1. 怒鳴り声の海
俺、吉沢諒、二十九歳。
通信会社の、コールセンターで働いている。
仕事は、クレーム対応。
朝から晩まで、ヘッドセットの向こうで、知らない誰かが、ずっと怒っている。
吉沢諒「……さようでございますか。大変、申し訳ございません」
回線がつながった瞬間から、怒鳴り声。
俺は悪くない。たいていは、俺のせいじゃない。
それでも、ひたすら頭を下げ続ける。声だけで。
一日が終わる頃には、耳の奥に、知らない人間の苛立ちが、こびりついて取れなくなっていた。
夜、アパートに帰っても、頭の中で、まだ誰かが怒っている気がした。
吉沢諒(……静かにしてくれ)
横になっても、眠れない。
天井を見つめたまま、気づけば朝になっている。
そんな日が、何ヶ月も続いていた。
きっかけは、本当に、ささいなことだった。
その週末、商店街の小さな夏祭り——いや、季節外れの秋祭りの名残みたいな縁日が、近所の神社で出ていて。
仕事帰りに通りかかった俺は、なぜだか、金魚すくいの屋台の前で、足を止めた。
赤い、小さな金魚。
水の中で、なんの不満も言わずに、ただ、すい、と泳いでいた。
吉沢諒(……ずっと、黙ってるんだな、お前は)
気づいたら、ポイを握っていた。
不器用な俺が、一匹だけ、すくえた。
ビニール袋に入った、頼りない命を、俺はそっと持ち帰った。
2. 弱っていく命
最初の二日は、よかった。
百均で買った、丸いガラスの鉢に水を張って、金魚を入れた。
仕事から帰って、その小さな赤を眺めていると、不思議と、耳の奥の怒鳴り声が、少しだけ、遠のいた。
吉沢諒「ただいま」
返事はしない。
でも、ぱく、ぱく、と口を動かして、俺のほうを見る。
それだけで、なんだか、救われた。
ところが、三日目の夜。
帰ってみると、金魚が、水面の近くで、苦しそうに、口をぱくぱくさせていた。
体を、横にして。
ひれを、力なく、たたんで。
吉沢諒「……おい。どうした」
慌てて、スマホで調べた。
水換え。カルキ抜き。エアレーション。酸欠。
知らない言葉ばかりが、出てきた。
俺は、金魚を、生き物を、なんにも、わかっていなかった。
このままだと、死ぬ。
それだけは、はっきりわかった。
吉沢諒(……どこか、店。生き物、診てくれる、店)
夜の十時。
ペットショップなんて、とっくに閉まっている時間だ。
それでも、俺は、金魚鉢を抱えて、外に飛び出した。
なぜ、そんなに必死だったのか、自分でもわからない。
ただ——黙って俺のそばにいてくれた、たった一つの命を、自分の無知で殺すのが、どうしても、嫌だった。
3. 路地裏の灯り
商店街は、もう、ほとんどの店が、シャッターを下ろしていた。
暗い通りを、金魚鉢を抱えて、うろうろする。
そのとき。
メインの通りから一本入った、細い路地の奥に、ぽつりと、青白い灯りが見えた。
水の、色をした灯り。
吸い寄せられるように、近づいた。
ガラス張りの、小さな店だった。
中に、いくつもの水槽が、棚に並んでいる。
その一つ一つが、ライトに照らされて、青く、緑に、光っていた。
水草が、ゆらゆら揺れて、小さな魚が、その間を泳いでいる。
まるで、夜の底に沈んだ、小さな森みたいだった。
看板には、控えめに、〈水草と熱帯魚の店 みお〉とあった。
営業時間は「平日 正午〜夜九時」。
時刻は、もう、十時を過ぎている。
吉沢諒(……閉まってる、か)
それでも、店の奥に、人影が見えた。
水槽の前にしゃがんで、なにか作業をしている。
俺は、ためらった末に、ガラス戸を、こんこん、と叩いた。
人影が、振り返った。
若い、女の人だった。
ガラス戸を、少しだけ開けて、彼女は、怪訝そうに俺を見て——それから、俺の腕の中の金魚鉢に、目を留めた。
その瞬間、彼女の表情が、ぱっと、変わった。
真鍋澪「……その子、横になってる。酸欠だ。早く、入って」
4. 女主人の手
店の中は、ひんやりと、湿った空気に満ちていた。
ろ過装置の、ごぼごぼという、低い音。
彼女は、俺から金魚鉢を受け取ると、すぐさま、作業台の上に置いた。
真鍋澪「水、何日、換えてないですか」
吉沢諒「……一回も。三日前から、ずっと」
真鍋澪「うわ。カルキ、抜いてない水道水ですよね、これ。あと、鉢が小さすぎる。酸素が、全然足りてない」
早口だった。
さっき、ガラス戸の向こうで見せた、怪訝な顔とは、まるで別人だった。
彼女は、てきぱきと、別のバケツに水を張り、なにかの液体を、数滴、垂らした。
エアポンプのチューブを、そこに沈める。
ぷくぷく、と、細かい泡が立ちのぼる。
そして、弱った金魚を、そっと、新しい水に移した。
真鍋澪「……がんばれ。まだ、いける」
水槽を覗き込む、その横顔は、真剣だった。
歳は、たぶん、俺と同じくらい。
黒い、シンプルなエプロン。袖をまくった腕。
ひとつに結んだ髪の先が、作業の途中で、頬にかかっている。
しばらくして。
ぷかぷかと横になっていた金魚が、ゆっくりと、体を立て直した。
そして、ひれを動かして、すい、と泳ぎ出した。
吉沢諒「……動いた」
真鍋澪「うん。大丈夫。この子、生きる気、あります」
彼女が、ふっと、肩の力を抜いて、笑った。
その笑顔を見た瞬間。
なぜだか、俺の目の奥が、つん、と熱くなった。
一日じゅう、怒鳴り声を浴びて。
誰のことも救えなくて、誰にも救われなくて。
それなのに、こんな夜中に、見ず知らずの俺の、たった一匹の金魚のために、本気になってくれる人が、いた。
吉沢諒「……ありがとうございます。本当に」
声が、少し、震えた。
彼女——真鍋澪さん、と名乗った——は、少し驚いた顔で、俺を見て。
それから、照れたように、目をそらした。
真鍋澪「大げさですよ。……まだ、金魚一匹なんだから」
5. 通うようになる
その夜、澪さんは、ちゃんとした飼い方を、一から教えてくれた。
水槽の大きさ。カルキの抜き方。水の換える頻度。
俺は、スマホのメモに、必死で書き留めた。
真鍋澪「とりあえず、この子には、これくらいの水槽と、投げ込み式のフィルターがあれば、じゅうぶん。……うち、明日も開けてるんで。よかったら、揃えに来てください」
翌日、俺は、仕事終わりに、また店に行った。
水槽を買い、砂利を買い、フィルターを買った。
その次の週も。
そのまた次の週も。
俺は、〈みお〉に、通うようになった。
水草が、思ったより難しいこと。
水を、きれいに保つには、目に見えないバクテリアが、大事なこと。
知らないことが、無限にあって。
そのたびに、俺は、澪さんに、質問をしに行った。
真鍋澪「あ、吉沢さん。今日は、どうしました?」
吉沢諒「水が、ちょっと、白く濁っちゃって」
真鍋澪「あー、バクテリアが、まだ立ち上がってないんですね。それは、待てば、勝手に澄みますよ」
魚や水草のことになると、澪さんは、いつも、ほんの少し、早口になった。
その、楽しそうに語る横顔を見ているのが、俺は、好きだった。
正直、その頃にはもう。
金魚のために通っているのか、澪さんに会いに行っているのか。
自分でも、よくわからなくなっていた。
6. 富江さんの茶々
何度目かに行ったとき。
店の隅の、丸椅子に、小柄なおばあさんが一人、座っていた。
膝の上に、小さなタッパーを抱えて、嬉しそうに、水槽を眺めている。
富江さん「あら。見ない顔だねえ」
近所の常連さんらしい。富江さん、というそうだ。
家で、メダカを飼っていて、その相談に、毎日のように、この店に来ているのだと、澪さんが、笑いながら教えてくれた。
富江さん「澪ちゃんはねえ、魚のことになると、それはもう、目の色が変わるんだから。でも、男の人にだけはねえ、まーったく、奥手で」
真鍋澪「ちょっと、富江さん。変なこと、言わないでください」
富江さん「変なことかい。本当のことだよ」
富江さんは、しわくちゃの顔で、けらけらと笑った。
そして、俺のほうを見て、にやりとした。
富江さん「あんた、金魚一匹のために、ずいぶん、まめに通ってくるねえ。……金魚だけが、目当てかい?」
吉沢諒「えっ」
真鍋澪「富江さん!」
澪さんが、顔を赤くして、富江さんの肩を、ぽんと叩いた。
俺も、なんだか、耳が熱くなった。
図星だったからだ。
富江さん「ふぉっふぉ。若いねえ」
富江さんは、満足そうに、タッパーの中のメダカを、澪さんに見せに行った。
二人が、メダカを覗き込んで、あれこれ話している。
その、あたたかい光景を見ていたら。
一日じゅう、怒鳴り声に削られていた俺の心が、この水の音のする店で、少しずつ、修復されていくのが、わかった。
7. 閉店後の水槽
ある日、仕事のトラブルで、店に着いたのが、閉店間際になった。
真鍋澪「あ……ごめんなさい。もう、看板の灯り、消しちゃった」
吉沢諒「あ、すみません。出直します」
真鍋澪「……ううん。いいですよ。水槽の灯りだけ、まだ点いてるし。……ちょっと、座っていきます?」
澪さんは、レジの脇の、小さなスツールを、俺に勧めてくれた。
店内の照明は、もう、落としてあった。
暗い店の中で、いくつもの水槽だけが、青白く、緑に、光っている。
その光が、澪さんの横顔を、ゆらゆらと、照らしていた。
真鍋澪「……この時間が、いちばん、好きなんです」
ぽつり、と、澪さんが言った。
真鍋澪「お客さんもいなくて。魚たちだけ、いて。……水の音だけ、聞こえて」
吉沢諒「……わかる気がします。すごく、静かだ」
俺は、思わず、つぶやいた。
吉沢諒「俺、仕事で、一日じゅう、人の怒鳴り声を聞いてて。……家に帰っても、頭の中で、誰かがずっと怒ってる気がして、眠れなかったんです」
言うつもりは、なかった。
でも、この、水の光の中だと、不思議と、言えた。
吉沢諒「でも……ここに来ると、なんか、静かになるんです。耳の奥が。だから……たぶん、俺、金魚だけじゃなくて、この店に、救われに来てるんだと思います」
澪さんは、しばらく、黙って水槽を見ていた。
それから、ぽつりと、話し始めた。
真鍋澪「……私もね。前は、ぜんぜん違う仕事してたんです。普通の、会社員」
真鍋澪「毎日、数字に追われて。気づいたら、自分が、なんのために生きてるのか、わからなくなってて」
真鍋澪「そんなとき、ふらっと入った熱帯魚屋さんで、水草の水槽を見て。……あ、私、これだ、って」
水槽のガラスに、そっと指を当てて、澪さんは、微笑んだ。
真鍋澪「貯金、全部はたいて、この小さい店、始めたんです。儲かんないし、毎日くたくただけど。……でも、後悔は、してない」
吉沢諒「……かっこいいです。澪さん」
思わず、口をついて出た。
澪さんが、こちらを向いた。
水の光の中で、その頬が、ほんの少し、赤く見えた。
真鍋澪「……なに、それ。急に」
照れたように笑って、でも、その目は、まっすぐ、俺を見ていた。
俺は、もう、ごまかしようがないくらい、この人が好きだと、はっきり思った。
8. 水族館の休日
その週の、金曜の夜。
水換えのコツを聞きに行った帰りぎわに、澪さんが、思いきったように、言った。
真鍋澪「あの……吉沢さん。明日、店、定休日なんですけど」
吉沢諒「はい」
真鍋澪「……水族館、行きません? 私、新しい展示、見たくて。……一人だと、なんか、恥ずかしくて」
電話の向こうの怒鳴り声に慣れた俺の耳には、その声が、ひどく、勇気を振り絞ったように聞こえた。
吉沢諒「行きます。ぜひ」
即答すると、澪さんが、ほっとしたように笑った。
翌日。
待ち合わせ場所に現れた澪さんは、いつもの黒いエプロン姿じゃなかった。
白いニットに、グレーのコート。髪を、ゆるく下ろして。
仕事のときの、凛とした「店主」じゃなくて。
どこにでもいる、けれど、とびきり可愛い、一人の女の子だった。
真鍋澪「……なに、じろじろ見て」
吉沢諒「あ、いや。いつもと、雰囲気が違うなって」
真鍋澪「そりゃ、休みだもん」
ぶっきらぼうに言って、でも、澪さんの頬は、外の寒さのせいだけじゃなく、赤かった。
水族館の中は、薄暗くて、青い光に満ちていた。
大きな水槽の前で、澪さんは、子供みたいに、目を輝かせた。
真鍋澪「見て、吉沢さん。あの魚の、群れの動き。あれ、すごいんですよ」
魚の話になると、やっぱり、早口になる。
俺は、魚よりも、その澪さんの横顔を、ずっと見ていた。
暗い水槽の前。
人混みに押されて、俺たちの肩が、ときどき、触れた。
そのたびに、心臓が、跳ねた。
9. 初雪の帰り道
外に出ると、もう、日が暮れていた。
冬の空気は、刺すように冷たくて。
ふと、空を見上げると——白いものが、ちらちらと、舞い始めていた。
吉沢諒「……雪」
真鍋澪「ほんとだ。……今年、初雪、ですね」
街灯の光の中を、小さな雪が、ふわふわと、落ちてくる。
澪さんが、手のひらを、空に向けた。
落ちてきた雪が、その手のひらの上で、すっと溶ける。
その、無防備な横顔を見ていたら。
俺は、もう、止まらなくなった。
吉沢諒「澪さん」
真鍋澪「ん?」
吉沢諒「俺……正直に言います。金魚は、もう、とっくに元気なんです」
澪さんが、こちらを向いた。
吉沢諒「水のこととか、水草のこととか。……本当は、ネットで調べれば、わかることばっかりだった。それでも、毎週、店に行ってたのは」
雪の中で、俺は、彼女を、まっすぐ見た。
吉沢諒「澪さんに、会いたかったからです。……あなたのことが、好きです」
白い息が、夜の空気に、溶けていった。
澪さんは、目を、大きく見開いて。
それから、ふっと、泣きそうな顔で、笑った。
真鍋澪「……知ってましたよ、そんなの」
吉沢諒「えっ」
真鍋澪「だって、吉沢さん。水槽の調子、聞きに来るくせに。……魚のこと話してるとき、ぜんぜん、私の顔しか見てないんだもん」
いたずらっぽく言って、澪さんは、頬を染めた。
真鍋澪「私も……です。吉沢さんが、店に来てくれるの。……毎週、ずっと、待ってた」
初雪の舞う、街灯の下で。
俺たちは、どちらからともなく、手を重ねた。
水仕事で、少しかさついた澪さんの指は、冷たくて。
でも、握り返してくる力は、確かで、あたたかかった。
10. 水槽の灯りの中で
帰り道、俺たちは、自然と、〈みお〉の前まで来ていた。
澪さんが、店の奥を見て、ためらいがちに、言った。
真鍋澪「……うち、店の奥が、住居になってて」
真鍋澪「……あったかいお茶でも、飲んでいきます?」
声が、少し、震えていた。
俺は、頷いた。
店の灯りはつけないまま、澪さんは、奥の小さな部屋へ、俺を通した。
そこにも、小さな水槽が、一つだけ、置いてあった。
青白い、その光だけが、ぼんやりと、部屋を照らしている。
外は、雪。
部屋の中は、水の音と、あたたかい空気。
お茶を淹れようとする澪さんの背中を、俺は、後ろから、そっと見ていた。
ゆるく下ろした髪から覗く、白いうなじ。
吉沢諒「澪さん」
呼ぶと、彼女が、振り返った。
すぐ近くに立っていた俺と、目が合う。
真鍋澪「……吉沢、さん」
吉沢諒「諒で、いいです」
真鍋澪「……諒、さん」
俺は、彼女の頬に、手を添えた。
水槽の灯りに照らされた、その頬は、ひんやりとして、けれど、すぐに、熱を持った。
澪さんの目が、ゆっくりと、閉じられる。
唇を、重ねた。
ちゅっ。
真鍋澪「……ん」
柔らかくて、ほんの少し、冷えた雪の味がした。
一度離れて、見つめ合う。
水の光の中で、澪さんの頬が、さっきよりも、ずっと赤い。
吉沢諒「……もう一回、いいですか」
真鍋澪「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の、細い腰に、腕を回す。
澪さんの手が、おずおずと、俺のコートの背中を、きゅっと握った。
11. ほどけていく
部屋の隅の、小さなベッドに、俺は、澪さんを、そっと横たえた。
灯りは、水槽の、青白い光だけ。
その光が、彼女の白い肌の上で、ゆらゆらと、揺れている。
真鍋澪「……あんまり、見ないで。私、こういうの……久しぶりで」
吉沢諒「俺も、緊張してます」
真鍋澪「……ふふ。なにそれ」
白いニットの裾に、手をかける。
ゆっくり、まくり上げると、淡い水色のブラジャーが、現れた。
普段、黒いエプロンに隠れている体は、思っていたより、ずっと、女らしかった。
吉沢諒「……綺麗だ」
真鍋澪「やだ……言わないで」
澪さんが、両腕で、胸元を隠す。
その手を、俺は、そっとどけた。
背中に手を回して、ホックを外す。
かちり、と。
肩から紐が滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
真鍋澪「……っ」
水槽の光に照らされて、それは、ひどく、なまめかしかった。
俺は、その柔らかさを、両手で、そっと包んだ。
むにゅ、と、指が沈んでいく。
真鍋澪「ん……っ」
吉沢諒「……柔らかい」
真鍋澪「もう……いちいち、言わないでってば……っ」
口では強がるのに、澪さんの息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと跳ねた。
真鍋澪「ひゃっ……そこ……っ」
吉沢諒「ここ、弱い?」
真鍋澪「……っ、知らない……っ」
俺は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
真鍋澪「あっ……ん……っ」
魚のことを語るときの、あの凛とした横顔とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、澪さんの口から、ぽろぽろと、こぼれる。
そのギャップに、俺は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと揉む。
真鍋澪「諒さん……っ、それ……だめ……っ」
澪さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
俺は、そっと、スカートのホックに、手を伸ばした。
吉沢諒「……脱がせて、いい?」
真鍋澪「……うん」
スカートを下ろすと、水色の、下着だけになった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
12. 重なる夜
布越しに、そっと指でなぞると。
真鍋澪「んっ……」
澪さんの腰が、ぴくんと跳ねた。
吉沢諒「……もう、濡れてる」
真鍋澪「……言わないでって……っ。だって、諒さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける澪さん。
俺は、最後の一枚を、ゆっくりと、脱がせた。
露わになったそこは、水槽の青白い光に、しっとりと濡れて、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
真鍋澪「あっ……♡」
吉沢諒「気持ちいい?」
真鍋澪「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくりと、中へ滑らせた。
ずぷ、と。
真鍋澪「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、俺の指を、きゅっと締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくりと擦る。
真鍋澪「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
澪さんが、シーツを、ぎゅっと握った。
普段、てきぱきと魚の世話をする、頼もしいその手が、俺の指一本に、こんなに、力なく乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
真鍋澪「諒さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
吉沢諒「いいよ。イって」
真鍋澪「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、澪さんの体が、ぐっと反った。
真鍋澪「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと締まる。
息を切らせる澪さんの額に、汗で張りついた前髪を、俺は、そっとよけてやった。
真鍋澪「……はぁ……っ。諒さんも……」
澪さんが、潤んだ目で、俺を見上げた。
真鍋澪「私だけ……ずるい。諒さんも、ちゃんと、来て」
俺は、避妊具をつけて、澪さんの脚の間に、体を進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
吉沢諒「……いくよ」
真鍋澪「……うん。来て」
ゆっくり、腰を進めた。
ずぷ……っ♡
真鍋澪「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、澪さんが、俺の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、俺を、奥まで、すんなりと受け入れていく。
ずず……っ
真鍋澪「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
吉沢諒「……澪さんの中、すごく、熱い」
根元まで収まって、俺は、一度、深く息を吐いた。
繋がった場所から、あの夜、金魚鉢を抱えて駆け込んでから今日までの距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくりと、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
真鍋澪「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
吉沢諒「澪さん、気持ちいい?」
真鍋澪「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
吉沢諒「俺も。……ずっと、こうしてたい」
澪さんが、俺の首に腕を回して、自分から、唇を求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
真鍋澪「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
吉沢諒「ここ、好き?」
真鍋澪「っ♡♡ 好き……っ♡ 諒さんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、俺自身のことなのか、たぶん、どっちも、だった。
水槽の、ろ過の音と。
二人の息と、肌のぶつかる音が、青白い光の中に、満ちていく。
真鍋澪「諒さん……っ♡ もう……っ♡」
吉沢諒「俺も……っ。一緒に」
真鍋澪「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
俺は、澪さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
真鍋澪「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 諒さん、一緒に……っ♡♡」
吉沢諒「……っ、澪さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
真鍋澪「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、俺が震えるのを、澪さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったりと重なったまま、しばらく、動けなかった。
水槽の中で、小さな魚が、すい、と泳いだ。
真鍋澪「……はぁ……っ。すごかった……」
吉沢諒「……澪さん」
真鍋澪「ん……?」
吉沢諒「俺、もう……水槽の調子、嘘ついて聞きに来なくて、いいですか」
澪さんが、ぷっと吹き出して、俺の胸を、ぽかっと叩いた。
真鍋澪「当たり前でしょ。……これからは、用がなくても、来ていいんだから」
そう言って、俺の胸に、頬を、すり寄せた。
13. 朝、水を換える
翌朝。
窓の外が、白んでいた。
ゆうべの雪は、もう、やんでいて。
カーテンの隙間から、冷たく澄んだ、冬の光が差し込んでいた。
腕の中で、澪さんが、すうすうと、寝息を立てている。
水仕事の匂いも、汗の匂いも、全部、愛おしかった。
しばらくして、澪さんが、ん、と身じろぎして、目を開けた。
真鍋澪「……おはよ」
吉沢諒「おはよう」
真鍋澪「……あ。私、水槽の、餌やりと、水換え、しなきゃ」
寝ぼけ眼で、慌てて起き上がろうとする澪さんを、俺は、笑って引き止めた。
吉沢諒「まだ早いよ。……手伝う。水換え、教えて」
二人で、店のほうへ出ると。
青白い夜の光ではなく、朝の光を浴びた水槽が、すっかり、違う表情をしていた。
緑の水草が、きらきらと、光を返している。
小魚たちが、元気に、その間を泳ぎ回る。
真鍋澪「……ねえ、諒さん」
吉沢諒「ん?」
澪さんが、水槽の列を見回して、ふっと笑った。
真鍋澪「この店、始めたとき。一人で、こんなとこ、やっていけるのかなって、ずっと、不安だったの」
真鍋澪「でも……今、ちょっとだけ、心強い」
朝の光の中で、彼女が、まっすぐ、俺を見た。
その手には、もう、水換え用のバケツが握られていた。
俺は、その手を、ぎゅっと握った。
吉沢諒「毎日でも、来ますよ。……もう、客としてじゃなくて」
真鍋澪「……うん」
澪さんが、照れたように、それでも、嬉しそうに、笑った。
ちょうど、そのとき。
がらり、と、店のガラス戸が開いて。
富江さん「おはよう、澪ちゃん。メダカの調子がね……あらまあ」
タッパーを抱えた富江さんが、朝いちばんで、入ってきた。
俺と澪さんを、交互に見て。
それから、しわくちゃの顔を、にんまりと、ほころばせた。
富江さん「やーれ、やれ。やっと、くっついたかい。金魚一匹が、たいした仕事をしたねえ」
真鍋澪「と、富江さん! 朝から、なんなんですか!」
富江さん「ふぉっふぉっ。いいことだよ。……朝から、店があったかいねえ」
けらけら笑う富江さんに、澪さんは、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
縁日の金魚が、たった一匹、死にかけてくれたおかげで。
俺は、この、水の音のする小さな店に通うようになって。
魚のことになると早口になる、まっすぐで、不器用に優しい人と、恋人になった。
吉沢諒「今日、仕事終わったら、また来ます」
真鍋澪「うん。……待ってる」
冬の朝の光の中。
無数の水槽が、青と緑に、きらめいていた。
俺は、もう怒鳴り声に怯えない心で、職場へと、歩き出した。
帰る場所が、できたから。
― 終 ―