1. 数字から逃げてきた
六月の終わり、僕は中央道を西へ走らせていた。フロントガラスの先に、八ヶ岳の稜線が青くにじんでいる。梅雨の晴れ間の、よく晴れた金曜だった。
三浦直人(みうら なおと)、三十一歳。都内の中堅メーカーで経理をやっている。仕事は、ひたすら数字だ。月末は締め、四半期は決算、年度末は地獄。間違いが許されない世界で、僕はもう何年も、電卓とエクセルと睨み合ってきた。
先月、決算でひと月ろくに帰れなかった。やっと山を越えた夜、ひとりの部屋でカップ麺をすすりながら、ふと思った。
三浦直人(……俺、最後に、心から「楽しい」って思ったの、いつだっけ)
思い出せなかった。それが、妙に怖かった。
きっかけは、その夜にぼんやり眺めていたスマホの一枚の写真だった。高原の牧場で、緑の草原を、馬に乗った人がゆっくり横切っていく。背景に、八ヶ岳。ただそれだけの写真。なのに、僕はその風景の中にいる自分を、なぜか想像してしまった。
馬になんて、触ったこともない。それでも気づけば、「八ヶ岳 高原牧場 ホーストレッキング 日帰り 初心者」で検索していた。一人参加可、と書いてあった。牧場のコテージに後泊できるプランもあって、勢いで、そっちも押した。
そうして僕は今、標高千二百メートルの高原を目指して、車を走らせている。窓を開けると、街では嗅いだことのない、青い草の匂いがした。
牧場は、なだらかな丘の上にあった。「八ヶ岳ホースガーデン」という、素朴な木の看板。柵の向こうの草地に、何頭もの馬がのんびり草を食んでいる。駐車場に車を停めると、馬と干し草の匂いが、ふわっと鼻をついた。
2. 無愛想なガイド
受付の小屋に声をかけると、奥から日に焼けた小柄な老人が出てきた。年は六十半ばくらいか。ニットキャップに、革のエプロン。手は、節くれだって大きい。
庄司さん「お、日帰りの三浦さんかい。ようこそ。ここの厩舎を預かってる庄司だ」
三浦直人「よ、よろしくお願いします。馬、まったくの初めてで……」
庄司さん「だろうな。顔に書いてある。まあ心配いらん、うちのガイドが一から仕込むから。……おーい、楓ー! 日帰りのお客さんだぞー!」
庄司さんが、厩舎の方へ大声で呼んだ。返事は、なかった。代わりに、しばらくして、厩舎の暗がりから、一人の女性が馬を引いて出てきた。
栗毛の、大きな馬だ。それを、片手の手綱で、こともなげに引いている。
思わず、目で追った。
長い黒髪を、無造作にうしろで一つに結んでいる。日に焼けた、けれど整った顔立ち。化粧っ気はない。チェックのシャツの袖をまくった腕は、細いのに、筋がきれいに通っている。表情は、硬い。笑っていない。こちらを見る目に、値踏みするような、冷たい光があった。
七瀬楓「……七瀬です。今日、案内します」
三浦直人「み、三浦です。よろしくお願いします」
七瀬楓「乗馬は」
三浦直人「初めてで……」
七瀬楓「ですよね」
ぴしゃり、と言われた。にこりともしない。庄司さんが、横でやれやれと笑った。
庄司さん「悪いな、三浦さん。楓は腕は一番だが、愛想がこのとおりでな」
七瀬楓「庄司さん。お客さんに、余計なこと言わないで」
庄司さん「はいはい」
七瀬さんは、引いてきた馬の首を、ぽんと軽く叩いた。さっきまでの硬い横顔が、その瞬間だけ、ほんの少しだけ、やわらかくなった気がした。
七瀬楓「三浦さん。今日、あなたに乗ってもらうのは、この子。コハク」
三浦直人「コハク……」
七瀬楓「二十一歳。人間でいえば、おじいちゃん。うちで一番、人をよく見てる馬。あなたみたいな初心者でも、振り落としたりしない。……だから、安心していい」
それは、今日初めて聞いた、彼女の少しだけ温度のある声だった。
3. コハクと
七瀬さんの教え方は、無駄がなかった。
馬の左側から近づくこと。いきなり触らず、まず声をかけること。手綱の握り方。鐙への足のかけ方。背に跨るときの、体重の預け方。一つひとつ、短く、的確に。笑顔はない。でも、言葉に迷いがなかった。
七瀬楓「馬は、臆病な動物。あなたが怖がると、それが伝わって、馬も怖がる。だから、怖くても、堂々としてて」
三浦直人「堂々と、ですか……難しいな」
七瀬楓「コハクなら大丈夫。この子、嘘がわかるから。あなたが本当はびびってても、ちゃんと面倒見てくれる。……昔から、そういう子なの」
僕は、おそるおそる、コハクの首に触れた。あたたかい。びっくりするほど、あたたかかった。栗色の被毛の下で、大きな命が、ゆっくり呼吸している。コハクは、長い睫毛の目で、ちらっと僕を見て、それから、ふん、と鼻を鳴らした。
三浦直人「……今の、なんですか」
七瀬楓「合格、って意味。たぶん」
三浦直人「たぶん」
七瀬楓「……ふ」
七瀬さんが、初めて、ほんの少しだけ、口元をゆるめた。すぐに引っ込めたけれど、たしかに、笑った。
跨ってみると、地面がずいぶん遠かった。揺れる。怖い。けれど、コハクは、僕がしがみつくのを待つように、じっと立っていてくれた。
七瀬楓「手綱、引きすぎ。もっと、ゆるめて。……そう。コハクに任せて。あなたは、ただ乗ってればいい」
三浦直人「は、はい」
七瀬楓「背中、丸めない。空に、糸で吊られてる感じ」
言われたとおりに姿勢を直すと、不思議と、揺れが怖くなくなった。コハクが、一歩、また一歩と、ゆっくり歩き出す。蹄が地面を踏む、規則正しい音。その背中の上で、僕は、自分の呼吸が、少しずつ深くなっていくのを感じていた。
決算の数字も、未読のメールも、ここには、何ひとつなかった。
4. 高原を行く
七瀬さんは、別の馬に跨り、僕の前を行った。馬上の彼女は、地上にいたときと、まるで別人だった。背筋がすっと伸びて、馬と一体になって、揺れていない。横顔に、硬さがない。風が、結んだ黒髪を揺らしている。
三浦直人(……うわ。きれいだ)
つい、見惚れてしまった。
道は、カラマツ林を抜けて、ゆるやかな高原の草地へ出た。視界が、ぱあっと開ける。緑の海みたいな草原の向こうに、八ヶ岳が、どっしりとそびえていた。空が、近い。雲の影が、草原をゆっくり流れていく。
三浦直人「……すごい。こんな景色、初めてだ」
七瀬楓「でしょう。この道、私が一番好きな道」
七瀬さんが、馬の歩みをゆるめて、僕の隣に並んだ。
七瀬楓「三浦さん。仕事、何してるの」
三浦直人「経理です。会社の、お金の計算。一日中、数字とにらめっこで」
七瀬楓「……それは、疲れそう」
三浦直人「疲れますね。正直、最近、何のために働いてんのか、よくわかんなくなってて」
自分でも、なんでこんなことを初対面の人に話しているのか、わからなかった。たぶん、馬の上だったからだ。地面に足がついていない分、心の蓋も、少しゆるんでいたのかもしれない。
七瀬楓「……わかる」
三浦直人「え?」
七瀬楓「何のためにやってるか、わかんなくなること。私にも、あったから」
七瀬さんは、それきり、口をつぐんだ。けれど、その横顔に、さっきまでの冷たさはなかった。コハクが、僕を乗せたまま、ゆっくりと草を踏んで進む。鳥の声が、どこかで響いていた。
5. 展望台で
昼前、見晴らしのいい丘の上で、馬を休ませた。七瀬さんが、鞍につけた袋から、包みを取り出す。庄司さんが握ったという、大きなおにぎりだった。
並んで、草の上に座った。目の前に、八ヶ岳。風が、汗を冷ましていく。
三浦直人「……うまい。なんでだろう、ただのおにぎりなのに」
七瀬楓「外で食べると、なんでも三倍うまい。庄司さんの口癖」
七瀬さんが、ぽつりと言った。僕は、思いきって聞いてみた。
三浦直人「七瀬さんは、ずっと、この牧場で?」
七瀬楓「……戻ってきたの、三年前。それまでは、馬術の選手やってた」
三浦直人「馬術! え、すごい。あの、障害飛び越えるやつですか」
七瀬楓「障害馬術。……そう。十五年、やってた。国体も、全日本も、出た」
三浦直人「すごいじゃないですか。なんで、やめちゃったんですか」
聞いてから、しまった、と思った。七瀬さんの横顔が、ふっと曇ったからだ。彼女は、しばらく八ヶ岳を見ていた。それから、静かに言った。
七瀬楓「相棒が、引退したから」
三浦直人「相棒……?」
七瀬楓「馬。十年、一緒に戦った馬。脚を悪くして、もう跳べなくなって。……あの子が跳べないなら、私が乗る意味、ないなって。そう思ったら、競技、続けられなかった」
風が、彼女の髪を揺らした。
七瀬楓「その子、引き取って、この牧場に連れて帰ったの。今は、のんびり、第二の馬生」
三浦直人「……その馬って、もしかして」
七瀬楓「うん」
七瀬さんが、丘の下で草を食んでいる栗毛を、目で指した。僕を、半日乗せて運んでくれた、あの老馬を。
七瀬楓「コハク。今日、あなたが乗ってた子。私の、元相棒」
6. 夕立
僕は、言葉を失った。
今日一日、僕を背中に乗せて、振り落とさずに、高原を運んでくれた馬。それが、彼女が十年連れ添った、競技の相棒だったなんて。
三浦直人「……そんな大事な馬を、なんで、俺なんかに」
七瀬楓「コハクが、決めたから」
三浦直人「コハクが?」
七瀬楓「この子、初心者は誰でも乗せるわけじゃないの。馬房から見てて、人を選ぶ。今朝、あなたが受付の前に立ったとき、コハクがね、こっち見て、鼻、鳴らしたの。……『あいつを乗せろ』って」
七瀬さんが、初めて、はっきりと笑った。日に焼けた頬に、やわらかい皺が寄る。それは、半日見てきたどの表情よりも、ずっときれいだった。
七瀬楓「だから、私は、コハクの目を信じただけ」
そのときだった。遠くで、低く、雷が鳴った。
見上げると、さっきまで青かった空の北側に、墨を流したような雲が、もくもくと湧き上がっていた。山の天気は変わりやすい、と七瀬さんの表情が、すっと引き締まる。
七瀬楓「……まずい。来る。三浦さん、馬に乗って。急いで、厩舎に戻る」
僕らは、急いで馬に跨った。けれど、間に合わなかった。
ぽつ、ぽつ、と来たかと思うと、次の瞬間、空が割れたみたいに、激しい雨が降ってきた。雷鳴が、地面を揺らす。馬たちが、怯えて、足を止める。
七瀬楓「コハク、大丈夫、大丈夫だから……!」
七瀬さんが、馬たちをなだめながら、僕らを林の中の小屋へ導いた。雨宿りの避難小屋だ。馬を軒下に繋いで、僕らは小屋に飛び込んだ。二人とも、ずぶ濡れだった。
7. 牧場の夜
雨は、夕方になっても、やまなかった。
雷雨をやり過ごして、なんとか厩舎まで戻った頃には、もう日が暮れかけていた。今日の日帰り客は僕一人で、ほかのスタッフはとっくに帰ったあとだった。庄司さんが、心配して待っていてくれた。
庄司さん「おう、無事か。いやあ、すごい降りだったな。三浦さん、後泊だったよな。コテージ、もう暖めてあるから」
三浦直人「ありがとうございます。助かります」
庄司さん「楓、お前も濡れたろ。お客さんに、なんかあったかいもん出してやれ。俺はもう、孫の世話で帰るからな。あとは頼んだぞ」
そう言って、庄司さんは、軽トラで山を下りていった。広い牧場に、僕と、七瀬さんと、馬たちだけが残された。
濡れた服を着替えて、コテージのストーブの前で暖まっていると、七瀬さんが、湯気の立つマグカップを二つ持って入ってきた。彼女も、乾いたシャツに着替えている。結んでいた髪を、ほどいていた。濡れた毛先が、まだ少し光っている。
七瀬楓「……生姜湯。体、温まるから」
三浦直人「ありがとうございます」
並んで、ストーブの前に座った。窓の外は、雨。馬房の方から、ときどき、馬がぶるると鼻を鳴らす音が聞こえる。
七瀬楓「……ごめんね。雨、読めなくて。足止めさせちゃった」
三浦直人「いや。むしろ、俺、ちょっと、嬉しいかも」
七瀬楓「嬉しい?」
三浦直人「うん。だって、もう少し、この時間が続くってことだから」
言ってから、自分でも驚いた。普段の僕なら、絶対に言わない台詞だった。七瀬さんが、マグカップを両手で包んだまま、こちらを見た。さっきまでの硬さは、もう、どこにもなかった。
七瀬楓「……変な人。会ったときは、こんな、すぐ折れそうな顔してたのに」
三浦直人「折れそうでしたか、俺」
七瀬楓「うん。数字に潰された顔。……でも、馬の上のあなた、ちょっと、違った。コハクと並んで草原見てたとき、あなた、子供みたいな顔してた」
8. ほどける
ストーブの炎が、ぱちぱちと音を立てている。七瀬さんが、膝を抱えて、ぽつりと続けた。
七瀬楓「私ね、競技やめてから、ずっと、自分のこと、抜け殻だと思ってた」
三浦直人「抜け殻……」
七瀬楓「十五年、馬術しか、やってこなかったから。それがなくなったら、私、何者でもなくて。お客さん案内するのも、正直、最初は、惰性だった」
彼女は、マグカップに目を落とした。
七瀬楓「でも、コハクが、初心者を選んで乗せるたびに、その人が、馬の上でいい顔するの。怖がってた人が、笑うの。それ見てるうちに……ああ、コハクは、今も、誰かを運んでるんだなって。跳べなくなっても、ちゃんと、仕事してるんだなって」
七瀬さんが、顔を上げた。その目が、潤んでいた。
七瀬楓「今日、あなたが、草原で、あんな顔したとき。……私、なんか、久しぶりに、この仕事してて、よかったって、思った」
僕は、もう、自分を止められなかった。
そっと、彼女の濡れた髪に、手を伸ばした。七瀬さんは、避けなかった。逃げずに、まっすぐ、僕を見ていた。
三浦直人「七瀬さん」
七瀬楓「……楓で、いい」
三浦直人「楓さん。……今日、俺をコハクに乗せてくれて、ありがとう」
七瀬楓「……お礼、言うとこ、そこ?」
三浦直人「うん。だって、そのおかげで、楓さんに、会えたから」
楓さんの頬が、炎の色とは違う赤に染まった。長い睫毛が、伏せられる。
僕は、ゆっくりと、顔を寄せた。
9. コテージの夜
唇が、そっと触れた。
ちゅ……。
生姜湯の、甘い匂いがした。楓さんの唇は、やわらかくて、少しだけ、震えていた。一度離して、もう一度。今度は、少し深く。楓さんが、僕のシャツの裾を、きゅっと握った。
七瀬楓「ん……♡」
三浦直人「……楓さん、心臓、すごい音」
七瀬楓「……あなたもでしょ」
三浦直人「ばれてますね」
七瀬楓「……ふ。ばればれ♡」
くすっと笑って、楓さんが、僕の首に腕を回してきた。舌先で唇をなぞると、彼女の口が、そっと開いた。
ちゅ……れろ……ちゅるっ……♡
七瀬楓「んむ……♡」
ストーブの前で、しばらく抱き合っていた。やがて、楓さんが、潤んだ目で僕を見上げた。
七瀬楓「……ベッド、奥に、あるから」
三浦直人「……いいの?」
七瀬楓「……今日、あなたを、一人で寝かせる気、もう、ないの♡」
手を繋いで、奥の部屋へ移った。窓を打つ雨の音。馬小屋の、かすかな気配。木の匂いのするベッドに、楓さんを横たえた。
もう一度、唇を重ねる。さっきより、ずっと深く。舌を絡めながら、お互いの服に手をかけていく。
ちゅぷ……れろ……ちゅるっ……♡♡
七瀬楓「ん……んぅ……♡」
ぷはっ、と離れると、唾液が、細く糸を引いた。
七瀬楓「はぁ……♡ ……灯り、消して? ……恥ずかしい」
三浦直人「ストーブの灯りだけで、十分きれいだよ」
七瀬楓「……もう。そういうとこ♡」
シャツのボタンを外していくと、引き締まった上半身が現れた。腕と首だけ日に焼けて、その内側が、驚くほど白い。鍛えられた、しなやかな体だった。
三浦直人「……きれいだ」
七瀬楓「……馬乗りの体、ごつくない?」
三浦直人「いや。きれいだよ。ほんとに」
背中に手を回して、ホックを外す。カチッ。ブラがゆるんで、形のいい胸がこぼれ出た。日に焼けていない、真っ白な肌。先端は、淡い桜色だった。
七瀬楓「……あんまり、見ないで♡」
腕で隠そうとする手を、そっとどけて、ベッドに横たえた。右手で、左の胸を包むように触れる。
ふにっ。
七瀬楓「あっ……♡」
手のひらに吸い付くような、やわらかさ。指を沈めると、むにっと形を変える。もう片方も、手のひらで包んだ。
七瀬楓「ん……っ♡ 両方、なんて……♡♡」
親指で、先端をくりっと転がした。
七瀬楓「ひゃっ♡♡」
びくんと、楓さんの肩が跳ねた。小さく硬くなった先端が、指先にコリコリと伝わってくる。
くりくり……くりくり……♡
七瀬楓「あっ♡ あんっ♡♡ 直人っ……♡♡」
名前を、呼ばれた。それだけで、頭の芯が、痺れた。
唇を、先端に落とす。ちゅっ。
七瀬楓「ひぅっ♡♡♡」
舌先で転がしながら、反対の胸を揉みしだく。
ちゅるっ……れろ……ちゅう……♡♡
七瀬楓「あっあっ♡♡ 吸っちゃ、だめっ……声、出ちゃう♡♡」
交互に舌を這わせて、たっぷりと味わう。楓さんの肌が、うっすら汗ばんで、雨と、馬と、生姜湯の匂いが、ひとつに混ざった。
三浦直人「楓さん、下も、いい?」
七瀬楓「……うん♡」
ジーンズのボタンを外して、下着ごと、ゆっくり引き下ろす。膝を立てて閉じようとする太ももを、そっと開かせた。乗馬で鍛えられた、しなやかな腿だった。
三浦直人「……もう、濡れてる」
七瀬楓「やっ♡ 言わないで……♡ キスの、ときから、ずっとなの♡♡」
桜色の花弁が、透明な蜜で、とろりと濡れていた。指先で、そっとなぞる。
くちゅ……。
七瀬楓「ひゃあっ♡♡ あっ♡♡」
びくん、と腰が跳ねた。小さな突起を見つけて、指の腹で、くるくると円を描く。
くり……くり……♡
七瀬楓「あぁっ♡♡♡ そこっ……だめぇっ♡♡♡」
三浦直人「だめじゃ、ないだろ。気持ちいいんだろ?」
七瀬楓「だってっ♡ あなたの指っ……♡♡」
蜜をかき回しながら、中指を、入り口にあてがった。
三浦直人「指、入れるよ」
七瀬楓「……うんっ♡♡ 来て……♡♡」
ずぷ……♡
七瀬楓「あああっ♡♡♡」
ゆっくり、指が沈んでいく。熱い。きゅうきゅうと、締め付けてくる。中をかき回しながら、もう一本。
ずぷっ♡
七瀬楓「ひぃっ♡♡♡ 二本っ……♡♡」
二本の指で出し入れしながら、親指で、突起を同時に刺激する。
ぐちゅっ……ぐちゅっ……ぐちゅっ……♡♡♡
七瀬楓「あっあっあっ♡♡♡ すごいっ♡ おかしく、なるっ♡♡♡」
指を曲げて、上側の壁を、ぐっと押す。
七瀬楓「ひぅっ♡♡♡♡ そこ、やばいっ♡♡♡」
楓さんの体が、びくびくと跳ね始める。
七瀬楓「やっ♡ 来るっ……来ちゃうっ♡♡♡」
指の動きを、速める。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ♡♡♡♡
七瀬楓「あああっ♡♡♡ イっ……イくぅっ♡♡♡♡」
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
楓さんの背中が、弓なりに反った。中が、ぎゅうっと指を締め付けて、蜜が溢れ出す。やがて、力が抜けたように、ベッドに沈み込んだ。
七瀬楓「はぁっ……♡♡ はぁっ……♡♡ ……指だけで、こんなの、初めて……♡♡」
10. 雨の音の中で
潤んだ瞳で、楓さんが、ゆっくり身を起こした。まだ余韻に震えながら、僕のベルトに、手を伸ばす。
七瀬楓「……今度は、私が」
三浦直人「無理しなくて、いいよ」
七瀬楓「……無理じゃない。私が、したいの♡」
ベルトを外して、下着ごと引き下ろすと――ばちんっ、と、限界まで張り詰めたものが跳ね上がった。楓さんが、息を呑む。
七瀬楓「……おっきい♡♡」
うつ伏せになって、顔を近づけてくる。
ぺろ……。
先端を、舌先で、ちろっと舐めた。
七瀬楓「ん……♡」
ちゅっ、と先端にキスをして、それから、ぱくりと口に含んだ。
ずぷ……。温かく濡れた、口の中。舌が、裏筋をなぞる。
七瀬楓「ん……じゅるっ♡♡ れろれろ……♡♡」
ゆっくり頭を上下させる楓さん。ほどいた黒髪が、さらりと揺れて、上目遣いの瞳が、潤んでこっちを見ている。
三浦直人「楓さん……やば、気持ちいい」
七瀬楓「んふ♡ ……もっと♡♡」
ちゅぱっ……じゅるるっ……♡♡
頬をすぼめて、吸い上げる。深く咥えるたびに、全身に、電流が走った。
ずぷっ……ずぷっ……♡♡
三浦直人「待って、それ以上は……イっちゃう」
ぷはっ、と口を離す楓さん。唇が、唾液で、てらてらと光っていた。
七瀬楓「……まだ、だめ♡ 最後は、一緒がいい♡」
楓さんを、ベッドに引き上げた。財布から、コンドームを取り出す。
七瀬楓「……ちゃんと、持ってたんだ?」
三浦直人「いや、これは、その……一応」
七瀬楓「ふ♡ 責めてない♡ ……えらい♡」
手早く装着して、楓さんを、仰向けにした。ストーブの灯りに、白い肌と、しなやかな体が、橙色に浮かんで見える。脚の間に体を滑り込ませて、先端を入り口にあてがった。
ぬちゅ……♡
三浦直人「入れるよ、楓さん」
七瀬楓「うん♡ 来て……♡♡」
ゆっくり、腰を進める。
ずぷ……ずぷぷ……♡♡
七瀬楓「あぁっ♡♡♡ 入って、くるっ♡♡♡」
きゅうきゅうと締め付けながら、奥へ引き込んでくる。
七瀬楓「おっきい♡♡ 奥まで、いっぱい♡♡♡」
ずぷん♡♡
根元まで、収まった。下腹部が、ぴたりと密着する。
七瀬楓「はぁっ♡♡ 全部、入った♡♡ ……あったかい♡♡♡」
三浦直人「動くよ」
ゆっくり腰を引いて、また押し込む。
ずるっ……ずぷんっ♡♡
パンっ♡
七瀬楓「ああっ♡♡♡」
パンッ……パンッ……♡♡
リズミカルに、打ちつけ始める。
七瀬楓「あっあっあっ♡♡♡ 直人っ♡♡ 気持ちいいっ♡♡♡」
楓さんが、僕の背中に、しがみついてくる。雨の音が、外で、ざあざあと鳴っている。肌と肌がぶつかる音が、その中に、混ざっていく。
パンパンパンッ♡♡♡
七瀬楓「奥っ♡♡♡ 奥に、当たってるっ♡♡♡♡」
楓さんの脚が、僕の腰に絡みついてくる。乗馬で鍛えた腿が、ぎゅっと締まる。
三浦直人「楓さん、脚の力、すごいな」
七瀬楓「ふふっ♡ ……馬乗りだもん♡♡」
笑い合いながら、また腰を打ちつける。角度を変えて、突き上げる。
七瀬楓「そこぉっ♡♡♡♡」
楓さんの腰が浮く。さらに奥を突くと、結合部から、卑猥な水音が溢れた。
パンパンパンパンッ♡♡♡♡
ぐちゅぐちゅぐちゅ♡♡♡
七瀬楓「やばっ♡♡ また、来るっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡♡」
三浦直人「俺も、もう……っ」
七瀬楓「一緒に……♡♡♡ 一緒に、イこっ……♡♡♡♡」
楓さんが、背中に両腕を回して、しがみつく。脚も、がっちり腰に絡む。奥に押し付けるように――最後の一突き。
七瀬楓「あぁぁっ♡♡♡♡♡!!」
三浦直人「イく……っ!」
どくんっ、どくっ、どくっ……!
七瀬楓「イっ……イくぅっ♡♡♡♡♡♡」
楓さんの全身が震えて、中が、痙攣するように搾り取っていく。
びくんっ、びくんっ、びくんっ♡♡♡
七瀬楓「はぁっ♡♡ はぁっ♡♡ ……すごかった……♡♡♡」
抱き合ったまま、荒い呼吸を繰り返した。ちゅ、と軽くキスをする。窓の外では、いつのまにか、雨脚が、少し弱まっていた。
七瀬楓「……まだ、抜かないで♡」
繋がったまま、お互いの心臓の音を、聞いていた。やがて、楓さんが、僕の胸に頬を寄せて、くすっと笑った。
七瀬楓「……無愛想で、ごめんね。朝は」
三浦直人「いや。あの楓さんも、よかったよ」
七瀬楓「……変な人♡」
11. 朝の牧場で
――翌朝。
窓から差し込む光で、目が覚めた。雨は、すっかり上がっていた。楓さんは、まだ僕の腕の中で眠っている。ほどいた黒髪が、頬にかかって、寝顔が、とんでもなく無防備だった。
すぅ……すぅ……。
三浦直人(……夢じゃ、なかった)
そっと身を起こして、窓の外を見た。雨に洗われた高原が、朝日を受けて、きらきらと輝いている。柵の向こうで、馬たちが、もう草を食み始めていた。その中に、栗毛の老馬――コハクの姿があった。
七瀬楓「ん……♡ 直人……?」
楓さんが、目を覚ました。寝起きの、少しかすれた声。
三浦直人「おはよ。楓さん、見て。雨、上がってる。コハク、もう草食べてるよ」
楓さんが、窓辺に身を寄せて、目を細めた。寝起きの、やわらかい顔。
七瀬楓「……雨上がりの牧場、いちばん好きなんだ。空気が、洗われてて」
二人で、毛布を巻いたまま、窓辺に並んだ。コハクが、ふと顔を上げて、こちらを見た気がした。そして、ふん、と、遠くで鼻を鳴らした。
三浦直人「……今の、なんて意味だと思う?」
七瀬楓「……『よかったな』、かな。たぶん」
三浦直人「たぶん」
七瀬楓「……ふふ♡」
楓さんが、笑った。それから、ふと、真顔になって、ぽつりと言った。
七瀬楓「ねえ、直人。東京、遠いよね」
三浦直人「……まあ、車で、二時間半は」
七瀬楓「……私、ここ、離れられないの。コハクと、馬たちが、いるから」
三浦直人「……うん。知ってる」
楓さんが、僕を見上げた。その目が、また、少し不安そうに揺れている。きっと、これまでも、いろんなものを、距離のせいで、諦めてきたんだろう。だったら、僕がちゃんと、言葉にしないと。
三浦直人「楓さん。俺、また来る。来月も、その次も」
七瀬楓「……お客さん、として?」
三浦直人「いや。……恋人として。コハクに会いに、じゃなくて、楓さんに会いに」
楓さんの目が、まんまるになった。それから、じわっと潤んで、ぽろっと、一粒こぼれた。
七瀬楓「……ずるい。朝から、泣かせる気?」
三浦直人「泣くなって。返事は?」
七瀬楓「……うん。私も、直人のことが、好き♡ ……今日から、恋人ね♡」
そう言って、楓さんが背伸びして、僕の唇に、ちゅっと軽くキスをした。
七瀬楓「ふふ♡ 決まり♡ ……あ、でもね、直人」
三浦直人「ん?」
七瀬楓「次、来たら。今度は、ちゃんと、駆け足、教えるから。覚悟して」
三浦直人「えっ、まだ歩くのが精一杯なんですけど」
七瀬楓「ふふっ♡ 大丈夫。コハクが、一から仕込んでくれる♡ ……私と、一緒にね」
窓の外、雨上がりの高原に、八ヶ岳が、くっきりとそびえていた。柵の中で、コハクが、のんびりと草を食んでいる。
机の上の数字に擦り切れて、何のために働いているのかも、わからなくなっていた僕は、一枚の写真に呼ばれるように、この高原まで来た。
そこで出会ったのは、二十一歳の老馬と――その馬を、十年連れ添った相棒として、今も誰より大切にしている、一人の女性だった。
これは、たまたまの一日なんかじゃない。きっと、何度でもこの高原に通って、二人と一頭で、ゆっくり歩いていく、その始まりの日だ。
― 終 ―