……おやすみ」
「おやすみ、七海」
偽装婚約は5ヶ月で解消された。
正確に言うと、偽装が本物に変わった。
今でも七海の母親に会うたびに「普通ね」って言われるし、俺の母親は未だに七海に筑前煮のレシピを送り続けてる。
あのとき新橋の居酒屋で酔った勢いで「偽装しない?」って言った俺に、心の底から感謝してる。
嘘から始まったけど。今は、全部本当です。