残業帰りの深夜、消し忘れかと思った共用ダイニングの灯りの下で、毎晩ひとり架空の町のジオラマを組み続ける同居人に町の住人の役をひとつ任されるうちに惹かれ、町に最初の街灯がともった初夏の夜に結ばれた話

1. 消し忘れだと思った灯り

僕、瀬戸大輝(せとだいき)、28歳。都内のメーカーで、倉庫の在庫管理をしている。

一日中、画面の中の数字とにらめっこする仕事だ。どこに何がいくつあるか、いつ出ていつ入るか。ずれが出れば原因を探し、棚卸しの夜は終電を逃す。間違えなければ褒められないが、間違えれば全員に迷惑がかかる。そういう、目立たない仕事。

去年から、私鉄沿線の古い一軒家を改装したシェアハウスに住んでいる。大家さんの好意で家賃が安くて、住人は今、男女合わせて四人。みんな生活時間がばらばらで、顔を合わせることは多くない。

その夜も、僕は残業で日付をまたいで帰ってきた。

玄関を開けると、廊下の奥――一階の共用ダイニングに、灯りがついていた。

(……誰か、消し忘れたな)

省エネにうるさい大家さんの顔がちらついて、僕は灯りを消すつもりで、そっとダイニングを覗いた。

そこに、彼女がいた。

2. どこにもない町

七尾灯里(ななおあかり)さん、26歳。

半年前にこの家に来た、いちばん新しい住人だ。昼間に廊下ですれ違うと「おはようございまーす」とやけに元気に挨拶してくれる、よく笑う人。でも何の仕事をしているのかは、知らなかった。

その彼女が、大きなダイニングテーブルに覆いかぶさるようにして、何かを作っていた。

テーブルの上に、町があった。

手のひらに乗りそうな小さな家。マッチ箱くらいの商店街。ビーズみたいに小さい街路樹。線路と、駅と、川にかかる橋。テーブルの三分の一が、どこかの町の、ミニチュアになっていた。

「……うわ」

思わず声が漏れた。彼女がびくっと顔を上げて、ピンセットを持った手を止めた。

「あっ、せ、瀬戸さん。ごめんなさい、うるさかったですか」

「いや。灯り、消し忘れかと思って来たら……なんだ、これ」

「これ、仕事です。私、ジオラマ作家なんですよ。模型の町とか、ジオラマとか作る」

ジオラマ作家。聞いたことはあるけれど、本物に会ったのは初めてだった。

「企業の展示用とか、博物館とか、たまにドラマの背景とか。家が広いと作業しやすいから、ここに引っ越してきたんです。このテーブル、最高でしょ」

「最高って……みんなのご飯食べるテーブルだけど」

「夜中だけですよ! 朝には片付けます。約束」

ぺこっと頭を下げる彼女の手元を、僕はもう一度見た。納品先のある仕事のはずなのに、その町は、どこの町にも見えなかった。

「これ、どこの町?」

「どこでもないです。これは、仕事じゃなくて……私の、趣味のほう」

彼女は、ちょっと照れたように笑った。

3. 住人の役

聞けば、彼女は仕事の合間に、ずっと「どこにもない町」を作り続けているのだという。

依頼で作る町は、図面どおり、寸分たがわず作る。実在の駅前を、看板の文字まで再現する。それが仕事。でもそれだけだと、息が詰まる。だから夜、自分のためだけに、誰にも頼まれていない町を作る。

「この町には、私が住んでほしい人しか住めないんです」

「住んでほしい人」

「うん。たとえば、ここのパン屋さんは、朝が早くて無口なおじいさん。この本屋さんは、猫を二匹飼ってる。みんな、設定があるの」

くだらない、と笑い飛ばすこともできた。でも、深夜の倉庫みたいに静かなダイニングで、小さな町に一つずつ灯りを置いていく彼女の横顔は、なんだか、ひどく真剣だった。

「あ。瀬戸さん、ちょうどいいや」

「何が」

「この区画、まだ住人が決まってないんですよ。駅のこっち側。……瀬戸さんに、住んでもらおうかな」

彼女はテーブルの隅の、まだ家だけが建っている空き区画を、ピンセットの先で指した。

「俺が? この町の住人?」

「はい。設定、考えてあげます。瀬戸さんは……毎晩おそくに帰ってくる、ちょっと疲れた顔の人。でも、町のことは、ちゃんと気にしてる人」

図星すぎて、僕は黙った。彼女は、僕の顔をのぞき込んで、いたずらっぽく笑った。

「当たりでしょ。職業柄、人をよく見るので」

その夜、僕は自分でも理由がわからないまま、彼女の隣の椅子に座って、小さな町に灯りが置かれていくのを、最後まで見ていた。

4. 夜ごとの町

それから、僕の帰り道に、寄り道が一つ増えた。

残業で遅くなっても、ダイニングに灯りがついていると、ほっとするようになった。スーツの上着を椅子の背にかけて、彼女の向かいに座る。それが、いつのまにか習慣になっていた。

「お疲れさまです。今日は遅かったですね」

「棚卸しの時期で。……それ、何作ってんの」

「商店街の、街灯。LED仕込むんですよ。完成したら、町に灯りがつくの」

灯里さんの手元は、見ていて飽きなかった。髪の毛より細い電線をピンセットでつまんで、米粒みたいな部品にはんだを乗せる。息を止めて、瞬きもせずに。そのくせ、口はずっと動いている。

「あ、この接着剤取ってください。白いほうじゃなくて、透明の」

「これ?」

「そうそう。瀬戸さん、ものの場所すぐ覚えますね。さすが在庫管理」

「……それ、褒めてる?」

「褒めてます! 私、作業中に道具どこいったか分からなくなるタイプだから、助かる」

気づけば僕は、彼女の助手みたいになっていた。接着剤を取り、塗料を振り、乾くのを待つあいだ、二人でぬるい麦茶を飲む。倉庫の数字に削られた頭が、その時間だけ、すっとほどけていく。

(……変だな。何も、生産的なことしてないのに)

なのに、この小さな町のことを考えていると、明日の棚卸しが、少しだけどうでもよくなる。

5. 灯里さんが町を作る理由

ある夜、彼女がいつもより静かだった。

仕事で大きな納品があって、徹夜が続いたのだという。展示会の目玉になる、駅前の大型ジオラマ。完璧に作った。クライアントにも絶賛された。なのに、彼女の顔は晴れなかった。

「……完璧なものって、作っても、なんにも残らないんですよね」

「残らない?」

「図面どおりに作るって、つまり、私がいてもいなくても同じってことだから。誰が作っても、同じものになる」

ピンセットを置いて、彼女は、自分の「どこにもない町」を、指先でそっとなでた。

「この町だけは、私がいないと、存在しないんです。私が住人を決めて、私が灯りをつけないと、誰も住めない。……だから、作っちゃう。仕事で空っぽになった夜ほど」

その言葉が、僕の胸に、やけにまっすぐ刺さった。

僕の仕事も、そうだ。間違えなければ褒められない。誰がやっても同じ数字が出るのが、正解の仕事。自分がいる意味なんて、考えたこともなかった。

「……俺、たぶん、灯里さんの逆だ。俺がいてもいなくても回る仕事を、ずっとしてる」

「そんなことない」

「え」

「瀬戸さんがいないと、この区画、ずっと空き家でしたよ。住人、瀬戸さんだけだもん」

彼女が、まっすぐ僕を見て、笑った。冗談みたいな言い方だったのに、僕は、心臓のあたりが妙に熱くなって、麦茶のコップに目を落とした。

(……まずいな、これ)

たぶん僕は、もうとっくに、この町じゃなくて、彼女に会いに、ダイニングへ降りてきている。

6. 街灯を買いに

週末、灯里さんに「付き合ってほしいところがある」と言われた。

模型店だった。私鉄を乗り継いだ先の、古いビルの三階。狭い店内に、小さな部品が宝石みたいにぎっしり並んでいた。彼女は水を得た魚みたいに棚のあいだを歩き回って、僕に次々と説明してくれる。

「見てこれ、1/150の人形。この大きさで、ちゃんと傘さしてるんですよ。すごくないですか」

「……よく見えないけど、すごいのはわかる」

「瀬戸さんのも探さなきゃ。町の住人の、瀬戸さんフィギュア」

「いらないよ、そんなの」

「だめです。住人なんだから、ちゃんといなきゃ」

彼女は真剣に、スーツ姿の小さな人形をいくつも見比べて、一つ選んだ。鞄を提げて、少し疲れた肩をした、小指の先ほどの男。

「これ。瀬戸さんっぽい」

「肩、落ちすぎだろ」

「ふふ、似てます」

帰り道、夕暮れの商店街を二人で歩いた。手には、街灯のキットと、僕の小さな分身が入った袋。彼女は鼻歌をうたって、店のショーウィンドウを一つずつ覗いていく。

「私、こういう、なんでもない商店街がいちばん好きなんです。完璧じゃないところ。看板が傾いてたり、シャッターに落書きがあったり」

「歪んでるほうがいいの?」

「うん。そこに、人が住んでた時間が、ちゃんとあるから」

夕陽が、彼女の横顔をオレンジに染めていた。倉庫の僕の頭が、その色を、数値に変換しなかった。ただ、きれいだ、と思った。久しぶりに、何かをそのまま、きれいだと思った。

7. 町に灯りがともる

その夜、僕たちは、商店街の街灯を仕込んだ。

灯里さんが配線をして、僕が言われるまま電池ボックスを繋ぐ。最後の街灯を町に植えて、彼女が、ダイニングの照明を、ぱちんと消した。

真っ暗になった部屋で、テーブルの上の小さな町に、ぽつ、ぽつ、と、オレンジの灯りがともった。

商店街に、駅前に、僕の住む区画に。豆粒みたいな街灯が、それぞれの家を、やわらかく照らしている。どこにもない町に、夜が来て、ちゃんと、人の暮らしの灯がついた。

「……すげえ」

「でしょう」

声が、すぐ近くでした。暗がりの中、彼女の顔が、思っていたよりずっと近くにあった。小さな灯りに照らされて、その瞳が、うるんで光っている。

「瀬戸さんの家にも、灯り、ついてますよ。ほら」

「……ほんとだ」

「もう、空き家じゃないです。ちゃんと、人が住んでる」

その声が、少しだけ、震えていた。

僕は、自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえた。倉庫の数字も、棚卸しも、明日の会議も、全部、この小さな灯りの外にあった。今この瞬間、僕の世界には、この町と、彼女しかいなかった。

「灯里さん」

「……はい」

「俺、たぶん、この町に住みたいんじゃなくて。……灯里さんの、隣にいたい」

彼女の目が、まんまるになった。それから、灯りに照らされた頬が、みるみる赤くなっていく。

「……ずるい。私が言おうと、思ってたのに」

どちらからともなく、顔が近づいた。小さな町の灯りの上で、僕たちの影が、そっと一つに重なった。

唇が、触れた。

ちゅ……。

やわらかくて、あたたかくて、少しだけ、はんだの匂いがした。一度離れて、目を開けると、彼女が泣きそうな顔で笑っていた。

「……もう一回」

今度は、彼女のほうから、背伸びをして唇を寄せてきた。ちゅっ……んっ……。小さな町を挟んで、僕たちは何度もキスをした。

8. 灯りの外へ

「……ここ、明日みんなご飯食べるテーブルです」

「……だな」

「……私の部屋、二階の、いちばん奥」

彼女が、僕の手を握った。細くて、塗料の匂いのする、小さな手。僕はその手を握り返して、二人で、灯りのついた町を残したまま、暗い階段を上った。

灯里さんの部屋は、彼女らしい部屋だった。

壁一面の棚に、作りかけのジオラマと、無数の小さな部品。窓辺には、塗りかけの建物がいくつも並んでいる。彼女がスタンドの灯りをつけると、部屋全体が、あの町と同じ、やわらかいオレンジ色に染まった。

「散らかってて、ごめんなさい」

「……灯里さんらしくて、いい」

向き合うと、彼女が、急に恥ずかしそうに目を伏せた。さっきまで町の前であんなに大胆だったのに、二人きりの部屋では、別人みたいにしおらしい。そのギャップが、たまらなく愛しかった。

「……灯里さん」

「……あかり、でいいです。町の住人なのに、苗字で呼ぶの、変だもん」

「……あかり」

名前を呼ぶと、彼女がびくっと肩を震わせて、僕の胸に、こつんと額をつけた。

「……心臓、うるさい。聞こえちゃう」

「俺も。たぶん、同じくらい」

僕は、彼女の顎にそっと指を添えて、上を向かせた。スタンドの灯りに照らされた瞳が、僕を映している。もう一度、今度はさっきより深く、唇を重ねた。

れろ……ちゅ……。

おずおずと触れ合った舌が、だんだん、夢中になっていく。彼女の手が、僕のシャツを、きゅっと握った。

9. オレンジ色の部屋で

ベッドの縁に、彼女を座らせた。見下ろすと、あかりが、潤んだ目で僕を見上げてくる。いつもの明るい笑顔とは違う、熱を持った表情。それだけで、体の芯が、じんと痺れた。

「……脱がせて、いい?」

「……はい。でも、あんまり、見ないで」

彼女のカーディガンのボタンを、一つずつ外していく。倉庫で箱を数えるときよりも、ずっと慎重に。下から、白い肌と、淡い色の下着が覗いて、彼女が「ん……」と小さく息を詰めた。

カーディガンを肩から落とし、薄いキャミソールをめくり上げる。ブラのホックを外すと、ぷつんと弾けて、やわらかな胸がこぼれた。先端は、もう、つんと尖っている。

「……っ、恥ずかし……」

「……きれいだ。ほんとに」

僕は、その胸をそっと下から包んだ。手のひらに、あたたかくて柔らかい重みが沈んでいく。

ふにっ……。

「んっ……♡」

ゆっくり揉みながら、尖った先端を、指の腹でこりっと転がす。

「ひゃっ♡♡ そこ、だめっ……♡」

彼女の体が、びくんと跳ねた。僕はもう片方の胸に顔を寄せて、先端を口に含む。ちゅっ……れろ……ちゅぱっ……。

「んあっ♡♡ 声、出ちゃ……っ♡♡」

あかりが、手の甲で口を押さえた。昼間あんなにおしゃべりな人が、今は声を必死で殺している。そのギャップに、僕の頭の芯が、焼き切れそうになる。

胸を可愛がりながら、もう片方の手を、彼女の腿のあいだへ、そっと滑らせた。

「……触るよ」

「……うん♡ 来て」

ショーツの上から、指で、つ……となぞる。布越しなのに、その一撫でで、彼女の腰が浮いた。

「あっ……♡」

「……もう、こんなに」

「言わないで……っ♡」

ショーツを脱がせて、直接、濡れたところに触れる。くち……と、小さな水音がした。すじに沿って指をゆっくり上下させ、小さな突起を探り当てて、転がす。くりっ……くりくりっ……。

「んんっ♡♡♡ そこっ……だめ、だめっ……♡♡」

彼女の腰が、がくがくと震える。中指を、ぬかるんだ入り口に、ゆっくり沈めた。ずぷっ……。

「んああっ♡♡♡」

(……あたま、まっしろ……♡)

中をやさしくかき回されて、あかりはもう、何も考えられないみたいに、僕の腕にしがみついた。指を曲げて、奥のざらついたところを擦ると、彼女の体が、大きくしなる。

「あっ♡♡ 大輝さんっ……それ、すごいっ……♡♡♡」

初めて名前を呼ばれて、僕の胸が、ぎゅっとなった。びくびくと跳ねる腰を支えながら、僕は指の動きを速めた。

「いくっ……♡♡♡ 大輝さん、私っ……いっちゃうっ……♡♡♡♡」

びくんっ♡♡♡——。

きゅうっと僕の指を締めつけて、彼女が、僕の腕の中で達した。力が抜けて、ベッドに沈み込む。荒い息のあいだから、潤んだ目で僕を見上げて、震える手を伸ばしてきた。

「……大輝さんも。私で、気持ちよくなって」

10. ひとつの灯り

彼女の手が、僕のシャツのボタンに伸びる。僕は服を脱いで、あかりをそっとベッドに横たえた。高ぶりが、濡れた入り口に触れる。

「……痛かったら、言って。あと、ちゃんと、つけるから」

「……うん♡ そういうとこ、好き」

薄い膜をつけて、僕は、ゆっくりと腰を進めた。

ずぷ……ずずっ……。

「んんっ♡♡♡ あっ……いっぱい……♡♡」

奥まで、ゆっくり満たされていく。彼女の中が、僕を、きゅうっと包み込んだ。あかりの目尻に、生理的な涙がにじむ。僕は動きを止めて、その涙を、唇でそっと拭った。

「……平気?」

「……うん♡ 動いて。大輝さんの、好きに……♡」

ずちゅっ♡ ずちゅっ♡♡——。

ゆっくりと動き始める。最初はこわれものを扱うように。でも、彼女が「もっと」と腰を揺らすと、僕の余裕は、だんだん溶けていった。

「あっ♡♡ 奥っ……当たるっ……♡♡♡」

「……あかり。可愛い。ずっと、こうしたかった」

「私もっ……♡♡ 毎晩、大輝さんが降りてくるの、待ってたっ……♡♡♡」

オレンジ色の灯りの中で、肌の触れ合う音と、彼女の甘い声が、部屋に満ちていく。倉庫の数字に削られて、自分なんて誰でもいいと思っていた僕を、彼女が、名前を呼んで、夢中になって、求めてくれる。それが、どうしようもなく、うれしかった。

「また、来ちゃうっ……♡♡♡ 大輝さんっ……いっしょにっ……♡♡♡♡」

「……っ、俺も、もう……」

ずんっ♡♡♡——奥を深く突いた瞬間、彼女の体が、大きく跳ねた。僕は彼女を強く抱きしめて、低く呻く。薄い膜越しに、自分が震えるのが伝わった。

「んんんっ♡♡♡♡」

絶頂の余韻の中で、僕たちは、しばらく動けずに、ただ抱き合っていた。彼女の心臓の音が、僕の胸に、速く、まっすぐに伝わってくる。あの小さな町の灯りみたいに、あたたかい鼓動だった。

11. 朝が来る町

気づくと、窓の外が、うっすら白み始めていた。

あかりが、僕の胸に頬を寄せて、寝息を立てている。塗料と、はんだと、彼女の髪の匂い。僕はもう、この匂いから、たぶん一生離れられない気がした。

そっと髪を撫でると、彼女が薄く目を開けて、にゃ、と猫みたいに笑った。

「……おはようございます」

「おはよう。……朝、片付けるって、約束してただろ。テーブルの町」

「あ。……ねえ、大輝さん」

「ん?」

「あの町、もう、片付けないでもいいですか」

彼女が、僕の胸の中で、もぞもぞと顔を上げた。

「みんなにちゃんと言います。あれは、私と大輝さんの町だって。……だから、ずっと、置いておきたい」

僕は、声を出して笑ってしまった。それから、彼女の額に、ちゅっとキスをした。

「……大家さんに、怒られても知らないぞ」

「大輝さんが、いっしょに謝ってくれるでしょ?」

「……まあ、住人だしな。あの町の」

その朝、僕たちは手をつないで、一階のダイニングに降りた。

夜が明けても、小さな町の街灯は、まだやさしくともっていた。商店街に、駅前に、そして、肩を落とした小さな僕の家に。その隣には、いつのまにか、もう一つ、家が建っていた。昨夜、彼女がそっと足したのだろう。二軒の家の灯りは、寄り添うように、同じオレンジ色で光っていた。

「……ほら。もう、一人じゃないですよ」

「……ああ」

どこにもない町に、二人の住人がいる。

倉庫の数字に消えそうだった僕の毎日に、彼女が、小さな灯りを一つ、ともしてくれた。その灯りは、朝が来ても、もう消えなかった。

― 終 ―


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