二両編成のディーゼルカーを終点で降りて、さらに一日に数本のバスに揺られると、車窓は谷あいの濃い緑に変わった。
俺、藤代悠真(ふじしろ ゆうま)、二十九歳。東京の損害保険会社で、内勤の事務をしている。今日は十年ぶりに、母の生まれ育った信州の山あいの集落へ帰ってきた。観光でも、帰省でもない。先月亡くなった祖父の、後始末のためだ。
(……ずいぶん、遠かったな。ここ)
祖父は、母方の祖父だった。山の斜面に張りつくような小さな集落で、ひとり暮らしをしていた。畑を少しと、それから――裏の杉林の縁に並べた、日本みつばちの巣箱。趣味というには本気で、年に一度の採れたての蜂蜜を、毎年秋に俺の家へ送ってくれた。子どもの頃、夏休みのたびにこの家へ預けられて、俺は祖父の後ろをついて、その巣箱を覗き込んだものだった。
その祖父が、春先に倒れて、そのまま逝った。
母は腰を悪くしていて、長くは動けない。「悠真、あんたが行って、家と、おじいちゃんの蜂の始末をしてきて」と頼まれて、俺は三日間の休みを取って、ひとりで山へ入った。
蜂の始末。つまり、巣箱を畳むということだ。誰も世話のできない蜂を、これ以上残しておくわけにはいかない。
(……ごめんな、じいちゃん。俺じゃ、蜂は飼えないよ)
バス停から、舗装の途切れた坂道を十五分。汗だくになって登りきると、見覚えのある古い家が、夕方の光の中に立っていた。十年経っても、軒の低い、あの家のままだった。
鍵は、母から預かっていた。重い引き戸を開けると、線香と、埃と、それから――かすかに、甘い匂いがした。
蜂蜜の匂いだ。台所の棚に、祖父が瓶詰めにした蜂蜜が、まだいくつも並んでいた。
(……これも、どうしたもんかな)
雨戸を開けて回って、ひと息ついてから、俺は裏手へ回った。畳むと決めた以上、まず巣箱の様子を見ておかなければ。そう思って、杉林の縁の畑へ出た――その瞬間、足が止まった。
並んだ巣箱の前に、人がいた。
つば広の帽子に、白い防護ネットをかぶった女の人。長袖の作業着の袖をまくって、腰をかがめ、巣箱の出入り口を、じっと覗き込んでいる。傍らには、煙の出る金属の道具――燻煙器。蜂が、その人のまわりを、ぶうん、と低い羽音を立てて飛んでいた。
「……あの、すみません」
声をかけると、その人が、はっと顔を上げた。ネット越しに、こちらを見る。それから、ゆっくりとネットを外した。
汗で頬に張りついた、後ろで束ねた髪。日に焼けた、健康そうな顔。大きな目が、俺を見て――丸くなった。
「……うそ。悠真くん? 藤代の、悠真くん?」
聞き覚えのある声に、心臓が、ことん、と鳴った。その顔を、俺は知っている。十年会っていなくても、間違えるはずがなかった。
「……小夜ちゃん?」
倉田小夜(くらた さよ)、二十八歳。集落でいちばん近い、谷を挟んだ向かいの家の子。俺がこの家に預けられるたびに、いつも一緒に遊んだ、ひとつ年下の幼馴染だった。
「やだ、ほんとに悠真くんだ。久しぶり……ていうか、何年ぶり?」
「……たぶん、十年とか。じいちゃんの、葬式も来られなくて」
「うん……知ってる。お母さん、腰やってるんだってね」
小夜は、防護ネットを手にしたまま、少し困ったように笑った。その笑い方だけが、昔のままだった。
俺は、半分混乱しながら、目の前の巣箱を指さした。
「あの……小夜ちゃんが、世話してたの? じいちゃんの、蜂」
「うん。……勝手に、ごめんね。でも、放っておいたら、死んじゃうから」
小夜は、巣箱にそっと手を添えた。木の箱を、四段、五段と積み重ねた、四角い巣箱。重箱式というやつだ。出入り口では、脚に黄色い花粉の団子をつけた蜂が、せわしなく出入りしている。
「私ね、高校出てから、おじいさんに養蜂、教わってたの。うちも蜂飼ってみたいって言ったら、毎週うちに来て、手取り足取り」
「……知らなかった」
「悠真くん、もう全然帰ってこなくなってたもんね」
ちくり、とした。その通りだったから。高校を出て東京の大学に入ってから、俺はこの家のことも、祖父のことも、どこか遠いものにしていた。年に一度届く蜂蜜の瓶に、礼の電話一本、ろくにかけていなかった。
「おじいさんが入院してからは、私がここの巣箱も、ぜんぶ見てたの。春の分蜂も、なんとか乗り切って。……今、いちばん蜜が溜まる時期なんだよ」
小夜は、誇らしげでも、押しつけがましくもなく、ただ淡々と言った。その横顔を見ていたら、俺は、自分が何をしに来たのか、急に言い出せなくなった。
巣箱を、畳みに来た。蜂を、終わらせに来た。――その言葉が、喉の奥につかえて、出てこなかった。
その夜、俺は祖父の家で、小夜が持ってきてくれた蜂蜜を、湯に溶いて飲んだ。
「これ、去年の秋の。おじいさんと一緒に採った、最後の蜜」
差し出された瓶の中身は、琥珀色というより、深い赤茶色をしていた。スプーンで一口舐めると、市販のものとはまるで違う、濃くて、何種類もの花が混ざったような、複雑な甘さが舌に広がった。
「……うま。なんだこれ。全然、違う」
「日本みつばちの蜜だからね。いろんな花から、ちょっとずつ集めるの。百花蜜っていう。一年に一回しか採れない」
縁側に並んで座って、俺たちは、しばらく蜂蜜の話をした。いや、ほとんど小夜が話して、俺が聞いていた。蜂がどれだけ繊細か。農薬や、スズメバチや、寒さで、どれだけ簡単に群れが消えてしまうか。それでも祖父が、何十年も、この山で蜂を飼い続けてきたこと。
「おじいさん、いつも言ってたよ。『蜂はな、飼うんやない。預かるんや』って」
「……預かる」
「うん。山の恵みを、ちょっとだけ、分けてもらってる。だから、感謝して、丁寧に返す。……私、その言葉、好きで」
谷の向こうで、夜の鳥が鳴いた。十年、東京の喧騒の中にいた耳に、山の夜の静けさが、しんと沁みた。
(……俺は、何も知らなかったんだな。じいちゃんのことも、この子のことも)
横顔の小夜が、湯のみを両手で包んで、ふっと笑った。その仕草を、俺はつい、目で追っていた。
翌朝、俺は、母に電話をかけた。
「巣箱、すぐには畳めそうにない。もう少し、こっちにいる」――そう言うと、母は少し驚いたあと、「あんたがそう言うなら」と、あっさり許してくれた。
本当は、自分でも、なぜそう言ったのか、よくわからなかった。ただ――小夜が、毎朝、谷を越えてこの巣箱に通ってくるのを、知ってしまったから。畳むなら畳むで、せめて、その「今いちばん蜜が溜まる時期」というやつを、この目で見届けてからにしたかった。
俺は、滞在を延ばして、小夜の作業を手伝うことにした。
「悠真くん、ほんとに手伝ってくれるの? 蜂、怖くない?」
「……正直、ちょっと怖い。でも、子どもの頃、じいちゃんと覗いてたし」
「日本みつばちは、おとなしいから大丈夫。むやみに触らなきゃ、刺さない。……はい、これ」
渡されたのは、予備の防護ネット。祖父のものだった。かぶると、汗と、かすかに蜂蜜の匂いがした。
その日から、俺は毎朝、谷から登ってくる小夜と、裏の畑で落ち合うようになった。巣箱の重さを確かめ、底に溜まったゴミを掃除し、巣門に張り込もうとするスズメバチを、二人で見張る。地味で、根気のいる作業だ。でも、不思議と、嫌じゃなかった。むしろ、東京で数字とパソコンに向かっていた頃より、ずっと、息がしやすかった。
「悠真くん、手つき、おじいさんに似てきた」
「……そうかな」
「うん。血だね、やっぱり」
ネット越しに笑う小夜の顔が、朝の光の中で、やけにまぶしかった。
ある昼、隣の畑の遠藤さんという老人が、軽トラでやってきた。祖父の、長年の蜂仲間だったという。
「おお、藤代さんとこの孫か。よう来たなあ。じいさん、喜んどるわ」
「……すみません、ご無沙汰して」
「ええんよ。それより、お前さん、蜂の始末に来たんやろ」
ぎくり、とした。図星だった。遠藤さんは、にやりと笑って、俺の隣で巣箱を覗いている小夜を、顎でしゃくった。
「小夜ちゃんな、ほんまはな、農協のしっかりした仕事の口があったんよ。町の方の。けど、断ってこっちに残ったんや」
「……え」
「親御さんの畑もあるし、それに――藤代のじいさんの蜂、放っとけんかったんやろな。あの子、入院中のじいさんに、毎日報告に行っとったで。今日は蜂、何匹帰ってきた、って」
知らなかった。少し離れた巣箱の前で、小夜が、子どもみたいに真剣な顔で、蜂の出入りを数えている。その背中を、俺は黙って見つめた。東京で、自分の仕事ひとつに手いっぱいだった俺と、この山で、祖父の蜂を、祖父ごと引き受けた小夜と。同い年に近いのに、立っている場所が、ずいぶん違う気がした。
「……兄ちゃん。そんな顔して見とったら、バレるで」
「え」
「はは。まあ、ええわ。採蜜、もうじきやろ。今年は当たり年やと、小夜ちゃん言うとった」
遠藤さんは、いたずらっぽく笑って、軽トラで帰っていった。残された俺は、なんだか妙に、顔が熱かった。
採蜜の日は、夏至の前日に決まった。
「夏至の頃がね、いちばん、蜜が詰まってるの。これより遅いと、梅雨で湿気るし。明日、晴れるみたいだから――明日、採ろう」
その夜、俺たちは、採蜜の準備のために、遅くまで祖父の作業小屋にいた。蜜を濾すザル、垂らすための瓶、巣を切る包丁。一つずつ、小夜が、祖父のやり方を教えてくれる。古い裸電球の下で、二人の影が、土壁に長く伸びていた。
「……なあ、小夜ちゃん」
「ん?」
「俺、本当は、この巣箱、畳みに来たんだ」
ようやく、言えた。小夜の手が、ぴたりと止まった。
「世話できる人がいないから、蜂を終わらせて、家も売って。母さんに、そう頼まれて。……でも、ここに来たら、小夜ちゃんがいて。蜂が、ちゃんと生きてて。俺、言い出せなくなって」
「……うん。なんとなく、わかってた」
小夜は、俯いたまま、静かに言った。
「悠真くんが来た日、最初に巣箱見に行ったでしょ。あの顔、見てたから。……お別れに来た人の顔だなって」
ことん、と胸が痛んだ。小夜が、顔を上げた。その目が、裸電球の光を映して、揺れていた。
「ねえ、悠真くん。お願いがあるの」
「……うん」
「畳むかどうか、明日の採蜜が終わってから、決めて。最後の蜜を、ちゃんと見て、舐めて、それから決めて。……それでも畳むなら、私、もう、何も言わないから」
その声が、最後だけ、少し震えていた。俺は、頷くことしか、できなかった。
夏至の朝は、宣言どおり、よく晴れた。
防護ネットをかぶり、燻煙器で軽く煙を当ててから、巣箱のいちばん上の一段を、そっと切り離す。中には、白っぽい巣板が、びっしりと詰まっていた。六角形の房の一つ一つに、琥珀色の蜜が満ちて、光を透かしている。
「……すげえ」
「これ、ぜんぶ、蜂が一年かけて集めたの」
切り出した巣を、小屋に運び、包丁で細かく刻む。それを、ザルに広げると――やがて、とろり、とろりと、濃い赤茶色の蜜が、糸を引いて垂れはじめた。
垂れ蜜。ぽたり、ぽたりと、瓶の底に落ちていく。小屋いっぱいに、むせ返るような、甘く濃い香りが満ちた。
「はい。今年いちばん最初の一滴。……舐めてみて」
小夜が、スプーンですくった一滴を、差し出した。口に含むと、去年のものより、もっと濃くて、花の重なりが、舌の上でほどけていく。喉の奥が、じん、と熱くなった。それは、祖父が何十年も舐め続けた味で、小夜が一年がかりで守り抜いた味で――そして、俺が、畳もうとしていた味だった。
「……うまい。ほんとに、うまい」
「……でしょ」
気づくと、目の前の小夜が、泣きそうな顔で笑っていた。俺は、もう、決めていた。
「小夜ちゃん。……畳むの、やめる」
「……っ」
「この蜂、終わらせちゃ、だめだ。じいちゃんが、何十年もかけて。小夜ちゃんが、一年、守って。――俺が、勝手に終わらせていいもんじゃない」
小夜の目から、ぽろりと、涙がこぼれた。
「……ほんとに?」
「ああ。それに……俺、東京の仕事、リモートでもできるんだ。半分はもう、家でやってる。月に何回か通えば、こっちに、いられなくもない」
「……それって」
「俺も、蜂、預かりたい。……小夜ちゃんと、一緒に」
言ってしまってから、自分の言葉に、自分で気づいた。蜂を、口実にしている。本当は――
「悠真くん、それ……蜂のため? それとも」
小夜が、まっすぐ、俺を見た。蜜の香りに満ちた小屋の中で、俺は、もう誤魔化せなかった。
「……小夜ちゃんと、いたいからだ」
夏至の日は、暮れるのが、いちばん遅い。
採蜜の片づけを終えて、二人で祖父の家の縁側に出る頃、空はようやく、薄い藍色に変わりはじめていた。谷の上に、一番星が、ぽつんと光っている。
「……私ね」
蜜を詰めた瓶を膝に抱えて、小夜が、ぽつりと言った。
「子どもの頃、夏に悠真くんが来るの、毎年、すっごく楽しみだったの。悠真くんが帰ったあと、いつも、ちょっと泣いてた」
「……知らなかった」
「言ってないもん。……でね、悠真くんが帰ってこなくなって、おじいさんの蜂、世話するようになって。蜂を見てると、なんか、悠真くんと繋がってる気がしたの。変だけど」
藍色の空の下で、小夜の頬が、ほんのり赤かった。
「だから、今日、畳まないって言ってくれて……すごく、嬉しい。蜂のことも、それから……」
その先を、小夜は言わなかった。言わせては、いけない気がした。俺は、膝の上の瓶を、そっと脇に置いて、小夜の頬に手を伸ばした。
「小夜ちゃん」
「……うん」
「俺も、ずっと、好きだったのかもしれない。気づくの、十年、遅れたけど」
小夜の目が、大きく見開かれて――それから、くしゃっと歪んだ。
「……ずるいよ、それ」
「ごめん」
「謝らないで……。私、ずっと、待ってたみたいなものなんだから」
俺は、もう我慢できなくて、ゆっくりと顔を近づけた。小夜が、そっと目を閉じる。
ちゅ、と。
「ん……っ」
唇が触れた瞬間、十年分の距離が、溶けていく気がした。一度離れて、目を合わせて、どちらからともなく、もう一度、もっと深く。蜜の香りの残る指で、小夜の頬を包んだ。
ちゅ……ちゅぷ……
「は……ん……っ」
唇の隙間から、おずおずと触れてきた舌に、応える。逃げる気なんて、もう、これっぽっちもなかった。
「……中、入るか。夜風、冷えてきた」
「……うん」
手を引いて、祖父の家の二階へ上がった。子どもの頃、夏のたびに泊まった部屋。古い畳と、開け放した窓から、夜の山の匂いが流れ込んでくる。小夜の手が、きゅっと、俺の手を握り返してきた。
布団を敷くと、急に、心臓がうるさくなった。並んで座ると、小夜の体温が、肩から、じんわり伝わってくる。
「……電気、消すか?」
「ううん……。悠真くんの顔、見えなくなるの、やだ」
そう言われて、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。もう一度、唇を重ねながら、小夜の作業着のボタンを、一つ、また一つと外していく。日に焼けた腕や顔とは違う、隠れていた肌の白さに、思わず息を呑んだ。
「……あんまり、見ないで。恥ずかしい……っ」
「無理だよ。……きれいだ」
「もう……っ」
作業着を肩から滑らせると、白い肩と、淡い色の下着が露わになった。小夜が、恥ずかしそうに、胸を両手で隠す。その手を、そっと外させて、首筋に唇を落とした。
ちゅ……ちゅっ……
「ん……っ」
鎖骨に、肩に、唇を這わせるたびに、小夜の体が、ぴくんと震える。背中に手を回して、ブラのホックを外すと、胸が、ふるりとこぼれ出た。手のひらで、そっと包み込む。
「あ……っ」
「柔らかい……」
「言わないでってば……っ」
やわやわと、形を確かめるように揉むと、小夜が枕に顔をうずめようとする。指先が、つんと立ちはじめた先端をかすめた瞬間、体がびくっと跳ねた。
「ひゃ……っ♡ そこ……っ」
「ここ、弱いんだ」
「……知らないっ……あっ♡」
先端を口に含んで、舌で転がす。同時に、もう片方を指で優しく弄ると、小夜の口から、甘い声が漏れはじめた。
れろ……ちゅ……ちゅうっ……
「あっ♡ ん……っ♡ やぁ……っ♡」
胸を愛撫しながら、もう片方の手で、太ももの内側を、ゆっくり撫で上げていく。小夜の脚が、もじもじと、すり合わされた。
「小夜ちゃん……力、抜いて」
「……うん……っ」
下着の上から、いちばん敏感なところに、そっと指で触れる。
「あっ……♡」
布越しでも、もうそこが熱を持って、しっとり湿っているのが、わかった。指でそっと撫でるたびに、小夜の腰が、小さく揺れる。やがて下着をずらして、直接、そこに触れた。
くちゅ、と。
「ひゃ……っ♡」
「……もう、こんなに」
「言わないで……っ♡ キスの、ときから……っ♡」
恥ずかしそうに目を逸らす小夜が、たまらなく愛おしかった。敏感な突起を、指の腹でくるくると撫でると、小夜が俺の腕に、ぎゅっとしがみついてくる。
くちゅ……くちゅ……
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ だめ……っ♡」
「だめ?」
「だめじゃない……っ♡ 気持ちいいの……っ♡」
指を、ゆっくり中へ滑り込ませる。
ずぷ……っ
「あぁ……っ♡」
熱くて、とろとろに濡れた中が、きゅうっと指を締めつけた。ゆっくり出し入れしながら、奥の感じる場所を探ると、小夜の腰が、自分の意思とは関係なく、跳ねはじめる。
くちゅくちゅくちゅっ……
「あっ♡ あっ♡ 悠真くん……っ♡ それ、続けたら……っ♡」
「いいよ。イって、小夜ちゃん」
「やっ♡ 恥ずかしい……っ♡♡」
指の動きを速める。小夜の体が、みるみる高みへ追い詰められていく。
「あっ♡ あっ♡ あっ♡――っ♡♡♡」
びくびくっ、と腰が跳ねて、小夜が俺の腕の中で、体を弓なりに反らした。荒い息をつきながら、とろんとした目で、俺を見上げてくる。
「……イったね」
「……言わないでって、ば……っ♡」
汗で頬に張りついた髪を、指でそっとよけてやる。その仕草に、小夜が、また泣きそうな顔で笑った。
「……悠真くんも。脱いで」
体を起こした小夜が、俺のシャツのボタンに、おずおずと手をかけた。ぎこちない手つきで、一つずつ外していく。脱がせ終えると、少し恥ずかしそうに、俺の胸に、ぺたりと頬をくっつけた。
「……心臓、すごい音」
「小夜ちゃんのせいだ」
「……ふふ」
小夜を、布団の上に、そっと横たえる。覆いかぶさると、脚の間に、熱く張りつめたものが当たった。小夜が、こくり、と喉を鳴らす。
「小夜ちゃん。……いい?」
「うん……っ。来て、悠真くん」
「……ちゃんと、つけるから」
「うん……」
避妊具をつけて、もう一度、小夜の頬に手を添える。潤んだ目が、まっすぐ俺を見上げていた。
「……痛かったら、言って」
「うん……優しく、して……っ」
入り口に、そっとあてがう。ゆっくりと、腰を進めた。
ずぷ……っ♡
「ん……あぁ……っ♡♡」
先端が沈み込んだ瞬間、小夜が俺の背中に、ぎゅっと腕を回してしがみついた。とろとろに濡れているから、痛みより、満たされていく感覚のほうが、ずっと大きいようだった。
ずず……っ
「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
「……っ、小夜ちゃんの中、すごく熱い」
根元まで収まって、二人とも、しばらく動けなかった。繋がった場所から、十年分の距離が、じんわりと埋まっていく。小夜が、震える声で囁いた。
「……悠真くんと、繋がってる。やっと……っ♡」
「ああ。……もう、勝手にいなくなったりしない」
「っ♡♡ ずるいよ、そういうの……っ♡」
ゆっくりと、動きはじめる。
ずちゅ……ぱちゅ……
「あっ♡ あっ♡ ん……っ♡」
最初は、小夜の体を気遣う、優しい律動。引くたびに切なくて、奥に届くたびに、甘い声が漏れる。小夜の脚が、俺の腰に、きゅっと絡みついてきた。
「小夜ちゃん、気持ちいい?」
「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
「俺も。……ずっと、こうしたかった」
その言葉に、小夜が、自分から唇を求めてきた。キスをしながら繋がっていると、胸の奥が、たまらなく満たされていく。だんだんと律動が深くなって、奥の感じる場所を突くたびに、小夜の体が跳ねた。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
「ここ、好きだろ」
「っ♡♡ 好き……っ♡ 悠真くんの、好きっ……♡♡」
それが体のことなのか、俺自身のことなのか、たぶん、どっちもだった。小夜の脚を抱え直すと、結合がさらに深くなる。
ぱちゅんっ♡♡
「ひあっ♡♡ 深いっ……♡♡」
「小夜ちゃん、中、すごい締まってる」
「だって……っ♡ 気持ちよくて……っ♡♡」
開け放した窓から、夜の山の匂いと、虫の声が流れ込む。その中に、二人の息と、肌のぶつかる音が、満ちていく。俺は、もう何も考えられなかった。ただ、目の前の幼馴染が愛しくて、十年分の想いが、体の奥から溢れてくる。
「小夜ちゃん……そろそろ……っ」
「うん……っ♡ 私も……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
小夜を、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速める。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ イクっ……♡ 悠真くん、一緒に……っ♡♡」
「ああ……っ、小夜ちゃん……っ!」
ぱちゅんっ――♡♡♡
「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥でびくびくと跳ねる俺を、小夜の体が、ぎゅうっと締めつけながら受け止めた。二人で、同じ波にさらわれる。荒い呼吸のまま、汗ばんだ体を、ぴったりと重ね合った。
「……はぁ……っ♡ すごかった……」
「……小夜ちゃん」
「ん……?」
「好きだ。……ちゃんと、言わせて。好きだ、小夜ちゃん」
小夜が、ぽろぽろと涙をこぼしながら、笑った。
「……私も。ずっと、ずっと、好きだった。悠真くんが、帰ってきてくれて、ほんとに、よかった」
俺は、涙で濡れた小夜の頬に、何度もキスを落とした。
翌朝、目が覚めると、隣で小夜が、すやすやと眠っていた。
障子の隙間から、夏至の翌朝の光が差し込んで、小夜の寝顔を、優しく照らしている。窓の外では、もう、裏の巣箱の蜂たちが、最初の一便を、ぶうん、と飛び立たせているはずだった。
(……夢じゃ、ないよな)
そっと髪を撫でると、小夜の目が、うっすらと開いた。寝ぼけた目が、俺を見つけて、ふにゃっと笑う。
「……おはよ、悠真くん」
「おはよ、小夜ちゃん」
「……えへへ。ほんとに、隣にいる」
ぎゅっとしがみついてくる小夜を、抱きしめ返した。十年も遠回りして、やっと手が届いた幼馴染。この温もりが、今、たまらなく愛おしかった。
「ねえ、悠真くん。蜂、ほんとに、畳まなくていいの? 大変だよ、世話」
「畳まない。……それに、ひとりで世話するわけじゃないだろ。小夜ちゃんと、二人で『預かる』んだ」
「……二人で」
「ああ。東京の仕事は、リモートで続けて、月に何回か通う。で、ゆくゆくは、こっちに住んでもいいと思ってる。じいちゃんの家、片づけたばっかりで、きれいだしな」
小夜が、ぱっと顔を上げて、嬉しそうに笑った。
「じゃあ……来年の採蜜は、二人で?」
「ああ。来年も、再来年も。……ずっと」
「ふふ。じゃあ、悠真くん専用の防護ネット、新しいの買わなきゃね。おじいさんのお下がりじゃなくて」
二人で笑い合って、もう一度、キスをした。
蜂を、終わらせに来たはずだった。家も、思い出も、ぜんぶ畳んで、東京へ帰るつもりだった。でも――祖父が遺した蜂は、何も終わらせなかった。むしろ、十年こじれていた俺と小夜の時間を、もう一度、繋ぎ直してくれた。
「……ねえ、悠真くん」
「ん?」
「私たち、付き合ってる、ってことで、いいんだよね?」
「告白して、両想いで、こんなことまでして。……付き合ってないわけ、ないだろ」
「えへへ。……確認、しただけ♡」
窓の外、夏至を越えた山の緑の上を、朝の光がきらきらと渡っていく。裏の畑では、今日も蜂たちが、山じゅうの花から、一年分の甘さを、こつこつと集めているのだろう。
祖父が「預かれ」と遺した山の蜂と、十年越しの幼馴染。その両方を、俺は、この夏至の夜に、ちゃんと、抱きしめたのだ。
― 終 ―