1. 猫背の僕
僕、桐生悠真、二十九歳。
都内のゲーム会社で、背景やUIを描く、2Dデザイナーをしている。
一日の大半を、ペンタブの上に背中を丸めて過ごす仕事だ。
朝、椅子に座って。気がつくと、夜になっている。
そういう日が、ここ何ヶ月か、ずっと続いていた。
新しいタイトルの締切が近くて、毎日が、絵と数字に追われていた。
体のことなんて、考えている余裕は、なかった。
肩は、いつも鉄板みたいに固い。
首を回すと、じゃり、と砂を噛むような音がする。
それでも、痛み止めを飲んで、ごまかして、また画面に向かう。
そんな生活が、限界を迎えたのは、ある朝のことだった。
徹夜明けの机の下に、ペンを落とした。
それを拾おうと、何気なく、腰を、かがめた瞬間。
桐生悠真(——え)
ぴき、と。
腰の奥で、何かが、音もなく、切れた気がした。
次の瞬間、息が止まるような痛みが走って、僕は、その場から、一歩も動けなくなった。
桐生悠真「……っ、う……」
ぎっくり腰、というやつだった。
生まれて初めての経験で、僕は、机にしがみついたまま、しばらく、ただ、固まっていた。
2. 商店街のはずれの整体院
なんとか壁を伝って家に帰り、その日は会社を休んだ。
ネットで調べると、無理に寝ているより、専門家に診てもらえ、と書いてある。
近所の整形外科は、もう、受付が終わっていた。
困って、地図アプリで「整体」と検索したら、すぐ近くに、一軒、出てきた。
商店街の、はずれ。
クリーニング屋と、もう閉めたシャッターの間の、細い階段の上。
桐生悠真(……こんなところに、あったのか)
引っ越して二年、毎日この商店街を通っていたのに、まったく気づかなかった。
「倉橋整体院」。
すりガラスのドアに、白い文字で、それだけ。
僕は、痛む腰を片手で押さえながら、一段ずつ、その急な階段を上った。
ドアを開けると、薄荷のような、湿布の匂いがした。
こぢんまりとした、清潔な部屋。
施術台が二つと、観葉植物が一鉢。窓の外で、梅雨の雨が、しとしと降っていた。
倉橋真央「いらっしゃい。……あら」
奥から出てきたのは、若い女の人だった。
歳は、たぶん、僕より、少し上。
白いポロシャツに、ゆったりした紺のパンツ。
ひとつに結んだ髪。化粧っ気のない、でも、不思議と目を引く、涼しげな顔立ち。
その人が、ドアにしがみついている僕を見て、すっと、目を細めた。
倉橋真央「腰、やっちゃったね。……それも、今朝あたり」
桐生悠真「えっ……なんで」
倉橋真央「立ち方でわかるの。かばってる側と、息の止め方で。ほら、こっち。ゆっくりでいいから」
彼女は、僕の腕を取って、ゆっくりと、施術台まで誘導してくれた。
うつ伏せに寝かされて、彼女の手が、僕の腰に、そっと触れる。
倉橋真央「……うわあ。ひどいなあ、これ」
桐生悠真「す、すみません」
倉橋真央「謝らなくていいよ。体が、ずっと我慢してただけ。……ちょっと、痛いとこ探すよ」
その指が、背中から腰へと、ゆっくり辿っていく。
押される。探られる。ときどき、息が詰まるほど痛い場所に当たって、僕は、思わず呻いた。
倉橋真央「ここ、ね。あと、ここと、ここ。……全部、つながってる」
桐生悠真「……っ、はい」
倉橋真央「力、抜いて。大丈夫。今日は、痛いことはしない。流すだけ」
彼女の声は、低くて、落ち着いていた。
その手のひらが、固まった筋肉を、一枚ずつ、はがすように、ほぐしていく。
不思議だった。
あんなに動けなかったのに、施術が終わる頃には、なんとか、自分の足で立てるようになっていた。
桐生悠真「……すごい。さっきと、全然違う」
倉橋真央「無理しないでね。一回じゃ、戻らないから。また、おいで」
倉橋真央さん、と、受付の名札に書いてあった。
その人は、湿布の匂いの中で、ふっと、優しく笑った。
3. 戸田のおばあちゃん
それから、僕は、週に一度、その整体院に通うようになった。
腰の痛みは、二、三回でだいぶ引いた。
でも、真央さんに、こう言われたのだ。
倉橋真央「腰は、結果だからね。本当の原因は、肩と、首と、その猫背。直すなら、ちゃんと、通いな」
だから、僕は、通った。
仕事帰り、商店街のはずれの、あの急な階段を、毎週上った。
施術台の上で、固まった一週間分の凝りを、真央さんの手に、ほぐしてもらう。
それが、いつのまにか、一週間で、いちばん、ほっとする時間になっていた。
四回目か、五回目に行ったとき。
待合の小さなソファに、おばあさんが一人、座って、お茶を飲んでいた。
戸田ハナ「あら、新顔さんだ。あんた、若いのに、来てるねえ」
近所の常連さんらしい。戸田さん、というそうだ。
もう十年以上、この院に通っている、いちばんの古株なのだと、真央さんが、笑いながら教えてくれた。
戸田ハナ「真央先生はね、腕がいいんだよ。先代の——あの子のお師匠さんゆずりだ」
倉橋真央「戸田さん、お客さんに、余計なこと言わないの」
戸田ハナ「余計なことかい。ほめてんだよ」
戸田さんは、しわくちゃの顔で、けらけら笑った。
そして、僕のほうを、じいっと見て、にやりとした。
戸田ハナ「あんた、ほんとに腰だけが目当てかい? 毎週、まめに来るねえ」
桐生悠真「えっ」
倉橋真央「ちょっと、戸田さん!」
真央さんが、めずらしく、ぱっと顔を赤くして、戸田さんの肩を、ぽんと叩いた。
僕も、なんだか、耳が熱くなった。
図星、だったからだ。
正直、その頃にはもう、腰を治しに通っているのか、真央さんに会いに行っているのか、自分でも、よくわからなくなっていた。
4. 体の癖を読む夜
ある日、仕事が長引いて、閉院ぎりぎりの時間に駆け込んだ。
倉橋真央「あー、桐生さん。今日は、もう来ないかと思った」
桐生悠真「すみません。締切が、近くて」
倉橋真央「……顔色、悪いよ。座って」
その日は、ほかに客もいなかった。
真央さんは、いつもより、ゆっくりと、丁寧に、僕の背中をほぐしてくれた。
窓の外は、まだ、雨。
雨の音と、彼女の手の感触だけが、静かな部屋に満ちていた。
倉橋真央「桐生さんの体ってね、面白いの。読むと、その人の暮らしが、全部わかる」
桐生悠真「暮らし、ですか」
倉橋真央「うん。右肩だけ、極端に上がってる。ペン持つ手だ。首は、いつも前に出てる。画面、覗き込んでるでしょ」
倉橋真央「……あと、ここ。背中の真ん中。ずっと、力んでる。これは、たぶん、心の癖」
ぎくり、とした。
ばれている気がした。
ずっと、肩に力を入れて、息を詰めて、締切に追われている。そんな日々を、彼女の手は、言葉より正確に、読み取っていた。
桐生悠真「……真央さんは、ずっと、ここで?」
施術台の上で、ふと、聞いてみた。
真央さんの手が、一瞬だけ、止まった。
倉橋真央「……うん。三年前まで、ここ、師匠の院でね。私は、弟子だったの」
倉橋真央「でも、師匠が、急に体を壊して。それで……継ぐ人、いなくて」
雨の音の中で、彼女は、ぽつりぽつりと話した。
腰を痛めた学生時代、師匠に救われて、この道に入ったこと。
下積みが、長かったこと。
師匠が遺したこの小さな院を、たたむ気には、どうしてもなれなかったこと。
倉橋真央「変だよね。儲かんないのに。古い常連さんと、ぎっくり腰の若い子しか、来ないのに」
桐生悠真「変じゃ、ないです」
僕は、うつ伏せのまま、思わず、強く言った。
桐生悠真「僕、ここに来ると、毎回、救われるんです。体だけじゃなくて。……だから、この院が、好きです」
言ってから、好きです、の主語が、院なのか、彼女なのか、自分でも、曖昧になった。
真央さんは、少し、黙って。
それから、僕の背中を、ぽん、と、優しく叩いた。
倉橋真央「……ありがと。そんなこと言ってくれる人、久しぶり」
その声が、いつもより、ずっと柔らかくて。
僕は、台に顔を伏せたまま、もう、ごまかしようがないくらい、この人が好きだと、はっきり思った。
5. 先生の肩
その次の週。
院に着くと、めずらしく、真央さんが、首をしきりに、回していた。
桐生悠真「……どうかしました?」
倉橋真央「ん? ああ、なんでもない。ちょっと、肩がね」
桐生悠真「肩?」
倉橋真央「整体師の職業病。人の体ばっかり、ほぐしてると、自分のは、後回しになるの」
笑ってごまかそうとして、でも、その横顔は、明らかに、つらそうだった。
人を毎日、楽にしている人が、自分の凝りには、ずっと、我慢している。
そのことに気づいたら、いてもたっても、いられなくなった。
桐生悠真「……あの。今日は、僕、いいです。それより」
僕は、思い切って、言った。
桐生悠真「真央さんの肩。……僕に、揉ませてもらえませんか」
倉橋真央「え」
桐生悠真「下手くそですけど。いつも、してもらってるから。少しでも」
真央さんは、目を丸くして、僕を見た。
それから、困ったように、でも、ふっと、笑った。
倉橋真央「……お客さんに、揉ませる整体師なんて、聞いたことないけど」
倉橋真央「……でも。うん。今日は、ちょっとだけ、お言葉に甘えよっかな」
彼女は、丸椅子に、後ろ向きに座った。
僕は、その後ろに立って、結んだ髪から覗く、白いうなじの下、その肩に、そっと手を置いた。
桐生悠真(……固い)
本当に、岩みたいに、凝っていた。
毎日、人を支えてきた、その肩を、僕は、おそるおそる、押した。
倉橋真央「……っ、あー……そこ……」
桐生悠真「痛いですか」
倉橋真央「……ううん。痛気持ちいい。……上手じゃん、桐生さん」
桐生悠真「真央さんに、習ったので」
肩に触れた指先から、彼女の体温が、伝わってくる。
ほぐすたびに、真央さんの口から、いつもの「先生」とは違う、頼りない吐息が、ほろりと、こぼれた。
倉橋真央「……はぁ。なんか、立場、逆だね、これ」
桐生悠真「たまには、いいでしょう」
雨上がりの、夕方の光が、窓から、斜めに差し込んでいた。
その光の中で、僕の手のひらの下で、いつも凛としている人が、少しずつ、力を抜いていく。
その背中が、なんだか、たまらなく、愛おしかった。
6. 梅雨の晴れ間の誘い
その週末。
土曜の昼前に、スマホが鳴った。
知らない番号だと思ったら、予約のときに交換していた、真央さんからだった。
倉橋真央「桐生さん? 急に、ごめんね。あの……今日、院、休みなんだけど」
桐生悠真「はい」
倉橋真央「久しぶりに、晴れたから。……ちょっと、散歩でも、しない? 川の方、気持ちいいんだよ」
電話の向こうの声が、少し、緊張しているように、聞こえた。
僕は、心臓が跳ねるのを抑えて、できるだけ平静を装って、答えた。
桐生悠真「行きます。ぜひ」
待ち合わせの商店街の入口に、真央さんは、もう来ていた。
いつもの、白いポロシャツじゃなかった。
淡い水色のワンピースに、下ろした髪。
施術台の前で見る「先生」とは、まるで別人みたいで、僕は、思わず、見とれてしまった。
倉橋真央「……なに、じろじろ見て」
桐生悠真「あ、いや。なんか、いつもと、雰囲気が違うなって」
倉橋真央「そりゃ、休みだもん」
ぶっきらぼうに言って、でも、真央さんの頬は、少し、赤かった。
梅雨の晴れ間の空は、久しぶりに高くて、川沿いの道は、青い草の匂いがした。
二人で、並んで、ゆっくり歩いた。
土手のベンチで、休憩した。
コンビニで買った、冷たいラムネを、二人で飲む。
倉橋真央「桐生さんって、最初に来たとき、すっごい、情けない顔してた」
桐生悠真「そりゃ、しますよ。一歩も動けなかったんですから」
倉橋真央「ふふ。でもね。……正直、毎週来てくれるの、ちょっと、嬉しかったんだ」
真央さんが、川のほうを見たまま、ぽつりと言った。
倉橋真央「師匠が辞めてから、この院、ずっと、一人で。お客さんも、年配の人ばっかりで」
倉橋真央「だから、桐生さんみたいな人が、毎週、わざわざ来てくれるの。……顔見ると、なんか、私のほうが、ほっとしてた」
僕は、ラムネの瓶を、ぎゅっと握った。
桐生悠真「真央さん」
倉橋真央「ん?」
桐生悠真「正直に言うと。……腰、もう、とっくに、治ってたんです」
真央さんが、こちらを向いた。
桐生悠真「先月くらいから。……それでも、通ってたのは。真央さんに、会いたかったからです」
言ってしまった。
顔が、かっと、熱くなる。
真央さんは、目を丸くして、それから、ぷっと、吹き出した。
倉橋真央「……知ってたよ、そんなの」
桐生悠真「えっ」
倉橋真央「体、毎週読んでるんだよ? 凝りが取れてるのなんて、最初の一押しで、わかるもん」
倉橋真央「プロ、なめないで」
そう言って、いたずらっぽく、笑う。
その笑顔を見ていたら、もう、止まらなかった。
桐生悠真「真央さん。僕、あなたのことが、好きです」
川風が、一度、二人の間を、吹き抜けた。
真央さんの、下ろした髪が、ふわりと、揺れる。
倉橋真央「……うん」
真央さんは、晴れ間の光に頬を染めて、まっすぐ、僕を見た。
倉橋真央「私も。……桐生さんが、あの階段を上ってくるの、毎週、待ってた」
土手の上で、僕たちは、どちらからともなく、手を、重ねた。
毎日、人をほぐしてきた、彼女の手のひらは、思っていたより、ずっと、温かかった。
7. 彼女の部屋へ
帰り道は、いつのまにか、日が暮れていた。
街灯の灯る道を、二人、肩を寄せて、ゆっくり歩いた。
商店街のはずれ、整体院の、あの急な階段の前まで来ると、真央さんが、立ち止まった。
倉橋真央「……うち、院の、隣なんだ」
階段の脇の、小さなドアの鍵を、開ける。
倉橋真央「……お茶でも、飲んでく?」
声が、少し、震えていた。
僕は、頷いた。
狭い玄関を上がると、こぢんまりとした、彼女の部屋があった。
整体の本や、骨格の模型が、棚に並んでいる。
でも、ちゃんと片付いていて、彼女らしい、清潔な部屋だった。
倉橋真央「散らかってて、ごめんね」
桐生悠真「いや。……真央さんらしくて、いいです」
お茶を淹れてくれる、彼女の背中を、僕は、後ろから、そっと見ていた。
下ろした髪から覗く、白いうなじ。
昼間、川沿いを歩いたせいか、ほんのり、汗ばんでいる。
お茶の入った湯呑みを、二つ、お盆に乗せて、真央さんが、振り返った。
そして、すぐ近くに立っていた僕と、目が、合って。
倉橋真央「……桐生、さん」
桐生悠真「悠真で、いいです」
倉橋真央「……悠真、さん」
僕は、お盆を、そっと、近くの机に、置かせた。
そして、真央さんの頬に、手を添えた。
彼女の目が、ゆっくりと、閉じられる。
唇を、重ねた。
ちゅっ。
倉橋真央「……ん」
柔らかくて、少しだけ、ラムネの味がした。
一度離れて、見つめ合う。
真央さんの頬が、夕暮れのときよりも、もっと、赤い。
桐生悠真「……もう一回、いい?」
倉橋真央「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の腰に、腕を回す。
真央さんの手が、おずおずと、僕のシャツの背中を、きゅっと、握った。
8. ほどけていく
部屋の電気を、間接照明だけにした。
やわらかい、オレンジ色の光。
それは、いつも院で見ていた、夕方の窓の色に、少しだけ、似ていた。
僕は、真央さんを、そっと、ベッドに横たえた。
倉橋真央「……あんまり、見ないで。私、こういうの、ずいぶん、久しぶりで」
桐生悠真「僕も、緊張してます」
倉橋真央「……ふふ。整体師なのに、緊張させちゃ、だめだね」
水色のワンピースの、肩のボタンに、手をかける。
ゆっくり外していくと、白い肩と、淡い色のブラジャーが、現れた。
普段、ポロシャツに隠れている体は、思っていたより、ずっと、女らしかった。
桐生悠真「……綺麗だ」
倉橋真央「やだ……言わないでよ」
真央さんが、両腕で、胸元を、隠す。
その手を、僕は、そっと、どけた。
背中に手を回して、ホックを外す。
かちり、と。
肩から紐が滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
倉橋真央「……っ」
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
むにゅ、と、指が、沈んでいく。
倉橋真央「ん……っ」
桐生悠真「……柔らかい」
倉橋真央「もう……いちいち、言わないの……っ」
口では強がるのに、真央さんの息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと、跳ねた。
倉橋真央「ひゃっ……そこ……」
桐生悠真「ここ、弱い?」
倉橋真央「……っ、知らない……」
僕は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
倉橋真央「あっ……ん……っ」
施術台の前の、あの凛とした「先生」とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、真央さんの口から、ぽろぽろ、こぼれる。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
倉橋真央「悠真さん……っ、それ……だめ……っ」
真央さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、ワンピースの裾から、手を、忍ばせた。
桐生悠真「……脱がせて、いい?」
倉橋真央「……うん」
ワンピースを脱がせると、水色の、下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
9. 重なる夜
布越しに、そっと指でなぞると。
倉橋真央「んっ……」
真央さんの腰が、ぴくんと、跳ねた。
桐生悠真「……もう、濡れてる」
倉橋真央「……言わないでって……っ。だって、悠真さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける真央さん。
僕は、最後の一枚を、ゆっくり、脱がせた。
露わになったそこは、間接照明のオレンジの光に、しっとりと濡れて、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな水音が、した。
倉橋真央「あっ……♡」
桐生悠真「気持ちいい?」
倉橋真央「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
倉橋真央「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくり、擦る。
倉橋真央「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
真央さんが、シーツを、ぎゅっと、握った。
いつも、人の体を知り尽くしている彼女が、僕の指一本に、こんなに、乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
倉橋真央「悠真さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
桐生悠真「いいよ。イって」
倉橋真央「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、真央さんの体が、ぐっと、反った。
倉橋真央「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと、締まる。
息を切らせる真央さんの額に、汗で張りついた前髪を、僕は、そっと、よけてやった。
倉橋真央「……はぁ……っ。悠真さんも……」
真央さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
倉橋真央「私だけ、ずるい……。悠真さんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、真央さんの脚の間に、体を進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
桐生悠真「……いくよ」
倉橋真央「……うん。来て」
ゆっくり、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
倉橋真央「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、真央さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと、受け入れていく。
ずず……っ
倉橋真央「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
桐生悠真「……真央さんの中、すごく、熱い」
根元まで収まって、僕は、一度、深く、息を吐いた。
繋がった場所から、毎週、あの階段を上った日々の距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくり、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
倉橋真央「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
桐生悠真「真央さん、気持ちいい?」
倉橋真央「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
桐生悠真「僕も。……ずっと、こうしてたい」
真央さんが、僕の首に腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
倉橋真央「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
桐生悠真「ここ、好き?」
倉橋真央「っ♡♡ 好き……っ♡ 悠真さんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか、たぶん、どっちも、だった。
ベッドが、小さく、軋む。
オレンジの光の中、二人の息と、肌のぶつかる音が、満ちていく。
倉橋真央「悠真さん……っ♡ もう……っ♡」
桐生悠真「僕も……っ。一緒に」
倉橋真央「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、真央さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
倉橋真央「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 悠真さん、一緒に……っ♡♡」
桐生悠真「……っ、真央さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
倉橋真央「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、真央さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
倉橋真央「……はぁ……っ。すごかった……」
桐生悠真「……真央さん」
倉橋真央「ん……?」
桐生悠真「今日は、僕、すっかり、ほぐされた気分です」
真央さんが、ぷっと吹き出して、僕の胸を、ぽかっと、叩いた。
倉橋真央「逆でしょ。……ほぐしたの、私のほうなんだから」
そう言って、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
10. 朝、シャッターを上げる
翌朝。
窓の外が、白みはじめた頃、僕は、目を覚ました。
腕の中で、真央さんが、すうすうと、寝息を立てている。
その肩に、そっと触れてみると、昨日よりも、ずっと、力が抜けて、柔らかくなっていた。
しばらくして、真央さんが、ん、と身じろぎして、目を、開けた。
倉橋真央「……おはよ」
桐生悠真「おはよう」
倉橋真央「……あ。私、院、開けなきゃ」
寝ぼけ眼で、慌てて起き上がろうとする真央さんを、僕は、笑って、引き止めた。
桐生悠真「まだ早いよ。……手伝います。看板、出すの」
二人で、隣の院のドアを開けて、すりガラスの「倉橋整体院」に、明かりを、灯した。
梅雨明けにはまだ早い、朝の空気が、ひんやりと、気持ちいい。
倉橋真央「……ねえ、悠真さん」
桐生悠真「ん?」
真央さんが、施術台のある部屋を見回して、ふっと、笑った。
倉橋真央「師匠から、この院、継いだとき。一人で、こんなとこ、やっていけるのかなって、ずっと、不安だったの」
倉橋真央「でも……今、ちょっとだけ、心強い」
朝の光の中で、彼女が、まっすぐ、僕を見た。
その手のひらは、僕の凝りを、何度も、ほぐしてくれた手だ。
僕は、その手を、ぎゅっと、握った。
桐生悠真「毎週でも、毎日でも、来ますよ。……もう、患者としてじゃなくて」
倉橋真央「……うん」
真央さんが、照れたように、それでも、嬉しそうに、笑った。
ちょうど、そのとき。
階段の下から、ことこと、と、杖の音がして。
戸田ハナ「おーや、真央先生。朝から、ずいぶん、機嫌がいいねえ」
すりガラスの向こうから、お茶の入った水筒を片手に、戸田さんが、にやにやしながら、上ってきた。
倉橋真央「と、戸田さん! 朝から、なんなの!」
戸田ハナ「やーい、やっと、くっついたか。先代の先生も、空の上で、喜んでるよ」
けらけら笑う戸田さんに、真央さんは、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
締切に追われて、猫背のまま固まって、ぎっくり腰になったおかげで。
僕は、この、商店街のはずれの、小さな整体院に通うようになって。
湿布の匂いのする、まっすぐで、不器用に優しい人と、恋人になった。
桐生悠真「今日、仕事終わったら、また来ます」
倉橋真央「うん。……待ってる」
朝の光の中、倉橋整体院の窓に灯した明かりは、もう、すっかり、馴染んでいた。
僕は、彼女がほぐしてくれた、もう、痛まない腰を伸ばして、梅雨の晴れ間の空の下を、職場へと、歩き出した。
― 終 ―