香りを数値とデータでしか追えなくなり、自分の鼻さえ信じられなくなった化粧品会社の調香助手の僕が、衝動で飛んだ初夏の富良野で、亡き祖母の畑をひとり継いでラベンダーを蒸留する同い年の無口な彼女に、花の摘み方と香りの嗅ぎ方を一から教わるうちに惹かれ、刈り入れ前夜の蒸留小屋で結ばれた話

1. 灰色の匂い

六月の終わりの、よく晴れた金曜日。僕、瀬戸航(せと わたる)、三十一歳は、新千歳空港でいちばん安いレンタカーを借りて、富良野へ向かう国道を、一人で走っていた。

おかしくなったのは、半年くらい前からだった。

僕は、都内の化粧品会社で、調香(ちょうこう)の助手をしている。香水やクリームの「香り」を作る、その手伝いだ。子供の頃から鼻だけはよくて、この仕事に就いたときは、天職だと思った。

それが、いつからか、香りが「数字」にしか見えなくなった。

新しい原料が来ると、まずガスクロにかける。成分の山が、グラフになって出てくる。リナロールが何パーセント、酢酸リナリルが何パーセント。会議では、その数値で香りを語る。いつしか僕は、瓶のラベルと分析データを見ただけで、嗅ぐ前に「いい・悪い」を決めるようになっていた。

そして、ある朝。出社して、試香紙(ムエット)に十種類の試料を取って、順番に鼻に近づけた。——何も、感じなかった。

瀬戸航(……あれ)

風邪じゃない。鼻は通っている。なのに、どの紙からも、ただ「化学物質の気配」みたいなものしか立ち上がってこない。いい匂いも、嫌な匂いも、ぜんぶ、灰色の霧みたいに、のっぺりしていた。

医者は、過労とストレスだろう、と言った。嗅覚そのものは正常です、と。でも、それがいちばん、こたえた。鼻は壊れていない。壊れたのは、たぶん、僕のほうだ。香りを、心で嗅ぐことを、どこかで、やめてしまった。

その晩、僕は半分やけくそで、旅行サイトを開いた。検索窓に打ち込んだのは、自分でもよくわからないまま、「ラベンダー」だった。

ヒットしたのは、富良野の、大きな観光農園じゃなかった。丘の上の、個人がやっている小さな畑のページ。素っ気ない文章で、こう書いてあった。「早咲きのラベンダー、色づきはじめました。摘み取り体験、おひとりでもどうぞ。精油も少し作っています」。

気づけば、僕は翌朝の便を、予約していた。世界でいちばん有名な「いい匂いの花」を前にして、自分の鼻が、まだ何かを感じるのか。それを、確かめたかったのかもしれない。

ナビが、目的地周辺です、と告げて、ふっと黙った。

なだらかな丘を登りきると、視界が、いっぺんに開けた。

紫だった。

斜面のいちめんに、低い株が整然と植わって、その穂先が、淡い紫に色づいている。まだ満開には早いのだろう、緑のあいだに紫が滲むくらいだったけれど、それでも、丘がうっすらと色を変えていた。遠くに、雪をかぶった十勝岳の連峰が、青く霞んで見えた。

瀬戸航(……うわ)

車を降りた瞬間、風が吹いた。きっと、いい匂いがしたはずだ。なのに僕の鼻には、青い草の気配と、土の湿り気が、ぼんやり届くだけだった。

それでも——その「ぼんやり」が、東京のオフィスの、何も感じない灰色とは、少しだけ違う気がした。

2. 紫の丘

「早坂(はやさか)ラベンダー園」と、手書きの木の看板が立っていた。駐車場は、草を刈っただけの数台分。停まっている車は、軽トラックが一台きりだった。

受付らしいプレハブを覗いたが、誰もいない。「畑におります」と札がかかっている。

僕は、おそるおそる、畝のあいだの細い道を歩いた。腰をかがめて株を覗き込むと、紫の穂のそばで、小さな蜂が忙しなく羽を震わせていた。

早坂香澄「——踏まないで」

低い声がして、僕は飛び上がった。

二畝ほど向こうに、女性が一人、しゃがんでいた。色褪せたつなぎに、首に巻いた手ぬぐい。麦わら帽子の下で、こちらを見ていた。手には、よく研がれた小ぶりの鎌。

早坂香澄「足元。蜂、いるから。刺されるよ」

瀬戸航「あ……すみません」

慌てて後ずさる。彼女は、ふっと息を吐いて立ち上がった。背は高くない。日に焼けた頬に、白い手ぬぐいの跡。化粧っ気はまるでないのに、切れ長の目が、妙に印象に残った。

早坂香澄「予約の、瀬戸さん?」

瀬戸航「はい。ネットで……摘み取り体験を」

早坂香澄「早坂です。香澄(かすみ)。……東京から、これだけのために?」

瀬戸航「ええ、まあ。急に、思い立って」

香澄さん、と名乗った彼女は、それきり、何も言わなかった。愛想笑いもしない。ただ、僕の顔を、品定めするみたいに、じっと見た。

早坂香澄「……疲れた顔、してる」

瀬戸航「え」

早坂香澄「ううん。なんでもない」

ぷいと背を向けて、彼女は畝を歩きだした。ついてこい、ということらしい。無口で、無愛想で、取りつく島もない。でも、その背中が、紫の丘の中で、やけにまっすぐに見えた。

3. 香りの嗅ぎ方

早坂香澄「摘み取りは、こう」

香澄さんは、紫の穂のすぐ下に指を添えて、鎌の刃を、すっと滑らせた。穂が、茎ごと、ひと束、手に残る。

早坂香澄「花の二、三センチ下。一本ずつじゃなく、ひと握りまとめて。……はい、やってみて」

渡された鎌は、見た目より、ずっと軽かった。僕は、見よう見まねで、株に刃を当てた。ぶつ、と不格好な音がして、茎が潰れる。

早坂香澄「力、入れすぎ。引くんじゃなくて、刃に切らせるの」

香澄さんが、横から手を伸ばして、僕の手首に、自分の手を添えた。

ひやりとした、けれど、節の太い、働く手だった。一緒に刃を滑らせると、今度は、すっと茎が切れた。手の中に、紫の穂束が残る。

早坂香澄「……それ、嗅いでみて」

瀬戸航「え」

早坂香澄「ラベンダー、初めてでしょ。摘みたての匂い」

僕は、穂束を、鼻先に近づけた。

——青い、草の気配。それから、ほんの少し、つんとした、樟脳みたいなもの。そして……それきりだった。本で読んだ「リナロールが甘く、酢酸リナリルがフルーティで」という、あの分析データの言葉が、頭に浮かんで、僕は思わず、顔をしかめた。

瀬戸航「……すみません。正直、あんまり、わからなくて」

香澄さんが、はじめて、眉を動かした。

瀬戸航「僕、これでも、仕事で香りを扱ってるんです。化粧品の。なのに、半年くらい前から、何を嗅いでも、ぴんとこなくなって。……鼻は、悪くないらしいんですけど」

言ってしまってから、後悔した。会ったばかりの人に、何を話しているんだ。

でも、香澄さんは、笑わなかった。鎌を握ったまま、しばらく僕を見て、それから、ぽつりと言った。

早坂香澄「頭で嗅いでるからでしょ」

瀬戸航「……え」

早坂香澄「成分とか、名前とか、考えてる。そういうの、ぜんぶ、いったん捨てて」

香澄さんは、僕の手から穂束を取って、自分の手のひらで、くしゃっと揉んだ。それを、僕の鼻先に、もう一度、突き出す。

早坂香澄「揉むと、変わるの。……目、つぶって。息、吐いてから、ゆっくり吸って」

言われるまま、目を閉じた。長く、息を吐く。それから、彼女の手のひらの上の、揉まれた花を、ゆっくり吸い込んだ。

——その瞬間。

灰色の霧の、ずっと奥のほうで、何かが、ふわりと、ほどけた。甘くて、少し冷たくて、青い。それは「リナロール何パーセント」じゃなくて、ただ、夏の夕方の、草いきれの中にいるような、そういう匂いだった。

瀬戸航「……あ」

胸の奥が、つきんと痛んだ。半年ぶりに、僕は、匂いを「いいな」と思った。

目を開けると、香澄さんが、すぐ近くで、僕の顔を見ていた。今度は、ほんの少しだけ、口元がやわらかかった。

早坂香澄「……今の顔。さっきよりいい」

4. 蒸留小屋

午後、香澄さんは、丘のはずれの、古い小屋へ僕を連れていった。

トタン屋根の、小さな作業小屋。中に入ると、ひんやりした空気と一緒に、むっとするような、濃いラベンダーの香りが押し寄せてきた。半年壊れていた僕の鼻にも、それは、はっきりと届いた。

瀬戸航「……すごい。匂いが、濃い」

早坂香澄「ここで、精油(せいゆ)を作ってるから。蒸留小屋」

部屋の真ん中に、寸胴の、大きな銅の釜が据えてあった。その上に、ぐるぐると巻いた管が伸びて、別の容器につながっている。手作りの、水蒸気蒸留器だという。

早坂香澄「摘んだ花を、ここに詰めて、下から蒸気を当てるの。香りの成分が、蒸気と一緒に上がってきて、この管で冷えて、また水に戻る」

香澄さんは、棚から、小さなガラス瓶を取った。中で、透明な液体と、ほんのり黄色い油が、二層に分かれている。

早坂香澄「上の、ちょっとだけ浮いてるのが、精油。一回炊いて、これっぽっち。……下の水のほうも、いい匂いするよ。化粧水みたいに使える」

瓶の蓋を開けて、彼女が、僕の手首に、その水を一滴、垂らした。冷たい雫が、すっと肌に広がる。鼻を近づけると、さっき丘で嗅いだ、あの揉みたての花の匂いが、もっと深く、まろやかに香った。

瀬戸航「……これ、いいな。ほんとに」

思わず、声がもれた。香澄さんが、瓶の蓋を閉めながら、ふっと笑った。

早坂香澄「データには、出ないでしょ。この『いいな』は」

瀬戸航「……出ない、ですね」

早坂香澄「私、機械で測ったこと、一度もない。毎年、鼻だけ。雨が多い年は薄いし、暑い年は濃い。同じ畑でも、毎年ちがう。……それで、いいと思ってる」

棚に並んだ、何十本もの小瓶を、香澄さんは、いとおしそうに見た。日に焼けた指先に、油の染みがついている。

僕は、その横顔を、見ていた。数字を一切信じない、この人のやり方は、僕の会社の真逆だ。なのに、その瓶の中の香りは、僕がこの半年、どんなに分析しても作れなかった、「いいな」で、満ちていた。

5. 祖母の畑

蒸留が一段落して、香澄さんが、母屋でお茶を淹れてくれた。

縁側に面した、古い農家。座卓の上に、ラベンダーの砂糖菓子と、香りのいい紅茶。壁には、色褪せた写真が、何枚も貼ってあった。麦わら帽子の、小柄なおばあさんが、若い頃の畑で笑っている。

瀬戸航「この方は……?」

早坂香澄「祖母。……この畑、ぜんぶ、祖母が一人で始めたの」

香澄さんは、紅茶のカップを両手で包んで、ぽつぽつと話しはじめた。

早坂香澄「昔、このへん、ラベンダー、お金にならなくて。みんな、畑、潰しちゃった時期があったの。香料、外国の安いのに、負けて。……でも、祖母だけ、やめなかった」

写真の中のおばあさんを、彼女は、まっすぐ見た。

早坂香澄「『これは、お金じゃない。匂いだ』って。意味わかんないでしょ。子供の頃の私も、わかんなかった。……でも、二年前、祖母が亡くなる前に、この畑、私に遺して」

香澄さんは、一度、言葉を切った。

早坂香澄「私、それまで、札幌で、ふつうに事務やってた。畑のこと、何も知らなかった。……でも、放っとけなくて。会社辞めて、帰ってきて。剪定も、蒸留も、ぜんぶ、祖母のノート見ながら、一から覚えた」

瀬戸航「……すごい、決断ですね」

早坂香澄「すごくない。無謀なだけ。一人じゃ、手が回らないし、儲からないし。……でも」

彼女は、開け放した障子の向こうの、紫の丘を見た。

早坂香澄「今年、やっと、祖母の年と同じくらい、いい精油が、炊けたの。……それが、もう、うれしくて」

うつむいて、カップの中の紅茶を見つめる横顔が、ふいに、少女みたいに見えた。

僕は、なんだか、胸が詰まった。この人は、数字に負けないものを、ちゃんと、その手で守っている。香りを心で嗅ぐことを忘れた僕とは、正反対の場所に、立っていた。

瀬戸航「……うらやましい、です」

早坂香澄「何が」

瀬戸航「香澄さん、自分の鼻を、信じてる。……僕は、それが、できなくなったから」

香澄さんが、はっと顔を上げて、僕を見た。それから、少し照れたように、麦わら帽子のつばを、いじった。

6. もう一晩

気づくと、丘の影が、長く伸びていた。

早坂香澄「……瀬戸さん、今日、どこ泊まるの」

瀬戸航「あ。富良野の駅前に、ビジネスホテルを」

早坂香澄「最終のバス、もう行っちゃった。ここ、駅から遠いし、レンタカーも、もう……」

時計を見ると、五時を回っていた。香澄さんが、めずらしく、口ごもった。

早坂香澄「あのね。……明日の朝、早咲きの畝、ひと畝だけ、刈り入れするの」

瀬戸航「刈り入れ」

早坂香澄「精油用の花は、朝、日が高くなる前に刈るの。気温が上がると、いい香りの成分が、飛んじゃうから。……だから、夜明け前。一人だと、ぜんぜん終わらなくて」

彼女は、つなぎの裾を、ぎゅっと握った。

早坂香澄「よかったら……手伝って、くれない? そのかわり、っていうのも変だけど。今夜、ここ、泊まっていいから。離れ、空いてるし」

無愛想なはずの彼女が、上目遣いに、僕を見た。夕日に染まった頬が、紅茶のせいなのか、少し赤い。

僕は、迷わなかった。東京で僕を待っているのは、灰色の分析データと、何も感じない試香紙だけだ。

瀬戸航「……手伝わせてください。ぜひ」

そのとき、母屋の奥から、しわがれた声がした。

早坂ハル「香澄ぃ。お客さん、晩ごはんは、どうするんだい」

腰の曲がった、小柄なおばあさんが、ゆっくり出てきた。写真の人の、面影があった。

早坂香澄「……あれ、ハルばあちゃん。起きてて平気なの」

早坂ハル「客が来とるのに、寝てられるかい」

亡くなったのは、畑を始めた曽祖母のほうで、この人——ハルさんは、香澄さんの祖母の妹にあたる大叔母で、今は香澄さんと二人、この農家で暮らしているのだという。耳は遠いが、目は、いたずらっぽく光っていた。

早坂ハル「東京の人かい。香澄の畑、手伝うって? ……ふぅん」

ハルさんは、僕と香澄さんを、交互に見て、しわくちゃの顔を、にんまり崩した。

早坂ハル「香澄が、男の人連れてくるなんて、何年ぶりだか。……今夜は、ジンギスカンだね。たんと、お食べ」

早坂香澄「ばあちゃんっ……!」

香澄さんが、耳まで真っ赤になって、そっぽを向いた。その横顔が、可愛くて、僕は思わず、笑ってしまった。

7. 蒸留小屋の夜

夕飯は、庭先での、ジンギスカンだった。

炭の上で、羊の肉と、採れたての野菜が、じゅうじゅう音を立てる。ハルさんが地元の酒を注いでくれて、香澄さんが、はにかみながら、肉を裏返す。煙と、肉の脂と、野菜の甘い匂い。——その、ひとつひとつが、僕の鼻に、ちゃんと届いた。

瀬戸航(……匂いが、する。全部)

半年、灰色だった世界に、少しずつ、色が戻ってくるみたいだった。

ハルさんが「年寄りは、もう寝る」と母屋へ引っ込んでから、香澄さんは、僕を、もう一度、蒸留小屋へ誘った。明日の蒸留の、釜の準備をするのだという。

夜の小屋は、昼よりもっと、香りが濃かった。ランタンの灯りひとつ。銅の釜が、鈍く光っている。香澄さんが、明日刈る分の話をしながら、棚の小瓶を、整理していく。

早坂香澄「……瀬戸さん。今日、丘で、目つぶって嗅いだとき。あのとき」

瀬戸航「はい」

早坂香澄「『あ』って、言ったでしょ。あの顔、私、忘れない」

香澄さんが、小瓶を棚に戻して、こちらを向いた。ランタンの灯りが、その瞳に、ちらちら映っている。

早坂香澄「私も、最初、そうだったから。札幌から帰ってきて、はじめて、揉んだ花を嗅いだとき。……祖母が、なんで、これを守ったのか、わかった気がして。泣いちゃった」

ふっと、彼女が笑った。

早坂香澄「だから……瀬戸さんの鼻、壊れてなんかないよ。ちゃんと、戻る。今日、戻りかけてた」

瀬戸航「……香澄さんの、おかげです」

僕は、本心から、そう言った。香澄さんが、目を伏せた。

早坂香澄「……明日には、帰っちゃうんだよね」

瀬戸航「……」

早坂香澄「変なこと、言うけど。……一人で畑やってると、たまに、思うの。この匂いを、『いいな』って、一緒に思ってくれる人が、いたらなって」

ランタンの灯りの中で、彼女の手が、つなぎの胸元を、きゅっと握った。

早坂香澄「……瀬戸さんが、今日、『いいな』って言ってくれたの。……すごく、うれしかった」

僕は、もう、我慢できなかった。一歩、距離を詰める。香澄さんの頬に、そっと手を添えた。日に焼けた、火照った頬。その肌からも、かすかに、ラベンダーの香りがした。

瀬戸航「……帰りたく、ないです。今は」

早坂香澄「……」

香澄さんが、ゆっくり、目を閉じた。僕は、その唇に、自分の唇を、重ねた。

ちゅ……。

濃いラベンダーの香りの中で、やわらかい唇が、かすかに震えていた。

早坂香澄「……ん♡」

8. 香りの中で

触れるだけのキスから、少しずつ、深く。角度を変えて、もう一度。香澄さんの手が、僕のシャツの裾を、ぎゅっと掴んだ。

早坂香澄「……瀬戸さん♡」

瀬戸航「航、でいいです」

早坂香澄「……航、さん♡」

潤んだ瞳で、彼女が見上げてくる。ランタンの灯りに、その目元が、濡れて光っていた。

早坂香澄「……離れ、行こ♡」

小屋を出て、母屋の脇の、古い離れに、二人で滑り込んだ。畳の匂いと、干したばかりのラベンダーの、乾いた甘い香り。隅に、もう布団が敷いてあった。きっと、ハルさんの仕業だった。

早坂香澄「……ばあちゃん、絶対わかってた♡」

瀬戸航「……だな」

笑い合って、また唇を重ねた。今度は、もっと深く。舌先で唇をなぞると、香澄さんの口が、そっと開いた。

ちゅ……んちゅ……れろ……♡

早坂香澄「ふ……ぁ……♡」

腰に腕を回して、引き寄せる。つなぎの上からでも、彼女の体が、火照っているのがわかった。

早坂香澄「……航さんの心臓、すごい音♡」

瀬戸航「香澄さんもだろ」

早坂香澄「……ばれた♡」

くすっと笑う唇を、もう一度ふさいだ。畳の上に、ゆっくり倒れ込む。つなぎのファスナーに手をかけると、香澄さんが、恥ずかしそうに目を伏せた。

瀬戸航「脱がせて、いい?」

早坂香澄「……うん♡」

ファスナーを下ろすと、白い肌が、夜気にこぼれ出た。日に焼けているのは、腕と首元だけで、その下は、驚くほど白かった。淡い色の下着に包まれた胸が、息に合わせて、上下している。

瀬戸航「……きれいだ」

早坂香澄「……やだ、見ないで♡ 畑仕事ばっかりだから、自信ないの♡」

背中に手を回して、ホックを外す。かちっ、と緩んで、形のいい胸が、ふるりとこぼれ出た。

瀬戸航「自信、持っていいです。……ほんとに、きれいだ」

腕で隠そうとする手を、そっとどける。右手で、胸を包むように触れた。

ふにっ。

早坂香澄「あっ……♡」

手のひらに吸い付くような、柔らかさ。指を沈めると、むにっと形を変える。親指で、先端を、くりっと転がした。

早坂香澄「ひゃっ♡♡」

びくん、と肩が跳ねる。すぐに、小さく硬くなった先端が、指先に伝わった。

くりくり……くりくり……♡

早坂香澄「あっ♡ あん♡♡ 航さんっ……♡♡」

唇を、先端に落とす。ちゅっ。

早坂香澄「ひぅっ♡♡♡」

舌先で転がしながら、反対の胸を揉みしだく。彼女の肌から立つ、汗とラベンダーの混じった匂いが、僕の鼻を、いっぱいに満たした。半年、何も感じなかった鼻が、今は、彼女の匂いを、はっきりと、嗅ぎ分けていた。

ちゅるっ……れろ……ちゅう……♡♡

早坂香澄「やっ♡♡ 声、出ちゃう……♡♡」

瀬戸航「いいよ。離れだし。それに、ここ、外の虫の声で、何も聞こえない」

早坂香澄「むりぃ♡♡ 航さんの舌、気持ちよすぎて♡♡」

交互に舌を這わせて、たっぷりと味わった。香澄さんの肌が、うっすら汗ばんでくる。

瀬戸航「下も、脱がすよ」

早坂香澄「……うん♡」

最後の一枚を、ゆっくり脱がせていく。膝を立てて閉じようとする太ももを、そっと開かせた。

瀬戸航「……もう、濡れてる」

早坂香澄「やっ♡ 言わないで……♡ 小屋で、キスしたときから、ずっと……♡♡」

指先で、そっとなぞる。

くちゅ……。

早坂香澄「ひゃあっ♡♡ あっ♡♡」

びくん、と腰が跳ねた。小さな突起を見つけて、指の腹で、くるくると円を描く。

くり……くり……♡

早坂香澄「あぁっ♡♡♡ そこっ……だめぇっ♡♡♡」

瀬戸航「だめじゃないだろ。気持ちいいんだろ?」

早坂香澄「だってっ♡ おかしくなっちゃう♡♡」

蜜をかき回しながら、中指を、ゆっくり沈めた。

ずぷ……♡

早坂香澄「あああっ♡♡♡」

熱い。きつい。きゅうきゅうと、締め付けてくる。中をかき回しながら、親指で、突起を同時に刺激した。

ぐちゅっ……ぐちゅっ……♡♡♡

早坂香澄「あっあっあっ♡♡♡ 航さんっ……すごいっ♡♡♡」

指を曲げて、上側の壁を、ぐっと押す。香澄さんの体が、びくびくと跳ね始めた。

早坂香澄「やっ♡ 来るっ……来ちゃうっ♡♡♡」

指の動きを速める。

ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ♡♡♡♡

早坂香澄「あああっ♡♡♡ イっ……イくぅっ♡♡♡♡」

びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡

香澄さんの背中が、弓なりに反った。中が、ぎゅうっと指を締め付けて、蜜が溢れ出す。

早坂香澄「はぁっ……♡♡ はぁっ……♡♡ ……指だけで、こんなの、久しぶり……♡♡」

9. ひとつになる

潤んだ瞳で、香澄さんが、身を起こした。まだ余韻で震えているのに、真っ赤な顔で、いたずらっぽく笑う。

早坂香澄「……今度は、私の番♡」

僕のベルトに手を伸ばす。下着ごと引き下ろすと——ばちんっ、と限界まで張り詰めたものが、跳ね上がった。香澄さんが、息を呑む。

早坂香澄「……おっきい♡♡」

顔を近づけて、先端を、舌先で、ちろっと舐めた。

早坂香澄「ん……♡」

ちゅっ、とキスをして、それから、ぱくりと口に含んだ。温かく濡れた口の中。舌が、裏筋をなぞる。

早坂香澄「ん……じゅるっ♡♡ れろれろ……♡♡」

ゆっくり頭を上下させる。束ねていた髪がほどけて、さらりと太ももをくすぐった。上目遣いの、潤んだ瞳。

瀬戸航「香澄さん……やばい、気持ちよすぎ」

早坂香澄「んふ♡ もっと、してあげる♡♡」

ちゅぱっ……じゅるるっ……♡♡

頬をすぼめて、吸い上げる。深く咥えるたびに、全身に、電流が走った。

瀬戸航「待って、それ以上は……イっちゃう」

ぷはっ、と口を離す。唇が、唾液で、てらてらと光っていた。

早坂香澄「……ねえ、航さん♡」

瀬戸航「ん?」

早坂香澄「……もう、ひとつになりたい♡」

財布から、避妊具を取り出す。

早坂香澄「……持ってたんだ?」

瀬戸航「いや、これは、その……一応」

早坂香澄「ふふ♡ いいよ、責めてない♡ ……つけて♡」

手早く装着して、香澄さんを、布団に仰向けにした。窓から差し込む月明かりに、白い裸体が、淡く青く輝いている。脚の間に体を滑り込ませて、先端を、入り口にあてがった。

ぬちゅ……♡

瀬戸航「入れるよ、香澄さん」

早坂香澄「うん♡ 来て……♡♡」

ゆっくり、腰を進める。

ずぷ……ずぷぷ……♡♡

早坂香澄「あぁっ♡♡♡ 入って、くるぅ♡♡♡」

きゅうきゅうと締め付けながら、奥へ引き込んでくる。

ずぷん♡♡

早坂香澄「はぁっ♡♡ 全部、入った♡♡ 奥まで、来てる……♡♡♡」

瀬戸航「動くよ」

ゆっくり腰を引いて、また押し込む。

ずるっ……ずぷんっ♡♡

早坂香澄「ああっ♡♡♡」

リズミカルに、打ちつけ始める。離れの外の虫の声に、肌のぶつかる音が、重なった。

パンッ……パンッ……♡♡

早坂香澄「あっあっあっ♡♡♡ 航さんっ♡♡ 気持ちいいっ♡♡♡」

香澄さんが、僕の背中に、しがみついてくる。汗ばんだ肌から、ラベンダーの香りが、ふわりと立った。

早坂香澄「奥っ♡♡♡ 奥に、当たってるっ♡♡♡♡」

脚が、僕の腰に絡みついた。もっと奥を求めて。角度を変えて、突き上げる。

パンパンパンッ♡♡♡

ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡

早坂香澄「そこぉっ♡♡♡♡ 声、出ちゃうっ♡♡♡」

瀬戸航「いいよ。聞かせて」

早坂香澄「やだぁっ♡♡ でも、止まんないっ♡♡♡」

結合部から、卑猥な水音が溢れた。夜の畑の虫の声が、それを、優しく隠してくれる。

パンパンパンパンッ♡♡♡♡

早坂香澄「やばっ♡♡ また、来るっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡♡」

瀬戸航「俺も、もう……っ」

早坂香澄「一緒に……♡♡♡ 一緒にイこっ……♡♡♡♡」

香澄さんが、背中に両腕を回して、しがみつく。脚も、がっちり腰に絡む。奥に押し付けるように——最後の一突き。

早坂香澄「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」

瀬戸航「イく……っ!」

どくんっ、どくっ、どくっ……!

早坂香澄「イっ……イくぅっ♡♡♡♡♡♡」

香澄さんの全身が震えて、中が、痙攣するように、搾り取っていく。

びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡

早坂香澄「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……すごかった……♡♡♡」

抱き合ったまま、荒い呼吸を繰り返した。ちゅ、と軽くキスをする。窓の外で、虫の声が、ずっとのどかに、鳴き続けていた。彼女の髪からも、肌からも、ラベンダーの香りがした。それを、僕は、いつまでも、嗅いでいたかった。

10. 夜明けの刈り入れ

まだ暗いうちに、目が覚めた。

香澄さんは、もう、布団にいなかった。離れの障子の外が、ほんのり、藍色に明るみはじめている。窓を開けると、ひんやりした朝の空気と一緒に、丘いちめんの、ラベンダーの匂いが、どっと流れ込んできた。

瀬戸航(……すごい。匂いが、わかる。全部)

丘へ出ると、夜明け前の薄明かりの中で、香澄さんが、もう、つなぎ姿で、鎌を握っていた。麦わら帽子の下から、振り返って、笑う。

早坂香澄「……おはよう。起こそうか、迷ったの」

瀬戸航「おはよう。……手伝うって、言ったろ」

僕も鎌を借りて、隣の畝に、しゃがんだ。昨日教わったとおり、花の二、三センチ下に刃を当てて、すっと滑らせる。ひと握りの紫が、手に残った。摘みたての、青くて甘い匂いが、はっきりと、立ち上がる。

東の空が、少しずつ、紫から、橙へと変わっていく。十勝岳の稜線が、金色に縁取られた。二人で、無言で、しゃくしゃくと、花を刈っていく。鎌の音と、鳥の声だけが、丘に響いた。

早坂香澄「……航さん」

瀬戸航「ん」

早坂香澄「今朝の、この匂い。……ちゃんと、嗅げてる?」

僕は、手を止めて、胸いっぱいに、息を吸い込んだ。甘くて、青くて、少し冷たい、夜明けのラベンダー。それは、もう、灰色じゃなかった。何パーセントの何、でもなかった。ただ、「いいな」が、胸の奥まで、満ちていく。

瀬戸航「……嗅げてる。ばっちり」

早坂香澄「……よかった」

香澄さんが、ふわっと、笑った。それから、急に真顔になって、刈った花を、ぎゅっと握った。

瀬戸航「香澄さん。……一晩だけの、旅の出会いで、終わらせたくないんだ、僕」

早坂香澄「……え」

瀬戸航「刈り入れ、これからが本番なんだろ。蒸留も、いちばん忙しい時期。……また、手伝いに来ていいですか。いや、それ以外でも、何度でも」

香澄さんの目が、まんまるになった。それから、じわっと潤んで、ぽろっと一粒、こぼれた。

早坂香澄「……いいの? 私、この畑から、離れられないのに」

瀬戸航「離れなくていい。僕が来る。……それに」

僕は、彼女の手を握った。油の染みた、傷だらけの、温かい手を。

瀬戸航「正直に言うと。……会社、辞めようと思ってる。前から。数字で香りを語るの、もう、限界だったんだ。……香澄さんの精油、東京でちゃんと売る手伝い、僕にできるかもしれない。いきなりすぎ?」

早坂香澄「……いきなりすぎます♡」

笑いながら、香澄さんが、泣いていた。

早坂香澄「でも……うれしい。私も、航さんと、この匂いを、もっと一緒に、『いいな』って言いたい」

瀬戸航「……付き合ってくれる?」

早坂香澄「……はい。今日から、恋人ですね♡」

香澄さんが、背伸びして、僕の唇に、ちゅっと軽くキスをした。土と、花と、朝露の匂いがした。

母屋に戻ると、ハルさんが、味噌汁をよそいながら、にんまりしていた。

早坂ハル「あらまあ、お二人さん。よう眠れたかい」

瀬戸航「……おかげさまで」

早坂ハル「ふふ。東京の人。……香澄も、この畑も、匂いだけは、どこにも負けんからね。逃すんじゃないよ」

早坂香澄「ばあちゃんっ!」

真っ赤になって怒る香澄さんを見て、ハルさんは、しわくちゃの顔で、からから笑った。

帰りの便の時間が来て、香澄さんが、小さなガラス瓶を、僕の手に握らせた。今朝刈った花から、これから炊く、今年いちばんの精油。その「予約」だという。

早坂香澄「次に来たとき、渡す。……いちばんいいの、炊いとくから」

瀬戸航「ありがとう。……次は、蒸留も、ちゃんと手伝います」

早坂香澄「もう♡」

香りを数字でしか追えなくなって、自分の鼻さえ信じられなくなった僕。半分やけくそで飛んだ、富良野の小さなラベンダー畑。その丘で、亡き祖母の畑をひとり守っていた人が——今、僕の恋人だ。

頭で嗅いでるからでしょ。彼女の、あの言葉を思い出す。たぶん、そのとおりだった。そして、丘で取り戻したのは、僕の鼻だけじゃなかった。

飛行機の窓から、富良野の丘が、どんどん小さくなっていく。膝の上で、空っぽの小瓶を握りしめる。それでも、僕の鼻には、あの夜明けのラベンダーの匂いが、まだ、はっきりと、残っていた。

― 終 ―


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