天気図なら誰より正確に読めるのに空を見上げても何も感じなくなっていた気象予報士の僕が、真冬のオホーツク海へひとり逃げ、流氷の上へ客を導く同い年の流氷ガイドに氷の“声”の聞き方を教わるうちに惹かれ、流氷がひと晩で沖へ去った朝に浜の番屋で結ばれた話

網走行きの特急オホーツクは、四両編成の車内に、僕のほかに二人しか乗っていなかった。

僕、藤代湊(ふじしろ みなと)、三十歳。都内の民放で、朝の情報番組の天気を担当している気象予報士だ。「担当している」と現在形で言えるのかどうか、実のところ、自信がない。三日前、生放送のスタジオで、僕はカンペを読み上げている途中に、言葉が出なくなった。

(……明日は、晴れ。北風。空気は、冷たい)

頭の中には、数字がちゃんとあった。等圧線の間隔も、上空の寒気の底も、風向きも。全部、正確に読めていた。それなのに、口が動かなかった。

窓の外の空を、見上げてみたのだ。生まれて初めて、放送中に。そこには、ただの、抜けるような冬晴れがあった。きれいだ、と思わなければいけない空だった。けれど、何も、感じなかった。

天気図は読める。空が、読めない。

ディレクターが機転を利かせてCMを挟んでくれて、僕はそのまま早退した。産業医は「燃え尽きですね」と言った。「少し、天気から離れてください」と。天気予報士に、天気から離れろ、と。

翌朝、僕は貯まりきった有給の消化届を出して、羽田から女満別へ飛んだ。行き先を選んだ理由は、うまく説明できない。ただ、日本でいちばん、空が広くて、いちばん寒い場所へ行きたかった。数字の届かない場所へ。


網走からさらにバスで一時間。オホーツク海に張り出した小さな漁港の町に着いたのは、二月の、午後三時過ぎだった。

バスを降りた瞬間、頬が、痛いくらいに冷えた。マイナス八度。──いや、これは職業病だ。体温計を見なくても、肌で気温がわかってしまう。息が、白いを通り越して、睫毛が凍る。

そして、海を見て、僕は立ち止まった。

海が、白かった。

水平線の手前から、こちら側の岸まで、びっしりと、割れた氷が敷き詰められている。板ガラスを砕いて敷いたような、けれど、どこか生き物のような。夕方の低い光を受けて、白と、淡い青と、影の紫が、ひとつの巨大な模様になっていた。

流氷だ。生まれて初めて見た。

天気図の上でなら、僕はこの海の氷が、シベリアのアムール川の淡水から生まれ、季節風に乗って南下してくることを、知識として知っていた。けれど、目の前のそれは、僕の知っているどんな数字とも、似ていなかった。

ぎしり。ぎしり、と。

音がした。氷が、互いに擦れ、押し合う音。海全体が、低く、生きて、呼吸しているような音だった。

(……なんだ、これ)

そのとき、岸の氷の上に、人影が見えた。

真っ赤なドライスーツを着た人が、五、六人の観光客らしい一団を連れて、凍った海の上を歩いている。先頭を歩くのは、小柄な人だった。氷の割れ目の手前で立ち止まり、片手を上げて後ろの列を制し、それから、まるで氷と会話するように、その場にしゃがみ込んで、耳を近づけている。

やがて、その人が立ち上がり、振り返って、客たちに何か言った。風で言葉は聞こえない。けれど、赤いフードから覗いた横顔が、笑ったのが、遠目にもわかった。

日に焼けた、凛とした横顔だった。


その晩、僕が泊まったのは、港の目の前にある、古い民宿だった。夕食の席で、女将さんに、昼間見た赤いドライスーツのことを尋ねた。

「ああ、流氷ウォークのガイドだべ」

答えたのは、女将さんの隣で晩酌をしていた、白髪交じりの、日焼けした男だった。戸田周三(とだ しゅうぞう)さん。この町で流氷ガイドの会社をやっている、と女将さんが紹介してくれた。歳は六十過ぎ。目つきは鋭いが、口元は笑っている。

「兄ちゃん、東京から来たんだべ。顔に書いてある。……くたびれた顔だなあ」

「……よく、言われます」

「明日、乗ってみるか。流氷ウォーク。ドライスーツ着て、氷の海の上、歩くんだ。運がよけりゃ、氷の下、覗ける」

僕は、正直、気が進まなかった。凍った海の上を歩く。想像しただけで、足がすくむ。けれど、あの、氷と会話するようにしゃがみ込んでいた赤い人影が、なぜか、頭から離れなかった。

「……あの、昼間、先頭を歩いていたのは」

「ん? ああ、凪だ。うちのいちばんの若手ガイド。……兄ちゃんと、同い年くらいでないか」

戸田さんが、猪口をあおって、にやりと笑った。

「あいつはな、氷を、耳で読む。俺なんかより、よっぽど氷の声が聞こえる女だ」

氷の声。──気象予報士の僕が、いちばん遠いところに置いてきてしまった言葉のような気がして、僕は、翌朝のツアーに申し込んだ。


翌朝、七時。港のプレハブの事務所で、僕はドライスーツに着替えた。分厚いネオプレンのつなぎに、頭からすっぽり被る。慣れない装備に手間取っていると、後ろから声がかかった。

「ファスナー、上まで上げないと、海に落ちたとき浸水しますよ。……はい、後ろ、上げますね」

振り返ると、赤いドライスーツの、彼女がいた。白鳥凪(しらとり なぎ)さん。フードを外した素顔は、日に焼けて、けれど、頬だけがりんごみたいに赤い。化粧気はなく、切れ長の目が、まっすぐ僕を見ていた。

背中のファスナーを、しゅっ、と一息で上げられる。首元が、ぴたりと閉じた。

「藤代さん、ですよね。戸田さんから聞いてます。東京から、ひとりで」

「……はい」

「今日は、あなた一人だけです。ほかにお客さん、いなくて。……マンツーマンですけど、大丈夫ですか?」

大丈夫だろうか、と自分でも思った。凍った海の上に、この人と、二人きり。

「あの……氷の上って、その、割れたり、しないんですか」

「割れます」

即答だった。僕がぎょっとすると、凪さんは、いたずらっぽく口の端を上げた。

「割れるから、面白いんです。……大丈夫。割れる場所は、わたしが全部わかるので。わたしのすぐ後ろを、歩いてください」


浜から、氷の海へ、最初の一歩を踏み出す。

体重をかけると、足元の氷が、みしっ、と沈んだ。心臓が、跳ねる。けれど、氷はそれ以上沈まず、僕の体を、しっかりと受け止めた。ドライスーツのおかげで、寒さも、水気も、感じない。ただ、足の裏に、氷の、硬いのに、どこか弾力のある感触があった。

「ね。乗るでしょう。……この氷、厚いところで五十センチ以上あるんです。車が乗っても、平気なくらい」

凪さんが、僕の少し先を、迷いなく歩いていく。ときどき立ち止まり、氷の色を確かめ、足で軽く叩いて、音を聞く。

こんっ、こんっ。

「……この音は、大丈夫。詰まった、いい音。……こっちは」

数歩、横へずれて、また叩く。

ぼこっ。

「これは、だめ。下に空気が入ってる。……ね、音、違うでしょう?」

「……本当だ。全然、違う」

僕は、思わず、しゃがみ込んで、自分でも氷を叩いてみた。詰まった音と、空洞の音。言われてみれば、はっきりと違う。数字ではない。目盛りでもない。ただ、耳が、氷の中身を、聞き分けている。

「氷はね、目で見るより、耳で読むんです。色や厚みは、上っ面。ほんとうのことは、音の中にあるので」

耳で、読む。

僕は、天気図を、目で読んできた。数字を、目で追ってきた。それで、明日の空を、誰よりも正確に言い当ててきた。──なのに、いつの間にか、空を、見上げなくなっていた。空の音を、聞かなくなっていた。

「……すごいな。僕、天気を仕事にしてるのに」

「え、そうなんですか」

「気象予報士なんです。テレビで、天気を。……でも、最近、空を見ても、何も感じなくなって。数字は、読めるのに」

言ってから、初対面の人に何を打ち明けているんだ、と思った。けれど、凍った海の上では、なぜか、嘘も見栄も、うまく凍りついて、剥がれ落ちてしまうようだった。

凪さんは、少し驚いた顔をして、それから、ゆっくりと頷いた。

「……わかる気が、します。わたしも、氷の厚みなら、機械で測れます。数字で出せる。……でも、それ見てるだけじゃ、氷の“今日の機嫌”は、わからないんです」

「機嫌」

「そう。今日は、機嫌がいい。詰まって、静かで。……藤代さんも、聞いてみます? 氷の、今日の声」


凪さんは、海のもっと沖へ、僕を導いた。

やがて、大きな氷と氷の境目、幅の広い割れ目の手前で、彼女は立ち止まった。割れ目の向こうには、黒い、生の海水が覗いている。吸い込まれそうな、深い黒。

「……これ、渡るんですか」

「渡りません。ここで、しゃがんで。……耳、澄ませて」

言われるまま、僕は氷の上に膝をつき、割れ目に、耳を近づけた。

最初は、何も聞こえなかった。ただ、風の音。それから──。

ぴき……ぴきぴき……ぴしっ……。

氷が、鳴いていた。細かく、絶え間なく。まるで、大勢の誰かが、あちこちで小さくささやいているような。ときどき、遠くで、ずうん、と、腹に響く低い音がする。氷の島が、ぶつかり合う音だ。

「……鳴いてる」

「ね。生きてるみたいでしょう。……この海の氷、ぜんぶ、動いてるんです。同じ氷は、二度とない。昨日と今日で、まったく別の海。だから、わたしは、毎朝、氷に“おはよう”って聞くんです。今日は、どんな顔してるのって」

僕の隣で、凪さんも、割れ目に耳を寄せていた。フードを外した頬が、僕のすぐ近くにあった。日に焼けた肌に、産毛が、朝の光で金色に光っている。彼女は、目を閉じて、氷の声を聞いていた。

その横顔を見ていたら──。

胸の奥で、二週間、凍りついていた何かが、ぴきり、と、小さく鳴った気がした。

「……凪さん」

「はい?」

「僕、たぶん、聞くのを、やめてたんです。数字が読めれば、正解が出せるから。空の声なんか、聞かなくても、当てられるって」

凪さんが、目を開けて、僕を見た。

「でも、それ、当ててるだけで、見てなかった。……空を、ちゃんと、見てなかった」

風が、二人の間を、吹き抜けた。凪さんは、しばらく黙って、それから、白い息と一緒に、ふっと笑った。

「……藤代さん。今、いい顔してます」

「え」

「昨日、事務所で会ったときより、ずっと。……氷の声、ちゃんと、聞こえてる顔」


ツアーを終えて浜に戻る頃には、僕の中で、何かがほどけていた。

濡れてもいないドライスーツを脱ぎ、事務所のストーブの前で暖まっていると、凪さんが、二つのマグカップを持ってきた。中身は、生姜の入った、熱い甘酒だった。

一口飲んで──僕は、思わず、手を止めた。

甘い。生姜が、辛い。喉が、熱い。

味が、した。二週間ぶりに、はっきりと、味がした。

「……あったかい」

「ふふ。氷の上を歩いたあとの甘酒は、格別でしょう」

僕が、二週間、味覚のことまでおかしくなりかけていたなんて、彼女は知らない。けれど、この甘酒の熱を、僕は、たぶん一生忘れないだろう、と思った。

「あの、藤代さん。……夕方、時間、あります?」

「え?」

「今日、たぶん、夕方から、風が変わります。南寄りに。……そうしたら、この流氷、明日には、沖へ引いちゃうかもしれない」

彼女は、窓の外の、白い海を見た。

「せっかく来たのに、いちばんきれいなのを見せないの、ガイドとして、悔しいので。……夕暮れの流氷、番屋から、見ませんか。わたしの、隠れ家みたいな場所」

風が、南寄りに変わる。──それは、僕が、天気図で、いちばん正確に読めることだった。今日の午後から、この海域の気圧配置は、確かに緩む。凪さんの読みは、僕の数字と、寸分違わず、一致していた。

数字と、氷の声が、同じことを言っていた。僕は、なぜだか、泣きそうになった。

「……行きます。ぜひ」


番屋、というのは、漁師が漁の道具を置いたり、休んだりする、浜辺の小屋のことだった。凪さんに連れられて行ったのは、港の外れ、流氷の押し寄せる浜に建つ、古い木造の小屋だった。

「ここ、もう使ってない番屋なんです。戸田さんが、好きに使っていいって。……わたし、休みの日、ここで、ずっと海見てるんです」

引き戸を開けると、中は、意外なほど暖かかった。真ん中に薪ストーブがあって、赤々と燃えている。窓は、海に向かって、大きく取られていた。その窓いっぱいに──夕暮れの、流氷の海が広がっていた。

沈む夕日が、白い氷原を、橙色に染めていた。無数の氷の割れ目が、光を反射して、金色の網のように輝いている。遠くの氷が、水平線で、燃えているように見えた。

「……すごい」

「でしょう。……この景色を、独り占めするの、ずるいなあって、ずっと思ってて。誰かに、見せたかったんです」

ストーブの前に、二人で並んで座った。凪さんが、また甘酒を温めてくれる。窓の外では、ぎしり、ぎしりと、氷が、静かに鳴っていた。

「わたし、東京の会社に、いたことがあるんです」

「え、そうなんですか」

「うん。データ分析の仕事。……毎日、画面の数字ばっかり見てて。ある日、窓の外に、すごい夕焼けが出てるのに、気づいたら、誰も顔を上げてなくて。わたしも。……それで、こわくなって、辞めて、こっちに来ました」

彼女は、膝を抱えて、窓の外を見た。

「氷は、数字にできない。毎日、違う。今日を見逃したら、この氷は、二度と戻ってこない。……だから、わたし、ここでは、ちゃんと顔を上げて、生きてる気がするんです」

僕は、彼女の横顔を見た。橙色の光が、その頬を照らしている。

「……僕も、たぶん、同じでした。数字の向こうの空を、いつの間にか、見なくなってた」

「でも、今日、凪さんに、氷の声を聞かせてもらって。……久しぶりに、顔を、上げられた気がします」

凪さんが、こちらを向いた。切れ長の目が、夕日を映して、揺れていた。

「……藤代さん」

「はい」

「今日、あなたを氷に連れて行ったの、仕事だったけど。……でも、途中から、たぶん、仕事じゃ、なくなってました」

窓の外で、ずうん、と、氷が鳴った。

僕は、そっと、彼女の頬に手を伸ばした。冷たい外気にさらされていたはずのその頬が、ストーブの熱で、じんわりと温かかった。凪さんは、逃げなかった。ただ、目を閉じた。

唇を、重ねた。


ちゅ、と、軽く触れて、離す。凪さんの睫毛が、ふるえた。もう一度、今度は少し深く。彼女の手が、僕のセーターの胸元を、きゅっと握った。

「ん……♡」

ストーブの薪が、ぱちっ、と爆ぜた。角度を変えて、もう一度唇を重ねると、凪さんの口が、ふっと開いた。舌先を、そっと差し入れる。

ちゅる……れろ……。

「ふ……ん……♡」

日焼けした細い体を、抱き寄せる。厚手のセーター越しにも、彼女の体の輪郭が、はっきりと伝わってきた。ぷはっ、と唇を離すと、二人の間に、細い糸が引いて、夕日に光って切れた。

「……藤代さん」

「湊で、いいです」

「……湊さん。あのね、わたし、ここに人を連れてきたの、初めて、なんです」

耳まで赤くして、凪さんが、僕のセーターの裾を、きゅっと引いた。

「今日を、見逃したくない。……この氷が、明日、いなくなっちゃう前に」

僕は、彼女を、ストーブの前に敷かれた古い毛布の上へ、そっと横たえた。窓から差す夕日が、彼女の体を、橙色に染めていく。セーターを、頭からゆっくり脱がせると、結んでいた髪が、はらりとほどけて、肩に広がった。

日に焼けた首筋と、その下の、日の当たっていない白い肌の、境目。素朴なグレーの下着に包まれた胸が、夕日に、淡く照らされていた。

「……きれいだ」

「やだ……あんまり、見ないで♡」

「無理です。ずっと、見ていたい」

「……ばか♡」

首筋に、唇を落とす。潮と、ほんの少しの汗の匂いがした。鎖骨をなぞって、肩へ。背中に手を回して、ホックを外す。かちっ、と、小さな音。

腕で隠そうとする凪さんの手を、そっとどける。ふくらみは、大きすぎず、けれど形がよくて、先端が、寒さと緊張で、もう少し硬くなっていた。

包むように、手のひらで触れる。ふにっ。

「あっ……♡」

手のひらに、吸い付くような、柔らかさ。指を沈めると、ストーブで温まった肌が、しっとりと吸い付いてくる。親指で先端を転がすと、凪さんの体が、びくっと跳ねた。

「んっ……♡♡」

唇を寄せて、先端を、ちゅっと含む。

「やっ……!♡ そこ……♡♡」

舌先で硬くなった先端をころころ転がしながら、もう片方を手で揉む。ちゅう……れろ……ちゅっ。

「あぁっ……♡♡ 声、出ちゃう……♡♡」

凪さんの手が、僕の髪を、くしゃっと掴んだ。氷の割れ目に耳を澄ませていた、あの手だ。


彼女の体を、毛布の上に、ゆっくりと横たえる。ジーンズのボタンを外し、脚から抜き取ると、最後の一枚が残った。夕日に照らされた、白い太もも。その付け根に、そっと指で触れる。

すり……。

「ひゃっ……!♡」

──布越しでも、はっきりと、熱と、湿り気が伝わってきた。

「……もう、こんなに」

「だって……氷の上で、湊さんが、いい顔したときから、ずっと……♡」

下着を、ゆっくり引き下ろす。とろり、と、透明な蜜が、糸を引いた。脚の間に体を滑り込ませて、太ももの内側に唇を落としながら、ゆっくり中心へ近づく。舌先で、そっと触れた。

ちろ……。

「んあっ……!♡」

凪さんの腰が、びくんと跳ねた。ちゅる……れろ……ちゅっ……。

「あぁっ……♡♡ そんなとこ……♡♡」

小さな突起を見つけて、舌先を集中させる。こりこり……ちゅっ……れろ。

「そこっ……!♡♡ あっ、あっ、あっ……♡♡」

太ももを押さえて開かせながら、突起を唇で挟んで、ちゅうっと吸い上げる。

「──っ♡♡♡!! イっ……♡♡♡ んんんっ……♡♡♡」

凪さんの背中が、弓なりに反って、全身が、びくびくと震えた。しばらくして、力が抜けたように、毛布に沈む。日に焼けた胸が、大きく上下していた。

「はぁ……はぁ……♡♡ ……なに、これ……♡」

潤んだ瞳が、僕を見上げてくる。窓の外で、ぎしり、と、氷が鳴いた。

「……湊さんの、も。見せて♡」

体を起こした凪さんが、僕の前で、膝立ちになった。かちゃ、と、ベルトを外す。布越しでも、限界まで張り詰めたものが、はっきりと形を主張していた。凪さんが、そっと手を添えて、息を呑む。

「……すごい♡ どくどく、してる♡」

下着のウエストに指をかけて、ゆっくり引き下ろすと、勢いよく飛び出した。

「わ……♡♡ おっきい……♡」

細い指が幹に絡んで、ゆっくり上下に動く。しゅっ……しゅっ……。氷を叩いて音を確かめていた、あの繊細な指先が、今は、僕に絡んでいる。

「口でも、していいですか……?♡」

上目遣いで聞いてくる。夕日に濡れたその表情が、艶っぽすぎて、言葉にならなかった。ちゅ、と先端にキス。ぺろ、と舐めて──ぱくりと、口に含んだ。

ずぷ……。温かい口の中に、包まれる。

「ん……じゅる……♡ んちゅ……♡」

ゆっくり頭を上下させながら、頬をすぼめて吸い上げる。ほどけた髪が、揺れる。ちゅぱっ……じゅるるっ……♡

「凪さん、それ、やばい……」

「んふ♡ もっと?♡」

ずぷっ……ずぷっ……。深く咥えるたびに、全身に痺れが走った。

「待って……それ以上は……」

ぷはっ、と、凪さんが口を離す。唾液が、つうっと糸を引いた。

「だめですよ♡ まだ、これから、なのに♡」


いたずらっぽく笑う凪さんを、毛布の上に引き上げる。財布から取り出したものを見て、彼女が、ちょっと目を細めた。

「……用意、いいんですね♡」

「いや、これは……その」

「ふふ♡ いいから。……早く♡ ……寒くなる前に、あっためて♡」

手早く着けて、凪さんを仰向けにする。ほどけた髪が、毛布に広がった。紅潮した頬、潤んだ瞳。脚の間に体を進めて、先端をあてがう。

ぬちゅ……♡

「いくよ、凪さん」

「うん……♡ 来て♡」

ゆっくり、腰を進める。ずぷ……ずぷぷ……♡

「んんっ……♡♡! 入って……くる……♡♡」

温かい。きつい。きゅうきゅうと締め付けながら、奥へ、引き込んでくる。

「おっきい……♡♡ 中、いっぱいに……♡♡♡」

ずぷん、と、根元まで収まった。下腹部が、ぴたりと密着する。

「はぁっ……♡♡ ぜんぶ、入った……♡♡」

ゆっくり腰を引いて、また押し込む。ぱん……ぱん……ぱん……♡

「あっ、あっ、あっ……♡♡♡ 気持ち、いい……♡♡」

ぐちゅ……ぐちゅ……。窓の外の氷の音と、部屋の中の水音が、混じり合う。

「凪さん、すごい、締まってる」

「だって、湊さんのが……おっきいからっ……♡♡♡」

腰を掴んで、少しずつ、ペースを上げる。ぱんぱんぱん……!

「あっあっあっ♡♡♡! そこっ……当たって……♡♡♡」

角度を変えて突き上げると──

「そこぉっ♡♡♡!!」

凪さんの脚が、僕の腰に絡みついた。かかとが、背中を、ぎゅっと押してくる。

「湊さんっ……♡♡ 顔、見せて……♡♡」

正常位だと、凪さんの表情が、全部見える。眉が寄って、口が開いて、瞳が潤んで──氷の上で、あんなに凛としていた彼女が、今は、僕の下で、乱れている。キスを落としながら、腰を動かし続けた。

「んっ……んぅっ……♡♡♡」

中が、きゅうきゅうと、リズミカルに締め付けてくる。ぱんぱんぱん……!

「あっ♡♡ だめっ……♡♡♡ そこばっかり……♡♡♡」

「凪さん、いいよ。すごく、いい」

「わたしもっ……♡♡ もっと……♡♡♡」

体を起こして、凪さんの腰を抱え直す。さらに奥を突くと、彼女が、顔をのけぞらせた。ぱんぱんぱんぱん……!!

「やっ♡♡♡ 奥っ……奥に、当たってるっ……♡♡♡♡」

ぐちゅぐちゅと、卑猥な音が、番屋に響く。ストーブの炎が、二人の体を、赤く照らしていた。

「イっちゃ……♡♡♡ また、イっちゃうっ……♡♡♡♡」

「いいよ、一緒に」

「うんっ……♡♡ 一緒に……♡♡♡ 来てっ……♡♡♡♡」

凪さんが、両腕を伸ばして、僕の背中に、しがみつく。脚も、がっちりと腰に絡む。奥へ、押し付けるように──最後の一突き。

「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」

どくんっ、どくっ、どくっ……!

凪さんの全身が震えて、中が、痙攣するように、搾り取っていく。

「はぁっ……♡♡♡ すご……かった……♡♡」

抱き合ったまま、荒い呼吸を、繰り返す。ちゅ、と、軽くキスをした。窓の外では、流氷が、名残を惜しむように、ぎしり、ぎしりと、鳴いていた。


火の落ちかけたストーブに、凪さんが薪を足す。二人で毛布にくるまって、窓の外の、暗くなっていく海を見ていた。

「……湊さん」

「ん?」

「風、変わったの、わかります? ……南の匂い、してきた」

言われて、窓を、少し開けてみた。冷たい外気に混じって、確かに、ほんの少し、湿った、柔らかい風。──僕の天気図が、朝から予想していた、あの南風だった。

「……本当だ。明日には、流氷、沖へ引きますね」

「うん。……ちょっと、寂しいけど。でも、それでいいんです。氷は、来て、去るもの。……去るから、また、会いたくなる」

彼女が、僕の胸に、頬を寄せた。

「湊さんも、東京に、帰っちゃうんですよね」

「……」

僕は、少し考えて、それから、彼女の髪を撫でながら、言った。

「凪さん。僕、明日の朝、いちばんに、また、この氷を見に来ます。去っていくところを、ちゃんと、見届けたい」

「……うん」

「それで、来年の冬、また来ます。流氷が、戻ってくる頃に。……いや、来年まで、待てないな」

凪さんが、顔を上げて、僕を見た。

「凪さんに、会いに来ます。何度でも。……流氷は去っても、僕たちは、終わらせなくていい」

彼女の目が、暗がりの中で、揺れた。それから、泣きそうな顔で、笑った。

「……ずるいなあ。気象予報士って、南風の匂いより先に、そういうこと言うんだ」

「……当たりましたか。今の予報」

「……大当たり♡」

凪さんが、ぎゅっと、抱きついてきた。


翌朝。

まだ薄暗いうちに、僕と凪さんは、番屋を出て、浜へ立った。マイナス十度の、澄みきった空気。東の空が、ゆっくりと白み、やがて、水平線が、燃えるような朱に染まっていく。

そして──海を見て、僕は、息を呑んだ。

昨日まで、岸までびっしりと敷き詰められていた流氷が、沖へ、はるか遠くへ、退いていた。夜のうちに、南風が、ひと晩で、氷を運び去ってしまったのだ。岸辺には、黒い、生の海が、静かに寄せていた。遠くの水平線に、白い帯だけが、名残のように、光っている。

「……行っちゃった。ほんとに、ひと晩で」

「……すごいな。あんなにあったのに」

「毎年こうなんです。……でもね、湊さん」

凪さんが、僕の手を、きゅっと握った。氷の割れ目に耳を澄ませ、氷を叩いて音を確かめ、そして昨夜、僕の髪を掴んだ、あの手。もう、冷たくなかった。

「去った氷は、二度と同じ姿では、戻りません。……でも、来年、また、新しい氷が来る。同じ海に。……だから、わたし、毎年、ここで、待ってられるんです」

僕は、その手を、握り返した。朝日が、二人の白い息を、金色に染めた。

生まれて初めて、僕は、空を見上げて、「きれいだ」と、心から思った。数字ではなく。予報ではなく。ただ、目の前の空が、きれいだと。二週間前、放送中に僕の口を止めた、あの言葉が、今、胸の底から、するりと出てきた。

「凪さん。僕、東京に帰ったら、また、天気を読みます。……でも今度は、ちゃんと、空を見上げてから、読む」

「うん」

「氷の声を、聞くみたいに。……凪さんに、教わったから」

凪さんが、朝日の中で、いちばん、いい顔で笑った。

「じゃあ、約束。……次の冬まで、わたし、ここで、待ってます。……ううん」

彼女が、握った手に、力を込めた。

「次の冬まで、なんて、待たない。……週末、会いに来てくれるんでしょう?♡ 気象予報士さん」

「……即答で。行きます」

「ふふ♡ 予報、当ててくださいね♡」


──それから、三ヶ月。

東京に戻った僕は、また、朝の情報番組で、天気を読んでいる。あの日、放送中に止まった口は、今はちゃんと動く。ただ、原稿を読む前に、僕は必ず、スタジオの窓の外の空を、一度、見上げるようになった。

そして、週末になると、僕は、女満別行きの飛行機に乗る。流氷はもう去ってしまったけれど、凪さんは、夏はシーカヤックのガイドを、秋は野鳥観察のガイドをして、あの海の町で、毎日、顔を上げて生きていた。

先週、番屋のストーブの前で、凪さんが、スマホの画面を見せてきた。町の観光協会のサイトに、来冬の流氷ウォークの、新しい案内が載っていた。ガイド紹介の欄。凪さんの写真の、その横に。

『特別協力:気象予報士 藤代湊(流氷予報、承ります)』

「……凪さん。これ、何ですか」

「勝手に、載せちゃった♡ だめ?♡」

「いや、だめじゃないですけど……『流氷予報、承ります』って」

「だって、当ててくれるでしょう?♡ ……いつ、氷が来て、いつ、去るか。あなたなら」

窓の外の海は、あの日の白ではなく、初夏の、まぶしい青だった。けれど、隣には、同じ人がいる。氷の声を、僕に聞かせてくれた人が。

「ねえ、湊さん。次の冬、いちばんきれいな流氷の日、予報して。……その日、二人で、氷の上、歩こう?」

「……承りました。絶対に、当てます」

流氷は、去るから、また会いたくなる、と凪さんは言った。僕たちは、その“また”を、もう、数えきれないほど、重ねていくのだと思う。

去った氷は、二度と同じ姿では戻らない。けれど、僕らは、毎年、新しい氷を、この同じ海で、一緒に待つ。

「予報士さんの言うこと、信じるからね♡」

「……はい。今度の冬も、この先も、ぜんぶ、晴れです」

凪さんが、声を出して、笑った。初夏のオホーツクの風が、二人の間を、あたたかく、吹き抜けていった。

― 終 ―


編集部プロフィール画像

編集部が運営。「あの夜」で読める恋の体験談を厳選して公開しています。