1. 湯気を吐いた車
僕、結城蓮(ゆうきれん)、三十歳。都内の設計事務所で、住宅の図面を引いている。
その夏、僕は、少し擦り切れていた。
担当していた現場が立て続けにこじれて、施主と現場監督の板挟みになって、気づけば三か月、まともに休んでいなかった。ようやく取れた連休の初日、僕は何も考えずに車に乗り込んで、高速をひたすら西へ走った。行き先なんて、決めていなかった。ただ、東京から遠ざかりたかった。
結城蓮(どこでもいい。誰も僕を知らないところまで)
高速を降りて、適当な県道に入って、さらに細い山道へと分け入っていく。両側から夏草が迫る、対向車もほとんど来ない峠道。窓を開けると、むせ返るような緑の匂いと、降るような蝉の声が、車内になだれ込んできた。
そのときだった。
ダッシュボードの水温計の針が、いつのまにか、赤いゾーンに食い込んでいた。エンジンの音が、なんだか苦しそうに濁っている。
結城蓮(……え。なんだ、これ)
次の瞬間、ボンネットの隙間から、しゅうしゅうと、白い湯気が噴き出した。
*
2. 山の中で立ち往生
慌てて路肩に車を寄せて、エンジンを切る。
ボンネットを開けると、もわっとした熱気と一緒に、白い蒸気がもうもうと立ちのぼった。むせ返るような、焦げたような、甘いような匂い。素人の僕にも分かる。これは、相当まずい。
結城蓮(オーバーヒート……だよな、これ。冷却水か?)
スマホを取り出して、僕は青ざめた。電波が、ほとんど立っていない。アンテナのマークが、心細く一本、点いたり消えたりしている。地図アプリは、くるくると読み込みの輪を回したまま、いつまでも動かない。
炎天下の峠道に、ぽつんと、湯気を吐く車と、僕。蝉の声だけが、容赦なく降り注いでくる。Tシャツは、もう絞れそうなほど汗を吸っていた。
途方に暮れて、僕はとりあえず、車を置いて、坂を下り始めた。アスファルトから陽炎が立つ中を、十五分ほど歩いただろうか。カーブを曲がった先に、ようやく、人の気配が見えた。
色あせたトタン屋根の、古ぼけた建物。錆びた看板に、かろうじて読める文字。
──〈真壁モータース〉。
軒先に、一台のレッカー車。開け放たれたシャッターの奥から、キュイーンという、工具の高い音が響いていた。山の中の、たった一軒の、自動車整備工場だった。
結城蓮(……助かった。とにかく、頼んでみよう)
僕は、その油の匂いのする薄暗がりへ、汗だくのまま、足を踏み入れた。
*
3. つなぎの整備士
結城蓮「あの、すみません……! ちょっと、車が、その、オーバーヒートしてしまって」
シャッターの奥で、工具の音が、ぴたりと止まった。
リフトに上げられた軽トラの下から、つなぎ姿の人影が、ごろりと台車で滑り出てくる。紺色のつなぎは、油でところどころ黒く汚れていて、首にかけたタオルで、その人は、ぐいと額の汗を拭った。
そして、こちらを向いた。
短く後ろで結んだ髪。日に焼けた頬。意志の強そうな、少し吊り上がった目。油で汚れた頬に、汗が一筋、伝っている。
その顔を見た瞬間、僕の心臓が、どくんと、嫌な音を立てて跳ねた。
結城蓮(……嘘だろ)
見間違えるはずが、なかった。六年。六年経って、ずいぶん大人びて、ずいぶん逞しくなっていたけれど──間違えるはずが、なかった。
向こうも、台車から立ち上がりかけて、その姿勢のまま、固まっていた。手にした大きなスパナが、かしゃん、と床に滑り落ちる。
真壁朱里「……蓮?」
少しかすれた、それでいて芯の通ったその声を、僕は、知っていた。
結城蓮「……朱里」
真壁朱里(まかべあかり)。僕と同い年の、三十歳。
大学のときに出会って、社会人になってからも三年付き合って──そして六年前、東京に残ると言った僕を置いて、この山あいの故郷へ帰っていった、元カノだった。
*
4. 六年分の距離
真壁朱里「……うそ。なんで、蓮が、こんな山の中に」
朱里は、信じられないという顔で、油まみれの手を、つなぎの腿で何度も拭っている。動揺すると昔から手が落ち着かなくなるのは、変わっていなかった。
結城蓮「それは……こっちのセリフだよ。車が、峠の上で、煙吐いて止まって。電波も入らなくて、歩いてきたら、ここに……」
真壁朱里「峠の上? ……ああ、もう。あんな道、地元の人間しか通らないのに。観光の人が迷い込んで、よく立ち往生するの」
朱里は、ふう、と息をついて、それから、ようやく整備士の顔に戻った。
真壁朱里「とりあえず、場所、教えて。レッカー、出すから。……オーバーヒートなら、エンジン冷めるまで動かしちゃだめ。歩いてきて正解」
てきぱきと指示を出すその横顔は、僕の知っている朱里では、なかった。
僕が知っている朱里は、東京の広告代理店で、ヒールを履いて、企画書を抱えて走り回っていた女だった。それが今、油に汚れたつなぎを着て、レッカー車のキーを手に取っている。
結城蓮「……お前、ここ、継いだのか」
朱里の手が、一瞬、止まった。
真壁朱里「……うん。父さんの工場。三年前に、父さんが倒れて。……去年、亡くなったから、今は、わたしが」
その言葉に、僕は、何も言えなくなった。
朱里が東京を捨ててこの町へ帰ったのは、お父さんが脳梗塞で倒れて、この工場を畳むか継ぐかの瀬戸際だったからだ。あのとき、僕は、東京に残った。ようやく今の事務所に拾われて、これからだ、というときで──彼女に「一緒に来てほしい」とは、言えなかった。言わなかった。
結城蓮「……知らなかった。お父さん、亡くなってたのか」
真壁朱里「言うわけ、ないでしょ。六年も、連絡してなかったんだから」
朱里は、そう言って、少しだけ、寂しそうに笑った。
*
5. たった一軒の宿
レッカー車の助手席に乗せられて、僕の車は、無事に工場まで運ばれてきた。
朱里は、ボンネットを開けて、しばらく中を覗き込んでいたが、やがて、難しい顔で振り返った。
真壁朱里「……ラジエーター、逝ってるね。ホースも一本、裂けてる。冷却水、空っぽ。よくこれで、ここまで持ったよ」
結城蓮「……直る、のか?」
真壁朱里「直る。けど、部品、ここにはない。型番取り寄せになるから……早くて、三日。お盆前で、流通も詰まってるし」
三日。
予定なんて何もない連休だったから、困りはしない。でも、問題は、宿だった。こんな山の中に、ビジネスホテルなんてあるはずもない。
真壁朱里「宿なら、この先に、民宿が一軒だけある。〈とうげ荘〉。電話しとくよ。……まあ、布団敷いて寝るだけの、古い宿だけど」
そのとき、工場の奥から、しわがれた声が飛んできた。
権藤さん「朱里ちゃん、その兄ちゃん、東京から来たんかい」
油まみれの作業帽をかぶった、小柄な老人だった。腰は曲がっているのに、手つきは、やけに確かだ。
真壁朱里「……権藤さん。父さんの代から、ずっとうちで働いてくれてる人。権藤さん、この人は……えっと」
朱里が、言いよどんだ。僕を、なんと紹介すればいいのか、迷っているのだ。
権藤さん「ん? なんだ、歯切れの悪い。……はは、なるほどな。そういう顔だ、二人とも」
権藤さんは、にやりと笑って、それ以上は何も聞かなかった。ただ、僕の車の前に立って、ぽんと、ボンネットを叩いた。
権藤さん「いい車に乗ってるじゃないの、兄ちゃん。大事にされてる車だ。……まあ、朱里ちゃんに任せときゃ、新品同様に直るよ。腕は、親父さん譲りだからな」
その声には、亡くなった先代への、確かな敬意が滲んでいた。
*
6. 工場の午後
翌日も、その翌日も、僕は、なんとなく、工場に顔を出していた。
民宿で一人、古い天井の木目を数えているより、油の匂いと工具の音の中にいるほうが、不思議と、落ち着いた。朱里は、僕の車のほかにも、町の軽トラやら、おばあさんのスクーターやらを、次々と直していた。
結城蓮「……すごいな、お前。なんでも直すんだな」
リフトの下で寝そべる朱里に、僕は、缶コーヒーを差し出した。
真壁朱里「この町に、整備工場、ここしかないからね。みんな、足がなきゃ、病院にも買い物にも行けない。……だから、わたしが直さなきゃ、誰も直せないの」
朱里は、台車から滑り出てきて、差し出した缶コーヒーを、油の匂いのする手で受け取った。
真壁朱里「最初は、全然できなかったんだよ。父さんに、毎日怒鳴られて。『そんな手つきで、人の命乗せる車、触るな』って。……でも、悔しくて。父さんが倒れてからは、もう、やるしかなかったし」
汗で頬に張り付いた後れ毛を、朱里は、手の甲で払った。その仕草に、僕は、目を奪われた。
東京にいた頃の、化粧をして、きれいなオフィスにいた朱里より──今の、油に汚れて、自分の手で何かを直している朱里のほうが、ずっと、きれいだと思った。
結城蓮「……後悔、してないのか。東京を、捨てたこと」
朱里は、缶コーヒーをひとくち飲んで、しばらく、黙っていた。
真壁朱里「……してないよ。父さんの工場、守れたし。町の人にも、頼りにされてる。……ただ」
結城蓮「ただ?」
真壁朱里「……ううん。なんでもない」
朱里は、最後まで言わずに、また、リフトの下へ潜り込んでしまった。
*
7. 夕立の軒下
三日目の夕方、空が、急に、暗くなった。
入道雲が見る間に膨れ上がって、遠くで、ごろごろと雷が鳴り始める。やがて、ばらばらと大粒の雨が、トタン屋根を激しく叩き出した。夏の、夕立だった。
権藤さんは「こりゃ降るな」と言って、早々に帰ってしまった。工場のシャッターを半分下ろして、僕と朱里は、軒下のベンチに並んで、雨が地面を跳ねるのを、ぼんやり眺めていた。
雨の匂い。濡れたアスファルトと、土と、緑の匂い。生ぬるい風が、二人の間を吹き抜けていく。
真壁朱里「……こういう夕立、東京じゃ、あんまり見なかったね」
結城蓮「ああ。ビルの谷間じゃ、空も狭いし」
真壁朱里「ここはね、空が広いの。だから、雨が来るの、ずっと前から分かる。……最初は、それが、寂しくて」
朱里が、膝を抱えて、雨を見つめた。
真壁朱里「夜になると、ほんとに、真っ暗で。星だけ、やたら綺麗で。……一人で、何度も、東京のこと、思い出した。蓮のこと、も」
どきり、とした。
結城蓮「……俺のこと?」
真壁朱里「……あのとき、わたし、ほんとは、待ってたんだよ」
雨音に紛れそうな、小さな声だった。
真壁朱里「『一緒に行く』って、言ってほしかった。ううん、それが無理でも……『遠くても、続けよう』って、言ってほしかった。でも、蓮、何も言わなかった。……だから、わたし、諦めたの」
僕の胸を、六年前の後悔が、ぐっと、締めつけた。
結城蓮「……俺は、お前を、縛りたくなかったんだ。お父さんのことで、いっぱいいっぱいのお前に、東京の俺との関係まで、背負わせたくなかった。……って、言い訳だな。本当は、ただ、自分が、一歩を踏み出すのが、怖かっただけだ」
朱里が、ゆっくりと、こちらを向いた。
その目が、雨に煙る薄暗がりの中で、わずかに、潤んでいた。
*
8. 六年越しの言葉
真壁朱里「……ねえ、蓮。今さら、こんなこと聞くの、ずるいって、分かってるんだけど」
結城蓮「ん」
真壁朱里「あのとき……ほんとは、わたしのこと、好きじゃ、なくなってたの?」
雨音が、強くなる。
僕は、首を、ゆっくりと横に振った。
結城蓮「まさか。……別れてからも、ずっと、お前のことばかり考えてた。仕事に逃げて、紛らわせてただけだ。お前以上に、本気になれる相手なんて、六年経っても、一人もいなかった」
朱里の唇が、小さく震えた。
真壁朱里「……ずるい。そういうの、今、言うの、ずるいよ」
結城蓮「ずるくても、言わせてくれ。……六年前に言えなかったぶん」
僕は、ベンチの上で、朱里のほうへ、少しだけ体を寄せた。
結城蓮「車が、あの峠で壊れたとき、正直、最悪だって思った。でも、今は……あのおんぼろラジエーターに、感謝してる。じゃなきゃ、俺、一生、お前にもう一度会うことなんて、なかった」
朱里の目から、つう、と、涙が一筋、こぼれた。油の匂いのする頬を、それは、まっすぐに伝い落ちた。
真壁朱里「……バカ。三日も、わたしの工場に入り浸って。……気づかないとでも、思った?」
結城蓮「何に」
真壁朱里「わたしが、毎晩、蓮が明日も来るかなって、考えてたこと」
僕は、そっと、朱里の濡れた頬に、手を伸ばした。
油と、汗と、雨の匂いのする頬。朱里は、逃げなかった。むしろ、僕の手のひらに、自分から、ことん、と頬を預けてきた。
結城蓮「朱里。……キス、していいか」
真壁朱里「……聞かないでよ、そういうの。……バカ」
それが、答えだった。
*
9. 雨の匂いの中で
僕は、ゆっくりと顔を寄せて、六年ぶりに、朱里の唇に触れた。
ちゅ……。
雨の匂いのする、柔らかな唇だった。
真壁朱里「ん……っ」
朱里の体が、びくっと震えて、それから、まるで六年分の渇きを満たすみたいに、自分から、強く唇を押し付けてきた。
ちゅ……ちゅぷ……。
唇の隙間から舌を差し入れると、朱里も、おずおずと、それに応える。最初は遠慮がちに、それから、夢中になって、互いの舌を絡め合った。
れろ……ちゅる……ちゅぷっ……。
真壁朱里「ん……っ♡ 蓮……っ♡」
キスをほどくと、唾液の糸が、薄暗がりの中で、つうっと光って引いた。朱里の頬は上気して、目は、とろんと潤んでいる。
結城蓮「……朱里。こんなとこじゃ、なくて」
真壁朱里「……うち、来る? 工場の、二階。……父さんと住んでた、家」
シャッターを下ろして、僕たちは、工場の脇の、急な階段を上った。
二階は、古いけれど、きちんと片付いた、畳の部屋だった。窓の外では、まだ、夕立が降り続いている。雨音が、二人を、世界から切り離してくれているみたいだった。
真壁朱里「……電気、つけないで。恥ずかしいから」
薄暗い部屋の中で、僕は、朱里を、そっと抱き寄せた。
つなぎのファスナーに手をかけると、朱里が、こくんと、小さく頷いた。じいっ、とファスナーを下ろすと、汗ばんだ素肌と、シンプルな下着が、薄明かりの中に現れる。
結城蓮「……きれいだ」
真壁朱里「やだ……油くさいでしょ……♡」
結城蓮「いい匂いだよ。お前の匂いだ」
*
10. 六年分、確かめる
つなぎを肩から滑り落とすと、思っていたよりずっと豊かな胸が、下着の中で、ふるんと揺れた。
ホックを外すと、白い乳房が、ぷるんと零れ出る。日に焼けた首筋とは対照的に、そこは、雪のように白かった。
結城蓮「……白いんだな、ここ」
真壁朱里「つなぎ、着てるから……っ。あんまり、見ないで……♡」
僕は、その柔らかな膨らみに、そっと手を伸ばした。
むにゅっ……。
真壁朱里「あっ……♡」
手のひらに、しっとりと汗ばんだ重みが、沈み込む。指の間から溢れるほどの量が、ふにふにと、形を変えた。
結城蓮「柔らかい……」
真壁朱里「んっ……♡ あんまり、揉まないで……っ♡」
ゆっくりと、両手で包み込むように揉みながら、つんと立ち始めた先端を、指の腹で掠める。朱里の腰が、ぴくっと跳ねた。
真壁朱里「ひゃっ♡ そこ……っ♡」
片方の先端を口に含んで、舌先で、れろれろと舐め転がす。
ちゅっ♡ れろっ♡ ちゅうぅっ♡。
真壁朱里「あっあっ♡ やぁっ♡ 蓮っ♡ それ、だめぇ……っ♡」
口では拒みながら、朱里の手は、僕の背中に、ぎゅっとしがみついてくる。
胸を吸いながら、片手を、下着の中へと滑らせていく。内ももは、しっとりと汗ばんで、僕の手を受け入れるように、わずかに開いた。
指が、その奥に触れた瞬間──くちゅっ、と、濡れた音がした。
真壁朱里「ひぁっ♡♡」
結城蓮「もう、こんなに……」
真壁朱里「だって……キスから、ずっと……っ♡」
下着の中は、すでに、とろとろに濡れていた。小さな突起を見つけて、指の腹で、くるくると円を描く。
くちゅくちゅ……くりくり……。
真壁朱里「あっ♡あっ♡♡ そこっ……♡ 弱いの、知ってるくせにっ……♡♡」
結城蓮「……覚えてるよ。お前の弱いとこ、全部」
中指を、ゆっくりと、奥へ滑り込ませる。
ずぷっ……。
真壁朱里「あぁぁっ♡♡♡」
熱い内壁が、きゅうっと、指を締めつけてくる。六年経っても、覚えている。前壁のざらついた場所を、指の腹で、こりこりと擦り上げると、朱里が、大きく体を跳ねさせた。
真壁朱里「そこっ♡♡ やばっ……そこ、やばいぃっ♡♡♡」
二本目を追加して、中をかき回しながら、親指で、同時にクリを攻める。
ぐちゅっ♡ ぐちゅっ♡ くりくりっ♡。
真壁朱里「あっ♡あっ♡あっ♡♡ だめっ♡ いっぺんにっ……♡♡ イっちゃうっ♡♡♡」
結城蓮「イっていいよ」
真壁朱里「やっ♡♡ 恥ずかしいっ♡♡ 見ないでっ……っ♡♡」
親指でクリを潰しながら、中の弱い場所を、激しく擦り上げる。
ぐちゅぐちゅぐちゅっ♡♡。
真壁朱里「あっ♡あっ♡あっ♡♡──っっ♡♡♡」
びくびくびくっ♡♡♡。
朱里の体が、弓なりに反り返って、じゅわっと、温かいものが僕の指に溢れ出した。
*
11. もう一度、繋がる
息を切らせて、朱里が、潤んだ目で、僕を見上げてくる。
真壁朱里「……ねえ、蓮。……指、じゃなくて」
結城蓮「……いいのか」
真壁朱里「ちゃんと、して。……六年分、わたしの中で、確かめてよ」
朱里が、自分から、畳の上に横たわって、両膝を立てて、わずかに開いた。さっき達したばかりのそこは、薄明かりの中で、とろりと光っている。
財布から避妊具を取り出す僕を、朱里が、潤んだ目で見ていた。準備を終えて、僕は、朱里の脚の間に体を入れて、先端を、入り口に当てる。
とろっとした熱が、ぴたりと、吸い付いてきた。
結城蓮「……いくぞ」
真壁朱里「うん……♡ 優しく、して……六年ぶり、だから……♡」
ずぷっ……♡。
真壁朱里「んあぁっ♡♡♡」
先端が入った瞬間、朱里が、甲高い声を上げた。きつい。なのに、とろとろに濡れているから、吸い込まれるように、奥へ進んでいく。
ずず……ずぷぷっ……♡。
真壁朱里「あぁっ……♡ おっきい……♡ 奥まで、来てる……っ♡」
結城蓮「くっ……朱里の中、めちゃくちゃ熱い……」
根元まで、入りきった。朱里の中が、六年分の隙間を埋めるみたいに、ぎゅうぎゅうと、僕を締めつけてくる。
真壁朱里「……繋がってる……♡ わたしたち、また、繋がってるよ……っ♡」
結城蓮「ああ」
真壁朱里「夢、みたい……♡ 朝、起きたら、消えてたり、しないよね……?」
結城蓮「しない。……もう、どこにも行かない」
ゆっくりと、腰を動かし始める。
ずちゅっ♡ ぱんっ♡。
真壁朱里「ひぁっ♡」
ずちゅっ♡ ずちゅっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡。
真壁朱里「あっ♡ あっ♡ あっ♡ 蓮っ♡」
引くときに、きゅっと締まって、入れるときに、とろっと受け入れてくれる。その繰り返しが、信じられないくらい、気持ちいい。
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡。
真壁朱里「あぁっ♡ やっ♡ そこっ♡ そこ、当たるのっ♡♡」
結城蓮「ここか」
ぐちゅっ♡♡。
真壁朱里「ひあぁっ♡♡♡ そこぉっ♡♡」
奥のほうを突くと、朱里が、大きく体を跳ねさせた。
真壁朱里「そこっ♡♡ 昔より……感じるっ♡♡♡」
突くたびに、白い胸が、ぶるんぶるんと揺れる。その光景がエロすぎて、腰の動きが、どんどん速くなる。
ぱんぱんぱんっ♡♡♡。
真壁朱里「ああっ♡♡ 蓮っ♡ きもちいいっ♡♡ すごいのっ♡♡」
僕は、朱里の体を抱き起こして、背中を抱き寄せた。対面座位の形で、二人の体が、ぴったりと密着する。汗ばんだ胸が、僕の胸板に押し付けられて、ぷにゅっと潰れた。
真壁朱里「あっ♡♡ 密着してるっ♡ 蓮の、心臓の音……♡」
結城蓮「朱里」
真壁朱里「ん……っ♡」
結城蓮「好きだ。あのときも、今も、ずっと、好きだった」
朱里が、目を見開いて、それから、潤んだ瞳から、ぽろっと、涙をこぼした。
真壁朱里「……っ♡♡ わたしもっ♡♡ ずっと、ずっと、待ってたよっ♡♡♡」
ずちゅっ♡ ぱんっ♡ ぐちゅっ♡。
真壁朱里「あっ♡あっ♡あっ♡♡ イクっ♡ 蓮っ♡ 一緒に、イこっ♡♡」
結城蓮「ああ……俺も、もう……っ!」
ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡。
真壁朱里「あぁぁぁぁっ♡♡♡♡ イクっ♡ イクイクイクっ♡♡♡♡」
結城蓮「っ……!! 朱里っ……!!」
いちばん奥で、びくびくっと、弾けた。朱里の全身が、痙攣して、ぎゅうっと、僕にしがみついてくる。
真壁朱里「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……すごかった……♡♡」
結城蓮「はぁ……はぁ……ああ……最高だった……」
抱き合ったまま、しばらく、動けなかった。窓の外の雨音と、二人の荒い息だけが、薄暗い部屋に、静かに溶けていった。
*
12. 峠の朝に
どれくらい、そうしていただろう。
ふと気づくと、雨は、いつのまにか上がっていた。窓の外が、白み始めている。短い夏の夜が、もう明けようとしていた。
朱里が、僕の腕の中で、くるりとこちらを向いた。汗で額に張り付いた前髪。とろんとした目。上気した頬。
真壁朱里「……ねえ、蓮」
結城蓮「ん」
真壁朱里「車、今日の昼には、部品来て、直っちゃうよ。……直ったら、蓮、東京に、帰っちゃうの?」
その声は、冗談めかしていたけれど、わずかに、震えていた。
僕は、六年前に言えなかった言葉を、今度こそ、ちゃんと、口にした。
結城蓮「……帰るよ。一回は。荷物も、仕事の引き継ぎも、あるから」
朱里の顔が、こわばる。その頬を、僕は、両手で、そっと包んだ。
結城蓮「でも、戻ってくる。……俺、設計士だぞ。図面なんて、ノートパソコン一台あれば、どこでも引ける。この町に、事務所構えたっていい。……お前のそばで」
朱里の目が、みるみる、潤んでいく。
結城蓮「六年前、俺は、一歩を踏み出すのが怖くて、お前を、行かせた。……今度は、間違えない。俺から、お前のところへ行く。もう、二度と、離さない」
真壁朱里「……ほんとに? また、調子のいいこと、言ってるんじゃないの?」
結城蓮「言ってない。……付き合おう、朱里。今度こそ、ちゃんと。六年分、取り返させてくれ」
朱里が、くしゃっと、顔を歪めて、それから、僕の胸に、ぐりぐりと顔を埋めた。
真壁朱里「……うん♡ うん……っ♡」
その肩が、小さく震えていた。
*
その日の昼、権藤さんが取り寄せた部品で、朱里は、僕の車を、本当に新品同様に直してくれた。
権藤さん「ほれ、兄ちゃん。ラジエーターも、ホースも、全部新品だ。これで、また東京まで、無事に帰れるぞ」
結城蓮「……ありがとうございます。権藤さん」
権藤さん「礼なら、朱里ちゃんに言いな。……まあ、なんだ。あの子も、これでようやく、笑うようになるかね」
権藤さんは、しわくちゃの顔で、にっと笑った。お見通し、というやつだった。
工場の前で、朱里が、油まみれのつなぎのまま、僕を見送ってくれた。
真壁朱里「……ちゃんと、戻ってきてよ。約束、破ったら、今度こそ、許さないから」
結城蓮「破らないよ。……車、また壊れたら、ここに持ってくる」
真壁朱里「壊さないでよ、もう。……でも」
真壁朱里「壊れたら、いつでも、直してあげる。蓮の車も……蓮のことも」
僕は、車の窓を開けて、もう一度、朱里にキスをした。
ミラーの中で、油に汚れたつなぎの朱里が、小さくなるまで、手を振っていた。その背後には、夕立に洗われた山が、夏の朝の光を浴びて、青々と輝いていた。
止まっていた六年分の時間が、あの峠の故障から、もう一度、ゆっくりと、回り始めていた。
真壁朱里「ねえ、蓮」
電話の向こうで、朱里が言う。あれから、僕は毎晩、東京の部屋から、この山あいの町へ電話をかけている。
真壁朱里「次の連休、いつ?」
結城蓮「……来月。今度は、車、壊さずに行くよ」
真壁朱里「ふふ。……壊して来てもいいよ。直す口実になるから」
窓の外、東京の狭い空にも、夏の夜が、静かに更けていく。
あと少しで、僕は、あの広い空の下へ帰る。今度は、置いていくためではなく──ずっと、そばにいるために。
― 終 ―