1. 数字の中のビル
僕、立花透、二十八歳。
中堅の不動産管理会社で、エネルギー管理の仕事をしている。
担当は、会社が運営している、十五階建ての一棟のオフィスビル。
仕事の中身は、要するに、数字だ。
電気の使用量。ガス。水道。空調にかかる電力。
それを、前の月と比べ、前の年と比べ、目標と比べる。
立花透「……今月、削減率、目標に二ポイント、届いてないな」
毎朝、パソコンを開くと、無数のグラフが、僕を待っている。
折れ線。棒。円。
赤い線が、目標を超えると、上司から、メールが飛んでくる。
立花透「すみません、来月、巻き返します」
そう返すことだけが、うまくなっていった。
気づけば僕は、自分が毎日働いている、この大きなビルのことを。
コンクリートと、ガラスと、人の集まった、生きた建物としてではなく。
ただの、kWh の塊として、しか、見ていなかった。
何階に、どんな人が働いているのかも、知らない。
ビルが、夏の暑さに、どんなふうに耐えているのかも、知らない。
僕にとってこの建物は、ディスプレイの中で、上下する一本の線、それだけだった。
きっかけは、本当に、ささいなことだった。
ある日、上司に、こう言われたのだ。
立花透(……検針票の、生のデータが、要る)
月次の報告書を作るのに、中央監視装置に記録された、細かい時間別のデータが、必要になった。
それは、僕がいつも見ている、加工済みのグラフではなく。
ビルの地下にある、〈防災センター〉という部屋まで、取りに行かないと、手に入らないものだった。
2. 地下の監視室
防災センターに行くのは、入社して三年で、初めてだった。
地下一階。
普段、社員が使わない、薄暗い通路の、いちばん奥。
ぶ厚い、鉄の扉に、〈関係者以外立入禁止〉と、札が下がっていた。
僕は、ためらいながら、インターホンを押した。
ややあって、扉が、重い音を立てて、開いた。
中は、ひんやりと、涼しかった。
正面の壁いっぱいに、ずらりと、モニターと、計器が並んでいる。
緑や、オレンジの、小さなランプが、無数に、またたいていた。
低い、機械の唸り。
エアコンの吹き出す、かすかな風の音。
その、計器の海の前に、一人、座っている人がいた。
女の人だった。
紺色の、作業着。
背筋を伸ばして、何台ものモニターを、静かに、見つめている。
歳は、たぶん、僕より、少し上。
ひとつに結んだ髪に、白いものが、ほんの少しだけ、混じっていた。
立花透「あの……エネルギー管理課の、立花です。時間別の電力データを、いただきに……」
声をかけると、彼女は、ゆっくりと、こちらを向いた。
切れ長の、落ち着いた目だった。
沢渡涼子「……ああ。聞いてます。少し、待ってください」
それだけ言って、また、モニターのほうへ、視線を戻す。
無駄な言葉が、ひとつも、なかった。
僕は、所在なく、彼女の後ろに、立っていた。
ふと、目の前の、大きなモニターに、目がいった。
そこには、見慣れたはずの、けれど、まるで知らない景色が、映っていた。
ビルの、断面図。
その隅々で、温度や、風量や、水の流れが、刻一刻と、生きているように、動いていた。
3. ビルの呼吸
沢渡涼子「……何、見てるんですか」
データの入った USB メモリを差し出しながら、彼女が、ぽつりと、言った。
立花透「あ、すみません。その、図が……。これ、全部、今の、このビルの状態なんですか」
沢渡涼子「そうです」
彼女は、少しだけ、意外そうな顔をした。
沢渡涼子「エネルギー管理の人なのに、めずらしい。データだけ取って、すぐ帰る人が、ほとんどだから」
僕は、正直に、答えた。
立花透「恥ずかしいんですけど……僕、いつも、グラフしか見てなくて。このビルが、実際に、どう動いてるのか、ぜんぜん、知らないんです」
すると、彼女は、少しだけ、間を置いて。
それから、自分の隣の、空いた椅子を、目で示した。
沢渡涼子「……時間、あります?」
僕が頷くと、彼女は、モニターの一つを、指でなぞった。
沢渡涼子「これね、空調の、還り(かえり)の温度。建物の中を回ってきた空気が、どれくらい、熱を持って戻ってくるか」
沢渡涼子「昼間、人がたくさんいて、パソコンも動いてると、ここの数字が、ぐっと上がる。建物が、汗をかいてるんです」
立花透「……汗」
沢渡涼子「そう。で、夜になって、人が帰ると、すーっと、下がっていく。建物が、息をついてる」
僕は、思わず、画面に、見入った。
ただの数字の羅列だったものが、彼女の言葉で、急に、体温を持ったものに、変わった。
沢渡涼子「私は、ここで、それを、ずっと見てるんです。空調も、電気も、水も。……このビルが、ちゃんと、息をしてるか」
静かな声だった。
でも、その声には、なんというか、生き物の世話をする人の、優しさが、にじんでいた。
沢渡涼子「夜勤の日は、夜中じゅう、一人で。……でも、寂しくはないですよ。建物が、ずっと、何か喋ってるから」
僕の知らない世界が、すぐ足元の、地下に、あった。
僕が、グラフの一本の線にしていたものを。
この人は、毎晩、生きた相手として、見守っていた。
立花透「……あの。また、見に来ても、いいですか」
気づけば、そう、口にしていた。
彼女——沢渡涼子さん、と名乗った——は、少し驚いた顔をして。
それから、ふっと、口元を、ゆるめた。
沢渡涼子「……どうぞ。邪魔しないなら」
4. 通うようになる
それから僕は、用がなくても、防災センターに、足を運ぶようになった。
報告書のデータを取りに、という口実は、最初の二回くらいで、もう、なくなっていた。
立花透「お疲れさまです。……差し入れ、いいですか。下のコンビニの、アイス」
沢渡涼子「……気をつかわなくて、いいのに」
そう言いながら、沢渡さんは、ちゃんと、受け取ってくれた。
仕事の合間に、彼女は、ぽつり、ぽつりと、このビルのことを、教えてくれた。
沢渡涼子「最上階はね、夏は、いちばん、暑くなる。屋根が、近いから。だから、空調も、いちばん、無理をしてる」
沢渡涼子「逆に、北側の、日の当たらない会議室は、冷えすぎる。みんな、寒い寒いって、文句、言うんですけどね」
それは、僕が見ていた、フロアごとの電力グラフの、でこぼこと、ぴったり、重なった。
数字の山と谷に、ようやく、意味が、宿った。
立花透「……沢渡さんと話してると、グラフが、地図みたいに見えてきます。ここに、こういう人がいて、こういう暮らしがあるんだなって」
沢渡涼子「ふふ。それ、私の、いちばん、伝えたかったこと」
涼やかな顔が、そう言うときだけ、ほんの少し、やわらかくなる。
その顔を見るのが、僕は、好きになっていた。
正直、その頃にはもう。
データのために通っているのか、沢渡さんに会いに行っているのか。
自分でも、わからなく、なっていた。
夜勤明けの、明け方近く。
仕事の山を、自分から作って、僕はわざと、残業をした。
そうすれば、誰もいないオフィスから、こっそり、地下に、降りていける。
計器の灯りだけの部屋で、彼女と、二人。
その、静かな時間が、何より、僕の心を、休めてくれた。
5. 室伏さんの茶々
何度目かに行ったとき。
監視室の隅で、もう一人、年配の男の人が、お茶を、すすっていた。
室伏さん「お、見ない顔だな」
設備管理の、ベテランだった。
室伏さん、というそうだ。
もう定年は過ぎていて、いまは、嘱託で、昼間の番をしているらしい。
室伏さん「あんた、エネルギー課の兄ちゃんか。ここんとこ、やけに、地下に降りてくるって、噂だぞ」
立花透「あ、いや。その、勉強に……」
室伏さん「勉強ねえ」
室伏さんは、湯呑みの向こうで、にやりと、笑った。
室伏さん「沢渡はなあ、機械のことなら、なんでも知ってる。このビルのことを、いちばん、わかってる。……けどな、自分のことになると、まーったく、不器用でな」
沢渡涼子「室伏さん。余計なこと、言わないでください」
室伏さん「余計なことかね。ほんとのことだ」
室伏さんは、しわの寄った顔で、けらけらと、笑った。
そして、僕のほうを見て、声を、ひそめた。
室伏さん「こいつ、もう何年も、夜勤を、誰にも代わってもらわずに、一人で背負ってんだ。……たまにゃ、肩の荷、降ろさせてやってくれや。兄ちゃん」
沢渡涼子「室伏さん!」
沢渡さんが、めずらしく、声を荒げて、顔を、赤くした。
その、慌てた横顔を見て、僕の胸の奥が、とくん、と鳴った。
いつも、凛として、計器を見つめている、その人の。
そんな、無防備な表情を、見たのは、初めてだった。
室伏さん「ふぉっふぉ。若いねえ」
室伏さんは、満足そうに、湯呑みを置いて、点検に、出ていった。
二人きりになった部屋に、機械の唸りだけが、低く、満ちていた。
6. 熱帯夜の予兆
梅雨が明けて、夏が、本格的に、牙を、むきはじめた。
連日の、猛暑日。
ニュースは、毎日のように、「観測史上、最高」と、繰り返していた。
僕のグラフも、真っ赤に、染まっていた。
冷房の需要が、跳ね上がり、電力の使用量が、過去の記録を、軒並み、塗り替えていく。
立花透「……これ、目標どころじゃ、ないな」
でも、不思議と、上司のメールは、もう、怖くなかった。
数字の向こうに、汗をかいている、ビルの姿が、見えるように、なっていたからだ。
その日の夕方。
僕は、また、地下に、降りた。
沢渡さんは、いつもより、ずっと、険しい顔で、モニターを、にらんでいた。
沢渡涼子「……立花さん。ちょっと、まずいかも」
立花透「どうしたんですか」
沢渡涼子「今夜、熱帯夜になる。最低気温も、下がらない。……夜になっても、建物が、冷めない」
彼女は、空調機の、温度を示すグラフを、指した。
赤い線が、ゆっくりと、危険な領域へ、向かっていた。
沢渡涼子「冷凍機が、フル稼働でも、追いつかなくなりかけてる。このまま、もし、一台でも、止まったら……」
立花透「……止まったら?」
沢渡涼子「明日の朝、出社してきた人たちが、蒸し風呂の中で、仕事することになる。サーバー室も、危ない」
彼女の横顔は、戦う前の、兵士のように、張りつめていた。
沢渡涼子「今夜は、私、夜勤です。……一晩じゅう、この子の、様子を、見てないと」
「この子」というのが、このビルのことだと、もう、僕には、わかった。
僕は、考えるより先に、言っていた。
立花透「僕も、残ります」
沢渡涼子「……え?」
立花透「僕の担当する、ビルなんです。グラフだけ見て、帰れないですよ。今夜は」
沢渡さんは、しばらく、僕を、見つめた。
それから、ふっと、肩の力を、ほんの少しだけ、抜いた。
沢渡涼子「……ありがとう。正直、心強い」
7. 一晩の看病
夜が、更けていった。
オフィスの人影は、とっくに、なくなり。
地下の監視室だけが、灯りをともして、起きていた。
外は、熱帯夜。
アスファルトに、こもった熱が、夜になっても、抜けていかない。
沢渡さんは、ほとんど、椅子から、立たなかった。
冷凍機の、温度。圧力。電流値。
無数の数字を、つきっきりで、見守り続けた。
沢渡涼子「……今、二号機に、ちょっと、負担が、寄ってる。一号機と、バランスを、変える」
彼女が、卓上の、つまみを、慎重に、操作する。
その手つきは、まるで、熱を出した子供の、汗を、拭いてやる、母親のようだった。
僕は、彼女に教わりながら、別のモニターの、温度の推移を、読み上げた。
立花透「サーバー室、二十六度。……あ、少し、下がりました。二十五度八分」
沢渡涼子「よし。効いてきた。……えらいよ、ほんと」
それは、僕にでも、ビルにでも、なく。
たぶん、その、両方に、向けられた言葉だった。
午前二時。
いちばん、気温が、下がらない、苦しい時間帯。
冷凍機の、警告ランプが、ひとつ、ちかちかと、点滅した。
沢渡涼子「……っ、来た」
沢渡さんの、指が、すばやく、動く。
僕も、息を、止めて、画面を、見守った。
長い、数分だった。
やがて、点滅していたランプが、ふっと、消えて、安定した緑に、戻った。
沢渡涼子「……持ちこたえた」
彼女が、大きく、息を、吐いて。
椅子に、ぐったりと、もたれかかった。
その横顔に、僕は、缶コーヒーを、そっと、差し出した。
立花透「お疲れさまです。……すごいですね、沢渡さん。本当に、ビルのお医者さんみたいだ」
彼女は、缶を、両手で、包むように受け取って。
それから、ぽつりと、言った。
沢渡涼子「……一人だと、ね。こういう夜が、いちばん、こわい」
初めて、聞く、弱音だった。
沢渡涼子「誰も、いないでしょ。この、地下に。建物の悲鳴は、私にしか、聞こえない。それを、私一人で、なんとかしなきゃって、ずっと、思ってきた」
沢渡涼子「でも、今夜は……となりに、立花さんが、いてくれた」
計器の灯りに照らされた、その目が、ほんの少し、潤んで、見えた。
僕は、思わず、口を、ひらいていた。
8. 二人とも、空っぽだった
立花透「……僕、ほんとは、ずっと、空っぽだったんです」
自分でも、なぜ、こんな話を、するのか、わからなかった。
でも、この、静かな地下の部屋でなら、言える気がした。
立花透「毎日、グラフの、数字を、上げたり、下げたり。削減率が、目標に届かないと、怒られて。届いても、来月は、もっと、って言われて」
立花透「いつのまにか、自分が、なんのために、働いてるのか、わからなくなってて。……自分のいるビルすら、ただの、線にしか、見えなくなってた」
沢渡さんは、黙って、聞いていた。
立花透「でも、沢渡さんに会って、この建物が、息をしてるって、教わって。……なんか、初めて、自分の仕事が、生きてる人と、つながってる気が、したんです」
僕は、まっすぐ、彼女を、見た。
立花透「だから、今夜、帰れなかった。沢渡さんを、一人にしたくなかった。……それは、たぶん、仕事の責任とか、そういうのじゃ、なくて」
そこまで言って、僕は、言葉に、つまった。
沢渡さんが、こちらを、向いた。
計器の、緑とオレンジの光が、彼女の頬で、ゆらゆらと、揺れている。
沢渡涼子「……それ。続き、聞いても、いい?」
声が、少し、震えていた。
僕は、覚悟を、決めた。
立花透「沢渡さんの、ことが、好きです」
機械の唸る、地下の部屋に。
僕の声が、ぽつりと、落ちた。
沢渡さんは、目を、見開いて。
それから、くしゃっと、泣きそうな顔で、笑った。
沢渡涼子「……ずるい。こんな夜に、言うなんて」
立花透「すみません」
沢渡涼子「ううん」
彼女は、首を、横に振った。
沢渡涼子「私も……たぶん、もう、ずいぶん前から。立花さんが、地下に降りてくる、足音が……楽しみに、なってた」
そう言って、沢渡さんは、缶コーヒーを、ぎゅっと、握りしめた。
ちょうど、そのとき。
モニターの中の、外気温の数字が。
午前四時を境に、ゆっくりと、下がりはじめた。
長い、熱帯夜の、峠を、越えたのだ。
9. 夜が明ける前に
沢渡涼子「……越えた。いちばん、つらい時間」
沢渡さんが、ふっと、椅子から、立ち上がった。
そして、僕の、すぐ前に、来た。
近かった。
作業着の、かすかな、機械油と、洗剤の混じった匂いが、した。
沢渡涼子「ねえ、立花さん」
立花透「はい」
沢渡涼子「私……年上だし。一人で、夜の番、するのに、慣れすぎてて。可愛げ、ないでしょ」
立花透「そんなこと、ないです」
沢渡涼子「……ほんとに?」
潤んだ目で、見上げられて。
僕は、もう、止まらなく、なった。
そっと、彼女の、頬に、手を、添える。
ひんやりとした監視室の空気の中で、その頬だけが、熱を、持っていた。
沢渡涼子「……立花、さん」
立花透「透で、いいです」
沢渡涼子「……透、くん」
沢渡さんの目が、ゆっくりと、閉じられる。
僕は、その唇に、自分のそれを、重ねた。
ちゅっ。
沢渡涼子「……ん」
柔らかくて、缶コーヒーの、ほろ苦い味が、した。
一度、離れて、見つめ合う。
計器の灯りの中で、彼女の頬が、さっきより、ずっと、赤い。
立花透「……もう一回、いいですか」
沢渡涼子「……一回だけ、じゃ、いやだな」
いつも寡黙な人が、そんな、甘えるようなことを、言うから。
僕の、理性が、音を立てて、崩れた。
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の、思ったより細い腰に、腕を、回す。
沢渡さんの手が、おずおずと、僕の、シャツの背中を、きゅっと、握った。
10. 監視室の奥で
沢渡涼子「……こっち」
息を乱しながら、沢渡さんが、僕の手を、引いた。
監視室の、奥にある、小さな仮眠室。
夜勤の人が、仮眠を取るための、簡素なベッドが、一つだけ、置いてあった。
ドアを、閉めると。
機械の唸りが、少し、遠のいて。
二人の、息づかいだけが、近く、なった。
沢渡涼子「……電気、つけないで。このままが、いい」
廊下の灯りが、すりガラス越しに、ぼんやりと、差し込むだけ。
その、薄明かりの中で、僕は、彼女を、そっと、ベッドに、横たえた。
沢渡涼子「……あんまり、見ないで。私、もう、若くないし」
立花透「綺麗です。すごく」
沢渡涼子「……お世辞でも、嬉しい」
照れたように、目を、そらす。
僕は、紺色の、作業着の、ファスナーに、手を、かけた。
じ、と、ゆっくり、下ろしていくと。
下から、思いがけず、白い、肌が、現れた。
普段、無骨な作業着に、隠れている体は、想像より、ずっと、女らしかった。
立花透「……すごく、綺麗な体だ」
沢渡涼子「……っ、だから、言わないで……」
沢渡さんが、両腕で、胸元を、隠す。
その手を、僕は、そっと、どけた。
背中に、手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
肩から、紐が、滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
沢渡涼子「……ぁ」
薄明かりに、照らされて、それは、ひどく、なまめかしかった。
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
むにゅ、と、指が、沈んでいく。
沢渡涼子「ん……っ」
立花透「……柔らかい」
沢渡涼子「もう……それ、言わないでって……っ」
口では、強がるのに。
沢渡さんの息は、もう、すっかり、上がっていた。
11. ほどけていく
指の先で、つんと色づいた先端に、触れると。
彼女の体が、びくっと、跳ねた。
沢渡涼子「ひゃっ……そこ……っ」
立花透「ここ、弱いんですか」
沢渡涼子「……っ、知らない……っ」
僕は、片方の先端を、口に、含んだ。
ちゅっ……れろっ……
沢渡涼子「あっ……ん……っ」
いつも、計器の前で、凛としている、あの横顔とは。
まるで、違った。
甘くて、頼りない声が、沢渡さんの口から、ぽろぽろと、こぼれる。
その、ギャップに、僕は、たまらなく、なった。
舌で、先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
沢渡涼子「透くん……っ、それ……だめ……っ」
彼女の、太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、作業着の、ズボンに、手を、伸ばした。
立花透「……脱がせて、いいですか」
沢渡涼子「……うん」
ズボンを、下ろすと。
シンプルな、下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
布越しに、そっと、指で、なぞると。
沢渡涼子「んっ……」
沢渡さんの腰が、ぴくんと、跳ねた。
立花透「……もう、濡れてます」
沢渡涼子「……言わないでって……っ。だって、透くんが……」
恥ずかしそうに、顔を、背ける彼女の、最後の一枚を。
僕は、ゆっくりと、脱がせた。
露わになったそこは、薄明かりに、しっとりと、濡れて、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな、水音が、した。
沢渡涼子「あっ……♡」
立花透「気持ちいいですか」
沢渡涼子「……っ、うん……っ♡」
円を描くように、撫でながら、指を、ゆっくりと、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
沢渡涼子「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
感じる場所を、探って、指の腹で、ゆっくりと、擦る。
沢渡涼子「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
沢渡さんが、シーツを、ぎゅっと、握った。
普段、てきぱきと、機械を操る、頼もしいその手が。
僕の、指一本に、こんなに、力なく、乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
沢渡涼子「透くん……っ♡ だめ……それ、続けたら……っ♡」
立花透「いいですよ。イって」
沢渡涼子「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを、速めると。
沢渡さんの体が、ぐっと、反った。
沢渡涼子「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が、震えて、中が、きゅうっと、締まった。
息を切らせる彼女の、汗で張りついた前髪を、僕は、そっと、よけてやった。
12. 重なる夜明け
沢渡涼子「……はぁ……っ。透くんも……」
沢渡さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
沢渡涼子「私だけ……ずるい。透くんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、彼女の、脚の間に、体を、進めた。
熱く、張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
立花透「……いきます」
沢渡涼子「……うん。来て」
ゆっくり、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
沢渡涼子「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が、入った瞬間、沢渡さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。
でも、とろとろに、濡れているから。
彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと、受け入れていく。
ずず……っ
沢渡涼子「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
立花透「……沢渡さんの中、すごく、熱い」
根元まで、収まって、僕は、一度、深く、息を、吐いた。
繋がった場所から。
あの日、データを取りに、初めて地下に降りてから、今日までの距離が。
じんわりと、埋まっていく。
ゆっくりと、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
沢渡涼子「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を、気遣う、優しい律動。
立花透「気持ちいいですか」
沢渡涼子「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
立花透「僕も。……ずっと、こうしてたい」
沢渡さんが、僕の首に、腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
沢渡涼子「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
立花透「ここ、好きですか」
沢渡涼子「っ♡♡ 好き……っ♡ 透くんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか。
たぶん、どっちも、だった。
地下の、機械の、低い唸りと。
二人の息と、肌のぶつかる音が、薄明かりの中に、満ちていく。
沢渡涼子「透くん……っ♡ もう……っ♡」
立花透「僕も……っ。一緒に」
沢渡涼子「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、沢渡さんを、ぎゅっと、抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
沢渡涼子「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 透くん、一緒に……っ♡♡」
立花透「……っ、沢渡さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
沢渡涼子「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が、震えるのを。
沢渡さんの体が、ぎゅうっと、締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったりと、重なったまま、しばらく、動けなかった。
すりガラスの向こうが、いつのまにか、白んでいた。
長かった、熱帯夜が、明けたのだ。
沢渡涼子「……はぁ……っ。すごかった」
立花透「……沢渡さん」
沢渡涼子「涼子で、いい。……透くん」
沢渡涼子「……涼子、さん」
照れたように、笑って、彼女は、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
13. 朝のビル
二人で、仮眠室を出て、監視室に、戻ると。
モニターの中の、ビルの断面図が、すっかり、朝の表情に、変わっていた。
夜じゅう、熱を抱えていた建物が。
外気が下がるのに合わせて、ゆっくりと、息を、ついている。
沢渡涼子「……ほら。涼しくなってきた。この子も、やっと、ひと息」
涼子さんが、いとおしそうに、画面を、撫でた。
その横で、僕は、自分の、スマホを、開いた。
エネルギー管理の、グラフ。
ゆうべの、電力使用量は、過去最高を、更新していた。
数字だけ見れば、真っ赤な、「最悪の夜」だ。
でも、もう、僕には。
その赤い線が、ただの、失点には、見えなかった。
それは、このビルが、猛暑の一夜を、必死に、生き延びた、証だった。
立花透「……僕、今日の報告書、書くの、楽しみです。初めて」
沢渡涼子「ふふ。なに、それ」
ちょうど、そのとき。
ぶ厚い鉄の扉が、がらり、と、開いて。
室伏さん「おはようさん。……っと、なんだ、二人とも。朝までいたのか」
タオルを首にかけた、室伏さんが、朝いちばんの、点検に、入ってきた。
僕と、涼子さんを、交互に、見て。
それから、しわくちゃの顔を、にんまりと、ほころばせた。
室伏さん「やーれ、やれ。あの熱帯夜を、二人で、乗り切ったか。……顔に、書いてあるぞ。いろいろ、な」
沢渡涼子「室伏さん! 朝から、なんですか!」
室伏さん「ふぉっふぉっ。いいことだ。……一人で背負ってたもん、やっと、半分、誰かに、渡せたか」
けらけら笑う室伏さんに、涼子さんは、顔を、真っ赤にして。
でも、その目は、隠しきれないほど、嬉しそうだった。
データを取りに、地下に降りた、たった一日が。
僕に、生きたビルの、呼吸の聴き方を、教えてくれて。
そして、その呼吸を、一晩じゅう、一人で見守ってきた人と、僕は、恋人に、なった。
立花透「今夜、仕事終わったら、また、降りてきます。……データ、取りに、じゃなくて」
沢渡涼子「うん。……待ってる」
朝の光が、まだ届かない、地下の部屋で。
無数の計器が、緑と、オレンジに、静かに、またたいていた。
僕は、もう、グラフの数字に怯えない心で。
自分の、いるべき場所へと、歩き出した。
帰る場所が、できたから。
― 終 ―